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投稿者: ogata

  • 働く日本語

     ビジネス日本語能力をはかる試験がある。JETRO Business Japanese Proficiency Testというのがそれだ。
     2005年は6月19日(日)と11月20日(日)に予定されており、受験料は7,000円。日本国籍でも母語が日本語でなければ受験できるということだ。
     日本在住の一般外国人や留学生が受験する日本語能力試験日本留学試験と違い、ビジネス場面での日本語コミュニケーション能力をはかるという、社会人としてより実践的な日本語スキルが求められるテストである。
     対象は「日本語を母語としない人」とのことで、日本国籍であっても母語が他の言葉であれば受験することができる。もちろん私は日本語ネイティヴだが、仮に受験してみたらどの程度のスコアがマークできるのだろうか?
     現在、日本を含めて14ヶ国で実施されており、アメリカ、香港、タイ、シンガポールといった日本語需要の高い国々と並び、インドも含まれている。どこで受けても試験日は日本と同じだ。
     インドで日本語といえばまだまだマイナーな外国語であることは疑う余地もないが、昔々デリーの大学で日本語を教えていた先生の話によると「志高い学生たちが日本語を専攻しても、みやげ物屋の手先になるくらいしかなかった」時代もあったそうだから、かなりの「出世」かもしれない。
     しかも従来の試験地、ムンバイとバンガロールに今年からはデリーも加わった3都市で行われるようになるのだ。開催国中、会場となる都市数では日本(12都市)、アメリカ(6都市)に続いてインドとオーストラリア(各3都市)が第3位なのだからずいぶん力が入っている。ちなみにインドでの受験料は750ルピー。
     例年どれくらいの受験者があるのかわからないが、南アジア、中東を含めた唯一の試験開催国であることも含めて、今後ビジネスにおける日印関係の大いなる進展を見越した上での先行投資であろうか。
     頭の回転が速くておしゃべりなインド人が日本語までペラペラになったら・・・。うっかり敵に回したらとても手強そうだ。

  • ヒンドゥークシュの谷から

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     厳密には「インドのイベント」というわけではないが、インド亜大陸に関わる興味深い写真展が開催されている。
     アレクサンダー大王の東征に従軍した兵士たちの末裔とも、それよりもはるか以前に入ってきたアーリア人の一派が周囲と隔絶した環境の中で独自の文化を守り育てることになったのだともいわれるパキスタンの少数民族カラーシャ族。 同国北西部ヒンドゥークシュ山脈中のチトラール地方アフガニスタン国境近くに暮らし、カラフルで特徴的な民族衣装とともに、周囲をぐるりと取り囲むイスラーム世界とは異なる独自の文化や習慣を守り続けていることは広く知られているとおり。
     このカラーシャの男性と結婚して現地で生活するとともに、地元のコミュニティ活動を進めている日本人写真家わだ晶子氏が、居住者として生活集団の内側から撮影した日々の営みの様子を展示した写真展「豊美なる伝統行事」が2月5日(土)から東京新宿のコニカミノルタプラザで開催されている。
     この民族の起源にまつわる諸説や伝承はともかく、この機会に現在の印・パ国境線を超えて、この亜大陸の壮大な歴史と文化のバラエティの豊かさに想いを馳せてみるのもいいかもしれない。
     東京での会期は2月14日(月)まで。3月8日(火)から同13日(日)には福岡でも開催予定。

  • 人の振り見て・・・

     近隣のオフィスで働く人々がワンサカ押し寄せる大忙しの時間帯が過ぎた昼下がり、のんびりした空気が流れる店内。厨房近くの席で食事をしていたら、インド人のウェイターとコックの楽しげな会話がずっと聞こえている。まったくおしゃべりな人たちだ。ここは東京都内のインド料理店。
     ギギーとドアが開いた。ショートヘアの30代くらいのお客が入ってきた。身なりや持ち物からすると、仕事で外回りの途中といった雰囲気である。
    「いらっしゃいませ。お昼はバイキングになってます」
     ウェイターは客を席へと案内して水をテーブルに置いて戻ってくる。その様子を調理場から覗き見ていたコックが首を突き出し彼に尋ねる。
    「ありゃあ男かい?女かい?」
    「女だった。驚いたね」
     店内は日本人客ばかりで言葉がわかりはしないと思ってか、何の遠慮もなくそんなことを話題にしている。本人のところまで充分届くボリュームで。確かにそのお客、ちょっと男っぽいタイプではあったが。
     外国でどうせ周囲の人々は理解しないだろうと、日本人の連れに自分たちの言葉でかなり無礼なことを口にすることは私自身も心当たりがある。今後気をつけようと思う。

  • チキン65

     世界三大料理といえば、中華料理にフランス料理までは定番だが、あとひとつについては地域や人によって挙げるものが違ってくる。ウィキペディアに出てくるようにトルコ料理と続くのは、ヨーロッパ人の感性ではないかと思う。
     この中になんとか和食を押し込みたいのはやまやまだが、ややとっつきにくい玄人好みの味(?)であるためか、外国人は食べつけた人でないとなかなか「旨い」と支持してくれないのが弱点。また国や地域によっては日本食の存在が非常に希薄なところも少なくないので、どういうものだかイメージさえわかないということも少なくないだろう。
     そこに来るとインド料理のほうが、そのユニバーサル度で和食をかなりリードしているかもしれない。だがこれを常食している人たちの中で、栄養過多からくる糖尿病がもはや国民病といわれかねないほど蔓延しており、現代インド人の食生活について警鐘が鳴らされている。
     それにもかかわらずベジタリアンメニューが揃っていること、そして様々なスパイスを多用した「薬膳」的料理としてヘルシーなイメージが定着していることから、世界の各地の人々からもかなり肯定的に受け止められることが多いのではないだろうか。
     世界三大料理からいきなり卑小な話になるが、インド風鶏唐揚スナック、チキン65はビールの格好のつまみだが、この「65」とは一体・・・?
    材料の名前ではないし調理方法でもない。食べ物という大地の恵みを手作りで仕上げたものに記号のような名前が付いているのは不思議だ。
    「65種類の調味料を使うから」(そんなややこしい料理とは思えないが)、「正式には生後65日前後の若鶏を使うことになっているから」と諸説紛々のようだ。尋ねても納得できる返事が返ってきたことがない。
     はたして「65」の正体とは如何に?

  • 天国に一番近い木の下

    「▽◇△××!!」 誰かが突然意味不明の大声で怒鳴った。
     びっくりして立ち止まったその瞬間、空気を裂くような鈍い音に続いて軽い地響き。我に返るとすぐ脇に大きな椰子の実がゴロリと転がっているのに気づいて目が飛び出そうになり、全身からサーッと血の気が引いていく。
    「大丈夫かっ?」飲み物を手にしたカナダ人カップルが、駆け寄ってきた。昨日この宿で初めて顔を合わせて夕食をともにした彼らだが、今朝はいきなり私の命の恩人である。
     パラダイスのように美しい海岸を散歩して、危うくそのまま天国に行ってしまうところだった。よく晴れた南国のビーチ、どこまでも青く抜けるような澄み切った空、小鳥のさえずりと付近で遊ぶ子供たちの声・・・。こんな平和な朝にこんな危険が待ち受けているのだから、世の中いつ何があるかわかったものではない。「ココナツ直撃で邦人死亡」は勘弁願いたい。
     一説によると、ココナツの落下による死亡事故は世界中で年間150件ほどあるそうで、遊泳中のサメによる被害のおよそ10倍にのぼるということだ。古いものになるが「Falling Coconuts Kill More People Than Shark Attacks」「Famous coconut palms often ‘neutered」といった記事を目にするとこの危険性についてあらためて考えさせられる。
     特に背の高い木になるほど、実の付いている部分が視界に入りにくいうえに、落下に加速がついて破壊力も大きく増すのだから恐ろしい。
     その日はどこを歩いても頭上が気になって仕方なかった。のどかな南国の豊かな緑は、時に何をやらかしてくれるかわからない。

  • コトバそれぞれ 2 ヒンディー語紙はどこにある?

     新聞といえば、ヒンディー紙には他の地元語紙も同様のことと思うが、購買層が違うため全国規模で流通している英字のメジャー紙とはずいぶん違うカラーがあるのは言うまでもない。
     よりローカル色が強く、ときには「主婦がチャパーティー焼いたら表面にオームの文字が・・・」なんていう見出しとともに、脱力記事が掲載されたりするのは楽しい。「以前できたときは家族が食べてしまったけど、縁起がいいから今度はしばらくとっておくつもりなの」という奥さんのコメントもついていてなお微笑ましい。
     子供のころ毎年訪れた祖父の郷里三重県の「吉野熊野新聞」や「南紀新報」にもこんな雰囲気があったな、と少々懐かしくなる。それらを何十年と愛読していた祖母の話では「××さん宅で3日続けて茶柱が立つ!」という感じの記事が掲載されることもしばしばあったという。
     ニュースの精度や質に問題はあっても、庶民の新聞はまたそれで面白い。読むことができれば何語のものでも構わないのだが、インドの地元語ローカル紙で、私が読んでわかるのはヒンディー語紙しかないので仕方ない。
     だがこのヒンディー語紙、タミルナードゥでもケララでも、在住の人たちにはいろいろ入手できる経路や場所などあるのかもしれないが、私のようなヨソ者が探してみてもなかなか手に入らなかった。
     州都のチェンナイでは繁華街の売店でラージャスターン・パトリカー紙を購入できるスタンドはポツポツ存在するが、他ではなかなか見つからなかった。ママラプラムとマドゥライではごくわずかな部数を置いている店があることを確認できたが、後者ではなぜかチェンナイ版ではなくバンガロール版であった。それ以外の街では鉄道駅やバススタンドのような人の出入りの多いところの新聞スタンドで尋ねてみてもサッパリ見つからなかった。
     ところでこのラージャスターン・パトリカー紙、その名の示すとおりラージャスターン州をベースにする地方紙である。わざわざ南インドで販売するならば、同紙より地域色の薄いデーニク・ジャーグランのようなよりグローバル(?)なものではなくて、なぜラージャスターン・パトリカーなのか?とも思うが、とりあえず手に入れば何でもいい。
     ページをめくると南インド発のローカルニュース、そして全国ニュースに加えてラージャスターン州各地域の主な出来事をあつかうページもある。ヒンディー語を母語とする人々向けのメディアであることから、南インドの地域ニュースというよりも、まさにラージャスターン出身者たちの同郷紙といった色合いが濃い。
     使用されている言語だけではなく内容面からも異邦人向けの新聞ということは、日本国外で在住邦人相手に販売される「読売新聞衛星版」みたいなものか?とふと思ったりもする。
    アウトレットも置かれている部数もごく限られているが、チェンナイ版、バンガロール版と発行されているからにはそれなりに需要があるのだろう。

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  • コトバそれぞれ 1 聞こえるけど見あたらない

     インドにおいて、ヒンディー語はおよそ4億人といわれる国内最大の話者人口を擁する大言語であるとともに、憲法第343条における「連邦公用語」でもある。
     だが広い国だけあって地域よってはその地位が頼りなく思われることもある。いわゆるヒンディーベルトと呼ばれる地域から外に出ると、その言葉が使用される度合いや通じる程度も地域によってさまざまであるからだ。
     全国各地から人々が集まるムンバイーやアムダーバードのようなコスモポリタン、とりわけ繁華街ではあたかも土地の言葉であるかのように使用されている。ヒンディー語圏から来た人たちが大勢住んでいることもあるだろうし、母語を異にする人々をつなぐ共通言語としての役割も大きい。これらの州の公用語であるマラーティー語にしてもグジャラート語にしても、言語的に同じ系統でヒンディー語と近い関係にあるということもあるだろう。どの社会層の人もよく話すし田舎に行っても通じる相手がいなくて困るということはまずないはずだ。
     だがビハール州からの出稼ぎが多いコルカタはさておき、西ベンガル州全般となるとちょっと事情は違ってくるようでもある。学校教育の中でヒンディー語を教えることについてどのくらい力を入れているか、そして地元の人々自身がヒンディー語を理解することを必要としているかといったことで、地域でのヒンディー語の受容度や通用度がかなり左右されることになるのだろう。

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  • 津波後 これから復旧期とは言うものの・・・

     あの「暗黒の日曜日」からすでにひと月近く経った。災害による応急処置的な救援が必要な時期は過ぎ、これからは被災地の人々の生活の再建へと進む時期へと移っている。
     インドネシアのスマトラ島での救援活動にあたっていたシンガポール軍は、1月21日から撤退をはじめているという。理由はやはり「被災地は復旧期に入った」ことである。
     どこかで大災害が起きるたびに多くのメディアが現地に殺到し、映像や記事が社会のすみずみに届くようになる。被災地への同情を含めた人々の関心は集中するが、ニュースとして鮮度を失うようになると、いつしか話題にものぼらなくなってくる。今回の出来事に心を傷めた人々の胸の内には事件の記憶がしっかりと刻まれているにしても。
     だが被災した当事者たちとなると話は違ってくる。二次災害の危険がある間は避難所に身を寄せていても、配給される食糧でなんとかやりすごしてはいても、その後は当然個々の生活再建へと日々努めなくてはならない。
     肉親を失った人々にとってはどんなに辛い日々だろうか。あの日を境に最愛の家族と二度と会えないなんて想像できるだろうか。彼らの直面する現実とは実に残酷である。
    住みかのなくなってしまった人たちも頭を抱えているに違いない。家も家財道具も一朝一夕にしてもそろえたわけではない。親から受け継いだり、これまで稼いできたお金でなんとか買い揃えてきたり、要は長い時間をかけて手にしたものである。それらを「復旧」するのは容易なことではない。
     災害は終わったかもしれないが、人々が歩む生活再建への道のりは長い。財力も体力も人それぞれだが、やはり社会的弱者にとってこの負担はあまりに大きい。 
     しかもインドでの被災者には海岸付近の質素な家屋に住むそうした人々が最も多かったのだ。またその中でもとりわけ両親を失った子供たち、それまで養ってくれていた息子たちを失った老人たちはどうすればいいのだろうか。
     
     こんな記事を目にした。
    「生きるため離散 子供施設に海外出稼ぎ 被災地の漁村(朝日新聞)」アンダマン&ニコバールを除く本土でとりわけ被害のひどかったタミルナードゥ州のナガパッティナム地区、津波により一家の稼ぎ手が亡くなった、あるいは生活の糧を得る手段を失ったことにより、一家離散してしまうケースが増えているということである。
     はなはだ酷ではあるが、彼らの奮闘の先には生活の「復旧」が本当にあるのかどうかよくわからない。それでも人々は生き抜かなくてはならない。

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  • クラーンティ(革命)!

     かつては地域によりブロードゲージ、メーターゲージ、ナローゲージと軌道の幅が異なる路線が混在していたインド国鉄だが、着々と進められてきたゲージ幅の統一(ブロードゲージ化)が進んだことにより、ずいぶん使い勝手がよくなったと思う。昔はいちいち乗り換える必要があったルートでも、今では直通列車が走るようになってきている。たとえばデリー発ジャイサルメール行きの急行などもその一例だ。
     近年着々と進化を遂げているインド国鉄。2002年から新しい特別急行路線を導入している。それは長距離を走るサンパルク・クラーンティと短い距離をカバーするジャン・シャターブディーだ。サンパルク(接続、連絡)のクラーンティ(革命、前進)とは、なんとも大げさなネーミングだが、日本の新幹線やフランスのTGVのような超特急が導入されたわけではもちろんない。
     従来から少ない停車駅とスムースな走行で国内各地を結んできた長距離特別急行ラージダーニーや短距離のシャターブディーのルートと一部重なる部分があるのだが、これらとは少々性格が異なるようである。新しい特別急行にはエアコン無しの二等車も連結しており、鉄道による高速移動の大衆化がはかられている。
     またこの新しい特別急行の路線の一部には、以前メーターゲージ区間であった部分も含まれているようで、前述のブロードゲージ化を進めてきた恩恵のひとつともいえるだろう。

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  • 大仏は津波を見ていた

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     スマトラ沖で発生した大地震による津波の救援や復興作業にかかわる報道が新聞等のメディアに掲載されない日はない。
     1月15日夕方7時から放送されたテレビ朝日の番組「ドスペ!」では近い将来日本の関東地方を襲う可能性が高いとされる大地震の特集が組まれていたが、その中には九十数年前に鎌倉を襲った津波に関してちょっと気になる話もあった。
     私自身よく知らなかったのだが、かつて鎌倉大仏は「大仏殿」の中に納まっていたのだそうだ。しかし関東大震災のときに発生した津波によって破壊され押し流されてしまい、その災害以来、大仏は露座のままになっているのだという。
     このとき鎌倉に押し寄せた津波について調べてみると、その高さは約3m。大島で12m、房総半島で9mを観測していたのに比較すれば、取るに足らない大きさであったかのように思えるのだが、通常の波と津波とでもたとえ高さが同じであったとしても、波のメカニズムそのもの、動きや厚さも違うため、破壊力には圧倒的な違いがあるらしい。
     例えば通常30?の波で人が倒れることはなくても、これが津波ならばこれを一気に押し流してしまう力がある、というような津波のパワーを確かめる実験も番組の中で行われていた。

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  • TSUNAMI 

    two days prior to the tsunami, marina beach.jpg
     よく晴れた穏やかな日曜日の朝、クリスマス明けののんびりとした空気の中で、突然こんな災厄が振ってかかろうと誰が想像できただろうか。
     昨年12月26日に起きたインドネシアのスマトラ沖地震による津波は、インド洋沿岸を中心に各国に大きな被害をもたらした。このニュースに触れるまで「ツナミ」という言葉が英語の語彙に含まれていることを知らなかった。
     またヒンディー語メディアでも同様にその単語を「スナーミー」あるいは「スーナーミー」として使用していたが、まさにこの災害直後に英語経由で入ってきた新しいボキャブラリーではないかと思う。それだけに多くの人々がこの言葉は日本語であることをよく知っているようであった。
     それはともかくインドネシアやマレーシアのまるで湖かと思うような穏やかな海と各地で見られる水上家屋やマーケット、あるいはインドでも砂浜ぎりぎりにある集落などを目にするにつけて、ここの海はいつもこんなに優しいのだろうか、これが日本ならば台風が近づいて海が荒れただけで、根こそぎもっていかれてしまうだろうに・・・などと思っていたのだが。
     津波の到来でたまたま浜辺に居合わせた多くの人々が命を落としたチェンナイのマリーナビーチ。私もその2日前の同時刻にそこを散歩していたのだから、人ごととは思えない。
     津波はインドの東海岸よりもおよそ1時間遅れで西海岸にも到達したとされる。その朝私はフォートコーチンを散歩していた。名物のチャイニーズフィッシングネットを操る人々の姿をぼんやり眺めたり、朝の涼しく肌に心地よい潮風を楽しんだりしていた。
     朽ち果てたような旧い洋館が立ち並ぶ町中へと足を向けると、道路わきの水路の両側に人々が集まっている。立ち止まって私も覗き込んでみると、特に何があるわけでもなかった。
    「急に水位が上がっている」
     普段流れる水量がどのくらいのものなのか見当もつかないが、もうすこしで溢れそうなくらいまできている。
    「雨が降ったわけでもないのにな」
     ユダヤ教徒のシナゴーグがあるマッタンチェリー地区へ行ってみた。以前はスパイスの卸問屋ばかり立ち並んでいた通りなのだが、今では観光客相手のカフェ、骨董品やみやげ物を売るも店などがその周辺に密集している。
     その後界隈を見物して歩いていると、通りの家から出てきた初老の男に呼び止められて世間話に付き合うことになった。退職した元学校教員だという彼の口から突拍子もない話が出てきた。
    「アジアのどこかで大地震があって、チェンナイでは数百人も亡くなったらしい・・・」
     私はてっきりこの男がちょっとボケているのかと思い、まともに取り合わなかった。

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  • 公共の宿

    独立以来、経済の分野で国家の主導する部分が非常に大きかったインド。90年代以降、思い切った改革路線への転換により、今では毎年高い成長率を記録するようになったインドだが、石油・天然ガス公社のONGCや肥料会社FCI、航空機を製造するHAL、戦車のBEM、レーダーや無線機などを造るBELといった軍事関連企業といった国の基幹を支える国営企業以外にも政府系企業はまだまだ多い。
    政府が業務そのものに直接関与すべきものか疑問だが、観光部門でもそうした公営企業が目立つ。旅の終わりに中央政府や州政府経営のエンポリアムで買物をする人は少なくないだろう。品物の値段は全体的に高めでも、装身具に衣類、金属細工に木彫などひととおりのアイテムは揃っている。店員たちは無理に買わせようとプレッシャーをかけることもないし、お客は「ボラれているのではないか?」などと疑心暗鬼にかられることもなく安心だ。価格交渉などで貴重な時間を取られることもなく、とかく急ぎ足の人たちにはありがたい存在には違いない。
    首都デリーには全国各州政府によるエンポリアムが出店しているが、自州の名産品を内外にアピールするのに格好の場所であろう。
    また各州政府運営による観光開発公社があり、これらが主催するツアーや経営するホテルや付随するレストランも各地にある。クラスは中級から上といった具合で、概ね立地は良いし設備も整っていることから、民間のホテルと大いに競合してしまうようだ。
    日本ではこういう政府系の施設は、「民業圧迫だ」ということになりそうだが、ここでは地域振興のきっかけの創出、民間に対する事業モデルの提示、行政による雇用確保が狙いとなっているのだと思う。
    新しく注目されるようになったスポットに、いち早く宿泊施設やツアーのアレンジ等を行うエージェントを用意して地域経済をリードしていくのは大いに意味があることだろう。
    だがこうしたホテルは建てたときがベストで、時間が経つとともに施設もサービスも劣化が進むという傾向はどこに行っても共通している。地域を訪れる観光客が少なく利用者の少ないホテルともなると荒れ放題で目も当てられない。
    公営宿泊施設には活用されないムダなスペースが多く、設計時点からあまり真剣に取り組んでいないように思われるところが少なくない。もちろんこれは現場のみの責任というわけではなく、事業主体である公社やそれを監督する官庁の姿勢をも問われるべきものでもある。
    堕落の結果として官業と民業がうまく共存していけるのかもしれないが、すると政府系のホテルは本当に必要なのかよくわからなくなる。こうした施設を本当に必要としているのは、「予算消化」と「実績」を必要とするお役所自身なのだろうか?という気がしないでもない。