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投稿者: ogata

  • 相次ぐ地名変更 ついにアーメダーバードも

    狂ったような勢いで街の改名相次ぐインド、アーメダーバードが「カルナワティ」へ変更される動き。モーディー首相のお膝元、グジャラート州だけのことはある。(前回ロークサバー選挙ではUPのバナーラスから出馬したが)

    街レベルでなくとも、首都デリーでは「アウラングゼーブ・ロード」がヒンドゥーフレンドリーなムスリムの大統領で、インド原爆の父でもあった「APJアブドゥル・カラム・ロード」に変更された。

    地図がどんどん変わるのに加えて、印字されている名前と、昔から実際にずっと使われている名前が違い、ちょっと面倒なケースがふえている。

    カルカッタの道路で、改名される前からのストリート名、はなはだしくは植民地時代からの名前のほうが通りの良いものも少なくない。不思議なことに、改名して定着するものと、そうならずに後々も古い名前で呼ばれるものがある。時代が下るとともに、暮らす人たちの世代は変わるし、外からの人口の流入があるにも関わらず・・・である。

    Congress opposes government’s move to rename Ahmedabad (The Indian EXPRESS)

  • 11月末からエアインディア(国内線)深夜便導入

    夜遅い時間帯から未明にかけて、格安の運賃設定でいくつかのルートで運行が開始されるとのこと。

    現在のエアインディアは、ともに国営のエアインディア(国際線)とインディアンエアラインス(国内線と近隣国への国際線)が合併したものだが、1990年代初頭のインディアンエアラインスにおいて、到着予定時間が午後6時台の便は、ほぼ必ず7時以降の到着となると言われていた。到着が午後7時以降になると、操縦士以下、乗務員たちに手当が出るため、そのように「調整」されるのが習わしだったという。当時、インドの大手ニュース雑誌The Weekに掲載されていたので、たぶん本当のことだったのだろう。

    またストも頻発してした。夏のシーズン前に空路しか手段のないラダックを訪問した際、インディアンエアラインスのストにより1週間ほどレーに足止めされた日本人訪問者たちに会ったことがある。

    当時の私は仕事をしておらず、レーへの滞在の期限はなかったので影響はなかったが、彼らはゴールデンウィークの休暇で来ていたため、とても困っていた。このときデリーからレーに飛ぶ手段はインディアンエアラインスしかなかったのだ。近年、スリナガルからレーへのルートが開通する時期が早まっている(温暖化のためもあるかもしれない)が、当時は5月上旬にはまだ開いていなかったはずだ。

    デリーなどからでも国際電話をかけるのは容易ではなかった時代なので、ラダックからとなるとなおさらのこと連絡するのにも苦労したらしい。

    インディアンエアラインスについては、「親方三色旗」体質が言われているだけあり、財務状況は惨憺たるもので、合併したエアインディアが民営化を画策しつつも実現できないのは、巨額な赤字が背景にあり、買い手がつかないからだとされている。

    しかしながら会社の責任のみによるものではなく、国営であるがゆえに政府の意思を受けて民間が参入したがらない路線のフライトを無理して引き受けなくてはならないこと、幹部として天下ってくる人たちによる放漫経営などによる部分も大きいと聞く。

    それはさておき、民間航空会社のフライトと視覚的に大きく異なるのは若くてスタイリッシュな感じの客室乗務員が多い今どき機内と異なり、かなり年配の人たちが目につくことだ。いわゆる「使い捨て」ではなく、長く仕事を続けられるのは良いことだ。おそらく労働組合活動が盛んであることによるメリットだろう。

    この深夜便の導入については、おそらく経営陣と労組とのやりとりもかなりあったのではないかと思うのだが、やはり周囲の環境が大きく変化していることが背景にあるのは間違いない。

    Air India late-night flights starting this month, flight tickets from Rs 1,000 (livemint)

  • Moradabadi Biriyani

    4年前のTHE HINDUの記事なので、何を今さらという感じかもしれないが、デリーのある店で、UP州西部の町、ムラーダーバード式のビリヤーニーの店が素晴らしく旨いと書かれている。

    ムラーダーバード式ビリヤーニーは、ニザームッディーン廟の近くでいくつか軒を連ねて賑わっているのだが、デヤムナ河東岸のパーンダウナガルにあるこの店がそんなに美味しいのかと気になる。所在地と電話番号も書いてあるので、いつか訪問してみることにしよう。

    この記事を寄稿したのは、フードブロガーとして有名で「Delhi Food Walk」を書いているラーフル・ヴァルマー。彼が褒めるのだから、旨くないはずがないだろう。

    Biryani, Moradabadi style (THE HINDU)

  • 2022年までに宇宙へ有人ミッション

    2022年までに宇宙へ有人ミッション

    本日、タブレットに配信されたインディアトゥデイ今週号。特集は宇宙進出。2022年の独立記念日かその前までに有人ミッションを実行するのだとか。
    バンガロールに本拠地を置く宇宙開発機関ISROにより着実に技術の開発と実績を積み上げているインド。その機関のすぐ外の農村では、今でも牛に鋤を引かせて畑を耕している農民がいるという、ハイテクとローテクの混在ぶりが素晴らしい偉大なるインドだ。
    さすがはフェラーリと馬車、ポルシェと牛車が並走する姿を見ることができる国だ。
    (よほどラッキーでないと、こういうシーンを目にすることは、まずできないが・・・。)

  • 世界一巨大な像

    巨大な像というものは、大変無駄で浪費以外の何ものでもなく、非生産的で価値観の押し付けでもある。

    この像の人物、グジャラート出身のワッラブバーイー・パテール(通称サルダール・パテール)は、法律家出身で独立運動期の国民会議派の重鎮。独立後は初代副首相を務めた大物。首相の座を狙える立場と器であったものの、ネルーとリーダーシップを争うことなく、彼の右腕としての役割に徹した人。英国が去ったインドで、各地に散在した旧藩王国をインド共和国に統合させるために手腕を発揮したことでも知られるなど、豪腕の改革者として後世における評価も高く、現在も理想的なリーダーとして描かれることが多い。

    まさにここがポイントなのだろう。

    ナレーンドラ・モーディー首相は、しばしばこのパテールになぞらえられることが多いが、1950年に死去してから70年近くも経過しているこの時代に、パテールの「世界一大きな像」を建立させる真の意図は、「パテールが再来して今度は首相となった」モーディーへの崇拝を目に見える形で具現化したものと言える。

    この「自分の像」落成式にモーディー自身が出席して祝辞を述べている。BJPは独立運動期の国民会議派リーダーたち、ガーンディーやパテールを自分たちの都合の良いタイミングで、これまた自分たちに都合の良い解釈をしたうえで利用する。

    ガーンディーについては、BJPの母体組織RSSは同組織の活動家、ナトゥラーム・ゴードセーに暗殺させており、その後しばらくRSSは非合法組織とされていた。ネルーについてはBJPがこのように称賛したことはないが、彼が左派思想を持っていただけでなく、BJPと覇を争う国民会議派のリーダーシップを執るラーフル・ガーンディーは、ネルーの直系の曾孫という背景がある。

    世界一高い182メートルの像、インドで落成 周辺では抗議活動も (AFP)

  • 2019年総選挙の前哨戦

    2019年総選挙の前哨戦

    今週のインディアトゥデイの特集は3州の州議会選挙。チャッティースガルとマッディヤ・プラデーシュが今月、ラージャスターンは来月に投票が予定されている。
    どれも現在はBJP政権下。
    来年は中央政府の選挙があるため、これらはその前哨戦との位置づけ。
    UPやビハールほどには強力な地元政党がないため、まさにBJPと国民会議派の真っ向からの衝突となるこの3州。
    これら選挙の結果は、来年4月ないしは5月に投票が実施される中央政府の総選挙に如実に反映されることは間違いないだろう。

  • 「幸せの国」から来日した留学生たち

    インドでは留学生を含めたブータン人はたくさんいて身近なため、インド人がブータンやブータン人にファンタジーな幻想をいだくことはないようだが、「幸せの国」などといったブータン政府による官製プロパガンダが浸透している日本では、いろいろと誤解(良い方向に)されているようだ。
    ブータンからの留学生が増えてきていることから、彼らと接触する機会も増えてくるはずだが、人数が急伸していくとともに、それにつれて超過滞在その他のトラブルの事例も増えていくのは不可避。やはり彼らも高額な借金を抱えて来日するため、ベトナムなど他国からやってくる学生たちの中に見られるような問題とは無縁ではいられないだろう。
    良い関係を築けるよう期待したいが、現実はそればかりでもないように予想している

    急増するブータン人留学生 ――人手不足ニッポンの労働現場支える (YAHOO ! JAPANニュース)

  • 「ゴンドワナ州」の提案

    ゴンドワナ共和党という政党がある。
    ゴンドワナ大陸にちなんだ気宇壮大なネーミングというわけではなく、チャッティースガルに暮らすアーディワースィー(原住民、先住民族)のひとつ、ゴンド族をはじめとするトライバルの人々の利益を代表しようという政党。

    ちなみにゴンドの人たちが暮らす先住民族エリアで、それぞれ異なる言葉を持つトライバルの人たちの共通語はゴンディー、つまりゴンド族の言葉だそうで、トライバル社会の中で社会的に上位を占める存在のようだ。このゴンドワナ共和党は、チャッティースガル州からアーディワースィーが多く住む地域を「ゴンドワナ州」の分離させることを提案しているのは興味深い。

    今月中旬にチャッティースガル州議会選挙、下旬にはお隣のマディヤプラデーシュ州議会選挙が予定されている。前者はBJPと国民会議派が拮抗、後者ではBJPが優勢と伝えられている。
    国民会議派陣営にあり、UP州を本拠地とする社会党が、ゴンドワナ共和党とマディヤプラデーシュ州議会選挙における協力関係を持つことが発表されたとの記事を見かけた。当然、それに先立ってのチャッティースガル州でもそのような形になると思われる。

    いずれにしてもどちらの州での選挙についても「統一的価値観+中央政府と同一政権による経済発展」(BJP)を取るのか、それとも「文化の多様性尊重、地域やコミュニティ特性の尊重」(国民会議派)を取るのかという選択が求められることになる。

    そうした中で、仮に国民会議派が勝利したとしても、連立の中のごく小さな部分を占めることになる部族政党。数こそ正義なので大きな影響力は及ぼし得ない。よって、この地域で部族民を中心とする共産主義過激派の活動が盛んだが、マオイストたちにとって、圧倒的な数の力の前に投票という行動で無力な彼らによる武装闘争は「造反有理」で「革命無罪」ということになるのだろう。

    Will contest Chhattisgarh, MP polls with SP: Gondwana party chief (MENAFN)

  • UAEでイスラエル国歌

    突然、インドに関係ない話題で恐縮である。

    イスラエル建国により、それまで欧州社会でしばしば差別的な扱いを受けてきたユダヤ系の人たちが自分たちこそが主人公の国を持つに至ったという側面はある。

    しかしながらこれに先立つイスラエル建国運動と合わせて、それまでアラビアの国々を始めとするイスラム教の国で、繁栄して周囲と平和に共存してきたユダヤ系市民が生まれ育った国を離れなくてはならない敵意を生じさせたとも言える。

    それはともかく強盗が家に居座って家人を追い出してそのまま暮らしているような形の「国」なので、倫理的にこういうのが存在してよいのか?とは個人的に思う。けれどもすでに強力な国家として事実上存在してしまっているため、周辺地域でエジプト以外に外交関係がないというのは、大変危険で不幸なことだ。

    今回、UAEで開催された柔道の国際大会でイスラエル選手が出場して優勝。同国で初めてイスラエル国歌が演奏されたという。

    UAEでイスラエル国歌=選手が柔道大会で優勝 (JIJI.COM)

    ごく些細なことに思えるかもしれないが、開催国の大変勇気ある英断。これが初めの一歩となり、中東の対立構造にポジティブな変化を生むことを願いたい。

    With Jews Largely Gone From Iraq, Memories Survive in Israel (HAARETZ)

  • 「幸せの国」から流出する難民

    「幸せの国」とかいう官製プロパガンダや「世界初の禁煙国」とかなんとか、健康的なイメージで語られることが多いブータンだが、難民流出、麻薬の蔓延などなどいろいろ問題は多い。国内の少数民族への抑圧はかなり知られている割には、割と知らんぷりを決め込むメディアは少なくない。

    この少数民族への圧迫だが、同じくヒマラヤの王国であったスィッキム王国の失策から学んだようだ。国内の近代化を推し進める中で、労働力不足からネパール系住民を大量に受け入れた。

    その結果として、主要民族であったはずのブーティヤー族がマイノリティに転落。ネパール系住民による権利要求運動が高まり、国内は不安定化。王族は待遇の保証の条件と引き換えに自国をインドに併合。つまり国を売ってインドの庇護のもとに入った。このいきさつを中国は認めないためスィッキムをインド領と認めていない。

    地理的にごくごく近い小王国であること、ブーティヤー族とブータン人は民族・文化的にもごく近いこともあり、決して対岸の火事ではなかったわけだ。同様に王国ではなくなったネパールについても大いに参考にしながら国家運営をしているようだ。

    ヒマラヤの多民族居住環境で、民族衣装ゴ(男性)やキラ(女性)を日常的に着用したり、やたらと伝統的なものがフィーチャーされる国粋主義的な姿勢は、この国の防御的なスタンスを象徴するもので、そこにはこうした伝統を共有しないマイノリティへの高圧的な姿勢があることを忘れてはいけない。

    ・・・とはいえ、ヒマラヤ地域で特別な存在感、貴重な文化遺産や豊かな生活文化に満ちた国であり、大変興味深い地域であることは変わらない。ただ「私たちが忘れてしまったものがある」とか、GNHが高いとかいう、変な取り上げかたはやめて欲しいものだ。

    「幸せの国」ブータンから追われた不幸な少数民族ローツァンパ(AFP)

  • インドの本気

    インド国鉄 ヒマーチャルプラデーシュ州の「ケイローン駅」は地下に建設されるそうだ。

    ビラースプルからマナーリー、ケイローンを経てラダックのレーまで至る鉄道の計画。レーからはカルギルを経由してスリナガルまで繋がり、そこから先は現在スリナガルからジャンムーに向けて建設中(スリナガルから途中駅までは開業している)の鉄道で、既存の国鉄路線に接続するという青写真。つまりデリーから鉄道でヒマーチャル、ラホールスピティ、ラダック、カシミールをぐるりと旅行できるようになるというのだ。

    マナーリーからロータン峠へ至る急峻な地形を思っただけでも、こんな計画が実現するとは信じがたい。これはプランというよりも限りなくホラ話に近いものという感じがするかもしれないが、ところがどうしてインド政府は本気なのだ。

    スリナガル・ジャンムーはやがて全線開通となるのでさておき、ビラースプル・マナーリー・ケイローン、レー、カールギル、スリナガルが繋がるまで、100年以上かかりそうだ。すると子や孫の代になっても全線完乗することができないんじゃないか?という気はする。

    それでもきっとやるんだろう。インド人はとってもしつこい、いや非常に勤勉かつ辛抱強い。

    もっともこの計画の主目的は旅客輸送よりも軍事目的である。道路が閉ざされる秋冬春先でも変わりなく、年中、軍事物資をバンバン中国国境地帯に送り届けることができるようにすることが路線建設における至上命題。

    つまりあと何十年かして、万が一、中印の対立がすっかり解消したりしてしまうと、これを建設する動機がなくなってしまうわけだ。世界情勢というものは、ときに驚くような展開を見せることが多々ある。5年、10年先のことはある程度予想できても、数十年単位の未来となると、正しく予測できる人などいない。

    よって、曾孫、玄孫の代になっても、この路線は実現していないかもしれないということになるが、世界的な大戦の火種が消失していることになるので、それはそれで喜ばしいこととなるだろう。

    India’s first railway station inside tunnel to come up in Himachal Pradesh (Business Today)

  • OYOが日本進出

    なんとインドの「OYO」が日本進出というニュース。これにはビックリした。しかし既存の宿泊施設がこれによって圧迫されるというような懸念はないだろう。

    このOYO、自前でホテルをバンバン建設して・・・というものではなく、既存の宿泊施設を勧誘してOYOに加盟させるというスタイルだからだ。

    よって、インドの大きな繁華街では、狭い一角にOYOが3件も4件もあり、通りを渡るとまた別のOYOがある・・・というような光景が展開している。初めて目にすると、本館、別館、そのまた別館・・・と拡張したホテルみたいに思うかもしれない。しかし、それらはまったく経営者が異なる別々のホテルなのだ。

    ホテル運営と集客のノウハウを伝授し、マーケティングを行い、OYOのウェブサイトでも各地のOYOへピンポイントでお客から予約が入るように誘導するなどの見返りに、これらのホテルからOYOがロイヤリティ等の支払いを受ける。

    そんなわけでロゴマークの入った看板以外は、OYO独自のスタイルというようものはなく、元々の宿のスタッフたちがこれまでと同じように働いている。たいていの場合、OYOに入るのは、元からダメだったホテルで、OYOからの指導により、なんとか稼げるようになることを画策している施設。

    日本でOYOに入ろうという宿泊施設はどんなところかといえば、なんとなく想像がつくように思う。経営が苦しい施設にとっては、もしかしたらいくばくかの助けになるのかもしれないのだが、利用者にとっては特に魅力がないのがOYOの特徴といえば特徴。近い将来、日本でOYOの看板を見つけたら「経営者芳しくない施設だね」と理解してほぼ間違いないのだ。

    インド発格安ホテル「OYO」、日本進出へ(日本経済新聞)