昨日『デリー近郊に日本人村建設?』と題して書いたように、インドで日本からの企業進出を促すための積極策が打ち出されているが、地味ながらも日本においてもインドからの進出を誘致するための具体策がいくつか打ち出されている。そのひとつが来年4月に横浜市緑区で開校予定のインド人学校だ。廃校となった小学校の3階部分を利用して運営するとのこと。
インド系学校来春開校 緑区の小学校跡 (YOMIURI ONLINE)
少子化の日本にあっては、学齢期の子供を持たない人には想像もつかない速度で生徒たちの人数が減少している。現在20代、30代以上の年齢の人たちにとって、小学生、中学生時期に通っていた学校には何クラスあって、何人の生徒たちがいたか思い出して欲しい。
もちろん地域差は大きいのだが、参考までに東京都港区役所のウェブサイトにこういう一覧表があった。
港区立幼稚園・小・中学校園児・児童・生徒数一覧表
学年毎に2クラス、3クラス程度というのがごく当たり前になっており、学校施設の規模と不釣合いなほどである。とりわけ東町小学校の全学年合計で77人、港陽中学の全学年合計78名という数字が目を引く。まるで山村部の分校みたいな人数だ。
こうした傾向は、東京都内どこも共通した現象であり、都外においても似たようなものだろう。地域によっては『学校選択制度』という手段により、居住する学区と隣接する地域の学校に入ることを選ぶことができるようになっている自治体もある。
すると人気校と不人気校の歴然たる差が出てしまい、年度毎の予算配分はもちろん、やり手の校長や教頭、評価の高い教師が優先的に人気校に配置されるといった人事面での処置もあり、不人気な学校はますます凋落していき、やがては廃校や近隣校との統合という整理へと導かれていくようになっている。
そして、廃校や統合により使われなくなった校舎や土地は、資産の有効活用という名目で他の施設建設のために転用されたり、民間に売却されたりしていくことになる。
やや話はそれてしまったが、もともと厳しい基準で施設も充実している公立学校施設という『器』である。都内に数ある空き教室を多数持つ公立学校と同居・・・というのは無理にしても、今後も更に統廃合が進み用済みとなる施設が続々と出てくるにあたり、交通至便な都心近辺にある学校施設を横浜市のように、新設される外国人学校のために有償で貸し出してはどうかと思う。
さらには学費の問題もある。外国人学校は総じて費用が非常に高い。私学助成制度を大幅に見直して、充分な補助を行政から受けられるようにすべきではないだろうか。少子化が進む中、能力の高い外国出身の人たちが定住することが必要となってくることは自明の理だ。
また、その子女たちがしかるべき教育を受けることができる環境を整えることは行政の責任であり、そうして育った子供たちが将来、生まれ故郷ないしは自分たちが育った土地である日本に根を下ろし、この国を支えてくれるようになる、そんな『国家百年の計』が必要なのではないかと思う。
カテゴリー: economy
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インド人学校へ転身
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流行のドバイの背景に 2
インドにとって、自国にあり余る人材の雇用先としても、出稼ぎ労働者の送金による外貨獲得源としても、湾岸産油国の存在は貴重だ。自国民の高い出生率とそれに伴う失業率の高さに悩むサウジアラビアでは、社会の各分野において就労者の自国民化を進めているが、数年前にタクシー運転手から外国人を漸減させて自国民化する具体的な方策が打ち出されたときには、インドをはじめとする南アジア各国メディアのウェブサイトにて、それに関する記事がトップを飾っていた。
混乱が続くイラクで、メディア、援助、経済その他にかかわる外国人の誘拐ならびに殺害に関する報道が続いた時期があったが、同様にイラクでの運輸業にたずさわるインドやネパールのトラック運転手たちが連れ去られて殺害される事件も発生した。高いリスクを覚悟のうえで就労した人、隣国のクウェートで働くという話であったのが、実際に渡航してみると配置されたのはイラクだったという、ブローカーに騙されたケースもあったようだ。いずれにしても他の安定した国々ではなく、いまだ混迷の続く国でさえも、そこに石油が出るならば、外から人々を引き寄せる大きな力を持っていることがよくわかる。そこにくれば治安が大変良くて生活インフラも整ったアラブ首長国連邦ともなれば言わずもがなである。
ところでその『人口』は、少々注意を要する点かもしれない。湾岸産油国での人口統計には往々にして外国人、しかも期限付きで在住している出稼ぎの人々まで含まれているのは奇妙に感じる。おそらく自国民があまりに少なすぎるので、こうした人々をも含めないと国の実態が把握できないということが背景にあるのではないかと思う。
アラブ首長国連邦としての一人当たりのGDPは38000ドルとのことで、まあ『先進国並み』ということになる。しかしここには年収5000ドルにも届かない大勢の出稼ぎ労働者たちも含まれている。もちろん外国人在住者=低賃金労働者というわけではなく、様々な分野のエキスパート、専門家、経営者、投資家等も含まれているものの、大半は底辺で働く人たちということにはなる。そのためこの国では『少数派』であるアラブ首長国連邦の国籍を有する人たちだけを見れば、日本のそれの四、五倍に及ぶのではないかという説もあるが、少なくとも私たちの平均的な年収よりもよほど懐具合が良いらしいことは容易に想像がつく。つまり『はるか先進国以上』の裕福な国民が暮らす国である。
そういう経済的な要因はもちろんのことながら、近代以降におけるインドとの間の歴史的なつながりも深い。19世紀半ばから20世紀はじめにかけて、今のドバイを含むアラブ首長国連邦、オマーン、カタール、バーレーンはイギリスの保護国、当時世界に冠たる中東の貿易港アデンを擁するイエメン南部がイギリス植民地となっていた。同じ英領ということもさることながら、イギリス本国政府の植民地省の管轄ではなく、インド省の所轄で、当時のインド政府のボンベイ管区がこれに当たっていたという点も何か作用しているのかもしれない。アデンといえば、グジャラートのジュナーガル生まれでリライアンスグループの創業者ディールーバーイー・アンバーニーが仕事人としてのキャリアの第一歩を踏み出したのはまさにそこであった。
現在のエアインディアのネットワークを見ると、西方面とりわけ湾岸諸国へのネットワークが密で、主に国内線を飛ばすインディアンもこれら地域の主要都市へのネットワークを持っている。石油以前のアラブ首長国連邦をはじめとする湾岸諸国とインド西部との間には元々蒸気船の定期航路が発達しており往来が盛んであり、客船の時代が終わるとともに飛行機に取って代わられる。だが石油で潤う前の湾岸諸国とインドの立場はかなり異なるようで、当時貧しかったアラビアに様々な新しいモノをもたらしてくれる先進地がインドだったようだ。


人口のおよそ6割をインドおよびその他の南アジアから来た人々で占めており、インドないしはインド人の存在なしでのドバイはあり得ず、それがゆえに『インドで最もキレイな街』などと揶揄されることもあるようだ。今流行りのドバイの背後にちらつくインド世界の濃い影が興味深い。現地在住のインド人ないしはインド系の人々について詳細に書かれたものがあれば手にしてみたいと思っている。
カルカッタ出身の友人がアラブ首長国連邦に赴任しているうち(ドバイ首長国ではなくアブダビ首長国のほうで仕事しているのだが)にちょっと様子を見に出かけてみたいな、と思うこのごろである。 -
インド国内線 格安路線の終わりの始まりか?
2005年5月の初就航以来、インドでほぼ時期を同じくして発足した他の新興航空社同様、インターネットによる予約・発券により地上職員や施設を可能な限り省略し、保守関係も大幅に合理化するなど、基本的にはコストを思い切り削ぎ落とした格安路線を進んできた航空会社である。
しかしながら他社にはない垢抜けたイメージと高級感の演出等により他社との差別化に成功、そして積極的な新規路線参入により事業を拡大し、新興会社の中で大きく抜きん出た存在にのし上がるには長い時間を必要としなかった。さらには大手エア・デカンを吸収し、ジェット・エアウェイズに次ぐ国内線シェア第2位の大手会社となる。
今年9月からは国際線(バンガロール・ロンドン間を毎日就航)にも進出したがそれだけではない。11月にはやはりバンガロール・サンフランシスコ便の就航が予定されている。本拠地であるバンガロールを拠点として、もう少し近場の国際線つまりバンコク、シンガポール、ドバイといった路線への参入も近いのだとか。路線拡大の勢いといい、地元バンガロールの国際化の片棒を担いでいるようでもあり、もはや向かうところ敵なしといった印象を受けていた人は多いだろう。
ところが今日のヒンドゥスターン・タイムスのトップにこんな記事が掲載されていた。
『Jet, Kingfisher to fly together』 (Hindustan Times)
同記事の続き -
流行のドバイの背景に 1

何やらドバイがブームらしい。既存の書籍の改訂版やガイドブックの新年度版などを除いても、ここ数ヶ月の間で新たに出版された本だけでもずいぶんいろいろあるのだ。
ドバイにはなぜお金持ちが集まるのか
福田一郎 著 青春出版社
ドバイ発・アラブの挑戦―脱石油戦略は成功するか
宮田 律 著 NTT出版
アラブの奇跡 夢見るドバイ
むた あやの 著 産業編集センター
るるぶドバイ
JTBパブリッシング
地獄のドバイ―高級リゾート地で見た悪夢
峯山 政宏 著 彩図社
そういえば今年、日本では『七つ星ホテル』『世界一の高層ビル』『高級リゾート人工島』などをテーマにドバイを扱ったテレビ番組がいくつかあったらしい。世界最大級の産油国ながらも、経済面だけではなく、突如観光地としても赤丸急上昇というのはちょっと特異な現象かもしれない。
ドバイ首長国が自身を高級リゾートとして自国を売り込む戦略はもちろんのこと、近年の原油高を背景として潤沢なオイルマネーが流入し、その繁栄ぶりと変化のスピードに拍車がかかっていることから、ますます注目を浴びるに至っているのだろう。原油価格高騰は、これを輸入している国にとっては不利に作用するが、産油国自身にはまたとない好景気をもたらしている。
世界第四位の確認埋蔵量を誇るアラブ首長国連邦を構成する七つの首長国の中のひとつでありながらも、ドバイ首長国自体は『産油国』ではなく、商業のハブとして栄えている地域である。もちろんドバイへの投資もその繁栄もアラブ首長国自体の原油の魅力あってのことではあるが、脱石油依存ということで産業の多角化を推進してきており、その進展は他の中東産油国も大いに参考にしていることだろう。
日本でにわかに注目を浴びることになった『リゾート地』ドバイだが、インドでは昔から富裕層の海外旅行先として定番である。近年ボリウッド作品のロケも多いが、私たち日本人がドバイに対して抱くエキゾチックなイメージとは違って、もっと身近な感覚があるようだ。
ドバイは、内外に大いに繁栄ぶりが喧伝される大都会でありながらも総人口は140万人。なんだか少なく思えるかもしれないが、それでも1995年時点のちょうど倍であり、爆発的な拡張を続けている土地であることの証である。なにしろドバイの人口の9割近くが外国籍で、そのうち6割ほどがインドをはじめとする南アジア系の人々であり、主として仕事の関係で常に自国との間の往来が盛んに続いていることから、口づてなどでかなり事情のわかった近隣国という感覚だろう。
在住者が多いためThe Indian High SchoolやAl Majid Indian Schoolをはじめとするインド人学校もかなりあるようだ。YAHOO知恵袋の英語版YAHOO ANSWERSには、『Best Indian school in Dubai ?』という質問とそれに対する回答が出ている。

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インドでUNIQLO
現在、日本・アメリカ・イギリス・フランス・韓国・中国(香港を含む)で、事業を展開しているユニクロが、2032年までに世界一のアパレル製造小売業グループになるという目標を掲げたうえで、インドとロシアへの進出のための本格的な調査に入ることを発表した。
シンプルなデザインを基調に、新素材を積極的に活用したうえで比較的短いサイクルで商品をリリースしている同社だ。マンネリ化を防ぐためか、定番アイテムについても前年と同一のものが店頭に並ぶということはなく、必ずどこかを変更・改良するとともに、ときに他企業等とのコラボ商品などでアクセントをつけるなど、ひとつひとつの品物はベーシックながらも、常に変化を続ける『スピード感』がある。
また効率化という面でも際立っており、多様なアイテム構成かつ迅速な商品入れ替えを行ないつつも、店舗により在庫量や置いてある品物のバリエーションに多少の差はあっても、店頭の商品、店構え、スタッフ等々、基本的にあらゆる面において『標準化』されているのが大きな特徴だろう。チェーンのファストフード屋が衣料品店になったような印象を受ける。そのため各国のアウトレットで販売されているアイテムも、日本の店舗に並んでいるものと大差ないようだ。
だが、これまでユニクロが事業展開している日本を含めた6ケ国にはない独自の豊かな服飾文化を持つインドだけに、単に日・米・韓等で売れ筋の品物のみをそのまま並べるだけではないように思う。相対的に年中気温が高い地域が多く、冬はかなり冷え込む北部にしても、山岳部を除きデリーやラクナウその他人口が集中する都市圏が存在する平原部では日本よりも夏物を身にまとう時期がかなり長い。加えて素材、色彩等の豊富さから、逆にユニクロの本家である日本やその他の市場に様々なアイデアやヒントを与える存在になることだろう。
生産拠点がバングラーデーシュ(およびベトナム)に移行するというのも面白い。急成長したアパレル業界大手に、市場ならびに原料供給地・生産地としての南アジアの存在感が浮上してきた。もともと繊維・衣類産業が盛んなバングラーデーシュだ。同国の関係機関がJETROの協力を得て開催した『バングラデシュ展』の開催、池袋サンシャインのインポートマートで展示会実施といった形で、同国産の主にテキスタイル関係を紹介する試み地道な活動が続けられている。
また小規模ながら個人事業主でもモン・インターナショナルのように、バングラーデーシュ出身の経営者による自国の衣類や革製品の取り扱い、同国との深いつながりを持つNGOが現地で製造した品物を日本国内で販売などといった例はあっても、本格的なテキスタイルの分野において日本からさほど注目を集める国ではなかった。だがここにきて突然大手アパレル会社が進出予定とのことで、同業他社も生産拠点としてのバングラーデーシュに着目する動きが出てくるかもしれない。
インド、バングラーデーシュがユニクロの事業そのものの核となるわけではないようだが、今後このふたつの国を軸にどういう展開がなされていくのか、何を行なっていくのか、ちょっと気になっている。
ユニクロ、インドなど新興国出店強化で「世界一目指す」 (msn産経ニュース) -
2012年 ドゥバイが楽しみ
下記リンク先の記事を見ていただきたい。ボリウッドの映画監督ヤシュ・チョープラーがにこやかに握手を交わす相手のアラビア人女性は、中東の金融センター、UAEのドバイを拠点とするドゥバイ・インフィニティ・ホールディングスのCEOであるサミーラー・アブドゥルラザク。
Yash Raj Films (YRF) signs a Joint Venture with Dubai Infinity Holdings (Yash Raj Films)
両者の間で、ヤシュ・チョープラー監督率いるヤシュ・ラージ・フィルムズによる『YRF Entertainment District』なるものがドゥバイに造られることが決定した。詳細はまだ明らかになっていないが、テーマパーク、ムービーパレス(?)およびホテルといった施設が含まれるそうだ。もちろんどれもボリウッドがテーマとのことで、UAEに暮らすビジネスマン、技術者、建設労働者など、様々な業種の150万人ものインド人居住者たちの関心を大いに引くことだろうが、同時にインドの富裕層に人気のレジャー先でもあることから、『いつか訪れてみよう』と思っている人も少なくないだろう。
完成予定は2012年。まだまだ先だが、かなり興味を引かれつつもなかなか足が向かないドゥバイに、そこを訪れるためのひとつの大きな動機ができるわけで私としてはちょっとうれしい。またひとつ目玉が出来るわけでちょっとうれしい。果たしてどんな施設が出来上がることになるのか、続報を待つことにしよう。
ヤシュ・ラージ・フィルムズの提携相手のドゥバイ・インフィニティ・ホールディングスは、昨年12月に発足したばかりの会社だが、金融と観光とファッションの街ドゥバイをまさに地で行くような活動を展開しているようだ。主にエンターテインメントやレジャー関係で多額の投資を行なっているらしい。
テーマパークはさておき、個人的にかなり気になるのはサミーラーCEO。巨万の富(・・・たぶん)を自在に操る、若くて見目麗しき辣腕経営者。それこそ映画に出てきそうな人物だ。あまりにカッコ良すぎるが、この財の源泉と地位の背景には何があるのか?この人はいったい何者なのだろう?謎多き美女である。単なるマスコット的なお飾りなのか、それとも真の実力者なのか。同社ウェブサイト中の『Ask the CEO』に何か意見を書き込むと、本人が直接返事をくれるとある。今のところ何かメッセージを送って贈ってみるつもりはないが、ちょっと興味をそそられる。なかなか上手い演出だな、とも思う。 -
2010年 ムンバイーに新名所登場

やはり今世紀は『インドの時代』ということなのだろうか。おそらく私たちの多くがこれまで見たこともないような超モダンかつハイテクなビルが市内に建築されるとのことで、2010年末までに完成予定とか。
James Law Cybertecture Internationalがデザインを手がける32,000平方メートルの床面積を持つこの卵型の建築物、Cybertecture Eggは、卵型で容積にくらべて外面積が少ないことから、強い陽光や外気の影響を受けにくく、建物外装に装備される緑地が建物を冷却する機能を持つ。加えてこの建物には太陽および風力による発電機能を備えているそうだ。さらにはここで働く人々の健康状態までモニターしてくれるのだとか。
新旧織り交ぜて様々な顔を持つインドの『先進的な』部分を象徴するようなこの建物、入居するのはどういう企業?あるいは施設?だかよくわからないが、非常に注目度の高い超ハイテクビルということもあり、セキュリティーに対する配慮はそうとう厳しいものになるのではないだろうか。真新しい建物内を自由に散策しつつ、カメラでパチリパチリと撮影を楽しむような具合にはいかないような気がする。でもムンバイーまでわざわざ見物に行かずとも、竣工後には映画のロケでもしばしば使用され、スクリーンで目にする機会も多いのではないだろうかとも予想している。
いつも明るい話でもちきりとはいえないムンバイーだが、同じ時間軸のうえで交わることのない様々な事象が展開していく重層性には、この都市のひいてはこの国の懐の深さを感じずにはいられない。

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人集まるところ街が生まれる
近ごろインド企業誘致に乗り出す自治体のことをよく耳にする。インド企業を呼び込もうとの掛け声とともに、セミナーの開催、視察団の派遣や受け入れなど、いろいろな事例があるようだが、これらの中で他に一歩も二歩も先んじているのはどうやら横浜市のようだ。
進出してきたインド企業に5年間の減税、助成金の支給に加えて、子弟の教育のためにインド人学校を開校させるなど、立地条件をより魅力のあるものとなるよう試みている。そういう環境下、タタ コンサルタンシーサービシズ ジャパンは同市内に日本法人を構え、同じくタタ・グループの自動車部品メーカー、タタ オートコンプシステムズの進出が伝えられたのは昨年9月のことだった。
このほど中部経済連合会が、中部国際空港にインドの航空会社、ジェット・エアウェイズとキングフィッシャー航空の乗り入れを誘致しようと画策していると報じられていた。名古屋からそのままバンガロールに飛ぶことができる日が来るのはさておき、東京・大阪以外の都市発のインド便が就航する日はそう遠くないのかもしれない。
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インドへエアポートセールス=中部空港への乗り入れ誘致へ−中経連 (時事通信社)
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大資本が日本市場に参入してくることになれば、それに続いて関連する中小の産業も日本進出を検討するだろう。日本で活動するインド人たちが増えれば、その生活を支える業種もやってくることになるのだろう。ちょうど新宿や池袋界隈で、東アジアの各国からやってきた人々が、同胞相手の美容室、不動産屋、食材屋、生活雑貨屋が店を広げているように。
これらの産業と縁がない人にも『顔がよく見える』業種もやってくるかもしれない。インドから各種サービス産業、例えばレストラングループやホテルチェーンなどといったものが上陸してくることがあれば面白い。市場としての日本に魅力と可能性があれば、インテリアや服飾関係業者も様子を探っているのではないだろうか。
日本にあっては、とかく中国と比較されることの多いインドだ。日印関係は、地理的にも文化的にも歴史的にも濃密な日中関係と肩を並べるほどのものには成り得ないとは思う。それでも少なくとも90年代よりも前には、ごく一部の地域ないしは極めて狭い特定の分野を除き、日本におけるインドのプレゼンスがほとんどゼロに等しかったことが大きなポイントだ。スタート地点があまりに低かったため、相対的に大きな伸び率を示すことは間違いない。
日本側が誘致を画策している分野も、インド自身が外国での活動で得意とする分野ともに都市型の産業であることから、彼らの存在が日本国内のいくつかの極に集中するのではないかと思う。東京の西葛西にはインド人たちの姿が目立つとはいえ、まだほとんど生活臭を感じさせないのは、ごく普通の日本の生活環境の中に、多くが一時滞在的なスタンスで点在しているに過ぎないからだろう。在日インド人たちの総体としての人口の伸び以上に、インドの人々のプレゼンスが濃厚な特定のエリアが出てきて、やがてそこを人々が『インド人街』と称する日がやってくるのだろうか? -
バイオの御名において
原油高に加えてバイオ燃料ブームで、食用の穀物等の需要が逼迫して食料品価格が高騰・・・というのは、昨今の世界共通の現象のようだ。幸い日本の場合は、近ごろの円高傾向が両方の影響を緩和していることから、その影響は比較的軽いようだ。しかしインドのような途上国においては特に庶民の台所へのインパクトはかなり大きなものとなる。もともとエンゲル係数の高い世帯においてはなおさらのことだろう。
石油に代わる新たなエネルギーの開発と普及への努力は、環境問題等と合わせて今後大切な取り組みであることは間違いないとはいえ、一定ライン以下の人々の食料事情を無視してまで、とにかくバイオ、バイオと突き進んでしまうのはいかがなものかと思う。おカネの力がモノを言う、市場至上主義からくる負担を上から順繰りにツケ回していき、最後にはこれを他者に転嫁することのできない末端の人々に、その対価を空腹と引き換えに支払わせておきながら、『代替燃料です』『効率がいいです』『環境に優しいです』ときたものだ。どうやら燃料は胃袋に優先するものらしい。
下衆の勘ぐりかもしれないが、畑で燃料(の原料)を作るという発想については、そこに栽培される作物の品種についても何だか不安なものを感じる。食品のパッケージ上で『遺伝子組み換えトウモロコシは使用していません』とか『遺伝子組み換え大豆不使用』なんていう表示を見かけるが、燃料目的ならばなんでもアリだ。遺伝子組み換え作物の安全性についていろいろ議論されているところではあるが、害虫抵抗性、除草剤耐性だのといった特性を持つ品種が『バイオ畑』でどんどん栽培されるようになると、これらが受粉という自然な現象を通じて、あるいは過失や故意により周囲に拡散してしまうことがないのだろうか?
そうでなくとも、昨今の穀物等の価格高騰により、遺伝子組み換え食物が今後次々に食用として流通するようになるようだ。そんなモノを食卓に登場させてホントに大丈夫なのだろうか?たぶんボクらが今後何年間も食べ続けて『証明していく』ことになるのだろう。やはり市場はすべてに最優先するらしい。
ところでバイオ燃料、ついに自宅で(?)生産する機器が発売されるらしい。飲食店での飲み残しのアルコール飲料のように、これまで捨てていたものを再利用できるという利点はあるようだが、取り扱いや備蓄について、しっかりとした知識と細心の注意が(量が多ければしかるべき資格も)必要な燃料という危険物を気楽に自家生産するようになるとしたら、これもまた怖い。どうかこれを悪用した犯罪やテロなどといった憂鬱なニュースがニュースのヘッドラインに載ることがありませんように!
遺伝子組み換えトウモロコシ製品 食用に供給開始 日本食品化工、原料入手困難で (Fuji Sankei Business i.)
砂糖からつくるエタノール燃料の「自家用スタンド」登場 (MSNデジタルライフ) -
RESIDENCE ANTILIA @ALTAMOUNT ROAD, MUMBAI

昨年、そのアウトラインが明らかになり、話題になっていたリライアンス・インダストリーズを率いるムケーシュ・アンバーニーの新居。概観はかなり出来上がっているのだろうか。今年秋ごろ完成予定と伝えられていたこの物件は、ムンバイのチョウパッティー・ビーチの北側、マハーラクシュミー・レース・トラックとの間のほぼ中間点あたる極上のロケーションにて地上高173mに及ぶ堂々たる高層建築となる。
ほぼ1年前のものという古いもので恐縮だが、文末リンク先の記事にあるとおり通常ならば60階を擁する高さなのに、この建物にはわずか27階しかない。つまりそれだけ各フロアーの天井が高いことに加えて、通常では考えられない遊び心に満ちた空間がいくつも存在するためだという。完成予想図(?)から察するに、さしずめ21世紀のムンバイに出現した『バビロニアの空中庭園』といったところか。RESIDENCE ANTILIAと名付けられた『世界最大の邸宅』の位置をグーグル・アースで位置を確認しておこう。


どうやらちょっと古い画像のようだ。今では工事はもっと進んでいることだろう。600人のスタッフが常駐、6階分の駐車スペース、50人収容できるエンターテインメント・フロアーだのと書いてあるが、完成した暁には外観のみならず内部の様子もぜひ目にしてみたいもの。この巨大な建物の中には、ゲスト用のフロアーもあるようだ。ここに一番最初にお呼ばれされるのはどんなセレブな方々だろうか。
Mukesh Ambani’s mansion in the air (Mumbai Mirror Online)
Mumbai claims world’s largest residence (WORLD ARCHITECTURE NEWS.COM)
Mukesh Ambani’s residence Antilia June07 update (YouTube)
億万長者の住む世界一高いお宅は、ガジェットがいっぱい (msnデジタルライフ) -
新時代を象徴する街 バンガロール
バンガロールは、インドの中で仕事がらみの日本語の需要ないしは潜在的な需要が最も高い街と思われる。JETROによるBJTビジネス日本語能力テストがこの国の三都市で行われる。ムンバイー、プネー、そしてバンガロールだ。今年6月および11月と受験機会が2回あるうち、ムンバイーは6月のみ、プネーは11月のみ。両方とも実施するのはバンガロールのみだ。
ご存知の方も多いかと思うが、今年1月から在バンガロール出張駐在官事務所が開設されている。デリーに次いでインド第2位の邦人人口(およそ300人と言われるが、長期出張者なども加えた実数はこれよりかなり多いだろう)を抱えており、IT関連をはじめとする外資系企業が多く進出しており、日本とのつながりも深い都市となっていることもあり、まさに時代の要請であろう。
外務省ウェブサイトによれば、出張駐在官事務所が全面的に業務を開始するのは今年9月からとのことだ。それまでは査証発給業務は引き続きチェンナイ領事館で行なうとあるとおり、同領事館のバンガロールにおける出先機関である。
だが将来的には領事館に昇格する流れになってくるのだろう。経済を中心とした日印関係の強化を牽引する核となるべき都市であるだけではなく、外に広く開かれた窓口としての役割の比重も高くなってくる。今後バンガロールから日本その他の国々への直通便の開設が相次ぐことになる。5月11日に開港予定のバンガロールの新空港は、従来の同市の空港よりも国際色豊かなものとなっていくことは言うまでもない。
もともと軍需関連、電子関連の産業が集積していたバンガロールだが、特に90年代以降のITブーム以降急成長を続けており、インド経済とりわけ南インドの躍進を象徴する存在となっている。隣接地域を含めず、市の行政区域内のみで見た人口は現在およそ530万人。ムンバイー、デリーに次いでなんとインドで3番目のコスモポリタンとなっている。かつて『四大都市』と呼ばれたコールカーター、チェンナイはバンガロールの後塵を拝するようになっている。(ただし都市圏人口となると、これらふたつの都市にまだ及ばない)
バンガロールの伸長は、インド国内地域間の経済力のバランスを大きく変えるとともに、おそらく政治面でも今後発言力を高めていくことになるはず。またファッションやサブカルチャーの発信基地としても注目されていくことになることも想像に難くない。勢いよく進化するインドを象徴するような街であるだけに今後とも目が離せない。。
在外公館リスト 在インド日本大使館・総領事館 (外務省) -
仕事とともに西へ東へ
近年、経済成長めざましいインドだが、同時に海外に多数の仕事人たちを送り出す出稼ぎ大国としての側面もある。単純労働者から高度な知識や技術を必要とするエキスパートまで、日々さまざまな人々が国境のこちらとむこうを行き来する。北米では、知的な専門職に就き社会をリードする立場にあるインド人、インド系の人々などが多く、東アフリカや中東などでも、大きな商いにたずさわる人々は沢山いる。
湾岸危機発生より前の時期にイラクを訪れたことがある。昨今伝えられる状況からはまったく想像もできないようないい時代であった。当時の政権の強力なリーダーシップのもとで非常に治安もよく、政治・宗教活動が厳しく制限されていたためでもあるが、過激派の活動などもなかった。イランとの間の戦争が終結して間もなかった頃である。
名だたる産油国のひとつでもあることから、他国からの働きにきた人々を多数見かけた。特にアラビア地域の非産油国からの人たちが多いようだったが、私が陸路入国した際、いかにも出稼ぎ然としたタイやフィリピンからの労働者たちの姿も少なくなかった。
滞在中、所用で訪れたバクダード市内総合病院では、多くの看護婦も医者もインド人であったことにちょっと驚いた。もちろんその後急展開した情勢により、イラク在住の外国人たちはたいへんな思いをしたわけだが。南インド、特にケララは中東以外にも欧州や北米などにも、看護婦として働く多くの人材を供給していることは広く知られている。
