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カテゴリー: life

  • 二大政党による支配の終焉

    先の西ベンガル州での与党TMCの敗北、BJPの鮮やかな勝利に驚いていたら、タミルナードゥ州では、個人的には特に注目していなかった新興政党TVKがあっさりと二大政党(DMKとAIADMK)による支配を終わらせてしまった。

    映画スターが2年3ヶ月前に立ち上げた新政党が、南部の重要な州で、いきなり与党に躍り出るという驚き。この政党は、党首であるC. ジョセフ・ヴィジャイ自身のファンクラブが前身。

    同州では、DMKから分離して、AIA DMKを立ち上げたM.G.ラーマチャンドラン(MGR)、その後を継いだMGRの愛人でもあったジャヤラリターといった、タミル映画の元トップスターがチーフミニスターになったりしていたものの、政治経験のないところから始めて政権へ直行というのは信じられない。

    また、この選挙でBJPはタミルナードゥ州への浸透を狙い相当頑張ったようだが、やはりまったく歯が立たず。南インドにおいて同州での民族意識の高さは際立っている。

    今後、タミルナードゥでの二大政党は、西ベンガルにおける共産党(マルクス主義派)のように衰退するのか、それともいつか勢いを取り戻すのか?

    Dark horse wins race (Frontline)

  • ロイヤルエンフィールドとアジャイ・デーヴガン

    ロイヤルエンフィールドとアジャイ・デーヴガン

    5月9日に行われた西ベンガル州新政権の就任式当日の警備に当たるコルカタポリスのひとり。年季の入った赤いロイヤルエンフィールドがカッコよくて声をかけてみた。

    「男前やねぇ。アジャイ・デーヴガン(人気俳優で警官の役柄がけっこう多い)そのものやん!」と言うと、「ハハハ、こんな感じ?」とポーズを取ってくれた。

    この人は日々このバイクでの警備の仕事が多いとかで、「日に30km前後は走る」と胸を張るけど、たいして移動しているようには聞こえない。

    デリーからモーディー首相もやってくる就任式の会場は広大なマイダーンの一角にあり、宿からさほど遠くないところで徒歩圏内。朝から大勢の人たちがそちらに向かうとともに、警備する警官隊は警察車両を連ねて付近で待機。臨時IDを首からぶら下げたBJP活動家たちも大勢。

    就任式が終わってからの大群衆の動きもすごかった。パークストリートエスプラネードのメトロ駅から帰途につく人たちが多く、一時は信じがたいほどの混雑に。

    それでも特に問題なく滞りなく式が行われるのだから、インドの治安管理はかなりしっかりしていると言えるだろう。

    たぶん制服の警官隊以外にも私服、そして映画に描かれるように、市中には報奨金でポリスと繋がる無数の協力者たちがいて、何か怪しげな人や動きがあれば、逐一報告が上がる、そんなシステムがあるのではないだろうか。

  • インド的な光景

    インド的な光景

    朝食を済ませてオートで街の東外れにあるバフマニー朝時代の墓廟群へ。

    ヒンドゥー/ムスリム問わずインド的な光景が素晴らしい。

    しばし留まって目に焼き付ける。

  • インドの「あっさりした朝食」

    インドの「あっさりした朝食」

    朝7時に起きて宿の階下のKAMATレストランに行き、「プーリー・サブズィー」とあるのを注文。これにサンバル、ココナツチャツネ、マサラドーサの中身が小皿で付くこと。これはこれでおいしい。

    油脂分でギトギトだが、インド人にとっては、あっさりした朝食。もちろん私はこういうのは好きである。

  • ああ腹いっぱい!

    ああ腹いっぱい!

     

    宿はビーダル随一の繁華街にあるため、さきほどの「マンディ」の店、洋菓子とミターイー両方売る店、カフェその他がいろいろある。

     

    だが、とにかく満腹過ぎでスイーツ用の別腹すら動員してしまったようで「1ミリの隙間もない」感じなのでデザートはやめておく。超の付く満腹感のうえに、「飲むケーキ」とでも呼ぶべき濃厚な「イラーニー・チャーエ」を2杯飲んだこともあり、快楽を通り越して胸焼け状態になっている。

     

    激しいスポーツをした後に適度なクールダウン、昔で言うところの整理体操をせずに済ませてしまうような、どうもスッキリしないものがある。

     

    そのため整腸効果のありそうな飲み物類をあれこれ思い浮かべてみると、ちょうど曲がり角のすぐ向こうに正解が用意されていた。

    「百薬の長(今ではそう呼ばないらしいが・・・)」を商うナチュラル志向の店(酒屋)で、消化を助ける麦飲料を購入。

     

    インド産スコッチなので、香りとか味わいとか言うよりもピリリと舌を刺すような感じではあるものの、それもまた旅情のひとつである。

     

    このインドウイスキーには、最近は50mmだか100mmだか知らないが、ちいさなメダル紙パックも用意されている。昔ながらのポリのパックに入った安い「ダールー」と同様に地元の若い奴がコーラなどで割って路上であおっている。

     

    そんな彼らのために店主は薄いペラペラのプラスチックカップを渡しているのだから、路上飲酒を奨励しているようなものだ。

    店の主人は何を思ったのか、クオーターボトルを買った私にも「これでどうぞ」と、そのプラコップを手渡してくれた。私も路上飲酒するように見えたのかどうかはよくわからない。

  • ハイデラーバードから列車でビーダルに到着

    ハイデラーバードから列車でビーダルに到着

    宿に荷物を置いてから、オートでビーダル・フォートに行く。バフマニー朝が建てたものだ。ビーダルの街は14世紀には同王朝の首都だったこともある。

    街からしばらく走ると城壁が見えてくるのだが、規模の大きさに感心させられる。インドでは田舎でもたいへん立派なスケールのものがいろいろある。

    この町では外国人はそんなに多くないため、幾度も いろんな人たちに声をかけられて 一緒に写真を撮ってくれと頼まれた。

    広大な敷地であるが建物の状態はあまり良くなく、全盛期を彷彿させるものはなかったと言える。中では水牛が放牧されていた。

    その後、グルドワラー・スリ・ナーナク・ジラー・サーヒブへ。田舎町には似つかわしくないほど大きなグルドワラーである。ランガルもやっている。しばらくここで流れるキルターンを耳にしつつ、夕暮れ時を楽しむ。

  • インドの言語環境はありがたい

    インドの列車内で楽しいのは乗り合わせた人たちのとの会話。この日は向かい合わせに座ったのは盲学校の校長夫妻。

    二人ともクリスチャンでセブンスデイアドベンチストの信者。教団が運営する盲学校がその職場とのこと。全国各地から来た生徒たちが、1年生から12年生までがそこで学び、高等教育機関に進学する者も多いとのこと。IT関係に進む生徒も少なくないそうだ。卒業ないしは進学後の進路は主に政府系の職場とのこと。

    いわゆる「クオータ」での採用が多いのだとか。つまり障害者のための留保。カーストや民族をベースにした留保制度についてはいろいろ問題がある(家庭の経済水準によるものではなく、出自により与えられるため)ものの、こういう制度は大切だ。

    言葉があまり通じない国だと「お仕事は?」「学校長です」「はぁそうですか」で終わってしまうため、やはりいろいろ話を伺うことができるインドにおける言語環境というものはありがたい。もちろんヒンディー語、ウルドゥー語等の現地語を知っているかどうかに限ったことではなく、英語を話す人たちがとても多いということは大変大きなアドバンテージ。

    ベトナムやタイ、イランやシリアなどではこうはいかない。

    インドという国は本当にありがたい。単に国として興味深いだけではなく、知るための扉が大きく放たれているからだ。言葉が広く通じるし、人々は大変おしゃべりであることが多い。各方面に関する英語などによる書籍も星の数ほど出ている。興味さえあれば、いくらでもいろんなことについて知ることが出来るわけだ。こういう国はそう多くはない。

  • 旅情と風情

    旅情と風情

    インドの鉄道駅というものは実に絵になる。

    行き交う人々、汽笛とともに入構してくる各駅停車に急行列車、大きな荷物、赤シャツのポーター。まるで良く出きたステージのセット上のように旅情が演出されていく。もちろん作為的なものではなく、人生というリアルな舞台の上で、それぞれの役割を担うひとりひとり。

    客室の鉄格子越しに語り合う乗客と見送りの人。車両がガタンと動き出すと、それに合わせホームで見送る人は歩き出し、長い長いプラットフォームの上で、やがて列車が歩いて追っていくことのできない速度に達するまで語らいは続く。昔から映画にも出てくる定番の眺め。

    大きな駅も小さな駅も、鉄道駅はどこも旅情と風情に満ちている。

  • ホメオパシー

    ホメオパシー

    インドでは今もホメオパシーのクリニックや薬局などが数多く見られる。

    日本においては公的医療としての位置づけがなされておらず、いわゆる民間療法という形だが、インドでは正式に制度化された医療の枠組みの中にあるなど、公的に位置づけられている。

    科学的評価、エビデンス等とは縁のない「医療」と呼べるのか怪しいものだが、「信じるものは救われる」のだろう。

  • まさにこの日!!!

    4月16日と言えば印鉄の記念すべき日。インドにおける植民地期の鉄道は、現在のような「国鉄によるネットワーク」ではなく、各地で操業する鉄道会社によるもので、藩王国による藩営鉄道会社もあった。

    シャクンタラ鉄道のように、ごく近年まで英国の会社が所有していた路線もあったものの、その他はすべて独立後のインドにおける「国有鉄道」として統合されて現在に至る。

    鉄道大国インドにおける「最初の列車」が走行したのは、173年前の1853年4月16日、400名の乗客を乗せてボンベイからターネー間を結んだ。

    その4年後には「インド大反乱」が発生し、北インドでは各地で開始されていた鉄道敷設工事が停止してしまうが、大反乱で戦地となった北インド以外ではどんどん進んでいたらしい。

    反乱平定後には、当初想定されていた各地の産物から成る物資の運搬や旅客の輸送だけでなく、軍事的にも「大量輸送」は極めて有効であると認識され、鉄道建設は更にアクセルを踏んで押し進められていく。道路網の整備は鉄道よりもかなり遅れて20世紀に入り、自動車が各地に登場するようになってから。

    これらの交通インフラの発展により、それまで大きな街が形成されるのは水際(海岸や河岸)に限られていたのだが、内陸の大きな川のない土地にも、水道の普及もあり、人口や産業が集積することが可能になった。

    また既存の内陸都市がハブとして物流拠点化するようになったのも革命的だ。それまでインドで商工業のハブであったのは港湾都市に限られていたのが大きく変わったのは、国道網に先んじて国内をネットワーク化した鉄道による効果。

    英国が当時のインド国家予算と別建ての鉄道予算を計上し(ほぼ同額の時期も長かった)、たいへん力を注いだ鉄道建設により、各地が結ばれて大いに交流が深まることにより、「我らインド人」というナショナリズムの高揚にもつながったとも言われる。ガーンディーその他の独立の志士たちが活躍するための下地でもあり、インフラともなったわけだ。鉄道は人々の心やスピリットすら変えた。

    インドだけでなく、鉄道の普及により大きく変貌を遂げた国は数え切れないほど多いはず。

    First Train in India: 173 साल पहले आज ही चली थी देश की पहली रेलगाड़ी, 400 यात्रियों के साथ शुरू हुआ था सफर (Nav Bharat Times)

  • サンスクリット語とドイツ語

    同じアーリア祖語から分かれていったインド・ヨーロッパ語族の言語なので、遠く離れた地域で話される言語同士であっても、起源が古い語ほど発音が似たものがあることになる。名詞のジェンダーも対応するものがけっこうあるのかどうかは知らないけど。

    このグループ(インド・ヨーロッパ語族)のいずれの言語にも完了形があり、名詞のジェンダーがあり(英語ではジェンダーがかすれてしまっているけど、船や土地などジェンダーが残る語彙も少なくない。また名詞の格変化、動詞の活用体系、音韻変化など、相互に通じないのに、同じような特徴があるのは、やはりアーリア祖語からそれぞれの言語に引き継がれたレガシーらしい。

    それとこのグループの言語の中の親族名称で似たものが共有されているのは当然、人の言葉でとりわけ古くからの語彙であるからなのだろう。偶然や他人の空似ではないはずだ。

    言葉というものは実に面白いと思う。

    Sanskrit and German (facebook)

  • エアインディア客室乗務員は肥満で受難

    これは本当だろうか?

    たしかに肥満が多いインドで、ふくよかな体型のアテンダントが少なくないエアインディア。国営時代のベテランを排除して、他社同様に若いスタッフで揃えようという人員整理の目的もあるのでは?

    インドのこうした体重制限は以前から民間航空会社では実施されていたようだ。髪型にも一定のルールがあるため、機内にはだいたい同じような背格好のアテンダントが乗務しており、工場から出てきた規格製品かと思うほど。なんでもてんでバラバラの国にあっては珍しい眺めだ。

    しかし個人的には顎が二重でお腹がプルンとふくよかでこそインド人らしいインド人だと思うので、こういう制限は極めて好ましくないと思う。

    「肥満の客室乗務員、即時に乗무排除・給与削減」…エア・インディアの新規定に波紋(朝鮮日報)