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カテゴリー: life

  • インドにおけるケーキ類の発展ぶり

    インドにおけるケーキ類の発展ぶり

    インドと言えば、近年のケーキ類の発展ぶりには目を見張るものがある。数人で来ていれば、ぜひホールで2、3個買って食べ較べてみたいと誰もが思うことだろう。蛍光イエローのフルーツケーキ、巨大イチゴ型のハート型ケーキなど、日本ではお目にかかることの出来ない傑作、力作が並ぶバナーラスのケーキ専門店のショーウィンドウ。

    ホールを一人でやっつけるのは無理なので、強烈レッドのカットケーキを買った。夕飯後に楽しむため、宿の冷蔵庫に保管してもらっている。

    昔々はこういうケーキはインドになかった(地味でパサパサのケーキばかりだった)ので、最近の百花繚乱ぶりにはいつも驚かされるのだ。

  • 空間のギャップ

    空間のギャップ

    ここを訪れたのは、ちょうどサーワンの時期だったので、シヴァの街バナーラスでは、主要なガートから目抜き通り、そしてシヴァ関連の大きな寺院界隈では、サフラン色の衣類で全身を固めたカンワリヤーの連中でいっぱい。大声で「BOL BOL, BAM BAM(唱えよ、シヴァの名を)」その他の掛け声がこだまして煩く、とても汗臭い。

    だがほとんどは各地からやって来たよそ者たちなので、路地に入ると騒々しい彼らの姿はなく、落ち着いた街歩きが楽しめる。

    とかくガンガー沿いの寺院が多い界隈は一時滞在者が非常に多いため、小路を入った先の地元の人たちの空間とのギャップの大きさに戸惑う。

  • 遺跡入場料がQRコード決済のみに

    遺跡入場料がQRコード決済のみに

    サールナートに行ってみたら、入場料の支払いがQRコード決済になっていた。

    PaytmなどによるQR決済手段を持っていない人はどうするのかと言えば、そういう手間のかかる人のために「オンラインペイメント係」がいて、その人に現金を渡してオンラインチケットを買ってもらうという措置はしてあった。発行されたQRコードをカメラかケータイに撮影して、入場口で係員に見せるというもの。

    インドでこのようなケースはときどきあるが、場合によっては「オンラインペイメント係」を置いておらず、訪問客自らがQR決済手段を持っている他の訪問客に頼んで、代金を現金で渡す代わりに入場チケットを一緒に買ってもらうしかないところもある。

    それでもインド人は快く応じてくれる人がとても多いのが助かる。

    こういうことは日本でもあり得るので、こうしたことで困っている外国の人がいたら気持ちよく応じてあげよう・・・と思うのだが、よくよく考えてみるまでもなく、今のところ日本では現金支払いのみでQRコード決済は不可という場面が多く、その反対は稀なので、なかなか役に立てる機会はないような気がする。

  • アーラムギール・マスジッド

    アーラムギール・マスジッド

    このあたりは昔々と眺めはあまり変わらない。

    訪れたのは雨季であったため、増水により、ガートからガートへの移動は不可能になっているのは残念だった。

    こちらアーラムギール・マスジッドは、アーラムギールことアウラングゼーブ帝が建てさせたマスジッド。パーンチガンガーガート近く。

    路地裏探訪がずいぶんしやすくなった。Googleマップにしっかり反映されているからだ。昔はまったく迷路だったのでどこに出るのか見当もつかなかったものだ。

  • ワーラーナスィーの路地裏

    ワーラーナスィーの路地裏

    バナーラス(ワーラーナスィー)旧市街の路地裏を「庶民の町」と侮ってはいけない。この街で巨万の富を築いた豪商もいたので、ところどころに大きなハヴェーリー(お屋敷)を見かける。

    こちらもそんなハヴェーリーのひとつ「ダース家の屋敷」のようだ。ボロボロになっているが、門構えからしてただ者ではないことがひと目でわかる。「オーシディャーライ」つまり診療所と書かれているので、アーユルヴェーダのクリニックだろうか。

    ちょうど中から初老の女性が出てきたので、「素晴らしいお屋敷ですね」と声をかけると、奥に家の主人がいるからどうぞと言われたので入ってみる。女性はここの人ではなかったようだ。

    奥の階段手前で靴を脱いで上がってみると、外の荒れ果てた眺めとはまったく異なる華麗な空間となっていることにたじろぐ。ちょうど屋敷の修復中で、ようやく完了手前といったところらしい。コロナ禍前までは身内の15家族が暮らしていたとのことだが、現在はひと家族だけがここに住んでいるそうだ。

    聞けば、この家はやはり医薬品の取り引き(アーユルヴェーダ医薬)で財を成したとのことで、その流れで今は屋敷の一角で診療をしているとのこと。

    細い路地裏に面した高い壁の向こうに、こんな豊かな空間が隠れていたりするのがバナーラス旧市街のすごいところで、奥行きの深さを感じるとともに、あのような豪邸に暮らす主が、現在は自宅の一角で細々と続けるアーユルヴェーダの診療を生業としているというのも信じられなかった。はなはだ失礼かとは思うが、「没落貴族」という言葉が頭に浮かんだ。(貴族ではなく商人だけれども)

    それにしてもその屋敷をあんなに綺麗に修復しているとは・・・。

    拝見させていただきながら重ね重ね失礼ながらもそんなこんなを思ったのであった。

    訪問したのは、ちょうどサーワンの時期だったため、「シヴァの街」バナーラスでは、主要なガートから目抜き通り、そしてシヴァ関連の大きな寺院界隈では、サフラン色の衣類で全身を固めたカンワリヤーの連中でいっぱい。大声で「Bol bol, Bam bam(唱えよ、シヴァの名を)」その他の掛け声がこだまして煩く、とても汗臭い。だがほとんどは拡張から来たよそ者たちなので、路地に入ると騒々しい彼らの姿はなく、落ち着いた街歩きが楽しめる。

    とかくガンガー沿いの寺院が多い界隈は一時滞在者が非常に多いため、小路を入った先の地元の人たちの空間とのギャップの大きさに戸惑う。

  • どこに行くのも自由自在

    どこに行くのも自由自在

    往来が簡単になったバナーラス旧市街の路地裏。環境が完全に変わってしまったことに驚愕した。もはや旧市街の路地がまったく迷路ではないのだ。

    昔は一度ガートに出てから目標の場所にたどり着けなかったし、知らない路地裏奥深くで夕暮れ時となると、大変心細かったものだ。人に尋ねて教えられたとおりに歩いたつもりでも、どこか違って見当違いのところをまだウロウロしていて、日没後元気になった野犬たちに吠えられて大いに困ったものだ。

    雨季に来てみて、ガンガーの増水のためガート最上部あたりまで水に沈んでいるため、ガートからの迂回が出来ず、ダメだこりゃ!と気弱になったのだが、そんな心配はまったく不要であった。環境が驚くほど変わってしまったため、路地裏歩きがまったく難しくなくなっているのだ。目的地までスイスイと行けるし、混雑したメインストリートを避けて、空いている路地でショートカットという、昔は絶対に出来なかったことがカンタンに出来てしまう。

    ・・・と書くと、クネクネと捩れた、そして細くなったり、少し太くなったり、行き止まりになったりする、あの難解なバナーラスの路地が大規模な区画整理で整然としたものになり、見通し良くまっすぐに歩けるになったのかと思う方がいるかもしれないが、それとは全然違う。

    路地は何十年前と変わらない。佇まいも変わらない。でも私たちの環境が完全に変わったからだ。何がといえば私たちが手にするスマホのGoogleマップである。あの難解な路地裏構成が、きちんとマップに反映されており、目的地を入れれば、最短ルートを即座に示してくれる。こんなことになっているとは想像すらしなかった。これでは迷子になること自体があり得ない。

    こうなると苦手だったこの街の路地裏歩きが俄然楽しくなり、気の向くままにズンズン歩いてみるのである。どこにいるのかわからなくなったらGoogleマップで現在地を確認。さて、どこに行こうかと目的地を決めて、あとはマップの示すルートを辿ればどこにでも行くことができる。

    ゴチャゴチャの路地への苦手意識が完全に払拭されて、もうバナーラスのどこでも行けと言われれば、まるで地元の人にでもなったかのようにスタスタとこの迷路を自由自在に往来できるのだから素晴らしい。

    もはやバナーラスの路地で、あなたの行く手を邪魔する「難解な迷路」という障壁はもはや存在しない。あなたはどの路地裏でも無敵のセルフナビゲーター。くれぐれもスマホの電池切れにはご注意を。

     

  • ヴァンデー・バーラト・エクスプレス(2)

    ヴァンデー・バーラト・エクスプレス(2)

    車両出入口ドア上には現在の時速が常に表示されている。

    この日乗車したのは、ニューデリーから。2019年2月に始まったヴァンデー・バーラト・エクスプレスの一番最初の路線である。終点のワーラーナスィーまで乗車。ちょうど8時間の行程。ワーラーナスィーまでわずか4駅。速度を下げることなく、ほぼ時速120km台で粛々と進んでいく。路線上のあらゆる列車に対して最優先のプライオリティを与えられて運行しているため大変スムースな運行。窓は遮光ガラスにはなっておらず、必要があれシェードを下ろすようになっているのかありがたい。

    大きな窓からの眺めが心地よい。

    途中駅のカーンプル・セントラルに到着。鉄道用地は大きな余白をもって確保してあるため、インドに限らず主要駅周辺では不法に住み着いている人たちが多く、スラムを形成している。

    鉄道用地内スラム
    カーンプル・セントラル駅

    当然、電気や水も必要となるため、鉄道施設内の水道施設から汲んできたり、関連施設から電気を勝手に引っ張り込んだりしている。

    インドでは今も給電状況が逼迫している地域やよく停電する地域もあるが、官庁街、軍施設などと並んで鉄道施設は最優先で電気が確保されているため、安定的な給電が期待できる・・・というより、停電はまずありえない。

    そんなこともあり、そうしたスラムでは仮の掘っ立て小屋状態から粗末なレンガ積み、そしてしっかりとしたレンガ造家屋へと移行していく例が多い。そのため、ときには不法占拠された地域とは思えないほどの発展ぶりを見せることも珍しくない。

    nor

    ヴァンデー・バーラトのデリー→ワーラーナスィーの車両編成。14両がCCクラス(Chair Car)で、2両はEC(Executive Chair Car)クラス。私が利用しているのは前者で運賃は1840RS。後者は倍近い3500Rsくらい。

    CCで充分以上に快適だし、ECだとちょうど飛行機の料金くらいになるので、それなら飛んでしまったほうが良いくらい。ヴァンデー・バーラトに限らず、客席の等級がたくさんあるインドでは、クラスがひとつ違うごとに料金は倍になる。快適さの違いもあるが、同乗者自身の階層(経済水準)の選択という部分もある。

    通常のエクスプレスのように機関車に牽引されるのではなく全車両駆動で、車体もアルミ合金主体で軽量であるため、加速も迅速なヴァンデー・バーラト・エクスプレスだ。

    車内では、チケット代金に込みの軽食や食事が提供されるが、それ以外に車内販売もある。時折車内を巡回販売する係の人に「アイスクリームを」と言ったら出てきたのがこれ。大手会社が「マトカー・クルフィー」として製造販売している製品。

    マトカー・クルフィー

    近年は「マトカー・ビリヤーニー」「マトカー・ラッスィー」などよく見かけるが、この手のものが大変流行している。マトカーと言っても素焼きではなく釉薬をかけて焼いてあるので、そのまま持ち帰っても使えそう・・・というか、捨てるのはもったいない気がしてならない。

    このヴァンデー・バーラト・エクスプレスは、来年1月には初の寝台サービスも開始される。その最初の路線となるのがデリー・スリナガル間だ。デリーを午後7時に出発してスリナガルには翌朝午前8時に到着するというもの。800kmを13時間で結ぶサービスとなる。

  • ヴァンデー・バーラト・エクスプレス(1)

    ヴァンデー・バーラト・エクスプレス(1)

    コロナ禍の少し前に導入されて、インド各地でそのサービスが広がるヴァンデー・バーラト・エクスプレス。

    鉄道分野におけるモーディー政権の目玉政策のひとつ。中・短距離の準高速列車で、広大なインド国内の地域間の迅速な移動を可能とするものだ。イメージとしては従前の「シャタブディー・エクスプレス」的な具合ではあるものの、これよりも区間の長いサービスが大半で、シャタブディーとは重ならないルートも多い。いずれはシャタブディーのルートを吸収して置き換わる方向のようだ。

    インドでエクスプレスといえば「デカン・クイーン」「フロンティア・メイル(残念ながら現在は改称されてゴールデンテンプル・メイル)」等に代表される植民地期から引き続き使われるロマンチックな響きの名称、ニールギリー・エクスプレス、コロマンデル・エクスプレス等、地域を象徴するもの、アムリトサル・ディブルーガル・エクスプレスのように始発と終点の地名で命名したもの、加えて特定の目的で導入されたガリーブ・ラト(文字通り豊かでない層のための迅速な移動手段としての急行。連結する車両構成もそのような具合)、ドゥロント・エクスプレス(通常のエクスプレスと同じような車両編成だが、停車駅が少なく通過の優先順位も高いため、より速い移動が期待できる)等のようなものもある。これらにはそれぞれサービス区間の地名などが入る。

    そして他のエクスプレスと車両を共有せず、全車両空調完備の専用車両及び飲食サービス付きで運行するのが、ラージダーニー・エクスプレス(Capital Expressの意)、シャタブディー・エクスプレス(Century Expressの意 )。インド国鉄におけるアップマーケットな高速移動手段とし長年に渡り君臨してきた。

    モーディー政権下で、発展したインドを象徴するインド国鉄のサービスとして導入され、勢いよく各地での開通が相次いでいるのが、このヴァンデー・バーラト・エクスプレスなのだ。

    前述のとおり、インドのエクスプレスの名称は地域やスキームの目的を象徴するもの、そして専用車両でのサービスについてはニュートラルな命名がなされていたが、このヴァンデー・バーラト(インド万歳、賛インド、栄えあるインド)については、ヒンドゥー右翼政権らしい「いかにも」な名称。

    車両内は日本で言えば、新幹線とはいかないまでも長距離を結ぶ特急列車のイメージ。すこぶる快適である。

    ラージダーニー等の専用車両のエクスプレスもそうなのたが、このヴァンデー・バーラトも発車時には自動ドアが閉まり、移行は乗り降りはできない。ゆえに発車前には「この列車でご移動出ない方はすぐに降りてください。発車後は外に出られません」というアナウンスが流れる。

    トイレの入口
    快適なトイレ

    人情に厚いインドで駅まで人を見送りに来る場合、席まで行って、発車時まで別れを惜しむ姿はごく当たり前。発車のベルとエンジンの汽笛が鳴るまで、車内でおしゃべりし続けるのだ。

    ガタンと音を立てて車両が動き始めてからようやく「気を付けてね」と別れを告げて、外に出たかと思うと、最初はゆっくりと動く列車と並んで歩きながら車外と車内で手を繋ぎながら会話を続けるカップルの姿は、昔のラブストーリーもののインド映画の定番シーンだったが、この類のエクスプレスではそういう演出はかなわない。

    車内で提供される朝食

  • 駅前宿と界隈での夕飯

    駅前宿と界隈での夕飯

    ニューデリー駅前の宿。booking.com経由で名称変更の連絡が3回も届いて、「泥棒宿かよ」とのけぞったが、至って普通というか、部屋はとても良かった。ニューデリー駅前なのに、これで1500Rs台というのはお得だ。

    駅まで徒歩2、3分(路地から出て道を渡るだけ)というのは、朝とても早い出発のため、とてもありがたい。しかも場所柄、早朝から人の往来が多く、乗降客が多数なので、朝5時台でも腹ごしらえが可能なのである。

    経営は違うのに、同じものを出す食堂ばかりが並んでいるのは、いかにな駅前風景だ。

  • 青年は間に合ったか?

    デリー空港から市内へのプリペイドタクシーで、1時間後にカシミーリーゲートISBTから出る長距離バスに乗るという青年を同乗させてやることになった。

    彼はゴアからのフライトが遅れたことに加えて、バイクでデリー空港まで迎えに来てISBTまで送ってくれるはずの友人が、ノーヘルで警察に捕まって来られなくなってしまったとのこと。

    私はこれからニューデリー駅前のパハールガンジまで行くところであるため、途中で通過することになるデリーメトロのラジーヴ・チョウク駅から、そのメトロのイエローラインで向かうように告げた。

    元々私に話しかけてきたのではなく、客待ちしている運転手たちに対して、カシミーリーゲート方面に行くようであれば便乗させてくれと頼んでいたもの。

    運転手からその話を聞き、構わないよと承諾して、乗せてあげることにした次第。困ったときはお互い様である。

    市内中心部に出て、コンノート・プレイスのメトロの入口あたりで下したが、果たしてバスに間に合うかどうか微妙なタイミングであるため、その後しばらく気になった。

  • バンコクのインド人ナイトスポット

    バンコクのインド人ナイトスポット

    フライトまでの2泊はバンコクのナーナーに滞在した。ちょっと良いホテルに投宿。朝食バフェが付いているのだが、有数の繁華街にあるため、食べているのは男性客ばかりで、女性客はほとんどいない。その数少ない女性客は男性客の連れのようだが、どう見ても夫婦にも恋人同士にも見えないというケースがほとんど。隣のテーブルのふたりも、互いに言葉すらロクに通じないのであった。

    そんな界隈にはインド人観光客の増加を反映してか、インド人専用の夜遊びスポットがある。「専用」というのは、店の前の客引きがインド人客にしか呼び込みをしないからだ。

    このあたりでは大音響でアラビアのポップスも流れているため、おそらくアラビア人用のスポットもあるらしい。このあたりは商圏を同胞に定めているようで、ランダムに声をかけてくるわけではないようだ。

    通りには、いわゆるストリートガールがずらりと並んでいて、その数と年齢層の幅広さと多国籍ぶりには驚く。おそらくタイ人に見える中にはラオス、カンボジア等々周辺諸国からも来ているのだろうし、アフリカのどこかから来たと思われる街娼の姿もある。

    そんな中のひとり、黒い被り物をしたアラブ人女性は観光客ではないようで、同じところに立ってアラブ圏から来たと見える男性たちに声をかけては話し込んでいる。こちらも街娼らしい。

    インド人ナイトスポットのあたりでは、けっこう高価そうなシャルワール・カミーズを着用した女性がインド人男性二人連れと何やら話し込んでいる。

    インド雑学研究者としては、こうしたインド女性たちがどこからやってくるのか、どういうきっかけで渡泰したのか、なにかリクルートのルートがあるのか、どのような形態で活動しているのか、何年くらい続けているのか、どのくらいの人数規模があるのかなどと、社会学的な観点からの関心が頭を持ち上げる。

    商談中のふたりの横で、スマホをいじりながら彼の次に話をしてみようと終わるのを待つ。女性はインドでは耳にしないアクセント。タイ生まれのインド系の人たちの訛りなので、インド系タイ人ではないかと思われた。

    そうこうしているうちに、話がまとまってしまったようで彼女は男性二人とそこを後にしてしまい、ちょっとガッカリ。

    道路反対側に東南アジア系ではない女性たちが数人いたので移動してみると、やはりそこにもインド人と思われる人がいた。やはりインド人に特化して活動しているらしく、欧米人や私のような日本人が近づいても顔すら向けることはなかったが、こちらから「Kya haal chaal hai ? (調子どうよ?)」と声をかけてみる。

    一瞬かすかな戸惑いのような表情は見えたものの、こちらが彼女に関心を持っていることはわかったようだ。

    ラージャスターン州から来たという30代前半と思われる女性。ここでは2年になるとのこと。見た感じは観光客としてバンコク訪問のインド人客に見えなくもない。先ほどの女性のようなタイ訛りはないので、本当にインドから来たのだろう。ヒンディー語は何かと役に立つ言葉である。

    どこかの店の客引きをしているわけではなく、彼女自身がフリーランスで活動しているとのこと。昼間は他のどこかで仕事をしているわけではなく専業だと言う。(VISAはどうなるのか?)基本、夕方から毎日ここに立っているそうだ。

    そんな話をしばらく聞いた後、「これからどうですか?1,000バーツだけど、部屋代は別途300バーツ払ってね。ここの路地のすぐ裏だけど遊びませんか?」とかなんとか。

    この流れだと、インド人客であれば「料金融通利きますか?600バーツでどうでしょう?近くに泊まっているので、私の部屋でも大丈夫ですよ、ノープロブレム。さあ、行きましょう!チャロー!」と口走る人が大半ではないかと思う。

    界隈では、数はけっして多くはないものの、インド人と思われる姿はたしかにチラホラと見られるため、インド雑学的見地から興味関心はそそられる。

    しかし、こればかりはそうした当人たちのお客さんにならない限りは、本格的な調査は容易ではなさそうだし、深い話を聞きだそうとすれば、常連さんになる必要があるような気がする。

  • デリー書籍漁り

    デリー書籍漁り

    フィローズシャー・コートラーを後にして、オートでアサフ・アリー・ロードのデライト・シネマへ向かう。そのすぐ隣がヒンディー・ブックセンター。

    店に入ると、店主のAさんはすぐに気がついてくれた。ここで辞書をふたつといくつかの書籍を購入。辞書はいずれも「ヒンディー→ウルドゥー」もの。久しぶりにしばらく世間話をすることができて良かった。

    彼による「最近のインド出版事業」を拝聴する。要点は以下のとおり。

    ・オンデマンドによる少数出版が可能となり、トレンドになってきている。ウチも大きな在庫を持つ必要がなくなった分野がある。

    ・新興の出版社が増えてきた。デリーにもそういうものがいくつもある。

    ・しかしヒンディー語出版については電子化は進んでいない。読者層が紙媒体を選好するという事情もある。このあたりは英語出版とは異なる部分だ。

    今回は訪れていない出版社でもそうなのだが、会社トップに立つ経営者がやたらと忙しい。細かなことまで次から次へと、常に指示を飛ばしていないとならず、たいへんそうだ。

    ここヒンディー・ブックセンターで何冊か購入。

    左の上下2冊は今どきの右傾化インドでよくある「近年になって突然スポットライトが当たった愛国憂士」。上は「アングロ・マニプル戦争時代のこと。下は英国支配べったりだった藩王国の王子ながらも愛国心を発揮した人士らしい。真ん中の上はインドにおける革命と反革命、下は2020年に突然、インド憲法第370条廃止により、J&K州の他州にはない格別な地位が無くなるとともに、州のステイタスも剥奪されて連邦直轄地化されたことについて書いたもの。一度ちゃんと本にまとめられたものを読まなくては、と思っていたのでちょうど良い。右側のふたつは新しく追加購入してみた辞書。

    ヒンディー・ブックセンターからデリー門を越えて向かったダリヤー・ガンジには良質なガイドブックで知られるJAICOショールームがある。ここで何冊か買っておいた。今の時代、ロンリー・プラネットのような旅行案内書はもはや要らないけど、こういうのが役に立つ。今の時代、ガイドブックに旅行情報は要らなくなったが、各地で見るべき建築物その他について事細かに的確に解説してある本こそ意味がある。

    大判の書籍、シャージャハナーバードを復元/検証する試みの本。大ぶりな古地図の復元版も折込みで同封されている。ちょうどこの界隈を書店巡りを兼ねて徘徊しているため「おお、スンヘリー・マスジッドのあたりはそうだったのか!」などと、感激する。

    あとはいわゆる「今どき読まれている本」の並んでいた中から。民芸品やインド服などは一切買わないので、個人的な買い物はすべて書籍となる。