時代の目撃者 ベアトー

インドで最初に写真で記録された戦争といえば1857年に発生した大反乱である。イギリス国王を少なくとも現存する写真の大部分は、世界初の戦争写真家と言われるたった一人の人物によって撮影されたといって過言ではない。
ベアトー
その彼、ヴェネチア生まれのフェリーチェ・ベアトー(フェリックス・ベアトーとも呼ばれていた)は、1855年のクリミア戦争の取材に続き、1857年に発生したインドの大反乱を撮るために翌1858年にカルカッタに上陸。1859年まで続いた戦いの様々なシーンをカメラに収めている。
戦争写真といっても、20世紀のベトナム戦争以降のように、従軍して最前線でレンズを構えるようなものではなかった。当時は湿板写真の時代で、コロジオンと硝酸銀溶液を塗ったガラス板が乾かないうちに撮影・現像しなくてはならないという手のかかるものであった。そのため彼が残した作品群は、主に戦闘後の破壊された状況や休息ないしは待機する将兵等の写真ということになる。
19世紀初めに写真技術が発明されて以来、撮影の主な需要といえば高貴な、あるいは富裕な人々のための肖像写真としての用途、あるいは風景といったものが大半であった。ベアトーが画像で伝えた破壊や殺戮というテーマは、当時の常識を打ち破るセンセーショナルなものであった。また、言葉を尽くしても伝えられないものが写真にあることが認識され、報道の重要なツールとして認識されることになったのも彼の功績であるといえよう。
そのひとつ、彼が残した大反乱の写真の中でも、あまりにも有名なラクナウのスィカンダラー・バーグの写真。反乱軍の2,000名の兵士たちが、英軍の反撃によって殺害された現場である。遺体はそのまま放置され腐敗するに任せた。写真手前に無数に転がっているのは白骨化した遺体である。
Sikandara Bagh
カーンプルの破壊された風景
Cawnpore
当時のイギリス側のインド人兵士たちの姿
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イギリスへの反逆者たちの処刑
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イギリス側に捕らえられたムガル最後の皇帝、バハードゥル・シャー・ザファル。詩人としても非常に評価の高い人物だが、大反乱の首領として担ぎ上げられた彼は多くの身内が処刑された。王妃ズィーナト・メヘルと嫡子のミルザー・ジャワーン・バクトおよび側室の子であるミルザー・シャー・アッバースとともにデリーからラングーンに島流しになる直前に撮影されたものとも、ラングーンに到着後に撮影されたものとも言われる。
ムガル朝の皇帝の中で唯一写真に収められた姿が拘禁下のものというのは何とも皮肉なことだ。残念なことに撮影者が誰かはっきりしていないが、デリーでの写真であるとすれば、ベアトーの手によるものである可能性がある。
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ベアトーは当時のデリーの街の様子も多数撮影しており、それらと対比させて140年後の同じ場所の写真と合わせて解説した秀逸な書籍があるので、本屋で見かけたらぜひご覧いただきたい。
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書名 Beato’s Delhi 1857, 1997
著者 Jim Masselos & Narayani Gupta
出版社 Ravi Dayal Publisher
ISBN 81 7530 028 0
ベアトーとほぼ同時代にインドで活動した写真家としては、山岳、建築物、人物等の撮影で数々の傑作を生んだサミュエル・バーン、風景写真のドナルド・ホーン・マクファーレンといった人物があるが、1880年代以降ではインド人のラーラー・ディーン・ダヤルも後世に残る多くの作品群を生んでいる。
ベアトーは、後に中国で第二次アヘン戦争の撮影を行なった。
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そして活動の場を日本に移す。鎖国から開国へ、下関戦争、幕藩体制終焉と大政奉還、明治の維新政府による中央集権的な近代国家建設へと一気に邁進していく有様は、転換する時代の目撃者、行動する写真家ベアトーの心を惹きつけるものであったのだろう。江戸時代末から明治初期にかけて彼が撮影した写真の数々を誰もが目にしたことがあるだろう。当時の人々の風俗に関する貴重な資料となっている。
下関戦争のひとコマ
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慶応2年(1865年)あるいはその翌年に撮影されたとされる江戸の街並み
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若い薩摩藩士たち
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駕籠に乗る女性
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着物姿の女性たち
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画師
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晩年は、英領インドに併合されたビルマのコンバウン朝の旧王都マンダレイで写真館を営んだ。
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人並外れた行動力で激動の時代を目撃してきた偉大なる写真家ベアトーは、1909年にイタリアで亡くなる。彼の作品中に登場する人々はすでにこの世にないが、彼が残したモノクロームの画像を通じて、実に多くのことを私たちに雄弁に語りかけてくる。今の時代に生きる私たちにベアトーが残した遺産の価値は計り知れない。

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