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カテゴリー: travel

  • 遠からずミャンマーでクレジットカード、ATMの利用が可能に

    経済制裁のため、クレジットカード(ヤンゴンの外資系の一部のホテルを除く)もATMも使用することができず、トラベラーズチェックを使うこともできないため、頼りになるのは米ドル紙幣のみといった具合が長く続いていたミャンマーだが、そうした不便は遠からずに過去のものとなりそうだ。

    欧米先進国による制裁緩和(一部解除、期限付き停止等)が順調に進む中、もっぱら経済面で注目を集めている同国だが、当然のごとく金融・外国為替の方面での大幅な改善が見込まれている。

    少し前に、ヤンゴン在住の方がFacebookでリンクをシェアしておられたが、近いうちにクレジットカードが利用できるようになったり、外貨送金も可能となる見込みのようだ。

    Visa, Mastercard on the way, says banker (THE MYANMAR TIMES)

    三井住友銀、ミャンマーに営業拠点 外国の銀行として初(日本経済新聞)

    当然、トラベラーズチェックの換金も出来るようになるはずなので、滞在中の資金として持ち込むのが米ドル現金のみという不安も解消できることになる。

    同様に、ミャンマーの人たちが海外に出る際にも利するところが大きい。少しまとまった金額の外貨となると、国外への持ち出しに制限がかかる現状は変わらないのかもしれないが、少なくとも正規の送金ルートが出来るということで、外国に留学する際などにも大変便利になることだろう。

    ミャンマー在住の親御さんの支弁による日本留学はあり得ず(いかに裕福な両親であったとしても)、国外ないしは日本に住む身内が経費を支払うという前提でないと、ヴィザ取得不可という現状の不便さは解消されることになるはずだ。

  • パンゴン・ツォへ

    パンゴン・ツォへ

    先日に引き続き、再びシェア・ジープにて、レーから東に向かったところにあるパンゴン・ツォという湖を見に行くことにした。2009年に公開されたボリウッド映画「3 Idiots」のラストシーンのロケで利用された景色であるがゆえに、作品がヒットしてから訪れるインド人客が急増したということだ。本当は一泊してみたかったのだが、あいにくそういうグループに空きがなかったため日帰りとなる。

    クルマを予約した旅行代理店の前に、指定された午前6時に出向く。しばらくすると乗客6人が乗ることのできる大型の四輪駆動の乗用車がやってきて停車した。運転手に確認すると、これが私の乗るクルマであった。

    レーから、チョグラムサル、ティクセー、シェイなどを経て、東に進む。チョグラムサルにはダライ・ラマが訪問される際の滞在先があるのだが、案外簡素な平屋建ての建物であった。インダス川沿いのこの道路脇には水路があり、背の高いポプラの並木が続き、中央アジアを思わせるような景観だ。

    すでに乗っている人たちが本日の私の同行者たちということになる。今回は外国人ではなく、カルナータカのマイソールからやってきたインド人の家族連れであった。ご主人は家具販売会社経営、奥さんは地場の銀行勤務、娘さんは大学生だ。

    最初のうち、家族同士はカンナダ語、私に話しかけるときだけ英語となっていたが、奥さんは金融機関勤務という割には英語が苦手なようで、こちらがヒンディーを理解することがわかると、車内でのほぼすべての会話がヒンディーとなった。このあたりの柔軟さはインド人らしいところだ。

    夫妻は同じ大学の同級生で、互いに仕事を始めてから結婚したとのことだ。ご主人はムスリムで奥さんはヒンドゥーであるため、両家の家族に打ち明けた際にはもちろんいい顔をされなかったものの、幸いふたりの実家は互いに旧知の仲で、元々双方足繁く行き来する関係であったこともあり、無事ゴールインできたとのことだ。

    峠へと高度を上げていく。眼下の集落の景色が遠ざかる。

    シェイを過ぎて少し行ったあたりで、山間の道に入っていく。ここから高度がどんどん上がり、シェイから1時間程度で海抜5,320mのチャン・ラという峠に達する。見た感じはカルドゥン・ラよりも広々とした印象を受ける。クルマを降りて道路向こうのトイレに行くだけで、かなり息が切れることから空気の薄さを実感する。

    不毛な景色が続く
    チャン・ラという峠に到着

    峠を越えたすぐ先には残雪

    ここからは下るいっぽうだ。過日のヌブラ行きに比べると、景色は比較的なだらかである。夫妻の娘、チャンドニーは写真が趣味とのことで、最近両親に買ってもらったというキヤノンのデジタル一眼で沢山写真を撮っている。最近はこういうカメラを持つインド人旅行者がとても多くなった。旅行先でいい写真を沢山撮って、いい思い出とともに帰宅してほしいものだ。

    ヤクの放牧
    ヤクのミルクを絞る女性

    荒涼とした山間を走っていくと、途中でヤクを飼育している人たちがいた。ミルクを絞ってもいる。販売するためではなく自家用だというが、彼らが切り盛りする簡素なカフェもあった。見渡す限りの荒野だが、川が流れているところにだけわずかに緑が見られる。

    雪解け水が流れる川沿いにのみ緑がある
    湖が見えてきた!

    レーを出てから5時間あまりで、目的地のパンゴン・ツォに到着。トルコ石のような鮮やかな青色の水を湛える湖だ。塩湖らしいが、魚は棲んでいるらしく、水鳥たちの姿がわずかながらある。靴を脱いで水に入ってみたが、とても冷たくてずっと足を浸けていられるものではなかった。

    海抜4,000mの高地なのに水鳥の姿がある

    幸い今日も好天だが、ときおり雲がかかると深みのある青色の湖水はただの灰色に変わってしまう。再び眩しい陽光が差してきたと思えば、また雲がかかる。そして陽射しが照りつけてくるといった具合の空模様によって、湖の色合いが次々に変わっていく。

    ちょっと雲がかかると灰色の退屈な色に変わる湖水
    湖畔で記念撮影 左から2番目は運転手

    ここまでやってくるのにかかる時間と空模様の風景は言うまでもなく、一般的にどこの風景であっても早朝と夕方が最も印象的であることが多いことを考え合わせれば、時間さえ許せば、ここで一泊したほうが良いだろう。正午前後の景色でさえもこんなに美しいのだから、朝夕の景観はどんなに素晴らしいことだろうか。満月の夜の湖の様子もさぞ見ごたえがあることだろう。この細長い湖の南東部は、中国の実効支配下にあるアクサイチン地区だ。

    湖畔の簡素な食堂で昼食を摂り、しばらく景色を楽しんだ後に一路レーへと引き返す。朝早かったためだろう、マイソールから来た家族連れは、走り出してからしばらくするとすっかり眠り込んでいた。この晩、深夜過ぎの夜行バスでマナーリーに向かうというから大変だ。ここからレーに戻ってもまだ午後6時あたりなので、ずいぶん時間がある。

    パンゴン・ツォに向かう際も通過したチャン・ラでは、転落したとみられるクルマが崖の途中に引っかかったままになっているのに気が付いた。「えぇ、たまに落ちるんですよねぇ」と運転手は涼しい顔だが。ここはぜひとも安全運転を心がけてもらいたい。

    帰途も雄大な景色を堪能

     

  • ヌブラ渓谷へ3

    ヌブラ渓谷へ3

    朝5時過ぎに目覚めると、雨がパラついていた。高い山々に囲まれているため、フンダルの空は狭いのだが、西のほうを見上げると、少し晴れ間が見えていた。

    フンダルの村の中では、ちょうどレー近くのストクの村がそうであるように、張り巡らされている水路が、家々や畑に豊かな水を供給している。総体としては、荒涼とした大地に見えるラダック地方だが、水を供給できれば瑞々しい緑豊富な緑地・農耕地とすることが可能であることから、決して痩せた土地というわけではないようだ。

    菜園の手前に家畜除けの柵

    村の中をしばらく散歩してみたが、まともに稼動できるのはほぼ6月から9月に限られるはずなのに、やたらと宿屋が多い。ほとんど季節限定ではあるものの、貴重な現金収入の機会なのだろう。先日も書いたとおり、このシーズンのために、ネパールのその他から出稼ぎに来る人々が多いことも特徴だ。仕事を求める側からすれば、ヌブラ渓谷のようにILPを取得して訪れる場所となると、レーその他のもっと開けた場所と比べて訪問者もかなり少なくなるため、総体的にみると稼ぎの面ではどうなのかな?という疑問も沸くのだが、どうなっているのだろう?

    朝の勤行が終わったお寺

    宿のすぐ近くにお寺があり、僧侶がひとり読経している。手招きするので、すぐそばに座らせてもらう。朝6時くらいであったが、すでに朝のお勤めは終わっているようだ。寺院の朝は早い。静寂の中でしばし瞑想をしてみる。ひんやりとした空気と静謐な雰囲気が心地よい。

    家畜を連れた女性がマニ車を回していた

    お寺から出てしばらく歩いた先では、UKから始まるナンバーのクルマが停まっていた。運転手がいたので、尋ねてみるとウッタラーカンド州のデヘラドゥーンから来たのこと。フンダルには1年ほど滞在しているそうで、取り引きのお得意先である軍の基地に出入りしている業者さんであった。

    宿に戻り、庭でのんびりくつろいでいると、同じ宿に滞在しているムンバイーから来たインド人グループが部屋から出てくるところだった。その中のひとりは、フリーランスでやっている商業写真家とのことで、主に人物のポートレート製作を中心に活動しているとのこと。ラダックには仕事ではなく、余暇で来ているとのこと。だがそれでもかなり精力的に写真を撮影していることは、昨日の砂丘でも、今日の宿の庭に咲いている花などを撮影していることからもわかる。

    しばらくすると天気が回復してくると、空からジェット機の音が聞こえてくるようになった。民間機がこのあたりを飛ぶはずはないため、インド空軍機が巡回しているのだろう。

    軍といえば、もちろんこのあたりでは軍と地元の関係は良好なものであるようだ。軍は国境向こうの中国、そして西側のパーキスターンを警戒しているわけであり、地元の人たちを抑圧するためにいるわけではない。そこがインドの北東州とは大きく違う。またJ&K州内でも、カシミール側は、パーキスターンへの警戒とともに、地元の反政府勢力や過激派の鎮圧の任務もあるわけで、そういう点では北東州と大いに共通するものがある。

    午前8時に、ガビー、フランカ、パットと私の4人で2階のテーブルに集まって食べた。私以外はみんな女性で、とにかく皆さんおしゃべりなので朝から賑やかで楽しい。

    朝食のオムレツは全インド共通の味

    食事を終えてから、クルマでデスキットに出発。ここでは川沿いの斜面にそびえるデスキット寺院と道路を挟んで反対側にあるカラフルで巨大な弥勒菩薩像を見学。2010年出来たものだというから、まだ2年しか経っていないのだが、ここからの眺めもまた壮大でいい感じだ。

    デスキット寺院
    デスキット寺院遠景
    ロケーションを考えると、この菩薩像の建立は偉業・・・と思う。
    景色が開けているだけに、気象の変化がよく見えるのも興味深い。中央の菩薩の向こうは強い雨。
    かたや荒れ模様の地域と異なる方向にカメラを向けるとこんな具合。

    今回、見学するのはここが最後。あとは昨日来た道をひたすら走り、一路レーに戻るだけだ。往路と同じ道路を戻ることになるのは、他のルートがないようなので仕方ない。それでも景色は非常にダイナミックであるため、飽きることはない。

    カルサルを通過した直後に目にする牧歌的な風景

    昨日昼食を取ったカルサルを通過すると、次第に高度を上げていく。外の気温もどんどん下がっていく。カルドゥン・ラの手前の池、池の中にブッダの像があるところで、しばし休憩。天候はまずまずなのだが、雪がパラついてきた。それほど気温が低いのだ。陽射しは強いので、あまり寒さは感じないが。それでも池の向こう岸には残雪がある。ここの少し手前には先日触れた「世界で最も高いところにある集落のひとつ(?)」があり、アブラナの畑で黄色い花がまばゆく輝いている。

    「世界最高所の村?」付近で道路の補修工事が進行中。仕事は粗いものの場所が場所だけに仕方ない。

     

    カルドゥン・ラが近づいてくると道路両側に残雪が見られる。

    カルドゥン・ラが近づいてくると、道沿いに壁状になった残雪がところどころにある。外気はとても寒くなってきた。峠には道の両側にかなりの量の残雪がある。インド側での公称海抜5,600mの峠では、少し歩くだけ息が切れる。

    カルドゥン・ラにて最後の記念写真 ガビー、フランカ、パットの3人

    峠を越えてまもなく、レーの町が遠くに見えてきた。次第に気温も上がってきて快適になってくる。さすがにもうこのあたりまでくると酸素が薄いとはあまり感じなくなる。
    とても楽しい一泊二日の旅行を共にした彼女たちと別れるのが名残惜しい。

    <完>

  • ヌブラ渓谷へ2

    ヌブラ渓谷へ2

    カルドゥン・ラを越えた先でも・・・もちろん中国国境により近くなるわけなので当たり前ではあるが、ところどころで軍の駐屯地や施設を見かける。いつ何時攻撃を受けても反撃できるようにしてあるということだろう。だが中国側では装備等々、インドよりもかなり良いであろうということは想像に難くない。

    インド北西部にあるラダックとは反対側、北東側にあるアルナーチャル・プラデーシュ州やスィッキム州では、インドの他の山あいの土地と同様、片側一車線分のスペースがあるかないかといった具合の道路が地域を繋いでいるのに対して、国境向こう側の中国では、片側複数斜線の見事な道路が整備されており、有事の際には即座に大量輸送の体制を取ることができるようになっている、という記事をインドのニュース雑誌で読んだことがあるのを思い出す。

    それはともかく、ここから決して遠くない中国側でも同じように乾燥した荒々しい風景が広がっているのだろう。だがそちら側に点在するのは中国軍の基地であり、駐屯地であり、漢字の標識や看板ということになる。

    スムルの村にあるサムタンリン・ゴンパ
    ゴンパの扉で見かけたカギはクラシックな感じで立派であった。

    カルドゥン・ラからは下るいっぽうだ。カルサルの集落で昼食を摂った後、この地を流れるシャヨク川東岸にあるスムルの村にあるゴンパを見物。そして来た道を戻り、ふたたび西岸へと橋を渡る。この走行した中では、この川にかかる橋はここしか見ていない。年間を通してこれほどの水量があるのかどうかはわからないが、少なくとも今のように豊かな水を湛えている状態では、川のこちら側と向こう側とでは別世界のようなものだろう。すぐそこに見えても、非常に遠回りして反対側の岸に着くことになるからだ。

    数年前までトラック運転手をしていたというドライバーにとっては自分の庭のようなもののようで知己が多い。今だに大きなクルマを駆っていたときの気分が抜けないようで、運転が荒いのはタマにキズ。

    今日の宿泊地であるフンダルが近づいてくると、こちら側の河岸に美しく連なる砂丘が見えてきた。こんな高地に風紋の刻まれた砂漠みたいな景観があるとは不思議なものだ。予想に反して、フンダルの村にはかなり沢山のゲストハウスがあり、その中のひとつ投宿することになった。庭にはアプリコットがたわわに実っている。

    フンダルの村での投宿先
    宿の庭

    経営者の家族はとても感じがいい。このあたりの人たちは、ラダッキーでも少しアーリア系の血が入っているように見える。ここからさらに進んでパーキスターンにまたがるバルティスターンの一部を成すトゥルトゥクまで行くと、人々はアーリア系のチベット仏教徒という、チベット文化圏の中では総体的に珍しい地域となるようだ。

    宿で食事関係からベッドメーキングまですべてをこなしている若い男性二人組みはネパールからの出稼ぎ人たち。こんなところまで仕事を求めて来なくてはならないとは大変だ。ラダックの観光地はどこでもネパール人や北インドのビハール州、U.P.州などから仕事を求めて来ている人たちが多いが、「シーズン・オフにはどうしているの?」と尋ねてみると、往々にして「ゴアで働く」という返事が返ってくる。

    ラダックは、6月から9月終わりまでのシーズン以外は、長いオフシーズンとなることを考えると、確かにモンスーン期はオフになるゴアとちょうどいい具合に相互補完する関係にあるのだろう。ラダックとゴアというどちらも観光業への依存度が高いながらも、一見何の繋がりも無さそうに見えるふたつの地域を渡り鳥のように往復する労働人口の移動について、彼らがこの地域を行き来する誘因、リクルートの形態等について調べてみると興味深いものが見えてくるかもしれない。

    同行のガビー、フランカ、パットと夕陽を背にして伸びる影で記念撮影

    すでに夕方近くになっているので、取り急ぎ荷物を部屋に放り込んでから、再びみんなでクルマに乗り込んで砂丘に出かける。ここには観光客用にフタコブラクダたちがいる。お客たちを乗せてしばらく歩き回るのである。ラクダ自体はこの地にもともと住んでいるわけではなく、運転手が言うにはモンゴルから連れてきたものだというのだが、実のところはよくわからない。中央アジアあたりから運んできたのかもしれない。

    フタコブラクダたち

    砂丘から望む川床はかなり広く、両側を壁のような乾ききった山々に囲まれており、息を呑むような絶景だ。音を立てて滔々と流れる手が切れるように冷たい水のせせらぎの音が心地よい。

    周囲が荒涼としている割には、フンダルは非常に水に恵まれている。

    <続く>

  • ヌブラ渓谷へ 1

    ヌブラ渓谷へ 1

    ラダック最大の町レー市内に旅行代理店は多いが、旅行者が多いこの時期には店頭にて行先ごとにシェアジープ参加者を募る貼紙がいくつも掲示されている。ジープといっても、アメリカのJeep車の車両というわけではなく、最大6名までのお客を乗せる大型の四輪駆動車だ。かなり組織化されているらしく、複数の代理店が共同で集めている。コースごとにほぼ決まっている料金を参加者数で割るため、同乗する人数によって1人あたりが支払う料金は変わってくる。
  • ストクの村のホームステイ

    ストクの村のホームステイ

    伝統的古民家 にゃむしゃんの館
    レーからバスないしはタクシーで40分ほどのところにあるストクの村で、ホームステイを受け入れているお宅がある。ラダック人のご主人スタンジン・ワンボさん、奥さんの池田悦子さん、可愛い娘さんのかりんちゃんが、ここで暮らしている。庭には季節の野菜が青々と茂り、その一角には自家製の日干し煉瓦が積まれていた。
    この家屋は、かなり傷んだ状態にあったものだそうだが、ご夫妻が丁寧に修復して、昨年11月からホームステイを受け入れておられるとのこと。そこに至るまでの経緯は、ご夫妻のブログ NEO-LADAKH / ネォ・ラダックにて、ラダックでの近況とともに綴られている。
    近ごろは新しい建物が増えて、街並みも広がったレーとは異なり、ストクの村にはまだまだ伝統的な家屋が沢山残っている。川から引いた水路が村の中を流れ、サワサワと涼しげな音を立てながら、生活用水を各世帯や畑に供給している。村のあちこちで、洗濯や水汲みをしている女性たちの姿も目にする。
    村の中で家々の間を縫うように流れる水路
    豊かに咲き乱れるアブラナの花
    水に潤されている土地の鮮やかな緑と、そうでない場所の月面のような荒涼とした景色が実に対照的だ。そこに水があり、これを利する人々がいるがゆえに、日々の生活が営まれ、地域の文化が育まれていくということを実感する。冬季には川は凍結して水路も止まってしまい、ハンドポンプ式の井戸まで水を汲みに行くことになるというから、夏とはまったく異なる景色となるのだろう。厳しい冬の時期に備えて、夏のうちから干し野菜を作って準備しておくとのことだ。
    村の中の豊かな緑は、水を巧みに利用する人々の勤労の証。お見事です。
    ご夫妻のお宅の裏手にある大きなチョルテンは、13世紀くらいのものではないかとされる由緒あるものだそうで、中に入ってみると色彩鮮やかな壁画が描かれているのを目にすることができる。この村に人々が住み着いたのも相当古い時代まで遡ることができるに違いない。
    チョルテン内部の壁画
    ご夫妻のお宅からしばらく下ったところにある王宮
    日中、旧王宮を見物してみたり、川の上流のほうに歩いてみたりしたが、見どころや風景もさることながら、村の中にめぐらされた水路には非常に関心した。川から引いた水の流れを直角に曲げたり、盛り土をした上を流したり、石垣の上を流したりと、自由自在な創意工夫に富んでいる。まさに「水道」である。
    川は村の豊かな緑の源泉
    石垣の上を流れる水路
    直角に曲げてある水路
    夕方近くなってから夫妻のお宅に戻る。家屋の1階は家畜用スペース、2階が住居で3階が客室となっている。2階にあるキッチンの周辺は、ご夫妻と娘さんのくつろぎの空間であり、接客スペースともなっている。ここで奥さんの手作りの美味しい地元料理をいただき、ラダックやストックの村のことなどについて、様々な話を聞くことができて大変興味深い。
    歴史を感じさせる立派なかまど
    家の中では、子犬の「ユキト」と「ヤマト」が2匹飼われていて、かりんちゃんが子犬たちと時にはケンカしながらも、仲良く遊んでいる様子が微笑ましい。ときおりご主人の実家の方や近所の方も顔を出されるので、そこでまた会話をすることができるのもアットホームな感じで嬉しい。私は時間がなくて一泊しかできなかったのは残念に思う。
    夜遅くなってきた。午後11時で電気が止まってしまうので客室がある3階に上る。ユキトとヤマトもトコトコ付いてきて、「遊んで!」という表情でこちらを見つめている。しばらくテラスで2匹の相手をしながら夜空を見上げると、思わずハッと息を呑む。こぼれ落ちてくるのではないかと思うほど沢山の、色彩豊かな星々が天空いっぱいにきらめいているのだ。
    高度のためか、あるいは乾燥のためなのか、早朝や夕方に大空が紅に染まることなく、東の空から淡々と日が昇り、これまた西の彼方に淡々と日が沈んでいくのだが、それとは裏腹に、星空の眺めは低地の都会からは想像もつかないほど豪華絢爛なものであった。
    翌朝目覚めて部屋の外に出ると、子犬のユキトが待ち構えていてくれた。
    レーからストクまでは、朝8時に直行のバスが出ている。あるいは途中にあるチョグラムサルの町を通過するバスは頻繁に出ているのでこれを利用し、そこからはタクシーで向かってもいいだろう。ただし、ストックの村までと言うと、村の中の大きな集落になっている部分か古い王宮の前で降ろされてしまい、30分くらい上り坂を歩くことになるため、「トレッキングポイントまで行く」と伝えたほうがいい。
    トレッキングポイントとは、ストク・カングリー方面に向かうルートの出発地点であり、そのあたりにはいくつかの商店、レストラン、宿などがある。すぐ目の前を川が流れており、橋を渡ってしばらく坂を上ると、お二人が運営する「伝統的古民家 にゃむしゃんの館 (Nyamshan Old House)」に着く。宿泊の際には、前もって電話で予約をすること。
    ご夫妻は、NEO-LADAKH travel & livingという旅行会社も営んでおられる。次回、ラダックを訪れる際には、ぜひともトレッキングやジープでのツアーのアレンジなどもお願いしたいと思っている。
    部屋の扉を開けると、朝日が差し込んできて気持ちがいい。早起きは三文の得なり。
  • 携帯電話SIM 「J&K州 only」

    携帯電話SIM 「J&K州 only」

    インドのどの州で携帯電話のSIMを入手しても、基本的にはこれを全国で利用することができる。SIMを購入した州外で使うと「ローミング」扱いとなり、通話料は若干高くなったり、同じ携帯電話会社でもキャンペーン内容も少し異なったりするものの、通話もスマートフォンの場合でのインターネットも問題なく用いることができる。多くの機種では、これを介して自前のパソコンをネット接続するテザリングも利用できるはずだ。また、大半の州で3G回線での接続となっているため、あまりストレスなくネットの利用ができる。インドでは3G環境下でSkypeの通話を利用できるのもありがたく、料金を気にすることなく国際通話ができる

    プリペイドのプランのユーザーが非常に多いこと、携帯のハンドセットの中古市場もさることながら、新品でも手頃なアンドロイドのスマートフォンが出回っており、micromaxなどのものでは、5千ルピー台くらいからあるので、スマートフォンによって得られる利便性、加えてSIMフリーでインド国外の第三国でも利用できることなどからも、決して悪い投資ではないだろう。外国語版アンドロイドを日本語化する方法は、ウェブでいろいろと公開されており、ごく簡単に日本語でのメールのやりとりも可能となる。

    携帯電話会社はいろいろあるが、SIM購入の容易さやネットワークの広さなどを考え合わせて、airtelあるいはvodafoneを選択しておけば間違いないだろう。SIMそのものの代金は100ルピーもしないし、現在のインドの携帯電話の国内通話料金は世界最安レベルである。たとえ旅行中であっても自前の携帯電話回線があると何かと便利だ。

    インド中、どこに行っても、そこに電波が届いている限り、全国縦横無尽に活用できるインドの携帯電話のプリペイドSIMだが、ひとつ例外的な地域がある。J&K州だ。同じく政情に不安があったり、国境地帯であったりもするナガランド、ミゾラムその他の北東州では問題なくとも、J&K州だけは「別格」で、基本的に他州で購入したプリペイドSIMは利用できず、反対にJ&K州で入手したSIMも州外では用いることができない。もちろん通話だけではなく、インターネット接続も同様だ。

    一度購入すると、SIMがその後他人の手に渡ってもわからないプリペイド(ときおり携帯電話会社から利用者の本人確認の問い合わせ電話がかかってくることはあるが・・・)の場合と違い、継続的に毎月利用者が料金を支払い続けるポストペイドのプランの場合は大丈夫なのだが。

    J&K州では、州外で購入したプリペイドSIMができないとなると、同州で購入すれば済む話ではあるものの、他州の場合と異なり、この州に居住している必要があるとされるのが厄介だ。ラダック地方でのサービスを実施している携帯電話会社は3社しかない。国営のBSNL、民間会社のaircelとairtelである。前者ふたつは地域内での居住者であるという条件に厳格でダメだったのだが、airtelは、州内在住者が保証人となる(選挙民登録証または運転免許証の写しが必要)ことにより、非居住者でもSIMの購入が可能と言われた。とはいえ、一介の訪問者に過ぎない私が地元の保証人を用意しろというのは無理な話だ。

    ただし、かようにしてガードが甘そうなので「滞在期間が限られているのだから」ということでお願いしてみると、案外簡単に「いいでしょう!」との回答を得ることができた。写真は5枚も必要であった(通常、他の州では1枚のみ必要)が、SIMを購入することが出来た。ただし、購入してからすぐに利用できる他州と異なり、SIMを手にしたものの、「アクティヴェートできるのは明後日の午後4時以降から」とのことで、携帯電話が開通するまでに2日間の時間を要することになった。これは地元の人が購入しても同じことらしい。

    2日後、所定の操作により、アクティヴェートを完了。通話は問題なく利用できるようになったのだが、ネット接続がうまくいかなかったが、ハンドセットの問題ではなく、地元の通信事情が原因であった。まだ2Gでのサービスしか行なわれていないことに加えて、回線そのものの容量がとても小さいため、人口が少ないこの地域では利用者の数も知れたものだが、それでも日中はほとんどパンク状態にあるらしい。日中は電気の供給がなく、午後7時から午後11時までしか電気が来ないという事情も、携帯のネット環境への負荷が大きくなることのひとつの要因ではないかとも思う。

    通話は大丈夫だが、インターネットの利用ができないため、てっきり私のギャラクシータブの設定がおかしいのではないかと思ったくらいだ。日中はエラー表示が出ることが少なくなかったが、深夜近くや明け方に操作してみると、速度はかなり遅いものの、メール等のチェックをすることはできた。

    ただし、通話やネット利用できる圏内は広くない。レー周辺やある程度大きな町があるエリアでは利用できるものの、それ以外ではダメなようだ。ラダック地域で最もカバーしているエリアが広いのは、国営のBSNLらしい。地域内各地を行き来する運転手たちの多くが利用しているからだ。vodafoneその他、サービスを展開してみても、さほど旨みがあるとは思えないこの地域への進出を尻込みしている民間の携帯電話会社も少なくない中、行政の見地からこうしたインフラを提供できるのは、やはり政府系の会社ということになるのだろう。

    蛇足ながら、宿泊先での会話の中で知ったのだが、airtelのプリペイドの通話分のバランスについて、他のairtelのプリペイドユーザーとの間でシェアできるサービスがあることを知った。5Rsから始まり, 10Rs, 20Rs, 30Rsまでの間の任意の金額で相手に譲ったり、反対に貰い受けたりすることができる。

    わずかな手数料分は差し引かれるものの、付近にバランスをチャージできる店がなかったり、緊急の場合などで役に立つのはもちろんのこと、J&K州で購入したSIM(J&K州の外では使用できない)の通話分のバランスを使い残してしまったりする場合、デリーその他で購入したairtelのSIMのほうに移行する(州外のSIMにバランスの移行することは可能なようだ)ことができる。また、インドから出国する場合も同様に、未使用のバランスを他のユーザーにあげてしまうこともできることができる(あるいは出国する人から譲ってもらうこともできる)ことは、覚えておいて損はないだろう。

  • ラダックのレーへ

    ラダックのレーへ

    早朝の便でデリーを発ってラダックに向かう。以前も2回ほど飛行機で入ったことがあるが、海抜3,500mあるため、高いところに弱い人にとっては着いてからしばらくはかなりキツかったりする。中途陸路で少しずつ高度を上げて行けば問題ないのだろうが、私にはそんな時間はないので、どうしても飛行機でということになる。

    DIAMOXという薬については、当初半信半疑であった。多くは緑内障で処方される医薬品であるというではないか。これを服用することにより、毛細血管の流れがよくなるため、眼圧を下げる効果があるからだという。

    同様に、呼吸器や脳についても、血の巡りがよくなるため、むくみが生じにくくなることから、軽度の高山病に対する予防が期待できるのだという。高地に入る24時間前から12時間ごとに1錠服用するということになっている。高地に入ってからも同様に12時間ごとの服用を3日間続ければ、その間に高度順応が出来てしまうという話を医師から聞いた。更に高いところに行く場合、例えば500m以上高いところに行く場合も同様に、24時間前から開始して、12時間ごとに1錠という、このルーティーンをさらに繰り返せば良いとのこと。

    窓の下に広がる壮大な雪山の景色を目にしながら飛行機は大きく旋回してレーの空港に着陸した。機外に出て深呼吸すると、心なしか空気が薄いような気がする。たぶんしばらくすると例の頭痛がやってくるのだろうなぁ、と思いながら宿に向かう。

    簡単な朝食を摂り、荷物を部屋に置いてから町に出る。レーの王宮を見物してからそのすぐ上にある寺院を目指す。さほどの斜面ではないにもかかわらず、ひどく息切れがすることから、やはり空気が薄いことを実感する。

    ハァハァ言いながら歩き回り、夕方になってから宿に戻る。併設している食堂でビールを飲んでいるオランダ人男性がおり、ついつい私も「ビール一本!」と注文してしまいそうになるが、やめておく。前回、といってもずいぶん昔のことだが、着いたその日に酒で乾杯した後、丸二日間続くひどい「二日酔い」になった記憶があるからだ。

    果たして、DIAMOXの効果は想像以上に素晴らしかった。高所に弱い私だが、坂道で息切れする以外は、翌日になっても、翌々日になってもどうもない。

    この薬は、日本では処方してくれるクリニックはごく限られているし、保険外診療とのことで、金銭的にもかなり高くつく。だが嬉しいことに、インドにおいては、例えばデリーなどではごく普通の薬局でも購入することができ、しかも10錠で72Rsと非常にお手頃である。

    海抜3,500m程度いっても侮るなかれ。稀ながらも、この標高でも高山病になり、重症化する人だっている。そうでなくとも、しばらく頭痛がしたり、気分が悪かったりという人は決して少なくない。とりわけ低地から直接飛行機で入る場合など、なおさらのことだ。空路を利用する場合、私のように往々にして時間に余裕がない人が多いこともあり、着いてすぐから「普通でいられる」ことは実にありがたい。

    これからラダックに向かわれる方、DIAMOXはオススメである。副作用といえば、トイレが少々近くなることくらいか。(ゆえにむくみ止めの効果があるわけで・・・)

    緑内障を患っている方など、長年大量に服用されているケースもあることから、この薬自体が身体に何か悪く作用することもないだろう。

  • 慈悲深き父トラ

    インドで飛行機に搭乗した際の機内誌で興味深い記事をみかけた。

    ラージャスターンのランタンボール国立公園で、オスのトラが子育てにいそしんでいるのだとか。

    オスのトラの縄張りの範囲は極めて広く、その中に複数のメスのトラがそれぞれの境界を定めているとされるらしい。

    だが子上の父親が自らの子供たちの面倒を見ることはないどころか、幼いトラが母親以外の大人のトラと出会うこと自体が、即ち生命の危険に晒されることを意味する。

    もちろん彼らにとって厄介なのは、自らの父親を含めた成長したトラたちだけではなく、ヒョウ他の大型のネコ科の動物たちやハイエナ等の肉食獣も同様だ。トラとはいえ、子供たちにしてみると、生態系のはるか上位にある。

    そんな幼いトラを残して母親が脚のケガが元で死亡してしまった。もはや自分たちを守ってくれる存在を失ったことを悟った子トラたちは、荒野をさまようことになった。

    当初、国立公園の担当官たちは、彼らの行く末を案じて、国内のどこかの動物園に送ることを検討していたという。他の肉食獣による脅威はもとより、まだ獲物を捕らえる術も知らない彼らが自然界で生き抜くことはできないことをよく知っているからだ。

    子トラたちの姿を探しての大捜索が始まってまもなく、二匹の子トラたちが大柄なオスのトラと一緒に歩いているのが見つかり、絶体絶命の危機と関係者の背筋が凍りついたらしい。

    だがこのオスのトラ、幼子たちを攻撃することなどなく、彼らを保護している様子に非常に驚かされたということだ。本来ならば、トラという動物の習性からしてあり得ないことらしい。

    そのオスは、常に子供たちを帯同して野原を歩き、狩りのやりかたなども学ばせているとのこと。子トラがうっかり他のトラの縄張りに迷い込んで襲われそうになったときなど、どこからともなく救世主のように現れて子供たちを守っているというから大したものだ。

    「おそらく実の父では?」という憶測もあるようだが、真偽については誰もよくわからない。通常は、遺伝子上の父親であっても、自らのエリアに入ってきた自らの子を攻撃することはあっても、これを保護するといったことが観察されたのは世界初の例だという。

    目下、父親(?)の庇護のもとで、すくすくと成長している子トラたちだが、関係者はこのオスのトラに全幅の信頼を置いているわけではないともいうのも、頷ける話である。

    ネットで検索してみると、詳細ではないものの、このトラに関わる幾つかの記事が出てきたので、そのうちのひとつを以下のとおり記しておく。

    Tiger dad: A roaring success (The Times of India)

  • ジープ島

    インドと全く関係のない話題で恐縮なのだが、ミクロネシア連邦トラック環礁のジープ島という場所が気になっている。

    サンゴ礁のラグーンの上にポツンと存在する直径34m、外周110mというとても小さな島だが、人が定住(リゾートなのでスタッフが常駐)している島の中では最小の部類に入ることだろう。

    四方を海原に囲まれて、水平線から昇る太陽も、同じく海の向こうに沈む夕陽も眺めることができるという稀有なロケーション。

    海上のちっぽけな孤島であるため、陸地の生態系との関係はないようで、南海のビーチながらも蚊がいないという。

    島のオーナーは日本人であるとのこと。船で40分ほどのところにあるトラック本島にあるホテルBLRという宿泊施設もこの方の経営だそうだ。

    海に潜って大いに楽しみ、そして小さな陸地で地球の大きさを感じながら、昼寝をしながらのんびり過ごしてみたい。

    ぜひ、いつか訪れてみたいものだ。

    ジープ島紹介ビデオ (ジープ島)

  • ラダックの旅行案内書

    ラダックの旅行案内書

    インドのガイドブックといえば、日本の出版社から出ているものはもとより、欧米やインド国内で出ているものまで、また国全体を包括する内容から特定の地域について取り上げられているものまでいろいろある。 そうした中で、今年6月にこんな旅行案内書が発行されている。

    書名:ラダック ザンスカール トラベルガイド

    著者:山本高樹

    発行:ダイヤモンド・ビッグ社

    ISBN:978-4-478-04267-0

    地球の歩き方のGEM STONEシリーズの中の一冊である。私自身は、取り上げられている地域や場所が少ないため、地球の歩き方というガイドブックはほとんど利用したことがないのだが、ラダックとザンスカールに特化したこの本は、ラダック取材をライフワークという著述家であり写真家でもある著者の手によるものだけに、内容が充実している。

    文章だけでは表現できないものが多々あるのはどこの国や地域でも同様だが、とりわけラダック地方においては、乾燥した高地であることによる空の青みの鮮やかさや透明感を含めて、そこを訪れてみないと想像できない部分が多い。

    美しい写真がふんだんに用いられたこの案内書は、眺めているだけでもワクワクしてくる。140ページ強というスペースの中に占められる画像が多い分、テキストの分量は制限されてくるにもかかわらず、丁寧に各地の見どころの紹介がなされている。

    この地域を訪れることを予定されている方に、ぜひお勧めしたい一冊だ。

  • ANA 成田・デリー、成田・ヤンゴン就航

    10月28日(日)から成田・デリー便(毎日)、それに先駆けて10月15日(月)から成田・ヤンゴン便(月・水・土)が就航する。どちらも直行便だ。

    デリーもヤンゴンも、かつては成田からANAがフライトを飛ばしていたのだが、採算が取れずに撤退した過去があり、再度就航ということになる。

    前者はともかく、後者については現在ブームのミャンマーだけに、目先の利益はともかく「この機を逃すな!」といった具合に、将来性を見越しての先行投資ということになるだろう。

    近年、非常にモダンなターミナルビルが完成したものの、規模は小さく滑走路も大型機の発着には長さが不足と思われるヤンゴンの国際空港だけに、現在の「ブーム」が今後も続くとすれば、遠からずパンクする事態になるかもしれない。

    もっとも、政治的に先行きが不透明な要素が多い国であるだけに、「ブームが続く」ということこそが肝心であることは言うまでもない。