ちょっと古いもので恐縮だが、昨年12月22日のヒンディー紙『サンマールグ』にてこんな記事があった。
1889年に英軍に所属していたマハートマー・ガーンデイー
救護部隊所属で優れた業績により表彰
非暴力運動の指導者は、彼がまさにその人生を賭けて打倒した帝国主義の、その尖兵の軍服に身を包んでいた時期があったという、これまでほとんど知られていなかった事実をこのほど防衛省が明らかにした。
防衛省が発行する機関誌『軍報』が2009年1月2日に創刊100年を迎えるにあたって発行する記念号では、歴史の影に埋もれた貴重な史実に光を当てており、その中にガーンディーが英軍の救護部隊の業務に従事したことについても触れており、アフリカでのボーア戦争終了後、彼はその優れた業績により表彰されたとのことだ。
この記事によれば、ガーンディーが軍に入隊すること、加えてそれを自らの軍隊であると認識することは、ガーンディーとイギリス双方に取って困難なものであった。しかしこの時代の状況下、いたしかたないものであった。救護部隊の創設は、ガーンディーの提案によるものであったと伝えられている。当初、イギリス当局はそれを鼻にもかけなかったが、ガーンディーに共感する行政幹部がいたことから、これが実現する運びとなる。
ガーンディーがどうして英軍に参加したのか、その目的が何であったのかについても、この軍報100年記念誌で綴られる。ボーア人たちのふたつの共和国(トランスヴァール共和国およびオレンジ自由国)がイギリスによる干渉を嫌ったことに始まった戦争において、2万8千人の兵士を擁するイギリスは、4万8千人もの兵隊を抱えるボーア人の軍隊の前に劣勢。
こうした情勢下、イギリスは自らの最も優れた司令官たちをその戦いに投入せざるを得なかった。その時期にガーンディーは救護部隊の創設を思いついた。この時期、イギリス兵とインド兵がともに力を合わせて闘うということは考えられなかったが、最終的にこの部隊が結成されることとなった。
ガーンディーはこの部隊の所属となる。そこには800名の契約労働者を含む1100人のインド人たちがいた。イギリス人指揮官はこの部隊の勇敢な仕事ぶりを称えた。彼らは、25マイルもの距離を徒歩で進み、新任の最高司令官ロバート閣下の戦死した息子の遺体を搬送したと伝えられている。
以下、この記事に掲載されていた写真である。右の円の中が当人であるのだとか。

ガーンディーに軍歴があったとは知らなかった。ニュースの出所はしっかりしているのかもしれないが、一般に知られている彼の履歴とちょっと整合しない部分があるようだ。
1869年生まれのガーンディーは、彼が従軍したとされる第二次ボーア戦争開戦の1889年10月に20歳になったばかり。この戦争が終結したのは1902年の5月。
しかしガーンディーは、18歳になった1887年にロンドンに渡り、法曹界を目指してロンドンにて勉強を始めており、1893年には南アフリカで弁護士として開業している。
留学を始めてから最初の2年間を除き、法曹界で身を立てるための留学・修養期間と重なる。
もっとも戦争期間中を通じてずっと軍に身を置いていたのかどうかについては、この短い記事中では触れられていないし、ガーンディーのような精神的にも能力的にも卓越した人物の行動を凡人のモノサシで測ること自体が大きな誤りであるのかもしれない。詳しくは当の軍報の創刊100年記念誌(今月2日に発刊されているはず)に掲載されているのではないかと想像される。もしこれを手にする機会に恵まれたならば、ぜひそれをじっくり読んでみたい。
ただちょっと不思議なのは、まさかその『100周年記念』のネタとして、『軍人ガーンディー』を何十年間も封印してきたのではあるまいし、どうしてまた今になってそんな話が出てきたのだろうか?
カテゴリー: politics
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軍人ガーンディー
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YouTubeで大物政治家の映画人時代を観る

冒頭の写真は、今年2月に還暦を迎えたジャヤラリター。タミルナードゥを代表する大物女性政治家というよりも、インド政界でも有数の女傑といったほうがいいかもしれない。
1981年にタミルナードゥの地域政党AIADMK(All India Anna Dravida Munnetra Kazhagam)に加入し、1988年に同党の創設者M.G.ラーマチャンドランが亡くなってから現在まで20年の長きにわたりリーダーシップを発揮し、同州の首相も務めた。彼女の行政手腕を高く評価する声も多いいっぽう、その強権ぶりと数知れぬ汚職疑惑から数多くの非難もある。
ジャヤラリターは、M.G.ラーマチャンドラン同様に、政界入り前は映画人として高い人気を集めた人物である。タミル映画およびカンナダ映画に多数出演し、この地域の民族的アイドルであった。80年代後半から『元人気女優』としてではなく、実力派政治家として社会に大きな影響を与えるようになってからも、大輪の花を思わせる華やかな風貌にはまた格別の存在感があった。
元有名女優とは知っていても、彼女が出演する映画を見たことがなかったが、近年YouTube他の動画投稿サイトが普及するにつれて、Sakti LeelaiやKannan En Kadhalanといった彼女の出演作のひとコマを簡単に目にすることができるようになってきた。前述のM.G.ラーマチャンドランも同様で、Nadodi Mannanのワンシーンを眺めることができるのはうれしい。
インターネット上に新旧さまざまな映画作品が投稿されていることについては、著作権云々ということもある。しかしインド国外ないしはインド映画圏外からでも、自宅にいながらにしてその映像にアクセスできること、必要に応じて参照できることについては、肯定的に評価できる部分も少なくないのではないかと思う。
ネット上のインド映画については、作品を最初から最後までまるごと見ることができてしまうものもあるが、後日そうした事柄について少し考えてみたい。 -
キリノッチはどうなっているのか?
今年後半に入ったあたりから、インドのニュース雑誌その他のメディアでしばしばスリランカの内戦にかかわる情勢が取り上げられる機会が増えたように思う。それはすなわち戦況に大きな転機が生じているためだ。
昨年春にLTTEがコロンボにある国軍施設に空爆を加えた際、世界でも珍しい反政府軍所有の航空機による政府側に対する攻撃として注目を集めたとき以上のものがある。
2000年以降、政府との間の停戦、2003年の和平交渉においては、それまで堅持してきた分離独立を求める姿勢を改め、連邦制を敷くことに合意するなど、後に紆余曲折はあれども、内戦の終焉へと向かうのではないかという観測もあったが、そうはならなかった。
2004年にはLTTE内での分裂により、それまで9,000名を数えるとされた兵力が半減し、相対的に弱体化の様相を見せる中、2005年に現在のマヒンダ・ラージャパクセ大統領就任直後から連続したテロ攻撃をきっかけに内戦が再燃、しばしば報じられているとおり、今の大統領はLTTE掃討について積極的な姿勢で臨むようになっている。
LTTEは、最盛期にはスリランカの北部および東部のかなりの部分を制圧しており、その地域はスリランカ北西部からぐるりと海岸沿いに、彼らの本拠地である国土の北側沿岸地域を経由して、東部海岸地域にまで至っていたものだ。しかし現在ではかなり縮小しており、ジャフナ半島付け根の南側地域を実効支配するのみだ。
近ごろ政府軍が有利に展開を続けていることを背景に、大統領はLTTEを軍事作戦で壊滅させることに意欲と自信を深めているようだ。
大統領は、LTTEとの戦闘状態について、『内戦ではない。テロリストへの掃討作戦である』という発言をしていることからもわかるとおり、従前の和平交渉での相手方当事者としてではなく、『犯罪者』として相対していることから、そこに妥協や交渉の余地はなく、力でもって叩き潰すぞ、というスタンスだ。
いよいよLTTE支配地域の事実上の首都であるキリノッチへの総攻撃も近いとのことで、インディアトゥデイの11月10日号に関連記事が掲載されていた。
Cornering Prabhakaran (India Today)
ところで、この『首都制圧作戦』は、すでに昨日11月23日に開始された模様だ。
S Lanka attack on rebel ‘capital’ (BBC NEWS South Asia)
その情勢については、Daily Mirror他スリランカのメディアによっても伝えられることだろうが、そうした政府側とは対極にあり、LTTE地域の内側からの情報を伝えるTamilNetに加えて、近隣のメディア大国インドからの関連ニュースについても関心を払っていたいところだ。
正直なところ、スリランカの政府軍についても、LTTEについても個人的にはさほど関心がないのだが、こういう大きな軍事作戦が展開していることについては、とても気にかかっている。
後者について強制的に徴用された少年兵の存在もさることながら、同組織による支配地域に住んでいるからといって、すべての住民たちが心の底からLTTE支持というわけでもないだろう。政府に不満を抱きつつも、LTTEに賛成という訳でもない・・・といっても、自分の居住地が彼らの支配下にあれば、その権力に従うほかにないのだ。
もちろん国情、経済状態その他によってその度合いや政治への参加意識はかなり違ってくるにしても、日本人である私たちも含めて、世の中の大多数の人たちにとって、最大の関心ごとといえば自分自身の将来、家族、友人、恋人、学校、仕事、趣味等々いった、自らの身の回りのことだ。
政治云々についてはそれを仕事にしているのでない限り、自分や家族のことよりも、国や地域の政治が優先、寝ても覚めても政治のことで頭が一杯なんてことは普通ありえないだろう。
そもそも人々がまともに暮らしていくために政府や政治というものがあるはずだ。その『政府』による武装集団、つまり軍隊が自国民の町を襲う、『政治』が人々の平和な暮らしやその命までをも奪うという事態が進行中であることについて、またこの『内政問題』について各国政府が黙認していることを非常に残念に思う。 -
King is pinched
1週間近く前の記事だが、ネパール王室についてこんな記事があった。
Nepal ex-king told to pay bills (BBC South Asia)
22ヶ所の宮殿や屋敷の過去数年間にわたる電気料金100万ドル超を11月7日までに期限内に支払わなければ彼らへの電気供給をストップさせるというもの。
元国王は、この膨大な金額を支払うのか、電気を止められるという屈辱に甘んじるのか、それとも何か他の手立てがあるのかどうかわからないが、5月に王室が廃止されてから身分上は普通の『国民』となった元国王とその家族。
最終的な王室廃止に至る過程の中で、王室財産はかなり処分されているはずだが、それでも海外に隠した『埋蔵金』の話もあるし、そもそも王や王族が経営にかかわる有力企業も少なくなかったようだが、そのあたりはどうなっているのだろう。
まだそれなりの財力があるようだが、政治的な権力を失い丸裸になった元国王一族に対する圧力は相当なものだろう。今までのところ、彼自身は国外への亡命は否定しているものの今後どうなるか。
現在与党の座にあるマオイストにしてみても、それと協力関係にある他の勢力にしてみても、王室の廃止により不人気だったギャネンドラ元国王が民間人になったとはいえ、今でも旧王党派や王室にシンパシーを抱く人々が皆無というわけではないし、そこを基盤にして政治活動に乗り出す元王族やその縁者が出てこないとも限らない。
現政権にとっては、後に憂いを残さないために、旧王室のさらなる弱体化を進めたいところではないだろうか。更には本音では国内から退去して欲しい、地理的にも遠い場所に行ってくれればなお幸い・・・といったところかもしれない。今後も様々な形での締め付けは続くことだろう。
政府からさまざまな『弾圧』を受ける旧王族たちは、この国でどこまで持ちこたえることができるのだろうか。 -
地元主義!
また近ごろメディアでラージ・タークレーと彼が率いるMNS (Maharashtra Navnirman Sena)の暴れん坊ぶりがメディアを賑わせている。
ラージ・タークレー逮捕に抗議してマハーラーシュトラ州内各地で繰り返されたMNS活動家たちの乱暴狼藉ぶりもさることながら、それに先立ち、彼が今月半ばにジェット・エアウェイズの合理化計画の一環としての大規模な人員整理に係わる争議に介入したことについての報道に注目した人も少なくないだろう。
以前、『総体としてしっかり』という記事で触れたとおり、ラージ・タークレーに関わるニュースを専門に収集したRaj Thackeray Newsというサイトがあり、近ごろの彼とMNSの動向を垣間見ることができる。 -
勝ち目はあるのか?
テレビニュースを見ていたら、『ハウラー駅で爆発物』という速報が出ていた。ウェブサイト上でもこの件について以下のような記事が掲載されている。
Box with ‘explosives’ found in train at Howrah station (NDTV.com)
なんだか最近ずいぶん多いなと思う。
そういえば、お隣りパーキスターンの首都のイスラーマーバードでも、ほんの数日前に大きな爆破テロがあった。標的となったマリオットホテルはグローバルに展開するアメリカ資本のホテル。ニュースによると建物は全焼とのことで、ホテルとしての機能は停止している。メディアで報じられていたホテルエントランスのパーキングエリアに大きく空いたクレーター状の穴が爆発のすさまじさを物語っているようだ。
ホームページ上にも事件により無期限で休業する旨記されている。同サイト上に用意されているPhoto Tourで豪華な施設設備等が紹介されているが、首都一等地の特にセキュリティが行き届いているはずのエリアに立地する国際的なホテルがこのような攻撃に遭うこと、そもそもザルダーリー新大統領がテロ対策を交えた演説を行なった直後にこうした事件が起きることについて、こと治安に関する新体制の能力に大きな疑問を抱かざるをえない。
こうした中で、インドにとっては腹の底まで信用はできないものの、国軍の支持を背景に内政面ではそれなりの安定をもたらし、近隣国に対しても一定の筋が通った対応をしてきたムシャッラフ大統領の辞任後対する不安は、後任のザルダーリー氏の選出でますます先行き不透明なものになった。このたびのテロ事件は、同国の今後の迷走ぶりを予見するかのようで実に気味が悪い。
パーキスターンにおける近年の過激派の浸透には、ジア・ウル・ハク大統領時代にさかのぼるこれまで歴代の政権がとってきた政策に要因があるとよく指摘されている。利用するほうも利用される側も互いの利益のために手をたずさえていても、まさに同床異夢で腹の奥で考えていることは違う。風向きが変わればあっという間に縁遠くなってしまうどころか、敵対してくることだってありえる。『傀儡政権』だってスポンサーにいつまでも忠実というわけではないように。また国内において比較的リベラルな傾向のある東部と、より厳格な北西部の文化的差異に基づく地域対立の関係もあるようだ。
また政府自身についても、ISI(パーキスターン統合情報部)に対する文民統制の欠如が長年指摘されているところであるし、北西辺境州の中のFATA (Federally Administered Tribal Areas)のように中央政府の管理がほとんど及ばないエリアがあるというのも、パーキスターン国内的にはそれなりの歴史的経緯と合理性をもって認識されているとしても、外国から眺めれば明らかに治安対策上問題が大きい。
従来、インドではテロが起きるたびにパーキスターンの関与を疑い、これを強く非難してきたが、国内しかも首都の中心でこうした事件が起きることを防ぐことができない政権自体にそもそも当事者能力は期待できるのだろうか。
だが『外国による関与』のみらならず、今年7月にバンガロール、アーメダーバード、そして9月にデリーで起きた連続爆破テロにあたり、犯行の主体がインド国内にある地下組織のインド人メンバー、つまりテロの国産化が進む傾向が大いに懸念されている。
社会の様々な面でいやがおうにもグローバル化が進む中、過激な思想やテロはいとも簡単に国境を越えたネットワークを形成していき、既存の統治機構はいつも後手に回っているようだ。事件に対する対症療法に終始しているようだ。国境という境目ごとの『タテ割行政的テロ対策』ではもはや封じ込めることはできないのではないだろうか。
テロ対策、治安対策は厳格になっていくいっぽうだが、その反面誰もが『叩くだけではダメだ』ということはとっくに気がついている。なぜテロが起きるのか?彼らの行動をどうやって防ぐことができるのか? テロリストたちはどうやって生まれてくるのか? こうした人々が出てこないようにするにはどうすればいいのか? 私たち人類に与えられた試練といえるだろう。
現象面に限って言えば、インドもパーキスターンも国内で頻発するテロに苦慮している。
『敵の敵は味方』というわけではないが、テロという共通の敵に対して地域で『共闘』していく必要があるようだが、それをできない時点でテロリストたちに大きく先んじられている。進化を続ける21世紀の『都市型ゲリラ』であるテロリズムに対して、果たして政府はついていくことができるのだろうか? -
マムターの勝利・・・でいいのか?

今年1月にデリーで開催された2008 Auto Expoにて鳴り物入りで登場したターター自動車の10万ルピー車NANO。インド国内のみならず世界戦略をも担う期待の新星だ。同社は今年のダシェラーに入る前あたりで、このモデルの路上でのデビューを狙っていたようだ。だがその発売どころか生産工程についても暗雲がたちこめており、光が差し込んでくる気配さえ感じられない。
ナーノーの組み立てが行なわれているのは、ターター自動車が西ベンガル州のスィングールに建てた工場。ここでの土地収用をめぐる争議が続いているのはこれまでずっとメディアで報じられていたところだが、このほどターター自動車自身が作業員たちを引き揚げ、この生産拠点を放り出してしまう可能性が大きくなってきた。
Tata stops work, Bye Bye to West Bengal ? (Hindustan Times)
Battle Ground Singur (Hindustan Times) -
頑張れ ブータン議会政治
初の総選挙を経て、民主化の道を歩み始めたブータンだが、国会へのノートパソコン持込禁止の措置が、ちょっとした議論を呼んでいるらしい。禁止の理由は議事進行中パソコンゲームに興じているセンセイたちがいるからなのだとか。もちろん審議等に必要な書類を山ほど持参する非効率なやりかたでいいのか、無駄な紙の使用を避けようではないかという批判も多いようだ。
どこかの国でも、大切な議事が進んでいく中で居眠りしている議員サンたちの姿が見られたり、立場を踏まえない不規則発言が物議を醸したりする例も珍しくはないことを忘れてはいけない。しかしながら、ブータン国会でそういう事例があること、またそういう事情が公になることなどから、確実に民主化の路線を進んでいることは感じ取れるのではないだろうか。
民主化、というプロセスの中で、内政事情はずいぶん異なるとはいえ、南アジアの『民主主義の先輩』諸国の政治状況に比較して、ブータンにおける民主政治が今後どういう展開・発展を見せていき、これが社会のありかたや人々の暮らしにどう反映されていくのかとても興味深いところだ。できることならば、どこか焦点を決めて定点観測していきたいような気がする。
Bhutan MPs in computer game ban (BBC NEWS South Asia) -
ただの虫なのか?
大ボスはいかにしてその座を追われるのだろうか。政界の大物が汚職疑惑の渦の中で四苦八苦するといったことの裏には、単にそういう事実があったようだということはもちろんのことだが、それが明るみに出ることを許してしまう脇の甘さには、そのリーダーが率いる組織ないしは勢力内における自身の求心力の低下という部分は往々にしてあるのだろう。ちょうど猿山のボスが盛りを過ぎると、台頭してきた若手にその座を追われてしまうように。
立場が上がるほど、手にする権力が大きくなるほどに、仲間や協力者たちの中にも潜在的な『敵』の数が増えてくる。それはライバルたちであり、その支持者たちでもある。国政をあずかる指導者たるもの、また身内におけるさまざまな軋轢や意見をまとめあげるとともに、党内外のさまざまな意見を調整していかなくてはならない。誠実すぎる人はその責に押しつぶされてしまうだろうし、生真面目な人は周囲への気遣いへの苦労の末にぶっ倒れてしまうだろう。ボスたるもの、どっしりと構えて清濁併せ呑む器と熟練した人身掌握術が必要となる。
洋の東西を問わず、とかく人々の上に立つ人物には、他者と違う厚みや奥行きを感じさせる人が多い。それはその人生来のものなのか、そういう特性を身に着けたからその地位に上り詰めることができたのか、はてまたその地位にあることがそういう雰囲気を生み出しているのだろうか。ボスといっても、考えが様々でカラーも違う寄り合い所帯の中で、主要な派閥の妥協のうえで、なんとか合意できる最大公約数的な人物がポンと出てきて、お飾り的な指導的地位に就くことがある。だが往々にしてこうした『親分』は短命に終わる。もともとそういう器でないからだ。
ボスの真価は、危機管理能力にあるともいえるかもしれない。この場合、テロや災害に対するものではなく、自身のサバイバル能力のことだ。もちろんその『危機管理』とは、たいてい人々のためになることはない。インドでこうした能力が高い政治家といえば、中央・地方ともにいろいろ目に付くところだが、国外に目を向けてみるとその極端な例は北朝鮮かもしれない。
最悪、失脚したり逃亡したりしなくてはならないところまでいったとしても、カムバックするためのカードをいくつも持っているのが筋金入りのボスである。昨年後半に相次いで帰国を果たして再び国政に打って出たベーナズィール・ブットーも、ナワーズ・シャリーフも、しばらく本国に身を置いていなかったにもかかわらず、それぞれが率いる政党が勝利を分け合うこととなった。やはりふたりともそういう器だったのだろう。前者は選挙活動の最中にこの世を去り、実務を夫が引き継ぐことにはなってしまったが。
亜大陸の反対側に目を移してみよう。政治の混乱のため総選挙が延期されたままになっているバングラーデーシュ。元首相シェイク・ハスィーナー、同じく元首相を務めたカレダー・ズィヤーともに重大な汚職疑惑を抱えているところだ。このほど報じられたニュースによれば、前者については嫌疑にかかわる重大な書類が『虫に喰われて』しまっているのだという。その被害の程度がどうなのか、立件自体に支障をきたすほどなのかについては書かれていないが、そもそもこういう大切な書類が虫にやられてしまうほど本当に管理が甘かったのだろうか。『虫』の背後には、怪奇な権謀術策がめぐらされているのでは?と疑いたくなる。
一見、ちょっと間抜けに見えるこのニュースだが、実はこのボスが自身の華麗な復活劇を演じるために踏み出した最初の一歩という可能性も否定できないだろう。背後で何が蠢いているのはまだよく見えてこないが、ちょっと気に留めておくべきニュースなのかもしれない。本当に『何かある』のかもしれない。ボスたるもの、世渡り術が世間並みであるはずがない。
Bugs eat Bangladesh court papers (BBC NEWS South Asia) -
天まで届け!FREE TIBET !!

『Free Tibet !』
『中国はチベットから出て行け!』
『Stop killing in Tibet !』
『チベットに人権を!』
シュプレヒコールとともに長い長い行列が進んでいく。GW連休最終日の5月6日、中国の胡錦濤国家主席の来日に合わせて、東京都内で午後2時半からチベット問題に関する抗議デモが実行された。
今日の朝、突然『こういうのがあるよ』と友人に声をかけられた私は、いったいどういうグループが主催するものかもよくわかなかったが、ふたつ返事で参加することにした。集合場所はJR千駄ヶ谷駅近くにある日本青年館。チベット旗やプラカードなどを手にした大集団に合流。デモ隊はほぼ定刻どおりに出発した。まずは地下鉄外苑前方向に進んでいく。内外のさまざまなメディアの腕章をしたカメラマンたちがシャッターを切りまくっている。

私は隊列の先頭近くにいた。大声を上げて進んでくる行列を目にした人々の表情がなかなか面白い。『なんだ?』ときょとんとした顔あり、『がんばって!』と声援を送ってくれる人あり、物珍しそうに携帯電話を取り出して写真を撮る者あり。私自身は大集団の中のゴマ粒にしか過ぎないのだが、それでもなんだか気持ちいい。大勢の人々に見守られながら、隊列を先導するチベット人女性の野太い声に続いて、『FREE TIBET !』『チベットに自由を!』などといった単調なメッセージを大きく連呼していると、気分が高揚してくるようだ。

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ひと続きの世の中
2月にアフガーニスターン・パーキスターン両国国境地帯で失踪した駐カーブルのパーキスターン大使ターリク・アズィーズッディーン氏が、ターレーバーンの人質となっていることが明らかになっている。これまでもNGO、国連、報道その他の関係者が連れ去られ、現政権との交渉のカードとして利用されてきた。ターリク氏はターレーバーンたちが仲間の釈放を求める交渉の材料として誘拐監禁されている。
パーキスターンの支持あってこそ、かつては国土の大半を手中にしたターレーバーンであったが、2001年9月11日にアメリカで発生した同時多発テロ以降、地域の風向きが大きく変わると自分たちを捨てて去っていったかつての親分に刃を突きつけた形になる。この事件は、現在のアフガーニスターン政府にとっても、かつて傀儡ターレーバーンを育んだパーキスターンにとってもまた大きな難題だ。
支配者側への揺さぶりとして、本来の対立する相手ではない第三者を誘拐して、自らに有理な状態を引き出そうという手法、そうした勢力からの報酬目当ての『誘拐産業』にもスポットが当たるようになっている昨今だが、どうも世間で起きているこうしたニュースを目にすると気が滅入る。モラル云々以前の問題ではあるが、いやしくも一度は政府を構えた勢力が行なうべきことではありえない。現政権と対峙するにあたり短期的には何がしかのメリットがあるとしても、これまで以上に対外的な信用を失うとともに、国内的にも人心掌握どころではないだろう。
ただし現在のアフガニスタン政府にしてみても、アメリカによるターレーバーン攻撃という好機に乗じて政権を簒奪した複数の派閥が、西側の支援を得る反ターレーバーン勢力という共通項のみからなる足元の危うい合従連衡のもとで、利益の奪い合いを展開している中、そうそうまっとうなものは見当たらない。勝てば官軍、武力による統治という現状こそがアフガーニスターンの最大の不幸だ。インドと同様に『多様性』に満ちたモザイク国家アフガーニスターンだが、長い内戦を経て、すっかり壊れて散り散りになってしまったカケラを集めて、ふたたびひとつの国にまとめあげるには、どのくらいの時間と犠牲を払わなくてはならないのだろうか。
歴史的につながりが深い近隣国インドのことを思い合わせれば、『民主主義』や『自主独立』といったものの尊さ、ちゃんと機能する『政治』の大切さをひしひしと感じる。そうしたことについて無頓着でいられる境遇とは、実に幸せなことなのである。たとえば今の日本のような政治への関心の低さは、裏を返せばそれほど深刻な問題が生じていないということでもあり、それ自体は決して悪いことではない。
ただしこうしたトラブルを抱える地域への関心は常に持ち続けたい。歴史的な境界あるいは為政者の都合による『国』という区分で細分化されている世界だが、どこに行っても人々の暮らす社会があり世間がある。国境のこちらと向こうでいろいろ事情が違ったりもするが、つまるところ同じ人間が暮らすひと続きの『世の中』なのである。でも距離が遠くなるにしたがい、なかなか見えてこなくなるし、縁が薄い地域の話はあまり聞こえてこないこともある。
ゆえに周囲の無関心の中、非道が大手を振ってまかりとおっていたりするのはとても残念なことだ。状況や内容はまったく異なるが、それはアフガーニスターンしかり、チベットしかりである。
Taliban holds Pakistan’s ambassador (Al-Arabiya News Channel) -
ネパール 革命成就・・・なのか?

ネパールの総選挙結果が、事前には思いもよらなかった方向に展開している。
紆余曲折あったが、なんとか今回の選挙に参加することになったネパール共産党マオイスト派である。長年武装闘争を続け、ネパール政界を左右するひとつの重要なカギを握る勢力である。国民のある部分から一定の支持を得ることができるにしても、あくまでも主流派に対する抵抗勢力として、どこまで票を伸ばすことができるかが云々されていた。さらにはその結果が、彼らにとって満足いくものでなければ、選挙の公正さに対する疑いを理由に、再び武闘路線に戻るのではないかという懸念もあった。そもそも今回の選挙の焦点のひとつには、国内の不安定要因の最たるもののひとつであったマオイスト勢力をいかに平和的かつ継続的に政治参加させるかという問題があった。
ところがどうしたことだろう。現時点ですべての結果が出揃ったわけではないが、すでにマオイストが第一党となることは確実な情勢で、開票後かなり早い段階において勝利宣言も出ている。これはまたマオイストたちによる『革命の成就』と表現することもできるだろうか?
政府と対立して武装闘争を展開してきた過激派が、総選挙で過半数にわずか及ばないまでも、堂々たる第一党に選ばれてことを受け、大政党にしてこの国最古の政党であるネパール会議派がマオイストに連立を打診している。力による弾圧という路線から対話と政治参加を促して、武装したマイノリティ集団のマオイストたちを一政党として自らのシステムに取り込もうとしたのはマジョリティ側であったが、総選挙の予想外の結果により、まさに主客転倒となった。
数の論理で堂々と不条理がまかりとおることもある民主主義体制の中、狭い国土ながらもインドと同じく多様性に富む国土の広範な民意のうち、これまで既存政党が吸収できなかった部分を代表し、道理にかなったやりかたで国政に反映させる、必要とあればマジョリティの独走に歯止めをかけるチェック機能としての存在は、諸手を挙げて歓迎されるべきものである。そもそもマオイストたちの中に占めるマイノリティ民族や女性の占める割合は高く、これまであまり省みられることのなかった層の人々の意思を代表しているともいえる。
マオイストたちにしてみれば、国民の総意を結集した選挙で第一党となることで、『政党』として自らの主義主張の正当性についてのお墨付きを得たことになり、これまでの行いは『造反有理』であり、これが社会が払ってきた犠牲についても『革命無罪』ということになってしまうのだろう。政界のどんでん返して、ネパールは今まさに本格的な変革の時期を迎えたことになる。しかし注意しなくてはならないのは、予想外に大量の票がなぜマオイストに流れたかということだ。票のかなりの部分は既存政党への不信任票といえるだろう。しかしだからといって、そのすべてがマオイストたちの方針に諸手を挙げて賛成というわけではないのではないかということは容易に想像できる。選挙前にはマオイスト支持とは予想されなかったカテゴリーの人々のうち、どういう立場の人たちが彼らに票を投じたのか、詳細な分析が出てくるのを待ちたい。
ところで、マオイストたちに政権担当能力はあるのだろうか。彼ら自身、とりあえずは政局に強い影響力を持つ野党陣営の一角を占めて、議会政治の世界で着実に地歩を固めることができれば良かったのではないかと思う。いきなり第一党に躍り出てしまい、最も当惑しているのは他でもないマオイストの幹部たちなのではないかという気がしないでもない。時期尚早ではないだろうか。
これまで農村部や山間部で人々をオルグあるいは強制的に徴用したり、政府に対する武装闘争を展開したりしてきたマオイストたちが、こんどは公平かつ責任ある統治者として、『反動的』あるいは『反革命的』他陣営をも含めた様々な意見をまとめあげる有能な調整者として、これまでとまったく違う役割を担うことになる。こうした経験のない集団が、あまりに過度な期待を背負っていったい何ができるのかは未知数だが、まずはお手並み拝見といったところか。先に勝利宣言を発したプラチャンダ議長は、彼らが第一党となることに対する周辺国ならびに諸外国の懸念を払拭するため、『我々は民主主義を尊重し、諸外国とりわけインドと中国との友好関係を維持していく』との声明を出したことからもうかがえるように、今のところ自分たちの立場についての自覚はあるように見えるのだが。
今回の選挙が、懸念されていたほどの大過なくほぼ平和裏に投票を終了し、政権交代へのプロセスを円滑に進めているように見えることについて、現象的には国民統合の象徴とも民主主義の勝利ともいえるかもしれない。だがその実新たな混乱のはじまりがやってきたのではないかと懸念するのは私だけではないだろう。今度はマオイストを軸とする新たな合従連衡が展開されていくことになると思う。ネパールの『革命』と『闘争』はこれからもまだまだ続く。マオイストが主導することになりそうな新政府、そして新たな憲法起草による新しい国づくりの中で、あまりに性急な変化を志向すれば、かならずや大きな揺り戻しを呼ぶことになるだろう。
目下、革命いまだ成就せず・・・ということになるが、同様の信条のもとに武装闘争を続けるマオイスト勢力を抱えるインドにとっても、ネパールにおけるマオイストをめぐる様々な動きや事態の展開には、今後いろいろ参考になるものが出てくるのではないかという気もする。今後の進展に注目していきたい。
CA Election 2064 Results (kantipuronline.com)
ELECTION COMISSION, NEPAL

