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カテゴリー: travel

  • 気になるモノを見かけたら、迷わずバスを降りよう!

    グジャラート州でラージコートからブジへと移動中、この建物が見えたので「一目惚れ」してバスを降りた。インドの公営中距離バス料金は高くないので支払い済みの運賃をフイにしても痛くない。そして目にした建物は壮麗で、やはり素晴らしかった。

    1936年に完成した建物だそうだが、そんなに時代が下ってからもこんな大がかりな建物が在地の王侯によって建てられていたというのは、ちょっとビックリだった。

    建物は「マニ・マンディル」。王が妻であるマニ・バーイーに捧げて建てたお寺とのこと。一般客が参拝する寺院には見えないので、おそらく王家専用のプライベートな寺だったのだろう。昔のインドの諸侯、貴族や豪商の宮殿や館には、そうしたプライベートな寺というものはよくあった。そうした「寺」に専属の僧侶や司祭が常駐しているということも珍しくなかったようだ。

    カースト上は最上ということになっている「ブラーフマン」という僧侶・司祭階級の人たちだが、世俗の社会の中で支配者となるのは稀で、タークルその他、在地の支配階層、あるいは成功した商業カーストの人たち、つまりカースト上はブラーフマンよりも下で、社会を支配していた層の人たちの庇護のもとで日々の糧を得ていた人たちが多い。これはプライベートな寺に限った話ではない。

    そのマニ・マンディルだが、訪問時は残念なことに改修工事中で、中に入ることはできなかった。

    それでも、ここを通過する前に渡った川に架かる橋の手前にもヘリテージな感じの建物が垣間見えていた。せっかくバスを降りたのだから、とテクテク歩いて戻ってみると、さすが旧藩王国の王都だけあって、見事なゲートの先には王都時代の建築物が多く残る旧市街があるとともに、見ごたえのある王宮も見学することができた。

    インドのバス旅行では、こうした「寄り道する」楽しみがある。これもまた「一期一会」の風景との貴重な出会いである。もちろんバスの運行頻度が高い場所であって、午後遅い時間帯ではないという条件が必要だが。

    これは市内移動でも同様で、何か気になる建物や眺めがあったら、そこで降りて確かめてみるという楽しみがある。こちらは市内移動なのでフイにする料金は痛くも痒くもない。せっかく気になる眺めがあっても、日没近かったり、乗り継ぎがあったり、時間を遅らせることができない理由があることも少なくないだろう。

    そんなときでも、建物を画像で残しておくという意味ではなく、場所を記録しておくため、ガタガタ揺れる車内からスマホシャッターを切っておくと、位置情報を利用して後日容易にその場所を再訪することもできる。

    いい時代になったなあ、と思っていたら、新型コロナによるパンデミックのため、しばらくインドを訪問できずにいる。これほど、様々な技術が進んで、世の中が「無機物化」しているような気がしていたが、こうした病原ウイルスに対して人間界は極めて弱いのは昔々から変わらず、やはり私たちは自然界の中の一部なのだなぁ、と変に感心してしまうのであった。

    Manimandir, Morbi – the love symbol (Youtube)

  • もしかしたら朗報?効力停止されていたインドの発行済e-visa(tourist)も復活?

    2020年春に効力停止されたe-visa(tourist)が、いつの間にか再度有効になった?昨年10月あたりに、観光ヴィザ以外は再度有効化のアナウンスが出ていたと思うけど、ついに観光のも息を吹き返したのか?

    何しろ「(i) Currently valid e-Tourist Visa issued for five years, which was suspended since March 2020, shall stand restored to nationals of 156 eligible countries with immediate effect. Nationals of these 156 counties will also be eligible for issuance of fresh e-Tourist visa.」と書かれているのだ。しかし取り直したほうがいいような気もする。よくもわるくもインドであるし、「Nationals of these 156 counties will also be eligible for issuance of fresh e-Tourist visa.」ということなので、「新たに取得してもいいよ」というわけだ。

    以下はインドの入国管理局ウェブサイト内の「観光ヴィザ、観光E-VISAの効力回復」の記事からの引用。今年の3月に発表されたものとのこと。

    Restoration of Tourist/e-Tourist Visa for Foreign Tourist

    MHA O.M No.25055/24/2022-F.V/F.I Dated March 15, 2022

    In continuation of this Ministry’s O.M. of even number dated 21.10.2020 on the above mentioned subject and keeping in view the improvement in COVID-19 situation in India, the Government has considered the need for further relaxation of visa and travel restrictions.

    1. Accordingly, with immediate effect it has been decided that:

    (i) Currently valid e-Tourist Visa issued for five years, which was suspended since March 2020, shall stand restored to nationals of 156 eligible countries with immediate effect. Nationals of these 156 counties will also be eligible for issuance of fresh e-Tourist visa.

    (ii) Currently valid Regular (Paper) Tourist visa with validity of 5 Years, issued to foreign nationals of all countries, which remained suspended since March 2020, shall stand restored. Fresh Regular (Paper) Tourist visa up to 5 years validity may also be issued to the nationals of the eligible countries subject to the restrictions imposed from time to time.

    (iii) Currently valid old Long duration (10) Regular Tourist Visa which remained suspended since March, 2020 shall stand restored for the nationals of USA and Japan. Fresh Long duration (10) Tourist Visa can also be issued to the nationals of USA and Japan.

    1. The Foreign nationals of Tourist/ e-Tourist Visas may enter into India only through designated Sea Immigration Check Posts (ICPs) or Airports ICPs by flights, including those under the Vande Bharat Mission or ‘air bubble’ scheme or by any flights as allowed by the DGCA or Ministry of Civil Aviation. In no case the foreign nationals will be allowed to enter through Land border or riverine routes on Tourist Visa/e-Tourist Visa. Order for opening of Land ICPs and riverine routes will be communicated separately.
    2. These instructions will not be applicable to Afghanistan nationals who will continue to be governed by the separate instructions issued by this Ministry regarding grant of e-Emergency X-Misc. Visa. All other health/ COVID-19 related matters, extant guidelines of the Ministry of Health and Family Welfare shall be adhered to.

    以下は、インドのe-visaの申請サイト。

    Bureau of Immigration (e-visa application)

    観光用で有効期間30日間は25ドル、有効期間1年間だと40ドル、5年間になると80ドルということになっているが、日本旅券であれば期間にかかわらず一律で25ドルなので、5年間を申請するのがよいだろう。可能な入国回数はマルチプルで、1回の滞在は180日間を越えないことというのが条件になっている。

    e-visaの場合は陸路入国が認められないというハンデはあるものの、大使館で申請する従来型のヴィザよりも有効期間が長いこと、大使館に出向く必要がなく、往復の航空券の提示も求められないなど、メリットは多い。申請から発行まで、現在のところは大変スムースで、多くは翌日には発行されているのも魅力だ。

    そんなわけで、今すぐに行く予定はなくても、とりあえず取得しておいて、いつでも渡航できるようにしておくのもよいかもしれない。

  • ジョージアのタンドゥール

    ジョージアのタンドゥール

    ジョージアに滞在中の方のFB上で幾度もタンドゥールやそれで焼かれたパンの類の写真を見かけた。ググッてみると、やはりジョージアでは伝統的にこうした窯の利用が多いらしい。なんとなく欧州文化圏のような気がしていたが、同時に中央アジアとも接している地域でもある。文化圏を信仰面のみで区別することはナンセンスだということを感じる。

    生活文化に信仰が与える影響には、食のタブーであったり、祝祭等の内容やサイクルであったり、通過儀礼等々があったりするが、信仰を同じくする国々などへの心理的距離の近さ、それとは裏返しに信仰が異なる場合の距離感の遠さなどいろいろあるかもしれないが、それ以外の自然環境であったり、それぞれの信仰が浸透する前から地域で引き継がれている伝統であったり、信仰や人種を超えて地域で共有してきた文化や習慣といったものの深みは当然あるはず。

    タンドゥールが伝播した北限がどこなのかは知らないが、ジョージアのような「タンドゥール文化圏」の北周縁部の人たちが、その文化圏の南端とも言えるインドのパンジャーブ地方を訪れたならば、自分たちのものとは少し異なるけれども似たような用途で用いられるその土窯を見て、多少のエキゾ感はあっても、懐かしい思いにかられるのではないかと思う。その意味では正教徒である彼らが自国の食文化の延長線上にあるものをペーシャーワルであったり、オールドデリーであったりといったイスラーム教徒の料理屋の店先で目にすることになる。

    同時にタンドゥール文化圏外、例えばタミルナードゥ州の人たちがジョージアを訪問することがあったら、自分が暮らすバンガロールやマイソールなりの街で見かけるムグライやパンジャーブ料理店などで目にするタンドゥールと同じようなものがあり、ジョージアでもイスラーム文化圏起源であると思われるタイプのパンが焼かれているのを見て、母国インドが中央アジアを経て、このジョージアにまで食文化でゆるく繋がっている部分があることを感じ、主に米食の自分たちにとってアウェイ感のある北西インドのイスラーム系料理に対して、ますますの距離間を感じてしまうなどということもあるのかもしれない。

    人間が政治的な意図で引いた国境、民族や宗教を背景にする文化圏、急峻な山岳その他厳しい地形等条件などによる地理的な障害など、世界を区分するボーダーというものは重層的に存在しているが、その中にはこうした食文化の繋がりないしは断絶をベースにした食をベースにしたボーダーラインのようなものも存在する。もちろんその境界とは目に見えてきっぱりと区分されているわけではなく、ゆるく重なり合っていたり、融合しあっていたりするものだ。

    それだけではない。ときにはスペイン系の食文化が大きく飛んでラテンアメリカにも広がっていたり、中国起源の麺料理の影響がイタリアに飛んでいたり、その他の中華料理の手法なども東南アジアで華人移民たちを通じて伝播していたりなど、いきなり飛び地が存在していることもあるなど、食文化というものは文化、民族や地域を越えて縦横にクロスオーバーすることもある非常にダイナミックなものである。

    He Dives Into Ovens to Bake Bread (Youtube)

  • パハールガンジの「見どころ」

    パハールガンジの「見どころ」

    ニューデリー駅で降りて宿に寝に行くだけのパハールガンジ、とりあえず泊まるだけのパハールガンジとしておいてはちょっともったいない部分もあるアメ横みたいな雑踏。

    ムガル時代の城塞に囲まれたシャージャハナーバード時代は、このあたりが「郊外」であり、今のパハールガンジあたりは主に穀物を扱うマーケットとなっていたという。その頃のデリーは大した広がりはなく、すぐ外は農村だったため、ここに農民たちが持ち込んだ米穀だの豆類だのが取引され、それが牛車に載せられて城門の中へも運ばれていったのだろう。(城壁は1857の大反乱平定後、ほとんどが撤去され、城門は今も北デリー各地に「アジメーリーゲート」「カシミーリーゲート」等々多数残る。)

    そんな牧歌的だったはずのパハールガンジが大きく変容したのは20世紀に入ってから新都市地域、ルティヤンス・デリー、つまり計画都市として、カルカッタから首都移転させるために築かれた都市地域の建設がきっかりだったようだ。コンノートプレイスのすぐ北側に位置し、ムガル期からのデリー市街地と接続する地域に当たるため、当然活況を呈することになったようだ。

    当然、この地域で相当儲けた人たちもあったわけで、豪壮な住宅も実は点在している。

    同様にパハールガンジの商業としての発展の大きな背景としては、まさにそのデリー遷都の1931年に合わせてニューデリー駅の開業。これでインドの新首都の玄関口の街となり、さらには1947年の印パ分離独立により、パキスタンから流入した人たちが日々の糧を得るための稼ぎの場を提供する場ともなり、今のような人口稠密なエリアになることが運命づけられたらしい。おそらく、場所柄、オールドデリーの商業地同様に、ムスリムの有産階級の中から新生パキスタンに脱出する者も少なくなく、空きとなった屋敷をチンピラたちの仕切りで細分化し、店舗や住宅として貸し出したりもしたはずだ。

    そんな中でも、よくよく目を凝らしてみると、珠玉の逸品では?と思われるような物件を見つけることは珍しくない。この建物なども、駅からバハールガンジの奥の方向に向けて進んだ野菜マーケットすぐ手前あたりにあり、特に顧みられることもないのだが、なかなか立派なたたずまい。往時は相当立派なハヴェリー(お屋敷)だったことと思われる。

    個人の住宅だと、おいそれと「中見せてください」とは頼めないのだが、ここは幸いにして自治体が運営する小学校。(ナガルニガム・プラートミク・ヴィデャーライ」とあり、ちょうど学校が終わるあたりの時間帯で、勤めている先生に話をすれば見学くらいさせてくれるだろう。その日は帰国前日で翌日は休日で学校は閉まっている。また次に来るときにしよう・・・と思っているうちにコロナ禍で2年以上過ぎてしまった。

    「東洋のローマ」「遺跡と共存する大都会」デリーでは、数えきれないほど見どころが多いので、わざわざパハールガンジに残る古いお屋敷に構っている必要もないのかもしれないが、よく宿泊するエリア内で、朝食や夕食に出かけるその途中に何か風雅なものが転がっているのならば、そこを訪れてみない理由はない。また、こんな混雑していて、四六時中観光客が往来しているエリアであっても、そうしたものとまったく縁のない人たちにとっては、初めて直接接点を持つ外国人だったりすることも珍しくなく、いろいろ興味深い話を聞かせてくれたりすることもある。こうしたところで新しい会話の糸口を持つことも、インドを旅行する楽しみのひとつであったりする。

  • 長大なプラットフォーム、遠大な貨物列車

    京都駅の0番線は、「日本一長いプラットフォーム」として知られる。全長なんと558mもあるのだ。もっとも実際に0番線として使用されている部分は323mで、実質同じ構造物上の延長線上は、関空直行の特急はるか専用ホームとなっている。これらを合わせて558mという途方もない長さとなっているとのこと。

    インド国鉄は、というと、これまでしばらくの間、インドナンバルワン、つまり世界でも最長のホームを誇っていたのは、ゴーラクプル駅の1,366mという途方もないものであった。これに次いでカラグプルが1,072mでインド2位で世界でも2位、世界3位はアメリカのシカゴ駅1,067mだそうだ。そしてインド3位以降はビラースプルの802m、ジャーンスイーの770m、ソーネープルの738mという具合になる。なお、この記録はすでに昨年半ばに塗り替えられており、現在は最も長いプラットフォームを持つのはフブリー・ジャンクション駅で、1505mという、端から端まで見渡すことのできない長さのものだ。

    インドの特急、急行などの長い旅客列車は25編成となり、一両はおよそ24mの長さ。つまり合計で600mくらいにはなるため、インドの特急や急行が停車するホームは総じて長く、初めて訪印する人はたいてい驚くはず。それでも1kmを越える長さは、必要ないように思えるかもしれないが、インドは貨物列車大国でもある。積荷に上げ下ろしや積み替えのハブとなる鉄道駅では、長大な貨物列車が停車するため。

    貨物輸送といえば、昨年のデルタ株が猛威を奮った際、インドのニュース番組でその雄姿が繰り返し伝えられていた。重篤な肺炎を起こすケースが全国で多発し、これに対応して中央政府が全力で治療用酸素ボンベの調達に奔走したときのことだ。国内のメーカーによる努力はもちろんのこと、シンガポール、マレーシア、UAEにサウジアラビアなど、インドの近隣国も協力し、不足しているボンベ供給へ拍車がかかった。これらを専用貨物車に載せて、インド東西南北へと疾走する様子が繰り返し画面に流れていたのは壮観であるとともに、インドの人々はとても頼もしく感じたことだろう。

    さて、そのインドの長い客車よりもさらに長い長い貨物列車だが、本当に長いものになると、2.8kmにもなるし、最近は3.5kmに及ぶものさえある。踏み切り待ちしていて、いつまで経っても開かないので、「いったい何両繋いでいるのか?」とイライラしたりもするかもしれないが、そんなときは先頭の車両から数えてみるといい。けっこうな暇つぶしにもなるものだ。最後の車両までカウントし終えて、その数の多さに仰天することだろう。

    Hubballi’s world’s longest railway platform waits for PM’s date for inauguration (DECCAN HERALD)

  • カナダの客家印度中華料理屋

    カナダを訪問する機会があったらぜひ訪問してみたいと思うのが、カルカッタから移住した華人が経営する中華料理屋。

    カルカッタからカナダへの移住はルートが出来上がっているためたいへん多く、「華人流出」の主な行き先はカナダなのだ。その中でもトロントとその周辺が主流。ちょうどカルカッタ華人(客家人と広東人でほぼすべて)の先祖の大半が今の広東省の梅県が出自であるように、地縁血縁を頼って移住するケースが多いためらしい。

    そんなわけで、カナダ、とりわけトロント(やその周辺)に行くと、カルカッタの旧中華街や郊外のテーングラー地区で食べられるような「客家印度中華料理」や「広東印度中華料理」といったものにありつくことが出来るという。

    揚げ物や点心類を除けば、おかずものはグレイビーを含むアイテムが多い(カレー類のようにご飯にかけて食べるため)とか、インドアイテムもレパートリーに含まれるなどといった特徴がある。

    とはいえ、一般的なカナダ人は客家料理、広東料理の区別はつかない(日本人ですらよくわからない)だろうし、ましてやカナダ移住前に香港にいようが、インドにいようが、まったく関心はないはずなので、そうした背景は「知る人ぞ知る」違いでしかないのかもしれない。

    それでもこうしたインドからの華人移民たちは、親族や同郷の仲間たちと集まると、インドの映画音楽をかけて踊ったり、祝い事の際にはミターイーを配ったりという具合と聞くので、何か接触できる機会があると勉強になりそうだ。

    トロント近郊のヴォーン市にある「Royal Jade Restaurant」は、そうしたカルカッタ起源の華人たちが営むレストランのひとつ。今も親族が経営する店がカルカッタにあるという。どちらもぜひ味わってみたいものだ。

  • インド入国最新情報 (2022年2月)

    オミクロン株騒動もある程度落ち着き、世界の往来は少しずつ、それでも着実に復活しつつある。日本の鎖国状態もわずかながら緩和されるとともに、今後感染力がさらに強い変異株が出てこない限り、牛歩のようなペースでありながらも、次第に元あった姿に、本来あるべき形に戻りつつあるのだろう。

    そんな中で、ティラキタさんが公開された現時点でのインド入国についての準備と注意点のまとめ。こういう具合に簡潔にわかりやすくまとめていただけると大変ありがたい。もっとも状況はどんどん変化していくものなので、「だいたいこういう具合か」と把握したうえで、実際に渡航される際には再度自分自身での確認が必要になるとは思う。

    もう3年目に入ってしまった新型コロナウイルス感染症に係るさまざまな問題に加えて、ロシアによるウクライナへの侵攻という、これまで長く培われてきた国際秩序が音を立てて崩壊していくような危機を迎えて、私たちの世界は今後、どのような変化と展開を見せていくのかとはなはだ不安にならずにはいられない。

    パンデミックの終焉と国際平和というふたつの事柄は、目下、世界中の誰もが切に願っていることであろう。

    コロナ禍中のインドへ インド入国についての必要な準備と注意点  TODO リスト付き【2022年2月版】(ティラキタ駱駝通信)

  • イスラーム化前のスィンド地域

    パーキスターンの英字紙DAWNのウェブ版に興味深い記事を見つけた。

    紀元7世紀から8世紀初頭にかけての同地域における仏教徒王朝内での宮中クーデターによるバラモンの大臣による全権掌握、そして西方からのイスラーム勢力の侵入による王朝の終焉までを簡潔にまとめたものである。

    HISTORY: SINDH BEFORE THE ARABS ARRIVED (DAWN)

    美しい王妃と夫である王の重臣との禁断の愛と彼らが示しあっての権力簒奪という映画さながらの展開。王となった父の跡を継いだ息子のモラルの反する行動による民心の離反、この頃勢力を伸長させていたイスラーム勢力による王国の陥落・・・。

    今となっては、その痕跡を見つけることすら容易ではないこの土地だが、かつては玄奘三蔵も訪問しており、無数の仏塔が建ち並ぶ国土であったという。

    アラビア地域に発したイスラーム教は、この時期まさに「イスラームの衝撃」とも言うべき、短期間で一気に不可逆的なブレイクアウトを起こした未曾有のムーヴメントであった。当時のスィンド州の人々は、まさにその現場を直に目撃し、体験していたわけである。

  • Chromebook

    Chromebook

    これまで愛用していたタブレットが、とても鈍くなり、突然アプリが落ちたり、画面はフリーズしていないのに、操作ができなくなったり、指紋認証あるいはPINでの画面ロック解除ができなくなったりと、ダメになってきた。そろそろ後継機必要と、いろいろ検討。

    当初は似たようなタブレットを購入するつりだったが、タブレットの近くの売り場では、画面の見た目はAndroidとほぼ同じASUS製の10.5インチのChromebook (CM300DV)が展示されていた。

    タブレットとPCの中間みたいな位置づけとのこと。アプリはGoogleストア、あるいはChromebookストアからアプリを入れる。感覚はAndroidのタブレットと変わらない。縦置きしても画面を反転できないモデルもあるので、購入時にこのあたりは要確認である。Android端末で利用できても、Chomebook端末では使えないアプリも一部あるようだが、そのあたりは目をつぶることにする。

    それ以外に異なるのは、最初から当然の装備としてキーボードが付いていること。Androidのタブレットもそうした装備の用意がある機種もあるが、それらに出来の良くない日本語IMEを入れて使うのと異なり、Chromebookでは、普段使っているPCと同じ感じで使えるのが良い。オフィスソフトの代わりにGoogleのドキュメントを使えばいいし、タブレット兼簡易版PCという具合か。キーボードは外して持ち歩いてもいいし、付けたままでも薄いので邪魔というほどでもない。

    旅行に持参する端末としても、なかなか良いように思う。

    見た目はマイクロソフトの「Surface」みたいだ。
    背後からはこんな具合
    縦置ではこのような感じ
    折りたたむとこのようになる
  • 「中国料理の世界史」という本

    「中国料理の世界史」という本

    こちらは面白い中国料理史本。シンガポール、マレーシアなどの「海南鶏飯」は、海南島出身の移民者が創始者と推定されるものの、中国の海南島には似たものはあるものの、ここで「海南鶏飯」と称されているのと同じものはないのだそうだ。

    また、マレー華人の朝の街角の国民食みたいになっている「肉骨茶(バクッテー)」は、どうやら1930年代に始まったらしいのだとか。伝統とは後に創作されるものであり、「名物」もまた後付けで由来が云々されていくことがよくわかる。

    世界の他の地域の華人料理についての記述はもちろん、本場中国での各地の料理が互いに共振しあって相互に影響を与えて形作られていく過程について描かれているのも興味深かった。やはりそこにはまとまった数での移住など、人的要因が大きく作用しているようだ。

    600ページ近いボリュームを持つ本書は、大変興味深く、世界に分布した中国料理や現地化したアイテムなどを考えるにあたり、とても示唆に富むものであるが、インドの中国料理に係る記述がわずか5ページしかないことだけは残念である。

    書名:中国料理の世界史

    著者:岩間一宏

    出版社:慶應義塾大学出版会

    ISBN-10 ‏ : ‎ 4766427645

    ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4766427646

  • エアインディア 国営航空会社からターター財閥系航空会社へ移行

    エアインディア 国営航空会社からターター財閥系航空会社へ移行

    ついにエアインディアは、国営航空会社としての歴史に幕を閉じ、起業時のターター・グループに戻り、民営航空会社エアインディアへ移行した。

    元々のエアインディア、つまり国際線を主体に操業していたときには、近年ほど深刻な経営状況ではなかったものの、2007年におけるインディアンエアラインスとの合併が大きな苦境を招いた。旧ソヴィエト連邦時代のエアロフロートのごとく、政治理由により存在する不採算路線がとても多かったこと、政治主導の経営であったこともあり、なかなか自助努力いうものは容易ではなかったことと思われる。

    リンク先記事には、今後の機内食その他のアメニティ、接客姿勢等について触れられているが、そのあたりは民営化による変化の本質ではない。今後、広大な路線の整理・統合、アライアンス内での他キャリアとの後半な協力関係の構築、事業所・施設や人員の整理、新たな労使関係の構築等々、さまざまな事柄が粛々と行われていくはずなので、数年のうちにエアインディアはまったく別の評価か与えられるキャリアに変貌することだろう。

    また、ターター・グループがシンガポール航空と合弁で運営しているヴィスターラー航空との関係はどのように位置づけられるのか、このあたりにも注目していきたい。

    Air India handover: See list of in-flight changes as ‘Maharaja’ gets makeover (INDIA TODAY)

     

  • 野犬さえいなければ

    野犬集団さえいなければ、インド・パキスタンの小路の散歩は楽しいのだが。

    この動画にはたまたま映り込んでいないが、かしこに「犬相のわるい」奴らがたむろしてるんはず。日中はまだいいのだが、日没後はかなり厄介。

    最近はカメラを持たずに「Huaweiライカ(笑)」で済ませているため、本当は要らないにもかかわらず、万一の犬対策としてコンパクトな一脚は持ち歩いている。

    こちらが棒状のものを手にしていると、「ソーシャルディスタンス」を取ったり、「見て見ぬフリ」をするのだから、野犬は実に卑劣な生き物だ。それでもたまに吠えかかってくるのはいるけど。私が犬嫌いなのも察知しいてるわけで。どうにも苦手なのは野犬である。

    Gali Surjan Singh in walled city of Lahore, January 2022 (facebook)