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カテゴリー: travel

  • パフラットで昼食

    パフラットで昼食

    インド人が集住している商業地区。マレー半島やシンガポールと異なり、このあたりに住んでいる人たちは北インド系の人々が中心。それを象徴するかのように、スィク教徒の姿が目立つとともに、規模の大きなグルドワラーがあり、こうした人々の資金力の豊かさを思う。

    グルドワラー内部

    北インド系のコミュニティーといっても、出自は必ずしもインドとは限らず、ネパール系の人々もあり、ミャンマーから渡ってきたインド系、ネパール系の人々も少なくない。

    グルドワラーのすぐ隣には、INDIA EMPORIUMという、インド関係商品の店が多く入っているモールがある。サーリーやシャルワール・カミーズといった衣類、神像、神具等に加えて、様々な雑貨類も販売されている。

    周囲にはインド系の人々が経営する食堂、ミターイーの店、インド映画DVDを扱う店なども多く、ちょっとした「インド空間」が広がる。

    ここでは、ごく普通にヒンディー語が飛び交っているが、そのいっぽうで、見た目はタイ人の血は入っていない生粋のパンジャービーに見える年配男性同士の会話がタイ語(これが母語となっているのだろう)だったりして、タイ生まれの人たちについては、すっかり言語環境は現地化している様子も窺える。これは性別や年齢層を問わずに言えることのようだ。

    そんな具合でも、話しかけてみると、きれいで流暢なヒンディー語で返事が返ってくる。パフラットのインド人が多いエリアの周囲は、当然のことながらタイ人ばかりの空間であるのだが、タイ生まれのインド系の人々の存在に加えて、常にインド、ネパール、ミャンマーからの人々の流入も盛んであるため、こうしたインドらしい環境が、その活力とともに維持されていくのだろう。

    「もうずいぶん前に嫁に来たけど、私が生まれ育ったのはインドのパンジャーブなのよ」と話してくれる女性店主もいたりするが、インドや周辺国からここにやってくるのは男性が圧倒的に多いとはいえ、結婚のためインド本国からタイに渡る女性も少なくないそうで、家庭の中の「インドらしさ」も次世代に引き継がれることになるようだ。

    先述のINDIA EMPORIUMに中華料理屋が入っているのは場違いな感じがするが、せっかくバンコクに来たからには、こういうものを食べるとココロも身体も満足する。

  • タイ・プレミアリーグ観戦

    タイ・プレミアリーグ観戦

    タイ・プレミアリーグ観戦

    バンコクに来たからには、タイ・プレミアリーグを観戦したかった。タイNo.1クラブのブリラーム・ユナイテッドFC、あるいはバンコク郊外のノンタブリーを本拠地とするムアントン・ユナイテッドFCのゲームを観たかった。

    どちらもAFCでは、Jから出場するチームに匹敵する結果を出すようになっており、代表レベルでは、日本に大きく水をあけられているものの、クラブチームベースでは、Jリーグのトップとタイ・プレミアリーグのトップの差は無くなってしまっているのが現状だ。

    Jリーグで解雇された選手が、タイ・プレミアリーグで再挑戦する例は多いが、逆にタイで活躍した日本人選手が、Jリーグのクラブに呼び戻された例もある。

    Jリーグは、試合の放映権のタイにおける販売を広げることを画策しており、そのためにリーグ傘下のクラブにタイの代表クラスの選手の獲得してもらうことを狙っているものの、そのレベルの選手の年俸は急騰しており、各クラブにおいても貴重な外国人枠を使うということもあり、なかなか実現に至っていない。

    しかしながら、短い滞在なので、その日に行われているゲームに出かけるしかない。幸いなことに、この日には先述のブリラーム・ユナイテッドFC、ムアントン・ユナイテッドFCと並ぶ、タイの強豪御三家のひとつ、チョンブリーFCのゲームが、バンコクのタイ・アーミー・スポーツ・スタジアムで開催されることが判った。その名の示すとおり、陸軍が所有する競技場らしい。

    チョンブリーの相手は、このスタジアムを本拠地とするアーミー・ユナイテッドFC。陸軍サッカー部を前身とするタイ最古の名門クラブだ。

    試合開始前にスタジアム外が集うアーミー・ユナイテッドFCサポーターたち

    スタジアム内にあるアーミー・ユナイテッドFCのショップ

    ところで、タイでは「ユナイテッド」という名前が好まれているようで、タイ・プレミアリーグ1st ディヴィジョン18チームのうち、半数近くに「なんとかユナイテッド」という名前が付けられている。

    優れたタレントを揃えた強豪御三家の一角、圧倒的なボールポゼッションと多彩な仕掛けで魅せてくれる前者と鋭いカウンターが持ち味の後者という、対照的なクラブの対戦で、なかなか面白かった。結果は2-0でチョンブリーの勝ち。出場しているのは、どれも私の知らない選手であるため、もっとよく楽しむためには、事前の予習が必要であった。

    ボールポゼッションのブリラーム、カウンター攻撃のアーミー・ユナイテッドのゲーム進行中

    リーグでの成績は中くらいとはいえ、首都のクラブのゲームなので、それなりに観客の入りも良いのではないかと予想していたが、収容人数2万人という小ぶりなスタジアムがガラガラの状態で、いまひとつ盛り上がりには欠けていた。

    ゴールに沸くチョンブリーFCサポーターたち

    それでも、タイ・プレミアリーグの雰囲気に触れることが出来たことで、それなりに満足した晩であった。

  • コサメット2

    コサメット2

    エアコンをガンガン効かせて、「あ~、寒い」とブランケットにくるまり、深く気持ち良く眠った翌朝。20年以上前のコサメットで、暑さにうなされて、朝起きると疲労感があったのとは違う次元の大変気持ちの良い目覚めだ。

    外に出てみると、近所の店では洋風の朝食しか出していない。ご飯党の私たちは、セブンイレブンでコンビニ弁当を買った。これが案外旨い。ちょうど食堂や屋台で出るようなご飯がプラスチックケースに入っている。一食40バーツ程度なので、愛用している安旅行者は少なくないのではないかと思う。とりわけタイではコンビニは多いので、利用する機会は多いだろう。

    コンビニ弁当

    そんな具合で食事を済ませて、外に出ようとしていたら激しい豪雨となった。雷が鳴り響き、足元から先が霞んで見えないような勢いで降り注いでいる。一時間ほどで止んだのだが、それからしばらくの間は空模様が不安定であった。雨季なので仕方ない。宿の前のマーケットから国立公園入口ゲート手前まで、道路がすっかり冠水してしまっている。

    ふと思い出したことがある。昔、コサメットに来たとき、知り合った私と同年代の若いドイツ人女性(当時は私も若かった)が「5日に一度は親に電話しなくてはならないので、辺鄙なところには行けないし、トレッキングとかは絶対ムリなのがツライ」と言っていた。

    欧州人で、そんな過保護な家庭は珍しいな、とやったが、彼女の兄がインド旅行中、夜間に鉄道車内から転落して亡くなり、それ以降はアジア方面に一人旅することに猛烈に反対され、妥協案として、そういう約束になったのだとか。

    でも、そんな頻繁に国際電話していては、電話代だけで大変だろうと思いきや、「私はコレクトコールを申し込んで、親はそれを断る。そうすれば、私が無事でいることが判るでしょ?」とのこと。

    のっぴきならぬ大変なことが起きて電話するような事態が起きた場合には、緊急事態用の名前を用意しており、その場合には親はコレクトコールを承諾して通話する約束になっているということで、さすがドイツ人はしっかりしているなぁ、国際電話をタダで利用して安否確認をするなんて!と感心したものだ。電話局からではなく、民間の電話屋からだと、コレクトコール申し込むと、幾らかの手数料を取るところは少なくないのだが。

    彼女と一緒に食事に出かける前に、コレクトコールの申し込みに付き合ったが、かなり高いことを店の人に言われて(前述のコレクトコールの手数料)、「明日、バンコクに行ってからかけることにする。でも親が心配するなぁ・・・」とかなんとかボヤいていた。

    インターネットの時代到来後、とりわけスマホが普及してからは、若い旅行者たちは、通話アプリを利用して、自国の家族や友人たちと簡単に連絡を取ることが出来るので、もうこんな方法で身内に無事を知らせる人はいないだろう。それに、昔は旅先で知り合った人たちと住所を交換しても、少数の例外を除き、多くは二度と会う機会は無かったりしたのだが、今はFBやLINE等で、そのまま繋がっていたりすることができる。

    今どき、Poste Restante(局留め郵便)などというものを手紙の受け取りに利用する人はいないだろうし、旅行中の「通信環境」は、昔とはまったく別次元になっている。

    ビーチで、娘とフリスビーで遊びながら、長らくすっかり忘れていたことを思いだしたが、通信環境でさえも、こんなに大きく変化しているので、島の様子がすっかり一変しているのも当たり前だな、と思った。10年ひと昔と言うが、ふた昔以上の時間が経過しているのである。

    雨季なので空も海の眺めもいまひとつ

    小腹が空いて、浜辺のカフェに入ると、娘は私のスマホを手にして、ポケモンGOで遊んでいる。インターネット出現前の時代は、もはや遠い過去の話となっている。

    フリスビーで汗をかいた後、ビールが旨い。

    〈完〉

  • コサメット1

    コサメット1

    バンコクのエカマイ・バスターミナルに向かう。コサメットに行く船着き場バーンペーまでのバスは1時間半後まで無いと言われたが、幸い反対のカウンターではミニバスのチケットを売っており、これは今すぐに出るところとのことで助かった。クルマは、「ミニバス」というよりも、大きめのヴァンであった。

    ヴァンの同乗者に台湾人男性がいた。タイ人の運転手は中国語が出来るようで、他の同乗の中国系タイ人のおばあさんとともに、北京語で話している。中国語というのは実に使い出のある言葉だ。台湾人にしてみても、違う国に行って、そこに数世代にわたって暮らしている現地の華人たちと中国語で会話できるというのはなかなか面白いものだろう。

    もっとも華人といっても、タイではすっかり現地化してしまって、潮州語等、父祖の言葉は出来ず、当然ながら北京語も出来ないという人たちは多いようだが、それでも中国系の人口が多いだけに、流暢に使いこなす人もまた少なくないようだ。

    バーンペー到着は11時前くらいであったか。バンコクから3時間程度であった。船でコサメットに着いたのは、ちょうど正午あたり。この島は、バンコクから近いので、幾度か来たことがあるのだが、前回訪れたのは20数年前だったが、コサメットに渡るバーンペーの船着場周辺の光景がまったく違っているのには驚いた。魚の干物やスルメなどを天日で干している風景の中、突堤脇に小屋があり、そこで船の切符を売っていたように記憶しているが、いまやすっかり立派な市街地になっている。

    バーンペーの市街地

    バーンペーの埠頭

    実に久々に訪れたコサメットでは、ずいぶんアップマーケットな宿泊施設やレストランがいっぱいで、まったく別世界になっていた。今回は子連れで来ているので、船着き場近くで、何かと便利なサイケウビーチに滞在。至近距離にコンビニが3軒もあり、ATMも沢山ある。

    コサメットへ

    コサメットの船着場はずいぶん立派になっていた。
    ちょっとした市街地になっており、コンビニも出来ているのにはビックリ。
    旅行者に必要なものは何でも揃っている。
    今のコサメットには、こんな立派なホテルが沢山ある。

    昔のように細い角材の枠組みにベニヤで壁を仕切り、茅葺きの屋根を付けただけの、歩くと建物全体がミシミシと軋む、高床式の簡素なバンガローは、少なくともサイケウビーチからアオパイビーチまで歩いてみた範囲では見当たらなかった。

    そうしたバンガローは、独立した部屋ふたつで一棟だったが、当然エアコンなどは無かった。砂だらけのベニヤ床に敷かれたマットに蚊帳を取り付けて、裸電球ひとつが頼りなく点る、蒸し暑く重苦しい空気の中で、どこからか聞こえてくる虫の声を耳にしながら、幾度も寝返りを打つ。やがて汗まみれで、浅い眠りへと入っていく。コサメットに限ったことではないが、タイのビーチの典型的な宿であったと記憶している。

    首都圏から近いことから、昔から週末にバンコク界隈から地元の人たちが大挙して訪れていたのだが、バンガローに宿泊しているのはたいてい欧米人、加えてそれ以外の日本人等の人たちであった。タイ人でそうした安い宿に泊まるのは、ギターを抱えた大学生のグループくらいであったように思う。今はカップルや家族連れが、きれいで快適なホテル等に宿泊している。

    外国人旅行者の層も大きく変化した。欧米の中高年層が実に多くなったことに加えて、今は中国大陸から来る人たちが大変多く、どこも中文の看板や表示で溢れている。コサメットに着いてから海パン、一緒に来ている私の娘の短パン等を買い物したのだが、いずれも売り子たちが上手くない北京語で話しかけてくる。商談、値段交渉は、私の更に下手くそでデタラメな中国語で終始する。

    中国人団体さん。とにかく賑やかでよく食べる。

    かつて幾度か訪れたことがあるところでも、ふた昔以上前のこととなると、まったく異なる場所になっているので、初めて訪問するよりもかえって新鮮味が感じられるかもしれない。

    大型のレストランが沢山出来ていて、これまたビックリ。
    かつての素朴なムードとはまったく異次元の世界
    夜になっても華やかなビーチ
    ビーチに席を並べた大賑わいのレストラン
    海鮮バーベキューの具の見本
    ちょっといい感じのホテルで、空調の効いたフロントには、こんな高級犬が鎮座していた。
    ビーチ裏手には屋台の集合体もある。

    数々の美しい島々に恵まれたタイでは、「屁」みたいなもので、大きな歓楽街のあるパタヤよりはマシという程度かもしれない。さりとて南国の島、タイの国立公園指定されているだけあり、それはそれで風光明媚で素敵な島で、個人的にはかなりお気に入りだ。

    変わらないのは海原の風景
    夕暮れ時の浜辺
    今日の日よ、さようなら

    それに、首都圏から4時間弱でアクセスできる点もいいし、ここから対岸のバーンペーまで渡れば、1日に数本程度、スワンナプーム国際空港への直通バスもある。

    大当たりのドリアンで夢心地

    〈続く〉

  • バンコクの石鹸

    バンコクの石鹸

    ちょっとした繁華街やモールなどでよく見かけるフルーツ型石鹸が実に精巧だ。ちゃんとそれぞれの果物の香りもついていて、隙のない作り。さすがにここまでキッチリと仕上げてあると、実際に使ってしまうのは惜しい。
    若い女性が番をしている店先で、そうしたフルーツ型石鹸の横の棚に目をやると、そちらに陳列されているのは、大小のこれまた精巧な男根型石鹸であったりして、なんだかこちらのほうが恥ずかしくなる。
    後者については、ときどき警察が取り締まっているらしいが、実にあっけらかんと販売されている。

    Cock-blocked: Police arrest dick soap sellers (COCONUTS BANGKOK)

  • バンコクの公衆電話

    バンコクの公衆電話

    バンコクの公衆電話

    昔、よく見かけたのは、全体が銀色のものだったと思うが、今も大きな通り沿いでは健在の公衆電話。

    クルマやトゥクトゥクの音が煩いので、こういうところからかけると、相手の声がよく聞こえなくて困ったことを憶えている。

    今は誰でも携帯電話を持っているので、公衆電話を使う人の姿はほとんどみかけない。たぶん、新規に設置することはないのだろう。

    携帯電話といえば、タイでは空港でも幾つかの通信会社がSIMを販売しており、旅行者など一時滞在者用のプリペイドプランで、その場で購入することができて便利だ。

    インドのように書類を記入したり、パスポートの写しや滞在場所についての証拠?的なものを提出したりする必要もなく、数十秒で手続き完了して、即開通となる。

  • スワンナプーム空港近くのホテル

    スワンナプーム空港近くのホテル

    早いもので、バンコクのスワンナプーム空港がオープンしてから10年になる。

    開港当初は、夜遅く着いて翌朝早くここを飛行機で発つというような際に、気軽に利用できる宿泊施設が見当たらなかったのだが、さすがに近年は、空港エリアのラートクラバーン地区にいくつもエコノミーな宿泊施設が出来ている。タイを経由してインドやネパールに向かうという人は多いだろう。乗り換えで一泊だけというような場合、このエリアはなかなか使えるようになった。

    広大な空港施設に隣接して広がる郊外の静かな住宅地。まだまだ空き地も多い。そんなところなので、見るべきものは何もない。だが食事する場所には困らないし、飛行機のチェックイン時間までのんびり過ごすには悪くない。

    私自身、バンコク乗り換え一泊でミャンマーに行くときなどに、この界隈のそれらを幾つか利用したことがあるのだが、とても不思議なことがある。

    建物も部屋もどれも非常によく似た造りなのだ。同じオーナーが複数の宿を所有しているのか、それともこのあたりが宿経営に有望だとかなんとかで、建築業者が土地所有者たちをそそのかして、ほとんど同じような建物をいくつも造ってしまったのか?

    同じ程度のグレードで、部屋もほとんど似たり寄ったりなので、料金も600バーツくらいのところが多い。土地柄、空港からの送迎は無料で付いており、どこも築浅で綺麗だ。

    ただし、そうした宿泊施設が一箇所に固まっているわけではなく、広々として見通しの良いエリアに点在しているという解放感がいい。

    宿がけっこうある割には、お客はやけに少ないため、スタッフたちはやたらと丁寧かつフレンドリーだったりする。今回利用したところは、小さいプールやヘリパッド(!)まで付いている。ラートクラバーンに点在する一連の宿泊施設の中では、頭ひとつ抜け出ている印象で、なかなかオススメである。

    同宿泊施設のウェブサイトでは若干高い料金を提示しているが、アゴダ、エクスペディア等の宿泊予約サイトでは、概ね600~700バーツくらいで予約できるようだ。

    The Great Residence

    このあたりの同類の宿の中ではとりわけ大型で、3棟もある。
    なぜかヘリパッド?がある。
    小さいけどプールが付いているのは嬉しい。
    いい感じのレストランも併設。近隣にも食事処や屋台村もいくつかある。
    貸自転車もあり。料金は少々高いが、郊外の空いている道を飛ばすのは快適だろう。
  • 朗報 デリー空港のみやげ

    朗報 デリー空港のみやげ

    インド首都の空の玄関口、IGIエアポート。ターミナル3の開業、空港運営の民間への移管などを経て久しい。かつては、眺めているこちらが気恥ずかしくなるほどで、購買意欲をそそる商品や店舗など皆無で、とにかくショボかったものだが、今やモダンかつとても快適な空間に生まれ変わり、大変繁盛している。




    そんな中で、仕事先へのバラまき用の菓子類も安価で手に入るのが嬉しい。これで市中の雑貨屋で事前に購入する必要がなくなった。けっこうな数が入っていて、50ルピーのキャンディー類、ゼリー類。フレイバーにいくつかのバリエーションがあるアイテムを酒やチョコを販売する免税店隣のコンビニ風(図書なども置いている)のショップにて絶賛(?)発売中。

    これがその店舗だが、本社はUKの企業である。

  • ペヘルガムへ2

    ペヘルガムへ2

    川にかかる橋を越えて反対側に渡り、しばらく進むとペヘルガム(Pahalgam)に着く。

    橋を渡った。ペヘルガムはもうすぐそこだ。

    どうということのない山間の集落だったのだろうが、ずいぶんたくさんのホテルが立ち並んでいる。ここでは斜面を上っての景色が良いことで知られている。せっかく来たのでポニーライドをしてみることにしたが、コース別に設定されている料金はずいぶん高い。看板に料金が書かれており、フィックスレートでやっているのだが、ずいぶん儲けていることだろう。

    ポニーライドの協定料金。かなり高い。

    馬方の言う「月収4000Rsにしかならない」というのが本当であるとすると、他はオーナーが取ってしまうので、シーズンは限られているとはいえ、つまり4月から9月か10月くらいまでのようだが、かなり稼いでいることだろう。

    かなり急な斜面を馬で登っていくのはかなり怖い。馬が脚を滑らせて斜面を転落とかいろいろ考えてしまうのだが、意外なことに人間と違って、斜面を登る馬の足元はかなりしっかりしていて、人間のように足元がズルッと滑ったりするようなことは、少なくとも本日私が乗った限りではなかった。

    馬方が横について歩きながら、馬を好ましい方向に先導してやったり、遅くなると細い木の枝で鞭を入れたりなどしている。馬は従順にそれに従い、黙々と進んでいく。
    そんな具合なので、歩いても同じくらいの速度で進むことができたはず。だが一度くらいはこんなのも悪くはない。少なくとも馬がいかに上手に斜面を歩くことができるのかということは判った。ラダックでトレッキングコースではこうした馬やロバが物資を運搬しているが、こうした動物がいかに頼もしい存在であるかということを感じる。

    後ろから馬の頭を見ていると、ひっきりなしに耳を左右にいろいろな方向に向けていて、周囲に注意を払っていることがわかる。しかしそうして動く耳を見ているとなかなかかわいい。

    スタートした地点に戻り、料金を払ってからクルマに乗り込み、スリナガル方面へ戻る。朝早かったこと、馬に乗ったことなどでしばらく居眠りしてしまった。

    帰路では、アワンティプル(Avantipur)でヒンドゥー寺院の遺跡に行く。このアワンティ・スワーミー寺院跡は、9世紀の建立。

    パーンプル手前までくると、サフランやドライフルーツを販売する店舗がいくつも並んでいる中のひとつに停車。そのとなりにはカフワー茶を出す店があり、サフランの香り、ナッツの風味、砂糖の甘味を感じる素敵なお茶であった。サモワールで淹れている。

    ここではサフランは買わないが、干したアプリコット、を購入。これは土産にする。カシミールではみかけないラズベリーのドライフルーツなどもあったが、こうした地元らしくないものはアメリカからの輸入品であった。

    〈完〉

  • ペヘルガムへ1

    ペヘルガムへ1

    ぺヘルガム(Pahalgam)を日帰りで訪問することにした。とにかく時間がないので、タクシーをチャーターして向かうことにした。

    国道脇で木材が大量に積まれている。このあたりはクリケットのバットの材料となる柳の木(日本のしだれ柳とはだいぶ違う感じ)の産地として知られており、国道沿いにはバット作成のために削り出した木材が山積みされている。クリケットの世界では、オーストラリアとともに世界をリードするインドを下支えしているのがカシミールのバット生産といえるのかもしれない。

    これからクリケットのバットに加工されるヤナギ材

    ちなみにこの柳は、ラダックでもよく利用され、家屋や寺院の梁などを組むのにも使われる。強靭で弾力にも富むためだろう。

    そこを過ぎて少し進んだ先、パームプル(Pampore)近くでは、道路両側が広大なサフラン畑となる。ここは世界に冠たるサフランの大産地。ここはジェーラム河のほとりに広がる湿原でも有名だ。収穫期は秋で、花ひとつに花芯は三本ほどしかなく、ゆえに高価なものとなるようだ。

    そこからしばらく進んだところにはビジベハーラー (Bijbehara)という町がある。ここはJ&K州の前州首相のムフティ・モハンマド・サイードの実家があり、娘で父親の死後に州首相の座に就いたメヘブーバー・ムフティの生まれた町でもある。

    このあたりで国道から左に折れて進んでいく。やがて道の両側はリンゴ畑となる。そのあたりでチャーイの休憩。運転手が言うには、観光客を連れてきている運転手はチャーイも食事も無料で提供されるのだとか。観光地間を結ぶ道路沿いではそんな感じらしい。

    チャーイの休憩

    立ち寄った店の横を流れる川

    さて、本日の運転手はアブドゥル・カーディルさん。若い運転手だと向こう見ずな運転で怖いので、「中高年ドライバーを」と頼んだらやってきたのがこの方。すでに昨日、タクシースタンドの事務所で顔合わせしている。

    アブドゥル・カーディルさん

    運転手のアブドゥル・カーディルさんは、このあたりでは最高齢クラスの職業運転手だそうで、御隠居さん的に達観した落ち着きと重厚感がある。

    だがジェントルな見た目とは裏腹に、なかなかおしゃべりな年配男性であった。
    明日はどこに行くのか?と、やたらとグルマルグに日帰りすることを勧めたり、明後日デリーに飛ぶのだと言えば、空港には何時に行くのか?とどんどん売り込んでくる。必要があれば電話するとかわすが、それでもしばらくはそんなやりとりが続いた。

    「子供たち四人全員結婚して片付いた。一緒に暮らしとる息子からは、もういい加減に引退しては?言われるけどな、家でぶらぶらしてると、家内が煩くてねぇ・・・」なんて、どこかの国でも耳にするようなことを言う。

    もうとうに70才を越えているかと思ったが62才とのこと。このあたりの人たちのトシはよくわからない。

    さきほどのメヘブーバー・ムフティの生まれた町を出たあたりから、次第に山道に入ってくる。近年は、カシミールの道路もかなりよくなっている。

    おととい向かったソーンマールグとはまた違った雰囲気はあるが、やはりカシミールの景色は美しい。まさに風光明眉とはこのことだ。あまり険しい山道ではないが、次第に高度を上げていくとともに、気温も下がっていくようだ。高度はソーンマールグとどのくらい異なるのかは知らないが、向こうではすぐそこに見えた雪が、ここでははるか彼方上のほうに見える。

    〈続く〉

  • HUAWEI MediaPad M2 8.0

    HUAWEI MediaPad M2 8.0

    HUAWEI MediaPad M2 8.0

    スマホもHUAWEI社製品を使用しているが、数カ月前に同社の8インチのタブレット「MediaPad M2 8.0」を購入してみた。

    スマホの画面サイズでは、長時間電子書籍を読んだり、テレビ番組を視聴するにはちょっと辛い。様々なサイズの画面で最適な読書環境を提供してくれるアマゾンのKindle版書籍はともかく、いわゆる「自炊」で作ったPDF書籍となると、やはり大きな画面が必要だ。また、Bluetoothのキーボードで文章を入力したりする際に、ポケットサイズの画面では楽ではないことなども合わせて、タブレットPCが必要となった。

    同時に、「音声」の関係もある。ネット放送されている番組を自室で視聴する際に、スマホのスピーカーでは充分なボリュームが出なかったり、音が割れたりするということもある。音楽を楽しんだりする際も同様だ。タブレットの上下にひとつずつスピーカーが付いており、ごく普通にテレビとして使うことが出来る。

    画面サイズについては、自宅内で使うことのみが目的であれば、10インチくらいあるといいのだが、外に持ち出して使う目的もあるので、8インチを選択。

    また、ヘッドセットを使用しなくても、通話が出来るモデルとなると、選択肢は狭まってくる。もっともタブレットの場合、スピーカー音量を思い切り下げないと、周囲に丸聞こえとなるので、携帯電話的な使い方はあまり実用的ではないし、8インチの画面で通話するのはあまり楽ではないとはいえ、そういうことも可能であれば、旅行の際には少しでも荷物の寮を減らしたいのでありがたい。

    もちろん、操作にストレスを感じるようでは困るので、プロセッサーはオクタコアを搭載しているものが欲しいし、外出中に電池切れとなってしまうと困るので、内蔵バッテリーも5,000 mAh近くあって欲しい。あまり使わなければ、充電しなくても2日半近くは持つような・・・。

    そんな具合で、最終的に選んだのが、このモデルのSIMフリー版である。昨年9月に発売された製品だが、現在は3万5千円から4万円強くらいの価格で販売されている。

    これ1台で、スマホ、日記等を記録するノートパソコン、ガイドブック等を収めた電子書籍リーダー、各種データストレージを兼ねることが出来る。背面はしっかりしたメタルボディで、薄型ながらも堅牢感があり安心だ。

    HUAWEIは、このところ急成長している中国企業だが、従前の中国製品のイメージとは大きく異なり、「高性能・高品位な製品を比較的手頃な価格で提供」するメーカー。

    日本では、東京で今年4月にカスタマーサービスセンターをオープンさせており、実は初期不良で一度お世話になったことがあるのだが、製品を持ち込むと、その場で修理してくれるというスピード感が素晴らしい。

    IT製品は秒進分歩で、次から次へと魅力的な商品が市場に投下されているが、現時点で「インド旅行に必携アイテム」のひとつとして、このMediaPad M2 8.0を挙げたいと思う。

  • ソーンマールグ2

    ソーンマールグ2

    ずいぶん早く出たのだが、まだ誰もいない時間帯に歩き回ることができ、テントで商っている人たちもまだ寝ている頃だった。早起きして出てきた甲斐があったというものだ。

    しばらく歩きまわってから、スタートした地点に戻った頃、いくつものテントの食堂が店開きを始めていた。その中のひとつで、メギーのヌードルを注文。商っているのは、周辺地域の村々から来ている人たち。シーズン中はずっと滞在しているそうで、4月から9月あるいは10月まではこうしているとのこと。

    彼らは、1年のうち半年ほどは、店となっているテントで寝泊まり。大変なことではあるのだが、やはり現金収入のために仕方ないのだろう。村で留守番をしている家族たちは、畑仕事にいそしんでいるとのこと。

    氷河を後にして、来た道をクルマで下り始める。道路脇にはところどころ雪渓が残っている。真冬にはどんな景色になっていることだろうか。

    本日同行したスウェーデン人のジャコーは、外国旅行といえば、いつもバードウォッチングが目的とのこと。川沿いに走る道路、途中で幾度か停車してはバードウォッチングを楽しむ。私にはヒバリの声にしか聞こえないようなものでも、彼には特定の鳥の姿が目に浮かぶのだという。冬はケララにいて夏になるとカシミールに移動する渡り鳥やカシミール地方のみに生息して世界中のどこにもいない珍しい鳥も少なくないとのこと。

    少し大きな集落のあたりで、クルマを待たせてしばらく散策する。

    集落を過ぎると土砂崩れの跡のようなものが見えるが、これは雪渓であった。

    土砂崩れの跡かと思ったが、実は雪渓だった。

    谷間の向こうに見える斜面を上ってみた。

    その脇を進んでいくと小さな川の流れがある谷間に出る。そこから進んでいくと斜面があるのだが、なかなか急であった。斜面にへばりついて土地の中から出た岩をつかんで足元にあまり体重をかけないようにして、ともすれば崩れ落ちてしまう足元にひやひやしながら進んでいく。私の靴はタウンシューズなのでこれはちょっと無理だと観念して途中で引き返すことにした。靴が靴だけに、滑落しそうで怖い。

    ジャコーはそのまま進んでいくのだが、やはり途中で観念したようで、私が集落まであと少しのところまで降りたあたりで振り返ると、ちょうど彼が下ってくる姿が遠目に見える。
    上から降りてくると、土砂崩れに見えたものの正体がわかった。土砂崩れではなく雪渓である。表面が泥だらけになっているのだが実は雪。川の上に覆い被さっているため、冬季には相当の積雪があることがわかる。

    雪渓のところどころから崩落しており、その下に川の流れが見える。
    登るときにその上で何か作業している女性と子供たちがあり、ちょうど私たちが通るところで休憩していたので尋ねてみると、薪に使う木を採取しているとのこと。流されてきた木の破片や枝である。こうしたものを収集している人たちは山の斜面でもあったし、集めて頭上に載せて運ぶ人たちの姿もあった。

    奇妙なのは、なかなか力仕事だと思うが、これは女性の仕事であるようで、こうした作業をしている人たちはどこでも全員女性たちばかりであった。

    ここで見かけた女性は二十歳とのこと。子供は五歳。姉と弟かもしれないし、母親と息子なのかもしれないが、それは聞きそびれた。

    私たちはクルマに戻り、あとは一路スリナガルへ戻る。

    風光明媚なカシミール