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投稿者: ogata

  • 宿の接点

    宿の接点

    本日の夕飯は宿で頼んだ。インド人の家族連れの利用が多い小規模な施設(ジョイントファミリーの家屋を使っているのでそうなる)で、共用スペースが広くて、他の人たちと会話する機会も多いため、こういう宿がありがたいなあと思う。普通のホテルだと他の宿泊客との接点がないからだ。

    思えば、昔からこういうタイプのものが人気が高いし、私自身も好きだ。ポイントは自室以外のくつろげる居場所=共用スペース、そして食事時間の共有だ。これは宿泊費に込みの朝食があるケースでもそうだし、何か注文しての場合でもそうだ。朝の食事で同席になったベンガル人家族と夕飯もご一緒した。やはり食事は誰かとおしゃべりしながら聞きながらというのが楽しい。

  • PDR MALL

    PDR MALL

    宿泊先近くにPDR MALLというささやかなモールがある。ごく小規模なものではあるものの最上階には映画館が。バナーラスのような伝統的な街のゴチャゴチャした旧市街にこのようなものがあるのは不思議な気がする。

    ここのファーストフロアーにはSpencer’sのスーパーマーケットが入っている。英領時代のマドラスでインド亜大陸最初のデパートを開店したスペンサー商会をルーツとするもので、モールその他手広く主に南インドで展開している。

  • ワーラーナスィーの路地にて

    ワーラーナスィーの路地にて

    路地を散歩していると、間口の狭い家が多いものの、入口の扉は素敵なものが多くて見とれることが多い。

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  • 「チョウク」のある家

    「チョウク」のある家

    ワーラーナスィーでの宿は昔ながらのお宅という感じの建物。おそらくもともとそうだったのだろう。子沢山世帯とか、複数世帯で暮らせるようになっているのは、昔の「ジョイントファミリー」という生活形態が普通であった頃のもの。

    時期が下ってからは、下宿人を住まわせていた時期もあったはず。建物の形はいびつだが、中央には大空に通じる吹き抜けがあり、それを囲む形でたくさんの部屋が配置されている。ちょうど家族用の「広場」という感じだ。これは団欒の場としてのリビングと庭をも兼ねている。

    とてもざっくりとした言い方をすれば、欧州の地中海沿岸も北アフリカ、そしてアラビアやイランを経て中央アジアやアフガニスタン、パキスタンやインドなどの南アジアでも普遍的な家屋のありかた。おそらくイスラーム教の伝播やその文化的な影響とともに広まったのだろう。

    家屋は四方を壁で囲まれているため、外からは中を窺うことはできないが、大きな家の中がひとつの小さな世界として機能する。吹き抜けの広間は家族の段落の場であったり、外からのお客さんをもてなす場であったり、商取引の場でもあったりする。

    ここワーラーナスィーの話ではないが、ラージャスターンのシェカワティ地方のハヴェーリーでは、こうした空間を「チョウク」と称するが、市内のチョウクつまり2つ以上の通りが交わり賑わう地域のことだが、家屋の中のそうした場所なのだ。

    大きな邸宅になると、出入口近くの来客用のチョウク、そして奥のほうにある女性を含めた家族だけのためのチョウク、ときにはさらに多くのチョウクを持つ、もはや宮殿に近いような特大邸宅もある。

    それはさておき生活空間の中にこうした「広場」があるような家屋は、日本でも応用できたら評判になるかもしれない。雨の多い日本では合わないということもあるかもしれないが、こうした家屋が普遍的にある国々にも多雨の地域はある。

    ただし時代に合わないということはありそうだ。何しろ頭上は大空なので、冬は暖房は効かないし、夏は冷房など利用できるはずもない、

    やはりちょっと無理だなぁと思わざるを得ない。

    客室内
  • インドにおけるケーキ類の発展ぶり

    インドにおけるケーキ類の発展ぶり

    インドと言えば、近年のケーキ類の発展ぶりには目を見張るものがある。数人で来ていれば、ぜひホールで2、3個買って食べ較べてみたいと誰もが思うことだろう。蛍光イエローのフルーツケーキ、巨大イチゴ型のハート型ケーキなど、日本ではお目にかかることの出来ない傑作、力作が並ぶバナーラスのケーキ専門店のショーウィンドウ。

    ホールを一人でやっつけるのは無理なので、強烈レッドのカットケーキを買った。夕飯後に楽しむため、宿の冷蔵庫に保管してもらっている。

    昔々はこういうケーキはインドになかった(地味でパサパサのケーキばかりだった)ので、最近の百花繚乱ぶりにはいつも驚かされるのだ。

  • 空間のギャップ

    空間のギャップ

    ここを訪れたのは、ちょうどサーワンの時期だったので、シヴァの街バナーラスでは、主要なガートから目抜き通り、そしてシヴァ関連の大きな寺院界隈では、サフラン色の衣類で全身を固めたカンワリヤーの連中でいっぱい。大声で「BOL BOL, BAM BAM(唱えよ、シヴァの名を)」その他の掛け声がこだまして煩く、とても汗臭い。

    だがほとんどは各地からやって来たよそ者たちなので、路地に入ると騒々しい彼らの姿はなく、落ち着いた街歩きが楽しめる。

    とかくガンガー沿いの寺院が多い界隈は一時滞在者が非常に多いため、小路を入った先の地元の人たちの空間とのギャップの大きさに戸惑う。

  • 遺跡入場料がQRコード決済のみに

    遺跡入場料がQRコード決済のみに

    サールナートに行ってみたら、入場料の支払いがQRコード決済になっていた。

    PaytmなどによるQR決済手段を持っていない人はどうするのかと言えば、そういう手間のかかる人のために「オンラインペイメント係」がいて、その人に現金を渡してオンラインチケットを買ってもらうという措置はしてあった。発行されたQRコードをカメラかケータイに撮影して、入場口で係員に見せるというもの。

    インドでこのようなケースはときどきあるが、場合によっては「オンラインペイメント係」を置いておらず、訪問客自らがQR決済手段を持っている他の訪問客に頼んで、代金を現金で渡す代わりに入場チケットを一緒に買ってもらうしかないところもある。

    それでもインド人は快く応じてくれる人がとても多いのが助かる。

    こういうことは日本でもあり得るので、こうしたことで困っている外国の人がいたら気持ちよく応じてあげよう・・・と思うのだが、よくよく考えてみるまでもなく、今のところ日本では現金支払いのみでQRコード決済は不可という場面が多く、その反対は稀なので、なかなか役に立てる機会はないような気がする。

  • アーラムギール・マスジッド

    アーラムギール・マスジッド

    このあたりは昔々と眺めはあまり変わらない。

    訪れたのは雨季であったため、増水により、ガートからガートへの移動は不可能になっているのは残念だった。

    こちらアーラムギール・マスジッドは、アーラムギールことアウラングゼーブ帝が建てさせたマスジッド。パーンチガンガーガート近く。

    路地裏探訪がずいぶんしやすくなった。Googleマップにしっかり反映されているからだ。昔はまったく迷路だったのでどこに出るのか見当もつかなかったものだ。

  • ワーラーナスィーの路地裏

    ワーラーナスィーの路地裏

    バナーラス(ワーラーナスィー)旧市街の路地裏を「庶民の町」と侮ってはいけない。この街で巨万の富を築いた豪商もいたので、ところどころに大きなハヴェーリー(お屋敷)を見かける。

    こちらもそんなハヴェーリーのひとつ「ダース家の屋敷」のようだ。ボロボロになっているが、門構えからしてただ者ではないことがひと目でわかる。「オーシディャーライ」つまり診療所と書かれているので、アーユルヴェーダのクリニックだろうか。

    ちょうど中から初老の女性が出てきたので、「素晴らしいお屋敷ですね」と声をかけると、奥に家の主人がいるからどうぞと言われたので入ってみる。女性はここの人ではなかったようだ。

    奥の階段手前で靴を脱いで上がってみると、外の荒れ果てた眺めとはまったく異なる華麗な空間となっていることにたじろぐ。ちょうど屋敷の修復中で、ようやく完了手前といったところらしい。コロナ禍前までは身内の15家族が暮らしていたとのことだが、現在はひと家族だけがここに住んでいるそうだ。

    聞けば、この家はやはり医薬品の取り引き(アーユルヴェーダ医薬)で財を成したとのことで、その流れで今は屋敷の一角で診療をしているとのこと。

    細い路地裏に面した高い壁の向こうに、こんな豊かな空間が隠れていたりするのがバナーラス旧市街のすごいところで、奥行きの深さを感じるとともに、あのような豪邸に暮らす主が、現在は自宅の一角で細々と続けるアーユルヴェーダの診療を生業としているというのも信じられなかった。はなはだ失礼かとは思うが、「没落貴族」という言葉が頭に浮かんだ。(貴族ではなく商人だけれども)

    それにしてもその屋敷をあんなに綺麗に修復しているとは・・・。

    拝見させていただきながら重ね重ね失礼ながらもそんなこんなを思ったのであった。

    訪問したのは、ちょうどサーワンの時期だったため、「シヴァの街」バナーラスでは、主要なガートから目抜き通り、そしてシヴァ関連の大きな寺院界隈では、サフラン色の衣類で全身を固めたカンワリヤーの連中でいっぱい。大声で「Bol bol, Bam bam(唱えよ、シヴァの名を)」その他の掛け声がこだまして煩く、とても汗臭い。だがほとんどは拡張から来たよそ者たちなので、路地に入ると騒々しい彼らの姿はなく、落ち着いた街歩きが楽しめる。

    とかくガンガー沿いの寺院が多い界隈は一時滞在者が非常に多いため、小路を入った先の地元の人たちの空間とのギャップの大きさに戸惑う。

  • どこに行くのも自由自在

    どこに行くのも自由自在

    往来が簡単になったバナーラス旧市街の路地裏。環境が完全に変わってしまったことに驚愕した。もはや旧市街の路地がまったく迷路ではないのだ。

    昔は一度ガートに出てから目標の場所にたどり着けなかったし、知らない路地裏奥深くで夕暮れ時となると、大変心細かったものだ。人に尋ねて教えられたとおりに歩いたつもりでも、どこか違って見当違いのところをまだウロウロしていて、日没後元気になった野犬たちに吠えられて大いに困ったものだ。

    雨季に来てみて、ガンガーの増水のためガート最上部あたりまで水に沈んでいるため、ガートからの迂回が出来ず、ダメだこりゃ!と気弱になったのだが、そんな心配はまったく不要であった。環境が驚くほど変わってしまったため、路地裏歩きがまったく難しくなくなっているのだ。目的地までスイスイと行けるし、混雑したメインストリートを避けて、空いている路地でショートカットという、昔は絶対に出来なかったことがカンタンに出来てしまう。

    ・・・と書くと、クネクネと捩れた、そして細くなったり、少し太くなったり、行き止まりになったりする、あの難解なバナーラスの路地が大規模な区画整理で整然としたものになり、見通し良くまっすぐに歩けるになったのかと思う方がいるかもしれないが、それとは全然違う。

    路地は何十年前と変わらない。佇まいも変わらない。でも私たちの環境が完全に変わったからだ。何がといえば私たちが手にするスマホのGoogleマップである。あの難解な路地裏構成が、きちんとマップに反映されており、目的地を入れれば、最短ルートを即座に示してくれる。こんなことになっているとは想像すらしなかった。これでは迷子になること自体があり得ない。

    こうなると苦手だったこの街の路地裏歩きが俄然楽しくなり、気の向くままにズンズン歩いてみるのである。どこにいるのかわからなくなったらGoogleマップで現在地を確認。さて、どこに行こうかと目的地を決めて、あとはマップの示すルートを辿ればどこにでも行くことができる。

    ゴチャゴチャの路地への苦手意識が完全に払拭されて、もうバナーラスのどこでも行けと言われれば、まるで地元の人にでもなったかのようにスタスタとこの迷路を自由自在に往来できるのだから素晴らしい。

    もはやバナーラスの路地で、あなたの行く手を邪魔する「難解な迷路」という障壁はもはや存在しない。あなたはどの路地裏でも無敵のセルフナビゲーター。くれぐれもスマホの電池切れにはご注意を。

     

  • ヴァンデー・バーラト・エクスプレス(2)

    ヴァンデー・バーラト・エクスプレス(2)

    車両出入口ドア上には現在の時速が常に表示されている。

    この日乗車したのは、ニューデリーから。2019年2月に始まったヴァンデー・バーラト・エクスプレスの一番最初の路線である。終点のワーラーナスィーまで乗車。ちょうど8時間の行程。ワーラーナスィーまでわずか4駅。速度を下げることなく、ほぼ時速120km台で粛々と進んでいく。路線上のあらゆる列車に対して最優先のプライオリティを与えられて運行しているため大変スムースな運行。窓は遮光ガラスにはなっておらず、必要があれシェードを下ろすようになっているのかありがたい。

    大きな窓からの眺めが心地よい。

    途中駅のカーンプル・セントラルに到着。鉄道用地は大きな余白をもって確保してあるため、インドに限らず主要駅周辺では不法に住み着いている人たちが多く、スラムを形成している。

    鉄道用地内スラム
    カーンプル・セントラル駅

    当然、電気や水も必要となるため、鉄道施設内の水道施設から汲んできたり、関連施設から電気を勝手に引っ張り込んだりしている。

    インドでは今も給電状況が逼迫している地域やよく停電する地域もあるが、官庁街、軍施設などと並んで鉄道施設は最優先で電気が確保されているため、安定的な給電が期待できる・・・というより、停電はまずありえない。

    そんなこともあり、そうしたスラムでは仮の掘っ立て小屋状態から粗末なレンガ積み、そしてしっかりとしたレンガ造家屋へと移行していく例が多い。そのため、ときには不法占拠された地域とは思えないほどの発展ぶりを見せることも珍しくない。

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    ヴァンデー・バーラトのデリー→ワーラーナスィーの車両編成。14両がCCクラス(Chair Car)で、2両はEC(Executive Chair Car)クラス。私が利用しているのは前者で運賃は1840RS。後者は倍近い3500Rsくらい。

    CCで充分以上に快適だし、ECだとちょうど飛行機の料金くらいになるので、それなら飛んでしまったほうが良いくらい。ヴァンデー・バーラトに限らず、客席の等級がたくさんあるインドでは、クラスがひとつ違うごとに料金は倍になる。快適さの違いもあるが、同乗者自身の階層(経済水準)の選択という部分もある。

    通常のエクスプレスのように機関車に牽引されるのではなく全車両駆動で、車体もアルミ合金主体で軽量であるため、加速も迅速なヴァンデー・バーラト・エクスプレスだ。

    車内では、チケット代金に込みの軽食や食事が提供されるが、それ以外に車内販売もある。時折車内を巡回販売する係の人に「アイスクリームを」と言ったら出てきたのがこれ。大手会社が「マトカー・クルフィー」として製造販売している製品。

    マトカー・クルフィー

    近年は「マトカー・ビリヤーニー」「マトカー・ラッスィー」などよく見かけるが、この手のものが大変流行している。マトカーと言っても素焼きではなく釉薬をかけて焼いてあるので、そのまま持ち帰っても使えそう・・・というか、捨てるのはもったいない気がしてならない。

    このヴァンデー・バーラト・エクスプレスは、来年1月には初の寝台サービスも開始される。その最初の路線となるのがデリー・スリナガル間だ。デリーを午後7時に出発してスリナガルには翌朝午前8時に到着するというもの。800kmを13時間で結ぶサービスとなる。

  • ヴァンデー・バーラト・エクスプレス(1)

    ヴァンデー・バーラト・エクスプレス(1)

    コロナ禍の少し前に導入されて、インド各地でそのサービスが広がるヴァンデー・バーラト・エクスプレス。

    鉄道分野におけるモーディー政権の目玉政策のひとつ。中・短距離の準高速列車で、広大なインド国内の地域間の迅速な移動を可能とするものだ。イメージとしては従前の「シャタブディー・エクスプレス」的な具合ではあるものの、これよりも区間の長いサービスが大半で、シャタブディーとは重ならないルートも多い。いずれはシャタブディーのルートを吸収して置き換わる方向のようだ。

    インドでエクスプレスといえば「デカン・クイーン」「フロンティア・メイル(残念ながら現在は改称されてゴールデンテンプル・メイル)」等に代表される植民地期から引き続き使われるロマンチックな響きの名称、ニールギリー・エクスプレス、コロマンデル・エクスプレス等、地域を象徴するもの、アムリトサル・ディブルーガル・エクスプレスのように始発と終点の地名で命名したもの、加えて特定の目的で導入されたガリーブ・ラト(文字通り豊かでない層のための迅速な移動手段としての急行。連結する車両構成もそのような具合)、ドゥロント・エクスプレス(通常のエクスプレスと同じような車両編成だが、停車駅が少なく通過の優先順位も高いため、より速い移動が期待できる)等のようなものもある。これらにはそれぞれサービス区間の地名などが入る。

    そして他のエクスプレスと車両を共有せず、全車両空調完備の専用車両及び飲食サービス付きで運行するのが、ラージダーニー・エクスプレス(Capital Expressの意)、シャタブディー・エクスプレス(Century Expressの意 )。インド国鉄におけるアップマーケットな高速移動手段とし長年に渡り君臨してきた。

    モーディー政権下で、発展したインドを象徴するインド国鉄のサービスとして導入され、勢いよく各地での開通が相次いでいるのが、このヴァンデー・バーラト・エクスプレスなのだ。

    前述のとおり、インドのエクスプレスの名称は地域やスキームの目的を象徴するもの、そして専用車両でのサービスについてはニュートラルな命名がなされていたが、このヴァンデー・バーラト(インド万歳、賛インド、栄えあるインド)については、ヒンドゥー右翼政権らしい「いかにも」な名称。

    車両内は日本で言えば、新幹線とはいかないまでも長距離を結ぶ特急列車のイメージ。すこぶる快適である。

    ラージダーニー等の専用車両のエクスプレスもそうなのたが、このヴァンデー・バーラトも発車時には自動ドアが閉まり、移行は乗り降りはできない。ゆえに発車前には「この列車でご移動出ない方はすぐに降りてください。発車後は外に出られません」というアナウンスが流れる。

    トイレの入口
    快適なトイレ

    人情に厚いインドで駅まで人を見送りに来る場合、席まで行って、発車時まで別れを惜しむ姿はごく当たり前。発車のベルとエンジンの汽笛が鳴るまで、車内でおしゃべりし続けるのだ。

    ガタンと音を立てて車両が動き始めてからようやく「気を付けてね」と別れを告げて、外に出たかと思うと、最初はゆっくりと動く列車と並んで歩きながら車外と車内で手を繋ぎながら会話を続けるカップルの姿は、昔のラブストーリーもののインド映画の定番シーンだったが、この類のエクスプレスではそういう演出はかなわない。

    車内で提供される朝食