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カテゴリー: travel

  • パールスィーのお話(QISSA E PARSI)

    パールスィーのお話(QISSA E PARSI)

    インド在住ゾロアスター教徒に関するドキュメンタリー作品。人口面では微々たるマイノリティーだが、存在感は高い。

    地域社会で「外国人」のようなかけ離れたイメージはあるものの、本来は閉鎖的な集団でありながらも、愛国的な人たちとして尊重される。資本家や富裕層が多いものの、清廉なイメージで語られ、地域や社会経の貢献度の高さから搾取のイメージすらないどころか、彼らに対する批判的な声すら耳にすることはない。

    文化芸術方面での活躍で知られる人たちも多く(指揮者のズービン・メヘター、ファルーク・バルサラーことクイーンのフレディー・マーキュリー、俳優ボーマン・イラーニー等々)、クリエイティブな印象で語られることも多い。人口規模に対する存在感に社会から寄せられる好感度を加えると、たぶん世界最強のマイノリティーのひとつ。
    タイトルが「キッサー・エー・パールスィー」と、ペルシャ語的な表現となっているのは、もちろん題材のパールスィーの故地に因んでのこと。

    こうしたペルシャ風の言い回しがごく普通にあるのは、ヒンディー/ウルドゥー(及びインドの諸語)のリッチな部分的のひとつ。日常的に使用される語の中に、同じものを指す言葉に土着の語彙に加えて、サンスクリット/パーリー由来、ペルシャ語、アラビア語起源などのものが重層的に連なる。
    語彙の豊富さは、やはり出自の異なる多くの人々が古来より往来してきたインド亜大陸らしさ、ということになるのだろう。

    Qissa e Parsi : The Parsi Story (Youtube)

  • アチプルへ

    アチプルへ

    エスプラネードから乗車

    コールカーターから日帰りでアチプルへ。とりあえず地下鉄でエスプラネードに出る。
    アチプルには、18世紀にフーグリー河岸に上陸した最初の中国からの移民とされる人物を祀った寺と彼の墓があり、コールカーター華人の始祖として、当地の華人コミュニティ全体から崇められている。いつか訪れようと思いつつも果たせないでいた。

    エスプラネードバススタンドから77番のバスで出発し、チャリヤル(Charial)で下車する。このエリアはマーケットになっており、橋の手前くらいで下してもらう。カルカッタ市内から30km。その割には市内の交通渋滞に加えて、ほぼ100mごとに乗客の乗り降りがある路線(笑)であるため、下車すべきチャリヤールまでは2時間半くらいかかった。

    チャリヤルで下車

    バスは橋を渡ったところで左折して違う方角に行ってしまうのだが、アチプルへは直進しないといけない。商業地なのでオートリクシャーは見つかる。ただトン・アチューのお寺と墓は離れているし、帰りのオートはアチプルからは見つからないと思うので、見物中の待ち時間を含めた往復で依頼すると良い。
    さて、アチプルの寺に祀られている最初の中国移民トン・アチュー(Tong Atchew)だが、姓の「トン」とは、「塘」のことらしい。現在の福建か広東から来たものと思われる。

    トン・アチューを祀る寺

    インド風にタラーブ(池)がある。

    中印紛争の勃発までは大いに栄えていたカルカッタの華人コミュニティの人たち。彼らから大変な尊敬を集めている人物だ。裸一貫で渡ってきて、財を成した先駆けだが、もしかすると彼よりも先に渡ってきながらも、病などで倒れた人、成功を収めることができず、下働きのまま生涯を終えた人もいたかもしれないと、私は想像している。

    それはともかく、このTong Atchewの寺には、毎年旧正月にはカルカッタの華人コミュニティの人たちがここに集まり、お供えをしたり祈祷したりといった供養をするのである。
    ベンガル語で、この寺がある地域を「チーナー・マンタラー」と呼んでいる。「中国寺院」の意味だ。ここからさらに進んだ先には、Tong Atchewの墓がある。そのあたりが、かつて彼が始めてインドに上陸した地点ということになっているらしい。通常はゲートにロックがかかっているため、塀をよじ登って越えた中の敷地にある。どうやら旧正月にコールカーター華人たちが参拝するとき以外は開かないらしく、利用したオートのオートの運転手がこのあたりの事情について詳しい人で良かったと思った。

    周囲を柵で閉じられた荒れ放題の場所にある。

    墓に面したフーグリー河の眺め。上陸したばかりのトン・アチューが目にしたのもこの景色だったのだろう。

    この運転手は、こうしたカルカッタ華人が旧正月に参拝する際に乗せて行ったり来たりした経験が多いようで、華人たちから聞きかじった話を受け売りでいろいろ話してくれる。私のことも当然、華人と思っていて、「どこから来たのか?」と尋ねてくる。

    「いや華人ではないのだ」と言うと、「アンタどこの人だ。なんでここに関心あるんだ?」と聞かれて面倒くさいのは目に見えているので、「シローン(メガーラヤ州都。実際に華人たちが在住している)だよ」と返事をしておく。旅行中、インド人から地元の興味深い話を聞くのは楽しいが、逆にこちらが「どこから来た?」「何の仕事している?」「結婚してるか?」などから始まる月並みな質問を浴びせられて返事するのはくたびれる。

    カルカッタ近郊とはいえ、途中に大きな発電所がある以外は、農村地帯(要は昔から住んでいる人たちのエリア)であるため、コスモポリタンのカルカッタがすぐ近くにあるとは思えないルーラルな、のどかなベンガルの眺めを満喫することができる。人々の家の造りも田舎のベンガルそのままである。

    ※内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。

     

  • パラドックス

    パラドックス

    インドの路上を走るクルマの性能は大変良くなった。
    でも市内移動は、30年前のほうが今とは比較にならないほどスムースで迅速だったというパラドックス。
    渋滞ひどいカルカッタでの写真だが、インドの大都市はどこもこんな状況。

    ※内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。

  • 廃墟に見えても

    廃墟に見えても

    廃墟に見えても実は中では人々が忙しく働いていたりするのがインドのエラいところ。屋根に木が生えてしまっているオンボロビルは、今も当然現役だ。さすがに手前の雑草に侵食された建物は、すでに使われていないようだが。

    ※内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。

     

  • ノルタルジーの人力車

    ノルタルジーの人力車

    建物内のカッコいい内装をプロデュースする、いまどきの業者さんのショールームなのだが、キレイにリストアした人力車が展示してあった。

    カルカッタで人力車はカルカッタでまだとはいえ、すでに都会の人たちがノスタルジックに想起する風物になっているのだろうか?

    今でも人力車が走っているのは都心というか、昔からあるタウンシップ。そこから離れた新興住宅地やポッシュなエリアには出入りしていないので、ほぼ追憶の中に存在するものといって差し支えないのかもしれない。

    ※内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。

  • サダルストリートの詐欺師たち

    サダルストリートの詐欺師たち

    サダルストリート

    サダルストリートで、一時期ネットでも話題になった「ラージ」を名乗る男以外にも、同じようなことをしている詐欺師たちが複数いるのだという。被害にあった日本人についても、ネットその他でいろいろ情報を目にしたことがある。
    犯人たちは、いずれもこの界隈に住んでいる者たちらしい。田舎からの出稼ぎの人たちの子としてこのあたりで育った者たちとのこと。経済的に苦しくても、普通はちゃんとまっとうな人間になるのだが、中にはグレてそうなってしまう者たちがいる。
    そんな彼らの写真を目にする機会があったのだが、その中にひとりに、ついさきほど見かけた顔があった。パークストリートから戻ってくるときに話しかけてきた男で、すぐに離れていったのだが。
    こういう奴らは、普通にそのあたりを徘徊していて、外国人にちょっと声をかけたりしてみて探りを入れているらしい。よって声をかけられただけの者にとっては、その辺にいるホテルや両替の客引きと同じで空気のようなものなので、記憶にほとんど残らない。
    よって、そういう奴がいたら「インド初めてきました!」「タージマハル行きます。楽しみです!」「お茶に誘ってくれてありがとう!」などと答えておいて、そいつと一緒にセルフィー撮影しておき、あとで「こいつがその悪い奴だ」と、SNSで拡散してやればいいのだろうが、肝心の「詐欺師たち」が誰なのかはわからない。

    ※内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。

  • オンかオフかの二者択一

    オンかオフかの二者択一

    部屋のエアコンの効きが素晴らしいのはたいへん良いのだが、しばらくすると凄まじく寒くなってきてオフにする。
    するとだんだんちょうど良くなってきて眠りに落ちるが、やがて室温が上がってきて今度は暑くてエアコンのスイッチをオンにする。
    エアコン機器が壁に貼りついているものではなく、天井裏にビルトイン方式。温度調節無しで、壁の電源スイッチをオンにするか、オフにするかの二者択一とは、潔すぎるものがある。

    オンかオフかの二者択一

    ※内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。

  • ブータン行きのバス

    ブータン行きのバス

    ブータン行きのバス。車両はインドのアショーク・レイランド社製造

    地下鉄エスプラネード駅で下車。エスプラネード・バススタンドのベンガル北部方面行きブロックで、ブータン行きのバスを見かけた。

    午後7時出発で、ティンプー到着は翌日午後4時とのことだ。車内にいたのは、ブータンに本社があるバス会社のインド現地スタッフ。インド人はよく平気で外国人に収入を尋ねるが、ブータンの会社からインド人社員にいくらくらい出ているのか興味があり、「いくらもらっとるん?」と聞きたくなったが、私にはそういう質問はやっぱりできない。

    さて、このブータン行きのバスだが、乗車賃は、オーディナリー705Rs、デラックス1,070Rで、月曜日〜土曜日まで毎日1便ずつ出ているそうだ。

    ブータンのバス会社のインド現地スタッフ

    ブータン入国に際してヴィザが不要で、パッケージツアーに入るすら不要なインド人たちにとって、ネパール同様に安価で国内旅行気分のお気楽な旅行先だ。

    欲しいのはインド旅券・・・。

    ※内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。

  • ご神木⑥「神様も休憩中」

    ご神木⑥「神様も休憩中」

    神様も休憩中

    界隈の人々が、入れ代わり立ち代わり、小さなお願いから大きなお願いまでしにくるので、応対してくださる神様もさすがにお疲れになられる。そんなわけで、ただいま神サマはお昼休み中。大きく立派な寺院でも、近所のこうした祠や小さなお寺でも、そこに鎮座する神様は同じ。いつでもフラリと気の向いたときに相談に行ける身内のおじさん、おばさん、頼りになる兄貴、姉貴みたいな感覚で、構えず気楽にお参りできるのは、近所にあるがゆえのこと。

    〈完〉

  • ご神木⑤「SOCIALIZED TREE」

    ご神木⑤「SOCIALIZED TREE」

    hdr

    祠+チャーイ屋。寄合所、情報交換と語らいの場としてとして高い機能を発揮する。ネット出現以前から存在する卓越したSNSシステム。この木が人々を繋ぎ横丁の社会関係を紡いでいく。良い話も悪い話も、このネットワークの上で瞬時に広がる。

    やはりこうなるべくして大きくなった木には、生まれながらの「徳」があるとしか思えない。

    チャーイ屋
    hdr

    〈続く〉

  • ご神木④「発展のプロセス」

    ご神木④「発展のプロセス」

    これらもまたご神木がお寺にまで出世した例。

    やはり、人が集う→座れるように基壇を作る→長年の愛着から人々の魂が宿る→神様を置いてみたりして神格化→やがて祠から小さなお寺へ・・・というプロセスはどこも同じようだ。

    基壇が作られた段階の木を見つけたら、その後発展するか、サッパリ鳴かず飛ばずか?と追跡してみるのも楽しい。

    同じ並びの似たような木でも、ゴミ捨て場になっているものもある。どこで違いが出てくるのかわからないが、もともとそれぞれの木に備わった素質としての「徳」の有無が作用しているとしか思えない。

    こちらは基壇が造られた形跡はあるものの、ゴミ捨て場と化した残念な例。

    〈続く〉

  • インドの現状

    甚だ残念なことであるが、インドを含めた全世界が大変な状況にある。もちろん日本も大変危険な具合になっていて、今後がまったく予測すらできなくなっている。

    ここひと月半くらいに起きたことについて、旅行に関連する事柄を中心に簡単にまとめみると、以下のような具合になる。

    2月5日以前に中国で発行されたヴィザは無効となり、1月15日以降に中国への渡航歴がある人の入国が禁止されることになったのは2月20日過ぎ。

    2月26日になると、インド保健・家庭福祉省は,韓国,イラン,イタリアからのインドへの渡航者及び2月10日以降に韓国,イラン,イタリアへの渡航歴がある人は,インド到着後に14日間にわたり停留措置の対象となる可能性があることが伝えられた。

    2月27日には、日本国籍者による新規のe-Visaの申請受付が停止された。3月3日,インド国外にいるイタリア,イラン,韓国,日本の国籍者に対して3月3日以前に発給された全てのヴィザは無効となった。

    3月5日になると、スィッキム州が外国人の入域許可発行を停止した。同州住民を除き、インド人さえも入ることができなくなり、その後アルナーチャル・プラデーシュ州、連邦直轄地ラダックもこれに続いた。

    そして3月9日前後になると、デリーやバンガロールなどを始めとして、学校が休校となるところが出てきて、他地域もこれに追従する。

    3月10日にマニプルとミャンマーの国境が閉鎖となった。

    3月11日には、インド国外にいるフランス,ドイツ,スペイン国籍者に対して,3月11日以前に発給した全てのヴィザが無効となった。すでにこの時点でインドと世界各地を結ぶ国際線は大幅に減便となっている。

    3月12日には、外交,公用,国際連合及び国際機関,就労,プロジェクト査証を除く全ての査証の効力を4月15日まで停止との発表。ヴィザの種類を問わず、新規の発行は史実上停止されているため、新たに入国することは大変困難なものとなった

    インドに在住・滞在中の者については、引き続きヴィザは有効で、出国した時点で無効となる。そのため在住者たちは、急な用事があってもインドを出ることができない状態にある。新たなヴィザ取得も現在のところ望み薄なので、インドに進出している企業は、大きな人事異動の時期なのに、交代が実施できない状態に。

    3月19日,国際民間旅客航空便のインドへの着陸を3月22日から一週間停止すると発表した。(その後4月15日まで延長することが決定) 同日、モーディー首相は新型コロナウイルスに関して国民向けの演説を行い,その中で今後数週間の決意と自制を呼びかけるとともに,3月22日の午前7時から午後9時まで外出を禁止するJanata curfewを発表。

    3月22日のJanata curfewの解除に引き続き、23日に日付が切り替わる深夜から、インドにおける主要な商業地域を含む各地で3月末までのロックダウンを発表。

    3月24日,モーディー首相は新型コロナウイルスに関する演説を行い,25日0時から21日間,インド全土においてロックダウンを行うことを発表し,インドに居る全ての人々に対し,自宅又は滞在先に留まるよう呼びかけた。

    国鉄は貨物列車を除く全ての列車の運行を停止。長距離バスも同様。市内交通もバス、メトロ等も操業を停止。

    そうした状況下で、地方から都市部に出てきた出稼ぎの人たちは仕事がなくなり、かといって故郷に帰る手段もなくなった。住処を追い出された人もあり、食事を手に入れる現金もない人たちも。

    そんな状況下で、都市部の行政、NGO、宗教団体による炊き出し等が実施されるとともに、閉鎖中の学校施設をナイトシェルターとして彼らを収容する動きも。難民化した労働者たちの扱いに手を焼いたデリー政府は、特別バスを仕立てて、彼らをUP州やビハール州などの故郷に送還しようとするが、そうした動きの中でのクラスター発生と自州での感染拡大を恐れる地元政府の反発も。

    このような具合であるため、私自身は現在インドに滞在しているわけではないし、旅行しているわけでもない。目下、インドは旅行できる環境にはなく、「ロックダウンがどんな具合か」と興味本位で訪問するべきではないし、インドに居住してなすべき業務、そこで守るべき家庭があるのでなければ、逗留すべきでもない。

    よって、今後しばらくは、私がこのindo.toで取り上げるインドは、新型コロナウイルス感染症が広まる前のものであり、今の状況のインドへの訪問や滞在を勧めるものではない。

    あくまでも平常時のインドの魅力、興味深さ、楽しさなどを伝えたいがゆえの内容である。

    インドの人たちにとっても、私たちインドの外の人たちも、今は未知の新型ウイルスという共通の相手と闘っている。

    しばらく時間がかかるだろう。どのくらいの期間が必要とされるのか、想像もつかない。だがみんなが心を合わせて感染拡大に努めていれば、きっと私たち人間がウイルスを克服することができるだろう。そう信じたい。

    そしてすっかり事態が終息して、世界中で人々の往来がまた自由になったとき、まず最初にインドを訪問して旧交を温め、美味しいものをたくさん食べて、存分にインドを愉しみたいものだと思う。その時は必ずやってくる。夜の闇がどんなに暗くとも、朝は必ずやってくるのだから。