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カテゴリー: travel

  • 老舗のパールスィーレストラン

    リンク先の記事は、プネーで140年を超える歴史を誇るパールスィーのレストランとのこと。プネーにはムンバイ同様に、ユダヤ人コミュニティとパールスィーコミュニティが大いに繁栄した。

    前者はインド独立とともに多くは国外に流出して衰退したが、後者は独立運動への貢献も大きく、イギリスが去ってからも愛国的なコミュニティと認識されている。

    「イラーニー」として、外来の起源は強く意識されているが、植民地体制下で生活様式もビジネスも白人寄りのところにいたこと、ともに商業民族で経済的に成功した者の中から数々の慈善家も輩出したという点で似通っているのだが、現在はずいぶん異なる存在感となっている。

    パールスィーのレストランは洒落た印象があるが、100年を優に超える老舗も多い。植民地時代を彷彿させる店内もきれいに整えてあり、提供される食事のバリエーションの広さとデザート類の豊富さも楽しいものだ。

    Have You Been To This 141-Year-Old Parsi Restaurant In Pune? (whats hot)

     

  • Googleマップは賢い

    Googleマップは賢い

    昔、各地の土地の名前や街なかの名前の正しい読みを確認したくて、デーヴァナガリー文字の地図を集めたことがあるが、今はスマホの言語設定を変更するだけで簡単に見ることができる。非デーヴァナグリー圏の地名も設定した言語で確認できるのも良い。

    さらには中文に設定すると、インド各地の地名がどう綴られるのかも眺められて楽しい。繁体字にすると、単に簡体字から繁体字に変換されるだけなのか、それとも大陸と台湾でのインド地名表記のブレ(・・・があるのかどうかは知らない)が反映されるのかということにもかすかな興味が飛ぶ。ときに誤記もありそうだが、概ね合っているのだろう。

    また同じナーグリー文字でもヒンディー語設定とマラーティー語設定で、インド各地の地名表記にズレはあるのか、あるいは「デリー」がヒンディー語では「ディッリー」であるのに対してウルドゥー語では「デーヘリー」となるように、インド国内の他の地名でもヒンディー/ウルドゥーで異なるものはあるのかなど、いろいろ頭に浮かぶものはある。

    だが、そんなことにハマりこんでしまうと、向こう数時間くらい夢中になってスマホとタブレットを並べていじり回すことになりそうなので、このあたりにしておこう。

  • 新生エアインディアへと着々

    インドの財閥ターターの元で民営化されるエアインディア。財閥を所有する筆頭企業ターター・サンズでは新生エアインディアのトップの人選が進んでいるそうだ。

    航空会社は半期ごとにダイヤを見直しつつ、シームレスに操業しているわけなので、民営化された瞬間に大きく変わることはないにしても、1年、2年のうちに国内であまりに手を広げ過ぎた(官業によくあること)路線の整理、労組の強さから国際的にも引けを取らない給与水準と言われる同社操縦士の報酬、その他スタッフの人員整理などの労務管理面での大ナタがふるわれることだろう。

    国営エアインディアでとりわけ足枷になっていると言われる旧インディアンエアラインスの国内路線及びSAARC内や湾岸産油国への路線は、既存のLCCに任せることになるのかもしれない。少なくとも政治主導で開設させられたローカル路線については、もはや継続する義理もなくなる。

    それはそうとコロナまでは順調な経済成長が続いていたインドでは各地で空港の新設が相次ぎ、出来上がったものの定期便の乗り入れがないとか、乗り入れ開始したものの利用者が少なく半年か1年で撤退してそのまんま放置されている空港がけっこうある。官業というものは、なんといい加減なものなのかと思う。

    Tata Sons looking at hiring new Air India Management as sale proceeds (mint)

  • URBANPODという鉄道駅構内宿泊施設

    URBANPODという鉄道駅構内宿泊施設

    鉄道駅のリタイアリングルームといえば、大部屋にたくさんのベッドが並んでいた李、簡素な部屋が用意されていたりするが、大きな駅だといつも満室でなかなか利用することはできなかったりする。繁華街に面していたり、商業地に近い場所にある鉄道駅ならば、他に宿はたくさんあるので困ることはないのだが、ヘトヘトになって深夜過ぎに到着したりしたときには、やはり駅構内にある宿泊施設が利用できるとありがたいものだ。

    ムンバイセントラル駅構内に日本のカプセルホテルのような宿泊施設「URBANPOD」が出来たそうだ。こちらは国鉄ではなく民間業者による運営だ。同様のサービスが他の主要駅にも広がることを期待したい。

    Staying in India’s First Pod Hotel | Under Rs1400 | Urbanpod (Youtube)

    India’s First Capsule Hotel Tour | UrbanPod Hotel Mumbai | Only 900 Rs. Per Night (Youtube)

    India’s First Capsule Hotel For Train Traveler | Urbanpod Hotel Tour Mumbai Central | Rs.799 per N (Youtube)

  • ゆるいヒンドゥー主義

    ゆるいヒンドゥー主義

    バナーラスのヴィシュワナート寺院。モーディー肝いりのこの地域の再開発工事が完成しての式典。こうして上空からの映像を見ると、もともとはたいへん建て込んでいた地域にあった寺院だが、周囲を広く取り壊して見事な空間を創出している。このお寺のシカラが間近に見下ろせる宿に泊まったことがあった(今はどうかしらないが、当時外国人は入れないことになっていたので、そこに宿泊するメリットがあった)が、それらも含めて地ならししたのだろう。

    BJP、RSS、VHPのいわゆる「サングパリワール」の中の政治部門としてのBJPが推進する「ヒンドゥトヴァ」は、よく「ヒンドゥー至上主義」と邦訳されるが、こうした言葉では誤解を招くだろう。厳しい戒律、教条主義といったものを連想するであろうはずだからだ。これとは裏腹に、伝統回帰や復古主義ではない新たな(緩くて広い)ヒンドゥー文化の創出。厳格な原理主義とは反対に、ゆるやかに、そして幅広く人々と社会を包み込んでいく。これが実際の「ヒンドゥトヴァ」の姿だ。

    うまい例えが思いつかないが、日本でゆる〜く浸透している英米文化、スポーツであったり祝祭であったり、キリスト教の行事などに近いもの、とも言えるのではなかろうか。

    ヒンドゥーが本来持っていた差別的構造を否定するとともに、ヒンドゥーを宗教ではなく、インド地域共通の文化として、民族的結合性には弱いものがある多民族・多文化国家を民族国家として統合へと導こうという試みのようで、それ自体は悪くないように思えるこのごろ。北東州でのBJP勢力拡大、そしてラダック地域での支持拡大は、まさにそれを象徴しているようだ。本来は「周辺地域」であった少数民族エリアを次々にメインストリームの中に取り込んでいっている。

    元来、洒落者のモーディー。彼の装いをイメージしたアパレルのブランドもあるほどなのだが、近年の彼は(聖者に近い)賢者といったムードでの演出が多くなっている。このあたりも戦略の一環となっているのがこの人の凄さの一面だが、それほど自信を深めているということだろう。

    ただし多くの人々を結合させるには、やはり外なる敵と内なる敵との対峙が効果的という面もあるようで、現政権が外の敵としてパキスタン、内なる敵としてムスリムへの対応が冷淡であったり、しばしば苛烈であることがとても気になる。

    काशी वो है… (Twitter @narendramodi)

    PM Modi inaugurates renovated Kashi Vishwanath Dham Corridor (Youtube)

  • デリー近郊に巨大新空港

    デリーからヤムナー河を渡った向こう側、UP州に入ったところにあるノーエダーに建設されたこの空港はインド最大の規模となる。

    ノーエダーは、よく日本メディアでは「ノイダ」と表記されるが、インドが経済を対外開放して外資を呼び込むようになった頃から工業団地として知られており、各国の製造業が拠点を築いてきた「デリー近郊」である。

    今後、インディラー・ガーンディー国際空港とどのような棲み分けをしていくのか注目したい。まさに21世紀の経済大国として、まさに存在感を増していくインドを象徴するかのような存在となるだろう。

    完成予定は2024年とのことだ。

    PM Modi Says Noida Airport Will be North India’s ‘Logistics Gateway’; Takes Dig at Previous Regimes (NEWS 18)

     

  • エアインディア買収直前のターターがコーチン空港も?

    コロナ禍下ではあるが、インドの航空業界はドラマチックな変化を迎えている。

    この記事を見て、ふと思い出したのだが、インドでは中東産油国方面行きのフライトで、「ハイデラバード→コーチン→シャルジャー」みたいに、国内で「ホップ、ステップ」して国外の目的地に「ジャンプ」するフライトがけっこうある。中東方面ではないが、以前は「ムンバイ→デリー→成田」もあった。

    つまり同じフライトで、国内線として利用する乗客もあれば、国際線として利用するお客もあり、国内の最終寄港地を発つまでは、国内線乗客と国際線乗客が混在するのだ。

    コロナ禍にあっては、こういう運行はできなくなっているのだろう。もちろん国際線が大きく減便されているため、そんなことはもはやどうでもよいことでもあるのだが。

    With Air India, Tatas get a stake in Kerala’s Cochin airport (Business Standard)

  • エアインディア民営化最終局面へ

    いよいよエアインディアが民営化される。もう後戻りはないだろう。

    TATAの航空会社として誕生して、その後国営化。そんでもって2022年に元のサヤに戻ってTATAの航空会社になるとは。

    それはそうと、いろいろ不採算なものを大胆に整理するであろうことから、しばらくはエアインディアの航空券の「買い控え」が起きるかもしれない。国際線よりも、政治的理由で超幅広になっている国内線路線の簡素化を実施しないはずがない。IAとICが合併して統合AIになる際にも大きな問題として懸念されたのは特にその部分だった。

    民営化したエアインディアは普通の会社になるので「倒産することができる」わけで、事業規模も相当コンパクトにならざるを得ないはず。

    旧ICの赤字路線。日本からではそもそもしばらく行けそうにないため、関係ないといえば関係ないのだが。

    Tata Set To Take Over Air India By January (SimpleFlying)

  • インドが観光ヴィザ発行を再開

    ようやくこの時が来るようだ。10月15日からひと月はチャーター便での入国のみ。商業定期便による入国は11月15日からとのこと。ヴィザの扱いの詳細(申請方法、有効期間、種類その他)に関する情報は今後出てくることだろう。

    Covid-19 cases down, India to issue tourist visas from October 15(INDIAN EXPRESS)

  • インドへの扉が開く日

    現在、インドでは1日の新規感染者数が2万数千人といった具合であるため、人口規模が約1/10の日本における2千数百人程度に相当する。日本の初夏あたりには「第2波」でひどい状況にあったため「インドは今も大変」と思っている人もいるかもしれないが、今はインドと日本の感染状況はほぼ同程度である。

    こういう具合であることを受けて、各国がインドからの渡航者受入れに動いていることについて、以下の記事を参照願いたい。

    Canada latest in list of countries to allow Indian travellers; here are all international destinations open now (Firstpost)

    また、インド側も今月末から来月初めあたりに、観光客受け入れ再開のアナウンスを予定しており、具体的にどのような内容のものとなるのか注目されるところだ。

    Foreign tourists to be allowed to visit India soon (Travel Daily Media)

    先進国を中心にワクチンが普及してきている現在、より感染力の強い変異株の登場とワクチンによる抗体維持が続く期間に限りがあることが判ってきたことなどにより、開発時に期待されていた効果がフルに発揮されているとは言えない部分はあるとはいえ、今後は国と国との間の往来も次第に制限が取り払われていくことだろう。

    日本においても、遠からずこうした緩和が予定されているが、帰国時の隔離などが免除されるようになれば、再びインドと日本の行き来が盛んになっていくはず。

    今後の推移を見守りたい。

  • チャーンドニー・チョウクの美化事業

    あまりの混雑ぶりと騒々しさだったので、こういう風になるのも良いかもしれない。「庶民のマーケット」として知られているが、もともとはあんなワサワサした地域ではなかったのはインド独立前まで。

    ムガル時代には大通りに水路が流れ、ところどころに噴水もある綺麗なエリアだった。ラール・キラーの城下町、王室や貴族御用達の大きな店が建ち並ぶ商業地区と豪壮な屋敷の貴人たちの居住区などから成るエリアだった。1857年のインド大反乱の後、時の皇帝、バハードゥル・シャー・ザファルがラングーンに流刑となりムガル王朝は終焉。北デリーのこのあたりの地域、城塞都市だったシャージャハーナーバードの壁は、現在も残る一部を残して取り壊され、いくつもの門だけが残った。それでもまだこの地域には引き続き富裕層が暮らし、イギリス当局による役所や銀行等の施設、そして駐在する英国人官憲の屋敷などもあった。

    印パ分離の時期に、ここに多く暮らしていたイスラーム教徒の上層部がパキスタンへ脱出していき、空き家となったところに内部を細分化して庶民が入ってきたとされる。おそらく地元のヤクザ連中など腕っぷしの強い連中が占拠してお金と引き換えに部屋を割り当てたり貸し出したり、それを借りた人が需要の高さから「これは儲かりそう」と又貸ししたりしたことなどが始まりだったのだろう。

    そんなわけで、この地域にある建物の多くは荒廃しているが、よく見ると大きな邸宅であったり、元は銀行の大きな支店の建物であったりもするし、街区に残されるゲートなどもたいへん趣のあるものが多い。もともとが庶民の街にはなどではなく、富裕層の地域であったがゆえのことなのだ。

    イスラーム教徒の社会的地位の低下は、こうした上層部の流出と表裏を成すものであり、イスラーム教徒のお金持ち、文化人などといった経済的、社会的に影響力が強い層が数を大きく減らし、貧しい人たちが多く残れば、相対的にインド社会における存在感は低下していく。チャーンドニー・チョウクは、そうした独立後のインド史の転換を象徴する場所でもある。

    Ground Report: Beautification work of Chandni Chowk completed, watch the new look here (ZEE NEWS)

  • インドの食卓から

    インドの食卓から

    インド国営放送による「The Hidden Kitchens of North-East」というプログラムがある。国営だけに、日々、多言語・多文化のインド各地のニュースが様々な言語で画面で飛び交うが、民放ではあまり扱わないテーマも取り上げるのもそれらしいところだ。

    これまで同局の「Wah Kya Taste Hai」のシリーズで、インド国内各地各種料理について、カシミール料理、パールスイー料理やチベット料理なども含めたさまざまなものを取り上げていたし、少し前にはラダック料理に関するシリーズものもあり、なかなか興味深く、お腹も鳴る。

    「Wah Kya Taste Hai」にしても「THE Hidden Kitchens of North-East」にしても、放送後はYoutubeに上がっているため、これらタイトルを入れて検索すると、これまで放送された分が多数出てくる。観てみると楽しいことだろう。ただし言語はヒンデイー語のみである。

    このリンク先は「The Hidden Kitchens of North-East」のエピソードの第1回目。

     

    The Hidden Kitchens of North-East : Ep #01