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カテゴリー: security

  • 屈強な大男にとってもやっぱり怖い!?

    ラダックのレーでデンマークから来た旅行者と知り合った。大胆不敵な印象を与える面構え、そして背丈190cm以上あるガッチリとした巨漢で、「建物のような」印象を与える頑健な男性である。

    ラダックに来る前には、自国から一緒に来たガールフレンドとカシミールでトレッキングをしていたそうだが、その彼女はホームシックになって急遽帰国することとなり、それで傷心状態にあるせいか知らないが、レーに入ってからは5日間ほど腹具合が悪くなって寝込んでいたのだという。見た目の豪快さとは裏腹に案外繊細な男らしい。その彼がこんな話をしていた。

    「お腹の具合も良くなってきて、一昨日の夕方はレーの中心部に出て食事をしていたんだ。ここに来る前に出会ったことがある人たちと再会して、飲んで会話して楽しかった。でもその後、まだ午後9時半くらいだったと思うけど、町の中心から少し離れたところにある宿まで戻るのが大変だった。」

    『どうしたの?』

    「どうも犬がねぇ・・・。宿への路地に野犬の集団がいて、ちょっとビビリながら近づくと、やっぱり吠えてくる。石を投げるとちょっと後ろに下がったりはするけど、結局同じところに戻ってくるんだ。自分たちの数に自信を持ってか・・・。」

    『そりゃあダメさ!犬は人の気持ちがよく判る。だから怖れていると敏感に感じ取るんだ。でも夜分に集団で囲まれたりすると恐ろしいね。僕も野犬は嫌いなので判るけど。それでどうしたの?』

    「同じ方向に行く地元の人でも通りかかれば、くっついて行こうかと思ったけど、誰も来なかった。仕方なく町の中心まで戻って、手近なところにあったゲストハウスに泊まったよ。犬なんかのためにアホくさいかもしれないけどね。」

    『ハハハ!可笑しいけど、賢明だったかもしれないよ。アンラッキーなことが続く中で、野犬にも咬まれてはたまったものじゃないね。』

    「そう。無事に通り抜けられる気がしなかったからね。」

    一見、「この世に怖いものはなし!」と宣言しているかのように見える立派な体格と風貌ながらも、やはり夜道で野犬の集団に出会うと怖いのか、と妙に納得。

    野良犬たちさえいなければ夜道はどんなに歩きやすいことか・・・。

  • ATM

    ATM

    不用心なATM

    インドではなくバンコクの風景だが、路上に剥き出しのATMというのはちょっと抵抗がある。

    インドではたいてい日本のそれと同じく扉の中にある場合が多く、加えて警備員も配置されていたりすることが往々にしてあるが、東南アジアではタイのみならずその他の国々でもこのように商業地の歩道脇にこのような形で設置してあることがよくある。

    いくらくらい引き出したのか、少し離れていても一目瞭然であるし、すぐ近くに露店でもあれば、常にそのあたりに人の視線があるのは当たり前だ。ATMを操作する人の手の動きの観察に加えて、離れたところがデジカメのズームレンズでパスワードを盗み見ることだって難しくはないだろう。画像左上の部分には、なぜかバケツがぶら下げられているが、このあたりにスパイカメラが装着されていれば、いとも簡単なことだろう。繁華街の雑踏の中に異物があったとしても、そうそう気付くことはないはずだ。

    このような場所で、さほど大きな金額を引き出すことは普通ないだろうし、人目に付く中では、案外大胆な犯行には及びにくいということもあるかもしれないが、それにしてもこのような環境で設置してあるATMというのは、やはり不用心だと思う。

  • ミャンマーの商都ヤンゴン 邦字タウン誌I LOVE YANGON 創刊

    ミャンマーの商都ヤンゴン 邦字タウン誌I LOVE YANGON 創刊

    ミャンマーの商都ヤンゴンで日本語タウン誌創刊!

    このところ経済面で急速に注目されるようになっているミャンマー。その流れを受けて、2012年10月にANAが成田・ヤンゴンの直行便を就航、他国からもヤンゴンへの新規乗り入れが増えている昨今だ。従前から就航していた近隣国の航空会社もフライトを増便したり、エア・アジアのようにヤンゴンだけでなくマンダレーへ乗り入れる(バンコク・マンダレー便)ようなっていることからもわかるとおり、まさにミャンマーは世界で一番ホットな国のひとつだ。

    欧米諸国による経済制裁解除の動きの中で、外国からミャンマーへ、ミャンマーから外国への送金も自由化の道をたどるようになりつつあるとともに、今後はクレジットカードでの支払いやキャッシング、トラベラーズチェックの換金も出来るようになる方向にあり、これまでは訪問する際には米ドル現金からの換金のみが頼りであったミャンマーもようやく「普通の国」になりつつある。

    そんな中、ついにヤンゴンでも、ついに日本語のフリータウン誌が創刊された。まだ日本では広く馴染みがないということ、在住日本人もあまり多くないということもあってのことだろう、初めてこの地を踏む人のための案内書といった具合に、国のあらまし、出入国、ヤンゴン市内の見どころとショッピング、ホテル案内、食事処、買い物におみやげ等々といった構成になっている。

    おおかたの日本の人々にとっては「新しい国」であるミャンマーで創刊した初の日本語タウン誌。今後ますますの発展を期待したい。

  • インドと中国を結ぶ「しがらみ」

    第三国を経由することなく、インドから中国両国のキャリアによる二国間の直行便が飛ぶようになったのは確か2003年あたりのことであったと記憶している。
    中国東方航空が中国の首都北京からインドのデリーを結んだのが最初だ。いっぽう、エアインディアのほうはムンバイーからデリーを経て、バンコクを経由して上海に到着といった具合で、途中で乗り換えこそないものの、隣り合う国の二都市を直接結ぶという感じではなかったのは、途中タイの首都バンコクでのストップが入ったからだろう。
    だが今では状況は大きく変わった。現在は、デリー・上海、デリー・杭州、デリー・北京、デリー・広州、ムンバイー・成都、コールカーター・昆明、バンガロール・成都といったノン・ストップのルートがあり、エアインディア、中国国際航空、中国東方航空、中国南方航空が両国間を運行している。これらに最近加わったのが、インドのLCCのひとつであるスパイスジェットによるデリー・広州の路線だ。
    そんな具合なので、インドあるいは中国で国内線への乗り継ぎを含めれば、両国各地への乗り継ぎはずいぶん良くなった。
    印・中両国は4,000 km余りの長い国境線を分け合っているとはいえ、政治的にも地理的にも、ごく一部の例外を除けば、公式に行き来できる環境にはない。インドにおいて、1949年以降の中国によるチベット侵攻、さらに1962年に勃発した中印紛争により決定的に悪化した対中感情の背景には、中国という国や中国人という人々に対する知識等の欠如という要素も否定できない。
    また当時はまだ貧しかった中国ではあるが、同様に経済的には苦しかったインドにとっては、とても拮抗できない強大な敵として浮上してきたこともあるだろう。反対に、中国からしてみれば、インドはさほど怖い相手ではないため、インドにおける対中感情と比べて、中国における対インド感情は悪くなかったりする。
    歴史的なしこりや感情的な好き嫌いは、そう簡単に克服できるものではないかもしれない。だが人やモノの行き来が盛んになることにより、相手国における自国資本の投資、自国企業の操業その他さまざまな交流が盛んになるのは安全保障上も決して悪いことではない。
    「絆」を結ぶことはできなくても、活発な経済活動によって生じるしがらみが、外交面で両国が衝突するような事態になったとしても、お互いに利益をもたらす二国間の経済活動を犠牲にしてまで、軍事衝突を起こすには至らない安全弁として働くことは、尖閣諸島問題を抱える日中両国が、緊張の度合いを高めることはあっても、また一時的にデモや不買運動等で経済活動が冷え込むことはあっても、そうした異常な状態が決して長続きはしないであろうことからも明らかだ。
    今のところ、中国系メディアが大げさに報じているほどには、インドで中国語学習がブームになるような具合にまでは至ってないようだ。
    だが中国語学習の需要が高まってきていることは驚くに値しない。インドと違って英語が非常に通じにくく、現地の言葉が不可欠の中国において、中国語が判るということは計り知れないメリットになり、それを習得した個人にとっても語学そのものが貴重なスキルになるからだ。
    インドと中国の間で、さまざまな「しがらみ」が今後ますます増えてくることを期待したい。それは将来の両国の繁栄のためになるだけではなく、アジア全体の安全保障にも繋がることであるからだ。
  • 11年後の処刑台の露

    2001年の国会議事堂襲撃事件に関わったかどで収監されていたアフザル・グル死刑囚に対する絞首刑が執行されたのは今月9日の朝。デリーのティハール刑務所で処刑され、同刑務所内に埋葬された。事件から11年2か月後であった。

    この事件によってエスカレートした緊張は、南アジアの事実上の核保有国同士が睨み合う、世界最初の核戦争まで一発触発の危険が揶揄されるまでに至り、日本その他の国の政府が自国民をインド・パキスタン両国からの退去を促す事態にまで発展した。

    Afzal Guru hanged in secrecy, buried in Tihar Jail (The Hindu)

    今月21日にアーンドラ・プラデーシュ州都ハイデラーバードで起きた連続爆破テロとアフザル・グルの処刑に関する関連性の可能性を指摘する声も一部ではある。

    Hyderabad Blasts and Afzal Guru hanging link a mere sham? (One India News)

    処刑は国内外で波紋を呼ぶことになったが、とりわけこの件によるインパクトが大きかったのはアフザル・グルの故郷カシミールであり、反政府活動の活発化の強い兆しが見られるようになっている。

    近年は情勢が沈静化しつつあり、騒乱が始まった1980年代後半以前の主要産業であった観光業の復興の確かな進展がみられつつあった中、今後の成り行きが心配されているところである。

    Afzal Guru’s secret execution raises concerns in India (DAWN.COM ※パーキスターン)

    The hanging of Afzal Guru is a stain on India’s democracy (The Guardian ※イギリス)

    カシミールのインドからの分離要求運動は、当局による逮捕、拘禁、投獄等の恐怖を前にしても怯むことのない活動家たちによって支えられている。もちろんその背後には、外国、つまりパーキスターンのISIや同国を本拠地とする原理主義過激派団体のサポートがあることはよく知られているものの、地元に暮らす人々多数が支持・共感する運動であるがゆえに政府の弾圧を乗り越えて継続されているわけでもある。

    マハトマー・ガーンディーが中心となって率いた、イギリスからの独立運動の中で、ガーンディー翁自身も含めて多数の活動家たちが当時の政府当局に拘束され、投獄され、場合によっては命を落としたりしながらも、運動は粘り強く継続されていき、独立を手にするという輝かしい歴史と経験を持つインド自身の過去が、現在のカシミールという土地やそこに暮らす人々の痛みと苦しみと重なるように思われてならない。

    テロや暴力を肯定するわけではないが、アフザル・グルの処刑はカシミールの分離を支持する人たちにとって、1929年4月に国会議事堂で爆弾を投げて「インキラーブ・ズィンダーバード(革命万歳)」を叫んで逮捕・収監され、1931年3月にラーホールの刑務所で処刑されたバガット・スィンのイメージと近似したものになるような気がしてしまう。

    将来、カシミールがインドから分離独立ないしはパーキスターン側に編入されるようなことは決して有り得ないと私は信じている。それでも、万が一そのような時代がやってくるようなことがあれば、国会議事堂襲撃事件を後方支援したとされるアフザル・グルならびに襲撃実行犯たちは、故郷カシミールのインドからの分離のために自らを捨石とした憂国の志士として、祀り上げられることになるのだろう。

    だが民族自決のために血で血を洗うような抗争がこの世にあってよいものなのか、私は大いに疑問である。とりわけインドのような民主主義国家にあっては、「共和国」の名に恥じない平和的な解決がなされることを望みたい。

    「外国からの干渉」により、カシミールの政情不安が20数年間も続いているということは、問題の解決を強権による解決を求めた当局の大失態であり「世界最大の民主主義」の至らない部分にツケ込んだ隣国に足をすくわれてしまった結果であるともいえる。

    「独立の志士」を生むことなく、異なる土壌に暮らす異なる民族、異なる伝統や信条を持つ人たちが、それぞれ異なる夢を抱きながら、共存・共栄していくことができる平和なカシミール地方を築いていってもらえるよう切に願いたい。

  • インドのヴィザ 取得所要期間ほぼ半月に

    先日、インド入国の「2ヶ月ルール」廃止へ と題して、2010年から適用されてきたこのルールが廃止となることについて触れてみた。

    それはさておき、かなり気になるのは、今年11月以降、日本でヴィザを取得しようとすると、たとえそれが観光ヴィザであっても、申請から取得まで最短で半月(12~16営業日)もかかってしまうらしいことだ。

    ビザ取得にかかる所要日数 (インドビザセンター)

    ヴィザ申請が大使館からビザセンターに移管された当初は、午前中に申請すれば夕方に受け取ることができたものが、翌日、翌々日と、発行までにかかる時間が伸びてきていたが、11月1日からは一足飛びに半月となっている。単に申請数が増えたというだけではなく、個々の申請者の過去のヴィザ取得状況やインドへの出入国状況などもチェックしているというような話を耳にする。

    主にテロ対策ということになるのだろうが、出入国者が増えてくるに従い、ヴィザの名目と実際の渡航目的が合致していなかったりするケースが増えてきているのではないかとも考えられる。

    業種や事業の規模にもよるかと思うが、仕事により渡印するにもかかわらず、滞在期間が数ヶ月程度であるため、取得が容易で必要なものも、パスポート、写真、料金以外は、所定の申請書しか要らない観光ヴィザで済ませてしまうというケースも少なくないであろうことは想像に難くない。

    かといって、今のところ日本人が、インドの治安や雇用に甚大な影響を及ぼすなどということは考えられないので、インドにとっての「問題国」以外については、ぜひお手やわらかに・・・と願いたい。

    とりあえず、インド渡航を予定されている方々については、ヴィザ申請はくれぐれもお早めに!

  • 死刑執行 生け捕りされたテロリスト

    本日、2012年11月21日、アジマル・カサーブが処刑された。2008年11月26日に発生した未曾有の大規模テロの実行犯の中で唯一生け捕りにされた人物だ。刑が執行されたマハーラーシュトラ州のプネー市の刑務所敷地内に埋葬されたという。

    仲間10名とともに、乗っ取ったインドの漁船でムンバイーに上陸し、ムンバイーCST駅、タージマハル・ホテル、トライデント・ホテル、ユダヤ教施設のナリーマン・ハウスその他を攻撃した。この事件により、170人を越える死者と240名の負傷者を出すことになった。

    アジマル自身は、仲間1名とともにムンバイーCST駅で銃の乱射して多数の死傷者を出した後に、そこから少し離れたカーマ病院襲撃の後に警官たちによって取り押さえられている。

    事件の全貌が明らかになったのは、当然のことながらアジマルが生きたまま捕らえられたことによるものが大きい。

    26/11 villain Ajmal Kasab hanged, had asked authorities to inform his mother (Hindustan Times)

    カサーブ自身の生い立ちと事件に至るまでの経過については、こういう本(Kasab: The Face of 26/11)がある。パーキスターンのテロ組織によるリクルートや訓練等に関する記述もあり、なかなか読み応えのある一冊なので、この事件について多少なりともご関心があれば、ぜひお勧めしたい。

    個人的には、死刑という制度の存在に賛同できないが、アジマルという人物に限っては、これを執行しなくてはならないだろうと、常々考えていた。本日の処刑に至るまで、様々な政治的な動きが背景にあり、それがゆえにあれほどの大事件を起こしながらも逮捕後4年近く彼は生きていたのだが、まかり間違えば減刑という結果にもなりかねないところであった。決して人の死を喜ぶわけではないが、あれほどの悲劇を生み、少なくとも報道されていた中では反省の色ひとつない人物が生きながらえてよいはずがない。

    だが同時に思うのは、身体的にはまったく健康で、元気な25歳の若者が、なぜ敢えて自らの死に繋がる道を歩むことになったのかということだ。テロ実施に至るまでの時間の中で、中途で引き返す機会は幾度もあったはず。実際、彼と同時期にテロ組織に加わった中での脱落者は少なくなかったようだし、時たま与えられる帰省のための休暇から、組織に戻らなかった者もあったようだ。訓練地に出向く中で逃亡した者もあれば、母国パーキスターンを後にして、戻らぬ旅に出航したカラーチー近郊へ向かう列車で途中下車して姿をくらませた者もあったという。

    カサーブを処刑したからといって世の中が変わるわけでもない。彼を送り出したテロ組織はパーキスターンで、相変わらず活動しているし、そうした若者たちのリクルートが可能で、組織の活動を容認する土壌にも何ら変化がない。

    インドにしてみても、同様のテロ計画があったところで、それを防ぐ手立てがあるとはいえず、この類の攻撃を受ける理由が解消したわけでもない。

    アジマルの処刑は、4年前のあの事件にひとつの区切りを付けるための象徴的な出来事にはなるだろう。だが、同様の事件が、いつどこで起きても不思議ではないということに、大きなジレンマがある。

  • J&K州都スリナガル郊外のホテル テロリストが襲撃

    本日10月19日午後5時半過ぎ(IST)に、J&K州都スリナガル郊外のノウガーオン地区にあるSilver Star Hotelをテロリストが襲撃しているというニュースがインドのニュース番組で流れはじめた。

    目下、事件の詳細はまだ明らかになっていないが、テロリストは3人であると見られること、従業員の中に死者や負傷者が出ているらしいこと、すでに治安部隊がホテル周囲を包囲していることなどがリポートされていた。テレビでの報道と時を同じくして、関連ニュースがウェブにも次々出てきている。

    Militants open fire outside hotel in Srinagar, one person killed (NDTV)

    今、こうして画面を見ている間に、テレビのニュースも時間の経過とともに次第に具体的な情報を流すようになってきた。メディアによる今後の続報に注目したい。

  • マラーラー・ユースフザイー

    非常に残念なニュースだ。マーラーラーが撃たれた。この件については少々説明する必要があるだろう。

    パーキスターンのスワート地方のミンゴーラー。かつて観光地として大いに栄えた地域だが、今世紀に入ってからは、この地域で勢力を伸長したターリバーン勢力と政府側との衝突により訪問者が激減した。さらに2009年にターリバーン支配下となり、その後政府軍が奪還するといった具合に内戦状態が激化することとなった。

    ミンゴーラー出身、リベラルな家庭に育った少女マーラーラー・ユースフザイーはこの地の出身。2009年に内戦状態のスワート地方を離れてパーキスターン国内を転々とする中、故郷スワートでの就学機会を求める利発な少女の姿は内外のメディアの目に留まり、しばしばニュース等で取り上げられてきた。

    ターリバーンが少女たちに対する学校教育を禁止したり、女子学校を破壊したりする中、少女たちの教育機会を求めての積極的な発言や行動は世間の耳目を集め、オランダを拠点とするKids Rights FoundationのInternational Children’s Peace Prize候補のノミネートされたことがある。惜しくも受賞は逃したものの、パーキスターン政府からNational Peace Awardが贈られた。

    Peace Award to Malala yousafzai from Prime Minister Pakistan Sherin Zada Express News Swat (Express News)※ウルドゥー語

    Malala Yousafzai awarded Pakistan’s first Peace Award (Ary News)※ウルドゥー語

    あまり上手ではない英語でのインタビューと異なり、上記リンク先のウルドゥー語によるものでは、ずいぶんしっかりした内容で話していることに感心する。受賞は2011年、当時のマラーラーは13歳だ。

    彼女は仮名でBBCウェブサイトに日記をブログとして公開して注目を集め、ニューヨーク・タイムズのサイトでもClass Dismissedと題した動画と関連記事が紹介されるなど、国際的にも知名度の高い少女人権活動家でもある。

    Class Dismissed (New York Times)

    現在14歳、将来は医者になりたという夢を胸に抱いて活動を続けていたマーラーラーだが、昨日ミンゴーラーにて他の女子生徒たちと乗っていた通学用のヴァンの中で撃たれた。その後、ターリバーンは犯行声明を出している。

    マーラーラーは頭部と首に負傷しているとのことで、ペーシャーワルに空輸されて救命治療を受けている。現在までのところ、複数のメディアにより「手術は成功」「脳は弾丸による損傷を逃れている」といった情報が流れているが、非常に危険な状態にあるということは変わらない。彼女の回復を切に祈る。

    Child rights activist shot in head (Business Recorder)

    ネパールやインドで跋扈するマオイスト活動家たちの大半が、共産主義の何たるかをほとんど知らず、銃器による社会秩序への抵抗と下剋上の快感に酔っているように、ターリバーンの連中もまたイスラームの説く中身への理解もなく、やはり武器の力を背景にした支配と強制により、彼ら自身の乏しい知識による独自の解釈による社会規範を絶対的な正義と取り違えている。

    従前からターリバーンたちから脅迫を受けてきたマラーラーとその家族だが、ついにそれが現実のものとなってしまった。この卑劣な犯行を、私たちは決して許してはならない。

  • ジャイサルメールに怪盗出現

    昨日の午前零時過ぎ、ジャイサルメールのステート・バンク・オブ・インディアの支店にて、深夜過ぎに1.5千万ルピーが奪われたとのこと。

    Robbers tunnel into Jaisalmer bank, steal
    Rs 1.50 cr
    (The Times of India)

    Robbers tunnel their way into a bank in
    Jaisalmer
    (NDTV)

    犯行グループは、地下に掘ったトンネルから同銀行の金庫に侵入して金品を奪ったとされるが、電動工具を用いて、事件に先立つ2週間から20日ほどかけてこれを完成させたと見られる。こうした大胆な動きについて、銀行関係者や周囲の住民がなぜ何も気が付かなかったのかは不明。

    銀行内の監視カメラには、懐中電灯を持って侵入してくる犯人たちの姿を捕えているものの建物内が暗かったため、風貌等はまったく確認できないようだ。

    まるで映画のような大胆な犯行、ロケーションもこれまたタール砂漠のロマンチックな城塞都市ということもあり、不謹慎ながら「おぉ、カッコいい!」などと思ってしまう。決して犯行を称えるわけではないのだが。

    果たしてこの怪盗たちの正体や如何に?

  • Kasab: The Face of 26/11

    Kasab: The Face of 26/11

    Kasab : The face of 26/11

    パーキスターンのパンジャーブ州出身のアジマル・カサーブといえば、同国の悪名高き過激派組織ラシュカレ・トイバにより、2008年11月28日にムンバイーで発生した大規模なテロ事件の実行犯の中で警察に拘束された唯一のメンバーとして知られている。

    彼の生い立ち、過激派との接触と組織への加入、武闘訓練、ムンバイーへの潜入、彼が担ったムンバイーCST駅での銃乱射とそれに続く附近の病院での銃撃、市内での逃走と逮捕、警察による尋問と裁判の過程等々がつぶさに描写されたノンフィクション作品が、この『Kasab: The Face of 26/11』と題する一冊である。著者はムンバイーを拠点に活動するインド人ジャーナリスト、ロメル・ロドリゲス。

    ファリドコートという村で生まれ、10代で家を出てからラーホールでケータリング・サービスの職場で働いて自活する、どこにでもいる普通の少年であったカサーブだが、単調な日々に飽き足らず、知り合った仲間たちと「もっと割のいい仕事を」と窃盗を繰り返すようになっていった。

    反社会的な生活に浸かったカサーブは、やがて武器に興味を抱くようになり、銃器類の訓練を受けられるからという理由で過激派組織と接触するようになっていく。そうした反抗期の只中にあるような年代を巧みに扱うことに長けた組織の中で、各種のトレーニングを積んだテロリストとして養成されていく。カサーブ本人は、まさに自分の居場所を見つけたと認識していたのだろう。

    訓練地から訓練地への移動の間、あるいは休暇で帰省する際などに逃亡して姿を消すメンバーも少なくなかったようだ。それでもカサーブは脱落することなく組織の命令に従っていった。

    やがて組織は、他の選抜されたメンバーとともに、カサーブをスィンド州に送り、洋上での訓練とともに『ミッション』遂行のための最終訓練を施して、海路ムンバイーへと送り出し、中途でハイジャックしたインドの漁船、クベール号でムンバイーへの上陸を果たす。

    犯行グループのリーダーであったイスマイルとともにタクシーでムンバイーCST駅に乗りつけるまでの間、彼は車内に時限爆弾を仕掛ける。「釣りは要らない」と手渡された大きな額面の紙幣に喜んだ運転手は、駅の駐車場から発車して市内を走行する間に車体が爆破して帰らぬ人となる。

    タージマハル・ホテル、オベロイホテル、ユダヤ教関係施設のナリーマン・ハウスに乗りつけた他の犯行メンバーたちも、利用したタクシーに同様の手口で爆弾を仕掛けて、事件の「同時多発性」を高めることにより、警察の対応の攪乱を図っていたようだ。

    カサーブとイスマイルの犯行目標となったムンバイーCST駅や近隣の病院にしても、この事件における他の実行犯の攻撃目標となった高級ホテル等にしても、現場で誰彼構わず銃弾の雨を降らせて多大な死傷者を出す残忍極まりないものであった。

    この作品では、カサーブの家族や交友関係、パーキスターンの過激派組織内の人間模様、彼らの犯行の犠牲となった市民や彼らと果敢に対峙して殉職したインドの治安組織の職員等々の人々の生活背景にも踏み込み、誰もが忘れもしない『26 Nov.』とそこに至るまでの道のりの多角的な検証がなされている。

    こうした大規模なテロ事件の実行犯が生け捕りにされること自体が異例であったが、まさにそれがゆえに明らかになった部分もまた多い。

    あまりに大きな事件を引き起こした犯人たちのひとりであるカサーブに同情の余地はまったくないが、裁かれるべきは過激派組織のツールのひとつに過ぎないカサーブ自身だけではなく、その目的のために彼とその仲間たちを訓練し、犯行を逐一指導してきた黒幕の面々でもあるのだが、そこにはインドの司法は及ばない。

    こうした集団の存在を許し、排除どころか規制すらできないパーキスターン政府の機能不全ぶりには、怒りとともに限りない恐怖感を抱かずにはいられない。隣国にそうした行政・統治がある限り、インド側の市民が隣国に信頼を置くことはあり得ず、インドの情報機関もまた、こうした集団の所在や訓練地などについて精度の高い確信を抱きつつも、自国の権限が及ばないところにあるだけに、手出しが出来ないことをもどかしく思うのも無理はない。

    分離独立以来続くカシミール問題はともかく、パーキスターンにテロの実行集団を抱える過激派組織があり、これらの活動を同国の政府が野放しにしている限り、印パ間での善隣外交などあり得るはずもない。

     

    書名:Kasab: The Face of 26/11

    著者:Rommel Rodrigues

    出版社:Penguin Books

    発行年:2010年

    ISBN-10: 0143415476

    ISBN-13: 978-0143415473

     

  • ブータン ウォンディ・ゾンの大火

    非常に残念なニュースである。

    ブータン中部に位置する374年の歴史を持ち、同国の重要な寺院のひとつに数えられるウォンディ・ゾンが、6月24日午後4時ごろ発生した火事により全焼してしまった。現在までのところ出火の原因は不明であるとのこと。

    この火事に関する記事と動画は、BBS (Bhutan Broadcasting Service)がウェブサイトにて閲覧することができる。

    Wangduephodrang Dzong completely gutted (BBS)