ただいまメンテナンス中です…

カテゴリー: society

  • 西葛西にZEE TVがやってきた

    zee tv.jpg
     いまや「東京のリトルインディア」に成長した(?)西葛西。東西線の駅近くのホテル内にあるレストランで、12月18日(日)クリスマスディナーパーティーが催された。現在、ZEE TVのチームが日本のクリスマス、日本に住むインドの人々取材するため来日中だが、この催しは彼らが取り組む番組制作の一環として企画されたものである。
     今年の春先から日本の東京をベースとするMola TVと大阪を本拠地とするHum Tum TVによるZEE TVその他の番組のインターネットによる発信(有料)が始まっており、その視聴者たちが招待されることになった。

    (さらに…)

  • ベンガルールってどこだ!?

     英語での都市名がボンベイからムンバイ、マドラスがチェンナイ、そしてカルカッタがコルカタなど、ここ十数年の間に次々と変わったが、ここにきてバンガロールもそれに続こうとしている。同市を州都とするカルナータカ州政府により提案されているのが「ベンガルール(Bengaluru)」という名前であり、地元カンナダ語での呼称に近い表記であるとのことだ。
     ヒンディー語ではどうなっていたかな?と思い、地図や時刻表など開いてみた。बंगलोर (バングロール)あるいは बंगलौर(バングラウル)といった英語のそれに近いものもあれば、 बेंगलूरु(ベーンガルール)と原語の音をデーヴァナガリで置き換えたものもあった。インド有数の主要都市の名前とはいえ、その表記についてはけっこう揺れがあるようだ。
     もともと「バンガロール」とは植民地時代に英国が彼らにとって読みやすいように変更したのだからということだが、独立後60年近くも経っているのに何で今ごろ?という気がしないでもない。

    (さらに…)

  • カレーの注文 ロンドン→デリー→ロンドン

     何だか妙なことになっているらしい。
     ロンドンでインド料理を電話注文すると、デリーにあるコールセンターにつながり、そのオーダーをロンドンにある料理屋が受け取る。出来上がりを待つお客は、自分のオーダーがはるか彼方のインドを経由して近所の料理店に伝わることなど露知らず。
     日本でもNTTの電話番号案内業務の大部分が、本土よりも人件費の安い沖縄に移転しているが、コトバの壁もあり日本のコールセンターが中国や東南アジアに続々移転なんて話は今のところ聞かない。
     個人的には、「グローバル化」なるものが、果たして私たちを含めて各地に暮らす人々のためなっているかという疑問があるが、何はともあれこれを具現化するには政治体制、経済活動の自由、商工業のインフラの状態などさまざまな条件が整う必要がある。その中でやはりコトバというものは大きな障害となろう。
     外国語により提供される商品やサービスなどで、字幕や翻訳などを通じた顧客の母語による仲介なくして、日本市場で社会の隅々まで広く売ることができるのはミュージックソフトくらいではないだろうか。
     英語を自在に操れる人の割合は限られているとはいえ、総人口という分母が巨大なだけに総数で見れば相当なもの。「英語圏」がとてもなく大きな力を行使している現代社会にあって、「インドの英語力」はこの国の大きな財産であることを今さらながら感じ入る。
    Indian food via Indian call centres! (MSN News)

  • 鎌倉のガンダーラ仏

    kenchoji.jpg
     先月下旬、鎌倉の建長寺に、パキスタンから「釈迦苦行像」が寄贈されたとの報道がなされていたことを記憶されている方も多いことだろう。
     あまりにも有名で、ガンダーラ美術の最高傑作のひとつとされる仏像のレプリカだが、先の愛知万博の会期中パキスタン館で展示されていたものである。同国政府が当代一流の職人たちに作製させたこの像の素材はファイバーグラスとのこと。
     10月25日に「遷座奉迎式」が行なわれた同寺境内にある、法堂と呼ばれる建物の中に安置されている。ちょうど私は鎌倉で用事があったので拝観してみることにした。
     雲ひとつない晴天に澄み切った空気。暑さはもちろん寒さとも無縁、なにひとつストレスを感じないこの陽気。こんなパーフェクトで気持ちの良い天気は年に何日ほどあるだろうか。
     総門をくぐり梵鐘や三門などを眺めながら境内を奥へと進む。法堂の入口脇に「パキスタン国寄贈 釈迦苦行像」と毛筆で書かれた看板が置いてある。堂の中には入ることができないが、入口のところから中を覗くことができる。写真などで見慣れた像だが、やはり日本のお寺にあってはずいぶん異質な印象を受ける。それがゆえに、はるか昔、広い大地を越えそして海を渡り、ついに日本まで至った仏教がたどってきた気が遠くなるほど長い旅路、それを支えた信仰の力に対して畏敬を感じずにはいられない。
     わが国最初の禅専門道場であり、木造漆塗りの須弥壇、木造北条時頼坐像など、国の重要文化財をいくつも抱える建長寺に新たな寺宝が加わった。万博に出展したパキスタンによる素敵な置き土産である。
    fasting buddha.jpg
    鎌倉建長寺にパキスタンの国宝の複製が寄贈(愛知万博ちょこっと情報)

  • 何が良いのか悪いのか

     昔、外からはあまり事情がよくわからなかった時代の中国からのニュースで、「天才××少年」などといったタイトルで紹介されるものがよくあった。それは暗算であったり、スポーツであったり、音楽の演奏であったりした。往時の共産圏では国内外へのプロパガンダという目的もあり、「国家は人民への目配り気配りを欠かさない」「共産主義とは創造的な個性を伸ばす体制だ」といった具合にアピールしたかったのだろうか。
     国外から眺めていても、特にスポーツの分野ではオリンピックその他の大きな大会で、東側の国々が体操や陸上競技など特定の種目において圧倒的な強さを発揮したりもした。まさに才能を秘めた児童たちを発掘し、幼いうちから国家による英才教育を施した結果だ。こうした才能の発掘と開花の目的は、個の育成ではないことはいうまでもないだろう。才能を見込まれながらも結実しなかった多くの者たちが、その後どうなったのか知りたいところでもある。 
     かつてのような東側ブロックなる世界は存在しないが、現在でもそうした体制の国々はいくつか残っているし、国威発揚のための天才発掘とその育成という「事業」が消え去ったわけでもない。

    (さらに…)

  • 東京杉並に眠るボース

    NETAJI.jpg
     インドの知人から神奈川県(?)にカーリー寺院があり、インド人、特にベンガル人の参拝客が多いという話を聞いた。それはごく最近できたものではなく、昔からあるお寺なのだという。彼は日本に来て日が浅く地理に疎いため、どのあたりにあるのか要領を得ない。そしてどうやらまた聞きらしく、何か勘違いしているのかもしれない。
     だが仏教とともに日本に入ってきたインドの神様は少なくないので、カーリーの仏教名「大黒天女」を祀ったお寺あるいはそうしたお堂を持つ寺院があり、それが在日インド人善男善女を集めるようになっている、というのならばあり得ない話ではないので、機会を見つけて調べてみたいと思う。
     そんな彼に「インドと縁の深い仏教のお寺がある」と、インド独立の志士チャンドラ・ボースの遺灰が納められている蓮光寺のことを話した。

    (さらに…)

  • 自転車に乗って村八分 2

    bicycle2.jpg
     前置きが長くなったが、インディアトゥデイ9月21日号には、あるダリットの女の子をめぐるこんなニュースが掲載されていた。
     オリッサ州都のブバネーシュワルから10キロほどのところにあるナルスィンハプルは上位カーストが多数を占める村。ここに暮らすダリットの小作農民の娘、マムターが日々繰り返すごくなんでもない行為が、地域で大きな波紋を呼んでいる。村に住むこの階層の女性の中で初めてカレッジで学ぶ彼女は自転車通学しているのだが、問題とされるのはまさにここなのだ。
    「アウトカーストの者が自転車に乗ってはならぬという禁を破っている」ということで、地元の支配層の怒りを買い、彼女の父親はその連中から不条理な要求を突きつけられた。
    1. カレッジを退学する
    2. カレッジへ徒歩で通学する
    3. この地域で村八分
    以上の中からいずれかを受け入れること。

    (さらに…)

  • 自転車に乗って村八分 1

    indian bicycle.jpg
     一般の村人が使う水汲み場を利用できなかったり、立ち入ることさえ許さない寺があったり・・・。今でもアウトカーストの人々が日常的に差別と直面する場面は少なくないようだ。
     とはいえ現代インドが彼らの地位および経済状態の向上を目指して、指定カースト・指定部族への留保制度により学校への入学や就職等での優遇措置などの特典(そのため生じた様々な問題や弊害もあるが、ここで是非を云々しない)を講じてきたこと、また近代化とともにカーストの持つ意味が次第に薄れてきたこともあり、そうした出自を持つ人々の中にも高度な専門分野で活躍したり、経済的に豊かになったりということもないではない。
     もっとも彼らの地位向上は、必ずしも上から与えられたものであるわけではなく、独立インドの初代法務大臣アンベードカル博士に見られるような、自助努力による部分も大きいのだろう。

    (さらに…)

  • ケッコン狂想曲

    wedding.jpg
     しばらくするとウェディングシーズンに入るインドだが、BBCから結婚にまつわるニュースがふたつ。
     Israelis fined for wedding kiss
     India’s rent-a-guest wedding agents

    (さらに…)

  • 家路

    nepal.jpg
     就労機会とベターな賃金を求めて物乞い、家政婦、工場作業員、教員、経理士、IT技術者等々、実に様々な人々が外へと出て行く。まさにインドは出稼ぎ大国。
     しかし同時に周辺国から同じような動機で、インドに出てくる人たちもまた多いのは興味深い。バングラデシュからの不法移民は各地で社会問題になっているし、インドのどこにいってもネパール人のチョーキダールやサービス業に従事する労働者は多い。
    「みんな大きな夢ばかり見ているんだ」
    ヒマなオフシーズンのゴアの宿、キッチンで働くネパール人青年が言う。
    「外国に行けば、大いに稼いでいい暮らしができると思っているからね」
     結局こうしてインドに来ている彼もそのひとりということになるのだが、ここで何年間も働いて過ごしてみて「現実が見えてきた」のだという。
     国外で働く人たちの多くが、エージェントを通じて出入国や仕事の斡旋を受けているとのことだが、
    「だけど実際には1 Lakhしかかからなくても2 Lakh、3 Lakhと懐に入れるような連中だからね」
    と彼。近隣地域から日本にモグリで働きに来ている人たちのことでもよく耳にするようなことである。
    「こうして働いて故郷に送金してみたところで、国や仕事にもよるけどあんまり貯まらなかったりもするのさ。何年も何年も離れていると、地元との縁も薄くなってくる。留守の間にいろいろ事情が変わるしね。久しぶりに帰郷すれば、まるで外国人みたいになった自分の立場に気付くというわけだ。条件の良い仕事を探そうにもままならない。だから出稼ぎに出ているんだもの。何か自分で始めようにも元手が無いとどうにもならない。運よくまとまったお金があったとしても、ノウハウがなければ往々にして失敗するものさ。リッチな人は運が良かったんじゃなくて、お金の扱いかたをよく知っているものだからね。そうじゃない人は結局使うだけ。まあ、しばらくしたらそれまでと同じように出稼ぎの旅に出るっていうのは多いみたいだなぁ」
     すでにあまり若いとはいえない彼の遠い眼差しが見つめているのは「現実」や「故郷への想い」なのか、それとも「まだ見果てぬ夢」なのだろうか。
    「何かを求めて」彷徨う若者は多い。それが自分にとって一体何なのか見つからないうちに青年期を終えてしまう人たちもまた多い。
     勇気を出して外に飛び出してみることより、「家路につく」ことのほうがよっぽど難しいことだってあるのかもしれない。

  • 昔はずいぶん静かだった

    インドの街は活気に満ちている。パワーみなぎる人々の営みが繰り広げられている。往来を行く市民たちのざわめきや商店の中から聞こえてくるお客と商店主のやりとりはさておき、バザールの店先に置かれたスピーカーから流れる音楽、クルマのエンジン音やクラクションといった電気音や機械音こそが街中の騒音の主役だろう。大きな音が公害だという観念が薄いということもあるが、インドの街の風物の一部となっていることは確かだ。
    これらがなかったころはさぞ静かであったことだろう。うるさい装置が世の中に普及したのはそんなに昔のことではないから、20世紀初頭くらいまではインドの大都会といっても案外のどかなものであったのではないだろうか。
    モスクから流れるアザーン(イスラーム圏でモスクにおける拡声器の使用が一般化したのはいつごろなのだろうか?)やお寺から聞こえてくるマントラやバジャンだって、スピーカーを通さない肉声だったはずなので、敷地の外からでは耳を澄ましてみてもなかなか聞こえなかったことだろう。
    現在では人口1300万人を越えるデリーだが、1901年のセンサスによれば当時の人口はわずか20万8千人あまり。中世の様子ともなれば推して知るべしといったところだろう。その頃、都会の昼間に聞こえてくるのは小鳥たちのさえずりくらいだったのかもしれない。
    ムガル朝がこの地を治めていた時代、城壁で囲まれた華やかなりし世界有数の都シャージャハーナーバードにあっても、城門が閉まり外界と遮断される頃には街地はすっかり静まり返っており、もちろん排気ガスをはじめとする大気汚染だってなかった。
    インドに限ったことではないが、そんなのどかな環境が失われたのは「ごく最近」のことらしい。

  • インド人は本の虫?

    book.jpg
     インドの人々がこんなによく本を読んでいるなんて・・・
     都会には非常に立派な本屋、素晴らしい書物をズラリとそろえる出版社のショールームがあるいっぽう、まともな読み物がないところでは本当に何もない。ちょっと田舎に行けば印刷物といえば地方語の新聞か簡素な雑誌程度しか見当たらないことは珍しくない。日本のように津々浦々までさまざまな書物が浸透しているのとはずいぶん違い、相当不均衡な様子が見られるのがこの国だ。
     それなのに、インドは世界一の読書大国だというのだ。以下、NOP World Culture Scoreによる調査結果である。このデータについて、調査対象の地域や社会層がひどく偏っているのではないかと疑うのは私だけではないだろう。

    (さらに…)