メヘムード・シャーのトルコ系奴隷(奴隷といっても王直属の親衛隊)から筆頭大臣にまで上りつめ、その後事実上の支配者となるカースィム・バリードの墓を中心とす墓廟群がそのまま公園になっている。
田舎に来るといろんな人に質問を受けるが、だいたい小学生くらいの子供たちは遠慮がないので、その中の特に積極的な子がいると、その子の取り巻きみたいなのも含めて金魚の糞みたいにくっついてくることになるのが面倒くさい。だいたいそういう年齢の子たちはヒンディーは誰にでも通じると言う感覚なので、これまた遠慮がない。
日本で外国人をあまり見かけない田舎で、どこの国から来たのかわからない人を見かけて質問攻めにしたり、ずっと話かけながらついてくるというのは稀だろう。国民性というのは大いにある。
しかし子供たちのこれとインドの大人たちへの話しかけやすさ、気安さは同一のものなので、実はありがたいことでもある。



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