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カテゴリー: health

  • 大好きなドリンク

    大好きなドリンク

    AMULのシリーズのこのふたつがとても好きだ。上はエライチ(カルダモン)、下はケーサル(サフラン)。いずれも深い味わいが楽しめる。インドならではの濃厚なミルクベースの嗜好品である。

  • マズガオン・マンゴー

    ムンバイがまだ7つの島だった頃、今のマズガオンが「インド最高のマンゴーの産地」としてムガル朝からは評価されていたという。シーズンにははるばるデリーの皇帝まで、そのマンゴーを急送するシステムまであったとのこと。

    マズガオンはサンスクリットでMatsya Grama、現代のヒンディーで言えばMachch Gramという意味となり「魚の村」である。ここはコーリーの人たちが暮らす漁村だったところでMachch Gavとマラーティーで呼ばれていたものが、Mazagon、そしてMazgaonとなっていったようだ。

    島と島の浅瀬からどんどん埋め立てていき、やがて7つの島は繋がり、今の半島の形のムンバイとなっていく。マヒムもマラーバールヒルもそれぞれ島であったわけで、コラバコーズウェイもかつては島と島を結ぶ土手道だった。今で言えばシンガポールとマレーシアのジョーホールバルーを結ぶコーズウェイのようなイメージか。

    ポルトガル時代まではのどかな7つの島だったムンバイだが、ポルトガルのカタリナ王女が英国王室に輿入れする際のダウリーの一部として英国に割譲されからは、スーラトに代わるイギリス東インド会社の欧州や中東に向けたメインの港町となるべく、埋め立てと開発がどんどん進められて行った。

    英国のものとなって以降のマズガオンは港湾地域となり、「最高のマンゴー」の生産地としての名声は歴史の中に刻まれた過去の話となった。

    Mazgaon Wasiyon, You May Probably Be Living On The Grounds Of The Lost Mango Orchards Of The Mughals (Whats hot)

  • 熱波と死者

    北インドの熱波による死者に関するニュースが続いているが、6月1日に総選挙の最終となる第7フェーズの投票がなされたウッタル・プラデーシュ州では暑さにより1日で33人もの投票所スタッフが亡くなったとのこと。

    これに先立つ第6フェーズの5月25日に投票が行われたデリーでも投票所のスタッフが12人も亡くなったとのこと。いずれも投票当日の1日間に起きたことだ。選挙関連の仕事をするのも、こういう季節には命懸けだ。

    すでに出口調査ではBJP率いるNDAの大勝の見込みが伝えられているが、いよいよ明日6月4日に今回の総選挙の集計結果が出て勝敗が判明する。

    Dozens killed by extreme heat in India as polls close in world’s largest election (CNNWorld)

     

  • 夕飯

    夕飯

    ムルッドは浜辺沿いに広がる小さな町。アラビア海に沈む夕日をしばらく眺めていると、いい具合に夕食の時間になった。近くのこじんまりした店に入ってみると、簡単ながらもおいしい食事が出てきた。油脂分が少なめで健康的な感じでもあった。

    食事を終えて店を出てしばらく歩くと、こんなお宅が目に入ってきた。

    軒下スペースに長椅子とか一人がけの椅子がいくつかあって、ここで家族やご近所さんがゆったりと会話するのだろう。

    実は画面左側には居間への扉があって、中が丸見えなので遠慮しておいた。3歳くらいの小さな女の子がお母さんと遊んでいたが、似たような顔をしたお母さんがもう1人いた。たぶんどちらかがお母さんでもうひとりがその姉妹なのだろう。

    タバコとパーンを売っていた小屋も時代が代わると様変わり。

    これではかなりキビしい。主力商品はそれらではなく、菓子、ジュース、石鹸、洗剤などに。大人ひとりがなんとか座れる規模の店では、とてもキラーナー(雑貨屋)には太刀打ちできないし、バリエーションや品数もかなわない。

    ムルッドでホテルなどが集まっている浜は夜になっても州内や隣接州から来た観光客が多いため、照明で煌々と照らされている。抜けていく潮風が心地よい。

  • 琉球空手道場

    琉球空手道場

    ムルッドの宿の近くに「琉球空手」の道場があり、子供から若者までがそこで習っている。なぜ空手でなくて琉球空手なのかわからないが、日本からマハーラーシュトラ州の田舎町ムルッドまで武道が伝わっているのはうれしい。

  • ハデハデ食品

    ハデハデ食品

    鉄道駅だと大きなパックで売られているので身に余るが、鮮烈オレンジ、蛍光イエロー、ショッキングピンクなどのハデハデなハルワーを見かける。こういうのは、夜遅くなって電気が消された車内でもよく見えそうだ。

  • ハッピーエンド

    ウッタルカーシーでトンネル工事中に出入口が崩壊して、41人の労働者たちが閉じ込められて17日目。毎晩、インドのテレビニュースプログラ厶を見ているのだが、日々その様子が報じられ、なかなか救出に至らないこと、タイの洞窟で子供たちが閉じ込められたときに活躍したチームが協力してくれること、鉄パイプを通じて食料、水や酸素などが送られていることなどが、刻々と報じられており、非常に気になっていた。

    そしてようやく、41人全員が救出されたとのことで、ホント良かった、良かった。

    ひとりとして命を落とすことなく、もちろん若い人たちばかりであるらしいことも幸いしたのだろうけど、まだ極寒期ではなかったこともあるのだろう。

    ビハール、UP、ヒマーチャルなどの彼らの実家にテレビクルーたちが派遣されており、そこから父親、母親が救出された息子たちと無事を喜び合っていたり、小さな子供がケータイで「父ちゃん、大丈夫?」と叫ぶのに対して、現場の父親が「心配要らない。元気だぞー!」と返していたりするのが画面に映る。別のシーンでは夫の無事をテレビ画面で確認した奥さんが安堵の表情で涙を浮かべていた。思わずこちらももらい泣き。

    全国で連日大きく報じられたトンネル崩落事件だったが、ハッピーエンドで本当に良かった!

    41 rescued workers emerge dazed and smiling after 17 days trapped in collapsed road tunnel in India (apnews.com)

  • コタヤムのバススタンド

    コタヤムのバススタンド

    アレッピーからバックウォーターを船で進んでいき、コタヤムに着いた。また同じ船でそのまま折り返そうかとも思ったが、それでは芸がないし時間もかかるので、アレッピーへはバスで戻ることにした。

    とりあえずはバススタンド近くで食堂に入って腹ごしらえ。ビーフビリヤーニーを注文してみる。やはり改めて肉はビーフが最上であると再確認した次第。

    バススタンドではコレクター用お宝グッズ的に行先表示版がディスプレイされていた。いか、これはディスプレイではなく業務で使うのでセッティングしてあるのだ。

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    待っていたバスがやってきたので乗り込む。こういう車両は「窓ガラスなし」の完全開放型がベスト。窓ガラスを必要としない環境というのは素晴らしい。雨のときにだけゴム引きの蛇腹を下ろすというシンプルさ。窓から入ってくる健康的な風がとても心地よい。

  • 夢心地のマラーイー

    夢心地のマラーイー

    店頭の大鍋で牛乳を煮詰めて作ったマラーイー。料理や菓子の材料にもなるが、そのまま食べさせるために提供する店もある。実に濃厚で超おいしい!

    少しずつ口に運びながら、しばし幸福感に浸る。近隣にもいくつか同業の店があれば、ハシゴして食べ較べてみるのも楽しい。

  • ランダムチェックとは

    さすがに現在は実施されていないが、インドで国際空港におけるコロナ対策で、乗客の2%を対象としてランダムにPCR検査を実施するとしていた時期があった。

    係員が声をかけてくるのは飛行機からターミナルビルの廊下に出たところである。私も声をかけられて「捕まった」わけなのだが、そうして声をかけられている人々、そして連れて行かれた先で目にした人々には明確な共通点があることがわかった。

    ・外国人とインド人が半分ずつくらい。

    ・単身か2人連れの乗客(大人数のグループは無し)

    ・体格の良い人物は無し

    ・人相の悪い人物も無し

    ・VIP風の人物も無し

    集められた面々は、ごくまっとうで人柄も良さそうな人々ばかりで、要は「揉めそうにない人々のみだ。「ランダムに抽出」と言いつつも、明らかに人を見ていることがわかる。声を掛けたら変に絡まれて因縁をつけられたり、大目玉食らったりする相手だと困るためだろう。彼らもやはり勤め人であるし、余計なトラブルを起こしたり、不要な労力をかけたりするのは嫌であるがゆえ、見るからに面倒そうな相手は避けて、扱いやすそうな人を選ぶのは当然のことだろう。

  • そのとき歴史は動いた

    そのとき歴史は動いた

    インド鉄道史の中で有名な苦情の手紙。お腹の不調で駅に置き去りになったオキル・チャンドラー・セーン氏が1902年に鉄道当局宛で書いた内容。当時の列車にはトイレは付いていなかったとのことだ。

    この訴えが鉄道関係各署で共有されることとなり、客車にトイレが設置されるようになったという有名なレターである。もちろん彼以外の多くの人々も動揺の意見を持っていたのではないかと想像されるが、当時は列車にトイレがないというのが常識であったため、「まぁ、そういうもの」と我慢して、行き違い等で長時間停車する駅、何かの理由で駅間で停車した際に手早く済ませていたのかもしれない。

    それにしても「大」のほうであったら、なかなかそうもいかないし、知らない駅でトイレを探したところで先客がいるかもしれない。とてもスリリングであったに違いない。それに女性だとなおさらのこと大変で、列車の移動の際には極力水分を控えたり、乗車する時期についても考慮したりなど、涙ぐましい努力があったのではないかと思う。

    鉄道駅員や列車内の車掌等に文句を言ってもどこかに反映されることはないが、しかるべきところに文書で送ると、きちんとした対応がなされるかもしれないというのは今も昔も同じ。

    Indian Railways History – Interesting Story about Okhil Chandra Sen letter (changestarted.com)

  • サブズィーワーリー

    サブズィーワーリー

    美しい野菜を撮っていたら、ダニヤーを手にしたサブズィーワーリー(野菜売りの女性)が商品のダニヤーを手にして「私も撮りなさい。ほら、こっち」と、いろんなポーズを取りながらずんずん迫ってきた。

    ずんずん迫ってくるのはたいてい男性たちなので珍しい。何を喋ってもこの人から返ってくるのはグジャラーティーなのでよくわからないが、隣で商っている若い男性を私との間に通訳として引っ張りこんで、次から次へと質問を投げかけてくるので、こちらがタジタジになる。たまに公式通りでない人はいるものである。

    グジャラート語とヒンディー語は近い関係にあるため、人々の多くはヒンディー語にも堪能だが、彼女のようにグジャラート語しか話さない人もいる。それでもずんどん前に出てくる快活さが楽しい。

    露店を後にするときも明るい笑顔で見送ってくれた。