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カテゴリー: politics

  • 創り上げられる偶像

    西ベンガル州ではスバーシュ・チャンドラ・ボース、マハーラーシュトラ州ではシヴァージー、地域ではなくダリットの人たちにはアンベードカルといった具合に、それぞれのコミュニティを象徴するヒーローたちの存在がある。

    2000年代以降、アーディワースィー(Adivasi=先住民)の英雄として急速に存在感を高めているのがビルサー・ムンダー。2000年にビハール州から分離して、先住民族人口が占める割合が高いジャールカンド州が成立。同州政治はこのアーディワースィー出身の政治家たちがリードしてきたため当然のことながら、彼ら自身のヒーローとしての存在として焦点が当たることとなった。

    もともと英国統治に対して声を上げた「フリーダム・ファイター」として知られる人々の中にビルサー・ムンダーもいたのだが、それまでは「知る人ぞ知る」という存在。

    ジャールカンド州成立に加えて、2000年以降のインド社会の右傾化、合わせて近年の右翼勢力によるアーディワースィー取り込みの姿勢もあり、同州では「ビルサー・ムンダー」を取り上げた博物館、既存の博物館へのビルサー・ムンダー関係の展示の増強、名前を冠した公園等々による「英雄化」が進んできた。

    それまではこうしたアーディワースィーの人たちの中の「ご当地ヒーロー」がコミュニティの外で注目を浴びることも、知名度が上がることもなかった。当然その背景には差別感情や彼らを見下す風潮などもあったことは言うまでもないだろう。

    それがなぜ今になって?といえば、1990年代以降、中央でも地方でも政治の主力は権威や家柄といった名目的かつ伝統的なものではなく数の力と動員力という「大衆力」とでも呼ぶべきものにシフトしていったためだろう。

    今や中央政界でも地方政界でもコアな部分からはブラーフマンはほとんどいなくなっており、数の力で勝るコミュニティから送り込まれた有力者たちが多い。パンジャーブではジャート、UPやビハールではヤーダヴ、ラージャスターンではミーナーその他、もともとは支配階級ではなかったけれども人口規模の大きなコミュニティの人たちが政界を牛耳るようになった。

    モーディー首相にしてみても、言うまでもないがOBCs(その他後進諸階級)の出。これまでインドの歴代の首相はブラーフマン、ラージプート、カトリーであった(チャラン・スィンは例外的にジャートの出)であったため、やはりそういう面からもモーディー首相は異色である。

    それはそうと、以前は政治へのアクセスはあまりなかった(票は投じても代議士として選出される機会はとても少なかった)アーディワースィー、つまり先住民であり、部族とも呼ばれる人々がマジョリティの州(ジャールカンド}が成立するとともに、そうした周辺部の人口割合が高い地域では、より慎重な扱いがなされるようになってきているし、それを象徴するかのように、アーディワースィーの人々を政治の表舞台に登場させることが珍しくなくなった。

    そうした空気の中で、アーディワースィー出身の女性、ドロウパディー・ムルムーが大統領に就任したり、国民会議派の党首がやはりアーディワースィー出身のマッリカールジュン・カルゲーが選出されたりしたのだ。当然、「ジャールカンド州といえばビルサー・ムンダー」という州内外での認知度も高まっている。

    だがビルサー・ムンダーが全国的によく知られたフリーダム・ファイターではなかったためチェンナイを本拠地とするインディアン・エクスプレス紙による「ビルサー・ムンダーって誰?」という2017年の記事がこちら。「偶像」「アイコン」というものは、ときに政治力により、時代をさかのぼって創造されるものてあることを改めて感じる。

    Who was Birsa Munda? (The Indian EXPRESS)

    ただ「アーディワースィーの英雄 ビルサー・ムンダー」と言ってもアーディワースィーそのものが幾多の異なる先住民族を総称する呼び方であり、その中には当のムンダー族以外に様々な文化や言葉の異なる少数民族がおり、彼らの中で民族を超えた共感、連帯のようなものがあるのかといえば、そういうわけではない。

    よって「アーディワースィーの英雄」というよりも、「ジャールカンド州政界の中核として台頭したムンダー族のアイコンであるがゆえに、同州のアーディワースィーを代表する歴史的人物として位置づけられた」というような、あまりストレートではない解釈が必要かもしれない。

  • インド先住民党

    カムレーシュワル・ドーディヤールさん。こういう人が選挙で当選するとは、やはりインドという国に対しては尊敬の念しかない。

    いわゆる「カッチャー・マカーン(日干しレンガ造りの家)」に暮らす部族出身の男性。下働きをしながらく苦学して法律の学位を得た33歳。

    これまで無所属で2度選挙戦に出馬して敗れるも、今回は9月に結成されたばかりのBAPなる政党から先住民留保枠に出馬して、国民会議派候補者、BJP候補者を抑えての勝利。以下リンク先記事は、彼が出馬した選挙区での開票結果。

    SAILANA ASSEMBLY ELECTION RESULTS 2023(THE TIMES OF INDIA)

    当選後の手続きのため、州都ボーパールまで手続きのために300kmの道のりをバイクで向かったのだそうだ。

    BAPについては知らなかったのだが、ラージャスターンで結成された先住民のための政党。Bharat Adivasi Party (バーラト・アーディワースィー・パールティー=インド先住民党)という、いかにもな名前だが、OBCs(その他後進諸階級)やダリット(不可触民)とかなり事情が異なり、ラージャスターン、マッディャ・ブラデーシュにおいては先住民たちの政治的な横のつながりはあまりなかったので、今後さらに勢力を増すと良いかもしれない。ちなみに同党は、今回のマッディャ・プラデーシュの州議会選では3議席を得たとのこと。

    Madhya Pradesh MLA Delivered Tiffins To Fund Law Degree, Lives In Mud House (NDTV)

    こちらがインド先住民党のHP。連絡先メルアドがGメールというのは、いかにも急造政党らしいところだが、今後も注目していきたい。現在までのところ、ラージャスターン、マッディャ・プラデーシュ、グジャラート、マハーラーシュトラの4州で活動しているらしい。

    Bharat Adivasi Party

  • インド版文革進行中

    イスラーム支配やムスリムの歴史や文化に因んだ歴史的な地名がどんどん変えられていく。

    「アリーガル(アリーの砦)」が「ハリガル(聖なる砦)」へ。イスラーム教徒による影響はなかったことにしようと、どんどん進んでいくのは地名改名に限らない。

    学校のテキストからはムガル朝に関する記述は消え、マイノリティー(ムスリム)を擁護する政治は「トゥシティーカラン(甘やかし)」と非難。イスラーム教徒がヒゲを伸ばせば「カッタルパンティー(原理主義過激派)」呼ばわりされたり、凶悪事件でムスリムが犯人だと「イスラーム教徒が」という部分か強調されて報道されたりする。社会総がかりのムスリム叩きにも見える。ある意味、「インド版文化大革命」が進行中とも言えそうだ。かつて中国で旧体制関係者や地主階級など旧支配層が吊し上げられたように、インドではイスラーム的なもの、それに連なるものが叩かれる。世界最大級のムスリム人口(2億人超のインドネシア、1.7億人のパキスタンに次ぐ3位で1.7億人前後のインド)を抱える国であるだけに、今後の成り行きも気にかかる。

    しかしムスリムやクリスチャンなど外来の信仰に対して非寛容であるのとは裏腹に、スィク教、仏教、ジャイナ教等のインド起源の信仰コミュニティーとは非常に親和性が高いこと、北東州のアッサムやマニプルなど、マジョリティーとはかなりカラーの違うヒンドゥー文化とも何ら問題なく融合していく「ヒンドゥー至上主義」のありかたには「寛容の国」らしい懐の広さも感じられるが、これはセクト主義とも教条主義とも異なる幅広い「インド的なるもの」の再構築を目指す政治運動であるからなのだろう。

    その「インド的なるもの」のタテヨコの幅があまりに広いため、他所の国での「国粋主義」「右翼思想」とは比較にならないほど、緩やかかつ寛やかなものであるとも言える。それがゆえに、その「ヒンドゥー至上主義」の網の中に収まる多くの人たちにとっては、何ら窮屈さも不快さも感じることがない。イスラーム教やキリスト教の原理主義と異なり、人々の生活を縛るものがなければ、西欧化されたライフスタイルを否定するわけでもないし、お寺参りを強要することもない。ただサフラン色の旗印を笑顔で眺めながら、「ジェイ・シュリー・ラーム(ラーマ神の栄光を)」などと唱えていれば、それで良し。

    それでいて汚職が比較的少なく、経済に明るく、為すべき施策をどんどん進めてくれる実務に優れた政権(BJP政権)が支持されるのは無理もない。

    だがそれでも懸念されるのが政権のムスリム(及びクリスチャン)に対する冷酷な扱いである。

    From ‘Aligarh’ to ‘Harigarh’: Uttar Pradesh Continues Its Name Changing Spree (THE WIRE)

  • 赤い格子

    赤い格子

    こちらはアレッピー・ダンバード・エクスプレス。AC車両も連結しているが、南インド地域を走る間は冷房を効かせて、北インドに入ると暖房を入れるのだろう。真夏みたいに暑いケーララ州から東京の冬みたいに寒いジャールカンド州へ向かうこの列車である。

    この列車にはミティラー画風のかわいい絵をほどこした車両(この列車はビハール州のミティラー地方を経由しないが・・・)やパントリーカーも連結している。すぐに降りる私はセカンド・スリーパー車両に乗っている。窓に色ガラスが入っているAC車両ではよく見えない景色と感じることのできない風と匂いがうれしい。

    窓左側の赤い格子は、2001年にグジャラート州で起きたゴードラー事件を受けて導入されたもの。事件では複数の車両に放火がなされるとともに、車両前後の出入口が武装した犯人たちに塞がれたため、鉄格子のはまった窓から人々は脱出することが出来ず、多数が亡くなった。その反省から車両の複数の窓に、内側から外すことのできる格子を導入した次第。

    事件はアヨーディヤーへの巡礼帰りのヒンドゥーの人たちの集団を、グジャラート州現地のガーンチーというコミュニティに属するムスリムたちが襲撃したとされるもの。これをきっかけにグジャラート州ほぼ全域を巻きこむ未曾有の規模のアンチムスリムの大暴動が発生した。

    当時のグジャラート州は、同州のチーフミニスターとして第1期目をスタートして間もなかったナレーンドラ・モーディー政権下であった。

  • 11月は5州で選挙

    インドのニュースをつけると、今年の11月に5州(ミゾラム、チャッティースガル、ラージャスターン、マッディャ・プラデーシュ、テーランガーナー)で行われる州議会選挙のニュースと関連のディベートプログラムがたくさん。

    私がいつも観るのはヒンディー語ニュースであるため、ミゾラム州政治は地元少数民族政党の争いなのでメインストリームの政治と関連が薄くほとんど報じられないが、ヒンディーベルトのチャッティースガル、ラージャスターン、マッディャ・プラデーシュの3州は、まさにインド政治の主戦場なので火花が出そうな勢いでの報道。ミゾラムよりは扱いの頻度は高いとはいえ、南インドの重要州テーランガーナーについてもヒンディー語放送でフォーカスが当たる度合いはあまり高くはない。

    このあたりについては、英語メディアでも拠点となる街の位置する都市やそれが属する州とその近隣州が中心となるため、ごくいくつかのメディアをウォッチングしているだけではインド関連のニュースをまんべんなく吸収しようとすることはできない。政治の潮流も州や地域毎に、まるで別の世界、別の国のようであったりするため、「日本の約8倍」という物理的な面積よりも、さらにインドの政治・社会的な広がりは大きい。

    11月の5州における州議会選挙は、来年4月~5月に予定されている中央政府の下院選挙の前哨戦と位置づけられる面が強いため、内外からの注目はとりわけ高い。

    インドでは伝統的に「注目されるムスリム政党」は存在しなかった。独立以来、ムスリム票を集めるのは中道左派の国民会議派(及び左派政党)、1980年代以降は特定の地域政党もムスリムからの集票に強いものが出てきたが、「国政で存在感を持つムスリムによるムスリムのためのムスリムの政党」というものはなかった。(独立以降、ムスリムの政党がなかったわけではない)

    近年、大きく注目を集めているのがAIMIM。100年近く前にハイデラーバードで発足した政党だが、現在の党首アサードゥッディーン・オーウェースィーが指揮するようになってから各地に活動を広げるようになった。

    ただし「ムスリムの政党」といっても急進的な宗教政党ではなく、オーウェースィー自身がそうであるように、リベラルで世俗的なイスラーム教徒による世俗政党。ゆえに国民会議派と支持層が重なるため、国民会議派とは犬猿の仲。

    ゆえに「BJPのBチーム」などとも言われる。つまりAIMIMに票が流れた分、国民会議派の得票が減るからである。

    5州の選挙結果、うちミゾラムは独自の密室空間のようなものなのでさておき、その他4州の開票結果がどのようなものになるのか、その結果を受けて来年の国政選挙(下院選挙)が極右モーディー政権の続投か、あるいは会議派率いるINDIA ( Indian National Developmental Inclusive Alliance)がこの流れを止めるのか、とても興味のあるところである。

    Assembly Elections 2023 | Election Commission announces polling dates for five States; only Chhattisgarh to vote in two phases (THE HINDU)

  • カシミールでシヴァージー?

    カシミールのパキスタンとのボーダー、事実上の国境だが両国ともそこが国境とは認めず、カシミール全土の領有を主張しているため「実効支配線=LOC(The Line of Control)」。

    ここで、馬にまたがったマラーターの英雄シヴァージーが刀をたずさえてパキスタン側を睨みつけるという像が建立されたそうだ。

    しかし気味悪いのはこのシヴァージーの扱い。マラーター族の英雄で、マハーラーシュトラ州では「民族的英雄」ではあるが、決して全国区の人気というわけではない。

    ましてやカシミール地域となると、地元のカシミーリーたちにとってインドとの関係は「私たちは占領されている感」が強いものでもあり、いくら偉大な王シヴァージーといってもカシミールはおろかパンジャーブ、ハリヤーナー、デリーやUPにすらその威光が及んだことはない「ヨソの人」。

    現在のBJP政権において、ムガル帝国が「外来のイスラーム勢力による占領王朝」として、「インドにイギリスの前に来た侵略者」という位置づけになっており、ついに学校でもムガル帝国について教えなくなるのだそうだが、それと引き換えに引っ張り出されるのがシヴァージーのようだ。シヴァージーがマハーラーシュトラ州以外でこのような形で象徴的な形で引っ張り出されるのは近年これが初めてではないのだが。

    ムガルの勢力拡大に対して果敢に抵抗したマラーター王国の大王シヴァージー、ビジャプル王国やゴルコンダ王国といったムスリム勢力とも争ったヒンドゥー王国の主だったが、絶頂期にあってもムガルに比肩できるほどの勢力圏があったわけでもなし。また同じヒンドゥー勢力でもラージプートの諸侯との関係は「敵対」であった。

    おそらく今後、史実に照らして怪しい伝説めいた誇張も含めて、さらなる偶像化が進められていくのかもしれない。

    シヴァージー礼賛には「反ムスリム支配」という強烈なメッセージ性があることに加えて、北インドの人物ではなく、南インドの人物でもない「デカンの王」という、中間的な地理間も「国民的英雄」に仕立て上げるには都合がよいのかもしれない。

    またマハーラーシュトラで盛んな「マラーター民族主義」の象徴的存在でもあるが、これを「国民的英雄」に祭り上げることで、その「毒を中和」する効果も期待できるいということなのかもしれない。

    現在もマハーラーシュトラ州では「マラーター・アーラクシャン」ことマラーターの人々への留保、つまり北インドのビハールやUPなどからの人口流入が著しいため、これらを排除して地元民に進学を職を優遇せよという要求が続いている。

    つまりマラーターの人々を他のインド人と区別してのことなのだが、これでマラーターの人々の象徴であるシヴァージーが「インドの象徴」となってしまえば、マラーター民族主義とはインド全体を包括する民族主義なのだというような、地域民族主義の台頭に手を焼くBJP政権にとっては、レトリックの大逆転?みたいなことすら可能になるかもしれない。(笑)

    いずれにしても、イギリスによる「インド統一の前」で、インド各地がバラバラであった時代の王に「国民的統合の象徴」を求めるのにはたいへん無理がある。やはり国民的英雄で全国の統合の象徴といえば、各地の藩王国を新生インドに帰順させた初代副首相にして内務大臣でもあったサルダール・パテールをおいて他には誰もいないのだが、「アンチ・ムスリム」のスタンスでもマラーターのシヴァージー。捻じれに捻じれた「国民的英雄」のイメージであるように思われる。

    Shivaji’s statue comes up along LoC in J&K’s Kupwara (DECCAN Chronicle)

  • アジメールの「ケー・イー・エム」

    ラージャスターン州のアジメール駅前にある宿泊施設「KEM」と言えば、地元で知らない人はまずいないだろう。「ケー・イー・エムに行きたい」と口にすれば、「ホテルか病院か?」と聞き返されるはず。以下は2019年時点での記事。

    Ajmer KEM hotel to be restored (sawdust.online)

    1901年にエドワード7世が新たな英国国王とし戴冠し、すなわち当時のインド皇帝となったが、これを祝うために翌々年の1903年に「デリー・ダルバール」に出席するためボンベイに上陸し、鉄路で各地に立ち寄りながらデリーへの移動途中でアジメールに来訪することも決まっており、どちらもこれを記念して建てられたもの。ゆえに「K.E.M.(King Edward Memorial)」なのである。宿泊施設のほうの「KEM」は、後にホテルに転用された。

    「ダルバール」とは、ウルドゥー語から英語に取り入れられた語彙で、英領インドの英語辞書「HOBSON JOBSON」にも出てくる汎用度の高い語彙だが、「王宮」「謁見の間」などの意味がある。「デリー・ダルバール」は広大な土地に沢山の大きなテントをしつらえて開催され、内外から数多くの賓客が招待されたうえで、イギリス国王を皇帝として戴く「インド帝国」において、その皇帝自身にお披露目の舞台であった。

    「デリー・ダルバール」は3回開催されており、最初は1877年のヴィクトリア女王、続いて1903年のエドワード7世、最後が1911年のジョージ5世。そして1936年エドワード8世が英国国王を継いだ際には、インドでの情勢の変化により、ダルバールは延期や再検討を重ねて、結局開催されることはなかった。

    「デリー・ダルバール」が開催されていた場所は、北デリーで「CORONATION PARK」として整備された公園になっており、往時の遺物がいろいろ展示されているため、英領期のインドについて興味のある方は訪れてみると面白いかもしれない。

    Delhi’s Coronation Park a neglected site of India’s colonial past (Al Jazeera)

    話は逸れたが、冒頭の「KEM」については、1990年代後半に宿泊してみたことがあるのだが、荒れ果てた安宿になっていて、廊下では宿泊客たちが持ち込んだコンロで調理などをしているような状態だった。立派な歴史的背景がありながらも、あまりにひどい状態であることに唖然とするしかなかった。

    しかしながら、「KEM」で、先述の大改修は完了し、今はきれいなホテルとして生まれ変わっているらしいので、いつか再訪してみたいと思っている。

  • THE LINE

    サウジアラビアが推進する国家プロジェクトとしてのスマートシティ「THE LINE」の建設。

    埋蔵量世界一の豊かな石油資源と石油後を見据えた展望のもと、外国からの技術と投資を呼び込んで、まったく新しいコンセプトの街が生まれようとしている。

    幅200mで長さが170km、三層構造で居住、インフラ、交通とそれぞれの役割が分かれているとともに、自動車のないどこにでも歩いて行ける街らしい。地域間の往来はどのような具合の「交通機関」が用意されるのだろうか。

    もしかしたら将来、地球外の惑星に都市が建設される際に利用するであろう技術やアイデアも投入されるのか、あるいはそれを見込んでのテストケースでもあるのか。

    建築家にも建設会社にとったも、まったく新しいコンセプトや技術で取り組むことのできる非常に楽しみなプロジェクトなのかもしれない。

    フェーズ1部分は2030年までに完成予定なのだと。そのあたりでどのようになっているのか報じられるのが楽しみだ。

    このプロジェクトに参画するインド人技術者や労働者も多数あることだろう。地理的に近いだけでなく、経済的な繋がりも強いサウジアラビアとインドなので、このプロジェクトの進展も詳しく伝えられるはずだ。

    THE LINE (NEOM)

  • 恋の珍事か、はてまたISIが送り込んだスパイか?スィーマー・ハイダルの謎

    パキスタンのスィンド州生まれのスィーマー・ハイダル(28)はバローチ族の出。10年前に親族が決めた結婚に反対して当時の恋人グラーム・ハイダルと駆け落ちして夫婦となる。

    そのグラームとの間に4人の子供に恵まれた。現在、グラームはサウジアラビアに出稼ぎに行っているのだが2019年以降にハマッているオンラインゲームでインドのデリー近隣で行政区分はUP州のグレーター・ノイダの住民であるサチン・ミーナーと知り合い、オンライン上で恋に落ちる。

    そのスィーマーという人物が現在そのサチンとグレーター・ノイダで暮らしていることが問題になっている。何が問題かと言えば、ヴィザを取得することなくインドに入国。パキスタンからドバイに移動、そこからネパールに飛んだ後、陸路でインドに入ったとみられる。しかも4人の子連れで。

    グレーター・ノイダのサチンの家に落ち着いてから2カ月後逮捕されることになったのだが、近隣からの通報がきっかけであったらしい。スィーマーは不法入国、サチンは父親とともに不法入国の幇助と不法入国者の隠匿のかどで逮捕された。

    不法入国、不法滞在のケースは星の数ほどあるものだが、ここまで大きく報道されるようになった背景には以下の3点がある。

    1.オンラインでムスリム(スィーマー)とサチン(ヒンドゥー)がインター・レリジャス(ムスリムとヒンドゥー)、インター・コミュニティー(インドのミーナー族とパキスタンのバローチ族)、インターナショナル(パキスタンとインド)でしかも4人の「コブ付き」の恋愛という点からの下世話な興味

    2.スィーマー自身のダイナミックな行動、4人の子連れで逃避行を敢行し、見事に恋の相手の家に着地したという映画のようなドラマチックさ

    3.スィーマーはISI(パキスタンの三軍統合情報部)のエージェント、つまりスパイではないかという嫌疑がかけられている。つまり互いにとって何の利益もない(第三者の視点では)恋があり得るのか、インドでうまく身元を隠して居住するための方策ではないのかというもの。

    スパイであれば、このように大きく報じられてしまった時点で「完全に終わっている」のだが、以前もこのような不可思議な形でインドで家庭を持っていたパキスタン人が逮捕されたニュースがあった。ハイデラーバードが舞台の案件で、夫はパキスタンのパンジャーブ州のスィヤールコート出身で湾岸に出稼ぎに行っていた。その後インドに渡り、ハイデラーバードではインドのパンジャーブ出身を自称して現地ムスリム女性を家庭を持っていたが、何かのきっかけでパキスタン人であることが判明し、やはり逮捕されたというものであった。

    今回のスィーマーについては、何が本当で何が嘘なのかはわからないのだが、「オンラインゲームで知り合って・・・」というのは今の時代らしい面かもしれない。

    インドで突然、大きく報じられて話題になっているが、サウジアラビアで働いているスィーマーの夫、グラームという男性はこのニュースを耳にしているのかどうか知らないが、一連の報道に触れたときには、さぞ腰を抜かして驚くことだろう。この世の中、いつなんどきどんなことが起きるかわかったものではない。

    ‘No longer a Muslim’: Seema Haider’s family in Pakistan doesn’t want her back (Hindustan Times)

  • マニプルの暴動とその後

    先月上旬にマニプル州で起きた暴動の収拾には、地元州政府はかなり手こずっており、中央政府も内務大臣のアミット・シャーが現地入りして現地の対立するグループとの対話を模索するなど、これまた大がかりな展開となっている。

    今回だけのことではなく、マニプルで長く繰り返されてきた主要民族メイテイ族とこれに次ぐ規模のクキ族の対立。ともにチベット・ビルマ語族系の言葉を話す民族集団だが、メイテイ族は主にヒンドゥー教徒で長きに渡りインド文化を継承するとともに隣接するビルマからも影響を受けてきた。

    そのいっぽうでクキ族は19世紀後半から20世紀前半にかけて、英米人宣教師の布教の結果、マジョリティーはクリスチャンとなっているが、それ以前は独自のアニミズムを信仰。クキはビルマのチン族と近縁の関係でもある。

    インド北東部が植民地体制下に入ってから統治機構と近い関係にあったのはメイテイ族で、その周縁部にクキ族その他の民族集団(マニプルにもナガ族が住んでいる)がいたという構図になるようだ。利害関係が相反し、異なるアイデンティティーを持つ民族集団が同じ地域に存在する場合、往々にして主導権を巡っての摩擦が生じるのはどこの国でも同じ。

    クキ族はマニプル州南部を「クキランド」として、インド共和国内のひとつの州としての分離を要求している。歴史的にはもっと広くアッサム、アルナーチャル、ナガランドなど近隣諸州の一部をも含む「広義のクキランド」を提唱する声もある。

    しかしこれについては北東部の他の民族も同様で、たとえばナガ族の中にもナガ族が広く分布してきたアッサム東部、マニプルなども含めた広大な「グレーター・ナガランド」の主張もあるが、それらの地域を支配するナガ族の政権が存在したこともなければ、人口がマジョリティーを占めたこともないので、民族主義が誇大妄想化した夢物語だろう。

    クキ族の抵抗はときに激しく(今回は多数の死者が出た)、そしてときに辛抱強い。何年か前には州の首都インパールを封鎖したことがあり、長期間のゼネストを敢行したこともあった。たしかひと月を超える規模であったように思う。

    北東地域への浸透を図るBJPだが、マニプル州でも2017年に初めて政権獲得に成功し、2022年の選挙でも勝利したことから現在2期目にある。もしかすると、BJP政権下で今後新州設立(クキランド州ないしはクキ州)へと動くことがあるのかもしれないが、その場合は州都インパールを含むインパール盆地の扱いが難しい。クキ側にとっては譲れない地域であるし、メイテイ族にとってもそんな譲歩はあり得ない。また農業とミャンマーとの交易以外で、それらしい産業や雇用機会があるのもインパールであるため、たいへん悩ましい問題になる。もっとも現時点で新州へという話があるわけではないので、単に私の想像ではある。

    こうした分離要求はインド各地にあるが、とりわけ北東部では他にもアッサムのボードー族が要求する「ボードーランド」、西ベンガル州からの北東インドへの入口にあたる、いわゆる「チキンネック」(ブータンとバングラデシュの狭間の細い回廊状の地域)すぐ手前のダージリンにおける「ゴールカーランド」などは、日本でも耳にされたことのある方は少なくないはず。「民族対立」「分離要求」は、「民族の坩堝」たるインドにおける永遠の悩みである。

    In Manipur, shadow of an earlier ethnic clash (The Indian EXPRESS)

  • 言葉が象徴するものと役割

    言葉が象徴するものと役割

    タミルナードゥ州に行くと、あまりにヒンディーが聞こえてこない環境に唖然としたりする。大きな鉄道駅や空港などで北インドからやってきた人たち同士の会話で聞こえてくる以外は、「部屋でテレビをつけないと聞こえてこない」といっても大げさではないのだが、人々に話しかけてみても同様だ。

    インドのどこにでもUP州やビハール州などから来た労働者たちは多く、タクシーやオートの運転手にも多い(インドの都市部でこうした運転手はそうしたところからたくさんやってくる。例えばデリーにしてもムンバイにしても、運転手が現地の人というのは稀で、普通はUPやビハールの人たちが多数だ)のだが、タミルナードゥ州はこの限りではなく、北インドその他の州では当然のごとく通じていた言葉が通じず、さりとて彼らが英語をよく理解するわけでもないため、とても不便に感じる。

    ヒンディー語、バンジャービー語等、アーリア系の北インドの言語とは系統を異にするドラヴィダ系の言葉のひとつであるタミル語圏なのでヒンディーが通じないと思っている人は少なくないが、そういう単純なものでもない。ドラヴィダ語圏でもカンナダ語、テルグ語圏に行くと、確かにヒンディー語が「誰彼構わず通じる」具合ではないとはいえ、タミルナードゥ州でのような「まったく圏外」みたいに極端なものではないし、その言葉に対する拒否感のようなものもないようだ。また、同様に言語の系統は異なっても、私たちと似た風貌の北東のモンゴロイド地域であるスィッキム州はもちろんのこと、ナガランド州、メガーラヤ州などでもヒンディー語はかなり広く通じるため、インド広く通じる共通語としての役割を持つヒンディーの神通力のようなものを感じる。言語圏が異なっても国内であれば相当程度通じて当たり前なのだ。ついでに言えばネパールでもごく当たり前に通じるため、インドのいわゆる「ヒンディーベルト」(ヒンディー語を母語とする州)を少し外れたところを旅行するのと変わらない。(もっともネパール語とヒンディー語は近い関係にあるがゆえ、そしてテレビや映画などの影響も大きいらしい。)

    タミルナードゥでの状況は、同州で長く続いてきた不健康な「アイデンティティー・ポリティクス」の結果、学校教育の場でヒンディー語を教えるカリキュラムすらないというヒンディー語排除の行政があるからだ。インドで学校の試験にヒンディー語はない(西ベンガル州など)というような州はあっても、最初から教えすらしないというのは、ここくらいのものだろう。こんな政治がよく続いているものだ。結果として北インドからの労働者の浸透度合いが低いため、地元の雇用が守られているという側面はあるのかもしれない。反北インドという姿勢があるがゆえのことだが、タミル語のボキャブラリーにはおびただしい量のサンスクリット起源(北インド起源)の語彙が含まれているため、「北インド的なるもの」を否定し切れるものでもない。

    タミルナードゥでも例外はある。イスラーム教徒が集住している地域で、そうしたところにはマドラサーがあり、ウルドゥー語が教えられているため、言葉が通じる人たちは多い。実はこれはインド国外でも、ミャンマーのような例があり、都市部に暮らすムスリム(多数派はインド系)であっても、迫害を受けて多数国外に流出しているラカイン州のロヒンギャーの人たちであっても、インド系ムスリムの人たちが当然身につけているべき教養のひとつとして「ウルドゥー語」があるため、書き文字と語彙層の差を除けば事実上の同一言語であるヒンディー語で普通に会話できることが多いのだ。タミルナードゥにおいては、ムスリム集住地区に限っては、州政府が無視しているヒンディー語をマドラサーの教育を通じて、ウルドゥー語という形で習得しているという奇妙な捻じれがある。

    ともあれ言葉というものは民族のアイデンティティーに深く結びついているものなので、同じ国にありながらも反発する対象であったり、民族性とは別に信仰から来る受容があったり、国籍は違っても維持すべき文化であったりと、実にいろいろな役割や象徴的なバリューを持ち合わせているものだと思う。

    When you speak HINDI in TAMIL NADU | Vikram | Madhuri | Vikkals (Youtube)

     

  • ラダックのジャーミヤー・マスジッド

    ラダックのレーにあるジャーミヤー・マスジッド。レーの町の繁華街の北側、旧王宮への登り口手前にあるモスクのようだが、中がこうなっているとは知らなかった。ラダック風の意匠でイスラームの礼拝施設になっているとは面白い。幾度も前を通っているのに、中を見学したことがなかったのは不覚であった。

    こういうのをサフラン右翼が見つけると、「太古からあった仏教寺院を破壊してモスクが建てられた。地下を掘れば仏像が出てくる。ASI(インド考古学局)から許可を与えてもらいたい」とかなんとか言って、一般人である地元の主婦名義で裁判所に提訴する、なんていうお決まりのパターンがありそうだ。

    歴史的にクリスチャンとムスリムのテンションがほとんどないゴア(近年のゴア州はBJP政権下)「ヒンドゥー寺院を破壊して蚊とり聖堂が建てられた」とかなんとか言い出しているので、国民会議派の退潮により、BJP支持が一気に拡大しているラダックでもありえない話ではないかもしれない。

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