
シェムレアプから郊外にかけて、こんな自転車専用レーンがしつらえてある。コロナ禍のときに失業対策も兼ねて財政出動して造らせたとのこと。
カンボジア政府、なかなかやるではないか。

成田空港のトイレで手を洗っていたら鏡の向こうに直立歩行するオオトカゲが視界に入った。
「えぇっ?!」と思わず直視してしまったが、歩いてきたのはインバウンド旅行者と思われる若い西洋人。
衣類から露出しているところ全てにタトゥーが入っており、坊主頭にもきっちり模様が刻まれているため、視界の端っこのほうで大きな爬虫類にみえたのだ。いやーすごいなぁ、こりゃあ。「耳なし芳一」かよ?たぶん衣類の下もあんな調子なんだよね?
待合室でも見かけたので、彼も同じフライトの乗客らしいが、その彼女と思われる人もこれまたすごい。
粋がってとか、お洒落でタトゥーを入れる人は多いが、度が過ぎると自傷行為に他ならないのではなかろうか。こういう人たちには治療が必要なんじゃないかと思う。おせっかいかもしれないけど。


インドで近年こそ巻きの大きなものもふんだんに出回るようになったが、伝統的な巻きのサイズはこれだし、これらは今でも流通している。
感覚で言うと2回分、うまくいけば3回分だろうか。カバンの中で邪魔にならないよう芯を抜くと、本当に少なくて心許ない。
インド式トイレであれば水で済ますが、洋式だと姿勢上容易ではないため紙を使う。いやインド式だって置いてあるのが汚い缶とかならやはり触るのはちょっと・・・で、紙を使うという人は少なくないだろう。
それで出先でパーニープーリーをつまんだりするから、朝のお通じ(笑)以外に予定外のものがやってきたりする。カバンを開けたらすでに一度使用済みだと、「あいやー!足りるかなぁ、こりゃー?」となると大変焦るのである。


近年は、ココナツが採れる国でもこういうのがよく売られている。
せっかく生のココナツをナタでヒョイヒョイとやって、ストロー差し込んでくれるのに、なんでわざわざこんなので?という気もするのだが、やはりキンキンに冷えていると、これがまた格別。まったくの別物となる。
それだけに、180mlで40Rsという値段はけっこう割高とはいえ、よく売れている。
しかしまあ、暑い季節には、買った1リットルの水を店頭でぐいぐい飲み干してしまったり、食堂に入れば注文した同じ1リットルを食事が終わる前には飲み干してしまったりもするので、200mlにも及ばない量ではとても渇きをいやすことはできないのだが。
もちろん1Lサイズの大きなパッケージのものも売られている。思い切り冷えたこちらを「腹いっぱい」飲むのも満足感があって良い。


ウンチを水で処理する国の人々は痔にならないなどと、まことしやかに言う人がいるが、こういう看板や新聞広告があふれるインドのことをどう思うのだろうか。
看板上部にある「बवासीर (バワースィール)」というのが、いわゆる「痔」のことなのだが、バーザールを歩いていても、あるいは新聞を開いていても、それの治療を得意とする医者や医薬品等の広告がよく目に入ってくる。つまりそれほど多いのであろう。

「印鉄聖地 レーワーリー」から各駅停車でニューデリーに戻った。
こちらは駅前の食堂。魚アイテムがいろいろあり、店内にはベンガル語、オリヤー語なども書かれているので、東部のお客さんをメインのターゲットとしているのだろう。
インドのそうした地方の魚料理もまた美味しいものだ。とても食欲がわいてくる。






ここを訪れたのは、ちょうどサーワンの時期だったので、シヴァの街バナーラスでは、主要なガートから目抜き通り、そしてシヴァ関連の大きな寺院界隈では、サフラン色の衣類で全身を固めたカンワリヤーの連中でいっぱい。大声で「BOL BOL, BAM BAM(唱えよ、シヴァの名を)」その他の掛け声がこだまして煩く、とても汗臭い。
だがほとんどは各地からやって来たよそ者たちなので、路地に入ると騒々しい彼らの姿はなく、落ち着いた街歩きが楽しめる。
とかくガンガー沿いの寺院が多い界隈は一時滞在者が非常に多いため、小路を入った先の地元の人たちの空間とのギャップの大きさに戸惑う。

バナーラス(ワーラーナスィー)旧市街の路地裏を「庶民の町」と侮ってはいけない。この街で巨万の富を築いた豪商もいたので、ところどころに大きなハヴェーリー(お屋敷)を見かける。

こちらもそんなハヴェーリーのひとつ「ダース家の屋敷」のようだ。ボロボロになっているが、門構えからしてただ者ではないことがひと目でわかる。「オーシディャーライ」つまり診療所と書かれているので、アーユルヴェーダのクリニックだろうか。

ちょうど中から初老の女性が出てきたので、「素晴らしいお屋敷ですね」と声をかけると、奥に家の主人がいるからどうぞと言われたので入ってみる。女性はここの人ではなかったようだ。

奥の階段手前で靴を脱いで上がってみると、外の荒れ果てた眺めとはまったく異なる華麗な空間となっていることにたじろぐ。ちょうど屋敷の修復中で、ようやく完了手前といったところらしい。コロナ禍前までは身内の15家族が暮らしていたとのことだが、現在はひと家族だけがここに住んでいるそうだ。

聞けば、この家はやはり医薬品の取り引き(アーユルヴェーダ医薬)で財を成したとのことで、その流れで今は屋敷の一角で診療をしているとのこと。

細い路地裏に面した高い壁の向こうに、こんな豊かな空間が隠れていたりするのがバナーラス旧市街のすごいところで、奥行きの深さを感じるとともに、あのような豪邸に暮らす主が、現在は自宅の一角で細々と続けるアーユルヴェーダの診療を生業としているというのも信じられなかった。はなはだ失礼かとは思うが、「没落貴族」という言葉が頭に浮かんだ。(貴族ではなく商人だけれども)

それにしてもその屋敷をあんなに綺麗に修復しているとは・・・。
拝見させていただきながら重ね重ね失礼ながらもそんなこんなを思ったのであった。

訪問したのは、ちょうどサーワンの時期だったため、「シヴァの街」バナーラスでは、主要なガートから目抜き通り、そしてシヴァ関連の大きな寺院界隈では、サフラン色の衣類で全身を固めたカンワリヤーの連中でいっぱい。大声で「Bol bol, Bam bam(唱えよ、シヴァの名を)」その他の掛け声がこだまして煩く、とても汗臭い。だがほとんどは拡張から来たよそ者たちなので、路地に入ると騒々しい彼らの姿はなく、落ち着いた街歩きが楽しめる。

とかくガンガー沿いの寺院が多い界隈は一時滞在者が非常に多いため、小路を入った先の地元の人たちの空間とのギャップの大きさに戸惑う。


昔からこんなのがあるのだが、わずか1回の用足しで役目を終えてしまう、巻きがあまりに小さなトイレットペーパーはどうなのか?と思う。そこに作り手の良心はあるのか?とも。

・・・という意味では、インドは世界でもかなり上位のほうではないかと思う。すごいな、インド人。人のオナラの爆音を複数回耳にせずに午前中は終わらないし日も暮れない。ある意味、たいへん恵まれた環境。そんなわけで、こちらも遠慮なく音を立てて腹圧を下げる。(笑)


注文したらすぐに出てきて、簡素だがおいしい。
たぶん栄養バランスも悪くはない。
そして経済的でお財布に優しい。
ムンバイをはじめとするマハーラーシュトラ州ではありがたいパウバージー。