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カテゴリー: society

  • 中華食材店「寶昌」

    中華食材店「寶昌」

    コールカーターの旧チャイナタウンにある寶昌(ポウチョン)は最近とても勢いが良い。

    客家華人が経営する老舗の中華食材屋だが、近年息子、娘世代が経営に携わるようになってからというもの、店舗は増えたし、点心類を食べさせる店は出すし、ドラゴンボートレースも企画と、たいへん頑張っている。当然、雇っているインド人スタッフの数も増えたようだ。コールカーター東郊外のテングラー地区では工場も操業している。

    店を切り盛りする若世代のひとり、Jさんはカナダの大学を出てから家業に加わった。まだ20代半ばくらいの若い女性だが、見るからに才気煥発といった感じである。

    彼女は、シンガポールのNGOに参画させてのチャイナタウン復興のプロジェクトにも関わっており、このところ少しずつ旧中華街が中華街らしい彩りを取り戻しつつある。

    ゴミの山に埋もれていた、伝説の「南京大飯店」の建物がようやく見られるようになった(修復を施し中華寺院として再オープンした)のも良いことだ。

    Jさんの顔を見ようとオフィスを訪ねが、あいにく不在。前もって連絡しておくべきであった。

    それにしても人口流出が続くカルカッタ華人コミュニティの中で、昇竜の勢いで成長していくポウチョンとそれを取り仕切る若世代は実に頼もしい。

    「寶昌(ポウチョン)」本店

     

    「寶昌(ポウチョン)」本店
    「寶昌(ポウチョン)」が経営する醤油工場の倉庫
    「寶昌(ポウチョン)」の若衆が切り盛りする新店舗は、本店と目と鼻の先にある。

  • 発行済のヴィザ効力停止

    従前より、中国の人々に発行されたインドヴィザの効力停止は伝えられていたが、日本人に対しては、ここ数日間でヴィザ・オン・アライヴァルの停止、e-visa申請受付停止ときて、「遠からず私たちも・・・」と思っていたら、やはり昨日3月3日に「発行済のヴィザの効力停止」ときた。

    下に貼り付けた英文記事は、この件に関するインド政府の報道発表。ご参照いただきたい。

    インドや日本などのメディアによっては、ヴィザについて「キャンセルした」「破棄した」等々の表現が見られるのだが、政府の公式発表を見る限りでは、「suspended」とあるので、「(一時的に)効力停止」であるように思うのだが、日本の外務省の出先機関である在インドの大使館、領事館等からのニュースレターでは、「日本人に対して3月3日以前に発給されていたあらゆるビザ(通常ビザ及びe-Visa)は無効となる旨発表」とある。これだと「現時点で」「一時的に」という含みは感じられないように思えるのだが、どうなのだろう。

    またこの「無効」となるヴィザについて、対象者は「日本居住者」ではなく、「日本国籍」となっているため、たとえこれまで新型コロナウイルス感染者がひとりも出ていない国に居住し、何年間も日本に帰国すらしていない人であっても、この措置から逃れることはできないことにも留意が必要だ。

    また「who have not yet entered India」という下りについては、「マルチプルのヴィザで、今は日本にいるけれども、インドにはこのヴィザで1度入国しているから大丈夫」というものではなく、「報道発表時点でインドに滞在・居住しているかどうか」とのことだ。

    今年の正月明けくらいまでは、保健衛生上の理由から日本からの入国を拒否する国々が続々と出てくるようなシナリオは「清潔な国、日本」を自負する私たちには、まったく想像すら出来なかったが、「まさか!」の事態が音を立てて進行中である。

     

    Ministry of Health and Family Welfare

    Update on COVID-19: revised travel advisory

    Posted On: 03 MAR 2020 1:31PM by PIB Delhi

    In view of the emerging global scenarios regarding COVID19, in supersession of all earlier advisories, the following advisories are issued for immediate implementation:

    All regular (sticker) Visas/e-Visa (including VoA for Japan and South Korea) granted to nationals of Italy, Iran, South Korea, Japan and issued on or before 03.03.2020 and who have not yet entered India, stand suspended with immediate effect. Those requiring to travel to India due to compelling reasons, may seek fresh visa from nearest Indian Embassy/Consulate.

    Regular (sticker) visa / e-Visa granted to nationals of Peoples Republic of China, issued on or before 05.02.2020 were suspended earlier. It shall remain in force. Those needing to travel to India under compelling circumstances may apply for fresh visa to nearest Indian Embassy/Consulate.

    Regular (sticker) visas/e-Visas granted to all foreign nationals who have travelled to Peoples Republic of China, Iran, Italy, South Korea and Japan on or after 01.02.2020, and who have not yet entered India stand suspended with immediate effect. Those requiring to travel to India under compelling circumstances may apply for fresh visa to nearest Indian Embassy/Consulate.

    Diplomats, officials of UN and other International bodies, OCI cardholders and Aircrew from above countries are exempted from such restriction on entry. However, their medical screening is compulsory.

    Passengers of all international flights entering into India from any port are required to furnish duly filled self declaration form (including personal particulars i.e. phone no. and address in India) and travel history, to Health Officials and Immigration officials at all ports.

    Passengers (foreign and Indian) other than those restricted, arriving directly or indirectly from China, South Korea, Japan, Iran, Italy, Hong Kong, Macau, Vietnam, Malaysia, Indonesia, Nepal, Thailand, Singapore and Taiwan must undergo medical screening at port of entry.

    Indian citizens are advised to refrain from travel to China, Iran, Republic of Korea, Italy and Japan advised to avoid non-essential travel to other COVID-19 affected countries.

    MV

    (Release ID: 1604942) Visitor Counter : 6683

    Update on COVID-19: revised travel advisory (Press Information Bureau, Government of India)

  • 中華朝市とナコーダー・マスジッド

    中華朝市とナコーダー・マスジッド

    コールカーターのティレッティー・バーザールのエリアで開かれる中華朝市。もともとは華人が盛大に開いていたそうだが、現在では売り手もお客も華人たちの人数は多くなく、華人の商売人の手伝いをして仕事を覚えたインド人が引き継いでいる露店も多い。

    近年は名所として知られるようになったため、地元コールカーターの人々はもちろん、他の地域から来たインド人旅行者も訪れるようになっているため、売り子たちは露店のディスプレイに少し気を遣うようになってきた。

    ここでいくつかのアイテムつまんでから、すぐ北にあるナコーダー・マスジッドの方角を目指す。目当てはマスジッドの向かいにある「スフィヤー・レストラン」だ。ここのネハーリーは絶品なのである。朝の時間帯にこれを食すためにしか来たことがないが、ここはビーフアイテムが充実しているため、ランチあるいはディナーの時間帯にも来てみたいと思う。

    ナコーダー・マスジッドの脇、つまりラビンドラー・サラニーを通る市電が廃止になったことは実に寂しい。BBDバーグにある市電の大きなデーポーから出発していたが、これを起点とする路線すべてが廃止となっている。デーポーはすでに跡形もなく消失している。

  • コールカーター旧中華街のチャッターワーラーガリーの先のアングロインディアン地区

    コールカーター旧中華街のチャッターワーラーガリーの先のアングロインディアン地区

    華人たちが集住するチャッターワーラーガリー。カルカッタの旧中華街南側にある小路だ。

    昼間はその存在すら感じさせないが、休日の昼間には華人の子供たちが遊び、朝方や夕方には散歩に出てくる大人たちの姿がある。

    このすぐ南にあるのが、アングロインディアン地区にある英領期からのアパート。アングロインディアンの勤め人が多く住んでいたところだが、今もアングロインディアンが暮らす集合住宅として知られる。

    アングロインディアン地区

    そのアパートの前に露店を広げている人たちふたりがいた。インドのマーケットの野菜はどれも新鮮に見えるけど、「自家農園直送」を謳う華人の店は素敵だった。

    華人が営む野菜の露店
    カルカッタ郊外の菜園から直送しているとのこと。

    バングラ国境近いバスィルハートの農園で収穫して、ここに直送しているとのこと。どの野菜もピチピチで美しかった。やはり華人は気の利いたことやってくれる。

    アングロインディアン住宅隣にある仏教寺院。テラワダ仏教のお寺だが、どういう由来かどういう教団なのかいろいろ尋ねてみたかったが、お坊さんたち食事中につき、他の予定もあるので早々に退散。

  • HAP HING CO.のチェンさん亡くなる

    HAP HING CO.のチェンさん亡くなる

    メトロの「セントラル駅」で下車して進行方向側のエンドから外に出ると、そこはもうチャイナタウンの東端である。すぐそばには雑居ビルの中にある「ビルマ寺院」もある。

    Sun Yat Sen St.へ。Sun Yat Senとは孫逸仙こと孫中山、言うまでもなく孫文のことである。つまり「孫文路」という道路があるのは、いかにも旧中華街らしいところだ。

    十数年前に初めてお会いして以来、カルカッタを訪れる際には顔を出している方のお店「HAP HING Co.」がある。(FBページは、インターネットもスマホもせず、アナログな方だったチェンさんが開いたものではなく、彼女の店に出入りしていた地元のカメラマンによるもののようだ。)

    客家華人の年配女性で、父親から引き継いだ店で、長年中華食材や漢方薬などを商っているため、華人事情には当然大変詳しい。

    夜明け前に店を開けると、目の前のエリアで開かれる中華朝市で魚ボールのスープなどを食べて、この方の1日は始まる。商いは午前7時には終わって店を閉めてしまうという、朝型人間のチェンさんだ。

    私がコルカタ華人に大変興味を持っていることを知っているので、訪問すると、いつも「えーと、このあいだは何を話したっけ・・・。」から始まって、界隈の古いゴシップ、幼い頃の話、カルカッタから外国への移民の話、香港に仕入れ旅に行ってみた話等々、お茶を淹れていろいろ話してくれるのだ。

    この方のおかげで、カルカッタの華人関係のことをいろいろ知ることができたし、訪れることもできた。あけっぴろげな人で、「チェンさん、子供の頃の話をしてよ」と言うと、旧正月の話、親戚との宴会の話をとともに彼女の父親のもうひとつの家庭との微妙な関係など、引き込まれるけど、「ちょっとそんなこと話していいの?」と思うようなことまで、いろいろ聞かせてくれた。

    彼女によると、比較的稼ぎの良い華人男性がふたつ目の家庭を持つのは珍しくなかったそうだし、同じ父親による「公式」「非公式」の世帯は、当然親密ではなく距離を置いたものではあるが、まったく往来がないというわけでもなかったらしい。

    「ちょっと向こうのお母さんのところにお使いに行ってきて」とか、「向こうの兄弟と遊ぶ」というのはよくあることであったようだ。

    そうは言っても嫡流の世帯と傍系の世帯がイーブンな関係であるはずはなく、子供時代のCさんも複雑な視線で「傍系の家族」を眺めていたようだ。

    「でもね、もうとっても昔のことだし、私もほら、こんな歳だからねー」とケタケタ笑いながら喋る賑やかな人だった。傍系の親族たちも含めてすべてカナダに移民してしまったとのことだが、年に一度旧正月に何人かはカルカッタに戻ってくるとも聞いた。

    中華朝市は、もともとは華人が盛大に開いていたそうだが、今は人数は多くなく、華人の商売人の手伝いをして仕事を覚えたインド人が引き継いでいる露店もある。

    その華人チェンさんだが、お店の常連客は夜明け前からの朝市に来る人たちなので、もう6時を回ってしまうと暇であるため、私に「中華レクチャー」をしてくれるのだ。いつものように今回も日本から小さな手みやげを持って訪問するつもりだった。

    ところが今回はなんだか違う。店が開いていないし、看板もなくなっているのだ。

    ちょっと嫌な予感がした。

    店の向かいのタバコ屋に尋ねてみると、なんと昨年3月に亡くなったとのこと。ちょうど通りかかった若い華人女性にも聞いてみると、「店がしばらく閉まったままになっていて、どうしたのかと思ったら、亡くなっていたことに誰も気付かなくて・・・」とのこと。いわゆる孤独死であったそうだ。

    彼女は生涯独身、兄弟を含めた身内はカナダに移民しているので、カルカッタに親戚はひとりもいないということは知っている。糖尿病の具合が良くないことは前回の訪問の際に聞いていたが、界隈の人たちの話によると、心臓発作じゃないだろうか、とこのと。かなり太っていたし、血圧が高いことも聞いてはいた。

    インターネットはやっていないし、ガラケーしか持っていない人だったので、近況は知らなかった。毎年、年賀状を交換していたのと、ときおり思いついたように手紙をくれていたが、今年もらった年賀状に続いて、「中華新年に遊びに来ないかい?界隈では獅子舞とか歌ったり、出し物とかの集まりもある。いろいろ案内してあげるよ」というお誘いの手紙ももらったのだが、これがチェンさんとの最後のやりとりになってしまった。

    今やもう、「えーと、このあいだは何を話したっけ?」というチェンさんの言葉を耳にすることはできなくなってしまった。

    チェンさんのご冥福をお祈りする。

     

    コールカーターの「魯迅路」と「中山路」4 (indo.to)

    再びコールカーター中華朝市へ 2 中華食材屋のCさん

    再びコールカーター中華朝市へ 3 華語新聞 (indo.to)

     

  • 「華人とムスリムは繋がりが深い」という常識

    前回取り上げた「欧州飯店」はちょっと特殊な営業形態ではあるが、一般的には華人オーナーが複数のインド人たちを料理人として雇用しているケースが多いようだ。

    インド中華の面白いところは、華人経営の店であっても入手の可否だけでなく、顧客や店のスタッフへの配慮などから肉については当然のごとく鶏肉が主流(華人経営で牛肉、豚肉を出す店もあるが少数派)だ。そしてパニールのようなインド食材もこれまた当然のごとく取り入れられたりしている。誰もが馴染み深い食材であり、お客も働く人も困ることはないのはもちろんのこと、メニューのレパートリーも広がる。

    さて、カルカッタのこうした料理屋で働くインド人たち(厨房&給仕)はムスリムが多い。同じく華人たちの主要産業である革なめし業と同様にムスリムの雇用が多く、華人たちが居住して仕事を営む地域は、往々にしてムスリム地区内あるいは隣接するエリアにある。

    ここでは、まさに「ムスリムあるところ華人あり」という状況で、「ムスリムと華人は親和性が高い」という、世界的にもあまり例を見ない様相が展開しているのは、華人による雇用の提供とムスリムによる労働力の提供という互恵的関係が背景にある。

    ヒンドゥー社会において動物の屍体や肉の処理等に関わることはタブーであるがゆえ、これを厭わないムスリムコミュニティは、華人コミュニティにとって無くてはならない働き手の供給源となるのだ。

    本来は縁もゆかりもないふたつのコミュニティが、周囲の大きな社会(ヒンドゥー社会)との関係性により、密に繋がることが可能となることの好例である。世界広しといえども、「華人とムスリムであるがゆえに緊密に結ばれるという常識」がまかりとおる国は、ほとんどないように思う。

  • EAU CHEW Restaurant (欧州飯店)

    EAU CHEW Restaurant (欧州飯店)

    夕食は、カルカッタに現存する最古の中華料理屋「欧州飯店」にて。今年で90年を越える。もっと古くからのものもありそうなものだが廃業したのだろう。

    家族主義の経営、レシピは門外不出を堅持。厨房に入ることが出来るのは経営者家族のみ。華人経営でもインド人料理人を雇って育てる店は多いが、この店はその点が異なる。

    「欧州」の名前は創業時、場所柄から欧州人顧客が多かったことに由来するようだ。

    場所は地下鉄チャーンドニー・チョウク駅6番出口から徒歩2分。ガソリンスタンド裏手にある。

     

  • 英領期の名称復活の不思議

    英領期の名称復活の不思議

    英領時代の「Sir Stuart Hogg Market」が独立後に名前が改められて「New Market」となり、そして今はまた「S.S. Hogg Market」になっている。
    独立後、インド各地で街の名前、通りや施設の名称などを現地化していく流れがあったが、さすがにここまで時代が進むと、逆に戻すケースも出てくるのだとすれば興味深い。

     

     

  • 大都会の放牧

    大都会の放牧

    大都会コールカーターを特徴付ける眺めのひとつとして「牧畜」がある。広大なマイダーン(広場)が存在するおかげで、「牧童」がヤギやヒツジを行進させている姿をよく見かける。
    帰り着く先は、そのマイダーンから徒歩圏にある古い家屋や雑居ビルの地上階なのだ。
    ゴミゴミした一角で散策していたら、いきなり扉が開いて、こうした動物たちが次から次へと出てきて面食らうことがある。
    こうした懐の深さは、さすが英領時代の「旧帝都カルカッタ」である。

  • 150年の重み

    150年の重み

    サダルストリート界隈で、150年の重みといえば、YMCAはさておき、このWESLEYAN CHURCHもそうだ。
    出来たころはバリバリの白人地区だったので、やんごとなき人たちが多く出入りしていたのかもしれない。礼拝堂にはパイプオルガンがあり素晴らしい音色を奏でる。
    今は併設する学校で、あまり恵まれない家庭の子供たちに教えている。
    1930年前後からアルメニア人、ユダヤ人が増えて、エリアの性格が少し変わったという。
    決定的に変化したのは、ベトナム戦争のころで、帰休中の米兵の多くはタイに行ったが、カルカッタに向かう者も少なくなかったらしい。そういう人たち相手の赤線の類いが出来たのが、サダルストリート界隈であったと聞く。
    そうした変遷や住民の入れ替わりなどをつぶさに見つめてきたのがこの教会である。

  • クラシックな消火器

    クラシックな消火器

    YMCAに限ったことではないのだが、インドの建物で消火器が置かれている場合、大変クラシックな外見のものであることが多い。中に入っている消化液は現代的なものなのか、それともこれまたクラシックなものであろうか?

  • 客室のカギは「マスターキー」

    客室のカギは「マスターキー」

    あるホテルにて、宿代に込みの朝食を摂るため階下へ。トースト、オムレツを食べてからチャーイを2回おかわり。そこに居たのは15分程度だっただろうか。

    部屋に戻ると、すでにベッドメイクがしてある。なんという早業!どこもかしこもキレイにしてある。こういう手際の良さは気持ちが良い。

    外出前にハミガキをと思い、カバン置きに目をやると・・・。
    ない!!!

    貴重品は入っていないが、デジカメ充電器、USBコード、インド式の三叉ソケット、着替えなどの必需品が入っている。これまた何たる早業か!実に困った。

    あ、スペアメガネも入っているし、上着類もその中であった。これは大変!
    とりあえずレセプションに言おうと部屋の外に出ると、目に入ったのはドアに付いている部屋番号。

    「206」

    ひとつ下の階の206号室であった。

    「あれ?」と思い、手元にあるカギに付いている金属プレートをあらためると「306」とある。異なる階の同じ位置の部屋なので作りが同一なのだ。

    私の部屋は306号室

    どうやらカギそのものが共通らしい。すべての部屋がそうなのかどうかは知らないが。管理上は楽に違いないが、大変よろしくない。宿泊の人たちみんながマスターキーを持ち歩いているようなものだ。

    206号室は幸い空室だったが、誰か宿泊している部屋に誤って入室、ちょうど本人が帰ってきて鉢合わせになったら大いに困るところであった。

    まあ、こういうのは初めてではない。
    インドのどこかで、部屋でテレビを観ていたら、ドアがガチャガチャと鳴って開き、男が「誰だ、アンタ?」と目を見張り、こちらも「そういうアンタこそ誰だ?」とのけ反る、なんてことはあった。

    とってもビックリしたのだが、306号室に戻ってみると、荷物はちゃんとあったので、これで良しとしておこう。