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カテゴリー: nature

  • 月の水

    月の北極付近に相当量の水が存在することが明らかになったのだそうだ。
    Ice deposits found at Moon’s pole (BBC NEWS)
    昨年8月下旬に通信が途絶したことによりミッションが終了しているインド初の月探査機チャンドラヤーン1号により得られたデータにより判明したものだという。
    人工衛星の打ち上げ数では、ライバルの中国に対してはまだ遅れをとっているものの、ドイツやイギリスと肩を並べ、宇宙開発の分野でメジャープレーヤーとして定着して久しいインドだ。今後も人類の宇宙探索の様々な方面で貢献していくことになるのだろう。
    将来利用可能な資源の探索はもちろんのこと、軍事目的での転用など、様々な実利的な目的あっての壮大な事業だが、かつて西洋人たちが東西に船舶を走らせ、欧州域外への進出を図った大航海時代が始まった時期と似たようなものかもしれない。
    いつか人類が月や火星からミネラル類を輸入したり、開発プロジェクト等のために他の星に長期滞在したりする時代がやってくるのだろうか。各国の思惑が交錯する中で、地球外の空間や土地における主権や統治の概念等は、どのようになっていくのか見当もつかない。それがゆえに有力な国々が競って宇宙への進出を画策しているのだろう。
    軍事、ロケットといえば、インドのミサイル、アグニ3は、射程距離1,500〜3500 kmの同国で文字通り第三世代の中距離弾道ミサイルで、アッサム州内から発射した場合、北京や上海も射程距離に入るようになっている。
    前世代のアグニ2は飛行距離800から2000 kmで、スィッキム北部の軍事施設からなんとか四川省の成都あたりには届くといった程度であったのに比べて飛躍的な進歩である。
    次世代アグニ5は,(なぜ『4』をスキップして『5』になる。おそらくそれまでの中距離弾道ミサイルから本格的な大陸弾道ミサイルへと進化し、別格のものとなるからであろう)では、航続距離を5000 kmまで大幅に伸ばし、インドのどこからでも中国のほぼ全土が射程圏内に収まるようになる。
    宇宙開発は、国の将来への投資であるといえるし、そうした先端技術を持つことが、国力自体を増進させるという効果もあるのだろう。またミサイルについても、現にパーキスターン、中国という核を保有する国々と長年緊張関係にあり、国防上のバランスを取っていく必要性を否定できないだろう。
    しかし宇宙開発も軍拡も、これらの事業を行なうことにより、どれほどの予算が費やされているのかということを思えば、ちょっと複雑な気持ちになる。
    昨今、経済発展が好調なインドとはいえ、そこはスタート地点があまりに低かったがゆえに、動き出せば伸びしろが大きいということに他ならず、今でも決して裕福で社会的に余裕のある国ではない。
    巨大な予算をつぎ込んで、先端技術を駆使した開発が華々しくなされているいっぽう、世界最大の貧困人口を抱えているこの国では、生活環境等改善のため、こうしている今にも適切な投資を必要としている人々が大勢いる。
    その配分をどうするのか決めるのは、言うまでもなく政治の役割だ。一足飛びに生活大国へ・・・というのは無理にしても、先端技術で華やかな成果を謳いあげるのと同じくらい、社会のボトム部分の底上げを実現できる日が来ることを願いたい。

  • 海抜最も高いところで開かれた閣議

    12月4日に、ネパールの閣議がエヴェレストのベースキャンプ近くのカーラーパッタルで開かれた。海抜5,242mとのことで、これまでネパールはもとより世界中の国々を見渡しても、こんな高地で開かれた閣議はひとつもない。

    閣議は午前11時に開始され10分後に終了。この目的は、地球温暖化によるヒマラヤ地方への深刻やインパクトを世界に知らしめるためのもので、12月7日に始まるCOP15(気候変動枠組条約第15回締約国会議)への強いアピールである。
    Nepali cabinet meets at Everest base camp (Hindustan Times)
    閣議の『会場』となった場所は具体的にどこか?ということについては、以下の地図をご参照願いたい。記号『A』で示されているのがカーラーパッタルである。

    大きな地図で見る
    10月17日にモルディヴの海中で開かれた閣議と好対照を成しているといえる。

    ヒマラヤの高地とモルディヴの海中、場所は違うがどちらも地球温暖化に対するアピールだ。後者は将来国土の大半が失われるという国家の存亡がかかっており、前者にとっても氷河の後退その他の温暖化による影響からくる現象が示すものは、単に景観の変化ではない。ともに切実な訴えである。
    氷河湖の決壊による惨事の可能性はよく言われているが、国際的な河川、複数の大河の源であるこの地の異変は、この国の自然や生態系のありかたを大きく変える危険があるだけではなく、インド亜大陸全域におよぶ環境問題でもある。
    どちらの国にしてみても、普段閣議が行なわれている場所ではなく、わざわざ手間隙かけてこういうところで『閣議』を開くというのは、パフォーマンスではあるが、こういうパフォーマンスならばいくらでも実行して欲しいものだ。
    なかなか外に広く呼びかけようとしても声が届きにくい小国の主張、問題提起がヴィジュアルな画像や映像となって、世界中の人々の元に届く。
    まずはより多くの人々がそれを知り、問題意識を共有することが大切なはじめの一歩だ。メディアを通じて彼らの積極的な呼びかけを耳にしたり目にしたりした私たちも、地球温暖化に対して、何かできることから取り組んでみよう。

  • 過去のイメージ

    最近、Google Earthで昔の衛星画像を閲覧する機能が付いていることに気がついた。
    メニューの『表示』から『過去のイメージ』をクリックすると、画面左上に画像の撮影時期を指定するツールバーが現れる。これを操作することにより、表示されている土地の過去の画像を見ることができるようになる。
    昔の画像、といったところで何十年も前のものが出てくるわけではない。せいぜい今世紀の始まりくらいか1990年代後半くらいまでしか遡ることができない。それでも、ここ10年くらいで急激に発展した街、新たに建設が始まった市街地等の進化や拡大の様子を把握することができるだろう。
    今世紀の始まりといえば、インドにおける歴史的な大地震のひとつに数えられる2001年1月26日発生のグジャラート大地震が思い出される。グジャラート州西部カッチ地方のブジを震源地とする強い地震により、死者20,000人、負傷者167,000人を出した。
    被害は同州最大の都市アーメダーバードや州東部にも及んだとはいえ、震源地かつ主たる被災地であるカッチ地方は人口密度の希薄な地域でありながらもこうした数字が記録されたことは特筆に価する。
    復興が進んでいることは耳にするものの『そういえば、ブジは今どうなっているのか』とGoogle Earthで旧市街の様子を表示してみると、以下のような画像が出てきた。
    20091123-bhuj1.jpg
    震災前は、もっと密度の濃い街区だったはずだが、かなり空白が目に付くことから、おそらく以前とはかなり違った風景になっていることがうかがえる。しかしGoogle Earthの過去画像で遡ることができるもっとも古い同地区の様子は以下のとおり。
    20091123-bhuj2.jpg
    2002年9月13日撮影ということになっているため、震災から1年9カ月後の様子だが、現在の様子よりもはるかに希薄な風景となっている。これらふたつの画像を拡大してみると次のような具合となる。上が現在、下が震災まもない時期のブジ旧市街の一角だ。
    20091123-bhuj3.jpg
    20091123-bhuj4.jpg
    おそらく地域の建物の大部分が建て替り、震災前とはまったく違った光景が広がっているであろうことは容易に想像がつく。
    市街地の建物の密度もさることながら、乾季でも満々たる水を湛えているはずのHamisar Tankだが、震災の後はどうしたわけか以下のように干上がっていることにも驚いた。
    20091123-bhuj5.jpg
    それが最近の画像では、ちゃんと水が再び戻ってきている。
    20091123-2009hamirsartank.jpg
    大震災の後に池や湖から水が引いてしまうということがあるのかどうかわからないが、上の画像は何か人為的に水を他のところに引いていたのか、それとも地震に伴う自然現象であったのか?
    ブジという街はもちろんのこと、周囲にも面白いエリアが数多い。染物で有名なアンジャール、ダウの造船で知られるマンドビー、織物や刺繍といったテキスタイル関係を生業とする村々、ハラッパー文明の遺跡のドーラーヴィーラー等々、豊かな文化と歴史に恵まれている。
    カッチ地方には部族民が多く、かつて個性的な民族衣装でカッチの中心地ブジの町にも出入りしていたが、やはり商業化の進展とともに、より経済的で耐久性のある工業製品が普及するようになり、こうした人々が身に付ける衣類にも変化が顕著に現れてきていた。
    男性は洋服、女性はどこのマーケットでも普遍的に手に入るような工場製品のサーリーやパンジャービーといった具合である。従前は特色のある衣装をまとっていた人々も見た目は街に暮らす人たちとあまり区別がつかなくなってきていた。
    彼らの伝統的な衣装を仕立てていた職人たちは、買い手が減って生計が成り立たなくなってくる。そうした職業を辞める人が出てくれば、それらの衣装も手に入りにくくなり、敢えて買い求めようとすれば、かつてよりも高い対価を支払わなくてはならなくなってくる。
    そんなサイクルが繰り返されて、次第に日常の装いから縁遠いものになってきて、やがては『博物館で保存される民族の伝統』という具合になってくるのだろう。
    これはカッチ地方に限ったことではなく、インド全土で人々の装いのありかたは工業化の進展とともに、地方色が薄れてより『グローバルなインド』的な形に収斂されてきていることは言うまでもないし、私たちの日本も含めておよそ世界中で、程度の差異はあれども似たようなことが進行している。
    話は逸れたが、本題に戻ろう。
    もうひとつ、今世紀に入ってからの大災害といえば、2004年12月26日のスマトラ沖地震とそれに起因する津波がインド洋沿岸地域を襲ったことだろう。
    震源地であるインドネシアのスマトラ島はもちろんのこと、タイ、スリランカ、インド等でも記録的な被害を蒙ることとなった。特にタミルナードゥのナーガパットナムでの被害が甚大であったが、南インド東側沿岸を中心に広く死者や行方不明者が出た。
    当日の夕方、ニュース画像でチェンナイのマリーナー・ビーチに押し寄せる津波、多数の自動車がまるで紙でできた小さなオモチャであるかのように、波間に揉まれている様子が映し出されていて仰天した。
    もっとも震源の近く、津波の規模も最大であったインドネシアのスマトラ島北部のバンダ・アチェの現在の様子は以下のとおりである。2005年1月28日に撮影されたものだそうだ。
    20091123-banda1.jpg
    続いて津波がやってくる前の画像はこちらだ。2004年6月23日、つまり津波の半年ほど前の画像である。
    20091123-banda2.jpg
    画像が小さくて、違いがよくわからないかと思われるので、これらの拡大画像も付けておく。荒廃した土地が広がっているように見えるが、元々ここには大きな運動施設があり、その周囲は住宅地であった。痛ましい限りである。
    20091123-banda3.jpg
    20091123-banda4.jpg
    Googleのサービスについては、画期的な利便性・有益性とともに、Google Earthにおいて国防施設等が丸見えになっていたり、ストリート・ヴュー画像が泥棒の下見に使われたりといった、国家ならびに個人のセキュリティに関わる事案が生じていること、書籍検索サービスにおける著作権の問題等々賛否両論ある。
    しかしながら書籍検索で、すでに手に入れることのできない貴重な資料や図書を自宅にいながらにして探し出すことも可能であることに加えて、Google Earthの『過去のイメージ』は、今後画像データが毎年蓄積されていくことにより、歴史的な資料としての価値が出てくることが期待できることと私は思う。
    これが一部の人々に独占されるのではなく、インターネットへのアクセスの手段がある限り、誰もがそれを共有できることにも大きな意義があることは言うまでもない。

  • 嵐と水害

    1959年に大きな被害をもたらした『伊勢湾台風並み』の大型台風が日本に接近しているのだそうだ。
    「伊勢湾」並み台風18号、近畿の一部暴風域に (YOMIURI ONLINE)
    台風18号あすにも近畿上陸 伊勢湾台風並み (産經関西)
    伊勢湾台風並みというのはいささかオーバーな表現かもしれないが、控えめな表現でもここ10年で最大の台風ということになっているようだ。また予想されるコースが50年前の伊勢湾台風のものと重なることからも、とりわけ当時被害が甚大であった名古屋近郊南部に広がる干拓地を含む低地での高潮による被害も懸念されているようだ。
    台風18号、東海あす朝直撃も 風速過去10年で最大 (中日新聞)
    今後、台風の進路となることが予想されている各地で明日、学校を休校する決定が相次いでいる。相当強い風雨となることを懸念してのことである。
    気象予報士の森田正光氏らによる『チーム森田の”天気で斬る”』によれば、最大瞬間風速58.9メートル(観測史上3位)で、最大風速39.1メートル(観測史上5位)とのことである。最低気圧955.9ヘクトパスカル。これは、本日未明に台風18号が約70キロまで接近した南大東島で観測された数値であるそうだ。

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  • 夏の風物詩 カブトムシにクワガタも外国産がいろいろ

    20090817-kuwagatamushi.jpg
    夏に子供たちが愛でる昆虫といえば、カブトムシにクワガタというのが昔から通り相場だが、近ごろはどちらの人気も輸入モノに押され気味らしい。みんなが飼っている見慣れたカタチの虫よりも、より大型であったり姿が特異であったりして、『友達と差がつく』のがいいという気持ちは、持ち物やクルマなどに対する大人のこだわりと、基本的に変わるところがないのだろう。
    都市部の子供たちは、自然豊かな郊外や田舎にでも連れて行ってもらわない限り、こうした大型の甲虫類を普段の生活圏で捕まえることはできないので、自分たちのお小遣いで買ったり、親に買い与えてもらうといった形で入手するため、これらの虫がどこの国のものかということよりも、見た目が立派でカッコいいものが好まれるのはわかる気がする。
    1999年の植物防疫法の改正にともない、それまでは有害動物という扱いになっていた外国産のカブトムシやクワガタのほとんどがその指定から外れたことにより、『輸入解禁』となったことが、『ヘラクレスオオカブト』『アトラスオオカブト』といった巨大昆虫が子供たちの話題にのぼるようになったきっかけだそうだ。
    カブトムシ以外にも、大型な外国産のクワガタ類も相当日本に入ってきているらしい。腐葉土をエサに、素人にも幼虫の飼育が簡単なカブトムシに比べ、基本的に倒木で幼虫期を過ごすクワガタの場合は、卵から育てるのが困難であるとされたが、今ではそうした木材を由来とするマットを専用のビンの中に詰めた飼育キットが普及するなど、かなり敷居が低くなり、国内での繁殖も容易になったこともその要因のようだ。
    それでもこうしたカブトムシ、クワガタ類については、安価な種類もあるものの、とりわけ後者については、一匹あるいはつがいで数千円から数万円、珍種ともなるとペアで10数万円というものもあるようで、もはや子供のペットではなく、虫マニアの大人が大真面目に取り組む相手らしい。
    そうした中、かなりお金になる虫ということで、数年前にはネパールから珍種のクワガタ類を多数持ち出そうとした日本人が出国時に密輸の現行犯で捕まったという記事がメディアに出たことがある。
    あまりに生育環境が異なる地域のこうした虫は、仮に日本で逃げ出すことがあっても、そのまま定着できる可能性は多くないらしい。それでも中国、台湾、韓国といった周辺国の昆虫の場合、日本の在来種から見た亜種的な存在も少なくないことから、日本固有種と交雑したり、生育環境が似ていることから在来種と競合したりといった、環境に与える影響が特に危惧されるとのことだ。そうした昆虫類を扱う業者もお客がこれらを野山に放すことがないよう注意を呼びかけている。
    私自身は虫の類に興味はないのだが、小学生の息子は他の同年代の子供たちがそうであるように、カブトムシやクワガタが大好きである。そんな子供たちがよく親御さんたちと一緒によく出入りする『むし社』というお店が東京にあり、一度息子を連れて訪れてみたことがある。ただの昆虫ショップではなく本格的な出版物も手がけている。
    同店のウェブサイト中の生体入荷情報には、様々なクワガタ類の姿がある。価格は途方もないが、熟練した職人が仕立て上げた工芸品のような美しさを持つものもあり、子供たちがこれらを眺めてワクワクするのもわかる気がする。
    夏の風物詩、カブトムシやクワガタも近ごろ店頭に並ぶのは、ずいぶんいろいろな種類があるようだ。

  • トラ保護区にトラの姿なし・・・

    トラの親子
    ここ数年来、インドのトラ保護区内で、肝心のトラが激減、はてまた絶滅・・・といったニュースはしばしば目にしていたが、ここにきて再び残念なニュースが伝えられている。
    Indian tiger park ‘has no tigers’ (BBC South Asia)
    昨年7月にトラ絶滅が明らかとなったラージャスターンのサリスカー国立公園に続き、『トラが絶滅したトラ保護区』とは、マディャ・プラデーシュ州のパンナ国立公園ならびにサンジャイ国立公園。前者は3年前には24頭、後者は1990年代後半に15頭の生存が確認されていたという。
    パンナ国立公園のほうは評判が高かったようで、2007年にはインド政府から『ツーリスト・フレンドリーな国立公園』として表彰を受けている。同公園のウェブサイトではトラの姿や足跡などがあしらわれているのが皮肉である。
    もっとも上記の記事によれば、パンナ国立公園では近隣のトラ保護区からすでに2頭のメスのトラを移住させており、今後オス、メス各2頭ずつ運び入れる予定であるとのことで、現時点でトラがまったくいなくなっているということではないようだ。パンナ国立公園に先立って主人公不在となったサリスカー国立公園も同様にランタンボール国立公園からトラを移送して再定着を図っている。
    自国の固有種のトラの保護を目的して、インド政府が1973年に立ち上げた『プロジェクト・タイガー』のもと、現在全国で40あまりのトラ保護区が展開している。先述のパンナ国立公園にしてみても、森林の保護状態についても高い評価が与えられているようで、環境は決して悪くないようだが、最大の問題はやはり密漁ということになるようだ。
    だいぶ前に他の国立公園内をチャーターしたジープで夜間に見物に回ったことがあるが、様々な夜行性動物を目にした後、暗がりから突然大きな動物が二本足歩行でヌーッと出て来て『でかいサルだぁ!』とたまげたことがある。
    よくよく見るとそれは人間で、密漁を監視する公園内のレンジャーであるとのこと。詰所を拠点に広大な敷地内を24時間体制で見回りを続けているということで、待遇もあまり良くないであろう彼らの奮闘には頭の下がる思いがした。しかし密猟者たちとの共謀といった形での汚職は少なくないとの話も他のところで聞いてはいた。
    だが密漁の横行の背景には、観賞用としての頭部や毛皮はもちろん、歯や骨なども漢方薬の材料として高値で取り引きされるという需要があるがゆえのこと。日本をはじめとする東アジアの国々もインドのトラの個体数激減に対する責任がないとは言い切れない。それがゆえに上野動物園のトラ舎入口付近にもインドにおけるトラの密猟と私たちが実は繋がりを持つものであることを訴えるポスターが貼られているのである。
    トラ保護区での個体数激減という、国立公園における現象面のみ伝えているインドおよび内外のメディアには、密漁されたトラの利用と売買の状況、姿を変え『製品』と化して各国の市場へと流れるルートについても、ニュースの受け手にわかりやすく、具体性を持って伝えてくれないものだろうか。
    トラに限ったことではないが、密漁等のために世界各地で絶滅が危惧されている種の保存は、現地当局の努力のみならずその動物ないしはそれから生じる製品が売買されるマーケットを極力縮小させる努力、つまり『トラ製品』の末端の購買層となりかねない私たち市民に対する啓蒙活動もまた大切であることは言うまでもない。

  • スンダルバンへ 5

    スンダルバンの朝
    朝5時半、スンダルバン・タイガー・キャンプのスタッフたちが敷地内を巡回して鳴らすハンドベルによる合図で目覚める。まだ頭の中が半分眠っている感じだ。テラスに出るとすでにチャーイとビスケットが用意されている。6時半にボートは出発。昨日よりも細いクリークを行くとのことである。トラはともかくして、水辺の小さな生き物の様子なども観察できるのかと期待したが、船は昨日のものと同じ。それなりの大きさがあるため細いクリークを往来することはできない。
     
    ツアーに参加する前は、どこか島に上陸して散策することもできるのではなかろうかと思っていたが、それはできないことになっており、基本的に船に乗ったままで景色を眺めるだけである。
    ウォッチタワー
    いや正確には幾度から上陸している。しかしそれができるのは金網で囲んで安全が確保された、遠くまで見渡せるウォッチタワーのある部分のみである。そうしたところでは足元はレンガを砕いた砂利で舗装され、公園のように整備されているエリアだ。
    マングローブが生い茂る水際に足を踏み入れてズブズブと泥の中に沈む感覚を楽しんでみたり、それらの植物の根元に隠れているカニを探してみたり、広大なガンジスデルタでは一体どんな魚がいるのかと釣り糸を垂れてみたりということができるわけではない。

    もちろんトラの危険という点がひとつ、そして足元がどこまでも茂みでよく見えないこの地域には、さまざまな毒ヘビが棲んでおり危険であるということ、水の中にも海ヘビが数多く棲息しているということもあるのだろう。もちろんそれらに加えて国立公園としての規則その他いろいろあるのだろう。
    細いクリークは引き潮の際には干潟となる。
    しかしながらどこか一部、マングローブの森林の中を歩き回り、そこでの生き物たちのありかたを五感で知覚できるような場所がひとつくらい用意されていてもいいように思うのだ。せっかくスンダルバンに来ていながらも、あたかもそれを窓ガラス越しに眺めているような(もちろん船にそんなものは付いていないが)気分にさせられるのである。

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  • スンダルバンへ 4

    スンダルバンの朝日
    まだ外が暗いうちから敷地内各所からチリチリチリと音がする。ここでは起床時間、食事、クルーズへの出発等々の毎に、ハンドベルを手にしたスタッフたちが通路を歩き回って参加客たちに時間を知らせることになっている。
    朝6時に紅茶とビスケットが出た。そして7時にボートでクリークへと向かう。クリークといっても想像していたほど細いところを行くのではなかった。昨日ここに来るときに幾つかのごく細いクリークを目にしていたので、てっきりそういうところを進むのかと思っていたが、私が乗っている船がそういうところを無理に遡行しようとすると、いとも簡単に座礁してしまうだろう。
    船の中で朝食が出た。紅茶あるいはコーヒー、そしてサンドイッチとパコーラーである。朝方かなり冷え込んでおり、手のひらの中の温もりが心地よい。
    タイガーポイント
    しばらく進むと『タイガーポイント』という大きな看板が見えてきた。トラが多く生息している地域らしい。私たちは岸辺に残されたトラの足跡を見つけることができた。ガイドによれば、夜明け前にここから対岸に泳いで渡るために降りてきたものだという。6時間ごとに満潮と干潮と入れ替わるが、今はまだ干潮なので、その足跡が残っている。まだ私たちが寝ているときにトラがまさにここを歩いたのだ。
    撮影できた角度が悪くて判りづらいが、くぼんでいる部分がトラの足跡
    ガイドによれば、スンダルバンのトラは5キロも泳ぐことができるのだそうだ。もともとそんなに泳ぐ動物ではないが、スンダルバンという湿地帯に住むため、環境に適応したものだとか。

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  • スンダルバンへ 3

    20090111-sunset.jpg
    このツアー最初の船による見物を終えて宿に戻る。宿泊先であるスンダルバン・タイガー・キャンプで、私が予約しているのは一番下のクラスの部屋だ。申し込んだのが直前であったためそこしか空きがなかったということもあるが、上のクラスはけっこうな値段になっているものもある。
    一番安いクラスは『テント』と聞いていたので、軍の野営用のテントみたいなのがあるかと思ったら、それとはかなり違うものであった。必要に応じて移動したりできるようなものではなく、ちゃんとした「部屋」である。テントよりも上のクラスである『小屋』と違うところといえば、部屋の壁の素材が木ではなくて布であることと、部屋に収容できる人数くらいではなかろうか。テントも小屋もどちらも4人部屋となっている。そのためそれ以下の人数で申し込んだ場合、他の人とシェアすることになる。さらに上のクラスには、『コテージ』『ACコテージ』『エグゼキュティヴ・コテージ』とある。どれも2人宿泊を基本としている。
    『テント』
    スンダルバンの観光シーズンは暑い時期ではないし、どのタイプの部屋に宿泊してもその他のサービス、つまり食事や夕方敷地内で催されるプログラムは共通だし、ボートによる観光も宿泊する部屋のタイプにかかわらず共通だ。
    午後6時からは、スナックとショーの時間となる。私たちのテントの横にある広場で、チャーイ、コーヒーとともにパコーラーが提供される。薪をくべての焚き火の周りにツアー参加者たちが集まってくる。夕方になるとさすがにちょっと肌寒くなってくるので、こうした温もりがうれしい。
     
    やがて本日のショーが開始される。この地域に伝わる村の踊りの披露とのこと。洗練されたものではない素朴なもので、特にどうということはなかったが、これを眺めながら隣合わせた人々と話をするのはけっこう楽しい。
    プログラム終わったのは8時過ぎ。テントに戻ってしばらくすると、さきほど踊りがなされていたところから打楽器と歌が聞こえてくる。何か続きでもなされているのかと思い、アメリカ人新婚カップルと出向いてみると、ツアーに15人で参加しているベンガル人家族が踊っていた。この中にいる男性の一人が、プロ顔負けのノドで歌い、プラスチックの椅子を打楽器代わりにして指で打ち鳴らしている。一族の年嵩の男性たちは酒を飲みながら手を打ち鳴らし、女性や子供たちは楽しそうに踊っている。かなりくだけた家族みたいだ。
    その様子を外から眺めていると、『こっちにいらっしゃい』と酒を勧められ、彼らと一緒に踊ることとなった。昔のアミターブバッチャンの映画『ドン』(近年シャールク・カーン主演でリメイクされた)の挿入歌が次から次へと出てくる。
    先述のノド自慢男性がパーン・バナーラスワーラーを歌いだすと、盛り上がりは頂点に達する。若い男性が集まって騒いでいるなら迷惑なだけなのだが、15人の家族のうち男性は中年層がおよそ三分の一、嬉しそうに踊っているのは主に彼らの妻や子供たちなので、とてもほほえましかった。家族でいつもこうして愉しんでいるのかどうかは知らないが。笑いと歌声に満ちた楽しいひとときであった。
    『パーン・バナーラス・ワーラー』で最高潮に

  • スンダルバンへ 2


    バスは午前11時にショーナーカーリーという町の波止場に着いた。ここから船に乗り換え、3時間半ほどかけてダヤープルという場所にあるこのツアーの宿泊施設へと向かう。船が出てからしばらくは、人々が居住している地域を通るので、水上の交通量は多く、河岸には土を大量に積んで築いた高い堤防が続いている。モンスーン期の高潮がどれほどのものか、また上流からの増水がどんなものか想像がつくようだ。その背後には家屋の屋根を垣間見ることができる。

    しばらくこうした風景を眺めながら船は南下する。しばらくすると船の右岸側がトラ保護区である。ここでは人々が生活することは原則的に許可されておらず、開墾や開発といった行為もご法度である。ゆえに河岸の堤防などはなく、ただマングローブの森林が濃密に広がる岸辺が延々と続くようになる。反対側の岸辺には人々が暮らしているようで、ところどころ集落が見られ、堤防も築かれている。
    スンダルバンの地図については、こちらをご参照いただきたい。観光客がツアーなどで見物するのはこの中で濃いグリーンで塗られている地域に限られるようだ。さらに南部のほうには、スンダルバンの大自然のコア・ゾーンとしての広大なエリアがあるのだが、そちらは観光目的での入域も禁止されており、動植物のパラダイスとなっている。

    水面からの照り返しをうけて目をシパシパさせているうちに、いつしか眠りに落ちてしまう。周囲がザワザワしているので目が覚めると、船はこの行程中の宿泊先であり、ツアー主催者でもあるスンダルバン・タイガー・キャンプがあるダヤープルの波止場に舳先を付けようとしているところだった。
    スンダルバン・タイガー・キャンプにチェックインしたのは午後2時半。ここですぐに昼食である。ビュッフェ式ですべてインド料理。敷地内のレストランで、皆それぞれ思い思いの場所に腰かけて食事。

    そして午後三時半からは同じ船でサジネカーリーというところの博物館とクロコダイルポンドを見物。ウォッチタワーもあり、ここから鹿を見たという人もいたが、私は何も見ることができなかった。ウォッチタワーから放射状に長く森林が取り払ってある部分がある。動物がちょうどそこを通過する際には、それを観光客が見ることができるという具合だ。ワニは水に潜っていて、見ることはできなかった。

    帰りは波止場が物凄い混雑になっていた。スンダルバンのこのエリア、つまりツアー客だけが許可を得て入域できる地域には、州政府観光公社(WTDC)のものをはじめとして、今回私が利用しているスンダルバン・タイガー・キャンプのような民間宿泊施設がいくつかある。それらのすべてがこうしたツアーを組んでおり、どこも似たようなスケジュールを組んでいるためこういうことになるらしい。しかしながら自前の足で移動して見物できるところではないので、こればかりはいたしかたない。客層があまり良くない感じの船も見かけたので、ツアー料金がかなり安いところもあるのだと思う。
    ツアーガイドは、スンダルバン・タイガー・キャンプの職員ではなく、森林局に所属しているとのこと。彼らはガイドで生計を立てているというから、そういう専門職なのかもしれないし、臨時職員という立場あるいはフリーランスで、森林局に登録しているという形態なのかもしれないが、そこのところはよくわからない。

  • スンダルバンへ 1


    スンダルバン国立公園を見物するツアーに参加してみた。コールカーター市内のプリヤー・シネマ前から朝8時集合である。スンダルバンは世界最大のマングローブのジャングルだが、インド側に三分の一、バングラーデーシュ側に全体の三分の二という形に分け合っており、どちらも世界遺産に登録されている。また野生のトラがもっとも多数残されているエリアであるとも言われる。2004年のセンサスによれば、スンダルバンのトラ保護区に棲息しているトラは245匹であったのだとか。
    極端な低地に広がる地味豊かな土地である。スンダルバンという地名の由来であるとされるスンダリーという木以外にも、各種さまざまなマングローブの木で覆われているこの湿地では、シカ、ワイルドボアー、サルなどといった哺乳類に加えて、ワニ、大型のトカゲ類、各種ヘビ、海ガメ等の爬虫類、大型の鳥類から小さくて可愛いキングフィッシャーまで色々な鳥類、そして魚や甲殻類の宝庫でもあるとされる。
    この地域の農業や漁業による産物以外に盛んな産業として、野生の蜂の巣から採取したハチミツが挙げられる。ときにメディア等により写真入りで伝えられるとおり、リスクを覚悟で後頭部に人の顔の形のお面を被った(通常、トラは背後から襲うとされる)人々が森の奥に分け入って採集するのだ。
    他の景勝地や遺跡などと違い、地元での足がないとどうにもならないので、ツアーに参加することにした。参加費用には、コールカーターから宿泊先までのバスとボート、滞在中の観光行程中のボートによる移動手段、食事と部屋代、宿泊先で夕方に催される舞踊や演劇といったショーの類の料金等が含まれている。
    私が利用したツアーは、国立公園内に立地する宿泊施設の主催によるもので、一泊二日のものと二泊三日のものとがある。前者ではあまりに短すぎるので、後者に参加することにした。料金は、ツアーの期間がどちらかによって違うのはもちろんのこと、利用する部屋のタイプによってもかなり大きな開きがある。
    スンダルバンツアーに参加しても、ベンガル・タイガーを実際に目にする機会はあまりないという。また平地に暮らす人たちが普段目にしない雪山や清流を目にするような旅行ではない。観光地としてはどちらかといえばかなり地味なものだと思う。
    出発場所には、主催者であるスンダルバン・タイガー・キャンプという宿泊施設の専用バスに加えて、おそらくチャーターした大型バスも停まっていた。果たして今日のツアーに何人参加するのかと尋ねてみると、しかも総勢54人という大人数であることがわかった。スンダルバンを訪れる観光客の大半は11月から2月にかけてやってくるという。今はちょうどピークの時期である。
    参加者の大半が西洋人をはじめとする外国人ではないかと予想していたのだが、意外にもツアーバスの中で出会った人々のほとんどがインド人であった。しかも地元西ベンガル在住ないしは他地域に暮らしていても出身がベンガルである人々が大半。加えてデリーやUPから来た人たちが少々といった具合だ。また海外在住のインド人たちの姿もけっこうあった。アメリカで夫婦ともに大学で教鞭を取っているという中年カップル、アメリカ人と結婚して同国に暮らすインド人女性等々。
    インドに暮らしている人たちにしても、海外から一時帰国している人たちにしても、たいていが家族連れで参加しており、単身での参加者はいない。いずれにしても、知性も経済力も高そうな人たちが多い。バスの中での会話のほとんどは英語であったが、カルカッタ在住だが、ちょっと庶民的な雰囲気でやたらと人なつっこい大家族(総勢15名!)だけは、あまり英語ができないようで、主にベンガル語で周囲とにぎやかに会話していた。
    いずれにしても、バスの座席に座る人たちは、周囲の座席の人々とよく会話しているし、トイレその他のためにバスがしばらく停車すると、車外に出て他の乗客たちといろいろ声を交わしている。今日から三日間ともに過ごす相手が何者なのか、アンテナを大きく張り出させて互いに探り合っている感じだ。
    他の外国人の参加者は、カルカッタでの友人の結婚式に参列するついでに来てみたというアメリカ人の三人連れ、そして同じくアメリカから来た新婚カップルの計5人であった。どちらもニューヨーク在住だそうだ。

  • 海抜91cmの国土からの移住計画

    地球温暖化に関わる様々なニュースを目にする昨今だが、インドのすぐ南の島国から気になる記事を見かけた。タイトルもズバリ『モルジブの新国土構想』である。
    Plan for new Maldives homeland (BBC South Asia)
    1000以上の島々から成るこの国の『最高地』はわずか海抜2m、国土の標高の『平均』はたったの海抜91cm。すでに20世紀にはこの海域で20cmほど海面が上昇したとされている。今世紀には海面が60?上昇すると言われている。
    Wikipedia内にモルジブ首都のマーレを俯瞰する大きな画像が収録されている。水際まで迫る大小の建物や施設、背景のコバルトブルーと近代的なビルのコントラストが映える。だがこれを見てわかるとおり、海面すれすれのごく薄い陸地の上に街が構成されていることがわかる。
    国土が海洋に面した極端な低地であるモルジブは、国民の将来を見据えて移住のための代替地を探しはじめたようだ。文化的に近いインドかスリランカで代替地を探しているとか。
    現在の人口30万人を数えるモルジブ人たちは、将来『環境難民』となることが危惧されているという。
    代替地・・・といってもそう簡単に新たな国土が見つかるものだろうか。候補とされる近隣国にしても、30万人を抱える国家がそっくりそのまま移動して存続していける、人々が居住可能なスペースがどこかに余っているはずはなく、その地域の自国民や産業等を犠牲にしてまでモルジブのために提供してくれることもないだろうから、現実的なアイデアとは思えない。
    さりとて今のモルジブに人々が未来永劫暮らしていけるとも考えられないので、モルジブ政府が近隣国を含めた各国政府や国際機関等を通じて外交努力を続けていくしかないのだろう。
    同様にツバル、キリバスといった南太平洋の島々から成る国々も同様の問題を抱えており、10年ほど前にツバルは自国が海面上昇により居住不可能となった場合のために近隣のオーストラリアとニュージーランドに自国民移住受け入れを打診した結果、前者は拒否したものの後者は前向きの姿勢を見せた。またキリバスについても国土が海中に没することを前提としたうえで、定住地で自活していくための職業訓練も含めた国外移住支援の要請を先進各国に依頼している。
    もちろん温暖化により危機的状況にあるのはここに挙げてみた国々に限ったことではなく、他の多くの島嶼からなる国家はもちろんのこと、海岸に面したデルタ地帯や低地はすべからくそのリスクに直面している。もちろん日本とてその例外ではない。
    だが将来国土のほぼすべてが水没し、国家そのものが滅びてしまうほどの極端な状況に置かれている国については、そのほとんどが経済規模が小さなことに加えて、国際的な発言力も大きくない。これらの国々の人々は、今後の自国政府による自助努力の成果について楽観的にはなれないだろう。
    これらを遠く離れた南の島国の問題としてではなく、『私たちの問題』として捉えられるかどうか、彼らの未来はこの地球の各地に暮らす私たちみんなの意識のありかたにかかっていると言って間違いないだろう。
    冒頭のBBCの記事では読者、主にモルジブの人々からのコメントや意見等を募集している。