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  • レーワーリー到着

    予約していた宿は駅出口から徒歩1分というのは本当だった。だが驚いたのは、そんな便利な場所にあるいくつもの宿が経営難のようで、私の宿泊先の並び計4件がすべて「OYO」になっていること。いずれも「1泊599Rs」という看板を掲げている。

    私はそんな具合とは知らずにネットの大手予約サイトで取っており、廃墟のような有様に驚くとともに、その料金ではないため(むやみやたらに大きな差ではなかったけど)マネージャーに抗議すると、「確かにその条件と違うわなぁ」とかなんとか呟きながら、近隣の壊れた建物に連れて行かれた。

    すぐ隣であったが、古い宿の再建(?)工事中。どう見ても営業しているようには見えないのだが、水と電気は通じているという中途半端な有様。

    明日は朝から活動。テキパキ片付けて再び鉄道乗車の予定があるため、最も駅近の宿を予約サイトで取ったが、宿の名前にOYOが出てきたらそれは避ける、敢えて利用するならOYOサイトから予約すべき(他サイトからだと割高になる)と痛感。

    そもそも乗降客の多いメジャーな駅にまともな時間に到着するのに、他のついでに予約などしてしまったのが余計であったと反省。

    昼まで滞在していたプシュカルでは、地元のお店の人たちと近隣の村からなどを含めたローカルな人々の会話はまったくわからなかった(ラージャスターン方言といってもいろいろあるのだろうけど、首都圏から比較的近いアジメールやシェカワティーでも、ローカル同士の会話はわからなくなる)が、ここは駅前で聞こえてくるのは普通のヒンディー語であり、周囲でのやりとりがわかるので「おぉ帰ってきた」という感じがする。

  • 手書きの説得力

    手書きの説得力

    「ゲート前は駐車厳禁」と書いてある。

    「ゲート前への駐車厳禁!」と書かれている。印刷なような書体だと、ともすれば形骸化してしまうものだが、手書きであるためか気持ちがこもっている。「見なかったとは言わせないぞ!」とういうような具合だ。

  • SHER-E-PUNJAB(パンジャーブの獅子)

    SHER-E-PUNJAB(パンジャーブの獅子)

    店の名前は「Sher-e-Punjab」と書いてある。

    シェーレーパンジャーブ(SHER-E-PUNJAB)と言えば、スィク王国を打ち立てたマハーラージャー・ランジート・スィンであったり、不屈のフリーダムファイター、ラーラー・ラージパト・ラーイであったりする。

    実はパンジャーブ料理店でもこの「SHER-E-PUNJAB」を名乗る店がとても多い。いったいインド全国でいくつの「パンジャーブの獅子」を名乗るダーバーやレストランがあるのだろうか。こんなにたくさんあるくらいなら、「SHER-E-PUNJAB会」でも作って、全国で横断的に連携してみてははどうか?

    この「– E –」で繋ぐ言葉はペルシャ語からの影響から来たものなので、インドで皆さんよく耳にするであろう。「– E –」繋ぎの言葉としては、死刑、極刑を意味する「SAJA-E -MAUT」であったり、クラシック映画の金字塔「MUGHAL-E-AZAM」であったり、パキスタンのテロ組織の「LASHKAR-E-TOIBA」であったりするかもしれない

    かといって、インドやパキスタンで「☓☓の○○」を「○○-E-☓☓」と言うようなことは無く、慣用句での定形的な使用がなされるのみ。それでもこの「-E-」は廃れたり、忘れ去られたりすることなく、受け継がれていく。

  • バンコクのインド人ナイトスポット

    バンコクのインド人ナイトスポット

    フライトまでの2泊はバンコクのナーナーに滞在した。ちょっと良いホテルに投宿。朝食バフェが付いているのだが、有数の繁華街にあるため、食べているのは男性客ばかりで、女性客はほとんどいない。その数少ない女性客は男性客の連れのようだが、どう見ても夫婦にも恋人同士にも見えないというケースがほとんど。隣のテーブルのふたりも、互いに言葉すらロクに通じないのであった。

    そんな界隈にはインド人観光客の増加を反映してか、インド人専用の夜遊びスポットがある。「専用」というのは、店の前の客引きがインド人客にしか呼び込みをしないからだ。

    このあたりでは大音響でアラビアのポップスも流れているため、おそらくアラビア人用のスポットもあるらしい。このあたりは商圏を同胞に定めているようで、ランダムに声をかけてくるわけではないようだ。

    通りには、いわゆるストリートガールがずらりと並んでいて、その数と年齢層の幅広さと多国籍ぶりには驚く。おそらくタイ人に見える中にはラオス、カンボジア等々周辺諸国からも来ているのだろうし、アフリカのどこかから来たと思われる街娼の姿もある。

    そんな中のひとり、黒い被り物をしたアラブ人女性は観光客ではないようで、同じところに立ってアラブ圏から来たと見える男性たちに声をかけては話し込んでいる。こちらも街娼らしい。

    インド人ナイトスポットのあたりでは、けっこう高価そうなシャルワール・カミーズを着用した女性がインド人男性二人連れと何やら話し込んでいる。

    インド雑学研究者としては、こうしたインド女性たちがどこからやってくるのか、どういうきっかけで渡泰したのか、なにかリクルートのルートがあるのか、どのような形態で活動しているのか、何年くらい続けているのか、どのくらいの人数規模があるのかなどと、社会学的な観点からの関心が頭を持ち上げる。

    商談中のふたりの横で、スマホをいじりながら彼の次に話をしてみようと終わるのを待つ。女性はインドでは耳にしないアクセント。タイ生まれのインド系の人たちの訛りなので、インド系タイ人ではないかと思われた。

    そうこうしているうちに、話がまとまってしまったようで彼女は男性二人とそこを後にしてしまい、ちょっとガッカリ。

    道路反対側に東南アジア系ではない女性たちが数人いたので移動してみると、やはりそこにもインド人と思われる人がいた。やはりインド人に特化して活動しているらしく、欧米人や私のような日本人が近づいても顔すら向けることはなかったが、こちらから「Kya haal chaal hai ? (調子どうよ?)」と声をかけてみる。

    一瞬かすかな戸惑いのような表情は見えたものの、こちらが彼女に関心を持っていることはわかったようだ。

    ラージャスターン州から来たという30代前半と思われる女性。ここでは2年になるとのこと。見た感じは観光客としてバンコク訪問のインド人客に見えなくもない。先ほどの女性のようなタイ訛りはないので、本当にインドから来たのだろう。ヒンディー語は何かと役に立つ言葉である。

    どこかの店の客引きをしているわけではなく、彼女自身がフリーランスで活動しているとのこと。昼間は他のどこかで仕事をしているわけではなく専業だと言う。(VISAはどうなるのか?)基本、夕方から毎日ここに立っているそうだ。

    そんな話をしばらく聞いた後、「これからどうですか?1,000バーツだけど、部屋代は別途300バーツ払ってね。ここの路地のすぐ裏だけど遊びませんか?」とかなんとか。

    この流れだと、インド人客であれば「料金融通利きますか?600バーツでどうでしょう?近くに泊まっているので、私の部屋でも大丈夫ですよ、ノープロブレム。さあ、行きましょう!チャロー!」と口走る人が大半ではないかと思う。

    界隈では、数はけっして多くはないものの、インド人と思われる姿はたしかにチラホラと見られるため、インド雑学的見地から興味関心はそそられる。

    しかし、こればかりはそうした当人たちのお客さんにならない限りは、本格的な調査は容易ではなさそうだし、深い話を聞きだそうとすれば、常連さんになる必要があるような気がする。

  • デリー書籍漁り

    デリー書籍漁り

    フィローズシャー・コートラーを後にして、オートでアサフ・アリー・ロードのデライト・シネマへ向かう。そのすぐ隣がヒンディー・ブックセンター。

    店に入ると、店主のAさんはすぐに気がついてくれた。ここで辞書をふたつといくつかの書籍を購入。辞書はいずれも「ヒンディー→ウルドゥー」もの。久しぶりにしばらく世間話をすることができて良かった。

    彼による「最近のインド出版事業」を拝聴する。要点は以下のとおり。

    ・オンデマンドによる少数出版が可能となり、トレンドになってきている。ウチも大きな在庫を持つ必要がなくなった分野がある。

    ・新興の出版社が増えてきた。デリーにもそういうものがいくつもある。

    ・しかしヒンディー語出版については電子化は進んでいない。読者層が紙媒体を選好するという事情もある。このあたりは英語出版とは異なる部分だ。

    今回は訪れていない出版社でもそうなのだが、会社トップに立つ経営者がやたらと忙しい。細かなことまで次から次へと、常に指示を飛ばしていないとならず、たいへんそうだ。

    ここヒンディー・ブックセンターで何冊か購入。

    左の上下2冊は今どきの右傾化インドでよくある「近年になって突然スポットライトが当たった愛国憂士」。上は「アングロ・マニプル戦争時代のこと。下は英国支配べったりだった藩王国の王子ながらも愛国心を発揮した人士らしい。真ん中の上はインドにおける革命と反革命、下は2020年に突然、インド憲法第370条廃止により、J&K州の他州にはない格別な地位が無くなるとともに、州のステイタスも剥奪されて連邦直轄地化されたことについて書いたもの。一度ちゃんと本にまとめられたものを読まなくては、と思っていたのでちょうど良い。右側のふたつは新しく追加購入してみた辞書。

    ヒンディー・ブックセンターからデリー門を越えて向かったダリヤー・ガンジには良質なガイドブックで知られるJAICOショールームがある。ここで何冊か買っておいた。今の時代、ロンリー・プラネットのような旅行案内書はもはや要らないけど、こういうのが役に立つ。今の時代、ガイドブックに旅行情報は要らなくなったが、各地で見るべき建築物その他について事細かに的確に解説してある本こそ意味がある。

    大判の書籍、シャージャハナーバードを復元/検証する試みの本。大ぶりな古地図の復元版も折込みで同封されている。ちょうどこの界隈を書店巡りを兼ねて徘徊しているため「おお、スンヘリー・マスジッドのあたりはそうだったのか!」などと、感激する。

    あとはいわゆる「今どき読まれている本」の並んでいた中から。民芸品やインド服などは一切買わないので、個人的な買い物はすべて書籍となる。

  • औषधि (アウシディ=薬)されどऔषधी(アウシディー=薬)

    同じくデーヴァナガリー文字を使うヒンディーベルトでは通常दवा(ダワー=薬) あるいは複数形でदवाइयां と書いてあるが、マハーラーシュトラでは薬局にऔषधी(アウシディー=薬)と書かれている。マラーティーではऔषधि は「औषधी 」と語尾が長くなるらしい。

    दवा (ダワー)もऔषधि (アウシディ)も意味するものは同じく「薬」なのだが、前者はアラビア語からの借用語、後者はサンスクリット語から入ってきたもの。

    ヒンディー語その他のインドの言葉は様々な言語からの混成であることが多いことから、同じ物を示す名詞にも元々の地場の言語起源のものとアラビア語、ペルシャ語などからきたものと、複数の語彙が控えていることが多い。

    人物の名前や装いのみならず、そうした語彙の使い分けなどからも聞き手は話者の教育や経済の水準、リベラルあるいは保守、ヒンドゥーかムスリムか、などといったあたりについても見当が付くという言語環境がある。

    その一方で、同じ意味あいの語でも、しばしば語彙の起源によりニュアンスが大きく異なることにもなる。たとえば「音楽」でもम्यूजिक (ミューズィック=音楽)といえば、映画ポップスやラップであったりするが、संगीत (サンギート=音楽)となると、古典や伝統音楽だろう。あるいは映画音楽でも「キショール・クマール」や「ラーフィー」などといったおじいちゃん、おばあちゃん世代が馴染んだものは、今の人々からするとこの「サンギート」の範疇にもなるかもしれない。

    そんな具合に、ヒンディー語では一般的に「दवा ダワー=薬」と言えば西洋医学の薬を指す。そして「औषधि アウシディー」と言えば、アーユルヴェーダの薬のことを思い浮かべることが多いだろう。

    テレビで盛んに宣伝しているスワーミー・ラームデーヴのパタンジャリブランドの製品群。この中で医薬品類も販売しているが、CMで幾度も「アーユルヴェーダによるアウシディー」「生薬のアウシディ」と強調しているのは、まさにこれが生薬を配合した伝統的なものであり、混じりけのないシュッド(ピュア)なアーユルヴェーダ薬であると視聴者に訴求しているわけである。

    しかし同じ語彙も言語圏つまり言語文化圏が変わるとニュアンスに違いが生じてくるわけで、西洋医学の医薬品であってもためらいなく「アウシディ」を名乗るようになるのが面白い。

    インドは文字の宝庫でもあり、全国各地で様々な異なるアルファベットが用いられている。これほど文字の種類が多い地域は世界にもないし、しかも単一の国内でこれほどのバリエーションを持つ国は世界広しと言えどもインド以外には存在しない。

    他の言語にもインドの古語起源の語彙はたいへん豊富なので、それらの多くを読み分けることができたら、街なかで看板を眺めているだけで、ずいぶん楽しい発見がありそうに思う。

    インドという国はのほほんと散歩しているだけでもなかなか面白いものだ。

  • マラーティーの綴り

    マラーティーの綴り

    マハーラーシュトラ州の街なかで店の看板を眺めていると、マラーティー語における外来語(英語)の綴りがヒンディー語圏におけるそれと異なるものが目につく。

    画像の店では「Welness Forever」と書いてある「Forever」の部分、ヒンディーであればफॉरेवर(forevar) あるいはफोरेवर(forevar)となるところ、फोरेव्हर(forevhar)とある。

    फोरेव्हर(forevhar=forever)

    同様に銀製品の店ではसिल्वर(silvar)ではなく、सिलव्हर(silvhar)とあった。英語の「ver」の部分が「var」ではなく、「vhar」となるらしい。

    Zeroxについてはजेरॉक्स(jeroksあるいはzeroks)またはजेरोक्स(jeroksあるいはzeroks)などではなく、झेरोक्स(jheroks)と、最初の音が帯気音化するようだ。

    झेरोक्स(jheroks=ゼロックス)

    系統は近いとはいえ、異なる言語なので、綴りも違ってくるのは当然ではあるものの、マラーティー語に限らず、ネパール語でもサンスクリット等古語が起源の語は、綴りにほとんどブレがないのに比べると、英語からの借用語であったり、英単語の音写においては、かなり違ってくるのが興味深い。

    また「औषधि (aushdhi)」とは薬のことだが、ヒンディー語圏では、アーユルヴェーダの薬のことであり、西洋医学の薬のことは指さない。だがこちらでは西洋医学の薬を販売する薬局が堂々とその看板を掲げている。またこちらでの綴りは「औषधी (aushdhii)」となり、尾が長くなるらしい。

    औषधी (aushdhii=薬)

    時間と機会があれば、マラーティー語を習ってみたい気がする。

  • ヴァルマー姓

    ヴァルマー姓

    Verma姓をよく「ヴェルマ」「ベルマ」とする表記をよく見かける。インド人の名前のローマ字による表記には揺れ珍しくなく、「Verma」は「Varma」姓のローマ字表記の別バージョン。日本語で表記する場合「ヴァルマー」となるはずだが、ヒンディー語を始めとする北インドでは「ヴァ」と「ワ」を区別しないため、「ワルマー」でもよい。あるいは「ヴァ」が「バ」となる和式表記で「バルマー」でも可かもしれない。

    (地名「Varanasi」を日本で「バラナシ」と書くこと、インド人はこの「Varanasi」を「ヴァーラーナスィー」ではなく、「ワーラーナスィー」と発音するなど、「ヴァ」はたいてい「ワ」となる。)

    それはともかく「Verma」は「ヴァルマー」もしくは「ワルマー」なのである。

    ※「ヴァルマー」はカーヤスタに多い姓。

  • Ole ! = Wah Allah !

    Ole ! = Wah Allah !

    この本がとても面白い。イスラム世界とヨーロッパ世界の関係性。前者が伝えた高い文化と技術があったからこそ、後のヨーロッパが大きく発展することができた。そしてユダヤ人たちに対するヨーロッパの不寛容さとイスラム世界の寛容さ。今のアラブ世界とイスラエルの対立とはまったく異なる密接な関係性があった。

    また、各署に散りばめられているトリビア的なものもこれまた興味深い。

    スペイン語には今なおアラビア語起源の言葉が4,000語ほどあり、その中にはアラビア語の定冠詞「al-」を残したものも多いとのこと。また、サッカーや闘牛の応援などで耳にする「オーレ!(Ole !)」は、アラビア語の「Wallah(Wah Allah)ワッラー!(神に誓って!)」が訛ったものであるとのこと。

    スペインの人たちは普段から意識することなく、唯一絶対の存在の名を口にしているわけだ。「啓典の民」である3宗教、ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教における神の概念は同一であるため、なんと呼ぼうと意味する対象は変らないわけだが。

    書名:イスラムがヨーロッパ世界を想像した

    著者:宮田律

    出版社:光文社新書

    ISBN-10 ‏ : ‎ 4334046088

    ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4334046088

  • たかが名前、されど名前

    たかが名前、されど名前

    今どきのマハーラーシュトラのバスチケット。車内で車掌が集金に来るが発券日時、乗車地と目的地、料金、車掌氏名などが記載されている。本日の車掌はシンデーさんと言うらしい。マラーティーのクシャトリヤによくある苗字。

    これが北だとスィンディヤーになる。グワリヤル旧藩王国のスィンディヤー姓も観念上はシンデーに繋がる。名は体をあらわすで、インドの苗字はある意味あからさま。カーストや出自がそのまま苗字となることが多いからだ。

    その反面、時代が下ってからの傾向として、石工などの職能集団が一族で苗字を変えてタークル風の姓にしたり、現在の職業を苗字にしたりということもある。「コントラクター」「パイロット」など。ダリットなどが一族でクリスチャンに改宗する際などにも、元の西部を捨ててクリスチャン風の苗字に改めることも多い。

    そうかと思えば、原則的には姓のないムスリムの間で、これとは逆に先祖がヒンドゥー時代の苗字「チョードリー」「セート」といった苗字を引き続き使っている場合もある。

    たかが名前、されど名前、である。

  • デーヴァナーガリー文字ありがたや

    デーヴァナーガリー文字ありがたや

    ヒンディー語のわかる者としては、マラーティー語圏にあっても、看板を見て何の店だかわかったり、書かれている内容が把握できるのは助かる。南インドだと3倍の大きさの字で書いてあってもわからない。

    同様にメニューなどを見て現地での呼び方などもわかる。またマラーティー語新聞を手にしてみて、何が書かれているのかある程度想像がつくのもありがたい。背景にある語彙に共通性が高いため、文字が共通するだけで非常に便利な部分が多い。これはネパールを訪れても同様だ。

    一目で地酒屋とわかるのがありがたい。
    マラーティーでは「チャーエ」は「チャー」なのか。(chahaaと綴る)

     

  • セレブな気分

    セレブな気分

    シルディのサイババがなぜかコワモテ風

    夕飯で入ったレストラン。ボロいし裏手にある小さな食堂に見えるのだが、広い裏庭があり、そこにはたくさんの席がある。

    店内風景
    裏庭にはさらに沢山の席がある。

    店先の席にはジャンジーラー島で見かけたようなスクールトリップの男の子たちがいて、ただでさえ騒々しいのに、次から次へとやってきては同じような質問を繰り返したり、一緒に写真撮ってとくるのが面倒くさい。「ああ、もう嫌だ」と裏庭の席に行くと、そこは女子席になっていてずいぶん静かだった。

    とても美味なフィッシュターリー

    あぁ良かったと食事を注文して待っていると、男の子たちに較べると遠慮があるぶん可愛げがあるのだが、やはり入れ代わり立ち代わりやってきては「どこから来ましたか?」「インドは好きですか?」などとお決まりの質問を繰り返したり、一緒にセルフィー撮ってくれというのは変わらない。

    それでも男の子たちとは頻度がまったく違う。それにしばらくこちらの様子を窺いながら、思い立ったようにしてやってくるのが女の子たちだ。男の子たちは、こちらに気がついた瞬間にスマホを手にして「セルフィー取らせてや!」とずんずん飛び込んでくるのだ。

    いずれにしても、このあたりの「どんどん前に出てくる」感じは日本の子供たちには見習って欲しい。インドの子供たちは、「どこから来ましたか」「インド好きですか?」「インドのどこがいいですか?」「僕らは✕✕から来ました。✕✕を知ってますか?」「インドの食べ物は好きですか?」「スズキ、トヨタ、ソニー!」「カラテ、ジャッキーチェン!」などと質問や質問にもならないようなことをブチまけながら、僕も私も、あいつもこいつもと、次々にセルフィーを取りに来て、あまりに過ぎると引率の先生が「コラぁ〜!」と遮りに来るほどなのだが。

    日本に来た外国人旅行者が日本の修学旅行の学生・生徒たちに囲まれて閉口したなんて話は聞いたこともないし、たぶんそんなことも起きないだろう。

    それはそうと、日本でもセレブであったら常日頃からどこに行ってもこんな状態なのだろう。こんなのはとても面倒くさいため、やはり私はセレブにならなくて実に良かったと思う。

    食事後、宿の部屋のバルコニーからの眺めを楽しむ。