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カテゴリー: economy

  • バーングラー詣で

    長らく世界の工場として様々な外国企業の生産活動の拠点としての立場を欲しいままにしていた中国だが、昨今では賃上げ圧力が高くなり、ストが相次いで操業に支障を来すなどといった例が頻発している。

    その結果、アパレル製造業等を中心としたバーングラーデーシュのブームが続いていることはご存知のとおり。特にユニクロを運営するファーストリテイリングが進出を決めてから更に拍車がかかったようだ。 そうした企業等を対象にした視察ツアーを組む会社もある。

    人件費は中国よりもかなり低めとはいえ、インフラ事情は中国と比較にならず、法体制の不備も指摘されているところだ。加えて高い政治意識と盛んな組合活動を背景に様々な理由でハルタールが頻発するお国柄。それでも外資は次々に同国にやってきては事業を展開していくはずだ。

    世界最大級の被援助国が世界の工場に変身する日は遠くないのかもしれない。その過程の中で明るいニュースもあれば、ネガティヴな側面も出てくるのだろう。東ベンガルの大地でも人の世の移ろうスピードが今後ずいぶん速くなっていくことだろう。

  • MAI (Myanmar Airways International) 成田空港に乗り入れる日はそう遠くない?

    MAI (Myanmar Airways International) 成田空港に乗り入れる日はそう遠くない?

    1996年から2000年まで関空からヤンゴンまで直行していた全日空のフライトが休止となって以来、日本からミャンマーへダイレクトの便は長らく存在しなかった。

    そんな中、この春先にカンボジアのスィアム・レアプ、そしと中国の広州へと新規乗り入れを果たしたMAI (Myanmar Airways International)が近い将来ヤンゴンから成田への乗り入れを計画しているそうだ。

    同社は長らく国営航空会社として知られていたが、同国を代表する民間銀行のひとつKANBAWZAが昨年2月に80%の株式を取得し、残りの大半を政府が保有という形になっている。

    昨年11月に実施された総選挙により『民政移管を果たした』として、先進国による経済制裁の解除を熱望するミャンマー政府だが、同国が加盟するASEAN自体も同国の国際社会復帰を期待している。そうした中で、ミャンマーは2014年にASEAN議長国となることを希望する意志を表明している。これによって政権の正統性を示すとともに積極的な外交への足掛かりとしたいのだろう。

    ミャンマーの『民政移管』については、軍人が制服を脱いだだけとの批判もあるものの、ともすればいくつもの『小さな国々』に分裂しかねなかった独立後の歴史の中で、同国の統一を維持するために国軍が果たしてきた役割は大きかったことは無視できないため、そのすべてを否定することはできないと私は考えている。どこの国にも独自の事情や歴史背景があるものだ。

    インドの北東諸州の延長上にある(ナガ族のようにインドとミャンマーにまたがって暮らす民族もいる)民族と文化のモザイクといえる地域だ。東南アジア、南アジアそして中国といった三つの異なる世界がせめぎ合う土地であるだけに、ASEANの他国とは比較にならない固有の不安定な要因を抱えている。

    それはともかく、国際社会への飛躍を画策しているのは政府だけではない。1946年にUnion of Burma Airwaysとして設立され、1972年にBurma Airwaysに改称、そして1993年にMyanmar Airways Internationalとなって現在に至るまで、ナショナル・フラッグ・キャリアとしての長い歴史を持つ航空会社も同様だ。

    同国を代表する航空会社でありながら、これまで国外の乗り入れ先といえばシンガポール、クアラルンプル、バンコクといったASEAN近隣国首都に加えて、週一便でインドのガヤー(こういうフライトがあるのは面白い)のみという寂しいものであった。

    それが先述の最近就航したスィアム・レアプ便、広州便に加えて、今後は東京、ソウル、デリー、ドゥバイ、ジャカルタ、デンパサールといった街への乗り入れという積極的な攻勢をかけようと画策しているというから只事ではない。『民政移管』をテコとしてなんとか飛躍を図りたいという政府とビジネス界双方の強い意志の表れのひとつだろう。今後ミャンマーはこれまで以上に大きく変わる予感がする。

    それが同国の国際舞台への復帰と多国間での盛んな経済交流を生むことになるのか、それとも先進国不在の間に積極的に進出してきている中国の草刈り場のままでいることになるのか、それは日本を含めた先進諸国の足並み次第ということになる。

  • 原発は不可欠?

    電力供給の3割を原子力発電に依存している日本だが、同時にその輸出は国家戦略のひとつとしても位置付けられている。とりわけ今後は途上国において原子力発電の需要の伸びが大きく期待できるからである。

    このたびの福島第一原子力発電所の事故は、各国で原発建設推進についての見直しの動きを生むこととなり、同時に地震大国において高い技術水準を背景に『震災に強い原発』を運転しているというイメージが崩れてしまった。

    当面は現在進行中の事故に対する対応が最も大切なことであるが、今回の事故は同原発の1号機から5号機まで、営業運転開始日は異なるものの、どれも40年前後と旧い設計のプラントであったとはいえ、中・長期的にも日本の原発事業の海外への展開という面においても不利に作用するのは避けがたいようだ。

    ところでインドにおける電力供給源としては、原子力発電は火力、水力に次ぐ第3位にある。マハーラーシュトラ州のターラープル原発のように、1969年という早い時期に操業開始したものもあるが、総体で見ると原子力への依存度はわずか3%と日本のそれに比べてかなり低いのが現状だ。

    しかしながらインド政府としては、2050年までに総発電量の4分の1を原子力によるものとすることを目標にしており、今もいくつかの原発の建設が急ピッチで進むとともに、新たな発電所の計画も多い。

    そうした中で地震による津波により発生した福島第一原子力発電所の事故について、AERB (The Indian Atomic Energy Regulatory Board) は、当初これが明るみに出た直後には『我が国で同様の事故が発生することはありえない。どんな最悪の災害にも充分耐えることができるようになっている』といった声明を出した。これに対して各メディアからは多くの懐疑的な意見が出ていたが、当のAERBもすぐにインド国内すべての原発の安全性に関する調査に乗り出している。

    AERB to reassess safety measures at Indian N-plants (THE HINDU)

    今回、深刻な規模の原発事故を起こした日本だが、このたびの原発事故により東京電力管轄地域では恒常的な電力不足に見舞われることが明らかとなった。その解決には近い将来新たな原発を設置するしかないということになるのだろう。今は原発そのものに対する不安感と警戒の色を隠せない世界各国も、これまた遠くないうちに原子力発電へと回帰せざるを得ないだろう。またインドを含めた途上国のいくつかは、現時点において原発推進の姿勢に変化はないという強気な態度を明白にしている。

    事故を起こすことさえなければ、火力発電に比べて環境に負荷が少ないこと、また相場の変動が激しく供給に不安定感のある石油に比べて、ウランは安定的に取引されていること、水力発電のようにダム建設を含めた広大な用地取得の手間がなく、発電の効率が優れていることなどが主な理由となる。

    とりわけ重要なのは、経済発展に伴い逼迫している電力需要だろう。たとえ現状ではなんとか事足りていても、年々高率で成長を続けている新興国の場合、5年後、10年後には事情が大きく異なってくる。

    India Todayのウェブサイトでも、福島第一原子力発電所の事故に関するニュースは連日トップで扱われていることは、自国の原子力政策に対する不安の裏返しかもしれない。

    Radiation inside Japan’s Fukushima Daiichi nuclear plant rises sharply, workers evacuated (INDIA TODAY)

    だが結局のところ、脱原発という動きにはならないだろうし、すでに原子力発電を行なっている国々、今後導入しようとしている国々の大半もそうだろう。これまでの安全基準の見直しと、より周到な危機管理の実施云々といったところで、これまで敷かれた規定の路線をそのまま進んでいくことになるはずだ。

    今から半月ほど前に福島第一原子力発電所を襲ったのは『想定外の規模の津波』であったが、国によってはそれ以外のリスクもあることは忘れてはならない。もちろん人為的なミスにより原発事故が起きたケースもこれまであったが、テロあるいは外国からの攻撃という可能性を想像するだけで恐ろしい。

    果たして私たちは、そうしたリスクも背負い込んだうえで『原発は不可欠である』とする覚悟は出来ているのだろうか?覚悟せずとも、原発なしには喫緊ないしは近未来の電力不足に対応できず、結局それを受け入れざるを得ないという現実があるのが悩ましい。

  • 地震・津波そして原発 2

    地震・津波そして原発 2

     現在、東日本の多くの地域が輪番による計画停電の対象となっている。買い占め等により、生活物資やガソリン等の供給に支障が生じている。沖縄県の友人によると、彼が住んでいる石垣島でもスーパーマーケットの棚からインスタントラーメンが姿を消したとのことだ。 

    被災地に立地していた工場からの供給や交通の途絶という部分もあるが、多くは一時的に需要が極端に膨張したことに対して供給が追いつかないことによるものであることから、時間とともに解消していくはずだ。 

    電力不足のため、鉄道も便数を減らして運行している。商店も夕方早く店じまいするところが多くなっており、企業その他も普段よりもかなり早い時間に職員を帰宅させるようになっている。 

    このたびの震災により、身内の安否を心配したり、家にいる時間が長くなったりしたことにより、家族との絆、自分にとって一番大切なものは何であるかに気付かされたという人は少なくないことと思われる。 

    今回の災害に関する一連の報道において『未曾有』『想定外』という表現が頻出しているが、そもそも気象その他に観測史というものは決して長くないし、数十年という短いスパンの生涯を送る人間と違い、地球のそれは比較にならないほど長い。そのため自然界で起きる事象について、私たち人間が知らないことはあまりにも多い。ゆえに『想像を絶する』現象は今後もしばしば起きるはずだ。 

    普段は『あって当たり前』であった電力の供給が不足することにより、被災地でなくとも交通や物流等で大きな混乱を生じることとなっている。被災地の外であっても、東日本地域で暮らしていれば、ここしばらくは今回の地震による影響を忘れることは片時もないだろう。 

    今回の地震にから教訓を得て、新たな天変地異に備える心構えは大切だし、災害により強い街づくりも必要だが、これを機に私たちの暮らしのありかたを見直す必要もあるのではないかと思っている。生活や仕事のインフラがいかに脆弱なものであるかということが明らかになるとともに、これまで『地震に強い』『絶対に安全である』とされてきたものへの信頼感は完全に崩壊してしまった。 

    同時に日本という国への信用という点でも大きく傷ついたことは否定できない。良好な治安状況は変わらないにしても、地震という固有のカントリーリスクが今後さらに重く意識されることになる。 

    ただでさえ危機的状況にある国の財政事情だが、これからは甚大な被害を出した地域への復興支援という重圧がのしかかる。これを機に衰退してしまうということはないにしても、将来へ明るい展望を抱くことができるようになるには、当分時間がかかりそうだ。 

    だがここが私たちの国である。不幸にも被災された方々に手を差し伸べることができなくとも、何か自分のできることを行ないたいし、同様に日本人である自分たちが日々取り組んでいる仕事が、間接的ではあるものの何がしかの形でこの国の復興に貢献していると信じて一日、一日を大切に過ごしていきたいものだ。 

    <完>

    ※サートパダー2は後日掲載します。

  • エアアジア(タイ) インド便就航間近

     これまでマレーシアからは、エアアジア(マレーシア)で、クアラルンプルからコールカーター、ハイデラーバード、バンガロール、コーチン、トリバンドラム、ティルチラッパリといったインドの都市へ、加えてエアアジア Xにてデリー及びムンバイーに向かうことができる。 さらに、今年12月1日からはエアアジア(タイ)によるタイのバンコク発のデリー便とコールカーター便が就航することになっている。 

    Thai Air Asia to launch Bangkok flights from Delhi, Kolkata (Deccan Herald) 

    旧来は西の方角にある国々(湾岸諸国等)との間のフライトが密であったインドだが、近年は東方向への便も数を増していることは、インドのASEAN諸国との接近ぶりを示すとともに、このあたりをも含めた地域大国として頭角を現しつつあることを反映している。 

    そうした中で、空のゲートウェイとしてバンガロール、ハイデラーバードその他の街がこれまで以上の存在感を示すとともに、他の大都市の発展と自らの停滞のため、相対的に経済的な魅力を失ってきていたインド有数の大都会コールカーターも、地理的にこれらの国々と近いことも幸いして、ここ発着の国際線に内外の航空会社次々に乗り入れするようになってきている。インドとその近隣国の距離は確実に狭まりつつある。 

    だが、ちょっと目を東に移して、もうひとつの大国である現在の中国の『横暴』について思いを巡らせておきたい。近年、日本のメディアのみならず欧米その他からも中国の脅威に関する様々な論調を目にする。以前のように是が非でも外国からの投資や技術等を呼び込もうと汲々とする国ではない。依然、貧富の格差が大きく、地域差も甚だしい社会でありながらも、総体としてはもはや日本を抜いて世界第二位の国内総生産(GDP)を誇る経済大国となった。 

    自国で蓄えた鉄道技術(元々は日本から与えられた技術がベースになっているにしても)を海外に積極的に売り込む、他の途上国へ援助攻勢をかける、地下資源等を確保するために世界各地へ進出していき、これまで彼らに様々な支援を与えてきた先進国と各地で利害が衝突し、火花を散らせるライバルにのし上がってきている。政治的にもそれらの国々を向こうに回して『大いにモノを言う』存在となった。 

    同様に、インドとその周辺地域との間の相互依存関係がより密で抜き差しならぬものとなったとき、かつ膨大な貧困層を抱えつつも、国家としては経済的に圧倒的な存在感を持つようになった暁には、どのような態度でそれらの国々に接するようになるのか少々気にかかったりもする。 

    国と国のエゴが衝突する外交の世界で、国と国との間の力関係によって、交渉の行方が決まる。立場の弱い側から見て『傲慢な大国』はあっても、『謙虚な強国』というのはあまり例がないだろう。 

    今の中国の姿は、将来のインドのそれときっと重なるのだろうと想像するに難くない。従前より南アジアで圧倒的な存在感を持つこの国が、周辺国に及ぼしてきた影響力の届く範囲が、さらに遠くへと広がっていくことは間違いない。 

    目下、ブームのこの国をもてはやすだけではなく、私たちはこの大国との将来に渡っての付き合い方についても、よく考えておくべきではないだろうか。

  • ソウルからインドへ

    エアインディアが、デリーから韓国のソウルまで、週に4往復させていることに遅ればせながら気が付いた。デリー・ソウル線(香港を経由)は、今年8月から就航しているようだ。 

    90年代以降、韓国企業によるインド進出、対インド投資には目を見張るものがあり、韓国のキャリア以外にインドの航空会社によるインド・韓国間の直行便が就航するまで意外に時間がかかったという印象を受けなくもない。 

    ソウル・香港間あるいは香港・デリー間のみの乗客も多いことだろう。ちょうど東京・デリー間で途中バンコクに寄港する便があったころのような感じなのかもしれない。(現在、東京・デリー間は直行のみ) 

    ふと思い出すのは、かつてエアインディアの香港経由で東京・コールカーター直行便があったこと。そのころデリーIN、カルカッタOUTあるいはその逆で、日本からインドを訪れる人は多かった。確か90年代に入って間もなく、コールカーター直行便は廃止されたと記憶している。 

    船の時代から、インドから見て東側方面からの主要な玄関口であったコールカーターである。デリーに遷都されるまで、長らく英領インドの首都であったためもある。中国大陸からもバンコクやシンガポールと並んで、稼ぎが期待できる外国の街であったため、大量に移住者を送り出している。 

    今のように通信手段が発達しておらず、何がしかのツテが頼りであったため、移民の送り出し元はかなり限られた地域からであることが多い。バンコクでは潮州系、マレー半島では福建系や広東系が多かったように、コールカーターには広東系や広東を中心とする地域出身の客家人が数多く住み着いたようだ。コールカーターの華人たちから、しばしば梅県という地名を耳にする。現在の広東省の梅州市とその周辺エリアに相当する地域だ。 

    日本にとっても、第二次大戦後しばらくの間は、最も身近なインドの都会といえば間違いなくこの街であったということは今ではちょっと想像できないだろう。戦後の復興期から高度経済成長が始まるあたりまで、西ベンガルから輸出される豊富な鉄鉱石は、かつて鉄鋼大国であった日本の原動力のひとつでもあった。 

    また日本に留学生がやってくるようになり始めた時代、1960年代にはインドからの留学生たち(・・・といっても数は大したことなかったのだが)といえば、その主流はベンガルからの学生たちであったようだ。 

    その関係もあるのかどうかよく知らないが、今でも西ベンガル州ではちょうど日本でやっているのと同じような菊の盆栽を楽しむ年配者たちはかなりあり、そうした人たちの中には、なかなかの知日家もあるようだ。『日本の菊栽培の解説書を手に入れたいのだが、英語で書かれたものを出している出版社はないかね?』と初老の男性に頼まれたこともある。 

    この街とそこを州都とする西ベンガル州の経済面での停滞に加えて、かつての『四大都市(デリー、ムンバイー、コールカーター、チェンナイ)』以外に、バンガロール、ハイデラーバード、アーメダーバード等の台頭により、相対的な地位が凋落していった。 

    その結果、インドの航空会社はもとより、東南アジアからの飛行機も乗り入れが減り、ちょっと寂しい状態になってしまっている。それでも近ごろ流行りのLCCキャリアがバンコク便を開設したり、隣国のバーングラーデーシュの新興航空会社もコールカーターとの間に新規乗り入れしたり、増便したりしているのは幸いである。もはやインドを代表する随一の都会ではなく、ひとつの地方都市に成り下がってはいるものの、まだまだ地域のハブとなる底力は充分残されている。 

    話はエアインディアに戻る。エアインディアの東アジアへの就航地は、数十年来の長い付き合いである東京、大阪、香港に加えて、上海そしてソウルが加わっており、インドという国自身がゆっくりと顔を東方にも向けてきていることを如実に反映しているようでもある。これは同時に東アジアの諸地域にとっても、視野の中にインドが大きく姿を現してきていることの表れでもあろう。

  • エアアジアでインドへ

    エアアジアの羽田・クアラルンプル便(12月9日就航・週3便)が話題になっている。 

    すでに日本に乗り入れているオーストラリアのジェットスター、韓国のチェジュ航空と合わせて、日本にもようやくLCC (ローコストキャリア)の時代が到来しつつあることを感じさせられる。 

    ジェットスターは台北経由シンガポール行きの便があり、チェジュ航空はソウルで乗り換えて同社のバンコク行きを利用できるが、それらの地点から更に他社便のチケットを買い足さなくてはならないため、インド行きに利用するのはあまり現実的ではないかもしれない。 

    だがエアアジアについては、ハブ空港のクアラルンプルから現在インドの9都市(コールカーター、コーチン、チェンナイ、ティルチラッパリ、デリー、トリバンドラム、ハイデラーバード、バンガロール、ムンバイー)への便があるため利用しやすいだろう。 

    料金は羽田・クアラルンプル間が通常の底値が往復で3万円程度(片道1万5千円くらい)になるらしい。この区間について、本日9月23日正午から10月31日までの予約受付期間内に、今年12月9日から2011年7月31日までの搭乗分座席の一定部分を、キャンペーン価格の片道5,000円で売り出すとのことだ。空港使用料等を加えても、往復で日本円にして1万4千円弱という破格の料金である。 

    クアラルンプルから先については、エアアジアのホームページで仮に『往路10月1日、復路10月20日』として調べてみると、デリー往復905 MYR(約25,000円)、ムンバイー往復 761 MYR (約21,000円)、チェンナイ往復 628 MYR (約17,000円)、ハイデラーバード往復 682 MYR (約19,000円)といった数字が出てくる。 いずれも行き帰りの空港使用料を含めた金額だ。

    他のLCCキャリアがそうであるようにフライトの時期、空席状況、予約するタイミング等によって価格は変動する。概ねデリーやムンバイー便については、羽田からトータルの出費は概ね5万円強から5万5千円程度ということになるだろう。エアインディア等の他キャリアの底値の時期と比較すると驚くほど安いというほどではないが、費用をかなり圧縮できることは間違いない。またキャンペーン価格での売出し時期と合致すれば、非常にお得な料金で往復できることになる。

    ただし年末年始やゴールデンウィークといったピーク時には既存航空会社との料金差はごくわずかなものとなってしまうようだ。また一定の条件のもとにフライトの変更は可能であっても払い戻し不可であることについては留意しておく必要がある。 

    LCCキャリアで乗り継いだ経験がないのでよくわからないが、羽田・インド間が同日乗り換えできるスケジュールの場合、チェックイン荷物をそのままスルーで処理してもらえるのか、またフライトの遅れにより中途での乗り継ぎがうまくいかなかった場合の処置などあまり期待できないように思う。だが利用予定がピーク時以外で、乗り換えスケジュールにある程度の余裕があれば、充分検討の余地ありだ。 出発地が成田ではなく、より都心に近い羽田空港である点も好ましく感じられる。

    とりわけエアアジアに期待しているわけではないが、日印間の移動に新たな選択肢が加わること、LCCキャリアの伸長が今後の既存航空会社の料金自体にも与える影響は少なくないであろう。こうした航空会社の路線が増えてくることについて、利用者としては大いに歓迎したい。

    格安航空会社が羽田にやって来る! エアアジアXのカラクリ (YAHOO ! JAPAN ニュース)

  • アレもコレも中国製

    アレもコレも中国製

    デリー市内のおもちゃ屋の店先のショーケースに並ぶミニカー。小学校3年生の息子がジーッと見入っている。

    『アレが欲しい』 

    指差したのはオートリクシャーのプラスチックのミニチュア。

    「同じものをいくつも持ってるじゃないか」と言えば、『色合いも造りも違うんだよ』などと判ったような口を利く。

     

    そんな具合なので息子の部屋のガラクタ箱の中には、アンバサダーやスモウといった乗用車、はてまたターターのトラックなどのプラスチックで出来た安物ミニカーの様々なバージョンがいくつもゴロゴロしている。

    こうした玩具のクルマの多くを製造しているのはCentury Toysという会社だが、今日のオートリクシャーを手に取ってみると、車体の底にMADE IN CHINAの文字を見つけた。

     90年代初頭までの何でもかんでもインド製だった時代と違い、今では様々な分野に外資が進出しているし、それと並行してマーケットに並ぶ品物にも輸入製品が洪水のごとく押し寄せるようになっている今のインドだ。

    日用雑貨類でも中国製品の進出は著しく、今の日本のように『China Free』で生活することは無理とまでは言わなくとも、特に廉価な商品の中に中国からの輸入品が占める割合はとても高くなっている。もちろん玩具類などはその典型だが、いかにもインド的なおもちゃ類の中にも中国製品が混ざっているとは今まで気が付かなかった。

    中国の工場労働者たちは、作業現場で作る『見たこともない二色ボディーのオート三輪』がインドで売られるものであるとは知らないだろうが、よくよく考えてみればバーザールで販売されている安価な神像の類の中に中国製品が占める割合がかなり高くなっている昨今なので、こんなことは驚くに値しないのだろう。

    インド自身も安くて豊富な労働力に恵まれた国であるにもかかわらず、そこに堂々と割って入る中国の工業力には脱帽するしかない。

  • エコノミスト『インド攻略』

    エコノミスト『インド攻略』

    現在発売中の週刊エコノミスト(9月7日号)の特集記事は『インド攻略』だ。 

    外国企業にとっての草刈り場してのインド、同国市場における日韓企業の対決、小売革命、ジェネリック薬の生産・輸出大国、デリー・ムンバイー産業大動脈等々といった見出しが並ぶ。経済というモノサシから俯瞰したインドが描き出される。

     言うまでもなくインドのメディアの経済関係記事とは異なり、日本からの視点に立ったものであるため、日本のビジネスマンたちがインドのどのあたりに関心を抱いているのか、巨大市場の中での日本企業の位置取りといった、観念的なものではない経済活動という極めて現実的な日印関係を簡潔に俯瞰することができる。

    書店で見かけたら一読してみるといいかもしれない。

    週刊エコノミスト『インド攻略』(9月7日号)

  • スィッキム州が近くなる

    パキョン空港、聞きなれない名前だが、2011年に開港予定のスィッキム州初の旅客機が離着陸する空港となる。
    すでに西ベンガルのバグドグラーからスィッキム州都ガントクへのヘリコプターの定期便があり、その他スィッキム各地やカンチェンジュンガ峰方面などへの遊覧フライトはあるが、これまで地元等からの要望の高かった航空機の乗り入れがついに実現する。
    これまで鉄道ならば西ベンガル州のシリーグリー、飛行機ならばその隣町のバグドグラーまで行き、そこからミニバスや乗り合いジープなどでアクセスという具合であったスィッキム州だが、空港がオープンすることにより、直接州都に降り立つことができるようになる。
    おそらくマナーリー近郊のブンタール空港くらいの規模で、小型機のみが乗り入れることができることになるのだろう。それでもおそらくデリーからヒマーチャル・プラデーシュ州のマナーリー、シムラー、ダラムサラへの便を運行しているキングフィッシャー航空が、コールカーターからの便を飛ばすことになるのではないかと予想している。
    スィッキムはモンスーン季節には多雨の地域であるため、運行はあまりアテにならないことと思われるが、ハイシーズンにはかなりの需要が見込まれるはずだ。
    鉄道も2015年にはスィッキムに乗り入れる予定だ。西ベンガルからスィッキム州に入ったところの町ランポーが終着駅となる。そこから州都ガントクまではさらに40kmほどあるが、それでもインド国内の主要都市から州境まで直接アクセスできるとなれば、観光業促進のための大きな力となることだろう。
    工期は未定で、実現したところでいつの話になるかもわからないが、インド国鉄はランポーからガントクまで更に延伸する計画も描いている。
    スィッキム州がグンと近くなる。

  • やはりバーングラデーシュが旬

    いわゆる『NEXT11』のひとつに挙げられているバーングラーデーシュがやはり旬のようだ。こんな記事を見かけた。
    世界のアパレルが“バングラ詣で”ユニクロ進出で脱・中国加速 (産経ニュース)
    要は中国で頻発する労働者のストライキ、賃上げ圧力に加えて人民元の切り上げが、もはや「あるのかないのか?」ではなく「いつになるのか?」という差し迫ったところまできているため、これまで生産の拠点としてきた中国以外にどこか候補地を見つけなくてはならなくなったわけである。
    つまり中国での状況の変化という大きなファクターがあり、これに対応できる世界の工場としてのポテンシャルを秘めた国ということで注目されているのだ。
    まずは人口規模。人口1億6千万を数える世界第7位の大国(ちなみに第6位は1億8千万のパーキスターン、第8位は1億5千万のナイジェリア)である。労働力大国ともいえる同国だが、それに対する就業機会は少なく、賃金の水準も低いため毎年大勢が国外に流出する傾向がある。
    湾岸産油諸国はもとより、東南アジアとりわけマレーシアでは非合法な就労目的で渡ってきた移民の存在に当局は手を焼いている。もちろん国境を接するインドでは、デリーやムンバイーその他の主要都市に不法に住み着いているバーングラーデーシュ移民は多く、ときおり大がかりな摘発がなされていることがメディアで伝えられている。
    都市部のみならず、とりわけ国境を接するアッサムや西ベンガルなどでは農業に従事している人々も多いなど、経済的な理由における移民圧力がバーングラーデーシュでは高い。
    同国にとって、大量の海外移民は外貨獲得の貴重な手段であるいっぽう、多くの人々が国外に活路を求めざるを得ない状況は、社会の安定と発展、ひいては治安面における不安を引き起こすことから座視するわけにはいかず、従前から国外からの投資を歓迎する姿勢を見せていた。
    しかし不安定な政治、頻発するハルタール、労働力の質、隣国インドと比較しても格段に貧弱なインフラ、モンスーン期の洪水による操業の不安と交通の途絶などといった懸念等から中国やインドほどの注目を集めることはなかった。
    そのバーングラーデーシュ自体の情勢は変わらないのだが、先述のとおり近年中国の状況に変化が起きているため投資先のオプションとして浮上することになったようだ。当面はバーングラーデーシュで従前から盛んで実績もあるアパレル関係が大半のようで、中国のように「なんでもかんでも」というわけではない。
    そもそも同国自体が魅力を増したわけではなく、近年外国企業にとって中国における操業に不安や不満が出てきたがゆえ、代替地のオプションとして浮上してきたに過ぎない。
    だがバーングラーデーシュとしては、今後の大きな成長の手がかりとする好機が到来したといえる。国外から眺めてみても、世界の工場としての魅力はもとより、そう遠くない将来には人口2億に届く同国は大きな市場になり得る。
    所得水準、平均的な教育水準、インフラ事情等、どこを眺めても現状があまりに貧弱であるだけに成長が軌道に乗れば、その伸びしろも大きなものとなることは言うまでもない。
    バーングラーデーシュの首相オフィス直属の投資委員会が設置されており、同国政府の意気込みと投資呼び込みへの期待の大きさがうかがわれる。
    Board of Investment, Prime Minister’s Office (投資委員会)
    やはりバーングラーデーシュが旬のようだ。以前『バーングラーデーシュが旬』と題して、大手旅行代理店H.I.S.のダッカ進出について取り上げてみたが、こうした『ブーム』もその背景にあったのだろう。

  • バーングラーデーシュが旬?

    今年2月に大手旅行代理店H.I.S. がダッカ支店をオープンさせたのだそうだ。同支店のブログも用意されている。
    国土は北海道の2倍程度と狭いものの、世界遺産のパハールプル、マイナモティといった仏蹟、シャイト・ゴンバズ・モスジッドやカーン・ジャハーン廟などのイスラーム関係遺蹟、茶園で知らせるスィルハトといった名所、首都ダーカーや近郊の古都ショナルガオン、はてまたモンゴロイド系少数民族が暮らすチッタゴン丘陵地帯など、魅力あふれる土地が数多い。また海が好きな人は、同国最南端に位置するセント・マーティン島なども気に入るのではないかと思う。
    H.I.S.のツアーでは、そうした観光地以外にもNGO『BRAC』やグラミーン銀行のマイクロクレジット事業の視察ツアーも用意されているのは、日本では被援助国というイメージの強いバーングラーデーシュらしいところかもしれない。
    聞くところによると、そう遠からず『地球の歩き方 バングラデシュ』も発刊されるようである。今年はちょっとしたブームになるのだろうか?
    そもそも隣国インドと較べてずいぶん観光客が少ない国である。突然大勢のツーリストが訪れる(・・・ことになるのかどうかは知らないが)ようになると、これまでの素朴な雰囲気やたまたま出会った地元の方がひたすら歓待してくれるようなムードも変わってしまうのかもしれない。
    だが、これがきっかけとなってバーングラーデーシュに関心を持つ人が増えて、観光業が国の産業のひとつの柱として成長することがあれば、人口問題に苦しむこの国で各地にもたらす雇用機会や収入といった面で好ましいだろう。
    何やら突然『バーングラーデーシュがブーム!』なんていうことはないにしても、インドの西ベンガル州や東北州などに興味を持って訪れる人が、目と鼻の先の隣国にも足を延ばしてみたり、それとは反対にバーングラーデーシュを訪れた人が、国境向こうインド側の地域にも同様の関心を抱いてくれれば、と思うのである。