寺院の無数のマニ車を参拝客たちがカタカタと回していく。私もそれに倣ってお堂を時計方向に巡りながらそうしてみると、凍てついた空気の中でこれまたひんやりした手触りの中にも人々の想いのいくばくかの温もりが残っているような気がする。石灰で白く化粧が施されたチョルテンが昼下がりの陽射しを浴びてまばゆく照り返している。境内に腰を下ろして眺めていると、チベットやラダックを思い浮かべてしまうが、ここはそのどちらでもない。インドに散在するチベット人居住区でもない。

最近、モンゴルのウランバートルを訪れたのだが、観光で来たわけではないので連日忙しく、プライベートな時間は一切なかった。だが帰国する日、飛行場に向かう前に少し時間が取れたので、ガンダン・テグチンレン寺院等を見物することができた。

この寺は、もともと1835年に建立されたものである。スターリンに強く感化された時期に起きた多数の寺院の破壊や僧侶の拘束・処刑といった行為による被害を免れたものの、一時期は閉鎖されていた時期があり、再開後も大衆を相手とする布教等の宗教活動や信者たちによる礼拝行為などが禁じられていた。
こうした背景もあってのことだろう。おそらく共産化以前のウランバートル市内には各所に大小無数のお寺や祠があったのではないかと思うのだが、今でも残るいくつかの由緒あるものを除けば、仏教施設はほとんど見当たらないため、宗教的な要素を感じさせるものがほとんど見当たらない。
加えて食べ物や住居のありかたなど、旧共産圏の影響が色濃く、『ロシア・東欧化』されているため、私たちと同じ東アジア人であっても、かなり欧州の近い街という印象を受ける。どちらかというと素っ気ないたたずまいの中にも独自の趣と威圧感があるソヴィエト風の政府機関等の多数の建築群は見事だ。
かつて英領インドの首都であった権威主義的な英領時代の建物と同じく、たとえその近隣にもっと背の高い近代的なビルができたとしても、色褪せることのない存在感と重厚さを持ち合わせているようだ。

社会主義時代に建設された碁盤の目のような整然とした街並みは美しく、現在モンゴル語の表記に使われているのがキリル文字ことも合わせて、ともすれば極東アジアにいることを忘れてしまいそうになったりもするのだが、そうした風景に仏教的なものを感じることはない。


ガンダン寺は規模が大きく歴史的にも重要な寺院であるため良い状態に補修されているようだ。しかしウランバートル市内に現存する数少ない寺院建築の傑作と思われる優美なチョイジンラマ寺院については、残念なことに時間がなくて外観しか眺めていないのだが、かなり荒廃した印象を受ける。またここは主にモンゴル仏教に関する現在博物館となっており、寺院としての機能は失われている。

Dokoe ittemo shouganai Indo mania dana…
お元気? Lee sahib。
おいしいお酒がたくさんあって、呑み助天国のようです。いつか一緒に馬乳酒やらウォッカやら飲みに出かけることができるといいですね。夏は気候が良さそうでいいかも?
それ, うれし·い お-はなしですね…
で-も, Vodkaは い·いけ-ど,
馬乳酒は どうか-な…