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カテゴリー: politics

  • ダーラーヴィーのスラムの再開発計画

    これまで幾度となくこういう話はあったが、都心にこれほどの規模のスラムがあるというのは異常であるため、いつかは無くなる日が来るのだろう。
    ダーラーヴィーは不思議なところで、ひどくボロボロなのに、小規模ながらもピカピカで快適そうなコンドミニアム、これまた小ぶりながらも立派なモール、しっかりした構えのイングリッシュミディアムの学校がポコポコ散在している。「なぜここに?」と思うようなものが。
    スラムにある銀行の支店は他のエリア同様に忙しそうだし、公共トイレもあちこちにある。階段さえなくハシゴで上階に出入りするようなボロ家屋に暮らす若者が、今どきの若い人向けにデザインされたカッコいいロイヤルエンフィールドのバイクを乗り回していたりする。
    スラムとはいえ、さすがに歴史も長いし、都心にあるためここで生み出されるキャッシュも大きいのだろう。
    また「グジャラートの☓☓コミュニティー」「タミルナードゥの素焼き職人集団」みたいな地縁血縁集団が世代を継いで占めているエリアもあり、田舎での生業がこんなところで再現されていたりもする。
    またスラム地域とそうでない地域が、これほどスパッと明確に分かれているのも興味深い。
    他のニュースで、このあたりにスラム博物館とやらができるとか書いてあったが、こうしたスラムの生態について、きちんと記録しておく必要があるだろう。これ自体が貴重な生活文化であり、都市の歴史の一部である。

    再開発に揺れるアジア最大のスラム街 インド・ムンバイ(AFP)

    世界初の「スラム街博物館」、インド・ムンバイに誕生へ(AFP)

  • ダーンディー・ビーチ 「塩の行進」の海岸

    ダーンディー・ビーチ 「塩の行進」の海岸

    1930年にガーンディーが支持者たちを率いて、アーメダーバードのサーバルマティ河のほとりにある彼のアーシュラムから、ここダーンディーの海岸まで25日間かけて実施した「塩の行進」。

    到着翌日にはこの海岸で象徴的に塩を作ってみせることにより、人々に英国による専売の不当さをアピールするとともに、国民自ら塩を作り出そうと世間に訴えた。
    この行進は、ガーンディーの非暴力不服従運動、スワーデーシー(国産品)運動の全国的な展開へと繋がる大きな契機となった。

    ナウサリーに駅からオートでダーンディーの海岸まで往復してみた。街から出ると道の両側が大きな並木が続くインドらしい街道風景が続く。こうした眺めも交通量増加に対応するための道路幅拡張の工事、自家用車でのエアコンの普及などにより、かなり減ってきている。

    このあたりの海岸の土壌ってどこも黒いのは鉄分が多いためだろうか。これがずっと南に下り、コンカン地方になると土壌が赤くなる。このあたりとは地質自体も異なるものと思われる。

    辺りは平坦で何の危険もないと思われるのに、なぜ「セルフィー禁止」の看板が・・・?
  • スーラト3  墓場も面白いインド

    スーラト3 墓場も面白いインド

    これらの風景を目にして、何の遺跡と思われるだろうか。
    実は、「英国人墓地」なのだ。

    場所はスーラト。東インド会社が拠点とした港町のひとつ。私が確認できた、この墓地で最も新しい墓標が1850年のものであったので、まさに英国政府による統治に移行する前、東インド会社が支配した、いわゆる「カンパニー時代」の英国人墓地。墓標を見たところでは、大半は東インド会社軍の軍人とその家族たち。

    そのあたりまでは、英国人でも改宗してヒンドゥーになって、毎朝沐浴したり、プージャーをしたりする後の時代のヒッピー的な英国人も少なからずいたと聞く。
    もちろん、高級官僚やエリートコースに乗っている英国人は、その限りではなかったとはいえ、それ以外で何かしら縁あってインドに渡ることになった、あんまり堅苦しくなくてカジュアルな英国人たちの中には、自国と違う気候、文化、食事の中で戸惑いつつも、「インドってすげー!」と、すっかり感化されてしまう人たちが後を絶たなかったらしい。

    それはそうだろう。今の私たちでも「インドってすごい!」と感嘆しているのだから。当時、「ツイッター」「Facebook」等があったら、彼らのオドロキやインドへの憧憬が多々綴られていたはずだ。
    だが当時の人々は、相当な知識人でもない限り、いわゆる日記のようなものをしたためる習慣もなかったので、現代に生きる私たちが、当時のインドの市井の人たちの日常の喜怒哀楽を知るのは容易なことではない。

    「インドかぶれ」については、1857年の大反乱以降の英国当局による綱紀粛正により、いわゆる当時でいうところの「ネイティヴ(インド人)」と英国人の間の「けじめ」のようなものが徹底されることになった。そのため、墓地についても、その後のものは、このような墓地ではなく、英国人らしいものとなっている。19世紀と20世紀を境にして、「アングロ・インディアン」を示す意味が、「インドで生まれた英国人」から「英印混血の人」と変化していったのには、こうした背景もあるに違いない。

    インドという国は、ごく平凡に観光していても、実に興味深い事柄に満ちているのだ。こんな国は広い世界を見渡しても、他に無いだろう。各地の英国人墓地を巡るだけでも、実は大変面白いインドなのだ。

    〈続く〉

  • “Chinatown Days” by Rita Choudhury

    “Chinatown Days” by Rita Choudhury

    アッサムの女性作家、リーター・チョードリーによる大作。
    清朝支配下の19世紀、南中国の寒村から奴隷として町の商人のところに売られていき、そこで奴隷ながらも主の信用を得て、それなりの金銭的充足と自由を得ることとなった少年。だが、彼はさらにここから別の人身売買シンジケートにより、カルカッタへ運ばれ、そこから開業間もないアッサムの茶園に行くこととなる。

    時代は下り、その茶園近くのマークームの町や周辺で事業を起こした中国移民の子孫たち。
    アッサムのすっかり根付き、「中国系アッサム人」として地域社会の中の一部として定着していた。

    中印戦争開戦。最初は特に影響を受けることのなかった華人コミュニティだが、インドの敗色濃くなっていくにつれて、反中国感情の高まりとともに、中国系住民への感情も急速に悪化していく。

    中国との敵対関係がエスカレートしていくとともに、国内政治でも共産主義勢力を「親中かつ反インド」であるとして攻撃するだけではなく、民族的なルーツを中国に持つ人々への風当たりも強くなってくる。

    やがて中国系市民の拘束の命令が中央政府から発せられ、華人が集住していたカルカッタはもちろんのこと、ところどころに華人コミュニティが散在していたアッサム(当時は現在のメガーラヤもアッサムの一部)においても一斉に彼らを逮捕して地域内の刑務所へ収容してしまう。驚いたことに、チベットからダライラマとともに亡命してきたチベット難民の中にも、このあおりで逮捕・拘束された人たちが少なくなかったらしい。

    その後、華人たちは、まとめてラージャスターン州のデーオーリーキャンプへと列車で移送される。(デーオーリーキャンプは、奇しくも第二次大戦期にマラヤ半島などに住んでいた日本人たちが敵性外国人として植民地当局に検挙されて移送された先でもある。)

    インド政府は、世代を継いでアッサムに暮らし、インドを祖国とする中国系市民を敵視するいっぽう、引き揚げ船を仕立てて彼らを迎えるというオファーをする中国に対して、これ幸いと彼らの身柄を引き渡してしまう。インド生まれの華人たちにとって中国は未知の国。おりしも時は文革の渦中で、引き揚げてきた彼らはインドによるスパイという嫌疑もかけられて大変な苦難を重ねることとなる。

    中国に送られることなく、アッサムに帰還することができた華人たちにとっても、日々は決して楽なものではなかった。苦労して得た工場、店、家屋などは、「敵性資産」として、競売にかけられており、彼らの父祖がそうであったように、再び裸一貫でスタートしなくてはならなかったからだ。

    文革の嵐が収まりかけたあたりから、中国に送られたアッサム華人たちの中で、当時英領だった香港を目指すのがひとつの流れとなっていった。

    そして現在、結婚したばかりの華人妻と生き別れになったアッサム人男性が、かつてマークームに暮らした華人住民たちの小さな集まりが開かれる香港を訪問して49年振りに再開。

    雄大な時間軸の中で展開していくスケールの大きなドラマ。こうしたインド系の人々の歴史を交えた長編作品を得意とする大作家アミターブ・ゴーシュの作品を彷彿させる。

    もともとマークーム(মাকুম)と題して2010年にアッサム語で発表された当作品だが、好評を得て英語版も出版されることとなったが、翻訳版という形ではなく、新たな記述等を加えて最初から書き下ろすことになったため、英語版の出版まで何年もかかったと聞いている。

    タイトル:Chinatown Days
    著者:Rita Choudhury
    出版社:Amazon Services International, Inc.
    ASIN: B0786T8XKX
    ※紙媒体ではなく、アマゾンのKindle版を入手。

  • ドキュメンタリー映画「Final Solution」が描くモーディーとBJP

    2002年にグジャラート州で発生した大暴動を取り上げたドキュメンタリー映画。
    重たい内容だ。以前はこの関係の書籍等も沢山出回っていたのだが、最近見かけなくなっている。事件はもはや風化してしまったかのように思われる。
    この暴動とそれによる殺戮について、背後で当時州首相であったナレーンドラ・モーディーが深く関与していた(らしい)ことも言われていた。この関係でグジャラート州首相時代、米国入国禁止になっていたことはよく知られている。
    だが2014年にインド首相就任すると、アメリカは黙って禁を解いてしまった。
    モーディー自身は、経済に明るいこと、お金についてはクリーンなことで人気で、州首相としても国の総理大臣としても実績を上げてきたが、思想的には危険な人物であることを忘れてはならない。

    Final Solution (2004)

  • FRONTLINE 2019年総選挙結果特集

    FRONTLINE 2019年総選挙結果特集

    左派ニュース雑誌「Frontline」、今号特集は先日結果が判明した総選挙について。「右派共和国」というタイトルにて特集記事を組んでいる。

    今回の総選挙も2014年に続いてBJP(インド人民党)率いる「右派」による連合、NDA(National Democratic Alliance)の大勝に終わった。この右派連合について、国外メディアは「国家主義のアライアンス」「ムスリム排除の連合」と捉える例が少なくないが、これは多分に誤りを含んでいます。アライアンスの核となるBJPについてはそうした理解で良いかと思うが、NDAに名を連ねる所属する他の政党についてはこの限りではないからだ。

    NDAに加盟している政党には、中央や人口稠密な北インドによる支配を跳ね返そうという南インドのドラヴィダ民族主義政党が有力メンバーとして名を連ねているし、北東地域政党で現在所属している州からの分離要求を掲げているのはもちろんのこと、インド共和国からの離脱さえ理想として描いている政党すらあるからだ。

    こうした主張の内容すらまったく異なる右翼政党、民族主義政党が連合を組むというのは、多様性に富むインドらしいところでもある。

  • 上位カーストが対象の留保枠

    EWS(経済的弱者層)への10%の留保を設定することが決まったのは今年の1月。これまでの留保対象とならない層における一定水準以下の収入の世帯の者への救済策だ。つまり上位カーストの貧困層に対するものとなる。

    暮らし向きの良さ悪さはカースト上の秩序と比例するものではない。つまり同じ程度に貧しくてもカーストが高いほど損をするという「逆差別」への救済措置となるエポックメイキングなケースと言える。

    従前から「上位カーストへの留保を作る」と公言していたBJPの公約の実現だ。このあたりが出てくるのは総選挙が迫ってからという、いかにも計算された選挙戦の一環ということになる。

    来月終わりから再来月はじめにかけて投票が実施される(警備要員の配置その他の理由から全国一斉にではなく、いくつかのフェーズに分けて実施される)総選挙の争点のひとつでもある。 

    カーストをベースとせず経済状態に依拠する留保枠が設定されることは歓迎すべきことだが、肝心の収入レベルをどのように判定するのだろうか?インフォーマルセクターで日銭を得る人が占める割合も高いので、このあたりの不透明さも今後問題になってくることが容易に予想される。

    10% EWS quota for social equality: Centre (Hindustan Times)

    しかしながら、まだハードルがある。これまで留保枠は全体の50%を越えないという制約があったため、カーストに依拠としない(しかしSC、ST、OBCsに含まれない層を対象とすることから、まったくカーストに依拠しないとも言えない)留保枠を認めるかどうかについて、最高裁の判断に委ねることになっている。

    上位カースト貧困層への救済という観念が現実のものとなったのは良いことかもしれない。だが全体の5割、6割が留保対象となるというのは、あまり健全なこととは思えない。

    現代インドにおいて、「システムとしては存在しないはずのカースト」により「現実に存在する不平等」を解決するための「必要悪としての上位カーストへの逆差別」とその「逆差別により不利益を被っている層への救済」という矛盾とともに、「帝国主義時代に英国がインドの人々を縛った分割統治」の手法が、「民主主義の時代に人々が利益誘導のため活用」するというパラドックスがある。

    10% quota: Centre’s defence of reservation for poor upper castes in SC raises several questions (scroll.in)

  • LAAL LAKEER (赤い線)

    LAAL LAKEER (赤い線)

    LAAL LAKEER

    小説「赤い線」(「赤線」ではない)
    チヤッティースガル州バスタル地方に引かれた目に見えない「赤い線」。
    マオイストの影響下にある「赤い線」の向こう側、「人民政府」が力を振るう地域とこちら側つまり州政府が警察力で抑え込むエリア。
    どちらも先住民たちが暮らす寒村が点在する地域だが、「赤い線」のこちら側では、マオイストの掃討のためという名目で家を焼かれ村を追われる。これに抗うと「マオイスト」であるとして投獄される。
    さりとて「赤い線」の向こう側では、「警察のイヌ」との疑いをかけられた者はマオイストたちへの怖れから、弁護する者のない「人民法廷」で一方的に裁かれなぶり殺しにされる。
    相容れないふたつの支配勢力がせめぎ合う狭間での人間模様。
    「世界最大の民主主義国家インド」における盲点は、民主主義の根幹である「数は力」。「多様性の国」とはいえ、あらゆる側面においてマジョリティと利益を共有する部分のない(あるいはそれがとても少ない)マイノリティは、自らの権利を主張することは、「反社会的」であるとみなされる危険を伴う。バスタル地方だけではなく、カシミールしかり、北東地域しかり、である。
    長年、バスタル地方を取材してきたインドのジャーナリストによる「小説」。現地の事実関係に精通した著者によるものだけに、非常に重みのある作品だ。
    アマゾンでKindle版を購入した際、「ヒンディー語版」と記載されていた。おそらくオリジナルは英語で書かれているのではなかろうか。
    限りなくドキュメンタリーに近い力作である。
    著者のフリダイェーシュ・ジョーシー。ジャーナリストとしても、小説家としても、今後注目していきたい人物だ。

    書名:Laal Lakeer (Hindi Edition) Kindle版
    著者:Hridayesh Joshi
    出版社:Harper Hind
    ASIN:B01AI732W2

  • ムンバイのユダヤレストラン

    ムンバイのユダヤレストラン

    コラバにあるユダヤ教施設ナリーマンハウスの中にはコーシャル・ムンバイというレストランがあることを知った。だだしその日は土曜日、つまりサバース(ユダヤ教の安息日)であるため、どうかと思い電話してみたが誰も出ない。まあ近いので行ってみることにした。

    ムスリム地区にあるこのユダヤ教施設。昔からユダヤ人が多かったコラバだが同じくユダヤ人コミュニティの存在で知られたフォート地区、バイクラー地区と異なり、ここにシナゴーグが建てられたことはない。別名チャダードハウスとしても知られるこの施設には、世界各地から来るユダヤ系の人たちのための宿泊施設も有している。

    だいぶ前に前を通りかかったときの記憶とは、佇まいがずいぶん違っているのは、2011年のムンバイ同時多発テロが背景にある。VT駅、レオポルドカフェ、トライデントホテル、タージマハルホテルなどとともに、あの事件の舞台となったひとつの施設だ。テロリストたちがナリーマンハウスに立てこもり、ここを取り仕切るユダヤ教司祭家族、宿泊者等多数が殺害されている。タージマハルホテル同様、ナリーマンハウスにも、デリーから出動した特殊部隊が突入し、事件発生50数時間後に制圧された。

    そんないわくつきの施設となってしまったが上に、今も非常に厳しいセキュリティ体制が敷かれている。ここに入っている「コーシャル・ムンバイ」は、日曜から金曜までの午前9時半から午後9時まで(金曜日のみ午後1時半まで)の営業であることはわかった。

    Kosher Mumbai (CHADAD OF INDIA)

  • プリヤンカー・ガーンディーの政界デビュー

    昨日、インドから凄いニュースが飛び込んできた。国民会議派総裁ラーフル・ガーンディーの妹、プリヤンカーの政界デビュー。

    これまで選挙戦で応援演説に立つことはあったが、政治活動とは極力関わらずにいた彼女だが、会議派幹部(UP州東部担当)として正式に活動開始となった。 UP州東部といえば前回選挙でモーディーの出馬した選挙区バナーラス、UP州首相アーディティャナートの本拠地ゴーラクプルを含む。おそらく彼女はこのUP州東部から総選挙に出馬するのだろう。ガーンディー家の伝統的な地盤があるUP州西部のラーイバレリー地区からではなく。

    前回国民会議派総裁、ソーニアー・ガーンディーの娘だが、90年代にソーニアーが政治に担ぎ出された頃、彼女の息子ラーフル、娘プリヤンカーが成長するまでのつなぎという役回りだったが、その息子、娘で大きく期待されていたほうは、このプリヤンカーであった。

    知的かつ自信に満ちたスピーチはもとより、「ガーンディー王朝」と揶揄された国民会議派のネルー家嫡流にふさわしいノーブルさ、気高さ、品格を持つのがこのプリヤンカーであった。 加えて祖母インディラーの面影を濃く感じさせる物腰、仕草、スピーチなどからも、「まったくもって凡庸」な兄ラーフルより、はるかに人気がある。輝き具合がまったく違う。
    インディラーの面影といえば、ソーニアーは努めて義母のなりふりを模倣していたものだが、プリヤンカーに備わるそれは、やはり生来のもの、DNAに刻まれたものなのだろう。

    先の複数の州議会選挙を潮目に、流れが変わったように見えるインド政界。「インディラーの再来」としてのプリヤンカーのデビューで、一気に上げ潮の勢いとなるのではないかと思われる。まさに「真打ち登場!」といったムードのマスコミの扱いである。

    しかしながら不安要素もある。

    プリヤンカー人気、プリヤンカーの幹部入りは会議派の大きな強みであり、同時に大きな画像弱みでもある。その「弱み」は何かと言えば、プリヤンカーの夫、実業家ロバート・ワドラーの存在。
    プリヤンカーの人気と影響力を背景に、彼自身は党の人間ではないのに、会議派内のことに口出しをする、また彼のビジネスには、いろいろと黒い噂が付きまとう非常に濃いグレーな人物だ。
    これまでもソニアーとラーフルが、ロバートの怪しげなビジネスの関係で追求されたことが幾度かある。

    今後、インド総選挙が近づく(今年4月終わりから5月あたりになる見込み)につれて、日本の新聞にも「話題のプリヤンカー氏とは」というような記事が掲載されることもあるだろう。彼女の影には、ロバート・ワドラーという、すべてを台無しにしかねないとんでもない奴がいるということは覚えておいたほうがいいだろう。

    Priyanka Gandhi Vadra Joins Politics, Gets Key UP Post Ahead Of Polls (NDTV)

  • 留保制度

    インドでは高等教育機関進学や公部門への就職などの際に留保制度があり、指定カースト(SC)、指定部族(ST)、その他後進階級(OBCs)といったカテゴリーの人たちが恩恵を受けることになる。

    これについては昔からいろいろ議論のあるところだが、ちょうどアメリカにおけるアファーマティブアクションと比較されることもあり、恵まれない境遇にあるが、やる気と能力にあふれる若者たちを多数引っ張りあげてきたことは間違いない。

    ただし・・・である。

    カーストの上下は現在の人々の社会的地位や経済状態を反映するものではなく、たとえば指定部族出身でも州大臣になり、身内で手広く事業も手がけて大変豊かになっていたり、その他後進階級出身だが弁護士や医者として成功して高級住宅地に住んでいるような人も珍しくない。

    そのいっぽうで貧しい高位カースト出身者も無数に存在している。ムンバイーのタクシー運転手の大部分は北インド、UPやビハール出身者たちだが、若いころから何十年も汗水流して働き、収入のほとんどを故郷の家族に送金しているこうした人たちの中に、最高カーストであるブラーフマンであることを示す名前を持つ相当な人数が含まれているのだ。

    そんなわけで、実際の経済状態ではなく、観念上の出身ジャーティで留保が決まるというのはあまりに不公平だという意見は以前からよくあった。
    だが、たしかに後進階級や指定カースト、指定部族の中にこそ、貧困はより多いし、差別されがちなので就職も容易ではない。ゆえに留保をというのは仕方ないものでもあった。

    だが「その他後進階級」という定義がクセ者で、我らも加えよ、俺たちも追加しろと、様々なコミュニティーが政治を動かし、このカテゴリーに仲間入りさせるよう働きかけてきた歴史がある。

    そんなわけで、憲法ではカーストは否定されているが、厳しい現状を前に、これを解決するための必要悪としてこうした「逆差別」が設定され、これにより救済される人たちが増えてくれば、それらのコミュニティーの社会的経済的地位が向上して、この問題が解決し、制度そのものが用済みとなる・・・はずであったのに、それとは裏腹に留保すべき対象がどんどん増えていくのだ。

    そしてついに、このたびは上位カーストの人々(Swarn Jati)の人々にも10%の留保を!という議論が展開しており、いっそう混迷してしまっている。

    留保制度というものは、底なしの泥沼のようなものである。

    BJP aims to woo back core voters by announcing reservation for upper castes (The Tribune)

  • Chinatown Days

    Chinatown Days

    英語版発売予定とのことで、リター・チョードリーのアッサム語による小説「Makam」をアマゾンに注文したのは数年前。アッサムにおける華人コミュニティを舞台にした小説。かなり良い評判は聞いていたので、ぜひ読んでみたかったのだ。

    幾度も発売が延期となり、その都度アマゾンから「申し訳ありません」とメールが来ていたが、ついに「この本は入荷しません」とかいう連絡が入った。不可解ではあったが、何らかの理由で世に出なくなったのだろうと諦めていた。

    ごく最近、たまたま知ったのだが、実はこの「Makam」が「Chinatown Days」として出版されているとのこと。

    アッサム語小説の英訳というわけではなく、著者自ら英語で改めて著したとのこと。そんなわけで、確かに「Makam」の英訳版の出版は中止となり、内容はぼ同じながらも改めて書かれた「Chinatown Days」という別の作品が発表されたわけだ。

    これが紙媒体ではなくKindle版で入手できるというのもスピーディーでありがたい。

    ずっと何年も待たされたこともあるし・・・。

    書名: Chinatown Days
    著者: Rita Chowdhury
    ASIN: B0786T8XKX