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投稿者: ogata

  • ルアンパバーン街歩き 2

    ルアンパバーン街歩き 2

    自転車を借りて市内を走る。交通量が少ないので快適に移動できるとともに、行動半径も広がる。

    古都ルアンパバーンの王宮は、現在は国立博物館となっている。博物館といっても、まるごと「王宮博物館」で、ここに栄えた王室にまつわるものが展示されている。やはりタイ系の王室であるため、タイと共通点の多い装い、この時代の王室らしく、洋風の様式をふんだんに取り入れた建築や内装が興味深い。

    旧王宮

    旧王宮敷地内の寺
    旧王宮敷地内の寺

    それなりの栄華を誇りつつも、1975年にパテート・ラーオにより、王家は宮殿から退去させられている。

    王宮から道路を挟んで南側にあるプオスィーの丘に登る。ここから眺める河に挟まれたルアンパバーンの眺めは素晴らしい。

    旧王宮から道路を挟んで南側にあるプオスィーの丘からの眺め

    プオスィーの丘の上から。目の前を流れるのはメコン河だ。

    ルアンパバーン随一の古刹、ワット・シェントーンその他、古都でのお寺巡りもなかなか楽しい。

    ワット・シェントーンの本堂

    〈続く〉

  • ルアンパバーン街歩き 1

    ルアンパバーン街歩き 1

    利用した宿には朝食がついていたが、クロワッサン、フルーツ・サラダ、コーヒーあるいは紅茶というシンプルなもの。だがクロワッサンは美味しかった。

    旧仏領のインドシナ地域では、植民地時代からの伝統で、バゲット作りは盛んだ。それらをフランス式に食べるのではなく、屋台で土地の作法で肉や野菜を調理したものをはさんで売っていたりする。だがそれ以外のパン類については、おそらくこうした観光地での製造が、近年になって盛んになったものと思われる。

    バゲットなどのパンを売るベーカリー

    ルアンパバーンのサッカリン通りには、3 NAGASというレストランがある。洒落たコロニアルな建物はもとより、1952年式のレトロなシトロエンが店の前に置いてあることから、大変目を引く存在なのだが、これを経営しているのは、Accor Hotelsというフランス資本のホテルグループだ。

    ルアンパバーンには、他にもちょっとお洒落なレストランやカフェがあるのだが、こうした国際チェーンはもちろんのこと、タイなど近隣国の外食産業も参画しているのではなかろうか。

    例えば、いくら旧仏領といっても、国際的に通用するような旨いコーヒー、美しいケーキ類がその当時から存在したわけではなく、やはりこうしたものを伝えたのは、観光化が進むにつれて参入した国外資本(個人による開業を含む)が道を切り拓いてきたはずで、元々この地にはなかった新しい文化を導入することになった。

    外来の外食産業がリードすることにより、地場の業者も優れた感覚やサービスの手法を取り入れていく。観光業振興におけるひとつの成功例である。

    そんな具合で、観光客が多く滞在するエリアでの外食はけっこう値段も高いので、バックパッカーをはじめとする安旅行者たちは、どこで食事をしているのかといえば、もっと質素な店になる。

    ナイトマーケットが開かれるエリア界隈では、ビュッフェ方式の屋台が店開きする。「何でも盛り切りで1万5千キープ」などと書かれており、大皿を手にして、自分でいろいろ盛り付けている西洋人たちの姿がある。

    夕刻近くなると、屋台を切り盛りする人たちが、こうした料理をポリバケツに入れて、大八車で運んでくる。一見、生ゴミを運んでいるのか(失礼!)と思ってしまうが、それらを大皿に盛りつけて、賑やかな宴が始まるのだ。こうした需要を見つけて行動する地元飲食業者たちのフットワークの軽さに感心する。

    ここでも中国人観光客がとても多いため、漢字の看板もよく見かける。グループでやってくる人たちが多く、客単価も高いようで、なかなかの上客だろう。

    このような造りのホテルも少なくなく、コロニアル建築を改修したものであったり、まったく新築のコロニアル風建築であったりもする。いずれにしても快適に滞在できそうで、好感度抜群だ。

    〈続く〉

  • 托鉢の街角

    托鉢の街角

    托鉢の僧侶たちの行列を待ち受ける人々

    街の人々が総出でお坊さんたちを迎えている、という印象を受ける。

    毎朝繰り返される仏門と在家のコミュニケーション。ゆっくりと歩む僧侶たちは、沿道のひとりひとりにお布施の機会を与える。

    同時に、施すものを何ひとつ持たず、仏門にいる僧侶たちの姿を拝みにきた貧しい者には、托鉢中の僧侶たちから施しが与えられる。

    誰でも、短期間であっても、僧籍に身を置くことが普通の南方上座部仏教であるからこその、人々の参画意識もあるかもしれない。

    かつて自分がそうしていたことがあり、こうしている今も、身内の誰か、学生時代の仲間の誰かが袈裟をまとってお寺にいるとあれば、お寺を通じた「同窓」意識みたいなものがあるのかもしれないと想像したりする。僕らが持ち合わせていないもうひとつの人付き合いのチャンネルを持っているということになる。

    話は全然違うが、かつてタイその他のこうした南方上座部仏教国で、王家の跡目争いに負けた人物、政争に破れて身の安全を確保できる居場所を失った人などが、最後の避難場所として、しばしば逃げ込む先は仏門であった。

    生涯、還俗しない限り、元居た社会に影響力を及ぼすことはできないが、命を狙われることも(概ね)なかった。もはやその人物は、俗世にあらず、仏道に精進する僧侶であるからだ。

    俗世間と同じ空間で、次元の異なるもうひとつの世界があるのは、悪くない。

    この国に限ったことではないが、仏門の裾野の広さが、 社会で居場所を失った人、失業や貧困に苦しむ人を救う社会のセーフティネットとして機能している部分もあり、そうした仏門を支える社会の姿勢もある。

    世の中って、うまく出来ているものだなぁと感心したりもする。

  • インディゴが4都市(デリー・チェンナイ・コールカーター・ハイデラーバード)からポートブレアに毎日就航

    今年6月より、コールカーター・ポートブレア便、チェンナイ・ポートブレア便を就航させたインディゴ。9月28日からは、デリー、そしてハイデラーバードからも利用が可能となる。

    これらは既存のコールカーター・デリー便、チェンナイ・デリー便に、それぞれデリー・コールカーター区間、ハイデラーバード・チェンナイ区間が加わったものだ。

    IndiGo予約サイト

    現在、ポートブレアに乗り入れている航空会社は、インディゴ、エアインディア、ゴーエア、ジェットエアウェイズ、スパイスジェットの5社となっており、アクセスが非常に良くなっている。

  • 中国ナンバーのクルマ@ルアンパバーン

    中国ナンバーのクルマ@ルアンパバーン

    若者、家族連れ、熟年夫婦等々、中国人旅行者の姿は大変多い。中国のいくつかの街からルアンパバーンへの直行フライトがあるということもさることながら、陸路でやってくる人たちもまた少なくないようだ。

    こうした中国ナンバーの乗用車をよく見かける。もちろん地理的に近い雲南省のものがほとんどあることは言うまでもない。窓に番号が表示されているものも多いが、これらはクルマによるツアーなのだろう。

    かなり良いホテルに宿泊する人たちも多く、よく買い物もするようなので、地元の人たちにとっては上客だろう。

    こんな番号の表示があったりする。

  • ルアンパバーンの朝市

    ルアンパバーンの朝市

    旧王宮の裏手、マーケットと住宅街の境目にある狭い路地で開かれているマーケット。スペースはないのだが、たくさんの人たちが商っている。

    穀物、野菜、肉類その他のごく普通の食材以外に、サルノコシカケ、サワガニ、大きな川魚、タガメなども売られている。

    様々な種類の米

    赤米
    タケノコ
    野菜なのだろうが名前はよくわからない。
    ウナギ?アナゴ?のように見える。
    サルノコシカケ
    サワガニ
    川魚各種
    タガメ

    その中で、とりわけ目を引いたのは、ハチである。日本のようにスズメバチである。幼虫、丸ごとの巣、サナギなど、様々な状態のものがある。日本でも「ハチノコ」といえば、ミツバチ、アシナガバチの他にも、スズメバチなどが食用とされる地域があるが、直にこうして見かけるのは初めてなので、ギョッとしてしまう。怖ろしい・・・。

    マーケットで商う女性たちは、これらを運んできただけだが、これを捕獲する人たちは大変な危険を冒しているわけである。それにしても、幼虫にしてもこのスズメバチ、実に大きくて迫力があった。

    ハチの巣
    ハチノコ
    ハチのサナギ
    成虫となる寸前のハチのサナギ
    こちらはほぼ成虫
  • 夕刻のルアンパバーン

    夕刻のルアンパバーン

    ルアンパバーンの宿に着いたのは午後4時。
    部屋に荷物を置いてから外を散策。民家が建ち並ぶ中を歩いていると、タイの田舎町に来たような気がするのだが、時折やってくるクルマは右側を走っていることに、ここはタイではないことを感じたりする。

    また、メインストリートには、仏領時代の建築物がよく残っており、ちょっとアップマーケットなホテル、レストランやカフェとして利用されている。ほどなく日没の時間となり、あたりが暗くなってくると、これらがセンス良くライトアップされて、静かな街の様子と相まって、幻想的なムードとなる。

    騒々しい音楽や往来もなく、ゆったりとした時の流れを楽しむことができるのもいい。

  • ルアンパバーンへ

    ルアンパバーンへ

    ここしばらく、インドと関係ない国に関する記事が続いており、恐縮である。

    久しぶりにドンムアン空港に着いた。2006年にスワンナプーム国際空港が開港にあたり、閉鎖されていた時期もあった。今では、第1ターミナルは国際線用、第2ターミナルは国内線用として、どちらもLCCの航空会社が乗り入れている。

    ここからエアアジアのフライトでラオスのルアンパバーンに向かう。ずいぶん昔のことと較べても仕方ないのだが、便利になったものだとしみじみ思う。

    ラオスが個人旅行者に門戸を開いたのは、確か1989年あたりだったと記憶している。バンコクで宿泊していたゲストハウスで他の旅行者から「ラオス入れるようになったって!」という話を聞いた。当時は「インターネット」というコトバさえも耳にしたことがなく、こういうことがあった場合、実際に訪れた人から直接話を聞くか、あるいはその国の大使館に行って、本当に個人で観光ヴィザが取得できるのか確認するしかしなかった。

    そのとき、私はすでにバングラデシュのダッカへ飛ぶフライトを予約していて、ラオスに長居することは出来なかったとはいえ、とても気になったのでその翌朝にラオス大使館に行ってみた。ヴィザ申請に来ている人たちはさほど多くなく、手続きはすぐに終わり、確か翌日あたりには発行されて、そのまま長距離バスで、メコン河を挟んだラオス国境の町、ノンカーイに出発した。

    その頃、メコン河両岸を結ぶ橋の建設について、そういう計画があるということは聞いていたのだが、まだ工事にさえ取り掛かっていなかったように思う。ノンカーイからは、渡し船で対岸のラオスに着いた。草が生い茂る岸辺に、「Duty Free」と看板が出ている免税店があるのが印象的だった。

    1989年 渡し船でタイのノンカーイからラオス側の岸辺に着いたとき

    1989年 ラオスが個人旅行者に門戸を開き、メコン河を渡ってビエンチャンに向かう旅行者を待ち受けるタクシー

    タイのノンカーイにしても、特にどうということのない田舎町だったが、それでも対岸のラオスに着いて、そこから客待ちをしているずいぶん古いトヨタのタクシーで、首都ヴィエンチャンに着くと、時間が40年ほど遡ったかのような思いがした。

    1989年 ラオス首都では「自家用車」を目にすることはほとんどなかった。

    1989年 ヴィエンチャンでは社会主義的なイラストの看板をよく目にした。

    今では交通渋滞なども発生しているラオスの首都だが、この頃にはまだ自家用車の姿は非常に少なく、「ラオスで初めて出来た信号機」には、見物人が集まっていたりするなど、のどかなものであった。

    モンスーン期、当時のラオス首都では、メインストリート以外に舗装道はなく、自転車を借りて郊外まで走ると、車輪がぬかるみにはまって往生した。くるぶし上まで泥に浸かって進まなくてはならないところもあった。

    この頃、雨季のルアンプラバーンについては、軍の全輪駆動の車両をヒッチして行くのが定石であった。すでに予約してあったダッカ行きのフライトのこともあったし、ガイドブックもなかったので、首都からそう遠くないところにどんな見どころがあるかも知らなかった。そんな具合で、時間もないので早々に切り上げてタイに戻った。

    「美しい古都」として知られているルアンパバーンについては、1995年に町そのものが世界遺産指定されてから、爆発的に訪問者が増えたと聞いており、その後もことあるごとに気になっていた。

    今では、タイ、カンボジア、中国、ベトナム、シンガポールなどから国際便が乗り入れており、子連れで気軽に訪れることができるようになっているのだから、世の中ずいぶん大きく変わるものだな、と思う。

    ドンムアン空港からエアアジア搭乗。湿度が高く、フル回転を始めた空調から出る空気は白い蒸気となる。
    ルアンパバーン空港へと機体は高度を下げていく。
    ルアンパバーン空港到着
  • インド国鉄ウェブ予約 2016年アップデート

    インド国鉄ウェブ予約 2016年アップデート

    昨年、インターネットによるインド国鉄の予約について、当サイトの記事「インド国鉄のウェブ予約 2015年アップデート」にて情報を追加した。

    当時は、上記リンク先に書かれている方法にて、いったんcleartripとIRCTCのアカウントを結合させれば、あとはいくらでも他の鉄道予約を実行することが出来たのだが、このたび一部変更が生じている。すでにご存知の方も多いかと思うが、念のため本日追記しておくことにする。

    この変更とは、前述のcleartripとIRCTCのアカウントを結合済みのユーザーが、これから新規に予約する場合が対象となるので、まだそうした手続きをしていない場合は読み飛ばしていただいて構わない。

    手順はこれまでと同じ。予約する列車を選択して、支払確定画面に進む前に、氏名や年齢等を記入する画面が出てくる。ここで携帯電話番号の記入を求められるのだが、欄にはCountry codeと書かれているにも関わらず、その下の注意書きには、インドの携帯電話番号を入力するよう記してある。

    インドの携帯電話番号をお持ちならば、それを入力すればよいだけなので問題ない。だがこれを所持していない場合、他国の国番号の携帯電話番号を入力すると、はじかれてしまう。

    インドの携帯電話番号をお持ちでない場合は、ここが関門となる。

    しかしここで諦める前に、スマホのcleartripアプリで試していただきたい。

    スマホのアプリについては、予約手順はPCサイトと同じであること、画面はもっとシンプルであることから、ここでの説明は割愛させていただく。

    さて、スマホのcleartripアプリで手順に沿って進めていき、PCサイトと同様に、氏名や年齢等を記入する画面が出てくる。ここには以前登録した私の携帯電話番号が最初から表示されており、これはインドの携帯電話番号ではないのだが、特に問題なく次の画面に進むことができる。

    従前は、ここから支払い画面に入るところであったが、もうワンステップ追加されていた。現在は支払手順が変更になっていることと、以前cleartripアカウントと接続されたIRCTCサイトのIDが表示されており、そのIDのパスワードを覚えているかどうかという、二択の問いがある。

    ここで、IRCTCのパスワードを記憶していないと、おそらくIRCTCパスワードを再発行してもらうか、新たにIRCTCアカウントを取得して、再度cleartripアカウントと結合させなくてはならなくなるのだろう。

    ここで、記憶している、という選択肢をクリックすると、ようやく支払画面に辿りつき、クレジットカードでの支払手続きをすることになる。

    少々注意が必要なのは、この支払手続を済ませてから、その次の段階でIRCTCの画面が立ち上がり、そこでIDとパスワードを入力し、認証されてから、ようやく発券となる。

    文字のみで説明すると、少々わかりづらいかもしれないが、既にcleartripサイトにて、インド国鉄予約をしたことがある方が対象なので、順を追って手続きしていただければ、容易に理解いただけることと思う。

    なぜPCサイトではインドの携帯電話番号の入力が求められ、スマホのアプリでは必要ないのかについてはよくわからないが、PCはネットカフェのように不特定多数の人々が用いるケースが少なくないが、通常、スマホの場合は家族・友人などと貸し借りすることはあっても、基本的には名義人本人が所持しているはずだろうという解釈なのではないかと思う。

    ただし、インド国鉄のウェブ予約方法については、しばしば変更があり、ゆえに当サイトでもそれらの変更についてアップデートをしている。本記事内容は2016年8月28日現在のものであり、今後も何かしらの変更が追加される可能性はある。

  • パフラットで昼食

    パフラットで昼食

    インド人が集住している商業地区。マレー半島やシンガポールと異なり、このあたりに住んでいる人たちは北インド系の人々が中心。それを象徴するかのように、スィク教徒の姿が目立つとともに、規模の大きなグルドワラーがあり、こうした人々の資金力の豊かさを思う。

    グルドワラー内部

    北インド系のコミュニティーといっても、出自は必ずしもインドとは限らず、ネパール系の人々もあり、ミャンマーから渡ってきたインド系、ネパール系の人々も少なくない。

    グルドワラーのすぐ隣には、INDIA EMPORIUMという、インド関係商品の店が多く入っているモールがある。サーリーやシャルワール・カミーズといった衣類、神像、神具等に加えて、様々な雑貨類も販売されている。

    周囲にはインド系の人々が経営する食堂、ミターイーの店、インド映画DVDを扱う店なども多く、ちょっとした「インド空間」が広がる。

    ここでは、ごく普通にヒンディー語が飛び交っているが、そのいっぽうで、見た目はタイ人の血は入っていない生粋のパンジャービーに見える年配男性同士の会話がタイ語(これが母語となっているのだろう)だったりして、タイ生まれの人たちについては、すっかり言語環境は現地化している様子も窺える。これは性別や年齢層を問わずに言えることのようだ。

    そんな具合でも、話しかけてみると、きれいで流暢なヒンディー語で返事が返ってくる。パフラットのインド人が多いエリアの周囲は、当然のことながらタイ人ばかりの空間であるのだが、タイ生まれのインド系の人々の存在に加えて、常にインド、ネパール、ミャンマーからの人々の流入も盛んであるため、こうしたインドらしい環境が、その活力とともに維持されていくのだろう。

    「もうずいぶん前に嫁に来たけど、私が生まれ育ったのはインドのパンジャーブなのよ」と話してくれる女性店主もいたりするが、インドや周辺国からここにやってくるのは男性が圧倒的に多いとはいえ、結婚のためインド本国からタイに渡る女性も少なくないそうで、家庭の中の「インドらしさ」も次世代に引き継がれることになるようだ。

    先述のINDIA EMPORIUMに中華料理屋が入っているのは場違いな感じがするが、せっかくバンコクに来たからには、こういうものを食べるとココロも身体も満足する。

  • インドのPremier Futsal League

    7月のことなるが、インドで「プレミア・フットサル・リーグ」が開催された。

    Premier Futsal (flashscore.com)

    7月15日から24日までの9日間という短い期間に、総勢6チームが2グループに分かれて総当たり戦を行い、各グループ上位2チームが決勝トーナメントに進出。

    いずれのチームも登録選手は12名で、うち3名の外国人選手を含めることができるのだが、サッカーの元ブラジル代表のロナウジーニョ、同じく元アルゼンチン代表のクレスポといったスター選手、さらにはフットサルの現役ブラジル代表のファルカンも出場するなど、非常に豪華な顔ぶれを揃えた。

    各チームのメンバー構成については、こちらをご覧いただきたい。

    Premier Futsal 2016: Full list of teams, players (one india)

    7月17日に行われたロナウジーニョ擁するゴア対ベンガルールをYoutubeで垣間見ることができる。ロナウジーニョが5ゴールを記録したとのことだが、実に鮮やかなプレーぶりである。

    Ronaldinho vs Bengaluru 2016 (Indian Futsal Premier League)

    出場するスター選手中、フットサル界の大御所は前述のファルカンだけで、あとはサッカーの花形プレーヤー、ラインを割ってからのリスタートがキックインではなく、スローインであったりと、なんだかよくわからない大会ではある。フットサルというよりも、「ミニサッカー」という感じの試合運びでもあったようだ。

    このあたりについては、フットサルがあまり普及していないインドであること、おそらくインドア・サッカーという切口からの人気掘り起しを狙っているのではないかと思われる。

    2022年あたりには、中国を抜いて世界最大の人口大国となるインド、しかも一人っ子政策が長く続いた中国と違い、若年層が非常に厚いインドでのサッカーとフットサル普及の先行投資ということで、国外からの資金も大量に投下されているのだろう。

  • タイ・プレミアリーグ観戦

    タイ・プレミアリーグ観戦

    タイ・プレミアリーグ観戦

    バンコクに来たからには、タイ・プレミアリーグを観戦したかった。タイNo.1クラブのブリラーム・ユナイテッドFC、あるいはバンコク郊外のノンタブリーを本拠地とするムアントン・ユナイテッドFCのゲームを観たかった。

    どちらもAFCでは、Jから出場するチームに匹敵する結果を出すようになっており、代表レベルでは、日本に大きく水をあけられているものの、クラブチームベースでは、Jリーグのトップとタイ・プレミアリーグのトップの差は無くなってしまっているのが現状だ。

    Jリーグで解雇された選手が、タイ・プレミアリーグで再挑戦する例は多いが、逆にタイで活躍した日本人選手が、Jリーグのクラブに呼び戻された例もある。

    Jリーグは、試合の放映権のタイにおける販売を広げることを画策しており、そのためにリーグ傘下のクラブにタイの代表クラスの選手の獲得してもらうことを狙っているものの、そのレベルの選手の年俸は急騰しており、各クラブにおいても貴重な外国人枠を使うということもあり、なかなか実現に至っていない。

    しかしながら、短い滞在なので、その日に行われているゲームに出かけるしかない。幸いなことに、この日には先述のブリラーム・ユナイテッドFC、ムアントン・ユナイテッドFCと並ぶ、タイの強豪御三家のひとつ、チョンブリーFCのゲームが、バンコクのタイ・アーミー・スポーツ・スタジアムで開催されることが判った。その名の示すとおり、陸軍が所有する競技場らしい。

    チョンブリーの相手は、このスタジアムを本拠地とするアーミー・ユナイテッドFC。陸軍サッカー部を前身とするタイ最古の名門クラブだ。

    試合開始前にスタジアム外が集うアーミー・ユナイテッドFCサポーターたち

    スタジアム内にあるアーミー・ユナイテッドFCのショップ

    ところで、タイでは「ユナイテッド」という名前が好まれているようで、タイ・プレミアリーグ1st ディヴィジョン18チームのうち、半数近くに「なんとかユナイテッド」という名前が付けられている。

    優れたタレントを揃えた強豪御三家の一角、圧倒的なボールポゼッションと多彩な仕掛けで魅せてくれる前者と鋭いカウンターが持ち味の後者という、対照的なクラブの対戦で、なかなか面白かった。結果は2-0でチョンブリーの勝ち。出場しているのは、どれも私の知らない選手であるため、もっとよく楽しむためには、事前の予習が必要であった。

    ボールポゼッションのブリラーム、カウンター攻撃のアーミー・ユナイテッドのゲーム進行中

    リーグでの成績は中くらいとはいえ、首都のクラブのゲームなので、それなりに観客の入りも良いのではないかと予想していたが、収容人数2万人という小ぶりなスタジアムがガラガラの状態で、いまひとつ盛り上がりには欠けていた。

    ゴールに沸くチョンブリーFCサポーターたち

    それでも、タイ・プレミアリーグの雰囲気に触れることが出来たことで、それなりに満足した晩であった。