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カテゴリー: economy

  • 新時代を象徴する街 バンガロール

    バンガロールは、インドの中で仕事がらみの日本語の需要ないしは潜在的な需要が最も高い街と思われる。JETROによるBJTビジネス日本語能力テストがこの国の三都市で行われる。ムンバイー、プネー、そしてバンガロールだ。今年6月および11月と受験機会が2回あるうち、ムンバイーは6月のみ、プネーは11月のみ。両方とも実施するのはバンガロールのみだ。
    ご存知の方も多いかと思うが、今年1月から在バンガロール出張駐在官事務所が開設されている。デリーに次いでインド第2位の邦人人口(およそ300人と言われるが、長期出張者なども加えた実数はこれよりかなり多いだろう)を抱えており、IT関連をはじめとする外資系企業が多く進出しており、日本とのつながりも深い都市となっていることもあり、まさに時代の要請であろう。
    外務省ウェブサイトによれば、出張駐在官事務所が全面的に業務を開始するのは今年9月からとのことだ。それまでは査証発給業務は引き続きチェンナイ領事館で行なうとあるとおり、同領事館のバンガロールにおける出先機関である。
    だが将来的には領事館に昇格する流れになってくるのだろう。経済を中心とした日印関係の強化を牽引する核となるべき都市であるだけではなく、外に広く開かれた窓口としての役割の比重も高くなってくる。今後バンガロールから日本その他の国々への直通便の開設が相次ぐことになる。5月11日に開港予定のバンガロールの新空港は、従来の同市の空港よりも国際色豊かなものとなっていくことは言うまでもない。
    もともと軍需関連、電子関連の産業が集積していたバンガロールだが、特に90年代以降のITブーム以降急成長を続けており、インド経済とりわけ南インドの躍進を象徴する存在となっている。隣接地域を含めず、市の行政区域内のみで見た人口は現在およそ530万人。ムンバイー、デリーに次いでなんとインドで3番目のコスモポリタンとなっている。かつて『四大都市』と呼ばれたコールカーター、チェンナイはバンガロールの後塵を拝するようになっている。(ただし都市圏人口となると、これらふたつの都市にまだ及ばない)
    バンガロールの伸長は、インド国内地域間の経済力のバランスを大きく変えるとともに、おそらく政治面でも今後発言力を高めていくことになるはず。またファッションやサブカルチャーの発信基地としても注目されていくことになることも想像に難くない。勢いよく進化するインドを象徴するような街であるだけに今後とも目が離せない。。
    在外公館リスト 在インド日本大使館・総領事館 (外務省)

  • 仕事とともに西へ東へ

    近年、経済成長めざましいインドだが、同時に海外に多数の仕事人たちを送り出す出稼ぎ大国としての側面もある。単純労働者から高度な知識や技術を必要とするエキスパートまで、日々さまざまな人々が国境のこちらとむこうを行き来する。北米では、知的な専門職に就き社会をリードする立場にあるインド人、インド系の人々などが多く、東アフリカや中東などでも、大きな商いにたずさわる人々は沢山いる。
    湾岸危機発生より前の時期にイラクを訪れたことがある。昨今伝えられる状況からはまったく想像もできないようないい時代であった。当時の政権の強力なリーダーシップのもとで非常に治安もよく、政治・宗教活動が厳しく制限されていたためでもあるが、過激派の活動などもなかった。イランとの間の戦争が終結して間もなかった頃である。
    名だたる産油国のひとつでもあることから、他国からの働きにきた人々を多数見かけた。特にアラビア地域の非産油国からの人たちが多いようだったが、私が陸路入国した際、いかにも出稼ぎ然としたタイやフィリピンからの労働者たちの姿も少なくなかった。
    滞在中、所用で訪れたバクダード市内総合病院では、多くの看護婦も医者もインド人であったことにちょっと驚いた。もちろんその後急展開した情勢により、イラク在住の外国人たちはたいへんな思いをしたわけだが。南インド、特にケララは中東以外にも欧州や北米などにも、看護婦として働く多くの人材を供給していることは広く知られている。

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  • 今宵も楽しく

    近年のインドでは、ワイン需要が毎年3割前後の高い伸び率を示している。フランスやイタリアなどをはじめとする欧州産、南北アメリカやオセアニアからの輸入も好調だが、同時に自国産ブランドも着実に成長している。
    国内消費を満たすだけではなく、欧州各国を対象に積極的に輸出に乗り出すようにもなっているのだ。日本でもChateau Indageを総代理店として輸入する会社があり、インド料理レストランなどで味わうことができるようになっているようだ。
    インドにおけるワインの歴史は古く、インダス文明のころにはすでにブドウを原料にした酒が存在していたといわれる。またインドに進出した欧州の植民地勢力もワインを含む自国の酒文化を持ち込んだ。人の住むところ酒あり、ブドウのあるところワインありといった具合で、アルコールは地上に住む我々人類共通の文化といってもいいかもしれない。
    さて、今をときめくインドのワイナリーはといえば、古代から脈々と受け継がれてきたものでなければ、大航海時代の欧州に端を発するものでもない。先述のChateau IndageSula VineyardGlover VineyardVinsura Vineyardなどいろいろあるのだが総じて新しく、『老舗』といえるChateau Indageにしてみたところで、その歴史わずか25年。
    それ以前からワインと称して造られていた極甘の葡萄酒もあったが、この類は昨今のトレンドとは関係がない。インドで国内消費が伸びており、輸出も盛んになりつつある『今流行りのワイン』の歴史は、まさに始まったばかりと言って差し支えないだろう。
    インドのワイナリーは、マハーラーシュトラ、カルナータカ、ゴアなどといった南部に加えて、北部ではパンジャーブやカシミールに点在しており、こうしている今も数年後の初出荷を目指して準備を着々と進める新興のワイナリーがいくつもあるのだろう。
    もちろんワイン人気は、インドの好調な経済を背景に、人々の可処分所得の向上していることにより、嗜好品の消費が増えた結果ではあるが、これとあわせてライフスタイルの変化により、飲酒の機会が増えたことがあるのはいうまでもない。特に以前はあまり消費されてこなかったワインについては、それまでカスタマーとしてさほど重視されてこなかった人々が、かなりまとまった規模で消費行動に加わるようになってきたことがあるのではないかと思う。
    つまり女性である。酒を飲む場所=男社会であったものだが、都会ではカップルや若者たちのグループで訪れることができるお洒落なスポットが増えたことに加えて、ウイスキーやラムといった『男臭い酒』とは異なり、ワインにはソフトかつ知的なイメージがあるのではないだろうか。そのため女性にはとっつきやすく、男性のほうにしてみても女性に勧めやすいものとなる。
    マハーラーシュトラのナーシクで、昨年12月に第2回目となる『India Wine Show』という見本市が開かれた。機会があればぜひ足を伸ばして、インドを代表するワインの数々の味と知識を仕入れたいと思っている。
    それではみなさん、楽しいお酒を飲みましょう!

  • 『中国の餃子』で、ふとインドを想う

    中国で製造された餃子の薬物混入事件が日本のメディアで盛んに騒がれている。JTの子会社が輸入した冷凍餃子を食べた3家族の合計10人が中毒症状を訴え、このうち3人が一時重体になっていたというのが事の発端であるのはご存知のとおり。
    この餃子の製造元である中国河北省にある天洋食品厂から様々な冷凍食品を輸入していた日本企業各社が、一斉に該当製品の自主回収に乗り出した。厚生労働省も天洋食品厂から食品類を輸入していた19社に対し、餃子以外の製品についても検査するようにと指示するなど、本格的に調査に乗り出している。中国の同企業から仕入れている食品産業各社、ファミリーレストランなどの外食産業、学校給食なども中国産品の取り扱いを自粛したりするなど、この『毒物騒ぎ』がさらに大きな波紋を呼ぶことになりそうだ。
    ご存知のとおり、今回の毒物成分はメタミドホスという有機リン系の農薬で、日本では使用が許可されていないものだという。これがどうして食品に混入してしまったのか?今後の原因究明が待たれるところだ。また被害に遭われた方々の早期の回復を願うとともに、今後同様の事件が続くことのないようにしっかりとした防止策を取って欲しい。まさに命にかかわる問題である。
    しかし、である。ジェイティフーズ、加ト吉、味の素冷凍食品、マルハ、日本ハムなどといった日本を代表する食品産業を相手に卸していた中国企業ともなれば、相当な事業規模を持つとともに品質管理も厳重で社会的な信用も高かったはず。それなのにどうしてこんなことが起きたのだろう。
    もちろん工場側が意図的に薬物を仕込むなどということはありえないはず。また偶発的な事故という線もどうなのだろうか?もしかすると、勤務先の工場に恨みを持つ一個人による故意の仕業だろうか?あるいは地元の対立する企業、ひょっとすると中国国外のアンチ中国勢力かなにかが、同食品厂のラインで働く従業員を買収して刺客に仕立てたのか?などといろいろ想像してしまう。今後の成り行きに注目したい。

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  • 1,00,000 Rsの格安国民車 “NANO”

    NANO
    フォードからイギリスの高級車ブランド、ジャガーとランドローバーを買収交渉中のターター・モータース。およびこのたび正式発表となった価格10万ルピー車の開発も進めている。最高級クラスのブランド車から、これまで自家用車が高嶺の花だった層の人々をターゲットとする格安車まで、従来生産している他の自家用タイプのクルマ、バスやトラックといった大型商用車をも含め、実に幅広いレンジのさまざまなモデルが揃う総合自動車メーカーとなる。
    デリーで開催されている2008 Auto Expoで、そのターター・モータースの格安小型車NANOが目玉となっている。エアコン、パワーウィンドウ、パワーステアリングなしのシンプルな造り(エアコンは別途装備可能)のこのクルマがどうして注目を浴びるのかといえば、インドのみならず世界各地で爆発的に普及するかもしれない潜在力を秘めた世界戦略車であるからだ。
    今年後半から発売される予定のNANOは、どこか既視感をおぼえるクルマだ。そう、日本の軽自動車を思わせるものがある。全長3.1m、幅1.5m、高さ1.6m。排気量624ccで33馬力の4ドア車。後にディーゼルエンジンの車種も投入する予定とか。おそらく日本独自の軽自動車やクルマ社会における位置づけなどを非常に深く研究したうえで開発されたものではないかと思う。これを『インド版軽自動車』と言ってしまっては新鮮味がなくなってしまうが、NANOの武器はその超低価格ぶりにある。たったのエーク・ラーク(10万)Rsなのだ。

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  • 毒も水もみんなの問題

    昨今の日本のメディアでは盛んに輸入食品中に含まれる『中国毒』の問題を扱っている。加工品の場合、第一に現地での加工プロセス中での管理、中国における食品安全基準の甘さといった、体制上の欠陥、第二に低コスト化を求めて意図的に偽食品が作り出されるという倫理観の欠如といったあたりが大きな懸念材料として挙げられている。
    また生鮮食品について、工業化の進行の結果として汚染された土壌で日本の基準値を超えた農薬等が使用された野菜や果物について、同様に汚染された水域で漁獲ないしは養殖された魚介類などが大量に日本市場に入ってきており、水際での散発的な抜き取り検査では全容を把握できるはずもないという声も挙がっている。

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  • US$は要らない!

    目下、ルピー高が続いているが、対米ドル相場上昇という現象を除いても、近年のインド・ルピーの安定ぶりはかつてなかったものだ。80年代から90年代半ばごろにかけては、その間に92年の経済危機の際のような大きな切り下げもあったが、概ね当時のインドにおける金利より少し低い程度、つまり10%前後の率で切り下げていたと記憶している。
    90年代も後半に入ると、1ドルに対して30ルピー台後半、つまり40ルピーを少し切る程度、闇両替だと40の大台に届くかどうかといった具合になって以降、それ以前よりもゆっくりと価値を下げて45ルピーを越えるようになり、やがて1ドル=50ルピーあたりにまで下がってからは持ち直し、その後長らく40数ルピー台で推移するようになっていた。そこにきて今や1ドル38ルピー台、39ルピー台で行き来している。
    その間、消費者物価は平均4〜7%弱程度上昇しているので、日本のようなゼロ成長の国で収入を得ている者にとって、まだまだ安く滞在できるインドとはいえ、相対的に『高く』なってきていることは事実だ。加えてGDP成長率が7%から9%台という、まさに世界の成長センターであることから、特に住民の間に可処分所得の多い都市部において、『お金を使うところ』『お金がかかるスポット』が増えている。この国を訪問する外国の人々は以前に比べて多くのお金を消費するようになってきていることも間違いないだろう。

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  • その電話はブータンに通じる

    ヒマラヤの小国ブータンにアメリカ向けのコールセンターが開設されるのだという。ちょうど隣国インドでイギリスやアメリカの会社によるアウトソーシングのサービスを行っているように。英語のアクセント等の訓練や一般常識等の基礎知識の訓練を行ったうえで、8月から業務が開始されるのだそうだ。
    ブータン初の英語コールセンターの運営等は、バンガロールを拠点に同事業を展開するインド資本によるもの。特別な関係にある二国間にあって、やはり他に一歩先んじるのはインド企業ということなのだろう。記事中には『英国やオーストラリア向けサービスも予定』とあり、頼るべき産業があまりなく、外貨獲得手段も限られているこの国にあって、一大産業に発展する可能性があるようだ。人口およそ70万人と規模は小さいものの、1970年代よりインドの協力もあって英語教育が普及しているブータン。現場で業務に従事する人材には事欠かないのだろう。
    同国は外国人の入国を厳しく制限しており、観光目的の入国でさえも通常はごく限られた短い期間のものとなり、滞在中の行動も制限されている。いわば鎖国状態にあるといえるこの国に暮らす人々が欧米の大企業のサービスを代行するというのは逆説的にも響く。だが国王主導とはいえ着々と民主化、複数政党制導入への道筋が築かれているこの国の将来を予見する重要なトピックではないかと思う。まさに大きな変化のはじまりとでも言えるのではなかろうか。
    従来の権力層とビジネス界を中心に台頭する外資を含めた新進勢力の綱引き、民族主義とグローバリズムの拮抗が予想される中、中国とインドという二大国の挟間にある小国が、旧スィッキム王国(現インドのスィッキム州)やネパールといった先例を見ながら、どういう国づくりを進めていくのか大変興味のあるところだ。
    ヒマラヤに問い合わせ ブータンに初のコールセンター (asahi.com)

  • 観光振興 北東インドとバングラーデーシュは相互補完?

    インドの北東地域は観光地としての大きなポテンシャルを秘めている。外国人観光客に門戸を開放してからまだあまり年数が経っておらず、『何か新しいところ』を求める人々にとってはまだ『辺境』のイメージがあり、それ自体が魅力的であること、また南アジアと東南アジアの中間にあり文化的にも非常にユニークなことに加えて、変化に富んだ地勢もあり、トレッキングやエコツアーなどいろいろ発展する可能性があるようだ。
    しかし地理的なウィークポイントも大きい。北東地域からコルカターの方角を眺めると、その間に横たわるバングラーデーシュの大きさを思わずにはいられない。ハウラーから鉄道で向かえば丸一日かかるグワーハーティーも直線距離ならば約520キロ、シローンもおよそ460キロ。西ベンガル州都から見てバングラーデーシュを越えた反対側にあるアガルタラーは300キロほどである。しかし空路を使う場合を除けば、ずいぶん遠回りになってしまい『本土』からのアクセスは芳しくない。この地域を訪れる観光客があまり増えないことの主な原因のひとつは交通の便であろう。
    またバングラーデーシュにしてみても、随一の大都会ダッカはもちろん、数々のテラコッタ建築で知られるラージシャーヒー周辺、クルナのバゲール・ハートのイスラーム建築群、少数民族が暮らすチッタゴン丘陵地帯、茶園が広がるシレット、バングラーデーシュ最南端で周囲に珊瑚礁が広がるセント・マーティン島など数々の見どころを抱えるなど、観光資源も豊富である。ガウルの遺跡やスンダルバンなど、インドとの国境にまたがる史跡や国立公園などもあることもなかなか興味深い。
    だがこの国についても同様にアクセスの問題がある。ヴィザが必要なことに加えて、国土をぐるりと一回りするほど長い国境線を共有している割にはインドとの間で通過可能なポイントが限られていることから、往来はあまり便利ではない。それがゆえに隣のインドに較べて観光目的で訪れる人々があまり多くないのだとも言えるだろう。
    そもそもインドとは別の国になっているがゆえに、様々な華やかに喧伝される隣国に較べてこの国の魅力が取りざたされる機会も相対的に少なくなってしまう。

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  • 隣接州の禁酒解除でディーウ島凋落の危機?

    ディーウ島略図
    先日、禁酒州のグジャラート州では酒類に関する部分的な解禁が予定されていることを伝えたが、同州で近い将来アルコールが本格的に解禁となったらどうなるだろう。酒類販売のライセンス、バーの営業許可その他大きな利権が動くことになるだろうし、酒造会社の工場も各地に進出してくるかもしれない。合法化されると白昼堂々といろんな酒が購入できるようになり、バーの許可を得たレストランでは普通にビールなど楽しむことができるようになる。これまで酒をたしなむ習慣がなかった堅物も『さてどんなものだろう?』と手を伸ばしやすくなる。酒を取引することが『罪』でなくなると意識の上でもかなり大きな変化が起きるのではないだろうか。アルコール類がいとも簡単に入手できるようになると、若年層の飲酒も社会問題化するのではないかと予想している。とかくこの世の中、何ごとかが『解禁』されると大きな反動があることは珍しくない。
    だか州内はもとより、グジャラート州の禁酒政策により恩恵を蒙ってきた隣接する連邦直轄地ディーウの行方もちょっと気になっている。

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  • 今年は中印観光友好年

    india & china
    2007年は日印交流年であるとともに『中印観光友好年』でもある。
    このほどビハール州のナーランダーで玄奘三蔵記念堂が落成した。この記念堂建設事業には驚いたことに約半世紀もの年月がかかっている。1950年代に両国間で合意し建設が始まったものの中印紛争が勃発、そして長らく続いた両国の敵対関係のため工事は長らく中断。両国の関係改善にともない2000年になってから工事が再開され、両国の関係機関等の協力のもとで建設が進み、ようやく2007年2月になって落成式を行なうことができたのだ。
    両国間での各界の要人たちの様々な目的による頻繁な往来、国防面での交流と協調の促進も提言されているが、経済・商業面での結びつきの強化に向けてはインド側もかなり力を入れているようで、『メイド・イン・インディア・ショー』や『インド・ファッション・ショー』といったプログラムの開催が予定されている。
    そして交流年としての看板である『観光』自体については、インドや中国から海外旅行を楽しむ人々が増えてきたとはいっても、それぞれの国の人口の大多数である庶民は両国間を観光で行き来できるような恵まれた環境にはないため、文化使節として京劇、ボリウッドダンサーたちの往訪、文化展、スポーツ大会、ブックフェアにフードフェスティバルの開催といった交流事業が中心を占める。
    予定されている様々な活動のひとつに先述の玄奘三蔵記念堂の落成も含まれているが、中国側にインドによるモニュメント建設計画もあり、河南省洛阳市に『インド式仏教寺』が建つ(すでに完成しているのかもしれない)のだそうだ。
    また中国政府は今後5年で500人の若者をインドから受け入れることを決定している。どのような目的でどれくらいの期間招致するのかよくわからないのだが、インドの将来を担う有望な若者たちの中に親中派の芽を植え付けようというのが目的であろう。
    長い国境を接している割には、地理的・政治的な障害に遮られて国民同士による直接の行き来は希薄だった両国。関係改善と政府が音頭を取っての交流促進のムードの中、折りしも経済グローバル化と飛行機による大量輸送の時代ということもあり、インド・中国間の人やモノの行き来は両国間の歴史始まって以来の急速な進展を見ることだろう。中国におけるインド企業やインド人たちのプレゼンスの台頭以上に、インドを中心とする南アジア地域に企業家精神に富む『新華僑』たちが次々に進出してくる様子が頭に浮かぶ。
    これまでインド在住の中華系住民のイメージを代表してきたのはコルカタ華人たちだが、今後新たに大陸から進出してくる人々にお株を奪われてしまう日はそう遠くないように思われる。
    「中国インド観光友好年」開幕 (人民網日本語版)

  • 金の卵か?新型フリッジ『MITTI COOL』

    MITTI COOL
     生活の知恵をベースに開発された、グジャラート発の電気を使わないエコな冷蔵庫があるそうだ。表面に少しずつ滲み出て気化することにより、素焼きの壺の中に入れた水は外気よりもかなり冷たく保たれる。空気中の湿度が低いほどその効果は高くなるわけだが、この原理をそのまま利用して作ったのがこの『フリッジ』なのだ。ワンカネールに住む陶工の発案によるもので、ボディはもちろん焼き物でできている。四角い素焼きの水タンクの中に冷蔵室がしつらえてある・・・といったイメージだ。
     上部の丸いフタを取り大量の水を注ぎ込むだけで準備完了。気化熱で冷やされた水は冷蔵室内の野菜や牛乳などを適温で保ってくれる。この水はボディの横に取り付けられた蛇口をひねると出てきてそのまま飲用となる。この古くからの知恵による新しいフリッジはデリーのプラガティ・マイダーンで開催中の第26回インド国際貿易フェアにも出品されている。
     NDTVインディアの報道によれば価格は2000ルピー。『冷蔵庫』の大きさにいくつかバリエーションがあるのかどうかはよくわからない。画像の展示品のサイズは小さすぎるようなので、家庭の小型冷蔵庫くらいあればと思う。しかし素焼の陶工たちが手作りするものなので、このくらいの大きさが限界だろうか?
     ともかく電気不要なので停電を気にする必要はないし、ランニングコストもゼロ。一見何てことないアイデア商品だが、農村などからの引き合いは決して少なくなさそうだし、ひとたび当たればこの『冷蔵庫』作りに精出す村々も出てきたりすると雇用吸収力もバカにならないだろう。ターゲットとなるべき層はインド国内のみならず南アジアや周辺各国の相当広い範囲に及ぶ。素朴ながらも今後大化けが期待される目玉商品かもしれない。
     部屋の隅にちょこんと置いても邪魔にならないし、エコ・フレンドリーな温度に冷やしたビールや果物を楽しんでみるのも普段とは違った味わいがありそうだ。私もひとつ買ってみようかな?
    粘土製、太陽エネルギーの「エコロジー冷蔵庫」誕生 (AFP BB News)