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  • Chinatown Days

    Chinatown Days

    英語版発売予定とのことで、リター・チョードリーのアッサム語による小説「Makam」をアマゾンに注文したのは数年前。アッサムにおける華人コミュニティを舞台にした小説。かなり良い評判は聞いていたので、ぜひ読んでみたかったのだ。

    幾度も発売が延期となり、その都度アマゾンから「申し訳ありません」とメールが来ていたが、ついに「この本は入荷しません」とかいう連絡が入った。不可解ではあったが、何らかの理由で世に出なくなったのだろうと諦めていた。

    ごく最近、たまたま知ったのだが、実はこの「Makam」が「Chinatown Days」として出版されているとのこと。

    アッサム語小説の英訳というわけではなく、著者自ら英語で改めて著したとのこと。そんなわけで、確かに「Makam」の英訳版の出版は中止となり、内容はぼ同じながらも改めて書かれた「Chinatown Days」という別の作品が発表されたわけだ。

    これが紙媒体ではなくKindle版で入手できるというのもスピーディーでありがたい。

    ずっと何年も待たされたこともあるし・・・。

    書名: Chinatown Days
    著者: Rita Chowdhury
    ASIN: B0786T8XKX

  • ナガ族の100年闘争

    かつては意思も方向もバラバラだった人たちが初めて「ナガ族」として1918年に結成した政治組織「Naga Club」の100周年に当たる。
    そのNaga Clubはもはやなく、ナガランドでは路線の異なる複数のナガ人政治組織が割拠している状態だ。Naga Club自体は武装集団ではなかったが、英領インドからの分離とビルマ側に住む同族たちの地域との統合を目指していた。
    その流れを汲む組織が政府に対して武装闘争を開始したのは、たしか1947年だった。
    Naga Club結成から数えて100年間も闘っている。これほど長く続いている独立闘争は、そうそうないはずだ。
    (政府と休戦中で、状態も安定しているため2011年から旅行者も自由に訪問できるようになっているが、まだ独立要求の旗を下ろしたわけではない。)

    A Short History of Naga Club With Date of Formation as Foretold by Leaders (EASTERN MIRROR)

  • ムンバイ同時多発テロから10年

    昨日は2008年11月26日に発生したムンバイ同時多発テロから10周年であった。

    この日の夜9時半頃に発生したムンバイCST(チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス)駅での銃乱射を皮切りに、コラバのレオポルド・カフェへの襲撃、タージマハル・ホテルとトライデント・ホテルでの立て籠もり、ユダヤ教施設のナリーマン・ハウス襲撃など、南ムンバイの複数箇所で時を同じくして複数のテロが実行された。

    パキスタン水域から侵入し、インドの漁船を乗っ取ってムンバイに上陸した犯人たちは、犯行地点までは市内を流していたタクシーで移動したが、降車する際に車内に時限爆弾をセットしたため、これを知らなかったドライバーが向かった先でクルマが爆発を起こしている。

    またムンバイCST駅で銃を乱射した際に被弾した人たちの多くが搬送された先のカーマ病院でも襲撃を加えるなど、非常に入念かつ冷酷な犯行であった。

    2001年9月11日に起きたニューヨークでの同時多発テロの際もそうであったのだが、進行中の事件がテレビ等で中継されることをも計算に入れており、私たちは画面の前で進行している悪魔の仕業におののきながら釘づけとなった。

    このとき私はAaj Tak、NDTV India等のニュース番組で成り行きを見つめていた。夜になっても、気にかかって寝ていることはできず、ほとんど徹夜で視聴していた。インドの大手メディアは電波だけではなく、インターネットでもニュース番組をリアルタイムで配信しており、私は日本でそれを見ていたのだ。

    実行犯たちは携帯電話で、彼らをそこに送り込んだパキスタンのテロ組織幹部と連絡を取っていることが明らかになっていた。そんな中、テレビでインドの治安組織側の対応が放送されること、その時点でこの事件についてインド側が把握していることを逐一電波で流してしまうことは、敵に手の内を見せているようなものだという批判もあった。

    犯人たちが立て籠もったタージマハル・ホテル、トライデント・ホテル、ナリーマン・ハウスでは、長いこと膠着状態が続き、制圧へ向けて動き出すには、デリーから投入された特殊部隊のコマンドーたちの現地到着を待たなければならなかった。

    そしてついに彼らが現場に投入され、事態は急展開を見せた。事件発生から実に足掛け3日目の朝8時、最後の立て籠もり現場であったタージマハル・ホテルが制圧された。死亡者174名、負傷者300名以上という凄惨な事件がようやく幕切れとなった。

    なお、この事件の実行犯10名のうち、事件当時21歳だったアジマル・カサーブは、この手の事件としては珍しく警察に捕縛された。(2012年11月に絞首刑)

    後に事件の背後関係や実行犯たちの出自等の詳細がよくわかるようになったのは、犯人の1人が生け捕りになったためという部分も大きい。この若い実行犯男性を主人公にした映画The Attacks of 26/11 (2013年公開)は、そうした情報を下敷きして制作された作品だ。

    こうしたことが二度と起きてはならないのだが、決してそうはいかないように思われるのは、やはりインド・パキスタン関係であり、商都ムンバイをターゲットとした場合のインパクトの大きさであり、いつ何時見知らぬ人が徘徊しても誰も気にさえ留めず人々の往来を管理することが困難な大都会の匿名性でもある。

  • センティネル族

    アンダマン諸島の中のセンティネル島に住むセンティネル族。外界とまったく接触を持たない民族として知られているが、アメリカの若い宣教師が彼らの島に上陸を試みて弓矢で射殺されるという凄惨な事件が発生した。

    このセンティネル族、いくら孤立した民族とはいえ、その出自でインド本土の学校に進学したり、街に定着したりした人たちは若干程度いるのでは?と思いましたが、まったくそうではないらしい。

    政府の保護政策により、地域への入域が禁止されていることの裏返しに、政府から彼らへの働きかけもほぼ無い。今も石器時代同様の暮らしであるようで、文化人類学的には大変価値のある存在だ。またこの島内で世界が完結していること、外界からまったく影響を受けていない独自の言語、価値観、倫理観があることなど、大変興味の引かれるものでもある。

    この若い宣教師は、旺盛な好奇心と使命感みたいなもの、そして功名心に駆られて上陸を試みたのかもしれない。

    クリスチャンの言う「神は愛なり」という言葉は好きだが、一方的な価値観、倫理観、文明観の押し付けにより、ときには「神は害なり」に転じることもある。

    とくに宗教のようなものに限ったことではなく、政治活動、販売活動、その他何かの教宣活動においても、「これは素晴らしいから受け容れるべき」というような態度は、相手の存在や現状を否定することに等しいことも少なくない。

    North Sentinel Island tribespeople believed to have killed trespassing US ‘missionary’ (CNN)

  • 2022年までに宇宙へ有人ミッション

    2022年までに宇宙へ有人ミッション

    本日、タブレットに配信されたインディアトゥデイ今週号。特集は宇宙進出。2022年の独立記念日かその前までに有人ミッションを実行するのだとか。
    バンガロールに本拠地を置く宇宙開発機関ISROにより着実に技術の開発と実績を積み上げているインド。その機関のすぐ外の農村では、今でも牛に鋤を引かせて畑を耕している農民がいるという、ハイテクとローテクの混在ぶりが素晴らしい偉大なるインドだ。
    さすがはフェラーリと馬車、ポルシェと牛車が並走する姿を見ることができる国だ。
    (よほどラッキーでないと、こういうシーンを目にすることは、まずできないが・・・。)

  • UAEでイスラエル国歌

    突然、インドに関係ない話題で恐縮である。

    イスラエル建国により、それまで欧州社会でしばしば差別的な扱いを受けてきたユダヤ系の人たちが自分たちこそが主人公の国を持つに至ったという側面はある。

    しかしながらこれに先立つイスラエル建国運動と合わせて、それまでアラビアの国々を始めとするイスラム教の国で、繁栄して周囲と平和に共存してきたユダヤ系市民が生まれ育った国を離れなくてはならない敵意を生じさせたとも言える。

    それはともかく強盗が家に居座って家人を追い出してそのまま暮らしているような形の「国」なので、倫理的にこういうのが存在してよいのか?とは個人的に思う。けれどもすでに強力な国家として事実上存在してしまっているため、周辺地域でエジプト以外に外交関係がないというのは、大変危険で不幸なことだ。

    今回、UAEで開催された柔道の国際大会でイスラエル選手が出場して優勝。同国で初めてイスラエル国歌が演奏されたという。

    UAEでイスラエル国歌=選手が柔道大会で優勝 (JIJI.COM)

    ごく些細なことに思えるかもしれないが、開催国の大変勇気ある英断。これが初めの一歩となり、中東の対立構造にポジティブな変化を生むことを願いたい。

    With Jews Largely Gone From Iraq, Memories Survive in Israel (HAARETZ)

  • 「幸せの国」から流出する難民

    「幸せの国」とかいう官製プロパガンダや「世界初の禁煙国」とかなんとか、健康的なイメージで語られることが多いブータンだが、難民流出、麻薬の蔓延などなどいろいろ問題は多い。国内の少数民族への抑圧はかなり知られている割には、割と知らんぷりを決め込むメディアは少なくない。

    この少数民族への圧迫だが、同じくヒマラヤの王国であったスィッキム王国の失策から学んだようだ。国内の近代化を推し進める中で、労働力不足からネパール系住民を大量に受け入れた。

    その結果として、主要民族であったはずのブーティヤー族がマイノリティに転落。ネパール系住民による権利要求運動が高まり、国内は不安定化。王族は待遇の保証の条件と引き換えに自国をインドに併合。つまり国を売ってインドの庇護のもとに入った。このいきさつを中国は認めないためスィッキムをインド領と認めていない。

    地理的にごくごく近い小王国であること、ブーティヤー族とブータン人は民族・文化的にもごく近いこともあり、決して対岸の火事ではなかったわけだ。同様に王国ではなくなったネパールについても大いに参考にしながら国家運営をしているようだ。

    ヒマラヤの多民族居住環境で、民族衣装ゴ(男性)やキラ(女性)を日常的に着用したり、やたらと伝統的なものがフィーチャーされる国粋主義的な姿勢は、この国の防御的なスタンスを象徴するもので、そこにはこうした伝統を共有しないマイノリティへの高圧的な姿勢があることを忘れてはいけない。

    ・・・とはいえ、ヒマラヤ地域で特別な存在感、貴重な文化遺産や豊かな生活文化に満ちた国であり、大変興味深い地域であることは変わらない。ただ「私たちが忘れてしまったものがある」とか、GNHが高いとかいう、変な取り上げかたはやめて欲しいものだ。

    「幸せの国」ブータンから追われた不幸な少数民族ローツァンパ(AFP)

  • インドの本気

    インド国鉄 ヒマーチャルプラデーシュ州の「ケイローン駅」は地下に建設されるそうだ。

    ビラースプルからマナーリー、ケイローンを経てラダックのレーまで至る鉄道の計画。レーからはカルギルを経由してスリナガルまで繋がり、そこから先は現在スリナガルからジャンムーに向けて建設中(スリナガルから途中駅までは開業している)の鉄道で、既存の国鉄路線に接続するという青写真。つまりデリーから鉄道でヒマーチャル、ラホールスピティ、ラダック、カシミールをぐるりと旅行できるようになるというのだ。

    マナーリーからロータン峠へ至る急峻な地形を思っただけでも、こんな計画が実現するとは信じがたい。これはプランというよりも限りなくホラ話に近いものという感じがするかもしれないが、ところがどうしてインド政府は本気なのだ。

    スリナガル・ジャンムーはやがて全線開通となるのでさておき、ビラースプル・マナーリー・ケイローン、レー、カールギル、スリナガルが繋がるまで、100年以上かかりそうだ。すると子や孫の代になっても全線完乗することができないんじゃないか?という気はする。

    それでもきっとやるんだろう。インド人はとってもしつこい、いや非常に勤勉かつ辛抱強い。

    もっともこの計画の主目的は旅客輸送よりも軍事目的である。道路が閉ざされる秋冬春先でも変わりなく、年中、軍事物資をバンバン中国国境地帯に送り届けることができるようにすることが路線建設における至上命題。

    つまりあと何十年かして、万が一、中印の対立がすっかり解消したりしてしまうと、これを建設する動機がなくなってしまうわけだ。世界情勢というものは、ときに驚くような展開を見せることが多々ある。5年、10年先のことはある程度予想できても、数十年単位の未来となると、正しく予測できる人などいない。

    よって、曾孫、玄孫の代になっても、この路線は実現していないかもしれないということになるが、世界的な大戦の火種が消失していることになるので、それはそれで喜ばしいこととなるだろう。

    India’s first railway station inside tunnel to come up in Himachal Pradesh (Business Today)

  • 難民の立場も背景次第

    チベット、ブータン、アフガニスタン、スリランカなど、政治的に問題を抱える国々(「幸福の国」と自称するブータンもそのひとつ。決して少なからぬ数の難民を国外に流出させている)から難民を受け入れているインドだが、同じ難民の立場でも背景により扱いはずいぶん異なる。

    中国によるチベット占領以来、現在に至るまでインドへ流入が続くチベットからの難民は、それなりの地位を保証され、ダラムサラには亡命政府まで存在している。

    またデリーを中心とする「アフガン人コミュニティ」では、アフガニスタンの中流層以上から流出した人たちが多いため、彼らは活発な商業活動を展開している。1996年にカーブルを陥落させたターリバーン勢力に処刑されたムハンマド・ナジーブッラーの家族も当時デリーに避難しており、この出来事の一部始終をそこで知ることとなったように、アフガニスタンの富裕層にとって、インドは手近な訪問先であり、有事の際の避難先である。

    新参者のロヒンギャーについては、現在インドの中央政府がムスリムに対して冷淡なBJPということ、それを背景にしてこれまたムスリムの難民に対して関心の薄いものとなっている国内世論も非常に不利に作用している。

    ロヒンギャーは、先祖がミャンマー移住する前はインドの一部を成すベンガル地方の民。同じインド系の人々で文化背景も大変繋がりの深い人たちであるのは何とも皮肉なことである。

    インド、ロヒンギャ7人をミャンマーに強制送還 国連の警告無視(AFP)

  • チュールー 2

    チュールー 2

    Malji Ka Kamra

    Malji Ka Kamraという宿がある。この街の中ではかなりアップマーケットな宿泊施設だ。20世紀に入ってから建てられたため洋風建築ではあるが、かなり変わった形状の建物であること、商人の館ではなくビカネール藩の迎賓館とした建築された背景などもあり、泊まってみたかったのだが、数日間に渡って予約で一杯だった。

    最近は、少し高めのホテルは予約サイトでブッキングするのがごく当たり前になっているため、ここに到着する前、幾度か複数のインドの予約サイトでチェックしていた。日付を前後すると「空室あり」となるため、てっきりグループか何かの予約でも入っているのだろうと想像していた。

    ところが食事をしようと、ここに着いてみると、驚いたことに「今日は宿泊のお客さんはひとりもいないのですよ。」とのこと。やはり基本は電話、メールなどで宿自体に確認するべきであると反省。

    元々が迎賓館であったため、後世になって、ホテルに転用するにはお誂えむきといった具合であったようだ。洋館というには、かなり奇怪な姿をしているこの建物だが、グラウンドフロアーのダイニングホールは、ホラー映画向きというか、いかにも何か出そうなムードがいい感じだ。

    昼間でも薄暗いダイニングホール
    食事はとても美味である。

    芝生の庭から眺めた建物全景の姿は印象的で、何か強い引力を感じて目まいがするほどだ。もしかしたら本日、本当は空室なのに全室満室というのは、あの世からの御一行様で一杯だったということなのかもしれない。それならば、彼らの邪魔をしなくて良かったというところだろうか。

    翌日には中庭に面したテラスで食事をしてみたが、やはりここも妖気でムンムン。注文したバターチキンの汁が血糊みたいに見えてきた・・・。

    しかし、こうして眺めてみると、昼間でも強烈な妖気に引っ張られる感じがする。どんな夜になるのか、ぜひ投宿してみたいものだ。

  • 小さなトリプラ州が分割される可能性

    もともと小さなトリプラ州がさらに分割されることになるかもしれない。

    州外からのベンガル系移民の流入が続いた結果、「ほぼベンガル化」された同州から、ベンガル化の度合いが低い地域が分離しようという動きが中央政府レベルでも検討されることになるようだ。

    北東州への浸透を図ろうとする中央政府与党BJPは、トリプラ州では現地で旧来の住民の利益を代表する分離支持側の政党と共闘関係にあるということが強く作用している。

    そんなわけでトリプラのベンガル系ヒンドゥーの人たちからの不興を買うことは当然予測されてはいるようだ。

    Home Minister has agreed to form panel to look into Tipraland demand: Debbarma (THE ECONOMIC TIMES)

  • 「OUR MOON HAS BLOOD CLOTS」という本

    「OUR MOON HAS BLOOD CLOTS」という本

    Hello Bastarの著者、Rahul Panditaによるカシミールを題材にした一冊。彼自身が、カシミーリー・パンディットの出自で、少年時代に家族とともにシュリーナガルからジャンムーへの脱出を余儀なくされている。

    「民主主義インドによって蹂躙されたカシミール」にて、「踏みにじられたムスリム市民が蹂躙したパンディット」というパラドックスが展開していく。

    「学者、識者」を意味する「パンディット」という言葉で通称される「カシミーリー・ブラーフマン」は、イスラーム勢力進出後のカシミールの長い歴史の中で、イスラーム教への改宗者が増えていく中、「マイノリティのヒンドゥー教徒」ながらも、高い知性と学識により、独立以前の歴代のカシミールの王朝時代に主に官職で重用されることにより繁栄」したコミュニティ。

    時代的にも「抑圧」により流出したわけではないが、インド国民会議派を率いて、インドを独立に導き、初代首相となったジャワーハルラール・ネルーを生んだのは、まさにこの「カシミーリー・ブラーフマン」コミュニティであった。

    独立インドのカシミール地方においては、とりわけ1980年代中盤以降は、イスラーム民兵、テロリスト等による襲撃が急増したことから、パンディット・コミュニティの中の大半が自国内で難民化した。

    国民会議派率いるUPA政権時代の2008年から、カシミールから流出したパンディットたちの再定住化が試みられているが、あまり芳しい効果出ていないようだ。

    Our Moon Has Blood Clots: The Exodus of the Kashmiri Pandits
    By Rahul Pandita
    ISBN-10: 8184000871
    ISBN-13: 978-8184000870