インドには鳩好きな人たちが多い。
よく「カブータルカーナー(鳩場)」と呼ばれるものがあるのだが、南ムンバイのフォート地区にもあった。
天井に小さな4本のミナレット状のものが付いている石造の構造物の向こう、黃黒のゼブラに囲まれた部分がそうなっており、日中入れ代わり立ち代わり鳩に餌を与える人たちが出入りしている。、
日本だったら糞害で面倒なことになりそうだが、都会でもそんなことに頓着しないインド人のおおらかさが羨ましい。
カテゴリー: travel
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TASTE OF KERALA
やはり良い店にはオーラがある。
ムンバイのフォート地区にあるクリスチャンのケーララ料理の店。昼飯どきを少し外したが客筋が良い。きれいに掃除がなされた気楽な食堂ではあるが、客席にちょっとショボくれた感じの人はいない。これはけっこう大事なのだ。
隣の席で若い女性二人連れが変わったものを食べていた。
「そのふかし芋みたいで黄色いのは何?」
尋ねてみると「ぜひお勧めします」とのことだったので注文してみる。
だいたいどこの国でもそうなのだが、女性たちが美味しいというものは間違いない。
ふかし芋みたいなものはカッパー(タピオカ)とのこと。
これをビーフカレーで食べる。そう、やはり牛肉の旨味は格別である。
カッパーは、まんまふかし芋で、ほのかな甘みがこれまた牛肉にとてもよくマッチする。
この店はまた再訪したいと思う。
大当たりであった。TASTE OF KERALA
所在地:6/A, Prospect Chambers Annex, Pitha Street, Near City Bank, Fort, Mumbai
電話:022 22044545、022 35324545
TASTE OF KERALA 
ビーフカレー 
カッパー -

HMTの手巻き腕時計
バンガロールに本社を置くHMT社の腕時計。日本のシチズンの協力を得て、1961年から生産を開始した国営の時計メーカーだ。民間の時計メーカーが台頭してくる前、1980年代まではインドの腕時計市場はHMTの天下だった。外国メーカーによる製品が闇市場の品物だった時代である。
そのHMTの手巻き時計を購入しようと、ムンバイのフォート地区で探してみた。たいていの時計屋ではすでに置いていない。ずいぶん昔から腕時計はクォーツであることが当然となっているし、今の時代に国営企業の製品など、一般のインド人ならば欲しがらないだろう。しかもこのHMT社、時計部門はすでに2016年に解体してしまっているのだ。いろいろ回ってみると、やはりまだ置いている店はいくばくかあった。
ある店主は言う。
「インド人は買わないです。昔は腕時計といえばHMTという時代はありましたがね。」
たまに売れるとのことだが、購入していくのはたいてい欧米人だという。
「昔風のシンプルな時計、しかも手巻きというのが、先進国の人たちには珍しいんでしょうね。」
もう入荷することはないので、今の在庫が掃けてしまえば、それでストックはおしまいだという。今回購入したのは、「Janata (人民)」というモデルの以下の文字盤の腕時計。

「Janata」デーヴァナーガリー文字(白) 
「Janata」デーヴァナーガリー文字(ピンク) 
「Janata」デーヴァナーガリー文字(黒) 
「Janata」デーヴァナーガリー文字(黒) 
「Janata」アラビア文字(白) 
「Janata」アラビア文字(黒) ずいぶん昔に、1989年だったか、HMTの手巻き式の腕時計をいくつか購入したことがある。購入の動機といえば、やはりシンプルな文字盤、そして手巻きであるということだった。あれから30年くらい経過しているので、なおさらのことその希少価値はあるだろう。しかも製造していた会社自体がもう存在しないとなれば。(HMTは今も操業しているが、前述のとおり時計部門は2016年に消滅)している。

1989年に購入した「Pilot」
当時、3~4個くらい購入したように記憶しているが、現在もその中のPilotというモデルは元気に動いている。それほど長持ちするのだというわけではなく、当たり外れが多いようだ。他のモデルは紛失してしまったわけではなく、そう長く使っていたわけでもなかったのに壊れてしまった。今になって、突然HMTの腕時計が欲しくなったのには理由がある。eBayにヒンディー語の文字盤の時計が出ているということをある方から聞き、なかなか良い感じだったので、ぜひ購入したいと思ったのだ。デザインや色合いで実に多彩なバリエーションを用意していたJanata(人民)というモデルだが、確かウルドゥー語バージョンもあったはず。回ってみた店の中では、やはりスタンダードな文字盤の製品が多いのだが、一部にそうしたものの在庫はあり、いくつか購入することができた。
購入した時計を巻き上げて、一日放置しておくと、動きにけっこう誤差があることがわかる。
最近はめっきり減ってしまったが、かつては街角に時計修理屋がたくさんあったのは、これが理由かもしれない。仕上がりにかなりバラつきがあるがゆえ、最初から具合の良い製品に当たればよいが、そうでないことも少なくなかったため、調整しながら良い動作をするよう誘導していく必要があった。その面倒さからクォーツが好まれるようになったのは当然のことだろう。1990年代にTATAが腕時計分野に進出した。一度電池を入れてしまえば、毎日巻き上げる必要はなく、日々正確に時を刻んでくれる。人々が機械式時計を見放すのは実に早かった。
HMTもクォーツ時計を生産するようになったのだが、それでも主力は手巻きあるいはオートマチック時計であった。職人の手仕事による機械式時計へのこだわりがあったようだ。国営であるがゆえに、意思決定の遅さもあったのだろう。監督官庁である重工業国営企業省にも、そこから天下ってHMTの幹部となる人々にも改革の意思は薄かったはずだ。
それに腕時計などという、民間企業がたくさん製造してマーケットに投入している製品を、わざわざ国営企業が造らなくてはならない理由など、今やどこにもない。インド経済が脆弱であった昔々ならいざ知らず。かくして、かつて人々が行列を成して入荷した製品を購入したという伝説を持つ花形企業HMTの時計部門は、毎年赤字を累積していくようになり、ついに2016年に政府の判断により、同社の時計部門は清算されることとなった。
購入した手巻き時計を耳にくっつけてみると、チクタクチクタクと、リズミカルな音が刻まれている。古い時代のシチズンとインドHMTのコラボによる製品が世に出たのは1961年。55年に渡る歴史の歩みが聞こえてくるようだ。
なお、同社の「Janata」や「Pilot」モデルには、実に様々なバリエーションがあり、以下のような素敵なデザインのものが多く存在している。インドで何かの機会で見かけることがあれば、購入してみるのも良いのではないかと思う。Janataについては1,600Rs前後、Pilotについてはそれより若干高めの金額で考えておけばよいだろう。

HMT Janata 
HMT Janata 
HMT Pilot また、「Braille」という文字盤が開くタイプの時計も製造されていた。こちらについては、日本の東急ハンズで見かけた記憶がある。文字盤に点字が刻まれており、視覚障碍者の方に時間が判るようになっているのだが、デザイン的に面白い製品である。

HMT Braille -

Chinatown Days
英語版発売予定とのことで、リター・チョードリーのアッサム語による小説「Makam」をアマゾンに注文したのは数年前。アッサムにおける華人コミュニティを舞台にした小説。かなり良い評判は聞いていたので、ぜひ読んでみたかったのだ。
幾度も発売が延期となり、その都度アマゾンから「申し訳ありません」とメールが来ていたが、ついに「この本は入荷しません」とかいう連絡が入った。不可解ではあったが、何らかの理由で世に出なくなったのだろうと諦めていた。
ごく最近、たまたま知ったのだが、実はこの「Makam」が「Chinatown Days」として出版されているとのこと。
アッサム語小説の英訳というわけではなく、著者自ら英語で改めて著したとのこと。そんなわけで、確かに「Makam」の英訳版の出版は中止となり、内容はぼ同じながらも改めて書かれた「Chinatown Days」という別の作品が発表されたわけだ。
これが紙媒体ではなくKindle版で入手できるというのもスピーディーでありがたい。
ずっと何年も待たされたこともあるし・・・。
書名: Chinatown Days
著者: Rita Chowdhury
ASIN: B0786T8XKX -
ラダックを鉄道が走行したら・・・
以前、「鉄道でデリーからレーに移動することできる時代がやってくる?」と題して、デリーからヒマーチャル・プラデーシュを経由してラダック、そしてスリナガルへと至る鉄道建設計画について取り上げてみたことがある。
リンク先動画はCGだが、ラダックを走る鉄道計画が実現したらこのような具合になるのだろう。しょっちゅう土砂崩れなどで通行止めになりそうな気もする。
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The Food Rangerのドバイレポート
インドのレストランやストリートフードもよく取り上げているThe Food Rangerのドバイからのレポート。私自身はラクダ肉を食したことがないのだが、ラム肉にとてもよく似ていると、この動画の中で語られている。ロケ先となっているレストランの厨房の様子も映し出されているが、ドバイ名物料理ながらもキッチンを取り仕切るふたりの料理人たちがインド人ムスリムというのは、いかにも多国籍空間のドバイらしい。レポーターのトレバー・ジェイムス君、いつもながら実にいい表情で食事を楽しんでいる。
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歴史的な鉄道駅、再開業なるか?
ムンバイの旧バラード・ピア・モール駅が再オープンするかも?というニュースがだいぶ前にあったが、その後どうなったのだろう。
植民地期末期に廃止されている駅だが、ヴィクトリア・ターミナス駅のすぐ東側のため、ヴィクトリア・ターミナスが手狭にでもなって、発着の一部をそちらに回すのかな?と想像していたが、その後の様子が伝わってこない。
ところで、このバラード・ピア・モール駅だが、ここを始発としていたフロンティア・メールなどの特急列車に英国などからの大型客船が桟橋に到着後、降船した乗客はそのまま列車へ・・・という具合に接続していたらしい。
このバラード・ビア・モール駅が廃止となるあたりまでは、現在のもうひとつの終着駅としてチャーチゲートではなくコラバ駅が運用されていた。
いまや鉄道のターミナスがあったという痕跡さえなく、往時は列車が往来していたチャーチゲート・コラバ間の鉄路がどこを走っていたのかも、今の街並みからは想像もできないのだが。Historic railway station in Mumbai may be reopened (The Tribune)
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デヴィッド・サッスーンの屋敷
13世紀にバグダードからボンベイに渡った伝説のユダヤ人デヴィッド・サッスーン。ビジネスマンとしても慈善家としてもよく知られるデヴィッドは、今でこそ「ユダヤ人」としてその名を記憶されているが、彼自身は故郷である現在のイラクの生活習慣、いでたちで日々を過ごす「ユダヤ教徒のアラビア人」であったようだ。シオニズム運動が起きる前、ユダヤ国家を想像する人もいなかったので時代なので、当然のことだろう。
植民地期に英国をはじめとする欧州勢や支配層との結びつきにより、植民地現地の買弁として経済力を蓄える過程の中で、次第にインドの白人社会へ軸足を移して「欧州人化」していったのは、彼らよりも1000年くらい先にインドに渡ってきたパールスィーと共通する部分だ。
彼の屋敷が現在は医療施設(薬物中毒者のリハビリ施設)となっているようだ。ボンベイには一族が関わった建物等が沢山あり、今でも「サッスーン・ドック」「サッスーン・ライブラリー(アールデコ著の非常に美しい建物)」などがあるが、彼が暮らした屋敷が現存しているとは知らなかった。
サッスーン一族は、渡印後にボンベイからプネー、カルカッタ、ラングーンなどにも活躍の場を広げていく。 戦前には香港や上海で大きな事業を手がけていたが、現在欧州で活躍する多数の「サッスーン」もデヴィッドの一族。そう、彼らはまさに「ボンベイ発」のビジネス一族であり、彼らのルーツはボンベイで成功したデヴィッド・サッスーンなのだ。
Riches to rehab: Mumbai palace welcomes new tenants (CNN Travel)
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ラージ・カプールの屋敷が博物館に
偉大なる映画人、ラージ・カプールの屋敷が博物館になるという。ムンバイではなく、パーキスターンのペーシャーワルにある彼の先祖伝来の屋敷のことだ。これはぜひ訪問したい。
Ancestral ‘haveli’ of Raj Kapoor in Pakistan to be converted into a museum soon (timestravel)
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インドのアーヨーディヤーとネパールのジャナクプルが姉妹都市に
インドのUP州政府とネパール政府が前者における「ラーマの生地アーヨーディヤー」と後者の「スィーターの生地ジャナクプル」を姉妹都市とする取り決めがなされたとのこと。
神話に因むのどかな姉妹都市提携に見えなくもないのだが、今のUP州政府の姿勢を見ていると、コミュナルな火の手が上がらなければ良いのだが・・・という気もする。
そうでなくてもこのあたりネパール平原部で「マデースィー」と呼ばれるインド系住民問題もあるし、あんまりインドとエモーショナルに絡むことはしないでおいたほうが良いようにも思える。とりわけ、アーヨーディヤーがあるUP州の現与党、ホントに悪い人たちがトップにいるだけに・・・。
Ayodhya, Nepal’s Janakpur To Become Twin Cities As UP Signs Agreement (NDTV)
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インディア・トゥデイでグルメ特集
本日朝起きるとタブレットに配信済だったインディア・トゥデイ最新号。特に大きな事件はない平和な日々が続くと、あらかじめ準備してあると思われる埋め草的な記事が並ぶのが常だが、今号はこういう状況下で珍しい「保存版」である。
なんと、同誌でインド各地のグルメ特集。ストリートフードから高級店まで、軽食からお菓子類まで、手広く紹介している。
長らく定期購読してきたが、健康関係、レジャー関係記事で食べ物のことが小さく取り上げられることはあっても、グルメ自体で特集を組んだのは初めてではないだろうか。元々、そうした分野はニュース雑誌の守備範囲ではないため、同誌でこういう記事が組まれること自体が大きなニュースになり得る。










