インド国鉄の最新版時刻表が更新された。インドの旅行予約サイトの普及により、あまり使い出はなくなったとはいえ、全国の急行以上の列車(および一部の各停)を参照出来る時刻表が、ネットで手軽にダウンロード出来るのはありがたい。本来ならば、毎年7月に発表されるべきものだが、近年は10月更新となっている。
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マジヌー・カー・ティーラーで食事
チベット関係グッズ、ダライラマ関係グッズ、坊さんの人形など、面白いものが目に付くのだが、モノが増えるのは困るし、縁起物は不要になって捨てるとバチでも当たりそうなので、とにかく買わないことにしている。
書籍は増えてきたら、電子化してしまうという逃げ道があるため、この限りではない。せっかく来たのでチベット料理も食べておこう。昼過ぎから夕方前までの中途半端な時間帯は、どこの食堂もガラガラなのが常だが、いつ来てもDolma Houseは、ほぼ満席だ。たぶんここがトップクラスで美味いのだろうと、入ってしまうので、他の店のことはまったく知らない。

まだ暑い外から店内に入り、まずはコーラを注文 水牛のシャプタ(焼豚みたいなもの。豚じゃないけど)とギャトゥクを注文。どちらも大変美味だ。インドの中華は往々にしてひどいものであるため、中華料理の影響を強く受けたチベット料理を、インドで食べられる「正統中華料理」と言い換えてもいいくらいだ。

水牛のシャプタ 
ギャトゥク このあたりには宿も多く、ATMや両替所にも事欠かないので、いつかこの界隈に投宿するのも悪くないな、と思う。ただし問題は、夜と朝方。つまり狭い路上と数多い野犬だ。しかもさらに細い路地に入ったところにある宿だと、人がひとりやっと通れるような幅の道では、昼間でも野犬のすぐ脇を行くのはいい気がしない。
野犬さえいなければ、日没後と日の出前の街中はずいぶん歩きやすくなるのだが・・・。
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壮年ランボーとシェパードの散歩

壮年ランボーとシェパード出現前のマジヌー・カー・ティーラーの街角 マジヌー・カー・ティーラーで、野犬がどんどん集まってきて、盛んに吠えたてる。危ない予感がして、すぐさま近くの露店の軒先に入る。
何があったかと思って目をやると、大きなシェパードが、飼い主かその使用人かよくわからないが、壮年男性と歩いてくるところであった。目の前で、沢山の犬たちが吠えているので、さすがに大型犬も怖じけて、男性の背後に隠れてしまっている。
壮年男性のほうは落ち着いたもので、すぐそばまで接近してくる犬があれば、容赦なくバットくらいの長さと太さのコンボウを振り下ろし、強烈な打撃を与えて道切り開いていく。ランボーみたいで、こちらはなんだか壮観だ。
野犬のバリケードを突破すると、男性はシェパードを自分の前方を歩かせて、背後からの攻撃者(野犬)たちから守っている。なかなかご立派!
ブン殴られた仲間が悲鳴を上げると多少距離を空ける野犬たちもしつこく、彼らのエリア?を抜けてしまうまで、絶え間無く吠えたり、幾度も攻撃を試みたりする。やはりこいつらも狼の子孫だ。
たかが飼い犬の散歩が、激しいコンバットみたいなことになっているが、勇ましい飼い主に連れられて、心臓を縮み上がらせながら毎日散歩する(たぶん・・・)シェパード君は、本当は外出しないで、お家でヌクヌクとしていたいのかもしれない。
追撃をふりほどいたと思ったら、向こうの辻にも犬集団が集まってきた。シェパードを連れた壮年ランボーのバトル、第2ラウンドが始まる。(笑)
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グルガオンの中華レストラン「如家」

グルガオンの中華料理屋「如家」 グルガオンにある中華料理屋(大陸から来た中国人が作る)に行ってみた。厨房から聞こえてくるパワフルでリズミカルな中華鍋捌きの音が食欲をそそる。ご存知のとおり、インド人が作るインド中華は、本場の中華料理とまったく別物だが、中国人コックによるちゃんとした中華料理は、「調理する音まで違う」ことをつくづく感じる。

注文してみた料理 かなり繁盛している店のようだが、ここで主たるものは宿泊施設で、そこのグラウンドフロアーに併設されているのが「如家」というレストラン。厨房で忙しく働くのは大陸からやってきた本場中国の料理人で、フロアーで注文取ったり、料理を運んだりするのはインド人スタッフ。果たしてチャレンジ精神旺盛な中国人商売人がデリーまで進出してきたのか、それとも目先の効くインド人が中国人料理人を招聘して開いたのかはよくわからない。
しかし、どちらであったとしても、インドで本物の中華料理を楽しめるということが素晴らしい。だが、この場所への行き方についての詳しい記述はやめておく。なぜならば、9月末でグルガオンの店は閉めてしまい、10月15日前後からラージパトナガル2で営業を開始するからだ。

ラージパトナガル2へ移転のお知らせ 
ホテルごと移転するようだ。 ラージパトナガル2といえば、秀逸なアフガニスタン料理屋が多く、ここに中華料理屋「如家」が参入するとすれば、食道楽には大変嬉しいことになる。
さて、「如家」はグルガオンのDLF Phase 1にあったのだが、これがラージパトナガル2に移転してしまうからといって、このエリアから本格中華料理の火が消えてしまうというわけではないようだ。「印度小四川火鍋」という、名前がそのまま示すとおりの火鍋専門店は、同じくグルガオンのPhase 2にあり、引き続き営業を続けるとのこと。最寄りのメトロ駅は、イエロー・ラインのSikanderpurあるいはMG Roadである。

こちらは引き続きグルガオンで営業 印度小四川火鍋 (Indian Xiao Sichuan)
J/23, DLF Phase-2, Opposite Sahara Mall, Gurgaon
電話(携帯)70655 85704 -

クアン・スィーの天然プール
ルアンパバーンから日帰りでクアン・スィーの滝を訪れた。
想像以上に美しい場所であった。幾重にもテラス状になった天然のプールがあり、それぞれから落差の少ない滝が流れ落ちている。水は茶色ではなく、少し濁った白色というのが珍しい。これが茶色であれば、さほどの名所にはならなかったはず。
天然のこれほどまでに美しいプールがあるとはまったく意外である。滝のエリアにいる間は、滝から生じるミストに満ちており、大変涼しい。
駐車場から滝へと向かう手前のところでは、保護されたというツキノワグマの施設があった。このあたりではかなり沢山棲息しているらしい。
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ルアンパバーン街歩き 2
自転車を借りて市内を走る。交通量が少ないので快適に移動できるとともに、行動半径も広がる。
古都ルアンパバーンの王宮は、現在は国立博物館となっている。博物館といっても、まるごと「王宮博物館」で、ここに栄えた王室にまつわるものが展示されている。やはりタイ系の王室であるため、タイと共通点の多い装い、この時代の王室らしく、洋風の様式をふんだんに取り入れた建築や内装が興味深い。

旧王宮 
旧王宮敷地内の寺 
旧王宮敷地内の寺 それなりの栄華を誇りつつも、1975年にパテート・ラーオにより、王家は宮殿から退去させられている。
王宮から道路を挟んで南側にあるプオスィーの丘に登る。ここから眺める河に挟まれたルアンパバーンの眺めは素晴らしい。

旧王宮から道路を挟んで南側にあるプオスィーの丘からの眺め 
プオスィーの丘の上から。目の前を流れるのはメコン河だ。 ルアンパバーン随一の古刹、ワット・シェントーンその他、古都でのお寺巡りもなかなか楽しい。

ワット・シェントーンの本堂 〈続く〉
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ルアンパバーン街歩き 1
利用した宿には朝食がついていたが、クロワッサン、フルーツ・サラダ、コーヒーあるいは紅茶というシンプルなもの。だがクロワッサンは美味しかった。
旧仏領のインドシナ地域では、植民地時代からの伝統で、バゲット作りは盛んだ。それらをフランス式に食べるのではなく、屋台で土地の作法で肉や野菜を調理したものをはさんで売っていたりする。だがそれ以外のパン類については、おそらくこうした観光地での製造が、近年になって盛んになったものと思われる。

バゲットなどのパンを売るベーカリー ルアンパバーンのサッカリン通りには、3 NAGASというレストランがある。洒落たコロニアルな建物はもとより、1952年式のレトロなシトロエンが店の前に置いてあることから、大変目を引く存在なのだが、これを経営しているのは、Accor Hotelsというフランス資本のホテルグループだ。
ルアンパバーンには、他にもちょっとお洒落なレストランやカフェがあるのだが、こうした国際チェーンはもちろんのこと、タイなど近隣国の外食産業も参画しているのではなかろうか。
例えば、いくら旧仏領といっても、国際的に通用するような旨いコーヒー、美しいケーキ類がその当時から存在したわけではなく、やはりこうしたものを伝えたのは、観光化が進むにつれて参入した国外資本(個人による開業を含む)が道を切り拓いてきたはずで、元々この地にはなかった新しい文化を導入することになった。
外来の外食産業がリードすることにより、地場の業者も優れた感覚やサービスの手法を取り入れていく。観光業振興におけるひとつの成功例である。
そんな具合で、観光客が多く滞在するエリアでの外食はけっこう値段も高いので、バックパッカーをはじめとする安旅行者たちは、どこで食事をしているのかといえば、もっと質素な店になる。
ナイトマーケットが開かれるエリア界隈では、ビュッフェ方式の屋台が店開きする。「何でも盛り切りで1万5千キープ」などと書かれており、大皿を手にして、自分でいろいろ盛り付けている西洋人たちの姿がある。
夕刻近くなると、屋台を切り盛りする人たちが、こうした料理をポリバケツに入れて、大八車で運んでくる。一見、生ゴミを運んでいるのか(失礼!)と思ってしまうが、それらを大皿に盛りつけて、賑やかな宴が始まるのだ。こうした需要を見つけて行動する地元飲食業者たちのフットワークの軽さに感心する。
ここでも中国人観光客がとても多いため、漢字の看板もよく見かける。グループでやってくる人たちが多く、客単価も高いようで、なかなかの上客だろう。
このような造りのホテルも少なくなく、コロニアル建築を改修したものであったり、まったく新築のコロニアル風建築であったりもする。いずれにしても快適に滞在できそうで、好感度抜群だ。
〈続く〉
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托鉢の街角

托鉢の僧侶たちの行列を待ち受ける人々 街の人々が総出でお坊さんたちを迎えている、という印象を受ける。
毎朝繰り返される仏門と在家のコミュニケーション。ゆっくりと歩む僧侶たちは、沿道のひとりひとりにお布施の機会を与える。
同時に、施すものを何ひとつ持たず、仏門にいる僧侶たちの姿を拝みにきた貧しい者には、托鉢中の僧侶たちから施しが与えられる。
誰でも、短期間であっても、僧籍に身を置くことが普通の南方上座部仏教であるからこその、人々の参画意識もあるかもしれない。
かつて自分がそうしていたことがあり、こうしている今も、身内の誰か、学生時代の仲間の誰かが袈裟をまとってお寺にいるとあれば、お寺を通じた「同窓」意識みたいなものがあるのかもしれないと想像したりする。僕らが持ち合わせていないもうひとつの人付き合いのチャンネルを持っているということになる。
話は全然違うが、かつてタイその他のこうした南方上座部仏教国で、王家の跡目争いに負けた人物、政争に破れて身の安全を確保できる居場所を失った人などが、最後の避難場所として、しばしば逃げ込む先は仏門であった。
生涯、還俗しない限り、元居た社会に影響力を及ぼすことはできないが、命を狙われることも(概ね)なかった。もはやその人物は、俗世にあらず、仏道に精進する僧侶であるからだ。
俗世間と同じ空間で、次元の異なるもうひとつの世界があるのは、悪くない。
この国に限ったことではないが、仏門の裾野の広さが、 社会で居場所を失った人、失業や貧困に苦しむ人を救う社会のセーフティネットとして機能している部分もあり、そうした仏門を支える社会の姿勢もある。
世の中って、うまく出来ているものだなぁと感心したりもする。
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インディゴが4都市(デリー・チェンナイ・コールカーター・ハイデラーバード)からポートブレアに毎日就航
今年6月より、コールカーター・ポートブレア便、チェンナイ・ポートブレア便を就航させたインディゴ。9月28日からは、デリー、そしてハイデラーバードからも利用が可能となる。
これらは既存のコールカーター・デリー便、チェンナイ・デリー便に、それぞれデリー・コールカーター区間、ハイデラーバード・チェンナイ区間が加わったものだ。
現在、ポートブレアに乗り入れている航空会社は、インディゴ、エアインディア、ゴーエア、ジェットエアウェイズ、スパイスジェットの5社となっており、アクセスが非常に良くなっている。
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ルアンパバーンの朝市
旧王宮の裏手、マーケットと住宅街の境目にある狭い路地で開かれているマーケット。スペースはないのだが、たくさんの人たちが商っている。

穀物、野菜、肉類その他のごく普通の食材以外に、サルノコシカケ、サワガニ、大きな川魚、タガメなども売られている。

様々な種類の米 
赤米 
タケノコ 
野菜なのだろうが名前はよくわからない。 
ウナギ?アナゴ?のように見える。 
サルノコシカケ 
サワガニ 
川魚各種 
タガメ その中で、とりわけ目を引いたのは、ハチである。日本のようにスズメバチである。幼虫、丸ごとの巣、サナギなど、様々な状態のものがある。日本でも「ハチノコ」といえば、ミツバチ、アシナガバチの他にも、スズメバチなどが食用とされる地域があるが、直にこうして見かけるのは初めてなので、ギョッとしてしまう。怖ろしい・・・。
マーケットで商う女性たちは、これらを運んできただけだが、これを捕獲する人たちは大変な危険を冒しているわけである。それにしても、幼虫にしてもこのスズメバチ、実に大きくて迫力があった。

ハチの巣 
ハチノコ 
ハチのサナギ 
成虫となる寸前のハチのサナギ 
こちらはほぼ成虫














































