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カテゴリー: society

  • NyayaBhoomiのオートリクシャー

    以前、オートリクシャー・スター・クラブ? デリーの路上の星たちならびにオートリクシャー・スター・クラブ? 頑張る路上の星たちで『オートリクシャー・スター・クラブ』を取り上げてみた。
    Autorickshaw Star Clubとは、NyayaBhoomiというNGOによるオートリクシャーのサービスの改善を目指す試みで、乗客の利益、運転手の待遇改善と生活向上、業界の社会的なステイタス向上などを目指しての社会的運動といえる。
    具体的には、適正運賃、つまり乗客に吹っかけるのでもなく、オートリクシャー営業のコストに見合わない安すぎる料金でもなく、走行距離に従って双方にとって合理的な金額を適用、運転手の身元や走行地点が逐一明らかになるとともに、乗客側についても車載カメラでモニターすることにより、両者ともに安心して走行できること、適正な営業とサービスの向上により、業界そのものの認知度を高めて、社会的な立場や発言力を高めることなどを企図している。
    通常は経済力の向上とともに交通機関も近代化し、オート三輪タクシーは消え行く運命にあるのが世の常ではある。だがインドにおいてはまだその兆候もないが、変わりゆく世の中で、来年開催を控えているコモンウェルス大会に合わせてということではないが、首都のタクシーやオートリクシャー、とりわけ主要駅や繁華街近辺などで客待ちしている運転手たちの態度や仕事ぶりについては、なんとかして向上すべきだと思う。
    以下、NyayaBhoomiのウェブサイトにも掲載されている彼らの取り組みを紹介するビデオである。

    以下、ビデオの内容の要約である。
    鉄道でチェンナイから上京してきた男性ムットウーが、駅舎を出てからオートリクシャーをつかまえようとする。コテコテのタミル訛りのヒンディーで運転手に話しかけると、ずいぶん高いことを言われて往生する場面から始まる。運転手とトラブルになった後、声をかけてきたオートリクシャー・スター・クラブの運転手からデリーのオートリクシャー業界の抱える基本的な問題点を彼に説明する。
    時はかわって2010年。デリー市内在住の姉のところに滞在中の男性は、用事先までのバスについて尋ねると『オートリクシャーで行けばいいのに・・・』と言われる。デリーのオートは嫌なのだと答えると『今はずいぶん事情が変わった』と告げられる。ムットゥーは再びオートリクシャーに乗ってみることにする。
    電話連絡してから、ほどなくやってきたオートリクシャーを運転するのは、かつてデリーの駅前で吹っかけてきた相手。しかし今ではすっかりマジメなドライバーになっている。オートリクシャーにはGPSシステムによる自動運賃計算、走行位置や車載カメラによる乗客の様子などは逐一警察にモニターされており、料金は適正、女性一人での利用も安心。料金は、現金以外にクレジットカード、デリー・トラベル・スマートカード等でも支払うことができる。
    かつては休日なしでコキ使われていた運転手も、今では定期的に休日が与えられ、家族との時間を大切にできるようになった。運転手自身の生命保険、その家族の健康保険等の福利厚生も導入された。運賃は、かつての2割増になっているが、それでも乗客たちはとても満足。車両に貼りだされた広告収入もあり、運転手は収入増で生活も安定・・・といった近未来のオートリクシャーの描写。

    なかなか面白い内容だったので、せひ皆さんにもご覧いただきたいのだが、ビデオで使用されているヒンディー語がわからない人には理解できないと思うので、NyayaBhoomiに英語版のビデオは作成していないのか夜半に質問をメールで送信してみると、なんと早朝には回答が届いていた。
    残念なことにビデオはヒンディー語によるもののみで、英語版は特に製作していないとのこと。ただし非ヒンディー語話者に対するアピールの必要性は認識しているとのことで、英文字幕入りのものを作ることを予定しているとのことである。
    NyayaBhoomiの担当者から届いたメールには、2ヵ月以内に『Radio Auto』のサービスを開始するとも書かれていた。おそらく上記のビデオにあるような近未来的なシステムを装備したオートが登場するのではないだろうか。
    こうした試みがスムースに浸透していくのかといえば、そうではないだろう。例え利用者たちは歓迎しても、大多数を占める従来のオートリクシャー運転手や組合等にとって、自分たちの商慣習を否定する彼らの存在は疎ましいだろう。
    デリーのオートリクシャー業界の新参者であるオートリクシャー・スタークラブの運転者たちは、路上で様々な嫌がらせを受けるかもしれないし、これを運営する団体NyayaBhoomi自体も、すでに同業者や関係者たちから妨害を受けているのかもしれない。
    変な言い方かもしれないが、現状のレベルが低いがゆえに、ちょっと努力すればその『伸びシロ』はとても大きなものであるはず。前途に待ち構えているであろう、いくつもの困難を乗り越えて、着実に歩みを前へ前へと進めて欲しいものである。
    同様に、彼らの取り組みが首都デリーのみならず、将来的には広く全国に波及していくことを願いたい。

  • 人はいくつまで生きるのか?

    ムンバイーといえば、垢抜けた都会的なイメージと、湾岸諸国や西洋に大きく開けた玄関口という印象がある。また世界各国から先進医療を、往々にして自国よりも低コストで受けるために人々を引き寄せるメディカルツーリズムの都ということからも、レベルはピンキリでも、医療へのアクセスが容易そうであることから、人々は割合長生きなのではないかと思っていた。
    ところが以下のリンク先の記事を見ると、どうやらそうではないようだ。
    Maximum city, minimum life — Mumbaikars dying young (msn News)
    ムンバイーの男性の平均寿命が 52.6 歳、女性が58.1歳で、インド全国平均の 63.7歳に較べてずいぶん見劣りがするとのことだ。またマハーラーシュトラ州の平均と較べてみても12年ほど短いとのこと。
    スラムに暮らす人々の生活条件が厳しく早くして亡くなる人が少なくないことが、全体の数値を下げてしまうということもあるようだが、経済的にゆとりのある層にいたっても、日々のストレス、運動不足、栄養過多な食生活等、いろいろ問題があるのだそうだ。
    ところで、広大なインドの人々はいくつまで生きるのか?と問うのはナンセンスだろう。個々の経済水準、生活習慣、職業等によって大きく異なってくるのはどこの国も同じだ。だが大まかな傾向をつかむことは、それなりに意味のあることではないかと思う。
    データは1995から1999年のものとのことでやや古く、チャッティースガル、ジャールカンド、ウッタラーカンドといった州が成立する前のものではあるが、インド各地の平均寿命は以下のようになっている。
    20091130-lifeexpec.jpg
    先ほどの記事中のムンバイー市とこれを州都とするマハーラーシュトラ州の平均寿命に大きな乖離があったように、これらの州でも地域差は大きいのではないかと思う。過密な都市部とそれ以外といった条件以外にも、ヒマーチャル・プラデーシュ州や西ベンガル州のように、州内で地理的・気候的条件に差異が大きなところも数値はかなり異なることだろう。
    この表の中では、ケーララ州の男女ともに平均寿命が70歳を超えていることは特筆すべきだろう。突出して高い識字率とともに、平均して良好な生活水準であることがうかがえる。
    それとは反対に、オリッサ州の低水準、加えてビハール州とU.P.州では、女性の平均寿命が男性のそれを下回っていることが注目される。
    これら平均寿命の背景には、地域の行政、生活や医療等の水準、文化的・地理的背景等々が複雑に絡み合っているはずなので、とても興味深いものがある。また別の機会を設けてじっくり考えてみたいと思う。

  • インド人100万人

    一説によると、UAEに在住するインド人労働者の数は100万人にも及ぶのだとか。総人口567万人(人口統計に在住外国人も含まれている)中、UAE国籍を持つ人々は20%ほどで、あとは外国籍の人々だ。
    UAE以外のアラブ諸国とりわけ非産油国の人々が15%, アラブ圏外ではイラン人が8%とかなり多いものの、なんと南アジア諸国の人々が50%を占めていることから『インド人100万人』という数字は驚くに値しないかもしれない。あるいはパーキスターン、バーングラーデーシュといった両隣の国々から渡っている人々も含めた『インド系人口』とした場合、とてもその数で収まるものではないだろう。
    経済的な重要度に比較して、人口規模が小さく、様々な分野における労働人口が不足している湾岸産油国と、経済成長目覚しいとはいえ、世界第2の人口大国であるうえに、まだまだ失業率が高く、需要があればそれこそ無尽蔵ともいえるマンパワーを供給できるインドとの相性は、中東湾岸地域と南アジアという隣接する地理条件とともに、極めて良好だ。
    歴史的につながりも深く、人々の行き来が頻繁であったことから、仕事や住居といった紹介・斡旋というベーシックなニーズにおけるインフラも備わっている。同時にこれは労働者たちに対する搾取の構造ということも言えなくもないにしても、出稼ぎに行くにあたってのハードルもそう高くないことになる。
    インド人労働者といっても、エンジニアや金融関係者といった頭脳労働者から工場や建築現場の作業員までいろいろあるが、肉体労働者たちに対する待遇、とりわけ賃金契約、住環境、作業現場の安全性確保等々にかかわる問題点が指摘されることは多い。
    また相当の危険を覚悟のうえで、あるいは騙されるような形でリスクの高い仕事を担わされる者も少なくない。数年前に、イラクでインド人、ネパール人などのトラック運転手が武装グループに拉致されて殺害される事件が続いたことを記憶している方も多いだろう。
    このあたりの産油国ではどこもインド在住者は多いが、特に観光客の目につきやすいサービス産業に従事する者も多いためか、UAEの東隣の国オマーンについて、JTBの『オマーン情報』に、同国で使用されている言語について『アラビア語、ウルドゥー語、ヒンディー語』という記載があるくらいだ。
    オマーン情報 (JTB)
    おそらくタクシー運転手、ホテルやレストランを含むレジャー施設の従業員等にインドやパーキスターンの人々が占める割合が高いこともあるのだろう。
    オマーンについては、位置的に南アジアに近いがゆえに、現在の出稼ぎの人々以前にやってきた移民の子孫が多いことでも知られている。南アジア西端にあるパーキスターンのバローチスターン地方から多数のバローチーの人々による移住の歴史もあることなどから、インド地域からの移民史という観点からも、ペルシャ湾を挟んでイランの南側に位置する湾岸地域は興味深いエリアである。

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    1990年8月にイラクがクウェートに侵攻したことに始まった湾岸危機の際、当時のインドでは外貨準備高が枯渇(輸入決済2週間分の7億米ドル相当)することによる経済危機を迎えた。危機による原油の高騰、湾岸市場への輸出高の減少などに加えて、この地域の産油諸国で働く自国民からの送金が減少した影響も大きかった。
    1991年6月に首相に就任した故ナラスィマー・ラオは、著名なエコノミストであり、インド中央銀行総裁であったこともあるマンモーハン・スィン(現在インド首相)を財務大臣に任命した。当時のインドは、綱渡り的な経済運営を強いられながらも、これを機会に大胆な経済改革を断行した。
    その結果、『災い転じて福と成す』といった具合に、今の経済的繁栄につながる基礎を築くこととなった。そのため2004年12月に他界した彼の首相在任中の最大の功績は、マンモーハン・スィンを財務大臣に据えたことであるという評価は多い。
    もちろん今のインドは当時よりずっと豊かになり、経済規模も拡大したことから、湾岸諸国へ出稼ぎにいった人々による送金に頼る度合いも大幅に下がっているため、単純な比較はできない。
    しかし現在でもケーララ州のように失業率が高く、湾岸諸国への出稼ぎが多く、彼らの送金が内需拡大に貢献しているという地域もある。同州からは、こうした国々に職を求めて出向く医者や看護婦といった医療関係者が多数あることでも知られている。
    ドバイショックが、今後湾岸地域の経済ならびに世界経済にどれほどのインパクトを与えることになっていくのかは予断を許さない。堅調な伸びを維持するインド経済については、その波及を楽観視する声も多い。
    だが出稼ぎ者の送金という、ややミクロな視点からは、UAEのみでも100万人規模とされるインド人労働者たち自身や彼らが養う故郷の家族、ひいては彼らを多く送り出している地域の経済は、まさにショックな事態を迎えることにならないともいえず、今後の推移を見守りたいところである。
    Dubai crisis raises migrant worker fears (BBC NEWS Middle East)

  • 『水』商売

    ここ20年間ほどの間で、現地通貨であるルピーをベースに見れば、インドの物価は今とまったく比較にならないほど上がっている。しかしながら店頭で販売されているミネラルウォーターの類の値段はあまり変わっていないし、これらを製造しているメーカーやブランドもずいぶん増えた。
    店で飲料水を購入する層が大きく広がったことが、相対的な低価格化を推し進めることになっているのだ。もちろんその間に、価格や機能性にもいろいろあるようだが、浄水器を備え付ける家庭も増えた。飲み水の安全性に対する認識が上がったことが背景にある。
    かつて日本でエンジニアとして働いた経験があり、現在コールカーター郊外に暮らしている友達の家を初めて訪れた際、こんな話を聞いたことがある。
    ずいぶん昔のことだけれどもね、父の旧知の友人で、アメリカに移住した家族が我が家を訪れたことがあった。暑い夏の盛りだったけど、この部屋に彼らが入って来て、家の者が彼らに水を差し出したが、誰も口を付けなかった。
    これが父にとって非常にショックだったんだな。ウチでお客に出したものが受け入れられないなんて。そんな不名誉なことを受け入れることができなかった。
    当時は、父も私を含めた家族の他の者たちも、観念的な浄・不浄とは違う、今の私たちが言うところの衛生観念からくるものであることをよくわかっていなかった。
    何しろ普段私たちが何の問題もなく飲んでいた水だからね。安全だと思ってた。まさか外から来た人たちがそれを口にすると、下痢したり病気になったりすることがあるなんて想像もしなかったよ。
    それから浄水器を購入してね、もちろん幾度か買い換えたけれども。そのおかげでウチではいつも安全な水を飲むようになっているんだ。

    昔からの友人の家族であることにくわえて、ましてや彼の家柄はバラモンである。彼の父自身も、また家族の人々も、二度とそういうことのないようにと願ったのだという。
    同時に、それを機会に自分たちが日々口にしている飲料水のことを考えてみるきっかけにもなったそうだ。いくら慣れているからといっても、それまで家族や身内が水に起因する病気にかかることはしばしばあったようだ。
    しかしある程度生活にゆとりのある層を除けば、まだまだ安全とはいえない水を日々飲用している人々は多いことは言うまでもない。
    ところで、車両価格が10万ルピーほどという、これまでにない低価格が話題となったNANOが、これまでの自家用車の購買層の下に広がる大きな裾野をターゲットにしているのと同じく、あと一歩で安全な水に手が届かない膨大な人口に商機を見出したのが、やはりTATAグループである。
    新商品Swachを発表するターター財閥総帥ラタン・ターター氏
    TATA CHEMICALSから、従来よりも安価でランニングコストも低いとされる浄水器Swachが発表された。浄水器本体は、749ルピーと999ルピーの2種類。今後さらに4機種が新たに市場に投入されるということだ。米殻の灰などを材料として出来たフィルターは299ルピーとのこと。
    『世界で最も安価な浄水器』との触れ込みで、4、5人程度の世帯で月当たり30ルピーの支出で安全な水を得ることができるとされている。
    差し当たっては、年内にマハーラーシュトラ、カルナータカ、西ベンガルの各州で発売され、半年ほどの間にはその他全国で販売を開始する予定。
    Tata unveils Swach water purifier (new kerala.com)
    バクテリアや細菌などを除去し、飲み水に起因する疾病の80%を防ぐことができるということから、庶民の健康増進に貢献すること、とりわけ乳幼児死亡率を引き下げる効果も期待されている。
    もちろんインドに限ったことではなく、同様の生活環境にある第三世界の多くの国々での潜在的かつ巨大な需要も視野に入れているようで、同社の世界戦略商品であるともいえる。
    しかし南アジア各地で、井戸水を飲用している地域で問題となっている砒素を除去する機能は付いていないということだ。それでも同社は砒素対策の研究も並行して行なっているらしい。今後の進展を期待したい。

  • 史上最悪の産業事故から四半世紀

    昔からボーパールで生活している、ある一定の年齢層以上の人々にとって、12月3日という日付には特別な意味があるはずだ。
    今年もその日がやってきた。1984年の12月3日の零時過ぎに、マディヤ・プラデーシュ州ボーパール市のユニオン・カーバイド社の工場で起きた、史上最悪といわれる産業事故である。
    ONE NIGHT IN BHOPAL (BBC NEWS South Asia)
    その晩、同工場から有毒ガスが市内に流出した。イソシアン酸メチルと呼ばれる肺の組織を破壊する猛毒である。事故が起きた夜半のうちに50万人近くの人々が多かれ少なかれそのガスに晒され、2千人以上が命を落としたとされるとともに、その後これが原因となって死亡した人々の数は2万5千人に及ぶという。
    また命を落とすには至らなかったものの、深刻な健康被害を受けた人々の数は、20万人とも30万人とも言われているとともに、今なお引き摺る後遺症に悩んでいたり、精神を病んでいたりする人々もある。彼らの中でガンを発症する率が極めて高いことも指摘されているとともに、出生する赤ん坊たちの中に先天的な奇形が多く見られるという。
    1969年開業時には地元の工業化の進展と大きな雇用機会をもたらすものとして、またここで生産される有用な殺虫剤の普及は社会に貢献するものとされていたことなどもあり、歓迎されていた工場である。
    事故の原因については、今なおいろいろ議論のあるところだが、ユニオン・カーバイド社が主張していた『アメリカ本国と同じ安全基準』が実際には適用されておらず、ずさんな管理がなされていたことが背景にあるようだ。また従前より、工場内部からも事故の可能性を危惧する声が一部から上がっていたらしい。
    1989年に、事故の遺族たちとの示談が成立し、彼らに対する補償問題は解決したものとされているが、工場地の重度に汚染されている状態、そこから敷地外への有害物質の漏出が現在も続いており、今なお付近の人々に対する健康被害が継続しているとされるが、これについての責任の所在が確定していないため、何の対応策も取られていない。
    同工場は事件後閉鎖されているが、ボーパールの駅から北方面2キロ弱の地点にある。Google Earthなどで確認していただけるとよくわかるが、この工場自体が市街地内にあり、しかも人口稠密な地域にごく近いことも大きな被害を呼ぶことになった。

    大きな地図で見る
    線路西側にかつての工場施設が錆び付き、荒れ果てた姿で亡霊のように姿を現す。かつて大事故を起こした建物が、当時そのまま放置されていることが示すように、事件は今なお続いている。
    この事故は、発生直後からマスコミやノンフィクションなどでいろいろ取り上げられてきたが、比較的近年になってからも映画や小説の題材となっている。
    1999年には、この事故を題材にしたヒンディー映画『Bhopal Express』がリリースされているので、観たことがある人も少なくないだろう。
    The City of JoyFreedom at Midnightなど、インドを題材にした作品も複数手がけてきたドミニク・ラピエールがハビエル・モローとともに著した作品『Five Past Midnight in Bhopal』を世に送り出したのは2002年。
    20091203-five past.jpg
    日本で同書は『ボーパール午前零時五分』というタイトルで発売された。
    事故に関して、以下のようなビデオならびに写真のサイトもある。
    Twenty Years Without Justice : Bhopal Chemical Disaster (STRATEGIC VIDEO)
    Bhopal Gas Tragedy (Photos by Raghu Rai)
    汚染が継続していることを警告する住民側とこれを否定する行政の姿勢を伝える報道もある。
    Bhopal site ‘not leaking toxins’ (BBC NEWS South Asia)
    事故発生からすでに四半世紀が過ぎたことになるが、今なお健康被害等が続いていることについて目をつぶるべきではないし、彼らの救済や汚染状態の調査と適切な対策がないがしろにされてしまっているこの事件を風化させてしまってはならない。
    だが、事故の規模があまりに大きなものであったがゆえに『誰がその費用を負担するのか?』という問いに対して、『誰も負担できないし、負担しない』状態が続く限り、被害者たちの苦悩は続くことだろう。たまたまそこに居合わせたがゆえに事故に巻き込まれた罪無き人々に対するあまりに酷い仕打ちである。

  • 過去のイメージ

    最近、Google Earthで昔の衛星画像を閲覧する機能が付いていることに気がついた。
    メニューの『表示』から『過去のイメージ』をクリックすると、画面左上に画像の撮影時期を指定するツールバーが現れる。これを操作することにより、表示されている土地の過去の画像を見ることができるようになる。
    昔の画像、といったところで何十年も前のものが出てくるわけではない。せいぜい今世紀の始まりくらいか1990年代後半くらいまでしか遡ることができない。それでも、ここ10年くらいで急激に発展した街、新たに建設が始まった市街地等の進化や拡大の様子を把握することができるだろう。
    今世紀の始まりといえば、インドにおける歴史的な大地震のひとつに数えられる2001年1月26日発生のグジャラート大地震が思い出される。グジャラート州西部カッチ地方のブジを震源地とする強い地震により、死者20,000人、負傷者167,000人を出した。
    被害は同州最大の都市アーメダーバードや州東部にも及んだとはいえ、震源地かつ主たる被災地であるカッチ地方は人口密度の希薄な地域でありながらもこうした数字が記録されたことは特筆に価する。
    復興が進んでいることは耳にするものの『そういえば、ブジは今どうなっているのか』とGoogle Earthで旧市街の様子を表示してみると、以下のような画像が出てきた。
    20091123-bhuj1.jpg
    震災前は、もっと密度の濃い街区だったはずだが、かなり空白が目に付くことから、おそらく以前とはかなり違った風景になっていることがうかがえる。しかしGoogle Earthの過去画像で遡ることができるもっとも古い同地区の様子は以下のとおり。
    20091123-bhuj2.jpg
    2002年9月13日撮影ということになっているため、震災から1年9カ月後の様子だが、現在の様子よりもはるかに希薄な風景となっている。これらふたつの画像を拡大してみると次のような具合となる。上が現在、下が震災まもない時期のブジ旧市街の一角だ。
    20091123-bhuj3.jpg
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    おそらく地域の建物の大部分が建て替り、震災前とはまったく違った光景が広がっているであろうことは容易に想像がつく。
    市街地の建物の密度もさることながら、乾季でも満々たる水を湛えているはずのHamisar Tankだが、震災の後はどうしたわけか以下のように干上がっていることにも驚いた。
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    それが最近の画像では、ちゃんと水が再び戻ってきている。
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    大震災の後に池や湖から水が引いてしまうということがあるのかどうかわからないが、上の画像は何か人為的に水を他のところに引いていたのか、それとも地震に伴う自然現象であったのか?
    ブジという街はもちろんのこと、周囲にも面白いエリアが数多い。染物で有名なアンジャール、ダウの造船で知られるマンドビー、織物や刺繍といったテキスタイル関係を生業とする村々、ハラッパー文明の遺跡のドーラーヴィーラー等々、豊かな文化と歴史に恵まれている。
    カッチ地方には部族民が多く、かつて個性的な民族衣装でカッチの中心地ブジの町にも出入りしていたが、やはり商業化の進展とともに、より経済的で耐久性のある工業製品が普及するようになり、こうした人々が身に付ける衣類にも変化が顕著に現れてきていた。
    男性は洋服、女性はどこのマーケットでも普遍的に手に入るような工場製品のサーリーやパンジャービーといった具合である。従前は特色のある衣装をまとっていた人々も見た目は街に暮らす人たちとあまり区別がつかなくなってきていた。
    彼らの伝統的な衣装を仕立てていた職人たちは、買い手が減って生計が成り立たなくなってくる。そうした職業を辞める人が出てくれば、それらの衣装も手に入りにくくなり、敢えて買い求めようとすれば、かつてよりも高い対価を支払わなくてはならなくなってくる。
    そんなサイクルが繰り返されて、次第に日常の装いから縁遠いものになってきて、やがては『博物館で保存される民族の伝統』という具合になってくるのだろう。
    これはカッチ地方に限ったことではなく、インド全土で人々の装いのありかたは工業化の進展とともに、地方色が薄れてより『グローバルなインド』的な形に収斂されてきていることは言うまでもないし、私たちの日本も含めておよそ世界中で、程度の差異はあれども似たようなことが進行している。
    話は逸れたが、本題に戻ろう。
    もうひとつ、今世紀に入ってからの大災害といえば、2004年12月26日のスマトラ沖地震とそれに起因する津波がインド洋沿岸地域を襲ったことだろう。
    震源地であるインドネシアのスマトラ島はもちろんのこと、タイ、スリランカ、インド等でも記録的な被害を蒙ることとなった。特にタミルナードゥのナーガパットナムでの被害が甚大であったが、南インド東側沿岸を中心に広く死者や行方不明者が出た。
    当日の夕方、ニュース画像でチェンナイのマリーナー・ビーチに押し寄せる津波、多数の自動車がまるで紙でできた小さなオモチャであるかのように、波間に揉まれている様子が映し出されていて仰天した。
    もっとも震源の近く、津波の規模も最大であったインドネシアのスマトラ島北部のバンダ・アチェの現在の様子は以下のとおりである。2005年1月28日に撮影されたものだそうだ。
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    続いて津波がやってくる前の画像はこちらだ。2004年6月23日、つまり津波の半年ほど前の画像である。
    20091123-banda2.jpg
    画像が小さくて、違いがよくわからないかと思われるので、これらの拡大画像も付けておく。荒廃した土地が広がっているように見えるが、元々ここには大きな運動施設があり、その周囲は住宅地であった。痛ましい限りである。
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    Googleのサービスについては、画期的な利便性・有益性とともに、Google Earthにおいて国防施設等が丸見えになっていたり、ストリート・ヴュー画像が泥棒の下見に使われたりといった、国家ならびに個人のセキュリティに関わる事案が生じていること、書籍検索サービスにおける著作権の問題等々賛否両論ある。
    しかしながら書籍検索で、すでに手に入れることのできない貴重な資料や図書を自宅にいながらにして探し出すことも可能であることに加えて、Google Earthの『過去のイメージ』は、今後画像データが毎年蓄積されていくことにより、歴史的な資料としての価値が出てくることが期待できることと私は思う。
    これが一部の人々に独占されるのではなく、インターネットへのアクセスの手段がある限り、誰もがそれを共有できることにも大きな意義があることは言うまでもない。

  • ラージダーニー急行 マオイストが占拠

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    今月21日にマトゥラーで起きた列車同士の衝突事故、同じく23日にはムンバイー郊外のターネーで、走行中の列車に送水管が落下したことによる事故と、鉄道関係の惨事がニュース映像となって流れたばかりである。
    今日は、夕方テレビのニュースを眺めていると、『Breaking News』のテロップとともに、今度はマオイストと見られる一団により、ブバーネシュワル発デリー行きのラージダーニー急行が長時間停められているという速報が流れてきた。
    場所は西ベンガル州のミドナプル地区。ジャールカンド州境に近いところである。複数の男たち、一説には100名ほどの群集が、赤い旗を手にして列車を停止させ、乗客の人々を人質にしているとの報せに仰天した。
    その時点では、彼らが本当にマオイストであるかどうかの確認は取れていないようで、この地域のマオイストのリーダーは関与を否定しているという説も流れていた。それでも犯行グループは、現在収監されているマオイスト指導者、チャトラダール・マハトーの釈放を要求しているとのことで、やはりマオイストのある派閥に属する者たちによる実力行使であると見られるとのことだ。
    これを書いている今時点で、事件発生から5時間経過した。すでに車両は警察当局のコントロール下に置かれている。犯人グループたちにより、携帯電話を取り上げられた者は複数あったようだが、幸いにして負傷者等は発生していない模様。テレビカメラに映し出されたラージダーニー急行の車体には、前述のチャトラダール・マハトーの解放を要求するメッセージが赤い文字で大書きされている。
    Maoists stop Bhubaneswar Rajdhani Exp, driver missing (ZEE NEWS)
    Rajdhani blockade over, ‘pro-Naxal’ group takes claim (India Today)
    マオイスト、あるいはインドの武闘派極左勢力発祥の地である西ベンガル北部のナクサルバリにちなんで、ナクサルあるいはナクサライトと呼ばれる赤い地下組織は、西ベンガル以外でも、チャッティースガル、オリッサ、ジャールカンド、ビハール、アーンドラ・プラデーシュ、マハーラーシュトラなどで盛んに活動しており、事実上の『解放区』となっている地域さえある。
    部族や寒村の貧困層といった、開発や近年の経済成長の恩恵とは縁遠い人々を主な基盤としており、そうした地域のアクセスの悪さや行政組織の不備等が、彼らの活動を利している部分もある。
    そうした発展から取り残された地域の警察組織の脆弱さ、個々の警察官たちが治安要員としての資質や経験に乏しく、実戦の中で切磋琢磨してきたマオイストの戦闘員たちとまともに対峙することができないという行政側の当事者能力の欠如も指摘されているところだ。
    近年、とみにマオイストたちの活動の拡大が顕著であることから、国内の治安に対する大きな脅威であるとして、中央政府が対決姿勢を鮮明にしているところだ。しかし中央の政治家たちがいくら声を荒げてみたところで、都市部を離れて人口が希薄、ひいては警備もほとんど存在しない公道や鉄路の上で散発する事件に対して、当局はあまりに無力であるように見える。
    マオイスト、ナクサルと一口でいっても、その中には様々な志向の集団が内在していることだろうが、ネパールで内戦を続けた末に、合法的な政党と化し、一度は政権を担うまで至り、今も同国政治の行方を担う一大勢力である『マオイスト』が、彼ら自身の頭の片隅にはあるだろう。
    果たして中央ならびに各州の政府が、地域社会と力を合わせてこうした暴力組織を駆逐する方向に進むことができるのか、あるいは今後ますます犠牲者を出すとともに自らの勢力を拡大していくのか、気がかりなところである。

  • ナイジェリアのイメージ

    90年代初めあたりだっただろうか、インドに滞在するナイジェリア人の姿がやけに多いことに気が付いたことがある。しかも留学生ではなく、仕事等での居住者のようでもなく、『観光客』の立場で。
    外国をフラフラと物見遊山に出かけるナイジェリア人がそう多いとは思えないし、彼らは大都市間のみを行き来していたり、滞在先の都市でも市内見物に出かける様子もない。特に人のことを詮索する必要はないのだが『彼らはいったい何をしているのだろう?』と思ったりした。
    デリーで、所用等あってしばらく滞在していた宿の宿泊客の大半は外国人たち。そこにナイジェリア人たちが5、6人のグループで滞在していた。フレンドリーな人たちが多く、食事どきには中庭では鶏肉のシチューや主食のウガリなど、彼らの郷土料理をにぎやかに作っていたのだが、そこを通ると声がかかってはお相判にあずかっていた。
    近隣の宿にもこうした人たちが何組も宿泊しており、多くは顔見知りであるようで、相互に出入りしているように見受けられた。
    数日間、そこを留守にして他の町に出かけてから戻ってくると、宿の様子がすっかり変わっていた。ナイジェリア人たちが一人もいなくなっていたのだ。近隣に滞在していた者も姿を見かけなくなっていた。私の留守中に滞在していた人たちによれば、ある『事件』があったのだという。
    『朝7時過ぎくらいだったかな?警察官たちが何人も雪崩れ込んできた。ナイジェリア人たちが滞在する複数の部屋にそのまま進んでいった。ドアをノックしてナイジェリア人が出てきたところに彼らが突入して全員取り押さえた。テレビクルーも後にくっついて行ってたぞ』
    『部屋の中から幾つも金属パイプが出てきて、それを警察官がテレビカメラの前で切断してみせると、白い粉が大量に出てきた』
    彼らは麻薬取り引きに関わる一団であったらしく、長く内偵を続けてきた警察がようやく証拠等を充分に押さえたうえで一網打尽にしたようであった。
    威圧的な印象を受けるほど長身で筋肉質の立派な体格の人たちが多いものの、外見とは裏腹に陽気で友好的な人たちだな、と思っていたが、まさかそんな犯罪集団であるとは想像もしなかっただけに心底驚いた。当日、その宿に泊まっていた人たちは、多かれ少なかれ警察から質問をいくつか受けたのだという。
    豊かな石油資源、1億5千万人を越える世界第8位の人口は、地域最大級の市場でもある。アフリカ大陸で突出した大国のひとつであり、この地域の中で特に高い教育水準を誇りながらも、政情不安や政府の腐敗などといった背景もあり、高い失業率に悩まされ続けている。
    その結果が高い犯罪発生率ということになるのだろう。ナイジェリア発で、世界各地で知られている。『ナイジェリアの手紙』に代表される大掛かりな国際的な詐欺事件も頻発している。
    石油公社幹部だの、暗殺された政治家や政府高官の家族だの、前政権時代の権力者で今は第三国に亡命中だのと名乗る差出人からメッセージが届き、膨大な裏金を自由に動かせるようにするために、当局がマークしていないあなたの銀行口座を貸して欲しい。こちらもリスクを負うのだから、あなたから保証料をいただいたうえで、一度入金させてもらい、これを私自身の安全な口座に移し変えることにしたい。これがきっちりうまくいった暁には、成功報酬をいくらお支払いする・・・などという形で、マネーロンダリングを持ちかける詐欺話が特によく知られているところだ。
    英語が広く普及していること、コンピュータ関係の教育が盛んで、アフリカのIT大国という側面もあることから『作文』の面からも、また銀行口座への不正アクセスといった『技術面』からも、豊富な人材(?)が揃っているとされる。
    近ごろのインドのメディアでも、ナイジェリア人たちの関わる事件等はよく取り上げられている。
    Madhya Pradesh police bust online fraud racket (The Times of India)
    Nigerian, 3 others held for Net fraud (The Times of India)
    Nigerian held for Kerala Net fraud (Gulf Times)
    Nigerian fraud: ‘money mules’ held (The Hindu)
    Nigerian arrested with one kg heroin in Delhi (India Today)
    こうした記事ばかり眺めてしまうと『悪い奴が大挙してやって来ているなあ!』と感じてしまうが、インドでマジメに学んでいる人、ちゃんとした仕事をしている人は大いに迷惑していることだろう。
    豊富な原油埋蔵量を背景にアフリカ有数の経済規模を持つ大国、アフリカ大陸最大の人口を抱えているものの、教育の水準は域内でも高く、政治的に安定していれば、もっと順調に発展していて然るべきであり、南アジアにおけるインド同様、経済新興国の成長の核として、また人材の宝庫としても大きな存在感を示しているべき存在である。
    そんなナイジェリアだが、日本においては同国の政情不安、インドにおいては犯罪にまつわるニュースばかりであるように見受けられるのは残念である。

  • チープなパフォーマンス

    しばらく前に、インドのメディアで大臣や高級官僚等による海外を出張の頻度や旅費関係の支出等についてまとめた記事をいくつか目にした記憶がある。
    『小さな政府』を志向し、国や自治体の支出を削減しよう、民間でできることはなるべく民間で行なうなどといった風潮は、国や地域を問わず、世界共通の風潮となっている。
    個人的には、そういう視点も必要かとは思うものの、人々の働きかたの多様化を尊重するというおためごかしのために、働く人々の立場、つまり正社員であったり、期限付きの非常勤であったり、はてまた外部からの派遣であったりなどと、雇用関係等が様々な人たちが同じ職場で働く、あるいは同じ仕事をするのに賃金か大きく違ってくるといったことが当たり前になっていることについては決して肯定的に受け止めることはできない。
    また、働く人々の立場が寸断された形になっているがゆえに、『労働者』として力を合わせて経営側と渡り合うことが難しくなっていること、さらには世界的な不況という背景も加わり、一般的に今の労使関係が大幅に雇用者側に有利になってしまっていることは大きな問題だと思う。
    冒頭に書いたとおり、インドでも公金の使い方について、いろいろな方面で議論がなされているようだ。政治家や高級官僚が移動する際の旅費や公用車云々についても、様々な話がある。
    コングレス首脳は、そうした動きを逆手に取って、自らの『クリーンさ』をアピールしようと図っているように見える。
    一昨日、コングレス総裁のソーニアー・ガーンディーは、デリーから飛行機のエコノミークラスでムンバイー入りしたと伝えられた。
    Sonia Gandhi flies economy class (ZEENEWS.COM)
    息子のラーフルは、昨日シャターブディー急行でデリーからルディヤナーに向かったとのことだ。
    Rahul travels by Shatabdi (ZEENEWS.COM)
    確かに本人分の運賃は安く上がるのかもしれないが、こんな大物たちが公用でミドルクラスの人々と同じ乗り物を利用するなどということは、警備にかかる手間ヒマに労力、周囲の混乱その他の影響等を含めた『社会的コスト』を考えると、あまり現実的ではないように思う。
    今の時代、無辜の市民が非情なテロリストの仕掛けたテロの犠牲になるということは珍しいことではなくなっている。有力な政治家が、エコノミーな交通機関を利用することにより、かえって市民が多大な不利益を蒙るようでは本末転倒だ。
    昨日のZEE NEWSでは、ラーフルが乗車したシャターブディー急行の車内の映像も流れていたが、車両内の乗客全員がコングレスの動員による『仕込み』なのではないかと疑いたくなった。あるいはインド国鉄が、身元が絶対に確かな人々だけをその車両に配置したのではないか?とも。
    民主主義の制度の下で、各選挙区から選ばれた代議士たちには、人々の代表としての責任と義務があるわけで、それをまっとうするために様々な便宜が図られているわけで、『支配層の特権』ではなく、本来ならばちゃんと合理性のあるものであるはずなのだ。問題は、それが理念に適った用い方をされているかどうかということ。
    こうした現象は、政治不信の裏返しということもできるが、『無駄撲滅』といわんばかりに、必要なはずであるからこそ講じられている便宜を放棄して、関係各署その他に無理な負担を強いての『清廉さのアピール』は、チープなパフォーマンスにしか見えない。
    同じような類のことは日本でもしばしば行なわれているので、インドのことばかり非難するつもりはない。ただ思うのは、どうも政治家のアピールというものは信用できないなぁ・・・といったところだろうか。有権者としては、ひたすら『選球眼』を磨いていくしかない。

  • ダウリー問題 こんな例も・・・

    『ダウリーと闘い続けて: インドの女性と結婚持参金』『インドの女性問題とジェンダー: サティー(寡婦殉死)・ダウリー問題・女児問題』といった邦訳本が出ていることもあり、インドの結婚の際のダウリー問題については日本でも知られるようになっている。
    法律では禁止されているとはいえ、結婚持参金(現金ならびに物品等)根強い慣習であるどころか、これまでそういう習慣のなかったコミュニティや階層にも広まっており、雑誌等にその実態等についての特集が掲載されることもある。
    インドのメディアでもときどきダウリーにまつわるトラブルや犯罪等の事件が取り上げられるし、2003年に大きな話題となったニシャー・シャルマーさんのニュースを記憶している人も多いだろう。婚約者側からの度重なる不当な要求とハラスメント、加えて結婚式直前に更なる要求が彼女の父親に対して突きつけられたことから、堪忍袋の緒が切れて警察に通報。彼女自身、『この人と結婚したら最後、人生が台無しになる』と悟ったのだろう。
    花婿となるはずであった相手は逮捕されて収監、彼の家族も捜査を受けるところとなった。メディアはセンセーショナルにこの出来事を取り上げ、デリーに暮らす普通のお嬢さんであったニシャーは一転、時の人となった。この件については様々な続報があったが、彼女の勇敢さを讃える声が多かった。その後、彼女は無事に理解ある男性と結ばれている。
    Dowry demand lands groom in jail (BBC South Asia)
    だがこの慣習は一方的に悪と決め付けられるものでもなく、両親からの生前分与という意味合いもあり、それなりの合理性があるようだ。これについてはインドの民法上の規定の関係等との絡みもあるので、ここでは省くことにする。
    男性上位の社会で、嫁ぎ先の家に対して、花嫁の実家が与える現金や物品であるため、概ねに前者の立場のほうが強いことが多いだろう。花婿側について、家柄はもちろんのこと、本人の学歴・資格、職業、年収水準等といった条件が高くなるほど、『実入り』が多くなるのはもちろんのことだ。
    新郎新婦が結婚した後は、両家は姻族としてよい関係を築いて付き合っていかなくてはならない。社会的な地位を問わず、ちゃんと良識のある人たちは、相手からあまりに無闇な金額を踏んだくろうということはないはず。当然のことながら周囲の目も気になるし、良からぬ噂を立てられたくもないだろう。
    何よりも、自分の大切な子供が結婚するのだから、幸せになってくれるのを願うのは親として当然のこと。相手からよほど理不尽なことをされたり、深刻なトラブルでもないかぎり、息子の嫁をいじめたり、その実家を窮地に陥れたりということはないだろう・・・と思う。
    だが、あまりに大勢の人々が暮らすこの世の中、ごく少数の人たちの間ではこうしたことがまかり通り、ダウリー絡みのハラスメント、ときにはそこから発展して起きた殺人などが後を断たないだけに、社会の怒りを呼び起こす。
    だがこれまでダウリー関係の問題は、夫ならびにその家族が加害者で、妻とその実家が被害者という図式で捉えていたが、必ずしもそういうわけでもないらしい。
    インディア・トゥデイの9月2日号で、シムラーで開かれたSave Indian Family Foundationの集会について取り上げられていた。これは妻によるハラスメントに悩む夫たちから成る団体で、『4万人の被害者』の声を代弁しているとのことだ。 同様の活動をしているProtect Indian Family Foundationという団体もある。
    ダウリーを巡る嫌がらせや暴力などの被害に遭った女性たちの訴えの大半が正しいものであっても、中には夫とその実家の人たちを陥れるために仕組まれた嘘で固められた罠も少なからず含まれているのだという。
    インド刑法には、女性を家庭内暴力等から守るための定めあるが、かなり性的にバイアスがかかっているというのが、こうした団体の主張だ。
    とりわけ、条項498 Aが問題であるのことである。
    …………………………………………………….
    498A. Husband or relative of husband of a woman subjecting her to cruelty. Whoever, being the husband or the relative of the husband of a woman, subjects such woman to cruelty shall be punished with imprisonment for a term which may
    extend to three years and shall also be liable to fine.
    Explanation- For the purpose of this section, “cruelty” means-
    (a) any wilful conduct which is of such a nature as is likely to drive the woman to commit suicide or to cause grave injury or danger to life, limb or health (whether mental or physical) of the woman; or
    (b) harassment of the woman where such harassment is with a view to coercing her or any person related to her to meet any unlawful demand for any property or valuable security or is on account of failure by her or any person related to her to meet such demand.]
    …………………………………………………….
    あくまでも夫が加害者で妻が被害者という前提の法律であることから、性差別的であるという主張だ。
    この法律を意図的に悪用する女性は少なくないとのことだ。つまり条項498 Aに違反しているとの虚偽の訴えにより警察に検挙させるというのである。それによって夫はもちろんのこと、夫の実家の父母兄弟姉妹までもが警察に逮捕されて留置される。
    嫁入りした女性の人権は法律による保護が講じられているのに、不運にして謀略を巡らす女性を迎え入れてしまった夫側の家を守る手立てがない、ということに対する問題提起だ。
    検挙された多くのケースの場合、まともな捜査もなされないままに立件、起訴されるとともに、裁きの場でも夫側が一方的に悪であるという暗黙の了解があることから、著しく不利な立場に置かれるという。これにより失職したり、自殺に追い込まれたり例も少なくなく、こうした行ないは『司法的テロリズム』であるとしている。
    ダウリーにまつわる問題については、広く世間で言われているようなステレオタイプな事例以外にも、まったくその逆を行くような出来事も起きているようである。だがこうした訴えに対して反発するフェミニスト活動家も少ないないかもしれないのだが。
    結婚はゴールではなく出発点に過ぎない。結婚すること自体よりも、長い結婚生活を継続していくことのほうがはるかに大変なことだ。最も密なつながりを持つ家庭という中にあっても、それはひとつ小さな社会のようなものでもある。
    元々他人同士であった男女が一緒に暮らしていく中、いろいろなことが起きるものだ。そこに両者の実家の利害等も絡めば、そう易々と解決できるものではなくなってしまう場合もある。家庭という社会の中の最も小さな単位の『政治問題』とも表現できるかもしれない。

  • ポーカラーの日本語教室

    H学院
    半日歩き回って、レイクサイドに戻るとかなり暑くなっていた。この時期、ポーカラーの午前中早い時間帯は涼しくて快適なのだが、昼前くらいからずいぶん気温が上がってきて、午後になると汗だくになる。WiFi付きのレストランでしばし休憩する。
    ここの上階は、H学院という日本語教室になっている。レストランの従業員の中の1人もここで学んでいるとのこと。彼が言うには、教え方が非常に上手くて理解しやすいとのこと。しばらくすると、その教室で学んでいるという人たちがポツリ、ポツリと集まってきた。午後4時半からレッスンが始まるそうだ。こうした彼らからヒンディーで話を聞けるのだから、隣の大国インドの言葉は重宝する。
    ネパールでは広くヒンディーが通じる。これを母語とする人は総人口のわずか1%程度でしかないというし、この言葉による出版活動はほとんど無に等しいようだが。もともとネパール語がヒンディー語圏の外縁部にあり、文法や語彙の点で近似する部分が多いこと、インドに出稼ぎに行く人がとても多いことに加えて、テレビ番組や映画などを通じ、ヒンディー語に触れる機会が非常に豊富だ。ゆえに人によって置かれた環境により差はあれども、自然と素養が身につくものらしい。
    広く通じるからといって、またエンターテインメント等で馴染んでいるからといって、諸手を挙げてこの言語に親しみを感じているかどうかはわからない。最近、このヒンディー語に関して大きな問題が生じている。昨年ネパールの初代副大統領となったパルマーナンド・ジャー氏が就任式の宣誓をヒンディーで行なったことは違憲であるという議論について、司法判断を仰ぐ事件にまで発展しているのだ。
    SC orders VP oath in 7 days (Himalayan Times)
    パルマーナンド・ジャー氏は、テライ地方のマデースィーと呼ばれる民族の出身。インド側では主にビハール州北部に、ヒンディーの方言であるマイティリーを話す同族が住んでいるわけだが、これまでネパールで政治的に不利な待遇を受けていた彼らの地位向上を目指すマデースィー人権フォーラムのリーダーである。
    事の本質はもちろん、ヒンディー語に対する感情論などではなく、ネパールの国政をあずかる副大統領という地位に就く者が、憲法によれば当然ネパール語により宣誓を行なうべきであると解釈されるところを、他の言語で行なうことがふさわしいものであるかどうかということであるのだが。
    話はH学院に戻る。しばらく生徒たちと話をしていると、ここで教えているという男性が姿を現した。ここの経営者であり、教員でもあるL氏は、10年ほど前に始めて日本語に触れ、その後は研修生として日本で暮らした経験があるのだということで、しばし日本語で話をうかがう。
    彼は毎日午前6時、正午、午後4時からと、それぞれ2時間ずつ教えている。『もしよかったら授業を見ていってください』とのことなので、生徒たちと階段を上り、教室にお邪魔する。
    生徒たちは、ほぼ全員が商売で日本語を使おうとしている人たちで、年齢は20代前半から40代までと幅広い。授業開始後が始まったが、しばしば生徒たちの携帯電話が鳴り、教室の外に出て話などしている。
    教えている内容は特にどうということはなく、先生が教える文法には怪しげなところが少なくないし、語彙の面でも不足している部分が多い。また漢字にいたっては、ごく基本的な文字以外は知らないようだ。正式な日本語教育を受けたことがないらしく、こればかりは仕方ない。
    それでも、ゆったりと自信に満ちた余裕ある態度で、また先生らしい威厳を保って教壇に立つ姿は、ここで学ぶ人たちに信頼感を与えるのだろう。持てる日本語知識は決して高いとは言えないものの、持てる力をフルに活用して創意工夫を加え、日本語とネパール語を交えて、豊富な実例を挙げながら生徒たちに教えている。教授能力はかなり高い人物であるようだ。
    基本的に板書はしないし、それに重きを置いていないので授業にスピード感があるが、生徒たちは積極的に反応しており、見ていて気持ちがいい。生徒たちは、先生の問いに対して競うように答え、新たな言い回しが出てくると級友同志ですぐに実践してみたりと、早く日本語を身につけたいという旺盛な意欲が感じられる。
    一応、教科書らしきものはある。しかし会話が中心で、あまり読み書きは重んじていない。教える側の日本語能力の関係もあるのだが、生徒たちの目的である『商売人として日本人とある程度の会話ができるようになる』というニーズに適うものとなっている。
    教室に集まる生徒たちは、基本的に仕事を持っている人たちであるため、授業開始からだいぶ経ってから教室にノッソリと入ってくる人たちもあるが、それでも着席してから熱心に学ぶ姿勢は同じだ。
    授業がある程度進んでから、L先生に『日本の文化について話してください』と言われた。突然のことで、何を話そうかと思ったが『日本の時間感覚』について話すことにした。
    日本では時間に対して厳格であること。通勤電車がトラブルで10分遅れただけで新聞記事になるほどである。仕事のスケジュール等も同様で、個人的にはもうちょっと応用でもいいのではないかと思うのだが、まあそういう風土なので仕方ない。日本に住んでいる南アジア系の人々が、日本人も交えて何かを行なう場合、『時間はJSTで!』という言い方をすることがある。これはJapanese Standard Timeの略だが、ネパールよりも3時間15分進んでいるということではなく『日本式の時間感覚で』という意味である・・・などといったことを話してみた。
    この後、先生は私が話した『日本の時間感覚』をテーマにして授業を進めていく。その中で、『日本では出勤に10分遅れるとその日の給料はパーになる』と話しており、彼が研修生として働いていた場所では、そうした慣習がまかり通っていたことがうかがわれ、気の毒になった。
    そうした話の中で、ある生徒は『ネパールの時間の感覚は、私たちの大切な文化でーす』と答えて皆の笑いを誘っている。眺めている私には、この気取らなさが楽しい。
    言葉を習うには人それぞれの動機や目的がある。学術目的で学ぶ者があれば、仕事や生活その他必要に迫られて習う者もある。今回訪れたのは後者だが『新たな言葉を身に付けたい』という意欲に満ちた教える側の熱意と教わる側の意欲がぶつかり合う現場に身を置くのは久々で、なかなか新鮮な体験であった。

  • ニッポンは選挙真っ盛り

    インドとはまったく関係のない話で恐縮である。今月末に投票日を控えたニッポンの総選挙をめぐり、政権交代を睨んだ様々なニュースが過熱気味だが、最近各政党から最近リリースされた宣伝ビデオがなかなか興味深い。
    そうした作品の中でも特に面白かったのが自民党によるこのビデオである。

    自民党を追い落とそうかという勢いに見えるものの、根拠のない口約束ばかりが耳に付く民主党への強烈な当て擦りで、思わず噴出してしまった。
    是が非でも与党の座を得たいがためにシャカリキになるのはわかるが、政権を担うようになってからのヴィジョンが感じられないと揶揄する次のビデオも『うむ、そのとおり』とうなづいてしまう。

    リーダーたちの『ブレ』を皮肉るこの作品もなかなか良かった。

    どの作品も良く出来ているのだが、当の自民党にしてみても他党に対してこうしたネガティヴ・キャンペーンを繰り広げることができるほど立派な行ないをしてきたのか?と多くの人々が感じることだろう。それならば今後のことは政権交代してもらってから考えようかと。
    ところで民主党からはこんなアニメがリリースされているが、あまりインパクトは感じられない。私は自民党支持者ではないが、少なくともこの部分では民主党を打ち負かしているようである。

    宗教団体を母体とする政党としては、公明党からこうしたものが出ている。

    アニメではないが、圧巻なのは幸福実現党の『北朝鮮の核ミサイル着弾』かもしれない。なかなかリアルで怖いドラマだが、果たして国家予算が日本の滋賀県ほどでしかない国が核を持ったからといって、それほどまでに大きな脅威であるかどうかははなはだ疑問だ。

    共産党は相変わらず生真面目だが、そういう地味さがゆえに、庶民にとって厳しい時代にありながらも、いまひとつ人気の伸びに欠けるのだろうか。

    自民党が政権を死守するのか、それとも前評判どおりに民主党が大きく票を伸ばして政権交代を実現するのか。国民による審判が下されるのは今度の日曜日である。