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投稿者: ogata

  • Merchantという姓

    大財閥リライアンスのアンバーニー家の御曹司アナントと結婚するラディカー・マーチャントって誰?とメディアで話題になっている。

    私たち日本人にとっては、彼女の家族背景よりも「マーチャント姓」だろう。

    もともとインドではセーナーパティ(司令官)、セート(商人)といった職業が苗字となっているケースが割とある。(もちろんその苗字の示す仕事をしているものというわけではない。)

    こうした形で英語の「Contractor」「Pilot」といったものが苗字となっているケースもあり、これらの場合は改姓した本人がそういう職業に就いていたから。国民会議派の政治家で「サチン・パイロット」という人がいるが、この人は父親の代に「パイロット姓」に変えている。インド空軍のパイロットだったのだ。

    おそらくこのMerchant一家もご主人かその先代、あるいはそのひとつ前の世代が姓を改めたのだろう。

    仕事がMerchantであるMerchantさん、とてもわかり易い。

    Who is Radhika Merchant—the new addition to the Ambani family (livemint.com)

  • 聖俗混在の寺院

    聖俗混在の寺院

    ウドゥピでの宿泊先の隣にあるスリ・クリシュナ寺院へ。ここで面白いのはいくつもある寺院の集合体であり、その集合体の中にスーパー、カンティーンなどが入居していることだ。寺院郡の中に商店がいくつかあるのは不思議だ。境内のスペースをそうした商業施設に貸し出しているというのが新鮮に感じられる。

    境内には商業施設が多い。
    境内に寺院と商店街が混在している印象

    かなりボロボロの寺院施設もあり、田舎の土俗的な宗教施設のようにも見える。南インドで特徴的なのは男性の場合、寺院での正装はドーティーを身につけ、上半身は裸であること。お堂のひとつからは調子外れの打鍵音が響いてくる。

    こうした店の中には、ホメオパシーの薬品店もあった。ホメオパシーと親和性の高いインド人は少なくない。西洋医学信奉の私にはホメオパシーもアーユルヴェーダも理解できない。これでは治る病気も治らない。

    境内には行商人も多い。こちらはランゴーリー作成キットで、「だれでもとても簡単手軽にランゴーリーを描けます」とのこと。インドの主婦とて誰もが器用なわけではないし、祝祭のときしか描かないのでちょっと苦手・・・という向きには大助かり!なのかも。小さいものは20Rs、大きいものは50Rsとのこと。それぞれいろんなパターンがある。

     

  • 大富豪子息の結婚

    世界有数の大富豪で、リライアンス財閥の総帥ムケーシュ・アンバーニーの娘が結婚するにあたり、一族の故地であるグジャラート州ジャームナガルでの式典等に内外から大勢のVIPやセレブたちが集合。

    各国王族や世界第一級の実業家に映画やスポーツなどのスターたち。「国際空港ではないジャームナガル空港」に各国からチャーター便が到着しているとのこと。臨時にイミグレ、税関なども用意されたのだろう。

    Booking.comでジャームナガルの宿を検索してみると、見事にすべて満室。インド国内の大実業家、超有名歌手や俳優、クリケットのスター選手以外に外国からはビル・ゲイツ、マーク・ザッカーバーグ、Googleのスンダル・ピチャイ、ウォルト・ディズニーのCEO、トランプ前大統領娘のイヴァンカ、石油のアラムコの会長、ブータン国王等々の豪華な面々が揃うようだけど、ジャームナガルにそんな高級ホテルがいくつもあるのだろうか。

    クルマで1時間半くらいかかるラージコートにも泊まったりするのだろうか。もちろん顔見せにやってきてトンボ帰りする人たちもあるのだろうけど。それでもやっぱりアンバーニー家に対する義理があって、わざわざ遠くからでもやってこないわけにはいかないはず。

    Celebrities head to Jamnagar for 3-day pre-wedding festivities of Anant Ambani-Radhika Merchant; airport to handle international traffic temporarily (The Indian EXPRSSS)

  • パンカジ・ウダース氏逝去

    パンカジ・ウダース氏逝去

    これはもう言葉にならない。あまりに残念。本日2月26日にパンカジ・ウダース氏が亡くなったとのこと。ガザル界の大御所、ヒンディー語映画の歌のリリースも多かった。青春時代の大事な思い出の曲もある。ご冥福をお祈りします。

    合掌

    Legendary ghazal singer Pankaj Udhas passes away (Deccan Herald)

  • 謎の公務員

    謎の公務員

    前回に引き続き、今回も話はコーチンに戻る。

    コーチンには大小のいくつものギャラリーがあるとともに、これまた大きなものから小さなものまでアートの展覧会が開かれている。こちらの絵はコッラム(クイロン)在住の女性アーティストによるもの。マハーバーラタをテーマに描いている。

    ご本人はかなり高齢で、定年退職するまでケーララ政府のお役人さんだったそうだ。もともと描くことは趣味だったが、仕事を引退してから絵を本格的にのめり込み、ご主人や息子さんのサポートを得て、かなり離れたところで開催される展覧会にも精力的に出展するようになったそうだ。

    ご本人は「老後の趣味ですよ」と謙遜するが、まったくもって趣味のレベルをはるかに超えている。在職時から長く絵に打ち込み、超絶絵の上手い謎の公務員だったに違いない。

  • テレビラジカセ

    テレビラジカセ

    ふと思い出したので、話はコーチンに戻る。

    フォートコーチンの骨董屋店頭で気になった商品。日本のナショナル製品だが、ラジカセにテレビが合体しているのが凄い。当時、「テレビラジカセ」と呼ばれていたものだ。こんな製品があったことはうっすら記憶にあるものの、身近なところにはなかった。当時いくらくらいする製品だったのだろうか。

    今はスマホやPCでテレビ番組やラジオなども楽しめるが、当時は実物を器の中にそっくり作り込まなくてはならなかったので、相当な意欲作だったはず。しかも画面ときたら、時代からしてブラウン管だと思うけど、よくここまでできたな、という感じだ。まだ韓国のSAMSUNGやLGなどが         台頭する前、家電製品といえば日本がナンバー・ワンだった時代の品物だ。

    そんなものが流れ流れてインドにあるなんて。この時代のインドのテレビのクオリティーは良好ではなかったため、こういう製品は、ちょっと値段のつけ難いスーパーハイテク商品だったのではないかと思う。国内のマーケットで流通していたものではもちろんなく、国外から持ち込んだものだろう。

  • 紙パックに入ってしまったオールドモンク

    紙パックに入ってしまったオールドモンク

    宿の近くに酒屋があったのでオールドモンクのクォーターボトルを所望すると、小さいテトラパックが出てきた。「マンゴージュースじゃなくてオールドモンクを」と言うと、これがそうなのだと言うからびっくり。

    近年、クォーター、ハーフといったサイズはプラチックボトルで出てくる酒もあるのだが、ついに、紙パックになったか・・・。

    オールドモンクは安酒ながらもインドで長い歴史を持つブランドで、軍の基地にも大量に供給されている。私も昔々これには親しんだので、ごくたまに手にしたくなる。

    しかし紙パックってのは、どうするのか?ストローでも差込んで、チューチュー吸えとでも言うのだろうか?

    いやはや・・・。

  • IRCTCのケータリング

    IRCTCのケータリング

    駅弁ならぬ社内販売飯。各地でゲリラ的に車両に乗り込んできて食事やスナックを売る「物販ゲリラ」も多いが、こちらはインド国鉄関連会社のIRCTCによる車内販売品。

    IRCTCはネットによる乗車券販売及び予約管理、各種パッケージ旅行の販売、鉄道車両での飲食物販売等を包括して引き受ける。こういう組織は汚職や不正の温床になったりしやすいものだが、やはりいろいろ黒い噂は少なくない。

    こんな巨大利権が入札手続きなどを経ることなく、長年ずっとIRCTCが丸ごと引き受けていること、国鉄の業務とは関係のないパッケージ旅行(タイ、ドバイ、ネパール、ブータン等の海外旅行など)も販売していること、パントリー車での調理環境に非常に問題があることをメディアが取り上げ、保健省の調査が入ったりするなど話題に事欠かない。たぶん現場の業務なども孫請け会社に丸投げしたりもしているのだろう。

    車内で注文した1回目の「チキン・ビリヤーニー」これをビリヤーニーと呼べるのか大いに疑問。
    中をほじってもこんな具合。いやはや・・・。

    車内ケータリングサービスで面白いと思うのは、ラージダーニーやジャダーブディーなど特別急行で、ひところまではIRCTCではなく、ホテルチェーンに委託していたケースもあった。だが今ではIRCTCによる取り扱いに戻っている。

    車内で2回目のチキンビリヤーニー。他になかったので仕方ない。時間的にこれが本日の夕食、目的地着いたらチェックインしてそのまま寝る時間。

    この列車で2回目のチキン・ビリヤーニー。こちらのほうが少しはマシだった。

    おやつに食べたものとは味付けも何もずいぶん違った。異なる業者が異なる駅でIRCTCに納めているので当然だが、ケーララ州からカルナータカ州に入っているからということもあるかもしれない。私がトリスールから乗り込んだ列車はマンガロール駅に着くところ。急行停車駅で一つ先のウドゥピまで行く。

  • 私の車両はどこ?今どこを走っているの?

    私の車両はどこ?今どこを走っているの?

    かつてインド国鉄は、予約してある車両がどこにあるのかわからないと、車両が長大で編成数も多いため、停車わずか1〜3分程度だとたいへん焦ったものだ。今では各種インド国鉄関連アプリやウェブサイトなどで該当列車の「Rake Information」を調べると、ちゃんとこんな具合に出てくるので助かる。

    Rake Information

    また「Running Status」で、今どこを走っていて、どのくらい遅れているのか、遅れていないのかもわかるので、とても便利になった。駅で列車を待っていても、乗車して到着を待つ場合でも、大変ありがたい。

    Running Status

    こうしたものがなかった時代、駅に着くとまずは駅員かポーターに列車名を伝えて、私の車両がどのあたりに停車するのか質問、答えを聞いてからも念のため別の駅員かポーターにも同様の質問をしてクロスチェツク。

    そして乗り込んでからは、他の乗客との会話の中で、列車がほぼ定刻で進んでいるのか、遅れているのかを知っていた。夜行列車で深夜過ぎとか未明とか、多くの乗客が就寝しており、車内の照明も消してあるような時間帯に到着予定であると、ホームでの駅名表示は多くないため、「この駅は私の降りる駅なのか?」と気が気ではなかったりもした。

    今やこうした心配がまったくなくなっているため、インドの汽車旅の利便性は格段に向上していると言える。

  • 鉄道駅は情感に満ちた劇場空間

    鉄道駅は情感に満ちた劇場空間

    鉄道駅で車両の入れ替えなどで大活躍するディーゼル機関車。1980年代後半ごろは、そうした役目を蒸気機関車が担うことも多かった。

    スタンバイしてから動けるようになるまでのウォーミングアップ時間はとても長く、機関士だけでは動かせず機関助手と常にコンビでないと使えない。また機関車自体がやたらと重厚長大で、いろいろ面倒なことが多かったのだろう。だがその頃は駅のホームでそれが動くのを目にすること自体がたいへんなエンターテイメントでもあった。少なくともすでにSLを見かける機会がまず無い国からやってきた者にとっては。

    鉄道駅というものは、大きな駅だと全国各地から数々の列車の往来が旅情溢れる眺めだが、日に数回しか停車のない小さなローカル駅だと、これまた鄙びた感じとか郷愁とか、異なる味わいがあって良い。

    バススタンドだと、大きくても小さくても、ワサワサしているだけで、何の味わいもない。空港だとそういうせせこましい感じはない(そうでない空港もあるけど)ものの、乗り物自体が待合室から離れているためもあってか、鉄道のようなヒューマンなムードはあまりない。

    そう、鉄道駅の良さは、そういう人間らしい情感に満ちた空間であること。

    汽笛が鳴り、ガタンという音とともに少しずつ動き始める車両。窓越しにホームと車内で指を絡ませあっている男女の瞳に諦めの色が灯り、それでもホームにいる女性はゆっくりと歩きながら窓の中からじっと見つめている男性に何事か言葉を継いでいる。

    列車が速度を徐々に上げていと、互いの手を離しながらも、まだ何か伝えたいことがあるかのように歩みを早めながら、ふたりの会話はしばらく続いていく、鉄道駅でそういう光景が展開していると、それを間近に目にするこちらもジ〜ンとくる。鉄道駅には劇場空間的な趣があるのだ。

  • 鉄道車両の眺め

    鉄道車両の眺め

    鉄道事故の際の救援列車
    鉄道事故の際の救援列車
    脱線車両等を路線から取り除くためのクレーン車両

    過日、エルナクラムJN駅で見かけた救援車両といい、この日トリスール駅に停車していた脱線処理車両といい、近くで大きな事故でもあったのだろうか?と思ってしまう。

    コロナのデルタ株で多くの死者が出ていた時期には、マレーシア、シンガポール方面並びにガルフ方面からそれぞれの政府の協力により医療酸素ボンベを大量に調達したインドは、ムンバイ及びチェンナイから大量の貨物列車を動員して全土に輸送している様子がニュースになっていた。

    私が直に目にしたものでも2005年12月にインドネシアを震源とする津波被害がインド東海岸に及んだ際、緊急に仕立てたと思われる援助物資を届ける貨物車がしじゅう走っていた。

    また80年代後半にインドがスリランカ内戦に介入した際、南インドで鉄道に乗っていると無蓋車両の延々と続く車列に、戦車等の軍用車両を運搬する貨物車が多く、ギョっとしたことを覚えている。このときの介入が原因で当時のLTTEから恨みを買い、同じくLTTEにシンパシーを抱く一部のタミル人からの協力を得た手路グループにより、1991年5月に総選挙のためタミルナードゥで遊説中だったラジーヴ・ガーンディーが暗殺されてしまったのであるが。

    鉄道車両の眺めには、そのときどきの大きな出来事や世相が大きく反映されることがある。

  • 昔のケーララ州の眺め

    昔のケーララ州の眺め

    昔々訪れたときのケーララ州の街の商業地では、下階はお店で上階は住居のこんな感じの低層家屋が延々と続く光景が続いていた。

    これが連なっていた地域で、こうした建物がほとんどなくなっているので、おそらく90年代から2010年代くらいの間に次々と建て変わってしまったのだろう。こちらの写真はトリスールで撮影したもの。

    こうした変化はケーララ州に限ったことではなく、どこの地域でも伝統的な街並みというものはかなり減った。1990年代に入るまで、こうした昔ながらの眺めが健在であったのは長年続いていた低成長がゆえ。経済が調子良く回るようになってからは、街なかの様子が大きく変わっていくのは当然のことである。