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カテゴリー: travel

  • T.T. GUEST HOUSE

    T.T. GUEST HOUSE

    ホアランポーン駅

    Charu Mueang Roadから右手の路地に入ったところ。
    路地に入るところには「24時間営業の屋台」があった。
    T. T. Guest House跡地。高架下の駐車スペースになっている。

    かつて人気のあったバンコクのT.T.ゲストハウス。ホアランポーン駅まで来たので、なつかしの場所がどうなっているか見てみることにした。道路建設による立ち退きで移転してからも、けっこう繁盛しているようだが、そちらを利用したことはない。
    ホアランポーン駅近くにあったので便利であったことはもちろんだが、1Fのレセプションがあるフロアーには、いつでも好きなだけ座っておしゃべりをしたり読書をしたりできる広くて清潔なスペースがあり、宿泊者同士の交流が大いに楽しめた。所望すれば飲物や食事を注文することも出来たのだが、何か注文しなくては、そこに居ることはできないというわけではなかった。あくまでも「ロビー」という扱いだった。
    多くの宿泊客が利用するのは低廉な料金のドミトリーだったが、ベッドを無理やり押し込んだような具合ではなくスペースにも恵まれていた。共用のトイレ/シャワーについても、数はふんだんに取ってあり、繁忙期でも順番を待つようなこともなかった。もちろん個室も用意されており、予算に応じてチョイスが可能であった。しかも隅々までピカピカに清掃されていたので、文句の付けようもない。
    規模の大きなYMCAやユースホステルのようなスケールと健全さだったのだが、家族経営のためフレンドリーでアットホームな雰囲気。
    すぐ近くにあるチャイナタウンの楽宮旅社、ジュライ・ホテルとは予算面では重なるが、タイプの異なる旅行者が集っていた。(チャイナタウン派でも楽宮とジュライでは利用客が違っていた。)
    古い記憶をたどって・・・というほどではなく、ホアランポーン駅からごく近く、ラーマ4世通りを東側に進んですぐの交差点でCharu Mueang Roadへ右折し、右手路地の中にあった。路地に入る手前には、24時間営業の屋台があった。おそらく夫婦で交代して切り盛りしているのだが、どちらも疲れて倒れそうな顔をして調理しているのが気の毒だったので記憶に残っている。
    ホアランポーンの駅前エリアについては、かつては田舎から出てきた女性たちが地面にゴザを敷いて、思い切り身体に悪そうな着色した酒を飲ませていたが、もうそんな雰囲気はない。
    小洒落たブティックホテル、洒落たカフェなども駅前に見られるが、駅前からラマ4世通りを少し東に進むとYoutubeで「1970年代のバンコク」で検索すると出てくる動画で見られるような崩れかけたような汚い食堂も実はまだポツポツと健在。そんなところで汁そばをすすったら、往時を思い切り偲ぶことができるだろう。

  • ホアランポーン駅周辺の良さそうな宿

    ホアランポーン駅周辺の良さそうな宿

    バンコクのホアランポーン駅近くの「良いホテル」としては、前回取り上げたスリクルン・ホテルは古参の施設だが、この駅前エリアには新手の良い感じの宿ができている。都心エリアながらもローカルなムード、そしてすぐ近くのチャイナタウンの食事の良さも考えると、スクムウィットなどに泊まるよりも好ましい選択に思える。1泊700~1400バーツくらいの料金帯で、このような感じの新しい宿はいくつも見かける。

  • スリクルン・ホテル

    スリクルン・ホテル

    クルンカセム運河からの眺め。右手の青い建物がスリクルン・ホテル。

    橋の向こうにスリクルン・ホテル

    ホアランポーン駅の側からクルンカセム運河を渡ったところにあるスリクルン・ホテル。
    以前とカラーリングが変わったようだ。
    ここのカフェで一休みすることにしよう。すぐ近所にスタバもあるが、ここの落ち着いた空気のほうがありがたい。
    昔はちょっとアップマーケットなホテルだった。さすがに今は古びた感じがするものの、ピカピカに磨き上げられて清潔感があり、スタッフの人たちもキビキビしていて礼儀正しく、とても感じが良いのは変わらない。ホアランポーン駅目の前という都心にありながら、部屋の広さが40平米くらいあることも合わせると、朝食付きで1,100バーツくらい(2019年秋現在)というのは大変お得感がある。
    時代の流れを感じさせるのは、このスリクルン・ホテルがインド発のOYOに加盟したことだ。OYO自体には好感が持てず、「潰れそうなボロ宿が最後にすがりつく先」というイメージがあったのだが、このスリクルン・ホテルの端正さ、清潔さ、折り目正しさは今も変わらないことに安心した。
    中文名は「京華大旅社」。華人経営のホテルである。

    エントランス

    ロビーはこんな具合

    レセプション周辺

    ホテル内のカフェ。新しくはないがピカピカに磨き上げてある。

    アイスクリームとコーヒーを注文した。

  • タピオカドリンクの店

    タピオカドリンクの店



    21世紀バンコクのチャイナタウン、ヤワラーには小洒落たカフェがけっこうある。
    このような店があると、もはやヤワラーとは思えない。 元々はタイのデザートとして定番だったタピオカだが、台湾経由で大粒になりミルクティーその他でアレンジしたものが世界中で大ヒットして、タイにも「里帰り」している。

    タピオカドリンクの店

    洒落た洋菓子店も多い。

    華やかになったが、裏手路地はこういう具合なので、昔から変わらない部分も多い。上階は住宅で下階は店舗になっている。
    路地裏には今もこういう眺めがある。

    今どきのチャイナタウンで良いのは、信号機が増えたことだ。昔はそんなものほとんどなかったし、クルマはやたらと飛ばすので、道を渡るのにひと苦労だった。
    信号機が増えたことは喜ばしい。

    中華街にはいくつかの門が出来ている。こちらはヤワラーのホアランポーン駅に近い側。観光地としての価値を意識してのものだろう。
    中華街の門

  • 旧ジュライホテル

    旧ジュライホテル

    旧ジュライホテルの建物はまだあった。何か他の用途に転用されているわけではなく、閉鎖された建物は取り壊されたわけではなく、まだそこに存在している。
    界隈は寂れたものの、いかがわしさは今なお健在で、午後の早い時間帯なのに通りには、胸の谷間を強調したセクシーな身なりで、眉間や目尻にシワが刻まれたお姉さんというか、おばちゃん娼婦たちがチラホラいて、謎の微笑みで誘ってくる。
    もしかしたらジュライホテルがあったころから、このあたりにたむろしてきた亡霊のような人たちかもしれない。
    そんなエリアだけに、周囲には安連れ込み宿と思しき旅社は少なくない。
    都心で地価も高いエリアかと思われるのだが、ここに何か新しく建設されるでもなく、廃業したジュライホテルの建物がそのまま残っているというのは不思議でもある。

    旧ジュライホテル遠景

    界隈には安連れ込み宿らしき旅社は少なくない。
  • 観光地としてのチャイナタウン

    観光地としてのチャイナタウン








    バンコクのチャイナタウンは賑やかながらもぶっきらぼうなイメージがあったのだが、今はずいぶん様変わりしているようだ。日本の横浜のチャイナタウンのように、その存在自体が観光地的な性格ではなく、中国系市民の生業と生活の場であったこと、そして華人の結社同士の抗争があったり、いかがわしい仕事をしている者も少なくなかったりしたことから、あまり柄が良くないイメージがあったことも否定できない。
    そして2019年の現在、総じて品が良くなったというわけではないのだが、チャイナタウンを西洋人の家族連れが闊歩していたり、中国大陸や台湾からやってきた中国語を話す老若男女が歩き回っていたりする。

    いかにも外国人向けの小物

    キレイなカフェ

    持ち帰りの洋菓子屋

    メニューはタイ・英・中で併記

    中華菓子屋もタイ・英併記

    タイ人には説明不要のローカルスイーツは英・中のみで併記

    美味しそうなローストダック

    フレッシュジュース屋

    けっこう英語が出来る店員を配置する店も増えている。

    外国人を意識した土産物屋、小洒落たカフェが沢山見られるようになった。当然のことながら商品や価格の表示はタイ語に加えて英語と中国語でも書かれているケースが増えた。中華街なので中国語による表記が多いのは当たり前ではないかと思われる方もあるかもしれないが、90年代前半くらいまでのチャイナタウンでは、店の屋号くらいしか漢字での表記はなかったのだ。中華料理の店でも、メニューは通常タイ語でしか書かれていなかったのだ。
    世界中で大ヒットしているタピオカドリンクの店には各国からやってきた観光客たちが群がっている。元々、タイのデザートだったが、台湾で茶色の大粒にしてアイスミルクティーなどの中に入れて提供するようになってから人気に火が付いたようだ。
    タピオカドリンクの店

    こちらは中華街の門。ヤワラーのホアランポーン駅側にある。観光地としての価値を大いに意識してのものだ。元々はなかったものなのだが。

    観光客が増えたからというわけではないかとは思うが、信号機が増えたのも良い。昔はそんなものはほとんどなかったし、クルマはやたらと飛ばしているので、道路を渡るのにひと苦労であったのだから。

  • 義肉骨茶

    義肉骨茶

    肉骨茶(豚リブの薬膳煮込み)といえば、マレーシアやシンガポールが有名だが、バンコクも負けていない。
    「義肉骨茶(イーバクッテー)」というこの店のことは、まったく知らなかったが、看板が目に入る前に、かぐわしい香りに引っぱられてしまった。よほどの自信がなければ、ほぼ単品で勝負する肉骨茶の店は出せない。物凄い吸引力に脱帽。

    骨付き肉ばかりがスープの中にゴロゴロしているマレー半島(シンガポールを含む)の肉骨茶と異なり、白菜がたっぷり使われているのがこの店のスタイルだ。しかもモツまで入っている。これがバンコク式なのか、それとも「義肉骨茶」独自のものなのかは判らない。タイ語が出来れば、いろいろ話を聞き出せたことだろう。
    味のほうはというと、やはりヘビー級王者クラスの強烈な旨さのパンチにノックダウンされてしまった。バンコクを再訪する際、ここは外せない。

    ヤワラートで至極の肉骨茶(バクテー)をどうぞ(激旨!タイ食堂)

  • バンコク チャイナタウンの大乗仏教寺院と道教寺院

    バンコク チャイナタウンの大乗仏教寺院と道教寺院

    バンコクの中華街で特徴的なものといえば、大乗仏教寺院、道教その他の華人の宗教施設の存在なども挙げられるだろう。タイのテラワダ仏教寺院と造りも異なり、どこか故郷に帰ってきたような思いさえする。中国や台湾からやってきた人たちが訪れたならば、なおさらのことそういう気がすることだろう。
    救急車などのレスキュー活動を展開する「華僑報徳善堂」「泰国報徳善堂」などで知られる「善堂」は、明の時代の中国大陸に発した仏教系の結社。
    「呂帝廟」は道教の神様を祀る中国寺院だ。
    近年、中国大陸からやってくる観光客が急増しており、金払いの良い上客ともなっていることもあってか、こうした寺院の近くに中国からやってきた見物客を乗せたバスが停車していることも多いようだ。
    異国に根を下ろす華人文化に触れることは、ちょうど私たちが南米に定着した日系人たちの姿を目にするのに近いものがあるのかもしれない。
    おそらくガイドたちはチャイナタウンの歴史や華人たちのルーツなどに加えて、タイ華人しか知らないディープなウンチクなどもチラリと披露しているのではなかろうか。
    中国語が出来たら、ガイドさんたちの説明にぜひ聞き耳立ててみたいものだ。












    〈以上、甘露寺〉









    〈以上、華僑報徳善堂〉






    〈以上、呂帝廟〉

  • パフラット

    パフラット

    タクシーでパフラットのグルドワラーまで向かう。
    グルドワラーではスィク男性にランガルへの参加を勧められた。しかしこちらは短パンであるので失礼かと気が引けることに加えて、せっかくタイに来たのでタイらしいものを差し置いてランガルというのも・・・という罰当たりな思いもあった。栄養補給や味わうことが目的ではなく、万民の平等を旨とするスィク教において、出自の違う人たちと共食を実施するという精神的な行為であるため、そんな風に考えてはいけない。

    パフラットでインド人の店ばかり集中しているブロック
    マーラーは造花であった。
    ミターイーの店
    インド人ばかりのエリアに忽然と中国寺院が現れたりする。
    ごくごくタイトなインド人エリアを出ると、普通のバンコクの下町となる。
    このあたりのムードは20年前、30年前とあまり大差ない。

    パフラット市場の混雑ぶりは相変わらずだが、運河の水際はきれいに整備されていた。パフラットのグルドワラーからスタートして、チャイナタウンを経由してホアランポーン駅まで散歩してみよう。

    運河は見違えるようにきれいに整備されていた。
    運河の両側は快適な遊歩道になっていてビックリ。
    パフラットではインド人エリアを出てからも、インド人経営の店が散在している。

    パフラット市場の一角。画像が暗くて判りにくいが、1Fは店で上階は住居となっている。
  • ノルタルジーのバンコク

    ノルタルジーのバンコク

    昔は通り沿いにこういう建物が多かった。
    こういう建物は今でも見かける。

    行き交う人々の装いがカッコよくなり、街並みもモダンになって久しいバンコクだが、昔ながらの眺めを探すのは、そう難しいことではない。
    けれども、街中で外食やショッピングのシーンで、「昔風」を装う店も多くなってきている。日本で言えば、私たちがノスタルジーを感じる「昭和風」と通じるものがある。
    過去の追憶を愉しむというのは、社会が成熟してきた証でもあるだろう。目まぐるしく変わっていく時代の流れの中で、ちょっと立ち止まって「あったね、こういうのが!」という想いに浸ってみたいという気持ちは、きっと私たちと同じだ。

    「昔、屋台で食べた料理」をコンセプトにする店。屋台を引く自転車がイメージキャラクター的な存在になっている。

    ドンムアン空港にある王室系のみやげもの屋だが、昔の雑貨屋風にデザインされている。

  • タイの軽食

    タイの軽食

    すっかりモダンになったバンコクの街だが、昔ながらの雰囲気の食堂も当然健在だ。汁ソバが40B。ご飯におかず類を載せたものはだいたい40~60Bくらいの値段。私が初めてタイを訪れたときにはこういう一品がたいてい10バーツ、ものによっては15バーツだった。味は今も昔も変わらずおいしいのはうれしい。タイでは盛りが小さいので、一人で食堂に入っても2~3品注文して楽しむことができるのも良い。

  • ドリアンの幸せ

    ドリアンの幸せ

    宿の向かいの露店で、切身のドリアンを買う。宿入口のところに置いてあるベンチに座って食す。
    行き交う人々を眺めつつ、ドリアンを歯で、そして舌で巻き取っていると、恍惚となってしまってちょっと危ない。

    そう、実はドリアンは酔う。

    酒の酔いは、そこにいる自分を増幅させる。みんなで飲むとみんな増幅されるから場が盛り上がる。ドリアンは違う。食べると自分自身が飛んでしまうのだ。

    飛んでしまうといっても遠くに行ってしまうわけではなく、ちょっと幸せな気分で浮き上がる感じか。けっしておしゃべりになる類の酔いではないので、みんなでドリアンを食べると、みんな呆けた顔で静かになり、場が盛り上がることはない。

    それでもみんな幸せな気分になっている。これがドリアン。