新築のネワール建築風物件

世界遺産指定されているバクタプルに滞在して、伝統的な建築が豊かに残されている街並みを楽しんでいると、こうした新築のネワール建築風物件が、かしこに見られるのもまた面白い。

バクタプルがユネスコの世界遺産登録されている関係上、建物の改築や新築等にはいろいろ条件が課されているところからくるのだろう。伝統建築とは違う工法や素材で建てられていても、ちゃんと周囲と調和する建物に仕上げてあるのが良い。こうした努力は街並み保存には不可欠だ。

この薄型ビルもまたそんな中のひとつ。もう少し頑張ってほしかった気もしなくもないが、まあ及第点なのだろうか。これもまたネワール建築を模した今どきのネパールの建造物建築作業進行中。こうしたエクストラな仕様にかかる費用は、果たして行政から支出されているのかどうかは知らない。そうであったとして、原資には外国人が支払うバクタプル市街地入域料も貢献しているだろうか、それともこうした費用は住民の自己負担なのだろうか?

ヘリテージ地域に踏み込むだけで、日本円にして約1,500円ってどうなのか?と、料金徴収されるときには思った(観光ヴィザと同様に10歳以下の子供は無料。)のだが、こういうのを見かけると、「いい仕事してますね」と、応援したくなったりもする。

新築のネワール建築風物件

内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。

宿と犬

共用井戸のある中庭を囲む形で複数の建物が並んでいる。
共用井戸では女性たちの井戸端会議が開かれる。

バクタプルの宿であてがわれた部屋は、「本館」から少し離れたところにあるネワール式の長屋みたいな建物の中にある部屋。宿のオーナーが最近買い取っただか、借り上げただかで、客室に転用したそうだ。そんなわけで、あたかも地元の人の家の中の部屋を借りて滞在しているような感じなのは良い。

その長屋の入口は道路から奥まったところにあり、昨日宿のスタッフの女性が案内してくれたとき、細い通路から二匹の犬たちが勢いよく飛び出してきて、びっくりした彼女は「ひぃー」と悲鳴を上げている。

「あたし、犬が苦手なのー。」

駆け出した犬たちは長屋風の建物の中庭部分に座り込んでいる。私も犬は苦手なので、果たしてここに泊まってよいのか?とちょっと迷うが、まあ吠えたり悪さしそうな感じではないので、まあ良しとしておいた。

その後、近くで食事したり、傘を取りに戻ったりしたときに判ったのだが、彼ら2匹はいつも建物入口通路部分に寝そべっているのだが、住民たちからはよほど荒っぽく扱われているのか、私たちが通ろうとすると、「ハッ」という顔をして、いそいそと中庭に出て行くのだ。

世の中の犬たちが、すべからくこういう具合であれば助かるのだが、決してそんなことはないのが頭の痛いところだ。

内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。

インドにおける「バービー」の存在感

しばらくインドに行けなくなっているのは残念なのだが、前回のインド滞在時にamazon.inのアカウントを作れば普通にkindle書籍を購入できること、日本に帰国してからも同様に買えることに気が付いたのは幸いであった。映画見放題のプライムについては、残念なことに「インド発行のクレジットカード以外は不可」のため、契約はできなかったが。

そんなわけで、自宅からamazon.inの書籍を買うことがときどきある。電子版で定期購読している雑誌に出ている書評などで、「読んでみたい」と思ったら、すぐに買うことかできるのがありがたい。以前、日本でamazon.inのアカウントを作ったときには、買おうとポチると、即座にamazon.co.jpにリダイレクトされてしまうので、てっきり国外からは何も購入できないのかと思っていたが、「インドでアカウントを作成すればよい」ということにずいぶん長いこと気が付いていなかった。

amazon.co.jpのkindleにて、インドの話題作がまったく見つからないわけではないが、取り扱いはとても少なく、価格も倍、3倍というようなケースも少なくない。

だが不思議なことに、ごくたまにインドでよりも安い価格設定となっている場合もあるので、インドのアマゾンでポチる前に、一度日本のアマゾンでも確認してみたりすることがある。

しかし日本のアマゾンで取り扱うインドのkindle書籍のバラエティには、ちょっと不思議な傾向があることに気が付くまで時間はかからなかった。

たとえばヒンディー語の作品でどのような扱いがあるのか俯瞰してみようと、「hindi」と入れて絞り込みを「kindle」で検索してみると、なぜかエロ小説がずいぶん沢山引っかかってくるのだ。日本のアマゾンで誰が買うのか?そんな大勢の顧客がいるのか?

試しにキーワード「bhabhi」で検索してみると、物凄い量のエッチな小説が出てくるではないか!?同じ作者による作品がいくつもあるので、このジャンルでの人気作家なのだろう。あと名前からして女流作家と思われる作者も散見されるが、これらもまたずいぶん過激なタイトルで書いていたりするため目が点になったりもする。

この「バービー」とは、直接には「兄の嫁」を意味するが、少し年上のセクシーな女性を意味することも多く、素行の良くない男がニタニタ笑いながら性的な意味を含んで、女性をからかうような呼びかけにも使ったりする。

インドの社会で兄嫁と義理の弟が不貞な関係になってしまうことが多いのかといえば、特にそういうわけではないと思う。ただし、今は少なくなったが大家族がひとつ屋根の下で暮らしていた時代では、外から家に入って生活する初めての血縁関係のない成熟した女性ということで、年頃の弟たちにとっては眩しく心ときめく存在であったことが背景にあることは想像に難くない。

「バービー」ものもけっこうあることがわかったので、これもインド雑学研究の一環として、どんなものかと一冊ダウンロードしてみた。ありゃー。やっぱり物凄く汚い言葉か並んでいる。

電車の中、タブレットでヒンディーの雑誌や新聞を読んでいると、インド人に「おう、これ読んでるんだ?」と声を掛けられることは珍しくはない。(こら、覗き込むな!)

そんな場面で、どうせ周囲の人にはわからないだろうと、うっかり「バービー」ものを開いてしまったら、とてもとても恥ずかしいことになる。

恥ずかしいといえば、ダウンロードして字面を追いかけていると、嫁さんが「何読んでるの?怪しい~」などと言うのでびっくり。ヒンディーの文字は読めないはずなのだが、女性の勘というのは実に鋭い。

そう、バービーといえば、2000年代に入ってしばらく経ったあたりで、社会現象にさえなった「サヴィター・バービー」というのもあった。これは当初、「デーシュムク」と名乗り、本名も所在も不詳だった(後に英国在住のインド人であることが判明)作者による劇画タッチのポルノ漫画で、ネットで公開されたためインド全国で大ブームとなった。映画や動画、さらには他の作者による類似作品なども派生することとなった。

サヴィターという名前の女性が主人公なのだが、バービーというのはもちろん苗字ではなく「義理の姉さん、姉さん」の意味であるが、やはり「バービー」というキーワードは、こうした存在にはぴったりマッチするというわけなのである。

1990年代以降の経済改革、経済成長を背景に雪崩を打って変化を続けたインドだが、ちょうどこのあたりから携帯電話の普及もあり、男女関係のトレンドもそれ以前とはずいぶん大きく変わることとなった。「電話したらお父さんが出てガチャリと切られた」は過去の話となり、いつでもどこでも意中の異性と連絡できるようになったことが大きい。

サヴィターの設定は上位カーストで富裕層のセクシーな30代前半くらい?ということになっているが、恋愛についてはとてもオープンで、インド社会の上から下まで、次から次へと、ありとあらゆるカーストや社会層の男たちがそのお相手となるというもの。あまりに露骨な表現と合わせて、本来ポルノが禁止されているインドで、また恋愛映画やドラマといえば、カーストや家柄を越えた出会いと喜び、そして悲しい離別がテーマとなることが多かった昔のインドからは想像もできない過激な展開は社会に大きな衝撃を与えた。

インドで男女関係のトレンドが変わったことにより、どう見ても未婚の若いカップルが旅行を楽しんでいたり、結婚していながらも学生時代からの異性と関係が続いていたり、連れ込み目的のホテルが密集しているポッシユなエリアが普通にあったりなど隔世の感があるインド。「インターカースト」結婚はずいぶん多くなったし、ヒンドゥーとムスリムの結婚も、家庭や社会環境にもよるが、珍しいことではない。また、こういう社会の変化を背景ニサニー・レオーネというインド系の米国ポルノ女優がインドのテレビ番組に出演、そしてボリウッド映画にも立て続けに出演して人気を博すなど、本人がインド系とはいえ米国人であるという例外的な部分があったとはいえ、少なくとも90年代あたりまでであれば考えられなかったことだ。

それでも変わらず厳しいタブーとして残っているものもある。「同じゴートラ」での交際や結婚だ。インド全土で同様に厳しいのか、地域によっては同じゴートラ同士での結婚も当たり前に受け入れられているケースがあるのかどうかは知らないが、インド北西部を中心に「同じゴートラ」で駆け落ちした男女を親兄弟が刺客を送って殺害する、兄や叔父が直接手を下して殺すといった事件は後を絶たない。

ゴートラは観念上、同じ始祖から発生した広義の身内であるとされ、同じゴートラの男女は兄と妹ないしは姉と弟と解釈されるため、そのふたりが男女関係となることは許されず、そのような事例が発生すると、一族の大恥ということになり、殺害されてしまうのだ。これを「名誉殺人」と呼び、とりわけハリヤーナーやパンジャーブなどでは、「カープ」と呼ばれる氏族、さらには枝分かれした氏族からなる組織があるが、このようなケースが生じた場合、「カープ」の寄り合いで殺害を決めて役割を分担して実行してしまうようなケースさえあり、闇は深いといえる。

そうした事件についてニュース番組で報じられると、画面に出てくるのは水路や農村の広がる片田舎の眺めではなく、普通のモダンな新興住宅地にしか見えなかったり(農村の都市化という背景もある)するなど、中世さながらの行動と今ふうの環境のギャップに腰を抜かしそうになることもある。

カトマンズ・バクタプル間を結ぶトロリーバス

カトマンズからバクタプルまで中国の援助で建設されたトロリーバスが運行されていたことを思い出した。

カトマンズのカンティ・パトを南下してトリプラー・マールグと交差するあたりから出て、バクタプルの南側、道幅が拡張される前で細い道に過ぎなかったアルニコー・ハイウェイ沿いのスーリヤー・ビナクまでを結んでいた。都市化が進んだ現在と違い、カトマンズとバクタプル間の道路の左右に田園風景が広がっていたことを記憶している。

2001年末にカトマンズからバクタプルまでを結ぶ運行は終了。2003年からは、カトマンズからバクタプル行きの通過点となるコテーシュワルまでの運行となり、2009年にはトロリーバスの営業自体が終了となっている。

トロリーバスなるものに乗車したのは、カトマンズが初めてだったので、その後中国を訪問した際、上海や北京などで利用して、そのネットワークの広さと、スケジュールの過密さには大変驚いたものだ。当時の中国はずいぶん貧しかったとはいえ、大都市における公共交通機関ネットワークの充実ぶりは見事なものであった。

KATHMANDU TROLLEY BUSES IN 1979 (Youtube)

NEPAL KATHMANDU TROLLEYBUSES 1998

内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。

キールティプル

11世紀から続くキールティプルの町はリングロードを外れて坂を上っていった先の丘の上にある。途中に大学のキャンパスがあり、そこで学生たちが降りていく。このあたりから見えるキールティプルの斜面に複数階の家屋が貼り付いている眺めは、ありし日の九龍城を連想させるものがある。

在りし日の九龍城を思わせるものがある。

丘の頂上を中心に広がる町並みのようだ。その頂上部分にあるヒンドゥー寺院からの眺めは素晴らしい。首都圏なのに田舎の雰囲気が味わえるし、それでいて眼下に広がる首都の風景が楽しめる。

カトマンズ首都圏の眺め

バクタプル、カトマンズ、パータン、キールティプルとひと続きになったのは、人口増加、宅地化の進行のためだろう。今やカトマンズ首都圏は巨大都市化しつつある。

「キールティプル(कीर्तिपुर)」か「キルティープル(किर्तीपुर)」か。町中での表記に妙な揺れがある。宿の人によると前者が正しいとのこと。

「キールティプル」か?
それとも「キルティープル」か?

坂を下っていくと、まったくつまらないゴミゴミした市街地となるが、頂上付近には伝統的なネワールの町並みが残っていて、ここもまた魅力的なスポットである。

キールティプルは坂の町

内容は新型コロナ感染症が流行する前のものです。