ただいまメンテナンス中です…

カテゴリー: society

  • MAJNU KA TILLA

    MAJNU KA TILLA

    デリーのカシミーリー・ゲートから北の方角、ヤムナ河とアウター・リングロードに挟まれた部分に、チベット難民たちの定住地として有名なマジヌー・カー・ティッラーと呼ばれる地域がある。デリー・メトロのヴィダーン・サバー駅を降りたところから、この場所を往復している乗合オートリクシャーを利用することができる。

    オートを降りて、歩道橋で道路を越えた先がこの場所。沢山のタルチョがかかっていたり、チベット旗が建物にかかっていたりすることから、いかにもチベット人居住区という感じがする。

    チベット人地区の入口
    チベット仏教寺院
    非常に狭い路地。こうした建物は違法建築ということになるのだろう。

    最後にここを訪れたのは、もう十数年も前のこととなっているので、着いてしばらく歩いてみても、ここが同じ場所であるとはとても信じられなかった。建物の背が高くなり、空が非常に狭くなっているためもあるだろうし、洒落た店が増えているためでもあるかもしれない。もちろん、ずいぶん前のことであるがゆえに、私の記憶自体が変質してしまっているということも考えられるが、それら全てが合わさった結果、「とてもどこだか判らない」という具合に感じられるのかもしれない。

    狭い路地の多いオールドデリー地区にあっても、あまりに狭く、くねくねと曲がり、道幅が少し広くなったり、極端に狭まったりしている頭上に高い建物がそびえている様子から察するに、このあたりのビルの多くは典型的な違法建築なのだろう。近年はさらに上階を建て増ししたりして、この有様にさらに拍車がかかっているのではないだろうか。

    路地にはインド人の姿も少なくないが、チベット人たちがやはり多い。さきほどこちらに渡る歩道橋には路地には仏具の店があったりして、チベット文化圏のラダックのレーに戻ってきたような気さえする。中国からの麺その他の食品の輸入品が食料品店の店頭に並べられているのも目にする。

    実に久しぶりに来てみたということもあるし、すでに昼前になっているが、まだ朝食を済ませていないため、レストランに入ってみることにした。月並みではあるが、ギャトクとモモを注文して、かなり待たされたものの大変おいしかった。

    ハウズカース・ヴィレッジにあってもおかしくないようないい感じのレストランやチベット関係のグッズの気の利いた店もあって、なかなか楽しい。また、このあたりにはゲストハウスがいくつもあり、外国人の姿もままあることから、滞在している人たちもあるのではないかと思う。両替所もあるので特に不便はないことだろう。今度デリーに来たときには、ここで滞在してみるのもいいのではないかと思う。

  • スリランカ・フェスティバル2014

    9月27日(土)と28日(日)に予定されていたスリランカ・フェスティバルが、当初予定されていた東京の渋谷区の代々木公園から江東区の有明に場所を変更して開催される。昨今のデング騒ぎゆえの措置であることは言うまでもない。

    直前になって他の会場が確保されて幸いであったということになるだろう。私自身は代々木公園での開催について、健康のリスクがあるとは思わない。すでに園内の他の生き物の生態まで心配されるほどなので、当然蚊は駆除されているはずであること、蚊がいたところで気温が低くなるとあまり活動しないこと、参加者は虫除けを塗るなどしておけば、デングウイルスに感染した蚊に刺されることによってのみ罹患するこの病気の心配はないからだ。

    ただし、開催者にとっても、出展する方々にとっても、今回の風評によるリスクは非常に現実的なものである。前週に予定されていたベトナム・フェスティバル、前々週に予定されていた日本インドネシア市民友好フェスティバルが中止される中、先週末にナマステ・インディアが開催されたものの、出展者や出演者のキャンセルが相次ぐとともに、来場者も例年と比較のしようがないほど少なかった。

    健康被害がないゆえに中止とする理由はない、という判断は正しかったものの、あまりに規模が縮小するとともに、来場者も前年に比べて「ごくわずか」という水準では、イベント開催としては明らかに失敗である。

    ただし、開催が近くなってから急遽会場を移すというのも、これまたどういう結果となるのかは、当日にならないと判らない。代々木公園で開催であるがゆえに、何かのついでに立ち寄る、代々木公園で開かれているがゆえに、近くを通りかかった際に足を向けてみた、という人も多いことだろう。

    すると、こちらもまた例年よりもかなり寂しい開催となるような気がしてしまう。これが杞憂だと良いのだが。

     

  • ナマステ・インディア2014 閑散とした会場

    ナマステ・インディア2014 閑散とした会場

    920日の土曜日にナマステ・インディアの会場を訪れてみた。場所は東京の代々木公園イベント広場。

    まさにガラガラの状態

    もしかすると「デング熱騒ぎで閉鎖されているのでは?」と思う方もあるかもしれないが、閉鎖された地域とは隣接しているものの、ここはそうした措置の対象にはなっていない。

    だが、週末であるにもかかわらず、イベント広場の西側のグラウンド、東側のフットサルコートも人影がなく、これら当面の間利用が中止となっているようだ。

    さて、例年のような大混雑が少しは緩和されているのではないだろうか、と思いつつ足を向けてみたのだが、会場に着いてみると、何やら行われている様子ではあるものの、開催される日を間違えて来てしまったのかと思ったほどであった。

    何しろ人出が非常に少ない。ここに掲載した写真は昼過ぎの時間帯に撮ったものである。かつてこんなに寂しい開催日があっただろうか?

    ミティラー画のアーティストたち

    中止とせずにやはり開催することが決まったのが910日であったが、出展されている方の話によると、同じように出展しようとしていた業者等の間で相当数のキャンセルがあったとのことだ。そのため、スペースをかなり狭めて開かれているし、それがゆえに当初割り当てられていた場所からの配置換えもかなりあったようだとのこと。同様にステージのプログラムについてもいくつか中止されたものがあるとのこと。

    レストラン関係の出店取りやめも多かったようだ。それがゆえに、来場者はとても少ないながらも、食事時には出てきているレストランのカウンター前にはそれなりの行列が並んでいるように見えることとなった。

    「まぁ、これくらいのほうがゆっくり見ることができていいですよ。」という声は来場者たちの間からはあり、それはそれでいいのだが、少なくとも初日においては、例年と比較して来場者数や盛り上がりという面で大幅な失敗ということになることは否めないであろう。主催者や出展者の方々にはとても気の毒なことである。

    もうすでに公園内では念入りに蚊の駆除はなされているはずだし、この気温の低い中で蚊の行動が活発であるはずもない。そうでなくとも、要はデングを媒介する蚊に刺されなければ罹りようもない病気であるため、虫除けを持参すれば済む話である。

    まさに「風評被害」ということになるかと思うが、921日の日曜日はもう少し賑やかになって、多少の盛り上がりを見せてくれることを願いたい。個人的には、例年どおり本日ここでいろいろな方々にお会いすることが出来て、やはり来てみて良かったのだが。

     

  • mcleodganj.com

    唐突ながら、ダラムサラのマックロードガンジの道路がきれいになるそうだ。

    McLeod Ganj to get world-class roads

    インド国外に住んでいる人はもちろんのこと、インド国内にあっても当のマックロードガンジの住民以外にとってはどうでもいいニュースではある。

    しかしながらこのマックロードガンジは、チベット亡命政府が本拠地としており、ダライラマ猊下も居を構える土地であることから、このmcleodganj.comからのニュースにとりわけ関心を持つ人々は世界中に数多いはず。

    地域の動向を伝えるメディアであり、観光案内であり、ボランティアを募ったり、求人情報を出したりする場でもある。いわばダラムサラのポータルサイトということになるのだろう。

    同ウェブサイト内からリンクされているMcLeod Ganj Shopは丁寧に作り込まれているが、本体であるmcleodganj.comのサイト上段にあるリンクメニューが空白であることがちょっと気にかかる。

    このサイトで取り上げている内容からして、チベット亡命社会の人々が運営しているものであるらしいことが判るのだが、こうした広告料を取って宣伝させる、つまり収入を上げる部分が機能していかないと、継続・発展させていくことは容易ではないだろう。こちらが心配するまでもなく、ウェブ上ではなく、地元の社会関係・人間関係で、きちんと収支の帳尻を合わせる算段があれば良いのだが。

    なかなか面白い試みであるがゆえに、なんとか踏んばってもらいたいものだ。

  • NEPAL FESTIVAL 2014

    東京の代々木公園イベント広場で行われるナマステ・インデイア2014と同じ日程、9月20日(土)および21日(日)にNEPAL FESTIVAL 2014が同じく東京の上野公園で開催される。

    両会場間の最寄駅間、つまり前者の原宿あるいは渋谷駅、後者の上野駅までは30分少々くらいで移動できるため、当日はどちらの会場も覗いてみるという方も少なくないかもしれない。

    ともあれ、季節の変わり目で雨も多い時期となるため、開催日の両日とも天候に恵まれることを願いたい。

  • ラダック・マラソン

    9月14日(日)にラダック・マラソンが開催される。種目は以下のとおりである。

    •07 KM Race

    •Half Marathon

    •Marathon

    •The Khardungla Challenge

    特筆すべきは上記の中の四つ目のThe Khardungla Challengeで、レーの町から「クルマで通ることが出来る世界最高地の峠とされる海抜5,602m (海抜5,359mとする説もある)を折り返し地点とする往復72kmのスパルタンな長距離レースである。

    マラソンのウェブサイトにあるとおり、第1回目の開催であった一昨年の参加者は1,500名、昨年は2,000名を数えるようになっているとのことで、この大会が次第に盛り上がりを見せているようだ。

    この大会の様子をYoutubeやUstreamのような動画配信サイトで中継してくれるとありがたいのだが、今のところそうした動きはないようだ。もっとも現地の通信環境を思えば、こればかりは仕方ないことかもしれない。

     

  • ナマステ・インディア2014

    今年で22回目の開催となるナマステ・インディアは、東京都渋谷区の代々木公園のイベント広場にて、9月20日(土)と21日(日)に開催される予定。

    だが代々木公園に端を発するデング熱の関係により、今週9月6日(土)と7日(日)の日本インドネシア市民友好フェスティバルもその次の週9月13日(土)と14日(日)のベトナムフェスティバル2014も中止となっていることから、ナマステ・インディアについても雲行きはかなり怪しい。

    「いつもこのイベントに来るとバッタリ出会う人」や「いつもこれに来ると見かける人」がよくあるのではないかと思う。屋外のイベントに出かけてみるにはとても気持ちのいい季節。当日は好天に恵まれることを期待したいものだ。

    ただし近年の会場の混雑ぶりはいかんともしがたく、「開催日の午前中に激しい雨でも降れば、人出が少なくなっていいかも?」などと、ちょっと意地悪なことを思ってしまったりもする。

    現時点では開催か中止かについての発表はなされておらず、まだ開催期日が少し先ではあるのだが、一体どうなることやら・・・。

  • ズィンチェンからチリンへ 5

    ズィンチェンからチリンへ 5

    今朝もまた、日の出とともに目が覚めて、爽やかな気分である。しばらく庭で周囲の景色を眺めていると、家のおばさんが呼びに来てくれた。

    「朝ごはんできましたよ~!」

    ガイドのS君とともに家の中に戻り、トースト、ジャム、バターと紅茶の朝食をいただく。席の背後の窓際にホームステイ受入についての通達文書があるのが目に入った。発信元はYOUTH ASSOCIATION FOR CONSERVATION 6 DEVELOPMENT IN HEMIS HIGH ALTITUDE NATIONAL PARK, LEH, LADAKHという組織である。

    これによると、ホームステイ受入れに当たっての食事について、夕食、朝食、そして昼食用として宿泊者に持たせるものなどが定められており、宿泊料金は食事込みで800RS (昨年までは500RS)であり、トレッカーを案内するガイドの場合はこれが無料であることなどが示されている。

    こうしたことがきちんと徹底するようになっているということは、たとえクルマが入ってくることのできない寒村であっても連絡が行き届くようになっていることがよくわかる。また、お客に提供する食事の内容はもちろんのこと、この村のようにお客の受入れが輪番制となっている場合、何代も同じ村で暮らし続けている同士の間柄ということもあり、他を出し抜いたりということをすることもまずないのだろう。

    ホームステイ先を出てから1時間ほど歩くとチリンに出る。ザンスカール河に面しているが、ここでは橋の建設中で、ごく狭く人が渡れる程度の鉄板だけは敷いてある上を、ちょっとスリリングな気持ちで渡る。これからマルカー渓谷に行く人たちの荷物を手動のゴンドラで川の向こうからこちらに渡している。これからマルカーに行く若者たちのグループが川で石投げなどをしている。英語のアクセントと、石の投げ方がクリケット方式なのでイギリス人であるとわかる。

    しばらく待っていると、レーに戻るための旅行代理店差し回しのクルマがやってきた。レーからズィンチェンに行ったときと同じ運転手がクルマに乗ってやってきた。これで今回の短いトレッキングは終わりだ。ラダックのトレッキングの良いところは、雨季でもそうひどい雨にたたられることはないであろうこと、蚊やヒルなどがいないことである。(ただしインダス河沿いでも低いところに行くと蚊はいるらしいが・・・)

    そして、クルマが来ることのできない村の様子は、街道沿いの村とはまた違った、時間を遡ったような趣があるし、豊かな自然に触れることもできて楽しい。

    他にもラダックにはトレッキングのルートがいろいろあるが、簡単な地図を眺めているだけではイメージが沸かないかもしれないが、今はGoogle Earthでかなり具体的な視覚情報を得ることができる。これについてはまた後日触れてみることにしたい。

    旅行代理店差し回しのクルマでレーに戻る途中で通過するザンスカール河(左)とインダス河(右)の合流点。両者の水の色が異なるのが判る。

    <完>

  • ズィンチェンからチリンへ 4

    ズィンチェンからチリンへ 4

    朝5時半くらいに目が覚めた。まだ外は明るくなりきっていないが、もうすでに家の人たちは、宿泊客たちの朝食や持たせる昼食の支度を始めている。さすがに村で唯一のホームステイ先であるため、彼らは実に手慣れたものである。手際よく次々にローティー、ゆで卵、ゆでジャガイモをアルミホイルに包んでいく。

    午前7時前には朝食の準備も出来上がる。パンとジャム、バター、そして紅茶である。次々に宿泊客たちが居間に入ってきて、ガイドを含めて20数名の人々が一斉に食事をする様子は壮観でさえある。昨日の昼食、夕食の際もそうだが、食べることに夢中になってしまい、こうした場面の撮影をしておかなかったことは少々悔やまれる。

    出発!

    さて、8時にここを出発。半時間ほど歩いた先にはガンダ・ラ・ベースキャンプがあり、そこで小休止してるチャーイを啜る。

    ガンダ・ラ・ベースキャンプ付近
    雲の間から垣間見るストク・カングリー峰

    しばらくすると傾斜が少しきつくなってくる。高度も上がってくるため、途中で3回ほど小休止を入れて、ガンダ・ラという峠を目指す。そこが今回の山歩きの最も高い地点である。ベースキャンプからは、昨夜のホームステイ先で一緒だったバルセロナから来たスペイン人カップルとそのガイドと同行する形になっている。

    このあたりまで来ると地面に這いつくばって生える地味な植物ばかり。
    ヤクの放牧地
    子犬ほどの大きさのマーモット

    上へ、上へと登るにつれて、下の景色もさらによく見えるようになってきた。途中ではヤクの放牧を目にしたし、ぬいぐるみのような可愛らしいマーモットも目にした。齧歯類の動物だが、子犬ほどの大きさがあり、動きはあまり敏捷ではなく、危険を察知すると穴の中に逃げ込むようである。このあたりで生えている草木も、いかにも高山植物といった風情で、背が低く、横に広がる形で生育するものが多い。このあたりはヤクの放牧も行なわれている。

    ガンダ・ラの峠手前の勾配。山肌の色合いも様々で、地質学的にも興味深いところなのではないかと思う。
    あと一息でガンダ・ラの峠
    海抜4,900mのガンダ・ラの峠。もっと上に登って写真でも撮ろうという元気な人たちの姿も。
    マルカー渓谷のトレッキング需要の物資を運ぶ馬の隊列

    今日も朝から曇りがちだが、ときおり晴れ間が見えると歩いている間は半袖姿になりたくなるが、陽が陰るとやはり上着が必要となり、今のように雨が降り出すとその上にレインコートを着ていても寒いくらいだ。

    ここから先はゆるやかな下りとなるため、惰性でそのまま歩き続けるような感じで楽だ。しばらく歩いてから遠くに見えてきたのはシンゴという村。そこに到着してから、テント食堂で小休止する。チャーイを注文して、今朝出発したホームステイ先で持たされた昼食を食べる。雨は長く降り続くことはなく、食事を始めるころにはすっかり止んでいた。日干し煉瓦で造った家屋に暮らす人々の乾燥した大地だけに、強い雨が長く降り続けることはまずないのだろう。

    シンゴの村の家屋

    シンゴの村の後は、しばらく歩くと比較的開けた景色から、深い谷間となる。同じ川沿いでひと続きの土地であるが、人が生活していくために水は不可欠なので、こうした地域で集落が存在するのはやはり川沿いということになる。

    ブルーシープの群れ

    ブルーシープの群れがいた。ガイドのS君は実に目が良くて、こういう動物や鳥などをいとも簡単に見つけてくれる。ブルーシープはほとんど断崖のようなところを平気で降りたり登ったりする。実に身軽であるが、たぶん滑落するケースも中にはあるのではないだろうか。

    紫色や青色の山肌はどうやって出来るのか?
    木々がほとんどないので地層の褶曲がよく見えるラダックだが、捻じれがこのように弾けたものも時々目にする。

    さらに岩ゴツゴツのところを下ってから、スキューを経て、カヤーの村に着いた。スキューでは食堂でしばらく小休止してゴンパを見学。なんでも、スキューの村に宿泊できるのはそこからマルカー渓谷に行く人たちだけで、チリンに抜ける人たちはカヤーの村に宿泊しなければならないことになっているそうだ。こうして村人たちが宿泊客たちを分け合う構造になっている。

    スキューの村

    スキューの村からカヤーの村は近いのだが、そのカヤーで宿泊できるところは輪番制になっていて、こちらが自由に選択することはできないことになっているとのこと。そんなわけで、「当番の家」を探し当ててそこに宿泊することになるのだが、最初間違えて訪れた先の家はいい感じであったが、残念ながらその日に私たちが宿泊することはできず、来た道を少し引き返したり、戻ったりしながらやっと探し当てることができた。

    家屋や生活に関わる状況がそれぞれ異なる村人たちが、平等に宿泊客たちを泊める機会を分け合うというとはいいのだが、逆に利用する側としては、自由に選択することができないのは困るのである。その家で受け入れる宿泊客は初めてであるとのことで歓迎してくれたのだが、正直なところ先に間違えて訪れた家のほうが居心地の良さそうな広間があったりして良かったな、と思ったりする。

    夕飯には野菜のスープとラダック式のマントウのようなものを出してもらい、とてもおいしく頂いた。

    カヤーの村のホームステイ先での夕飯

    <続く>

     

  • ズィンチェンからチリンへ 3

    ズィンチェンからチリンへ 3

    ユルツェの村のホームステイ先に到着したのはちょうど昼食の時間帯であった。このタイミングで午後はもうすることがないというのはもったいない気がするので、できればもっと先まで歩きたかったのだが、ルート上の宿泊可能な場所と時間配分の関係でこうなるらしい。

    家の上階の広間に宿泊客たちが集まって食事をしているのだが、あまりに大勢であるためびっくりした。ここに来るまでに見かけた同方向に歩いている人たちは、チェンナイから来たインド人の若者4人連れのみであったのだが。

    伝統的な造りの居間にはラダック式の小さなテーブルと座布団が窓際に並んでいる。そして金属製の食器類が棚に「これでもか!」と飾られており、いかにもチベット文化圏に来たという感じがする。こうした佇まいを自宅に欲しいと思ったことがあるのだが、今もその気持ちは変わらない。

    とりあえず昼食にはありつくことができたが、部屋はすでに満室であるとのこと。居間で寝ることになったので、夜は寒いからキッチン(伝統的なラダック式のキッチン)脇のスペースを陣取っておくといいよ、というガイドのS君のアドバイスに従う。

    ホームステイ先の家の屋上

    まだ、午後の早い時間帯であるのだが、海抜3,900mにあり、谷間であるため高山からの冷たい風が吹き下ろしてくるため非常に寒い。家屋から見た川の対岸部分には雪が残っていたりもする。少し散歩に出てから戻り、ラダック式の座席、つまり横長の座布団の上でしばらく昼寝。窓は閉まっており、半袖シャツの上に長袖シャツ、そしてライトダウンまで着込んでいるものの、寒くて仕方ない。本日の天気は曇りがちだ。時々雨がぱらつくと非常に冷え込む。

    かなり大きな家で、遠目にはゴンパかと思ったくらいなのだが、もともとはかなり裕福であつたのかもしれない。ここで暮らす家族は4、5人くらいしかいないようだ。ここの家の子供たちは皆、レーやチャンディーガルなどの学校に出ており、両親が切り盛りして仕送りしているという。だがシーズンには泊められるだけ泊めているので、相当な収入が上がるらしい。

    夕方5時過ぎくらいからは夕食の準備が始まる。実に手慣れた様子で大量の食材を調理していく。夕食が始まるのは午後7時からで、宿泊客たちに供されたのはダールとサブズィーとご飯。宿泊客たちがどんどん集まってきて、どかどかとお代わりしながら腹いっぱい食べる。トレッカーたちを連れてきたガイドの人たちは給仕の手伝いをしている。ゆえに宿泊客たちは往々にして誰がここの家の人で、誰がガイドなのかわからなかったりもする。

    同宿の人たちの中に、若いアメリカ人カップルがいるが、この人たちはイラクのクルディスターンにある大学で英語を教えているという。ISISの侵攻により戦火が迫っている地域を除けば、クルド人自治区内の治安は保たれているそうだ。大学では学生はアラブ人は少数派で、大半がクルド人であるとのこと。私のような外国人にとって、ラダックの村での滞在自体がとても貴重なものであるが、そうした空間が実に国際色豊かな場であるというのも面白い。

    賑やかに食事をしていると、欧州系の若い人たちのグループが到着した。チェコからの人たちであった。本日、私が同行するはずであったポーランドの人といい、チェコの人たちといい、以前は旅行者としてこのあたりを訪れている姿を見かけることのなかった国の人たちも多くやってくるようになっている。より多くの人たちが、インドの魅力、そしてラダックの素晴らしいところを体験できるようになっていることは喜ばしい。

    電気は来ていないが、家の屋上に設置されている太陽電池で室内のぼんやりした照明程度をまかなうことができている。腹一杯になると眠くなってきた。ちょっと横になってしまうとそのまま深い眠りに落ちてしまった。

    <続く>

     

  • ズィンチェンからチリンへ2

    ズィンチェンからチリンへ2

    ユルツェの村でのホームステイ先

    ラダック人ガイドのS君は24歳で、現在ナーグプルの大学で体育学を専攻しているとのこと。学部の最終学年に在籍しているそうだが、年齢からして途中で少々遠回りしたのだろう。毎月、ラダックの両親から仕送りをしてもらっているとのことだが、生活していくために必要な金額に届かないこと、親の負担を軽減するという目的もあり、大学が休みの夏の時期にはガイドをしている。

    ラダックでトレッキングガイドといえば、このように地元出身の大学生が休みの時期に稼ぐために従事しているというケースはよくあるようだ。ちょうど学校が休みである時期とトレッカーが多い時期が重なることもあって非常に具合が良いらしい。

    また、S君は陸路でスリナガル経由でラダックに帰省する際に、レーその他でレンタル用に供されるバイクの陸送の手伝いもしたそうだ。「ツーリング気分も楽しめるし、小遣い稼ぎにもなるので良かった」とのこと。

    ナーグプルでは大学の寮に暮らしているそうだが、同郷ラダックの学生たちが数人いるので、順番に料理をしているとのこと。「インド料理は脂っこいし、僕らにはあまり合わない」ので、主に故郷の料理を食べているということだ。

    大学卒業後の夢は、レーで旅行代理店を開くことだという。ラダックではこれといった産業がないため、それなりに安定した生活を営むためには、概ね公務員、軍関係、そして観光業ということになるのだろう。

    <続く>

     

  • ズィンチェンからチリンへ 1

    ズィンチェンからチリンへ 1

    ズィンチェンからチリンへの2泊3日の短いトレッキングに行くことにした。旅行代理店の店頭の貼り紙にあったものに参加することにしたもので、この募集を出しているのはポーランド人であるとのことだ。同行する人によって、旅行の印象が異なってくることもあるので、いい人だったらいいなと思いつつ、集合時間となっている朝8時にこの代理店のところに出向いた。

    だが着いてみると、代理店の人が渋い顔をしていて、「ポーランド人はキャンセルした」とのこと。担当者のデスクの上には、代理店が準備した箱入りの朝食とミネラルウォーターがガイドと私を含めた参加者2名を合わせた3名分用意されているので、本当の話らしい。

    こんなこともあるので、先日「ラダック たかがSIM、されどSIM」で書いたように、携帯電話が普及していながらも、他州で購入したプリペイドSIMが利用できない状態では、お客の要請を受けてオーガナイズする代理店のほうに、こうしたリスクがあることは否めない。貼り紙を依頼する本人に対して、旅行代理店側のほうから連絡を取ることができず、その人自身が代理店に再び現れない限り、どうなるかわからないというのは、旅行代理店にとってはもちろんのこと、それに参加する側としても不便な話である。

    さて、気を取り直して出発。クルマでインダス河の対岸のへミス・ナショナルパークに入域してズィンチェンまで走る。ここが今回のトレッキングのスタート地点である。ここの海抜が3,400mくらいだが、このコースで通過する最も高い地点がおよそ4,900mとのことであるため、高所に弱い私は少し気になったりもする。

    川の流れ沿いに上り、次第に高度が上がってくる。幾度か川を渡るが、水に浸って渡渉する必要はなく、川の中に置かれている石伝いに歩けばいいので楽なものである。歩いていると暑くてTシャツ1枚になったりする(かといって暑くてたまらないというほどではない)のだが、途中幾度か日陰で休憩のために立ち止まったり、曇り空の下で写真を撮影していたりすると、肌寒くなってくる。やはりそれなりの高度があるため、決して気温は高くない。

    やがてルムバクの村に到着して昼食のためしばし休憩。大きな白いテントを張った簡易食堂は、観光シーズンの期間だけ、村の人が出しているものである。ここチャーイのみ注文して、さきほどのレーのエージェントが用意した昼食を食べる。冬季には、ルムバクの村周辺ではユキヒョウがよく出没するため、それを目当てに訪れる人たちもかなりあるとのことである。夏季にはもっと標高が高くて気温の低いところに移動しているとのことだ。付近ではオオカミも出没するとのことで、エサとなる小動物がいろいろと生息していることが窺える。

    確かに、このあたりではウズラの種類と思われる鳥をしばしば見かける。平らなところでは自力で飛び立つことができず、斜面から滑走しないと飛行することができないので、肉食動物たちにとって格好の餌食ということになりそうだ。

    ルムバクからしばらく歩いた先、ズィンチェンからは途中の休憩や昼食の時間も含めて3時間半ほどでユルツェの村に到着。ここは村といっても、一家族しか暮らしていないとのことで、ホームステイの選択肢は一軒しかない。登ってきて谷川の右側に見えるその家屋は壮大で、遠目にはゴンパかと思ったほどだ。

    <続く>