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カテゴリー: society

  • ダージリンのバンド その後

    バンド(ゼネスト)始まってから2ヶ月以上にもなるダージリンだが、地域南西部のミリクでは役所が開いたらしい。
    たちまち、バンドを主導する政党、GJM活動家に襲撃されて、再び扉を閉めるのか、それとも他の地域もこれに続くのかどうかは判らないが。
    物流は止まり、商店はおおっぴらに扉を開けることはできず、近隣の人たち相手に裏口で細々と売買していたり、商品の在庫は尽きて、ずいぶんな高値で取引されていたりと、ロクなことはないようだ。通信の途絶から、学校では新入生の登録が困難となり、携帯電話やネットも不通という状態が伝えられるとともに、ゴミの回収もストップしていることから、衛生面でも大変らしい。市民生活各方面に大きな打撃だ。ダージリンの住民世界からは隔絶された状態にあるとも言える茶園(ダージリンの外からやってきた労働者たちが住居その他の生活丸抱えで暮らしていることが多い)でも、茶園の手入れや収穫などもできない状態で、これまた地域経済には大きな負担となる。
    中央政権の与党BJPは、西ベンガルではGJMと共闘関係にある友党ながらも、今回のゴルカランド運動で、特に肩入れすることなく様子見を続けている。
    これ以外にも、アッサムのボードーランド運動その他、北東地域は分離活動、民族主義活動の巣みたいなところがあるので、あまり深入りしたくはないのだろう。
    俗に言う「グレーターネパールムーブメント」への警戒感もあるかもしれない。

    Defying bandh, office work resumes in Mirik (Millennium Post)

  • 近日200Rsの新紙幣導入

    今年4月にこんなニュースがあった。
    RBI clears proposal to introduce Rs 200 note (livemint)

    ちょっと忘れかけていたが、本日、新額面200Rsの紙幣が発行されることが正式にアナウンスされた。また50Rsも新しいデザインのものが出回るそうだ。
    Why new Rs 200 and Rs 50 currency notes bring demonetisation blues (daily O)

    昨年11月に当時の500Rsと1000Rs紙幣が廃止となった記憶も新しいインドだが、小さな額面のコインも無くなるかも?という話があるようだ。額面がステンレスの地金としてのコストよりも低いため、隣国に密輸されてカミソリの刃などの材料となるとのこと。
    そのため1Reという、大変小さな額面の紙幣が導入されるのではないかという観測もあるらしい。

    India to re-introduce 1-rupee note (NUMISMASTER.com)

  • 旗の高さを競った末に

    舞台はラージャスターン州のジョードプル。あるムスリム男性がイスラーム教を象徴する緑色の旗を立てたところ、これに対抗して隣家のヒンドゥーのブラーフマン男性も自らの宗教のカラーであるサフラン色の旗を立てる。
    両者は旗の高さを競い、周囲の人たちの注目を集める中、これが次第にエスカレートしていき、ムスリムとヒンドゥー、それぞれのコミュニティの人たちを巻き込んで、ついにはどちらも大きな旗を仕立てて、巨大な竿で両家の屋上に掲げようとするに至る。
    彼らが、それぞれの帰属を象徴する旗を渾身の力で立ててみせると、風にはためくサフラン緑の旗の有様は、その間から垣間見える空の雲の色と合わせて、なんとインド国旗となって、円満に一件落着というオチ。
    導入部分といい、クライマックスに至るまでの描写とスピード感といい、最後のどんでん返しまで、非常に良く出来た作品だ。
    しかしながら、やはり最終的に手打ちとなるのは、あくまでも緑(ムスリム)の旗が下の位置にあり、ヒンドゥーを象徴するサフランが至上というのがミソ。
    モーディー人気の中、BJPがますます影響力を増している世相を反映していると見ることもできる。

    Aameen Jodhpur (facebook)

  • デリー警察のポスターガール

    デリー警察初のポスターガールは、実際にデリー警察に勤務する女性警官とのこと。記事中にあるとおり、彼女は優秀なアーチェリー選手で、ライフルの扱いにも秀でているというナガ族の女性。私たち日本人とよく似た風貌のモンゴロイド系の民族だ。
    彼女が女性警官としての高い資質を認められたこと、加えて容姿にも恵まれているということ以外に、近年の首都で頻発しているインド北東部出身のモンゴロイド系の人たちへの偏見、嫌がらせや暴力行為などに対する抑止としたいというデリー警察の意思があるのだろう。
    多民族国家インドでは、少数民族に対して進学や公部門への就職の際に留保制度といった優遇制度があるものの、市井の人々の間でこうしたマイノリティを見下す傾向は否めないようだ。
    多くの人々の目に付くところで、世の中のために日々頑張っている少数民族の人たちの姿が取り上げられることを通じて、少しでも状況が改善することを願いたい。

    Delhi Police gets its first poster girl (THE TIMES OF INDIA)

  • ゴアの郵便

    ゴアの郵便

    Basilica of Bom Jesus
    Basilica of Bom Jesus内部

    オールド・ゴアのBasilica of Bom Jesusに併設されている博物館を訪れた。ここで植民地時代の遺物や歴代の総督や要人の絵とともに、ポルトガル領時代の郵便に関する展示があり、なかなか興味深かった。
    ゴアとポルトガル間での郵便の往来は1510年に開始されたそうだ。所用6ヶ月ほどで、喜望峰経由の運搬。海賊被害や海難事故により、届かないことも多かったのだとか。
    また1798年3月23日から(日付もきちんと記録されているのはさすが西洋の国)は、ゴア、ボンベイ、ダマン、ディーウ(ここまでは当時のポルトガル領インド。ボンベイは、1961年にポルトガルのカタリーナ王女が英国王室に輿入れの際、イギリスに割譲)、スーラト(現在のグジャラートの港町。ここにポルトガルの東インド会社商館があった。ポルトガルからイギリスに割譲されてからボンベイが急成長することにより衰退) 、モザンビーク、そしてポルトガル本国のリスボンとの間での郵便が開通。
    しかしながらこれは政府間の書簡の往来のためでありも民間人が利用できるようになるまではその後1世紀近くかかったらしい。
    また、英領インドとの間では1822年から始まったらしい。そのいっぽうで、ゴアの地域間での郵便の往来は、1843年から開始されたというから、これはずいぶん遅く感じられる、ポルトガル領インドの通信史というテーマも面白そうで興味をかきたてられる。

    ゴア・ポルトガル間の郵便往来が始まった1510年当時、ここに暮らす大半の人たちにとって、リスボンはまるで宇宙の彼方のようなものであったことだろう。
  • マプサのマーケットにて

    マプサのマーケットにて

    タイ産のドラゴンフルーツ

    ドラゴンフルーツが売られているので、産地を尋ねてみると、やはりタイからの輸入。地元の人たちからのウケが良ければ、このあたりの沿岸部で栽培される日もくるかもしれない。

    話は違うが、インドのこのあたりでは、ドリアンの野生種が自生している地域があるものの食用にはされず。インド人が関心を示さないがゆえに、商業作物にはならないわけだが、何かの弾みで広く浸透することもあるかもしれない。

    インドの人たちの間で、茶を飲む習慣が一般化したのは1920年代後半から1930年代にかけて。最初は中国の清朝の専売品であった茶の葉がインドで栽培出来るようになった当初は欧州向けの利ざやが大きな商品だったものの、栽培技術の進化と普及により、収穫が増えるだけでなく、マレーシアやケニアなどで生産された茶の葉が国際的に出回るようになり、在庫がダブつくことになった。

    その結果、インド紅茶局は、当時3億人規模の人口を有していたインドをマーケットに取り込むことを画策し、全国で『お茶を飲みましょう』というキャンペーンを打ったことがそもそもの始まりだ。

    それまでまったく馴染みがなくても、きっかけ次第でそれがガラリと変わることもある。ミャンマーからマレー半島にかけてインド系の住民が多いが、その中にフツーにドリアン好きが大勢いる。決して、インド人の好みに合わないというわけでもなさそうだ。

    しかしドリアン。植物の実ではあるのだが、極めて官能的な味わいと動物性原材料が含まれているかのような食感は「ノンヴェジ」ではないかというのが、私の個人的な見解。

    有名なマプサのマーケットは実に広大

    魚の乾物類いろいろ
    スパイスの類も品揃え豊富

    各種ナッツ類の専門店

    ちょっと奇怪な形のヒンドゥー寺院があった。

  • 「THE LAST ANGLO-INDIANS」という本

    「THE LAST ANGLO-INDIANS」という本

    アマゾンのKindle版で読んでみた。アングロ・インディアン全般について書かれたものではなく、著者の祖父母、母のインドでの生活の日々から、母親が南米出身の船乗りと結婚して1960年代に米国に移住するまで、19世紀終わりから21世紀に入るまでを淡々と綴った3代に渡る家族史。

    インドでは中産階級に位置する家庭だが、一家やその一族は、電報局や鉄道勤務だったり、軍人だったりと、いかにもアングロ・インディアン的な勤め人世帯。

    著者が語るに、アングロ・インディアンたちは、土地や家屋を所有せず、多くはアングロ・インディアンたちが多い地域で借家暮らしであったということだが、こうした層の人たちは、多くが転勤族であったことによるのではないかと想像する。アングロ・インディアンの商人層には、これとはまた異なるライフスタイルがあったことだろう。

    勤務先での出世といっても、要のポジションに配置されているのは、本国からやってきた英国人。英国系とはいえども、インド生まれの人たちはローカルスタッフの扱いであったようだ。英国もインドも階級社会だが、アングロ・インディアンの中でも、生業や出自、業種や経済状況などにより、いろんなクラスがあったらしい。

    1929年から1933年にかけての大恐慌の時代には、インドもひどいとばっちりを受けているが、現地在住のアングロ・インディアンも失業して、文字通り家族で路頭に迷う者も少なくなかったのだそうだ。英国系ということで支配層に比較的近いところにいたとはいえ、やはりそのあたりは、文字通りの勤め人なので、極端な不景気に見舞われると大変である。

    家庭料理には、ふんだんにインドらしいメニュー(英国テイストを含んだ)が並び、そのレシピもいくつか紹介されていた。今度、料理してみようかと思う。

    一般のインド人家庭よりは、恵まれた環境にあったようだが、それでも10代の反抗期には、グレてしまったり、勉強嫌いで学校からドロップアウトして、家族から離れてしまう者もあったりと、日本で暮らす私たちの家の中で起きることと、同じようなことが書かれている。

    ただ、衛生状態や医療水準は今とは違うので、著者の母親は幼い頃、チフスで危うく命を落としかけたようだが、その時代には裕福だったアングロ・インディアンの家庭でも、生まれた子供たちがみんな元気に育つということはなかったらしい。

    Kindle読み放題を利用したが、単体で購入しても570円。コスパの高い、英領末期前後のアングロ・インディアンに関する書籍である。

  • Kindle Unlimited

    Kindle Unlimited

    昨年、amazon.co.jpのkindleで月¥980定額読み放題とかいうサービスが開始されたとき、「あ~、そういうのがあるのか」と何となくスルーしていた。だが先日、Lonely Planetのkindle版を買おうとしていたら、¥0との表示があり、これも定額サービスの対象となっていることがわかった。買おうとしているガイドブックが4000円弱なので、そのだけで定額サービス4か月分。そもそも毎週、どこかの書店店頭で文庫本ないしは新書くらいは買って読むし、雑誌だって月に何回か買っている。それらをキンドルでまとめてしまうとすれば、けっこう節約にもなるではないか。

    街角の書店衰退に寂しい思いをしつつも、ついついポチッと定額読み放題の申し込みをしてしまう私であった。こんな時代なので、本屋さんはとても大変だと思う。アマゾンの読み放題で、ついでにダウンロードしてみたのは、LPのブータン。いつか訪れてみたいが、高額なツアーに参加しなくてはならないという制度が変わらない限りは行けそうにない。

    この国と特別な関係にあるインドの人たちにとっては、ヴィザ不要で、インドルピー(ブータン通貨はインドルピーと常に等価で固定)国内旅行の延長みたいに気楽でエコノミーな目的地であるのが羨ましい。また、デリー発の外国旅行ツアーの広告で見かけたことがあるが、「バンコク・パタヤ5泊6日」とかいうパッケージが「ブータン5泊6日」というものと同一料金だった。インド人にとっては、ブータンは特別な国ではない。

    コトバの環境はシンガポールみたいなところがあって、1970年代以降、小学校から教育の仲介言語は英語(国語であるゾンカ語の授業を除く)。当初はインドから大勢のインド人教員が導入されたため、それ以降に学校に通った人たちは堂々たるインド英語を喋る。ヒンディーも普通に通じるインド環境がよく整った国でもある。

    インドと特別な関係というのは、ブータンの外交は、基本的にインド外務省の専管事項で、国防と通貨政策も、それぞれインドの国防省、財務省の管理下にあることなど。両国の人たちは互いに査証なしで、自由に往来することができるため、インド各地(とりわけ北部や都市部)でブータン人の姿を目にする機会は実に多い。

    さて、話はガイドブックに戻る。Kindleに限ったことではないのだが、電子版ガイドブックの使い勝手については、少々注文を付けたいことがある。通常の書籍と使い方が異なる部分があるからだ。具体的には、小説等の一般書籍の場合、前から後ろに順繰りにページを読み進んでいくものだが、ガイドブックの場合は、ちょっと辞書に近い使い方となる。目次を参照して、目当てのページに飛び、さらに次の目的地のページに行く。普段、紙媒体のガイドブックを使う際、その日に参照したいページの端を折っておいたり、付箋を付けたりして目印にしたりする。電子書籍でもブックマーク機能はあるにしても、やはり紙媒体に対してこの部分は追い付いていない。また、ボールポンなどでページに書き込んだりするのと同じような手軽さでメモを入れる機能も欲しいところだ。

  • ゴアンな料理2

    ゴアンな料理2

    デザートのベビンカを食べ終えてから、付近の別の店に入り、ゴア料理アイテムのひとつ、サクティーを注文。こちらはチキンのものにした。やはりゴアにいるときには、個性的なゴア料理を楽しみたい。

    その後、再び場所を移して、ポルトガル風家屋を転用したレストランで、ポーク・バルチャオ、カリフラワーの炒め物、ライスはウグラーというゴアの赤米を注文。粒が大ぶりで丸いもので、ケーララあたりでも近縁と思われる品種があるが、独特のコクがあって面白い。

    食後にはカラメルプリン。使われている卵もカラメルソースも濃厚。香り高く、天にも昇るような陶酔感で本日の食事はシメとなる。

    帰り道、ホテル近くに酒場があったので立ち寄ってみる。ビールのツマミにゴアンソーセージ。かなり酸味と塩味が強いゴアのソーセージのぶつ切りと野菜を一緒に炒めたものが出てくる。今度はビールによる軽い陶酔感で、心地よいゴアの夜は更けていく。

  • ダージリンのバンド開始からひと月

    地元政党GJMが呼びかけたバンド(ゼネスト)が始まってからひと月になるダージリン。すべての商店、ATM、学校、その他諸々が閉まってしまい、救急車、消防車などの緊急車両だけが往来するという事態のようだ。「バンドを呼びかけた」といっても、協力を求められた住民たちには、これを断るという選択肢はない。

    拒否して商店を開けていたり、タクシーやバスを走らせたりすると、GJMの活動家がやってきて、扉や窓を壊したり、放火したり、商店の人たちをぶん殴ったりして、「協力するように説得」するわけである。

    こうした組織的怠業を実行する力があるのは、多くの場合、地域の有力政党で、末端で暴力を働くチンピラたちを養っていたり、あるいはそういうヤクザ者を動員できる人脈を持っている。当然、警察にも顔が利くというか、警察自身も厄介なことに関わりたくないので、まったくのやられ損になってしまう。ゆえに人々は財産の保持と身の安全の確保のため、これに従うことになる。地域の経済活動をすべて止めて、ゴルカランド分離要求のバンドが実施されているからといって、必ずしも地元の総意でこうした活動に参加しているわけではない。

    こうした「非服従運動」は、ガーンディーの時代にも、当時の国民会議派が社会に広く呼びかけて、英国植民地当局に対する抵抗として実施されていた。現場ではこれと同じような感じだったはずで、すべての人々が英国を嫌っていたわけではないが、バンドの呼びかけに従わないと、末端活動家やチンピラたちに店が壊される、商品が略奪される、大ケガさせられたり、悪くすると殺されたりもするので、不承不承従う人もずいぶんたくさんいたはずだ。

    国民会議派の主導により、インドが独立を勝ち得ると、そこは「勝てば官軍」で、街中でまかり通っていた乱暴狼藉や不条理はなかったこととなり、美しいストーリーばかりが紡がれることとなった。

    もしダージリンが西ベンガル州から分離して、独自のゴルカランド州となった暁には、GJMの指導層は、圧政をはねつけて、人々を正しく導いた闘士として、持ち上げられることになるのだろう。

    しかし、反体制派が大手を振って、果敢に体制側にチャレンジできる環境というのは、アジアのもうひとつの大国、中国ではありえないことなので、やはりインドという国は偉大なり・・・という思いはするものの、野党の政治活動があまりに自由というのもちょっと考えものだと思うのは私だけではないだろう。

    Darjeeling: Residents struggle for basic requirements of urban life (THE TIMES OF INDIA)

    ※「ゴアンな料理2」は後日掲載します。

  • ゴアンな料理1

    ゴアンな料理1

    ゴア名物、豚の角切り肉をふんだんに使ったポーク・ソルポテルとポルトガル式パン。ポルトガル本国にこれがあるのかどうか知らないが、印葡ハイブリッドな料理ということになっている。

    インドで豚を食べる地域はとても少ない(北東地域など)が、ゴアにおいては豚肉料理はバリエーションも豊富。

    地域を支配するにあたり頂点を抑えても、人々の信仰や生活については基本的に関与しなかった英領地域と異なり、地域内でヒンドゥーの祭祀を禁じ、カトリックの教えとポルトガル式の価値観を浸透させたポルトガル。生活様式や食生活にも大きな影響を与えたがゆえに、『ゴアン』という独自のアイデンティティを形成することになったようだ。

    ゴアのスイーツといえば、まずはベビンカ。ちょうど羊羹のような食感。ポルトガル時代にできた菓子と聞くが、ゴアを拠点にフィリピンや日本など、東方で広く布教活動に従事したイエズス会のフランシスコ・ザビエルもゴア帰還の際にはこの味を楽しんでいたのかもしれない。

  • ダージリン騒乱 観光客増を見込む近隣国

    もうひと月以上も続いているダージリンでのバンド(ゼネスト)と政情不安の結果、当分の間はダージリンは行楽先から外れることとなる。それに従い、観光客たちがネパール、ブータンへ流れることが見込まれている。
    高額なパッケージツアーに参加しないとブータンに入国できない私たちと違い、ビザ無しで個人で自由に旅行できるインド国民にとっては、近くて安い訪問先である。
    インド人にとって、デリーやムンバイー発のグループツアーを利用しても、タイのバンコク、パタヤー、プーケットなどを訪問する月並みなツアーと、ブータンのティンプー、パロー、プナカーなどを訪れるパッケージがほぼ同じくらいの金額で出ているポピュラーな行楽地だ。
    しかもブータン通貨のニュルタムはインドルピーと等価であり、ルピー現金がそのまま通用することもあり、英語もヒンディー語も広く通用するため、インド国内旅行の延長として捉えられている。
    ことブータン訪問に限っては、インド旅券が欲しくてたまらない。

    Bhutan and Nepal cash in on Darjeeling crisis, woo tourists (THE TIMES OF INDIA)

    ※「ゴアンな料理2」は後日掲載します。