昔、バックパッカーだったころ、これで毎日お湯(ペットボトルの水を買うお金なかった)沸かしてから水筒に入れたり、朝食用にゆで卵やインスタントラーメンを作ったりするなど、旅行中の必需品だった。タイ製のものはしっかりした作りで長持ちしたのだが、インド製はすぐにコードが断線してダメになった。壊れても、すぐに代わりのヒーターが街中で手軽な値段で入手出来るのは便利で良かった。ときどき感電して痛い目に遭うこともないではなかったが。
あれからずいぶん長い歳月が過ぎたが、この商品はまったく進化することなく、昔のまんまであることが可笑しいような、嬉しいような・・・。
カテゴリー: food & drink
-

Meggi Restaurant
フリークストリートのMeggi Restaurantは、ずいぶん昔とから営業している。もしかすると、このエリアに70年代初頭、伝説のEden Hashish Centreがあった頃から営業していたのかもしれない。
私はヒッピーの時代は知らないし、当時の雰囲気はフリークストリートのどこにも残っていないであろうことから、往時の様子は想像も出来ないが、ここで自由を謳歌していた当時の西洋の若者だった人が、青春時代を懐かしんで訪れたりすることもあるのかもしれない。 -

カトマンズのタメルに溢れる中文看板など
トリブワン空港では中国人客が多く、空港の携帯SIMを売る店では流暢な中国語を操るネパール人スタッフもいた。
旅行者ゾーンのタメルでは当然、中文の看板も多く、山東賓館、江蘇飯店といった前の宿泊施設も多い。また「清真料理(イスラーム料理)」を謳う食堂もいくつかある。
土産物を売る店では、客寄せのために中文での案内を掲げているところが少なくないが、本当に中国人が経営している店には、レストラン、宿泊施設、配送業者等が多い。旅行代理店には、クルマやツアーをアレンジする案内が出ていて、ポカラ、チトワン等々、ネパールの地名にはそういう漢字を当てるのか、と思ったりする。
華人経営の宿に宿泊して、話を聞いてみても面白いかもしれない。 -

カトマンズのUTSEで食事。
ここで初めて食事をしたのは1987年のことだ。その後もカトマンズ訪問時には幾度も足を向けて、『あ〜、おいしいなぁ』と感激していた。安食堂のダルバートよりもかなり高かったので、当時の私は、そうしょっちゅう出入りするべきではなかったのだが、旨いものの誘惑の前には為すすべもないのであった。ここの食事は本当に素晴らしかった。
最後に訪れたのは四半世紀前。当時の小さな食堂は、客席の多い立派なレストラン(かつての場所からは少し移動したようだ)となり、上階はホテルになっている。
それだけの時間の経過があるので、当然ながらオーナー氏も年を取られたが、お元気そうでなにより。
UTSEのオーナー氏 今回、私が注文したのはチベット定食。バフの煮物、豆腐と青野菜の炒め物、モモ、揚げ物、スープとご飯が付いている。四半世紀前、これは出してなかったはずだが、相変わらずどれもとてもおいしい。

チベット定食 アイデアや機知も大切だが、まずは『凡事徹底』することが大切であることが重要だ。お客の大半というよりも、ほとんどが外国人旅行者のエリアにあっても、いつも温かい微笑みとともに、心を込めた美味しい料理を提供し続けて、ちょっとアップマーケットかつ素敵なお店になった。
創業は1971年なので46年の歴史。大したものだ。UTSEがオープンしたころ、タメルにはカトマンズゲストハウスしかなかったという。
-

インディアン・コーヒーハウス
コールカーターのカレッジストリートで書籍漁りをした帰りに、インディアン・コーヒーハウスに立ち寄ってひと休み。数々の文化人たちや一般社会の人々たちはもちろん、幾多の革命家たちからも世代を継いで愛されてきた、アジアきっての名門カフェだ。
コーヒーやお茶はもちろんのこと、けっこうちゃんとした食事も楽しむことができる。
常に多くの人々が出入りし、賑やかな会話が各テーブルから聞こえてきて、どこからかタバコの煙がゆっくりと流れてくる。
近ごろ流行りの洒落たカフェにはない重厚さがなんとも素晴らしい。 -

NAHOUM & SONSのケーキとビスケット
以前、コールカーターの老舗洋菓子店と題して取り上げたNAHOUM & SONS。カルカッタに現存する最古の洋菓子屋。『ナフーム』という名の示すとおり、ユダヤ人家族による経営で、創業1902年の老舗。
先日、欧州飯店再考で取り上げた「コールカーターに現存する最古の中華料理屋」のごとく、植民地期には洋菓子店はいくつもあったはずなのだが、この土地を離れたり、廃業したりしている中で、店を続けていくと最も古くなってしまう。冷蔵庫の無いころのケーキはこんな感じだったのだろう。ユダヤ人店主はもう高齢なので、店には出てこないようだ。
植民地期の欧州人地区に隣接していたニューマーケットにあるが、サダルストリートからは目と鼻の先なので、すぐに買いに行けて便利だ。

Nahoum店内 -

2017年のサダルストリート
コールカーター中心地にあり、言わずと知れた安宿エリアだが、近年はアップマーケットな宿やレストランが出来たり、既存の宿が大改修をしたり、サダルストリートから派生した路地裏にも新たな宿がオープンしたりと、少しずつ変化はある。
ひところまではとても盛んだったISD、STDといった国際電話、国内長距離電話やインターネットの利用などをさせていた店は、スマホの普及と宿でWi-Fi利用がごく当たり前のこととなったため、すっかり尻すぼみになっている。
この通りの東端で消防署に突き当たるが、そこからフリースクールストリートを少し南に進んだところにあるマルクィスストリートからバーングラーデーシュ行きのバスが発着していることから、そのあたりには主にバーングラーデーシュ人たちが利用する宿がいくつも出来ている。だがサダルストリート自体は、長年に渡ってたたずまいはほとんど変わらなかったように思う。
それでも近ごろは、いくつかの古い建物が取り壊されて、新しくモダンなビルが出来ており、古ぼけた街並みの中で異彩を放つようになってきている。昔ながらの建物に入居する宿や食堂などの入れ替わりは、視覚的にはさほどの違いはもたらさないが、こうしたハコモノ自体が建て替わると、ずいぶん違ったムードになる。今後も、このような動きはゆっくりと、しかし着実に進んでいくのだろう。

最近オープンしたモダンな商業ビルで営業する旅行代理店 
サダルストリートらしからぬキレイなブティック 
今はこうしたアップマーケットな宿も営業している。この向かいにはムンバイーが本拠地のBawaグループのホテルがある。 -

「けっこういいホテル」も地域に合わせて標準化する

写真映えはするのだが、ほとんど清掃はなされておらず、あちこち壊れていたりする。 サダルストリートに滞在するも、ちょっと奮発して「けっこういいホテル」を利用。ムンバイーを本拠地とするスィク教徒資本のホテルチェーン、Bawaグループが運営する宿泊施設だ。
5年か6年ほど前だっただろうか、ここが開業して間もないころに利用したことがあり、そのときの印象が大変よかった。あまりに快適だったので、その翌年も同じ時期に宿泊したくらいだ。スタイリッシュな部屋と設備、ピシッとスーツの制服を着たスタッフのプロフッショナルな対応、宿泊代込みの朝食バイキングのバリエーション等々、きちんとした良いホテルという感じで、その割には当時2000Rs強と、大都会カルカッタにあって、ずいぶんお得な感じがした。今回はAgoda.comを通じて予約して、3.500ルピー強。
さて、今回訪れてみると、フロントでは、ヘッドフォンで何か聴いているらしい男が、こちらに顔さえ向けずかったるそうに『あ〜?』と返事をし、チェックインすると個人的に市内観光のタクシーを売り込もうとしたりと、安宿(の中のダメな類)の受付みたいだ。
長年掃除をしていないように見える汚れっぱなしのバスルーム、床が泥だらけのままの室内、スマホの充電を終えて引き抜くとコンセントのパネルごと外れるなど、まったくいい感じがしない。料金に比較してこれはひどいな、と翌日には部屋を交換してもらったが、同じような具合であった。
最初はちゃんとしたホテルでも、立地がこうだと周囲の環境に合わせて『標準化』してしまうのは、個人営業ではなく、ちゃんとした企業が経営するホテルでもあり得る現象のようだ。
こんなだったら界隈のいつもの安いところにしておけばよかったと思う・・・というよりも、『安宿エリアながらも、けっこういいホテル』を期待した私自身もいけなかったと反省。
-

ネハーリーで朝食
以前、コールカーターのスフィヤー・レストランのネハーリーと題して取り上げた、この食堂に足を延ばしてみた。
せっかくコールカーターに来たからには、ここでの朝食は外せない。
旧中華街から近くのナコーダーマスジド正面にあるスーフィヤー・レストランのネハーリは絶品だ。
スーフィヤー・レストランとは、その名の通り『スーフィー食堂』だが、このネハーリーの旨さがゆえに、まさに陶酔のひとときを過ごす。
ネハーリーは朝食用アイテムなので、楽しむにはこの時間帯しかないのだが、あの脂分を思えば、なぜ昼食や夕食に出さないのか?と思わないでもない。
スーフィヤー・レストラン 
極上のネハーリー -

欧州飯店再考
旧中華街(現在、ほとんど華人はいなくなっているので、『旧中華街』とする)を散歩した。
一見、欧州人のような風貌と肌をしながらもインド弁の英語でしゃべるご年配男性としばらく話をした。アングロ・インディアンかと思いきや、父親は英国人、母親は広東人とのことで、アングロ・チャイニーズであった。こうした人の話を聞けるのも、メトロポリタンなコールカーターらしいところだ。中華街から少し南へ歩いたところのガネーシュ・チャーンドラ・アヴェニューにある「欧州飯店」へ。ここは、カルカッタに現存する最古の中華料理屋とされる。「欧州」という名前ながらも、ここは中華料理店。ここよりも古くからやっていた料理屋はあるのだが、廃業したり、他国に移住(移住先の大半はカナダで、なぜかトロントとその近郊に集中している)するため店を閉めたりなどで、ここが現存する最古の中華料理屋となっている。
客家人家族による経営。創業は1920年代初頭なので、もうすぐ100年となる。代々守り続けてきたレシピは門外不出の家訓があるそうで、地元の人を雇っても、決して厨房に立たせることはないという。メニューについては、インドのグルメサイトzomatoでも紹介されているが、華人経営の他店と同じようなラインナップだ。
味わいはというと、グレイビーが多いインド中華スタイルを踏襲しているが、とてもマイルドかつ甘めの味付けで、一般的なインド人の好みではないように思われる。旧中華街あるいはコールカーター東郊外のテーングラーにある華人経営の店が出す料理とも、甘味の積極的な使用という意味で、明らかに趣向が異なるようだ。他地域のそれらの店の多くでは、ムスリムを雇用していたり、ムスリム地区あるいはそれと隣接するロケーションであったりすることなどから、豚肉類は出していない店がほとんどだが、ここではそれらが豊富なのも特徴のひとつだ。以前、欧州飯店 in Kolkataと題してこの店を取り上げてみたことがあり、その後も幾度か訪れているが、ここで食事をする度に、「他店とずいぶん違う」ということを感じる。
インドのメディアによるこの店について書かれた記事には「Authenticな中華料理」と評されていることが多いが、この街に現存する最古の中華料理屋ということは、おそらく全インドでも最も古くからある店ということになるであろうことに加えて、それらを記した記者たちが「インドで馴染んだ中華料理」の味とはかなり異なることから、「これが本来の中華料理なのだろう」という思い込みがあるのだろう。実際のところ、この店の味はAuthenticなものではなく、Europianizedされた中華料理であり、「欧州飯店」独自のものだ。
植民地期のカルカッタの白人地区がすぐ近くで、在住の欧州系の人たちが主要な顧客であったというだけあり、「中華料理欧州風味」がこの店伝来の持ち味で、ゆえに屋号も「欧州飯店」ということなのかもしれない。

かなり荒れた建物の中にあるが、店内は明るく清潔なのでご心配なく。 
「欧州飯店」店内



































