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カテゴリー: nature

  • 地震 被災地はどうなっているのか

     10月8日に大地震が起きてから4日が経った。地震の被害の全体像が次第に明らかになってきている。世界各国からの援助も押し寄せつつあるとはいえ、同時に生活物資の不足も伝えられている。
     そしてやはり交通の問題という壁は大きいようだ。被災地は山岳地帯にも広がっているため、地震の被害を受けた地方の二割に及ぶ地域では、今なお救助隊も救援物資もまったく届かず孤立しているのだという。こうした状況下、空からの救援も試みられているようだが、やはり道路輸送可能な地域と比較して、質量ともに大きく不足してしまうのは想像に難くない。

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  • パキスタンで強い地震

     10月8日インド時間午前9時25分にパキスタン首都イスラーマーバード北北東95キロ地点、ムザッファラーバードあたりを震源とするマグニチュード7.6の強い地震があり、隣国インドやアフガニスタンにも影響が及んでいる。
     インドではJ&K州で地滑りや家屋の倒壊などにより、百数十名の死者と数百人規模の負傷者が出ていると本日時点での報道もある。地震の揺れは、デリーはもちろんパンジャーブ、U.P.西部、ウッタラーンチャル、ヒマーチャル・プラデーシュ、ラージャスターン、マディヤ・プラデーシュ、グジャラートといった各州でも感じられるほど規模の大きなものであった。パキスタンの震源地近くでは今も余震が続いている模様。
     

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  • 空が壊れた 3

     7月28日朝、雨足が弱まっているものの、今度は高潮が懸念されているという。やれやれである。だが昼すぎからすっかり雨が上がった。
     この頃には一部の区間で折り返し運行ながらも郊外電車が運行再開していることがわかった。空港への道も通れるようになったという話だ。ニュースでは「今後まだ48時間、非常に強い雨となる見込み」と伝えているので安心できない。しかし同じ低気圧により、アーメダーバードでひどい振りとなり、市内いくつかの地点では洪水が起きているというから、豪雨の中心はグジャラートへと北上したのかもしれないと思った。
     夕方、宿泊先から目と鼻の先のエアインディア事務所を訪れてみたが、やはり明日のことは何もわからないようだ。洪水になってからコンピュータシステムもダウンしているので、もし明日飛ばなかった場合に備えて他の便の空き状況を調べてもらうこともできない。  
     雨は止んでいるものの、高潮の影響もあり滑走路の冠水がひどくまだ空港は機能していないという。
     外に出ると久しぶりに雲の切れ目から赤く染まった夕焼け空が覗いていた。雨の最中誰もいなかったマリーンドライヴの堤防に人々の姿が戻ってきた。タクシーを拾う。実は今回、妻と小さな子供を連れての家族旅行なのである。豪雨の最中にムンバイに到着して初めてのまともな観光である。
     クルマを降りた先のチョウパッティー・ビーチでも、やはり人出が戻ってきていた。都心にこんな「砂浜」がある環境は実にうらやましい。人々の間を縫うようにして、綿菓子、ゴザ貸し、トウモロコシ売りなどが行き交う。波打ち際で砂地から勢い良く湧き出ている水流があった。私たちのすぐ横でそれを見ていたインド人家族、父親が小学生くらいの息子に「地下の伏流水が地上に湧いて出ているのだ」と大真面目に教えている。だがこんな都会であるからして下水に違いないと思う。
     ともあれ「外を歩ける天気」とはとてもいいものだ。このまま天候が回復してくれることを願ったが、夜半になると再び激しく降り始めた。
     翌朝7月29日は5時半に起きて空港へと向かった。幸い昨夜の雨はそうひどくなかったようだ。まだ暗い雨上がりの街をタクシーはひたすら北へと向かう。予約していたのは午後のフライトだが、どうせダイヤはとても混乱していることだろう。実際に飛ぶのはいつになるかわからないし、また豪雨がやってくれば再び空港が閉鎖ということもありえる。空港が開いているならば、可能な限り早いフライトに変えてもらって出発したほうが良い。
     昨日、一昨日と洪水で行き止まりとなってしまったハイウェイ上の混乱ぶりがテレビで伝えられていたのがまるでウソのようにどこもかしこもガラガラに空いているのだが、やはりあのとき水に浸かって放置されたままの大小の車両たちの姿がそこここにある。洪水のあった地域で道路沿いの建物の壁をよくよく見ると、「ここまで水が来た」という痕跡が確認できるものが少なくない。
     しかしあれほどの洪水だったのがウソのように迅速に引いているのは助かる。これがもし河川の氾濫によるものならば、上流の他地域でも降水が続けばさらなる増水はまぬがれないからだ。
     昨夜、このあたりでは「津波が来る」というデマが流れて、一部の地区ではパニックとなり死者まで出たという。おそらく昨日の「高潮」の情報がねじ曲げられて伝わったのではないかと思う。ずっと停電しており電話や携帯も不通になっていたために、口コミで間違った噂が広まってしまったのだろう。
     いよいよ空港が間近になってきた。飛行機が高度を下げて滑走路へと進入するのが見えた。どうやら今日は大丈夫らしい。空港ターミナルに着いてそのままチェックインカウンターで「デリー行きの可能な限り早い便に替えたい」と伝えると、ちょうど手続き中の午前8時代の飛行機を利用することができた。
     翌30日は再び激しい雨による洪水のためムンバイ発着のフライトがストップ。今回の一連の水害で被害に遭った方々、そしてしばらく足止めを食った方々のことを思えば申し訳なく思うが、ちょうど豪雨の切れ目のところで街を出ることができたのは幸運であった。
     ムンバイというインド有数の大都会にあっても、あるいは地上のどこにいたとしても、人間というもの、また人間の造ったものが大自然の脅威の前にあってはいかに無力であるかということが少し理解できたような気がする。
    <完>

  • 空が壊れた 2

     テレビは「前例のない豪雨」であると伝えている。ハイウェイのフライオーバーの向こうの部分がすっかり水に浸かっている。その手前では身動きとれなくなった大小のクルマたちが車線も何も関係なくメチャクチャな姿勢で数珠つなぎになっている様子が画面に映し出されている。
    「今日のフライトなのだ」と宿を朝出て行った人が夜中戻ってきた。途中で先に進めなくなり、ひどいところでは「腰までの高さ」の水をかきわけ徒歩で帰ってきたのだという。
     仮に飛行機が飛んだとしても空港までの足が心配だったので、明日は空港近くのホテルに泊まろうなどと考えていた私だが、少なくとも本日(7月27日)時点ではムンバイ郊外は同じ市内にありながらも異次元空間となっていることがよくわかった。道理で電話も通じないわけだ。
     フライトのキャンセルのため、空港にも人々があふれているという。飛行機の運航が再会するまで、付近のホテルも当然満室なのだろう。
     昨夜、市内の各駅では大変なことになっていたらしい。午後二時に鉄道がすべてストップしてからというもの、可能な範囲で折り返し運転していたバスとタクシー以外に交通機関がなくなったからだ。洪水により郊外への交通がすっかり遮断されてしまったため、帰宅しようとしていた人々は駅で夜を過ごすしかなかった。そのため運休中とはいえ、構内は寸分も隙もないほどの大混雑であったという。外は相変わらずの豪雨が続いており、人々は行く先もないのだから仕方ない。
     宿のボーイも「昨夜チャーチゲート駅に行ったけど、あきらめて帰ってきた。ここの床で寝るほうが駅よりはずっとマシだからね。自宅?ゴレガオンだよ。どうやらウチも浸水してるようだなぁ・・・」とボヤいている。
     なんでも26日のコラバでの降水量は70数ミリだったものの、郊外では950ミリに達したとのことだ。記録的な豪雨には違いないと思っていたが、驚いたことにインド全国の観測史上最高だと新聞に書かれていた。
     大きな河川がないムンバイは決して洪水に弱い街ではないと思うが、この雨ではいたしかたないだろう。テレビで排水施設の不備が指摘されているものの、数十年に一度あるかないかの豪雨対策よりも先になすべきことがインドの街には沢山あるのだから、あまり無茶を言ってはいけない。
     外ではまだ激しく雨が降り続いている。いい加減休んでくれればいいのに。やはり空が壊れたのだろうか?
    <続く>

  • 空が壊れた 1

     非常に激しい豪雨であった。日本の台風でさえも見たことのないまさに滝のような降りがほとんど休むことなく何日も続く。そして時に雷がとどろく。
    「空は疲れないのか?」そんなことをふと想い、脳裏に浮かんできたのは真っ黒な雲の上でトラ皮のパンツをはいた鬼が飛び跳ねながら太鼓をドコドコ叩いているイメージだ。
     これまで見たこともないスケールの大雨だけに、天空で何やら奇怪な生き物が悪戯しているような気さえするのだ。
     7月25日時点で、すでに洪水のためマハーラーシュトラ、ゴア間の道路が寸断されるとともに、ムンバイからゴアへと向かう鉄道も運休。
     翌26日の午後2時あたりから、ムンバイの郊外電車やこの街発着の長距離列車等のすべての鉄道が運休となった。ほぼ時を同じくして空港も閉鎖となり、国際線・国内線ともにストップしてしまう。外国からムンバイへと向かうフライトはアーメダーバードやデリーへ着陸することとなった。ムンバイ・プーネ間の高速道路も通行止めである。
     ニュースを見ていると、同じ市内でも郊外のほうはさらにひどい状態であることがわかった。滞在しているコラバでは特に変わったことはないのだが、場所によっては腰までの高さの冠水だ。ダーダルのあたりの洪水の状況が映っている。電話や携帯による通話にも支障が出ている。アンデーリーやサンタクルーズといった空港付近の被害が特に大きいようだ。このあたりに電話してもまったく通じなかった。冠水による漏電等の事故を防ぐために、電力会社が意図的に通電を停止しているそうだ。
     交通機関のストップによる市民生活の大混乱を駅や主要道路など現地からリポートしているキャスターは、はたしてどうやってその場所にたどりついたのだろうか。鉄道駅には人々があふれ、先に進めず立ち往生したクルマの中で苦りきった顔をしたドライバーの表情も伝えられている。そんな中に有名人たちの姿もあり、大渋滞の中でクルマに閉じ込められたアーミル・カーンがそれでも愛想よくメディアの質問に答えていた。
     市内では向こう2日間、学校が雨のため休校となる。役所や企業等の職場についても市当局が「公休日」を宣言している。
     27日の朝、まだまだ事態は変わらず。交通はすべてストップしている。翌々日にデリーに行くフライトの予約があったので、エアインディアの事務所に出向く。洪水で足止めされているのか職員はほとんどいなかった。彼らにフライトや空港の状況について質問しても、私がすでにテレビで見聞きしている事柄以上のことは何も知らない様子。結局、「詳しくはニュースを注意して見ていてくれ」とのことで、いやはやなんとも頼りない。
    <続く>

  • 津波から半年

     早いもので、世界的な大災害となった昨年12月26日の津波から6カ月が過ぎた。インドでは、死者と行方不明者合わせて1万6千人を超す。津波の原因となったインドネシアの大地震の震源地スマトラ沖に近いアンダマン・ニコバールでは4千人(非公式には1万人とも)が死亡、5万人が家屋を失ったとされる。
     現在、地元当局は島嶼からなる同地域の沿岸部を津波災害から守るため、2億ルピーを投じて土による堤防を建設中だが、これに対して環境専門家たちは資金の無駄であるとともに、環境にも悪い影響を与えると警告している。
     今回のような大きな津波が来ればこんな堤防で防ぐことはできないであろうこと、大地が海水に浸ったことによる塩害が心配されているところだが、幸いこの地域が降水量豊富であることから、じきに地面から塩分が取り除かれるはずのところ、地表を伝う雨が海に流れ込まなければ塩が土地に堆積してしまうのだという。そして土が海に流れ出すことにより珊瑚が死滅してしまうことや建設用の土砂が掘り起こされることにより島の森林が減少することも危惧されていると、下記リンク先のニュースに書かれている。
     未曾有の大災害後、行政側としては何かしらの手立てをするのは当然のことだが、「地域住民の要求により」とはいうものの、中央政府から下りてくる特別予算がついた以上、何としてでも消化しなくてはならないという消極的な理由もあるのかもしれない。現場をあずかる担当者の立場にあっても組織の歯車のひとつにすぎず、上意下達の命令体系の中で黙々と仕事をこなすしかないのだから。個々の職員たちはそれなりに誠実にやっているつもりでも、総体で見れば責任の所在がはっきりしないい加減さが目に付くのは、洋の東西を問わずお役所ならではの体質かもしれない。
     また「地元からの要求」はさておき、こうした付け焼刃の事業案件を掘り起こしては中央政府や地元行政の要所に働きかける土建業者やブローカーがいて、人々の見えないところで大きな利権が動いていることもあるのかと想像する向きもあるだろう。
     ともあれ数百年に一度とされる稀な大災害を「今回は運が悪かった」と片付けてしまうのか、今後同様の騒動が起きるのは数世代先になる可能性が高いことを承知のうえで可能な手を打っておくのか。津波にかかわる研究や対策の充実が望まれるところではあるが、ただでさえ財政的に苦しい途上国にあっては悩ましいところだろう。記憶はやがて風化していくものだが、今回の津波は私たちにどんな教訓を与えたのだろうか。
    Questions over Andaman tsunami aid (BBC South Asia)

  • 今年の雨は?

     インド気象庁は18年連続で「平年並み」のモンスーンを予報しているが、この長い年月に各地でひどい旱魃や大きな水害もあった。それでも多くの年では、広く全体でならしてみれば通常の雨量ではあったかもしれない。
     農作物については小麦の生産量の86%がウッタル・プラデーシュ、パンジャーブ、ハリヤナー、ラージャスターン、マディャ・プラデーシュに集中しているのを見てもわかるとおり、気候や風土が地域ごとに大きく違うこの国では、収穫されるあらゆる作物が各地でまんべんなく栽培されているわけではもちろんなく、作物ごとに産地が特定の地域に集中することが多いようだ。そのため局地的な雨量の多寡が人々の暮らしに不可欠な産物の流通に大きく影響することもありえる。
     現在インドでは熱波による死者が125名にのぼり、一説には200名を越えたともいわれているという。もっとも大きな被害を受けているのがオリッサ州で75名、そしてアーンドラ・プラデーシュ州では35名の死亡が確認されているそうだ。
     ところによっては気温が摂氏50度に達したところもあり、とりわけ体力の劣る子供や老人には非常にきつい季節である。また都市部にありながらも被害を確認しにくいのが路上生活者たちだろう。死者が出ても、それが果たして暑さによるものなのか、病気あるいは栄養失調によるものなのか判然としないことが多いに違いない。
     一般の市民たちの間でも似たようなことが言えるかと思う。庶民の間に広くエアコンが普及している社会ではないので、もともと具合の悪かった人が暑さのために急速に体力を失い容態が悪化することもあるだろうし、勤労者たちにあっては睡眠不足に加えて昼間の暑い最中での仕事で消耗することによる過労死も少なくないと想像される。この時期、人々を襲う不幸の中で、高い気温が引き金となっているものはかなり多いはず。
     昔、ラージャスターン州でモンスーンの訪れに遭遇したとき、それはまさに映画に出てくるシーンのようであった。酷暑の中で静まり返った午後、誰もが心の底から願っていた雨季が、地平線の彼方から巨大で分厚い雲のうねりとともにやってきたのだ。
     あたかも目の前に巨大な滝が出現したかのような激しい雨・・・というよりも天から注ぐ奔流を、人々は窓からあるいは軒先から満面の笑みで迎え、瞬く間に流れる川となった道路で子供たちは茶色い濁流の中で嬉々として遊んでいるのであった。
     私自身もその晩、潤った空気と低い気温のおかげで、久しぶりに食欲が沸き夕食で何を口にしてもおいしく感じられ、涼しく快適な夜はぐっすり眠ることができた。
     6月初めにはケララ州に到達したとされるモンスーンだが、今年の雨はどうなるのだろう。おそらく「平年並み」に悲喜こもごもあるのだろうと想像しているが、どうか良き雨季でありますように。

  • 津波後 これから復旧期とは言うものの・・・

     あの「暗黒の日曜日」からすでにひと月近く経った。災害による応急処置的な救援が必要な時期は過ぎ、これからは被災地の人々の生活の再建へと進む時期へと移っている。
     インドネシアのスマトラ島での救援活動にあたっていたシンガポール軍は、1月21日から撤退をはじめているという。理由はやはり「被災地は復旧期に入った」ことである。
     どこかで大災害が起きるたびに多くのメディアが現地に殺到し、映像や記事が社会のすみずみに届くようになる。被災地への同情を含めた人々の関心は集中するが、ニュースとして鮮度を失うようになると、いつしか話題にものぼらなくなってくる。今回の出来事に心を傷めた人々の胸の内には事件の記憶がしっかりと刻まれているにしても。
     だが被災した当事者たちとなると話は違ってくる。二次災害の危険がある間は避難所に身を寄せていても、配給される食糧でなんとかやりすごしてはいても、その後は当然個々の生活再建へと日々努めなくてはならない。
     肉親を失った人々にとってはどんなに辛い日々だろうか。あの日を境に最愛の家族と二度と会えないなんて想像できるだろうか。彼らの直面する現実とは実に残酷である。
    住みかのなくなってしまった人たちも頭を抱えているに違いない。家も家財道具も一朝一夕にしてもそろえたわけではない。親から受け継いだり、これまで稼いできたお金でなんとか買い揃えてきたり、要は長い時間をかけて手にしたものである。それらを「復旧」するのは容易なことではない。
     災害は終わったかもしれないが、人々が歩む生活再建への道のりは長い。財力も体力も人それぞれだが、やはり社会的弱者にとってこの負担はあまりに大きい。 
     しかもインドでの被災者には海岸付近の質素な家屋に住むそうした人々が最も多かったのだ。またその中でもとりわけ両親を失った子供たち、それまで養ってくれていた息子たちを失った老人たちはどうすればいいのだろうか。
     
     こんな記事を目にした。
    「生きるため離散 子供施設に海外出稼ぎ 被災地の漁村(朝日新聞)」アンダマン&ニコバールを除く本土でとりわけ被害のひどかったタミルナードゥ州のナガパッティナム地区、津波により一家の稼ぎ手が亡くなった、あるいは生活の糧を得る手段を失ったことにより、一家離散してしまうケースが増えているということである。
     はなはだ酷ではあるが、彼らの奮闘の先には生活の「復旧」が本当にあるのかどうかよくわからない。それでも人々は生き抜かなくてはならない。

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  • TSUNAMI 

    two days prior to the tsunami, marina beach.jpg
     よく晴れた穏やかな日曜日の朝、クリスマス明けののんびりとした空気の中で、突然こんな災厄が振ってかかろうと誰が想像できただろうか。
     昨年12月26日に起きたインドネシアのスマトラ沖地震による津波は、インド洋沿岸を中心に各国に大きな被害をもたらした。このニュースに触れるまで「ツナミ」という言葉が英語の語彙に含まれていることを知らなかった。
     またヒンディー語メディアでも同様にその単語を「スナーミー」あるいは「スーナーミー」として使用していたが、まさにこの災害直後に英語経由で入ってきた新しいボキャブラリーではないかと思う。それだけに多くの人々がこの言葉は日本語であることをよく知っているようであった。
     それはともかくインドネシアやマレーシアのまるで湖かと思うような穏やかな海と各地で見られる水上家屋やマーケット、あるいはインドでも砂浜ぎりぎりにある集落などを目にするにつけて、ここの海はいつもこんなに優しいのだろうか、これが日本ならば台風が近づいて海が荒れただけで、根こそぎもっていかれてしまうだろうに・・・などと思っていたのだが。
     津波の到来でたまたま浜辺に居合わせた多くの人々が命を落としたチェンナイのマリーナビーチ。私もその2日前の同時刻にそこを散歩していたのだから、人ごととは思えない。
     津波はインドの東海岸よりもおよそ1時間遅れで西海岸にも到達したとされる。その朝私はフォートコーチンを散歩していた。名物のチャイニーズフィッシングネットを操る人々の姿をぼんやり眺めたり、朝の涼しく肌に心地よい潮風を楽しんだりしていた。
     朽ち果てたような旧い洋館が立ち並ぶ町中へと足を向けると、道路わきの水路の両側に人々が集まっている。立ち止まって私も覗き込んでみると、特に何があるわけでもなかった。
    「急に水位が上がっている」
     普段流れる水量がどのくらいのものなのか見当もつかないが、もうすこしで溢れそうなくらいまできている。
    「雨が降ったわけでもないのにな」
     ユダヤ教徒のシナゴーグがあるマッタンチェリー地区へ行ってみた。以前はスパイスの卸問屋ばかり立ち並んでいた通りなのだが、今では観光客相手のカフェ、骨董品やみやげ物を売るも店などがその周辺に密集している。
     その後界隈を見物して歩いていると、通りの家から出てきた初老の男に呼び止められて世間話に付き合うことになった。退職した元学校教員だという彼の口から突拍子もない話が出てきた。
    「アジアのどこかで大地震があって、チェンナイでは数百人も亡くなったらしい・・・」
     私はてっきりこの男がちょっとボケているのかと思い、まともに取り合わなかった。

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  • クジャク天国

     インドの国鳥といえばクジャク。首都デリーからラージャースターンのシェカワティ地方あたりにでも足を伸ばせば、町中でスズメやカラスの類みたい徘徊しているのを普通に見ることができる。
     オス鳥の色鮮やかさと羽根を大きく広げた姿の見事なことから、野鳥の王様みたいに高貴なイメージがあるクジャクだが、驚いたことに日本のある地域で野生化したクジャクが増えすぎて困っているのだという。
     asahi.comによると、沖縄県の宮古・八重山地方で観光業者が持ち込んで放し飼いにしたインドクジャクが増殖して野生化してしまい、駆除しても追いつかないほどなのだという。地元に天敵となる動物がほとんど存在しないため、食物連鎖の頂点に立ってしまうクジャクたちによる生態系への影響が懸念されているそうだ。最初にクジャクが持ち込まれた小浜島をはじめとして石垣島新城島などで生息が確認されており、時には西表島に飛来する例もあるという。
     この記事を目にするまで知らなかったが、クジャクは動植物なんでも口にするほど貪欲にして食欲旺盛、寿命20から30年にも及ぶ生命力に満ちた鳥なのだそうだ。いかにもインドの大地に生きるたくましい鳥たちの代表選手らしい。
     沖縄県の宮古地方は、パパイヤ、マンゴー、ドリアンなどの熱帯果実も栽培されるほど温暖な気候のため、この麗しいインドの鳥たちにとってもさぞ居心地が良いことだろうが、ヤンバルクイナやイリオモテキクガシラコウモリといった希少動物や昆虫等の宝庫として知られる西表島が、将来クジャク生息地として有名になってしまうようなことがあっては大変だ。
     ペットとしての犬や猫ももちろんだが、生き物を飼うにあたってはその動物自身のためにも周囲の環境のためにもきちんと責任を持ってもらいたいものだ。
     ともあれインドクジャクが沖縄に住みつくとは、世の中実に狭くなったものである。
    宮古、石垣で野生化したクジャクが大繁殖(asahi.com)