ただいまメンテナンス中です…

カテゴリー: society

  • 総体としてしっかり

    ムンバイーを本拠地として一定の影響力を持つシヴセーナー。地元マハーラーシュトラの民族主義を基とするヒンドゥー右翼政党だ。彼らの『ヴァレンタインデイ攻撃』については、よく外国のメディアにも取り上げられるところである。ヴァレンタインのギフトを売る店を襲撃したり、『西洋的な退廃の浸透だ』などと大げさなアピールをワアワア繰り広げたりする。
    数年前、ムンバイーで彼らがBJPとともに実行した『ムンバイー・バンド』を目の当たりにする機会があったが、前日に地元に暮らすU.P.州出身の運転手から『セーナー(シヴセーナー)のバンドは本当に怖いよ』と聞いていたのだが、実際あまりに暴力的かつ脅迫的なリーダーシップ(?)と、徹底した実力行使ぶりには背筋が寒くなる思いがした。
    ちょうどその時期、党の創設者であり最高指導者であったバール・タークレーが表舞台から退き、実権を息子のウッダヴに譲り移した時期だった。これまで長きにわたり強い指導力を発揮してきたカリスマが退くことにより、求心力が低下するのでは?という声を払拭するために、このときに起きたムンバイー市内でのバス爆破事件への抗議活動としてのバンドを実行するのは、都合が良かったのだろう。あまりに極端で過激な劇場型政治である。
    やはり代替わりの時期ともなると、新体制やその中での個々のリーダーたちの位置づけや序列などをめぐり様々な摩擦や衝突がある。翌々年のこの時期には、かつてシヴセーナーとBJPが連立した州政府首相まで務めたことがある大物政治家、ナラヤン・ラーネーが党を脱退してコングレスに加入して世間を騒がせたし、それまでウッダヴとともにシヴセーナー新世代の顔として、大親分のバール・タークレーの直近下位にあったラージ・タークレーも党を離れることになった。ラージは、先述のウッダヴのいとこであり、バール・タークレーの甥だ。

    (さらに…)

  • 世界最大のヒンドゥー寺院

    デリーのアクシャルダーム寺院
    新年明けましておめでとうございます。
    ウェブ上で初詣ということで、お寺の話題をひとつ。
    グジャラーティー・コミュニティを中核に、国際的な広がりを持つヒンドゥー組織BAPS (Bochasanwasi Akshar Purushottam Swaminarayan Sanstha)による大寺院、2005年に完成したデリーのアクシャルダームがギネスブックの『世界最大のヒンドゥー寺院』と認定されたのは昨年12月半ばのこと。
    アクシャルダームといえば、グジャラート州のガーンディーナガルにも同じ名前の寺院がある。こちらは1992年建立で、もちろんデリーのものと同じくBAPSのお寺だ。敷地のレイアウトや本堂の姿形もよく似ている。ただしこの寺院には非常に不幸な歴史もある。2002年に起きたテロリストによる襲撃により、境内で多数の人々が殺傷されるというショッキングな出来事のことを記憶している人も多いだろう。
    さて、このデリーのアクシャルダーム、私はまだ訪れてみたことがないのだが、建設当時かなり話題になっていたようだが、特に気に留めることはなかった。だがこのほどギネスブックに載ったことで、どんなものかと同寺院のウェブサイトを覗いてみると、これがなかなか面白そうだ。
    建物内外の壮麗さはもちろんのこと、広大できれいに整備されたガーデン、巨大スクリーンによる映像、夜間に美しくライトアップされる噴水、様々の工夫と趣向を凝らした宗教関係の展示など、夢か幻かと思うような設備満載で、いわば宗教テーマパークのような具合らしい。その一端は同ウェブサイト内のPhoto Galleryで垣間見ることができる。
    建築的にどうなのかということはともかく、各地の様々な要素が一堂に集まっているようでなかなか興味深いものがありそうだ。非常にバブリーな雰囲気が感じられるのはもちろんのことだが、これもまたインドの今という時代を反映しているようでもある。建立時期がごく新しい巨大寺院は他にもあるが、今の時代の都会での信仰というもののありかたを示唆する貴重な一例であるように思う。
    2008年が皆さんにとって良き一年でありますように!

  • 私立探偵

    私立探偵を主人公とする推理小説作家は数多い。アガサ・クリスティ、エラリー・クイーン、コナン・ドイルといったこの分野を代表する大家の作品を読んだことがないという人はまずいないだろう。また少年向けのマンガでも『名探偵コナン』『金田一少年の事件簿』などがある。老若男女を問わず、探偵とは人々の興味や関心を呼ぶ魅力あるテーマらしい。私自身、子供のころ『大人になったら探偵になりたい』と思っていた。

    (さらに…)

  • ネパール 王室廃し共和制へ

    ギャネンドラ国王
    マオイスト勢力の圧力を受けて、ネパールの王室が廃止されることが確定した。1599年のゴルカ王国成立から数えて400年以上、同王朝を率いるプリトヴィー・ナーラーヤンが1768年にマッラ朝を倒してネパールを統一してから240年の長きに渡るシャハ王朝の歴史に幕を下ろすことになる。
    90年代初めにそれまで国王による事実上の専制状態から立憲君主制へと移行したものの、議会の混乱やマオイスト勢力の伸長などにより、長く不安定な時期が続いたネパール。2006年に国名がネパール王国からネパール国へと変更された。それまで世界唯一のヒンドゥー教を国教としていたこの国が世俗国家となり、それまでの王室を讃える歌詞内容の国歌が廃止された。しばらくの空白期間を経て、今年8月に新国歌制定が宣言されることとなった。
    今後共和制に移行するとともに、王の肖像をあしらった紙幣、王室を象徴する要素の強い国旗のデザイン、国旗を上部にあしらった国章についてもやがて変更されることになるのだろう。
    ネパール国旗
    ネパール国章
    かといって、これらが人々の生活の向上に直接作用するとは思えないし、国内が確実に安定へと向かっているのかどうかはわからない。こうした象徴的な事柄や制度が改められていく背景にある本質的なものとは、近年のこの社会の様々な方面における力関係の大きな変化に他ならない。
    とりわけこの国の政治権力構造で浮沈の激しいいわば『戦国時代』が続く中、かつてこの国を名実ともに支配していた王室という伝統的な政治パワーが、表舞台から公式にドロップアウトすることとなる。今後のネパールは融和と安定へと向かうのか、それとも衝突と分裂の歴史を刻んでいくことになるのだろうか。この国から当分目が離せない。
    今ネパールで起きていることや現在進行中のこうした動きなどについて、近隣国のブータンも慎重に分析していることだろう。国内に退位を求める声が起きていないのに、それまで権力を握ってきた王家が自主的に民主化を進めるという世界的にも稀有な例を世界に示している同国。その背景にはいろいろあるのだろうが、隣国の情勢を踏まえての強い危機感もまたこれを決断させたひとつのきっかけとなっているのではないだろうか。
    Federal Republic of Nepal, 601-member CA agreed
    (Kathmandu Post) 
    Nepal strikes deal with Maoists to abolish monarchy
    (Hindustan Times)

  • 犯罪部族と呼ばれて・・・

    英領時代の1871年に制定されたCriminal Tribes Actsという法律により、当初約150の部族を、世襲的に慣習的かつ組織的に犯罪にかかわる傾向が非常に強いコミュニティとして、Denotified Tribesの指定することとなった。ひとたびこの範疇にカテゴライズされると、そのコミュニティの成員はすべて行政当局に登録することが義務付けられ、これを怠ること自体も違法行為として取締りの対象となった。
    常時犯罪者予備軍として監視されることになったコミュニティ内の6才から18才の子供たちは、犯罪に走ることを防ぐために、家族から引き離されて矯正学校に収容されることもあったという。今にしてみれば、ずいぶん乱暴な措置ではあるが、その背景には各地で頻発する盗賊や追いはぎなどへの対応に手を焼いており、当時の行政側としては治安確保のためになんとか対策を練らなくてはならないという時代の要請があったのだろう。
    それまで主に移動しながらの放牧により生計を立て、訪れた土地の村落での自分たちと村人双方が必要とするものを交換するなどして地域社会の一翼を担ってきた。しかし度重なる飢饉や英領下での各地道路網の整備や鉄道の大建設時代に入るなどといった世相の変化が起きたことが、彼らを社会から弾き出してしまう遠因となったらしい。交通の発達にともない、それまでより多くの物資がより迅速に国内を行き来するようになった。そのため遊牧生活をしていた彼らが、それまで地域の村落に持ち込んでいた物資が次第に必要とされなくなってくる。次第に生活の糧を失っていくにつれて、それと引き換えに犯罪に走るといった傾向があったという話は、それなりの説得力を持つものではある。
    この法律は幾度かの改定を経てDenotified Tribesに指定されるコミュニティを追加していったが、インド独立後1952年に廃止されることとなり彼らは解放されることとなる。だが従前の法のエッセンスを引き継ぐHabitual Offenders Actsという新たな法律が1959年に成立し、英領時代に監視の対象となった部族たちは、その後もDNTsからこぼれ落ちてしまっているグループも多いいらしい。他の多くの指定カースト・指定部族の人々と比較した際の大きな違いは、近代化とともに定住する傾向が強まってきていると (Denotified and Nomadic Tribes)として、社会の中で疑惑の目で見られる状態が続く。その数2500万人といわれるが、6000万人に及ぶという説もあるようだ。
    この中で指定カーストないしは指定部族にカテゴライズされ、それなりの社会的メリットを得ている人々は少なくないとはいえ、そのセーフティネットの網はいえ、元来は土地を所有せず定住地も持たずに移動生活を続けてきた人々であるようだ。欧州におけるジプシーもそうだが、土地にずっと長く住んでいるたちにとって、流浪の民とはどこか胡散臭く感じられる存在なのかもしれない。現在では都市部のスラムに住むDNTsも多いという。
    こうした部族たちについて書かれた本はいろいろ出版されているようだ。
    ・The Criminal Tribes in India / S.T. Hollins / Nidhi Book Centre
    ・State and Criminal Tribes in Colonial Punjab: Surveillance, Control and Reclamation of the ‘Dangerous Classes’ / Andrew J. Major / National University of Singapore
    ・A Nomad Called Thief / G.N. Devy, / Orient Longman
    ・Branded by Law / Dilip D’Souza / Penguin India
    こうした人々の起源はもちろんのこと、彼らが現在置かれている状況等についても関心を引かれるところである。
    DNTsの中の一部族、近く予定されているグジャラート州議会選挙で同州に住むDaferというコミュニティが初めて投票するとのことで、BBC NEWSが写真入りで彼らの暮らしぶりなどで紹介している。
    In pictures: Gujarat’s nomad voters (BBC NEWS South Asia)

  • Sangini Women’s Co-operative Society bank

    半年ほど前のもので恐縮だが、こんなニュースがある。
    London Gets Influx of Indian Tourists as Japanese Stay Home (Bloomberg.com)
    2006年中のロンドンでの日本人観光客の支出総額が1億2300万ポンド、これに対してインド人観光客の支出が1億3900万ポンドと前者を上回ったそうだ。またこの年に同地を訪れた観光客の人数も日本人が23万人、インド人が21万人と拮抗している。
    インド経済の好調さを感じさせてくれるのは、インドの都市だけではない。世界各地の様々なスポットで、インド人観光客の姿が多くなっていることもまさにその証であろう。
    何もインドに限ったことではないが、右肩上がりの成長を続ける中、皆が等しく豊かになることができるわけではない。資格や学歴、能力や才能、あるいは親から引き継いだ家業などもなく、社会の底辺に生きる人たちはどうしても取り残されてしまいがちである。
    インドの赤線地帯で働く女性たちもそうした部類に含まれる。あちこちに赤線地帯はあるが、とりわけムンバイーのカーマティープラーは内外に広くその名を知られている。全国各地あるいはネパールのような周辺国から出てきてこの生業で生活している人たち。この稼業に手を染めるようになった理由は人それぞれだろうが、ほとんどの場合これを望んでしているわけではなく、やむを得ず、他に選択の余地もなく日々これで稼いでいる。売春は一大産業となっており、一説によるインド全国で200万人もの娼婦がいるとも言われる。
    娼婦として働く人たちも大変だが、家族とりわけ小さな子供がいるとなれば、彼女たちの両肩にかかってくる責任はとても大きい。You TubeでKamathipuraを検索してみるといくつかの映像が引っかかってくるが、園中にこの地域の学校を紹介したものがあった。古い建物の2階に入っているこの教室は公立学校ではなくプライベートなものだが、私立学校というよりも『寺子屋』みたいなもののようだ。おそらく地域で働く娼婦たちの子供たちも多く通っているのではないかと思う。
    そのカーマティープラーで、娼婦たちが運営する銀行、Sangini Women’s Co-operative Society bankが成功しているという記事を目にした。
    Sex workers’ bank builds dreams in Mumbai (Express India)
    娼婦たちの多くは身分や身元を証明するものを持っていないので銀行に口座を開くことが難しい。しかしながら、彼女たち自身にも引退後のために貯金したり、子供の教育のため、人によっては他の商売を始める元手や家の建築資金を貯めたりといったニーズがある。貯蓄とは反対に、病気や身内の結婚といった物入りの際に、まっとうな利息で必要なお金を用立ててくれるローンも必要だ。
    仕事や生活のスタイル上、組合を作るなどして結束しにくい娼婦たちだが、National Network of Sex Workersのような連帯組織があるようで、売春という職業の合法化とこれに従事する人たちの権利擁護を求めて活動しているようだ。だが果たして彼女たちが金融機関を立ち上げてこれを自ら運営していくだけのノウハウを持っているのかどうか疑問に思う人は多いだろう。上のリンク先記事を読み進んでいくと、その背景がわかる。この銀行は、PSI (Population Services International)というアメリカのワシントンを本拠地とするNGOの助けによって運営されているのだそうだ。
    このケースについては、たまたま援助母体は外国の組織であるが、インド自身がNGO大国と呼ばれるほど、様々な社会活動を行なう地場のNGOは、その種類・数ともに豊富だ。もちろんこの国の政治的な自由度がとても高いため、こうした団体を結成しやすいということもあるだろうし、政党活動が盛んなこの国で、数多い政治組織の関連団体として社会の各方面で活動しているものも少なくない。
    弱い立場にある人たちが力を合わせて自立の道を探るというのは非常に意義深いことである。娼婦たちによる新しい自助努力の試みが今後他の地域にも広がり、大勢の娼婦とその家族たちの生活改善の大きな助けとなれば喜ばしいことである。

  • ディーワーリーとラクシュミー

    すでに多くのメディアで取り上げられているが、ラクシュミーという名の少女の話である。ビハール州のアラーリヤー地区で父シャンブーと母プーナムの間に、4本ずつの手足、結合した2対の脊髄、二人分の神経系統、ふたつの胃などを持って生まれた2歳の少女、ラクシュミー・タートマー。可愛らしく利発そうな表情をしたこの幼児は、これまで立ち上がることも歩くこともできなかった。
    このような姿で生まれてきたのは、彼女が結合双生児であったためだが、本来この世に生を受けていたはずのもう一人は未発達のまま、彼女に身体の一部だけを残すことになってしまった。
    生まれたときにその姿からラクシュミーと名づけられた彼女のことを、村ではまさにそのラクシュミー女神の化身と言う者があるいっぽう、奇異の目で見られるのみならず、見世物小屋の一座から身売りを持ちかけられるなどといったトラブルもあり、人目を避けるようにして暮らしてきた。
    それでもまだ幸運が残されていたのは、彼女の存在がバンガロールのスパルシュ病院関係者の知るところとなったことに加えて、彼女の身体の組織がほぼ左右対称であること、本来彼女の身体であるべき部分に、当人に必要な臓器等が揃っていたことなどがあるという。
    手術にかかる費用は病院持ちとのことだ。おそらく同病院の先端医療技術を世間に知らしめるためという目的もあるにせよ、この手術の実現は関係者たちの温かい善意と熱意あってのことであると信じることにしよう。家族に伴われてバンガロールにやってきたラクシュミーに対し、11月6日に36名の医師たちからなるチームによって、今月6日の朝8時半から翌7日の朝10時まで、実に丸一日以上に及ぶ大手術が行われた。
    手術は無事成功、現在ラクシュミーは集中治療室に収容されているが経過は良好とのこと。退院後は普通の生活を営むことができる見込みだという。
    おりしも世間はディーワーリーのお祝いの時期。ラクシュミー女神に因んで名づけられたこの少女とその家族に対し、同女神からの手厚いご加護がありますように!
    Lakshmi stable after marathon surgery (Deccan Herald)

  • サルの天下(2)

    シムラーのリッジにある、街のシンボルの教会裏手の道をしばらく登ると、ハヌマーンを祀るジャクー寺がある。登り口のところでは杖を売ったり、レンタルしたりしている店が多く目につく。足腰に問題を抱えた老人向けというわけではなく、サル除けなのだと言われた。よもやそんなものが必要になるとは思わなかったが、子連れなので念のため一本用意して寺へ向かうことにした。これが意外に役に立つ代物であることに気付くまで、そう時間はかからなかった。
    三人ほどがなんとか肩を並べて歩くことができる狭い道、複数のサルたちが我が物顔で歩いていたり、真ん中に陣取ってこちらを睥睨していたりする。牙をむき出しにしてこちらを威嚇しようとするものもある。ときに路面をガーン、ガーンと打ち鳴らして散らせてこいつらと距離を保たないと危ない。
    寺近くまで来るとそこから先は石段になっている。このあたりのサルたちはなかなか手ごわかった。前から下ってきた四人連れの若いインド人男性たちが、サル軍団の襲撃を受けている場面に遭遇。ズボンのポケットに前足を突っ込まれるなどして皆成す術なしといった具合でパニックに陥っていた。
    サル集団が本気になれば、大の男たちが束になっても素手では敵わないようだ。このあたりはすでに寺の敷地内である。ハヌマーンの寺なので仕方ないのだが、僧侶や世話人たちがサルたちにふんだんにエサをやっていることが、悪戯ザルたちを助長しているに違いない。手前の参道のサルたちも大胆不敵だったが、ここのサルたちはあたかも自分たちこそこの地の支配者だと勘違いしているようで、人を恐れる様子がまったくない。

    (さらに…)

  • サルの天下(1)

    Arukakatさんの『これでインディアExpress』に『猿の猿退治』と題して、アカゲザルに対する他種のサルを用いた捕獲作戦の話が出ていたが、このアカゲザルときたら体力と知力ともに高次元でバランスが取れており、しかも集団行動するので私たち人間にとってかなり手強い相手だ。
    インドでよく見かけるアカゲザルは、オナガザル科マカク属に分類され、同じくマカク属のニホンザルと近縁だ。種が近いために交雑も可能。日本国内で飼育されていたアカゲザルが野生化し、ニホンザルとの雑種の出現が懸念されているのだとか。このサルはアフガニスタンから南アジア全域、そしてインドシナや中国にまで広く分布している。
    よく子供向けの物語で、サルといえばユーモラスなキャラクターで描かれることが多い。しかし実際は野犬などよりかえって危険で非常に厄介な動物であることはいうまでもないだろう。平面的かつ直線的な動きが多く、石や棒などを軽く振り回せば簡単に動きを封じることができる犬と違い、予想もしない動きと上下左右への変幻自在な身のこなしに加え、相当高い知能を持ち合わせるこのサルと素手で渡り合うのはあまりにリスキーだ。
    ちょっと脅せば『おぉ、勘弁してくれ』と、手にした食べ物を放りだしてしまう人間を前に、サルたちは自分たちの序列の感覚から『オイラが先に食べる=奴よりも立場が上』と解釈して、さらに図に乗って大胆な行動を取るようになってくる。自然界に存在しない人口的な味覚を覚えるとともに、サルが威嚇せずとも自ら進んでエサとしてくれたりする人間たちを前に、サルたちは『弱いヤツが強いサルに上納している』としか思っていないのかもしれない。
    人間たちとの接触が濃厚な地域ほど、お互い困った問題が生じている。日本でもサルとの関係に手を焼いているところは少なくない。いろいろ工夫しても知恵のある動物なのであまり効果がなく、サルが匂いを嫌うとされるヤギの放牧をするといった消極的な対抗策を試みている地方もあるらしい。
    〈続く〉

  • 劇場『雑踏』

    昔、20歳前後の大学生だった私が初めてインドに来たとき、鉄道でマイソール駅に夜明け前に到着。しばらく時間を潰そうと待合室に入り、荷物を床に置いて一息ついた。近くに座っていた、きちんとした身なりの男性ボソボソと話しかけてきた。
    『I need your help. 実は夜行列車でサイフをスラれてしまいまして・・・』
    彼はバンガロールから列車でやってきたのだという。寝ている間に・・・というのはときに自分自身も不安に感じることがあり、身につまされるものがあった。
    『後日、必ず返しますからお金を貸してください』

    (さらに…)

  • 「ムンナー・バーイー」にしばらくお別れ・・・か?

    Sunjay Dutt
    父親がスニール・ダット、母親が往年の名女優ナルギスという、ムンバイーの映画界きってのサラブレッドである。ナルギスの母ジャッダンバーイーはアラーハーバードで有名な踊り子とジャワーハルラール・ネルーの父であるモーティラールとの間に生まれたと言われる。非嫡子の子とはいえ、サンジャイの母親のナルギスは、元首相のインディラー・ガーンディーのいとこにあたることになり、その息子であるサンジャイはインディラーの息子で同じく元首相のラジーヴのはとこになる。こうした大御所政治ファミリーとの非公式な血縁関係もいかにもインド芸能界きっての名家らしいところだ。
    しかし生来の育ちの良さをみじんも感じさせないガラの悪さはいったいどこからきたのだろうか?大胆不敵な面構え、高い背丈と筋肉隆々のマッチョな体つきながらも、アクションシーンや悪役だけではなく、コミカルな映画や優しい父親役まで幅広くこなせる懐の深さは、やはり偉大な映画人であった父母から引き継いだDNAの証だろう。オッカないけど面白い、粗野ながらも人情に厚く、武骨でもごくたま〜に知的であったりと、様々な表情を使い分けることができる器用な役者だ。もちろん彼の魅力の真髄は「頼りになる兄貴」「いかすオヤジ」であり、本来ならばヒーローを演じるには年齢的なピークを過ぎていても、彼ならではの役どころが次から次へと回ってくるのである。まさに余人を持って換えがたいボリウッド映画界の至宝のひとりだ。
    品のなさだけではない。第一級のお騒がせ芸能人でもある。両親があまりに著名でありすぎたことによる重圧か、甘やかされて育った結果か、それとも生まれながらの本人の性格なのか、映画の役柄以上にとてもシリアスなトラブルが多い俳優だ。高校の頃から麻薬類を使用し、俳優デビュー後にアメリカでドラッグ中毒の治療を受けていたことがある。
    90年代初頭、最も人気の女優のひとりであったマードゥリー・ディクシトと浮名を流していたころのこと、1993年に起きたムンバイー連続爆弾テロ事件に連座した容疑で罪に問われる。近年ポルトガルで身柄を拘束、インドに移送されて現在拘留中のアブー・サレームとその一味が密輸した武器弾薬類の置き場として自宅の一部を提供したとして武器不法所持のかどで逮捕される。その後彼は刑務所で1年半過ごすことになった。

    (さらに…)

  • 草の根パワーで建てた鉄道駅

    大地に果てしなく伸びる鉄路。両側にこれまた果てしなく続く農村風景を眺めているといつしか車窓風景から見える舗装道路や家並みの密度が高くなってきて町に入ってきたことがわかる。列車は次第に速度を落として、物売りの呼び声や赤いシャツのポーターたちが行き来する長いプラットフォームに停車する。そしてしばらくすると『ガタン』と車両が揺れて列車は静々と再び前に進み始める。そしてさきほどまで目にしていたのと同じようなどこまでも広がる景色とそこに点在する民家や小さな集落を目にしながら長い長い時間を過ごすことになる。そんなときにふと思うのは、この人たちは鉄路のすぐ脇に暮らしていながらも、いざ鉄道を利用しようと思ったらずいぶん遠くにある駅まで足を伸ばさなくてはならないのだなということ。
    工業化・商業化の進展とともに人口も拡大を続けてきたインド。蒸気機関車からディーゼル機関車へ、そして一部地域では電化されるなど車両その他鉄道施設は近代化を進めてきたにもかかわらず、ラージダーニーやシャターブディーといった時代が下ってから導入された特別急行を除けば、通常のexpressやmailといった急行列車が大都市間を結ぶのにかかる時間はそれほど短縮されていないようだ。しかしそれには理由がある。駅が増えているからだ。おそらく日本で『高速道路を走らせる』『新幹線を引っ張る』といった事柄が利益誘導型の政治家たちの道具となってきたように、インドでも『地域に鉄道駅を造る』という事業は、地元を票田とするリーダーたちの目に見える大きな実績にもなるのだろう。それでもまだまだ『駅が足りない』ことは、この国の物理的な広さと人口分布の広がりを象徴しているといえる。
    いつだか何かのメディアで、ビハール州やU.P.州などの田舎に『Halt』と呼ばれる臨時停車スポットが非合法に乱立されていることを書いた記事を目にした記憶がある。それらの多くが『正規のもの』に似せた名前であったり、地域で広く知られた聖者の名前を被せたものであったりすることが多いとのことだ。中でも圧巻は現在の鉄道大臣であり、ビハール州首相でもあったことがあるラールー・プラサード・ヤーダヴの妻の名前(彼女自身も前ビハール州首相)を付けた『Rabri Halt』まで出現したのだそうだ。これらの不法Haltは逐次鉄道当局により撤去されているとのこと。
    しかしこれらを必要としているのは、レールは敷かれていても列車が停まる肝心の駅がない地域の人々。『駅が欲しい』という願いはあれども、政治的な後ろ盾がなければそうした声はなかなか届かないのだろう。
    そんな中、自分たちで駅を建ててしまった村人たちがいるという話には驚いた。デリー・ジャイプル間にあるシェカーワーティー地方のジュンジュヌ地区にある四つの村で人々が協力しあって80万ルピーの資金を捻出し、レンガを積み上げてプラットフォーム、ベンチ、水道、チケット売り場から成る小さな駅を建ててしまったのだというから驚きだ。バルワントプラー・チェーラースィー駅は開業から1年半経過し、毎日4本の列車が停車しているという。資金集めや建設作業といった労苦もさることながら、天下の国鉄にこれを正規の停車駅として当局に認めさせた行動力と手腕もたいしたものだ。インド農村版『プロジェクトX』といったところだろうか。特に用事があるわけではないのだが、機会があればぜひこの駅に降り立ってみたい。建設にかかわった村人たちに尋ねてみれば、実に興味深い話をうかがうことができそうだ。
    राजस्थान में रेलवे का एक ‘जनता स्टेशन’ (BBC Hindi)