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カテゴリー: society

  • ムンバイ同時多発テロから10年

    昨日は2008年11月26日に発生したムンバイ同時多発テロから10周年であった。

    この日の夜9時半頃に発生したムンバイCST(チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス)駅での銃乱射を皮切りに、コラバのレオポルド・カフェへの襲撃、タージマハル・ホテルとトライデント・ホテルでの立て籠もり、ユダヤ教施設のナリーマン・ハウス襲撃など、南ムンバイの複数箇所で時を同じくして複数のテロが実行された。

    パキスタン水域から侵入し、インドの漁船を乗っ取ってムンバイに上陸した犯人たちは、犯行地点までは市内を流していたタクシーで移動したが、降車する際に車内に時限爆弾をセットしたため、これを知らなかったドライバーが向かった先でクルマが爆発を起こしている。

    またムンバイCST駅で銃を乱射した際に被弾した人たちの多くが搬送された先のカーマ病院でも襲撃を加えるなど、非常に入念かつ冷酷な犯行であった。

    2001年9月11日に起きたニューヨークでの同時多発テロの際もそうであったのだが、進行中の事件がテレビ等で中継されることをも計算に入れており、私たちは画面の前で進行している悪魔の仕業におののきながら釘づけとなった。

    このとき私はAaj Tak、NDTV India等のニュース番組で成り行きを見つめていた。夜になっても、気にかかって寝ていることはできず、ほとんど徹夜で視聴していた。インドの大手メディアは電波だけではなく、インターネットでもニュース番組をリアルタイムで配信しており、私は日本でそれを見ていたのだ。

    実行犯たちは携帯電話で、彼らをそこに送り込んだパキスタンのテロ組織幹部と連絡を取っていることが明らかになっていた。そんな中、テレビでインドの治安組織側の対応が放送されること、その時点でこの事件についてインド側が把握していることを逐一電波で流してしまうことは、敵に手の内を見せているようなものだという批判もあった。

    犯人たちが立て籠もったタージマハル・ホテル、トライデント・ホテル、ナリーマン・ハウスでは、長いこと膠着状態が続き、制圧へ向けて動き出すには、デリーから投入された特殊部隊のコマンドーたちの現地到着を待たなければならなかった。

    そしてついに彼らが現場に投入され、事態は急展開を見せた。事件発生から実に足掛け3日目の朝8時、最後の立て籠もり現場であったタージマハル・ホテルが制圧された。死亡者174名、負傷者300名以上という凄惨な事件がようやく幕切れとなった。

    なお、この事件の実行犯10名のうち、事件当時21歳だったアジマル・カサーブは、この手の事件としては珍しく警察に捕縛された。(2012年11月に絞首刑)

    後に事件の背後関係や実行犯たちの出自等の詳細がよくわかるようになったのは、犯人の1人が生け捕りになったためという部分も大きい。この若い実行犯男性を主人公にした映画The Attacks of 26/11 (2013年公開)は、そうした情報を下敷きして制作された作品だ。

    こうしたことが二度と起きてはならないのだが、決してそうはいかないように思われるのは、やはりインド・パキスタン関係であり、商都ムンバイをターゲットとした場合のインパクトの大きさであり、いつ何時見知らぬ人が徘徊しても誰も気にさえ留めず人々の往来を管理することが困難な大都会の匿名性でもある。

  • FRONTLINE 2018年12月7日号

    FRONTLINE 2018年12月7日号

    インドのニュース雑誌「Frontline」最新号が発行された。
    「前線」の名の示すとおり、左傾した論調が心地よい。 昔ながらのインドの高級誌は、やはり「左」なのだ。
    今号の特集はカーシー・ウィシュワナート寺院、通称ゴールデンテンプルとその周辺の「浄化」作業による破壊と再開発への批判。1992年のアヨーディヤーでのバーブリーマスジッド破壊になぞらえた批判を展開している。

  • センティネル族

    アンダマン諸島の中のセンティネル島に住むセンティネル族。外界とまったく接触を持たない民族として知られているが、アメリカの若い宣教師が彼らの島に上陸を試みて弓矢で射殺されるという凄惨な事件が発生した。

    このセンティネル族、いくら孤立した民族とはいえ、その出自でインド本土の学校に進学したり、街に定着したりした人たちは若干程度いるのでは?と思いましたが、まったくそうではないらしい。

    政府の保護政策により、地域への入域が禁止されていることの裏返しに、政府から彼らへの働きかけもほぼ無い。今も石器時代同様の暮らしであるようで、文化人類学的には大変価値のある存在だ。またこの島内で世界が完結していること、外界からまったく影響を受けていない独自の言語、価値観、倫理観があることなど、大変興味の引かれるものでもある。

    この若い宣教師は、旺盛な好奇心と使命感みたいなもの、そして功名心に駆られて上陸を試みたのかもしれない。

    クリスチャンの言う「神は愛なり」という言葉は好きだが、一方的な価値観、倫理観、文明観の押し付けにより、ときには「神は害なり」に転じることもある。

    とくに宗教のようなものに限ったことではなく、政治活動、販売活動、その他何かの教宣活動においても、「これは素晴らしいから受け容れるべき」というような態度は、相手の存在や現状を否定することに等しいことも少なくない。

    North Sentinel Island tribespeople believed to have killed trespassing US ‘missionary’ (CNN)

  • 相次ぐ地名変更 ついにアーメダーバードも

    狂ったような勢いで街の改名相次ぐインド、アーメダーバードが「カルナワティ」へ変更される動き。モーディー首相のお膝元、グジャラート州だけのことはある。(前回ロークサバー選挙ではUPのバナーラスから出馬したが)

    街レベルでなくとも、首都デリーでは「アウラングゼーブ・ロード」がヒンドゥーフレンドリーなムスリムの大統領で、インド原爆の父でもあった「APJアブドゥル・カラム・ロード」に変更された。

    地図がどんどん変わるのに加えて、印字されている名前と、昔から実際にずっと使われている名前が違い、ちょっと面倒なケースがふえている。

    カルカッタの道路で、改名される前からのストリート名、はなはだしくは植民地時代からの名前のほうが通りの良いものも少なくない。不思議なことに、改名して定着するものと、そうならずに後々も古い名前で呼ばれるものがある。時代が下るとともに、暮らす人たちの世代は変わるし、外からの人口の流入があるにも関わらず・・・である。

    Congress opposes government’s move to rename Ahmedabad (The Indian EXPRESS)

  • 11月末からエアインディア(国内線)深夜便導入

    夜遅い時間帯から未明にかけて、格安の運賃設定でいくつかのルートで運行が開始されるとのこと。

    現在のエアインディアは、ともに国営のエアインディア(国際線)とインディアンエアラインス(国内線と近隣国への国際線)が合併したものだが、1990年代初頭のインディアンエアラインスにおいて、到着予定時間が午後6時台の便は、ほぼ必ず7時以降の到着となると言われていた。到着が午後7時以降になると、操縦士以下、乗務員たちに手当が出るため、そのように「調整」されるのが習わしだったという。当時、インドの大手ニュース雑誌The Weekに掲載されていたので、たぶん本当のことだったのだろう。

    またストも頻発してした。夏のシーズン前に空路しか手段のないラダックを訪問した際、インディアンエアラインスのストにより1週間ほどレーに足止めされた日本人訪問者たちに会ったことがある。

    当時の私は仕事をしておらず、レーへの滞在の期限はなかったので影響はなかったが、彼らはゴールデンウィークの休暇で来ていたため、とても困っていた。このときデリーからレーに飛ぶ手段はインディアンエアラインスしかなかったのだ。近年、スリナガルからレーへのルートが開通する時期が早まっている(温暖化のためもあるかもしれない)が、当時は5月上旬にはまだ開いていなかったはずだ。

    デリーなどからでも国際電話をかけるのは容易ではなかった時代なので、ラダックからとなるとなおさらのこと連絡するのにも苦労したらしい。

    インディアンエアラインスについては、「親方三色旗」体質が言われているだけあり、財務状況は惨憺たるもので、合併したエアインディアが民営化を画策しつつも実現できないのは、巨額な赤字が背景にあり、買い手がつかないからだとされている。

    しかしながら会社の責任のみによるものではなく、国営であるがゆえに政府の意思を受けて民間が参入したがらない路線のフライトを無理して引き受けなくてはならないこと、幹部として天下ってくる人たちによる放漫経営などによる部分も大きいと聞く。

    それはさておき、民間航空会社のフライトと視覚的に大きく異なるのは若くてスタイリッシュな感じの客室乗務員が多い今どき機内と異なり、かなり年配の人たちが目につくことだ。いわゆる「使い捨て」ではなく、長く仕事を続けられるのは良いことだ。おそらく労働組合活動が盛んであることによるメリットだろう。

    この深夜便の導入については、おそらく経営陣と労組とのやりとりもかなりあったのではないかと思うのだが、やはり周囲の環境が大きく変化していることが背景にあるのは間違いない。

    Air India late-night flights starting this month, flight tickets from Rs 1,000 (livemint)

  • Moradabadi Biriyani

    4年前のTHE HINDUの記事なので、何を今さらという感じかもしれないが、デリーのある店で、UP州西部の町、ムラーダーバード式のビリヤーニーの店が素晴らしく旨いと書かれている。

    ムラーダーバード式ビリヤーニーは、ニザームッディーン廟の近くでいくつか軒を連ねて賑わっているのだが、デヤムナ河東岸のパーンダウナガルにあるこの店がそんなに美味しいのかと気になる。所在地と電話番号も書いてあるので、いつか訪問してみることにしよう。

    この記事を寄稿したのは、フードブロガーとして有名で「Delhi Food Walk」を書いているラーフル・ヴァルマー。彼が褒めるのだから、旨くないはずがないだろう。

    Biryani, Moradabadi style (THE HINDU)

  • 2022年までに宇宙へ有人ミッション

    2022年までに宇宙へ有人ミッション

    本日、タブレットに配信されたインディアトゥデイ今週号。特集は宇宙進出。2022年の独立記念日かその前までに有人ミッションを実行するのだとか。
    バンガロールに本拠地を置く宇宙開発機関ISROにより着実に技術の開発と実績を積み上げているインド。その機関のすぐ外の農村では、今でも牛に鋤を引かせて畑を耕している農民がいるという、ハイテクとローテクの混在ぶりが素晴らしい偉大なるインドだ。
    さすがはフェラーリと馬車、ポルシェと牛車が並走する姿を見ることができる国だ。
    (よほどラッキーでないと、こういうシーンを目にすることは、まずできないが・・・。)

  • 世界一巨大な像

    巨大な像というものは、大変無駄で浪費以外の何ものでもなく、非生産的で価値観の押し付けでもある。

    この像の人物、グジャラート出身のワッラブバーイー・パテール(通称サルダール・パテール)は、法律家出身で独立運動期の国民会議派の重鎮。独立後は初代副首相を務めた大物。首相の座を狙える立場と器であったものの、ネルーとリーダーシップを争うことなく、彼の右腕としての役割に徹した人。英国が去ったインドで、各地に散在した旧藩王国をインド共和国に統合させるために手腕を発揮したことでも知られるなど、豪腕の改革者として後世における評価も高く、現在も理想的なリーダーとして描かれることが多い。

    まさにここがポイントなのだろう。

    ナレーンドラ・モーディー首相は、しばしばこのパテールになぞらえられることが多いが、1950年に死去してから70年近くも経過しているこの時代に、パテールの「世界一大きな像」を建立させる真の意図は、「パテールが再来して今度は首相となった」モーディーへの崇拝を目に見える形で具現化したものと言える。

    この「自分の像」落成式にモーディー自身が出席して祝辞を述べている。BJPは独立運動期の国民会議派リーダーたち、ガーンディーやパテールを自分たちの都合の良いタイミングで、これまた自分たちに都合の良い解釈をしたうえで利用する。

    ガーンディーについては、BJPの母体組織RSSは同組織の活動家、ナトゥラーム・ゴードセーに暗殺させており、その後しばらくRSSは非合法組織とされていた。ネルーについてはBJPがこのように称賛したことはないが、彼が左派思想を持っていただけでなく、BJPと覇を争う国民会議派のリーダーシップを執るラーフル・ガーンディーは、ネルーの直系の曾孫という背景がある。

    世界一高い182メートルの像、インドで落成 周辺では抗議活動も (AFP)

  • 2019年総選挙の前哨戦

    2019年総選挙の前哨戦

    今週のインディアトゥデイの特集は3州の州議会選挙。チャッティースガルとマッディヤ・プラデーシュが今月、ラージャスターンは来月に投票が予定されている。
    どれも現在はBJP政権下。
    来年は中央政府の選挙があるため、これらはその前哨戦との位置づけ。
    UPやビハールほどには強力な地元政党がないため、まさにBJPと国民会議派の真っ向からの衝突となるこの3州。
    これら選挙の結果は、来年4月ないしは5月に投票が実施される中央政府の総選挙に如実に反映されることは間違いないだろう。

  • 「幸せの国」から来日した留学生たち

    インドでは留学生を含めたブータン人はたくさんいて身近なため、インド人がブータンやブータン人にファンタジーな幻想をいだくことはないようだが、「幸せの国」などといったブータン政府による官製プロパガンダが浸透している日本では、いろいろと誤解(良い方向に)されているようだ。
    ブータンからの留学生が増えてきていることから、彼らと接触する機会も増えてくるはずだが、人数が急伸していくとともに、それにつれて超過滞在その他のトラブルの事例も増えていくのは不可避。やはり彼らも高額な借金を抱えて来日するため、ベトナムなど他国からやってくる学生たちの中に見られるような問題とは無縁ではいられないだろう。
    良い関係を築けるよう期待したいが、現実はそればかりでもないように予想している

    急増するブータン人留学生 ――人手不足ニッポンの労働現場支える (YAHOO ! JAPANニュース)

  • 「ゴンドワナ州」の提案

    ゴンドワナ共和党という政党がある。
    ゴンドワナ大陸にちなんだ気宇壮大なネーミングというわけではなく、チャッティースガルに暮らすアーディワースィー(原住民、先住民族)のひとつ、ゴンド族をはじめとするトライバルの人々の利益を代表しようという政党。

    ちなみにゴンドの人たちが暮らす先住民族エリアで、それぞれ異なる言葉を持つトライバルの人たちの共通語はゴンディー、つまりゴンド族の言葉だそうで、トライバル社会の中で社会的に上位を占める存在のようだ。このゴンドワナ共和党は、チャッティースガル州からアーディワースィーが多く住む地域を「ゴンドワナ州」の分離させることを提案しているのは興味深い。

    今月中旬にチャッティースガル州議会選挙、下旬にはお隣のマディヤプラデーシュ州議会選挙が予定されている。前者はBJPと国民会議派が拮抗、後者ではBJPが優勢と伝えられている。
    国民会議派陣営にあり、UP州を本拠地とする社会党が、ゴンドワナ共和党とマディヤプラデーシュ州議会選挙における協力関係を持つことが発表されたとの記事を見かけた。当然、それに先立ってのチャッティースガル州でもそのような形になると思われる。

    いずれにしてもどちらの州での選挙についても「統一的価値観+中央政府と同一政権による経済発展」(BJP)を取るのか、それとも「文化の多様性尊重、地域やコミュニティ特性の尊重」(国民会議派)を取るのかという選択が求められることになる。

    そうした中で、仮に国民会議派が勝利したとしても、連立の中のごく小さな部分を占めることになる部族政党。数こそ正義なので大きな影響力は及ぼし得ない。よって、この地域で部族民を中心とする共産主義過激派の活動が盛んだが、マオイストたちにとって、圧倒的な数の力の前に投票という行動で無力な彼らによる武装闘争は「造反有理」で「革命無罪」ということになるのだろう。

    Will contest Chhattisgarh, MP polls with SP: Gondwana party chief (MENAFN)

  • UAEでイスラエル国歌

    突然、インドに関係ない話題で恐縮である。

    イスラエル建国により、それまで欧州社会でしばしば差別的な扱いを受けてきたユダヤ系の人たちが自分たちこそが主人公の国を持つに至ったという側面はある。

    しかしながらこれに先立つイスラエル建国運動と合わせて、それまでアラビアの国々を始めとするイスラム教の国で、繁栄して周囲と平和に共存してきたユダヤ系市民が生まれ育った国を離れなくてはならない敵意を生じさせたとも言える。

    それはともかく強盗が家に居座って家人を追い出してそのまま暮らしているような形の「国」なので、倫理的にこういうのが存在してよいのか?とは個人的に思う。けれどもすでに強力な国家として事実上存在してしまっているため、周辺地域でエジプト以外に外交関係がないというのは、大変危険で不幸なことだ。

    今回、UAEで開催された柔道の国際大会でイスラエル選手が出場して優勝。同国で初めてイスラエル国歌が演奏されたという。

    UAEでイスラエル国歌=選手が柔道大会で優勝 (JIJI.COM)

    ごく些細なことに思えるかもしれないが、開催国の大変勇気ある英断。これが初めの一歩となり、中東の対立構造にポジティブな変化を生むことを願いたい。

    With Jews Largely Gone From Iraq, Memories Survive in Israel (HAARETZ)