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カテゴリー: sports

  • メダルに届かず ビワーニーが送り込んだHitman

    昨夕、ZEE NEWSを見ていたら、北京オリンピックにボクシングのインド代表として参加しているバンタム級のアキル・クマールの試合の話題で持ちきりだった。画面では今月15日に行なわれた昨年のアマチュアボクシング同級世界チャンピオンのセルゲイ・ヴォダポヤノフを破った試合の映像が繰り返し流れ、ハリヤナー州ロータクに暮らすアキル選手の家族や知人たちの様子なども伝えられていた。
    私にとって、観るスポーツとして最も好きなものがボクシングであるため、この選手についてはオリンピックが始まる前からとても気になっていた。ニュース番組がそのままアキル選手の試合の生中継となるようで、拳闘ファンとしてはまさに渡りに船といった具合である。
    北京オリンピックに参加したボクサー5人のうち、最もメダルに近いと言われているのがこのアキル・クマール選手だ。準決勝に進出を決めた選手は、彼に加えてジテンダル、ヴィジェンダルの3名で、どれもクマール姓であることから、メディアでは『クマール・トリオ』と呼んだりしているようだ。
    アキル選手は、U.P.のファイザーバードの生まれ、その他2名はハリヤナー州のビワーニーの出身である。しかしこの3名ともビワーニーでボクシングのトレーニングを受けてきた。このビワーニーとは、『ボクシングがクリケットよりも人気』と言われる、インドのボクシング界の聖地だそうだ。
    アキル選手については『とても優れた選手』ということ以外に何の知識もなかった私だが、先述の昨年のアマチュア世界王者を破った試合の模様が繰り返し流れるのを見て、『確かにメダルに近い選手らしい・・・」と感じた。
    軽いフットワークでアウトボクシングをする選手かと思えば、果敢に打ち合いにも出る。上下左右に打ち分ける多彩な攻撃で手数も多く、またディフェンスもしっかりとした選手のようだ。
    それに『見た目』が素晴らしくいい。左のガードを腰のあたりまで下げ、獲物の様子をうかがうコブラのような動きの中で鋭いフリッカー・ジャブを繰り出す。敵が飛び込んでくるとマシンガンのような連打で圧倒。80年代から90年代にかけて、プロボクシング界のウェルター級からクルーザー級まで、中・重量級で活躍した『The Hitman』のニックネームで人気を集めたアメリカのデトロイト出身の黒人ボクサー、トーマス・ハーンズを彷彿させるカッコ良さだ。
    さて試合開始の時間を迎え、対戦するふたりの選手たちが入場してきた。アキル・クマール選手側のセコンドにはターバンを巻いたスィク教徒トレーナーの姿があり、これまで見慣れたリング風景と違うインドらしさが醸し出されている。
    さて肝心の本日の試合のほうはと言えば、モルドバのウェセスラヴ・ゴージャン相手に、初回ラウンド以外はほとんどいいところを見せないままに時間ばかり過ぎていく。前の試合はいったい何だったのか?と思うようなまったく拍子抜けの試合で、特にコメントする気にはなれない。
    ポイントでかなりリードされていたアキル選手だが、相手に『さあ、かかってこい』と言わんばかりに大きく両腕を下げての挑発行為を繰り返す。接近戦での打ち合いの中での一発逆転を狙っていたのかもしれないが、ゴージャン選手はそれを相手にもせずに、離れては接近し、打っては離れと着実にヒットを重ねて勝利へ一歩一歩近づいていく。テレビの前にジッとかじりついていたわりには消化不良のまま終わってしまった。
    周囲の期待があまりに大きかっただけに、アキル選手にかかる重圧も大きかったのだろう。トリオのうちの1名は北京のリングを去ってしまったが、残るライト・フライ級のジテンダル選手、ミドル級のヴィジェンダル選手の2名にはぜひともメダルを目指して頑張って欲しい。
    試合そのものとは関係ないが、ボクシングの聖地ビワーニーの存在が非常に気になる。機会があれば、ぜひ訪問してジムの様子を見学したり、将来の五輪選手を目指す若い選手たちなどの話を聞いたりしてみたいものだと思っている。
    Boxer Akhil Kumar crashes out in quarters (The Times of India)

  • エベレストはシーズン真っ只中

    北京オリンピックの聖火リレーの関係でしばらく中断していたエベレスト登山だが、先週から今週にかけて記録ラッシュが続いているようだ。
    5月22日には、なんと86名もの登山者が頂上に立った。一日の最大登頂者新記録とのことである。またその日に、ネパールを代表する登山家かつ山岳ガイドであるとともに、世界最高のクライマーに数えられているアッパー・シェルパ氏が自己の世界記録17回を更新する18回目の登頂を無酸素で成功している。
    つづいて5月25日には、77歳の誕生日を目前に控えたミン・バハードゥル・シェールチャン氏が登頂者最高齢記録を樹立。2003年に70歳でエベレスト山頂に立ち、当時の登頂最高齢世界記録を樹立した(その後2007年に柳沢勝輔氏がこの記録を71歳で更新) 三浦雄一郎氏がほぼ同じタイミングで頂上を狙っていたものの、一日遅れで本日5月26日に登頂。残念ながら最高齢記録を手にすることはできなかったが、シェールチャン氏に続く堂々2位である。
    プロスキーヤーそして登山家として知られてきた三浦雄一郎氏は、私立学校の校長先生でもあり、生徒たちへの教育的効果もさぞ高いのではないかと思われる。やはり教師や親たち自身が熱いハートを抱いていなければ、どうしてその生徒や子供たちが将来への夢を描けるだろうか。
    それにしても、なんだか今年のエベレストは当たり年らしい。今シーズン一杯ヒマラヤから聞こえてくるニュースに耳を傾けていたいと思う。
    Nepali grandpa becomes oldest person to scale Mt Everest (Nepalnews.com)
    三浦さんエベレスト登頂「涙が出るほど辛くてうれしい」 (asahi.com)

  • ドイツの守護神 最後の花道はソルトレーク・スタジアムにて

    5月27日は、カルカッタのサッカーファンにとって、忘れられない日となりそうだ。この日、地元のクラブチームであるモーハン・バーガーンACとの対戦が予定されているのは、なんとドイツの巨頭バイエルン・ミュンヘンだ。しかもこれがオリヴァー・カーンの引退試合となるのだというから大変だ。
    ドイツ代表歴は長く、1994年、1998年、2002年、2006年と、ワールドカップに4回出場している。世界に名だたるサッカー大国のひとつで、優秀な選手層も厚いドイツだけに、正キーパーとして参加したのは2002年大会のみだが、1994年から所属するドイツの名門中の名門チーム、バイエルン・ミュンヘンにて、4年連続の欧州最優秀ゴールキーパーへの選出、UEFAチャンピオンズリーグ優勝等々の輝かしいキャリアを持ち、ドイツの国民的英雄とはいかないまでも、世界で最も卓越した現役ゴールキーパーのひとりと認識されてきた選手だ。
    この試合ついて、手続き上の問題から全インドフットボール連盟(AIFF)からクレームが付いており、開催の可否について微妙な影が投げかけられていたようだが、インドのサッカーの首都ともいえるカルカッタで、ぜひともこの試合を実現して欲しい。老いも若きも、この街のサッカー狂の人たちは心を熱く燃やしていることだろう。
    モーハン・バーガーンとバイエルン・ミュンヘン、両者のチーム力とクラブとしての財力は比べるべくもない。それでも創立1900年の後者に対し、前者は1889年と11年も古く、まさにアジアのサッカーの歴史を代表する最古参格のチームだ。しかもこのチームには、映画『ラガーン』を地で行くような伝説を持つ。1911年に、裸足のベンガル人チームが皮のシューズなど優れた装備を持つ英国人チームを破ったという『史実』は、後にインドの記念切手にまでなっている。
    インド大好きのサッカー狂ならば、この試合を見るためだけにカルカッタへ飛んでも決して後悔などしないのではないだろうか。たとえインド国外、日本を含めて海を隔てた外国からであったとしても。この試合について、インド以外のメディアでは特に取り上げられていないし、インド国内でもご一部サッカー熱の高い地域とこれまたインドではマイナーなサッカー狂の人たちを除けば、ほとんど関心を持っていないとはいえ、後世に語り継がれる、インドサッカー史に残る重要な試合となるように思われてならない。
    もちろん勝負云々についてではなく、こういう試合がカルカッタで開催されるということが重要なのだ。このチケットを手にしてスタジアムに乗り込むカルカッタのサッカーファンたちは、なんと幸せなことか!
    Chance for Calcutta to bid Oliver Kahn farewell
    – Bayern Munich to play Mohun Bagan on May 27
    (The Telegraph)

  • 参加することに『異議』がある?

    北京オリンピック
    今年8月8日から同24日にかけて開催される北京オリンピックの聖火リレーが、各地でさまざまな抗議活動やトラブルに見舞われている。本日4月9日にはアメリカのサンフランシスコに上陸、続いてタンザニア、オマーン、パーキスターンときて、4月17日にはインドのニューデリーを聖火が走る予定だ。国内に膨大なチベット難民人口を抱えるインドにあって、近年改善しているとはいえまだ根強い中国への不信感もあり、このたびの聖火リレーの賛否についていろいろ意見の分かれるところではないだろうか。デリーでの走者のひとりであったサッカー代表選手バイチュン・ブーティヤーはこの役目の辞退をすでに表明している。
    オリンピックは、いうまでもなく国際オリンピック委員会に加盟する国々のうち、開催地として挙手したもののなかから選ばれたホスト国で開かれる、いわば持ち回り開催であり、中国独自のスポーツ大会というわけではない。また国際オリンピック委員会という組織自体が公的機関ではなく、国際的なネットワークを持つ民間組織である。各国の『民』が力を合わせて開催する祭典であることからも、様々な雑音が聞こえてきたとしても、大会そのものに政治の影を投げかけることなく、立場の違いを超えて各国が協調・協力したり、一般市民もまた五輪開催の趣旨を理解したうえで、そうした風潮に流されないというのが本来あるべき姿だと思う。
    しかしながらオリンピックが、それを開催したり選手団を送り出す国家により、しばしば国威発揚の道具として利用されることは事実であるし、そうした政府に対する圧力をかけたり、自らの主張を外の世界にアピールしようと意図を持つ団体やグループにとっては、またとない機会であることも間違いない。
    4月17日のデリーの聖火リレー自体は、厳重な警備のために一見問題なく行なうことができたように見えるのかもしれないが、その前後の時期を含めてデリー周辺その他チベット系の人々が多く住む街などでもさまざまな抗議活動が展開されるのかもしれない。五輪に政治を持ち込むのはどうか?という疑問は残るものの、ここ半世紀ほどの長きにわたりチベットが置かれている状況を思えば、今回の五輪に『参加することに異議がある!』といわんばかりの激しい抗議活動について、個人的に共感できる部分も少なくない。
    インドの後、タイ、マレーシア、インドネシア、オーストラリアと続いた後に、4月26日には日本の長野で聖火リレーが行なわれる。先述のとおり、個人的には五輪の政治化は同意しかねるのだが、やはりチベットをめぐる諸問題に思いをめぐらせれば、もし『長野ではこれといった騒ぎもなく、極めてスムースに聖火が通過しました』と、日本の市民が何ら特別な意思表示もしないまま終わってしまってはいけないような気もするのが正直なところだ。
    私自身は今年オリンピックが開かれること、各国の様々な選手の活躍を目にすることを楽しみにしている。だがその開催地が北京であるがゆえに、いろいろと胸に浮かぶことは多く、その意味では他の多くの人々と感情を共有している部分があるのではないかと思う。世界中各地で発した人々の訴え、いやそれ以上にこれまでずっと困難な立場に置かれてきたチベットの人々の主張について、中国当局がしかるべき配慮や対応をすることを切に願うところである。

  • 有名は大変なり

    バンガロール・オープンを欠場することを決めたサーニャ・ミルザー。テニス界のスターダムに駆け上がり、世界の檜舞台で華々しく戦う彼女に、インド国内ではテニスとは関係のない様々なトラブルがついてまわる。プレーの際のごくあたりまえのテニスウェアについて一部宗教界からクレームがついたり、モスクでの無許可のCM撮影であったりといった、彼女自身の責任ではない事柄で面倒が起きるのは本人にとって心外だろう。
    先に開かれたオーストラリアン・オープンへの出場前に撮影された写真が議論を呼ぶことになった。『国家名誉棄損防止法』に反するというもので、下手すると実刑(3年)および罰金に相当する本格的な『罪』に問われることになってしまう。
    もともとAFPから配信された写真だが、こちらの記事にもその写真が使用されている。国旗と彼女自身の位置関係が実際どうであったのかよくわからないが、構図的に面白くてナイスなショットだと個人的には思う。言うまでもなくカメラマンが意図して狙ったものであるはず。
    撮影された本人は、結果的に国旗に足を向けるポーズになってしまったのは『故意ではない』ことを明らかにしており、こういう画像が出てしまったのは運が悪かったとしか言いようがないが、とにかく有名人だけに勝手に撮られる写真についても、場合によっては本人が釈明の責を負わなくてはならないのはお気の毒。
    スポーツ選手に限ったことではないが、とかく世間で広く顔を知られている人というのは、世間の勝手な風評やら批判やらにもお付き合いしなくてはならないのは大変だなあ、と凡庸な我が身を心地よく思う一小市民の私である。
    Sania Mirza boycotts Bangalore (Hindustan Times)

  • I Leagueに注目!

    サッカーの母国イングランドのプレミア・リーグに在籍するインド人移民の子、マイケル・チョープラー選手(母親はイギリス人)の活躍が伝えられるこのごろだが、チョープラー選手の父親の祖国インドのサッカー界も今、大きな変革の時期を迎えている。インド代表チームのワールドカップ予選の試合が10月8日と同28日に予定されていることを考慮し、今年9月末に開幕する予定であったものを11月23日に延期されることになったI League、インドで本格的なサッカーリーグがスタートする。
    敢えて無礼を承知で言えば、もともとのスタート点が低いため、リーグの興行成績、代表チームの戦績、ファン層および草の根サッカー人口の拡大、どれをとってもここ数年のうちに順調な成長ぶりをアピールするのはそう難しいことではないだろう。主に都市部で人々の所得が上がるにつれて、個々の興味関心や趣味の領域も広がることだろうから、もともとサッカー人気の高い西ベンガル、カルナータカ、ゴア、ケララなどを中心とする地域で盛り上がりを見せるだろうし、その効果はやがて他の大都市圏や各州へと波及していくのではないだろうか。
    もとより『サッカー不毛の地』北米を除く多くの国々で常に最も注目を集めている競技がサッカーだ。テレビ視聴者数からいえばサッカーのワールドカップこそが世界最大のスポーツの祭典。国威発揚の具としての位置づけからかつてのソ連、東欧や今の中国のような国が華々しい成績を修めるのを除けば、おおかた競技人口が先進国に偏ったスノッブな競技が競われるオリンピックと違い、多くの国々の庶民たちは幼いころから大好きで、実際にプレーしながら長く親しんできたためその楽しさや難しさがわかり、フィールドに立つ選手たちに負けないくらい感情移入できるスポーツがサッカーだ。

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  • 天空の斜面でヴァージン・スノー

    ヘリ・スキー
     インドのスキー場といえば、カシミールのグルマルグ、ウッタラーンチャルのアウリー、ヒマーチャル・プラデーシュのナールカンダーなどが頭に浮かぶ。国土の北側に『世界の屋根』ヒマラヤを擁するだけに、もっとスキー場があってもいいような気がしないでもない。
     だが単に山に雪が積もっているだけではなく、ゲレンデに適した地形でないといけないし、スキー場の開発や維持には相当の資金が必要だ。もちろん地域への交通や宿泊施設等のインフラの問題もある。肝心のスキー人口はその国の経済力を反映するものだ。いくら好調に発展を続けているとはいえ、もともとのスタート地点が低かったがゆえに華々しい成長率を記録していること、膨大な人口を抱えているがゆえに将来性を評価されているのであり、一般市民の生活はまだまだとても慎ましいのが現状である。
     それでも将来、インドで交通、通信その他のインフラが遠隔地でも整備され、市民生活のレベルが大幅に向上して名実ともに『消費大国』となったころには、カシミール、ウッタラーンチャル、ヒマーチャル・プラデーシュの三州を中心とする各地にスキー場ができて、賑わう様子を見るようになるのかもしれない。まだまだずいぶん遠い将来であろうが。

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  • アジア大会 インド勢はこの人に注目!

    チェス
     英語で『Fruit』といえば、カシューナッツやピスタチオも含まれてしまうことになるようだ。決して甘くはないうえに水分も少なくてカリカリしたナッツ類は穀類という気がするためかなり違和感がある。日本語になっている『フルーツ』とはややズレがあるようだ。
     そして『Sport』の意味するところについても同様のことがいえる。ビリヤードは首をかしげつつも、やはり肉体的なスキルによる競技なのでまあ許せるとしても、チェスも『Sport』の中に含まれることを思えは、このコトバを『運動』と訳すのは正確さに欠けるのかもしれない。チェスがSportならば当然将棋や囲碁も同じようにくくられなければおかしい。すると羽生善治氏、趙治勲氏らも『スポーツ選手』ということになるのがどうもしっくりこない。
     広く知られているとおりチェスはインドのチャトゥランガが起源であるとされるが、これはチェスという名称自体の語源でもある。現代のインドにおいても元FIDE世界チャンピオン(2000-2002)で、現在FIDE世界ランキング第2位(2006年10月)のヴィシュワナータン・アーナンドのように、まさにこの時代を代表する競技者もある。また2001年に15歳3か月というインド人として最も若くしてグランドマスターに認定されたペンタラ・ハリクリシュナのように未来が嘱望される人材とともに、今年は彼の記録を2歳近く縮めて13歳4か月でグランドマスターとなったパリマルジャン・ネギ少年、また女の子でも15歳4か月でこれを得たコネル・ハンピーと、チェス界の明日を背負う若くて優れた人材には事欠かない。
     12月1日からカタールのドーハで開催される第15回アジア大会(実は11月18日から一部の競技が開始されているのだが・・・)でもチェスは競技種目に入っている。この大会でインド代表のエースとして活躍が期待されているのがクリシュナン・サスィキランである。ベテランのヴィシュワナータン・アーナンド、期待の新星ペンタラ・ハリクリシュナとともに目下インドのチェス界三大巨頭のひとりとされる強豪だ。
     カバッディーや射撃などとともにインドにとってメダルが予想される重要な競技であるためぜひ注目していきたい。

  • ブラジル化?を目論むイースト・ベンガル

    east bengal
     カルカッタを本拠地とするイースト・ベンガルは、言わずと知れた名門サッカークラブ。代表チームでエースストライカーのブーテイヤー(現在は同チームのライバルであり同じくカルカッタをホームとするモーハン・バーガーンに所属)もプレーしていた同クラブは1920年にスタートという長い歴史を持つ。まさにインドの地においてサッカーという競技の歴史とともに歩んできたのである。
     創立年のみ較べてみれば、FIFAランキング第一位でワールドカップ優勝最多(5回)を誇るブラジルの有名クラブの数々と肩を並べている。例えばコリンチャンスは1910年、パルメイラスは1914年、サンパウロFCは1935年だ。
     ブラジルのサッカーの歴史は19世紀末に遡ることができる。しかし当初は社会上層部の欧州系移民の競技であった。20世紀に入ってから1920年代あたりまでに大衆化が進んだ。そして1933年にプロチームが発足したものの、20世紀前半まではブラジルのサッカーはほぼ白人が独占するスポーツであった。
     現在同国が大勢の混血や黒人の選手たちを擁して、高い個人技とそれをベースにした即興的かつトリッキーなプレー、豊かなイマジネーション溢れるパスワークなどを通じて人々を魅了するようになったのは1950年代も後半から1970年代にかけて遂げた大変身の結果である。ペレやガリンシャなどに代表される非白人の名手たちが表舞台に次々に登場して『サッカー王国』の地位を築いた。その後のさらなる飛躍ぶりは私たちが目の当たりにしてきたとおりである。
     イースト・ベンガルに今期から就任したペレイラ監督は、母国ブラジル以外でもこれまでサウジアラビア、カタール、シンガポールなどでも指揮を取るなど国際経験も豊か。氏のスタイルは徹底した『ブラジル化』が特徴であるという。それはプレースタイルであり練習手法でもあり、あらゆる面からサッカー王国のエッセンスをインドに注入したいと考えているようだ。
     話は日本サッカーに戻る。ジーコがJリーグ草創期に鹿島アントラーズを日本のトップレベルにまで引き上げて黄金時代を築いたことを思い起こさせるものがある。1993年の開幕戦では当時40歳だった彼は名古屋グランパスエイトを相手にハットトリックを決めてチームを勝利に導いた。試合後に相手チームの選手が『憧れのジーコ』にサインを求めたという逸話もあった。当初は選手と指揮官を兼任する形でフィールドにも出ていたが、『サッカーの神様』としてのネームバリューはもちろんのこと、まだよちよち歩きだった日本のプロサッカー界に彼がブラジルから持ち込んだものは大きかった。後に代表チーム監督に就任してからの評判は芳しくなかったことは残念であったが、彼が日本サッカー界に伝えたそれは技術、戦術でもあり、スピリットやサッカーに対する思想でもあった。
     Jリーグ発足後の日本におけるサッカーの『大衆化』の勢いは相当なもので、それ以前は『観るスポーツ』としてはラグビーやアメフトの人気にさえ及ばなかった競技が、プロリーグ発足数年後にはプロ野球をしのぐほどの観客を動員するようにさえなる。これは子供たちのスポーツとしてのサッカーの競技人口の急速な拡大につながり、それまで花形だった少年野球を志す子供たちの数が突如減少したことから、『チーム存続の危機』という悲鳴が聞こえてきたのはそれから間もなくのことである。
     かつてのブラジルと違い、日本のサッカーは特定のエスニック・コミュニティや特別な階層の人々による占有物ではなかったとはいえ、決して数のうえでは多いとはいえない愛好家たちによるどちらかといえばマイナーな競技であった。サッカーの底辺の拡大つまり『大衆化』は、日本のプロサッカーのレベル向上、ひいてはこれまで3回を数えるワールドカップ出場に貢献したひとつの大きな要素である。
     サッカーというスポーツに憧れてその道を目指す少年たちが増えてくれば、世界第二位の人口を擁する大国がFIFAランキング130位台という不名誉な地位に甘んじることはないはずだ。つまるところインドのサッカーが世界の底辺から抜け出すために最も必要なものは、国内におけるこの競技の『大衆化』にほかならないだろう。かつてはブラジルで、近年では日本でもまさにこれが飛躍へのカギであった。
     ペレイラ監督がイースト・ベンガルに持ち込もうとしている『ブラジル』とは単にプレースタイルや練習手法を模倣するということではないだろう。サッカーという競技においてユニバーサルに通用するセオリーや技術などを、ブラジル式の手法で噛み砕いたものをインドに注ぎ込もうとしているはずだ。
     インドのトップチームの更なる強化というスペクタクルな効果が他チームを含めたリーグ全体のレベルを引き上げ、サッカーが子供たちにとって本当に『カッコいいもの』になり、ピッチ上の選手たちが『憧れのプレーヤー』として圧倒的な存在感を示すようになったとき、インドでサッカーの『大衆化』がジワリと始まるのだろう。インドの歴史的なクラブチーム、イースト・ベンガルの新たな試みに今後注目していきたい。

  • サッカー インド大善戦!

     10月11日、バンガロールのスタジアムで君が代に続いてジャナ・ガナ・マナの演奏がなされた後、インド時間午後5時40分、日本時間にして夜9時10分にAFCアジアカップ予選A組インド対日本の試合がキックオフされた。
     すでに本大会行きが決まっている日本にとっては消化試合に過ぎず、今回の大会ではすでに後に続くものがないインドにとってもこの試合で具体的に得られるものは特にない。それでもインドにとっては世界レベルのチームとの対戦は決して多くない貴重な機会である。特に若手の選手にとっては自らの実力を自国のサッカー協会や所属クラブにアピールする絶好のチャンスだ。開催地がバンガロールということもあり、自国ファンの目の前でインドがどこまで頑張ることができるのか大いに期待されるゲームだ。
    ・・・とはいうものの、スタンドには空席が目立つ。サッカー熱の高いカルナータカで戦う自国代表の試合がこんなものであるのはちょっと寂しい。
     前半の日本は2点を挙げたとはいうものの、明らかに格下(FIFAランクを書く)のチームのペースに合わせてしまい、持ち味のスピード感を欠く退屈な試合をしていたと言わざるを得なかった。ただしこの両得点を挙げたガンバ大阪の播戸の気持ちの入ったガッツあふれる姿勢は良かった。風貌、体格といいプレーのスタイルといい、若いころのインドのエース、ブーティヤーを彷彿とさせるものがある。
     そのいっぽうインドはといえば、FWのバイチュン・ブーティヤーはインド、いや南アジアを代表する名手とはいえ、前線に張っている彼にいくつかのいいボールが渡っても、やはり相手が日本くらいのレベルになると特に目立たないごくフツーの選手となってしまうのはやはり盛りを過ぎたためもあったのかもしれない。全般に技術・戦術のレベルの差が大きいため個々の選手に気持ちの余裕がないのだろうが、せっかくフリーでボールをキープしていても平凡なミスにより失ってしまうシーンが目立つのは残念だった。
     だがインドは思い切り引いて守りを固めてカウンター一発を狙う・・・という形でくるだろうという大方の予想に反して、中盤の高いところから果敢にプレスをかけてくる積極的なスタンス、だからといって簡単に裏を取られることない守りの固さは大いに評価できるだろう。
     個々の選手としては中盤のマンジートはなかなかいい仕事をしていたし、ステーヴンも卓越した技術を見せてくれた。ディフェンダーのプラディープが自陣深いところから時おり前線へ繰り出す長いパスも魅力的だった。 誤解のないように付け加えておきたいが、FIFA世界ランクの評価ほどにはインド選手の個人技のレベルは決して低くないのである。

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  • 夏の甲子園 ダース投手の関西高校、一回戦で涙

     インド系球児として、また長身の本格派投手としても注目を浴びるダース・ロマーシュ・匡選手の岡山県代表関西高校。第88回全国高校野球大会3日目の本日8月8日、第一試合で文星芸大付(栃木)と対戦した。
     2回表の猛攻で3点を奪った関西高校だったが5回裏に2失点。続く6回裏にさらに1点を失い4−3に追いつかれたところでピッチャー交代。ここで主戦投手のダースが登板したがさらに1点を奪われて同点となる。
     続く7回表の関西高校の攻撃。2ラン、3ランのふたつの本塁打で一挙5点を得て文星芸大付を大きく突き放したかに見えた。しかし勝ち越しムードもつかの間、ダース投手は相手打線に捕まり次イニングの8回裏には3失点。
     9回表に関西高校は1点を加えて、10−7と3点差のスコアで迎えた最終回裏。8番打者のライト前ヒット、後続バッターのセンター返しを関西高校選手が後逸するミスから文星芸大付の大攻勢が始まった。あれよという間に同点に追いつき、4番打者のレフト線を破るヒットで二塁ランナーが生還するという大逆転劇を演じて文星芸大付が二回戦進出を決めた。
     残念ながら大会開始早々に高校3年生のダース投手の甲子園は終わってしまったが、今後とも野球界での彼の活躍を期待したい。
    関西(岡山) 10 – 11 文星芸大付(栃木) (asahi.com)

  • ダース選手の関西 ベスト8ならず

     前日の延長15回の熱戦の末、引き分け再試合となった岡山県代表の関西高校と東京代表の早稲田実業高校のカード。最初のふたつのイニングは両校とも無得点。
     試合が動いたのは3回表、早実の攻撃でツーアウトのランナー二塁で迎えた二番打者が三塁線を破る痛烈な当たりのタイムリー二塁打。この回裏からは前日の15回を完投したエース斉藤が登板。5回に打順が回ってきた彼は、レフト越えの本塁打を放ち、早稲田実業はさらに1点追加の2対0とする。
     実力拮抗する関西高校も反撃する。7回裏にツーアウトでランナーを一塁に置いた場面で、左中間を深々と破るツーベースヒット。走者は三塁を回りホームイン、1点を奪い返した。
     ドラマチックだったのは8回裏一死ランナー三塁のシーン。関西高校の5番バッターがセンターのバックスクリーンに飛び込む大きなホームランを放ち見事逆転劇を演じた。
     関西高校1点リードで迎えた9回表の早稲田実業の攻撃、アウトカウントあとふたつでベストエイト進出、これで試合は決まったかに思えた。
     しかしまさに『筋書きのないドラマ』が野球である。走者一塁で早実の5番打者が放ったライト前ヒットを外野手が処理しそこねて後逸。その間に一塁をスタートしたランナー、そして打者本人までホームインして逆転してしまった。
     試合は9回裏、いよいよクライマックスを迎える。ツーアウトながらも満塁の場面でバッターは前日3点タイムリー・スリーベースによる同点劇を演出した四番バッター。守る早稲田実業側にしてみれば、実に嫌な場面であったことだろう。
     グラウンド、観客スタンドともにいやがうえにも高まる緊張感。ワンストライク・ツーボールのカウントから斉藤投手が投げ込んだストライクゾーン高目のボール、打者安井のバットが一閃した瞬間、スタジアム内の時間が凍りついてシーンと静まり返ったように思われた。ダイヤモンド後方に高々と上がったファウルフライを捕手が追っていく・・・・試合終了である。前日の引き分け試合から数えて24イニング目にして勝負あった。この日は出番がなく、ベンチから試合を見守っていたインド系球児ダース選手の悔しそうな表情も画面に映る。
     足掛け2日間の熱い闘い。まさに青春のすべてを賭けてぶつかり合う選手たちの姿に思わずホロリと涙してしまった3月30日の夕方である。
     この日全力を尽くして勝利をもぎとった早稲田実業高校。明日3月31日に行なわれる準々決勝をものにすれば、4月2日に準決勝、翌3日には決勝戦が予定されている。このあたりから日程的にも実にハードだが、今後もベストを尽くしての良い結果を期待したい。  関西高校、そしてダース投手には夏の甲子園に再び帰ってくることを目指して、今後も頑張ってもらいたい。
    ※『目の前はブータン』は明日更新します。