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投稿者: ogata

  • 実はまだどう転ぶかわからない「インドの選挙結果」(6月5日現在)

    昨日6月4日にインドにおける今回の総選挙開票結果が明らかになった。日本では「モーディー政権三選、今回は支持を減らしつつも勝利」と報じられているが、実は組閣に成功するまではそうとは言えないようだ。

    インドの報道で伝えられているところだが、党利党略とポスト獲得のためにBJPと帯同していた有力政党がそれぞれいくつかの「要求するポスト」のリストをBJPに渡しており、満足のいく結果が得られないとBJPを中心とするNDA(という政治アライアンス)から国民会議派を中心とするINDIAブロック(という政治アライアンス)に乗り換える可能性がかなりあるらしい。

    総議席543議席のインド下院で、BJPが単独で過半数を得られなかった(240議席)ことから、協力関係にある有力政党の発言力は強くなる。またNDA全体で293議席、INDIA ブロックで234議席と大きな差はない。

    そのため選挙戦途中でINDIA ブロックを抜けてNDAに寝返ったニーティーシュ・クマールのジャナタダル(12議席)、アーンドラの雄、チャンドラハーブー・ナイドゥーのテルグ・デーシャム(16議席)、チラーグ・パースワーンのローク・ジャンシャクティ・パーティー(議席)といったBJPに対する忠誠関係になく政党の合計32議席分の不安定要素がある。

    打算でNDAに参加しているこれらの政党が、もしNDAを抜けてINDIA ブロックに合流すると、NDAは293議席-32議席=261議席、INDIA ブロックは234議席+32議席=266議席で、態勢は逆転してしまう。そこでどちらにも属さない小政党や無所属による残り16議席分がどのように動くか。

    インド政治において、合従連衡の失敗による選挙結果の逆転劇は2019年末にもあった。マハーラーシュトラ州議会選挙でBJPとシヴ・セーナーの連合が圧勝したのだが、組閣におけるポスト配分でもめて、後者は選挙で敵として戦った相手である国民会議派とナショナリスト会議派と手を組むという驚きの連立政権を樹立させた。

    そのようなことがあっては、シヴ・セーナーに票を託した人々の意思は?思いは?といったところだが、インドではこのような合従連衡の崩壊や乗換えはけっこう起きる。

    ニーティーシュ・クマールもチャンドラバーブー・ナイドゥーのいずれも首相に次ぐナンバー2あたりのポストを要求するであろうし、どちらの政党も配下の議員たちに有力なポストを求めるはず。

    ひょっとしてNDAが組閣に失敗して崩壊というようなことがあれば、INDIA Blockに彼らが乗り換えて、ニーティーシュ・クマールあるいはチャンドラバーブー・ナイドゥのいずれかが首相あるいは副首相、ラーフル・ガーンディーが内務大臣、国防大臣チラーグ・パースワーン・・・といった、思いもしなかった「インド新政府」が発足する可能性がまだ残されているというわけだ。

    あながち「ヨタ話」とも言い切れず、昨年まではビハール州のチーフミニスター、副チーフミニスターとして協働しつつも、前者の地位にあったニーティーシュ・クマールが後者テージスウィー・ヤーダヴのラーシュトリヤ・ジャナタ・ダルとの連立関係を解消し、これと入れ替わりにNDA入りして州政権をジャナタダル+BJPという形で組み替えて激しい非難合戦を展開したふたりが、本日いずれもデリーに向かう飛行機の中で隣り合わせに乗って仲良く会話していたという報道もある。

    デリーでは、まさにこれから組閣に向けてのNDAの重要な会合が開かれるが、それと同時にINDIA Blockのほうでも「政権奪取」に向けての最後の試みが展開中という。

    前者の会合が難航し、後者の試みが成功すると、アラ不思議、勝利宣言をしたモーディー氏のBJPが野党に転落していて、国民会議派が与党連合の主軸としての組閣を発表・・・なんていうことがあるかもしれない。

    インドの政治、インドの選挙というものは、いつもながら実に面白いなぁと思う。最後までどう転ぶかわからないハラハラのドラマである。

    Tale Of 2 Pics: Nitish Kumar, Tejashwi Yadav Sit Together On Delhi Flight (NDTV Elections)

  • 熱波と死者

    北インドの熱波による死者に関するニュースが続いているが、6月1日に総選挙の最終となる第7フェーズの投票がなされたウッタル・プラデーシュ州では暑さにより1日で33人もの投票所スタッフが亡くなったとのこと。

    これに先立つ第6フェーズの5月25日に投票が行われたデリーでも投票所のスタッフが12人も亡くなったとのこと。いずれも投票当日の1日間に起きたことだ。選挙関連の仕事をするのも、こういう季節には命懸けだ。

    すでに出口調査ではBJP率いるNDAの大勝の見込みが伝えられているが、いよいよ明日6月4日に今回の総選挙の集計結果が出て勝敗が判明する。

    Dozens killed by extreme heat in India as polls close in world’s largest election (CNNWorld)

     

  • トルコ菓子

    トルコ菓子

    フォートのここからコラバ方面に少し歩いたところにあるHURREM’Sというトルコ喫茶店が素晴らしい。

    バクラヴァその他のトルコ菓子とトルコ式コーヒーや紅茶を楽しめる。このところ、インドの都会ではこうしたものを見かける機会が増えた。インド人とトルコ菓子は相性も良さそう。

    こういうのが日本にあったら大ヒットしそうだ。高級感もあって良い。そのぶん高いのではあるが。

     

  • 鉄道駅撮影

    鉄道駅撮影

    ムンバイCST駅へ。どこもかしこも素晴らしい意匠と規模感。おそらく世界で最も美しく優雅な鉄道駅だろう。

    かつては鉄道や駅撮影にはうるさかったインドだが、かなり柔軟化されたのか?ほぼ自由に撮影することができた。

    スマホだからという点もあるかもしれないが、こういう眺めをどんどん撮影できるのは楽しい。

    運転手さんがポーズを取ってくれた。
    「運転しているかのような姿勢を」とお願いしたらこうなった。

    鉄道駅界隈では「体重軽量屋さん」も健在

     

  • インドでは珍しい「アラビア的な光景」

    インドでは珍しい「アラビア的な光景」

    アラビアでは猫を愛好する人たちが多いため、こんな具合に店のカウンターに猫が上がり込んで我が物顔で振る舞っていたり、そういう猫相手に、いかつい顔をしたおっさんがとびっきりの笑顔で抱っこしたり撫でたりしているのは日常風景だ。

    しかし一般的にインドでそういうのはまず見かけないのは、猫という動物の位置づけが異なるためもあるのだろう。

    それなのに、なぜかムンバイ、すくなくとも南ムンバイでは、このような光景はごく普通に見られるのが不思議だ。ぜひとも岩合光昭さんに訪問してもらいたい。

  • レーワーリーの蒸気機関車整備場 (Rewari Loco Shed)

    レーワーリーの蒸気機関車整備場 (Rewari Loco Shed)

    ハリヤーナー州のレーワーリーには、インド国鉄好きにはたまらない蒸気機関車整備場がある。ここにはたくさんのSLが集結しているが、博物館のように展示されているわけではなく、すべてが現役の蒸気機関車。それらの車両の整備場なのだ。もちろん入場料を払って見学することができるのだが、場内では整備士さんたちが忙しく働いている。

    レーワーリー蒸気機関車整備場ゲート

    「忙しく」とは言っても、傍目にはのんびりしているように見えるのだが、インドにおけるSL修理のための「最終兵器」みたいな整備場で、貴重な蒸気機関車を日々整備するとともに、他の整備場ではどうにもならないポンコツをも受け入れて、手間暇かけてレストアしていく、そんな凄腕の整備士さんたちが揃っているそうだ。

    入場すると、出勤してきたばかりの蒸気機関車の運転士さんが構内を案内してくれた。現在この人は蒸気機関車専門の運転士とのことで、冬季にデリー・アルワル間で運行される小ぶりで緑色のメーターゲージ機関車、フェアリー・クイーン号の走行も担当しているとのことで、他にも何かのイベント等での運行があれば、呼ばれて行くそうだ。実際に走行する際には4時間ほど前から機関車のウォーミングアップが必要とのこと。

    フェアリー・クイーン号は、優美な外見とは裏腹に、気難しくて扱いにくい機関車であるとのこと。容易にオーバーヒートするし、気を抜くと瞬時に蒸気圧が下がってエンコするなどとても厄介であるとのこと。大昔の機関車なので動かすだけでもちょっとやそっとではいかない相手のようだ。

    フェアリー・クイーン号
    フェアリー・クイーン号

    普段はあまりそういうのがないので暇かと言えばそうでもないようで、機関車の入れ替え作業はもちろんのこと、整備の途中で蒸気機関を回しての動作確認作業などもあるそうだ。

    大きなブロードゲージの貨物用機関車の顔が外れた間抜けな姿を見るのは初めてだったけど、蒸気機関の構造について運転士さんから説明を聞くことができて良かった。すこぶる燃料効率の悪い、そして水も大量消費する機関車だったこともよくわかった。

    どの機関車もバリバリの現役であるため、駅前などに展示されている機関車と異なり、生気に満ちている。また蒸気機関による機関車以外の車両の整備も実施されており、蒸気機関によるロードローラーというのは初めて目にした。

    蒸気機関のロードローラー

    整備場構内では植民地時代の貴賓用客車の展示もあった。こちらは1921年の車両でこの年に訪印したプリンス・オブ・ウェールズのインド滞在のために造られたた特別車両。後に英国国王(=インド皇帝)エドワード8世となる彼の皇太子時代だが、インドに4ヶ月滞在している。要人の長期滞在には批判も多かったようだ。

    The Prince of Wales’ 1921 Trip to India Was a Royal Disaster (JSTOR DAILY)

    プリンス・オブ・ウェールズ(当時)の御用車両

    御用車両内
    御用車両内
    御用車両内(プリンス・オブ・ウェールズの寝室)

    2000年以降にここで撮影された映画のリスト。最近はアクシャイ・クマールの主演映画の撮影があったとのこと。10月公開予定とか。ロコ・シェッドの壁にあったリストはこちら。

    撮影された映画タイトルのリスト(ヒンディー語での表記)

    入場料はわずか10Rs。嬉しいことに外国人料金の設定はない。イン鉄ファンの方にはとてもオススメ。

    レーワーリー駅の周囲にも興味深いものがある。インドに限らず日本その他でも鉄道駅のこちらと向こうで雰囲気がずいぶん異なることはあるが、レーワーリーほどの極端な例はそう多くないと思う。

    鉄道駅の東側は駅前スペースはほとんど無く、いきなり密度の高い商業地になっており、主要駅のひとつであるこの駅を乗り降りする人たちは24時間絶えないため、駅前ではデリーやカーンプルなどと同様に終夜営業をしている店は少なくないようだ。オートはリザーブと乗り合いベースでいつも客の取り合いだ。とにかく賑わっている。

    レーワーリー駅東口

    一方で西口に出ると、商店は一軒もないし、客待ちのオートもゼロ。とても静かなのだ。これには驚いた。よく見るまでもなく、建物は古ぼけているものの、鉄道病院があったり、鉄道関係者の住宅が立ち並んでいたり、立派ではない簡素な教会があったりする。ここはいわゆる「レイルウェイ・コロニー」なのであった。

    レーワーリー駅西口

    つまり鉄道関係用地という、きちんと管理された政府所有地が西口側に広がっているため、民間企業等が開発したり、一般の商店や住宅が建てられることもなければ、スクウォッターたちが勝手に住み着くことも出来ないわけである。

    本日はずいぶん早くに整備場のゲートに到着して9時の開場を待っていたのだが、出勤してくる人たちはみんな同じ方向から歩いて来ていたので、おそらく整備士という業種で同一の宿舎に住んでいるのではないかと推測できる。

    英領時代、整備場が造られた頃は当時のハイテクの粋を集めた先進的な機関。英国人のメカニックがネイティブ(当時はそう呼んでいた)に技を伝えるべく頑張っていた場所だ。

    在インドの英国人にも当然、階級というものはあり、鉄道、自動車、電信電話その他のいわゆる現業部門の英国人たちは、社会の指導的立場にはなく、彼らがフィールドとする仕事場における「親方」に過ぎなかった。

    そんなわけで、現在のレーワーリーのレイルウェイ・コロニーの古ぼけた庭付き戸建ての官舎には、比較的よさげな給与待遇に惹かれて渡印したものの、配属先で大きなタスクを負わされつつも、ホワイトカラーの同国の上役からはやいやいのと言われつつ、部下のインド人たちへのリーダーシップがうまく取れなかったりと、かなり追込まれて気の毒千万な英国人も多かったはずだ。

    植民地時代の研究や考察などで、そうした現業部門に従事した英国人の日常生活に関するものは例外的と思われるが、何かうまくまとめられたものがあれば、是非読んでみたいと思う。

  • 日本メディアによるインド選挙関係報道

    こちらの記事を紙面で見たが、やはり日本メディアによるインド関係記事は非常に底の浅いものが大半と改めて感じさせられた。

    要は「反モーディー」のこういう側面もある、というようなことを伝えたいのだろうけれども、カシミールにおける反インドの機運は大昔からであり、カシミールにおける政情不安が始まったのは国民会議派政権時代。

    憲法第370条により、これを基に定められていたカシミールに与えられた特別な地位の廃止、州としての地位を剥奪してUT(Union Territory=連邦直轄地)化したことについても触れられているが、これにより同州内であったラダックが「念願のカシミールからの分離」を果たしたのはまさにこれによる恩恵であった。

    つまり「インドに支配を受けるジャンムー&カシミール州に支配を受けてきたラダックの解放」という構造もあった。

    その後、カシミールもラダックもUTからそれぞれ州としての地位を与えられることなく時が経過していることについて地元からの批判は少なくないものの、先述の「憲法第370条廃止」とこれによるカシミール地域の取り扱いの変更についてはインド国内で好意的に受け止められてきた。州からUTへの移行期には記事にもあるとおり、多くの政治家たちが拘束されたり自宅軟禁となったが、これについては分離主義的な感情を煽ることによる騒擾を防ぐためのものであったのだろう。

    カシミールにおける有力政党は特定のファミリーによる世襲勢力であるとともに、基本的に「アンチ・インド」である。J&K州最後のチーフミニスターとなったメヘブーバー・ムフティ率いるPDP(Jammu & Kashmir people’s Democratic Party)は州として最後の選挙戦でBJPと組んでこれに勝ったが、その任期中に自らの知らぬ間に州としてのステイタスが一夜のうちに無くなり、自身も拘束されるなど、アッと驚く政変劇となった。

    連立バートナーとしてのBJP、こうした手続き上の問題はなかったのか等々、疑問符の付く部分は否定できないものの、カシミールはこれまで長年隣国(パ国)による干渉を通じた工作活動の対象となってきた地域であり、Armed Forces (Special Powers) Act(警察組織ではない軍組織が市民を逮捕・拘束して尋問する権限が与えられる特別措置法)の適用地域であるという特殊性がある。

    そんな特殊な地域であるという前提抜きで、こうした記事を書く、掲載するというメディアの意識が私には理解できない。

    (インド総選挙2024 大国の行方)自治権奪われた街「自由が欲しい」

  • インドからカフカスまで

    俗に「モンゴルの東征で広まった」とされるこんなアイテムがあったり、それはさておきタンドゥールで焼いた各種パン類があったり、もちろんいろんなケバーブ類もあったり(その他おそらくスープやシチューの類も)と、アフガニスタンからアルメニア、ジョージアにかけての食文化には共通するものがとても多いようだ。

    「〇〇料理」「☓☓料理」といった具合に、現在の国境線で食文化が完結するわけではなく、「〇〇族料理」「☓☓族料理」という形で国境をまたいで居住する民族料理の範疇で成り立つものでもないことに改めて気が付かされる。

    食文化は大陸規模で共有されるもっと大きなものであり、一度他所から入ったものが土地の影響を受けてローカライズされた形で発展したり、それが故地に再輸出されて、新たな味わいが人気を博したりする、そんなダイナミックさがある。

    アフガニスタン、イランあたりを軸に、かたや中央アジアやカフカス、かたやインドを中心とする南アジア方面へと広がったペルシャ系の食文化。

    こんな「ペルシャ系食文化」を家系図的に系統立てて網羅した俯瞰した図鑑的なものがあったら、広大な地域での食べ歩きに役立ちそうだし、インドやパキスタンなどでそれらに含まれるモノを食べる際に、背景にある豊かな歴史や地域を超えた繋がりが感じられて楽しいのではないかと思う。

    そのペルシャ系料理が起源ではないけど、このジョージアのモモ的な料理についても、どの地域でどんな形で伝播発展していったのか、地域ごとにどんなバリエーションがあるのか、図解してあったら面白そうだ。

    唐突ではあるが、広大な食の繋がりと食文化の連鎖と交流に気が付かせてくれるインドという国は、実にありがたい国だなぁと改めて思う。そこには様々なペルシャ起源のアイテムがあり、独自の発展を遂げているがゆえ、本場イランであったり、その影響を強く受けた中央アジアやカフカスの食と対称すると、たいへん興味深いものがある。

    Khinkali Recipe (Georgian Dumplings) Momsdish

  • 機関車6両+貨物車両295両=301連結

    踏切や鉄道駅などで通過する貨物列車があると、何となくその車両数を数える人は少なくないだろう。私もそうである。

    「機関車6両、貨物車両295両」というのは見たことがない。通常は機関車1両で30〜50両程度の貨物車両を牽引。(運搬する物資にもよるかと思う)

    中途に連結してある機関車は加速、減速、制動など、先頭車両での操作にシンクロするような機構があるのだろうか?

    All about Super Vasuki – India’s longest & heaviest freight train with 6 engines, 295 wagons (THE ECONOMIC TIMES)

  • Ole ! = Wah Allah !

    Ole ! = Wah Allah !

    この本がとても面白い。イスラム世界とヨーロッパ世界の関係性。前者が伝えた高い文化と技術があったからこそ、後のヨーロッパが大きく発展することができた。そしてユダヤ人たちに対するヨーロッパの不寛容さとイスラム世界の寛容さ。今のアラブ世界とイスラエルの対立とはまったく異なる密接な関係性があった。

    また、各署に散りばめられているトリビア的なものもこれまた興味深い。

    スペイン語には今なおアラビア語起源の言葉が4,000語ほどあり、その中にはアラビア語の定冠詞「al-」を残したものも多いとのこと。また、サッカーや闘牛の応援などで耳にする「オーレ!(Ole !)」は、アラビア語の「Wallah(Wah Allah)ワッラー!(神に誓って!)」が訛ったものであるとのこと。

    スペインの人たちは普段から意識することなく、唯一絶対の存在の名を口にしているわけだ。「啓典の民」である3宗教、ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教における神の概念は同一であるため、なんと呼ぼうと意味する対象は変らないわけだが。

    書名:イスラムがヨーロッパ世界を想像した

    著者:宮田律

    出版社:光文社新書

    ISBN-10 ‏ : ‎ 4334046088

    ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4334046088

  • たかが名前、されど名前

    たかが名前、されど名前

    今どきのマハーラーシュトラのバスチケット。車内で車掌が集金に来るが発券日時、乗車地と目的地、料金、車掌氏名などが記載されている。本日の車掌はシンデーさんと言うらしい。マラーティーのクシャトリヤによくある苗字。

    これが北だとスィンディヤーになる。グワリヤル旧藩王国のスィンディヤー姓も観念上はシンデーに繋がる。名は体をあらわすで、インドの苗字はある意味あからさま。カーストや出自がそのまま苗字となることが多いからだ。

    その反面、時代が下ってからの傾向として、石工などの職能集団が一族で苗字を変えてタークル風の姓にしたり、現在の職業を苗字にしたりということもある。「コントラクター」「パイロット」など。ダリットなどが一族でクリスチャンに改宗する際などにも、元の西部を捨ててクリスチャン風の苗字に改めることも多い。

    そうかと思えば、原則的には姓のないムスリムの間で、これとは逆に先祖がヒンドゥー時代の苗字「チョードリー」「セート」といった苗字を引き続き使っている場合もある。

    たかが名前、されど名前、である。

  • 野犬対策

    野犬対策

    朝6時40分。この時間帯のバスを捕まえようと思ったが、インド西部のこの地域ではまだ日の出前。外では野犬集団が元気に駆け回ったり喧嘩したりしている。

    その対策として、もうひと寝入りすることにした。

    周到な野犬対策(もうひと寝入りするだけ)が功を奏して、外はすっかり明るく安全になった午前7時半過ぎ。そろそろ荷物を背負って出ることにする。

    予定よりも少し遅くなったが、宿を後にしようとしたら宿の人に「お代は要らないから何か食べていけば?」と勧められた。別料金を払った人向けの簡単な朝食ビュッフェがあるのだが、それをタダで提供してくれるとのこと。時間がないため丁重にお断りすると、「それではチャーエくらいは」と淹れてくれた。これはどうもありがとうございます。

    ムルッドの路上でバス待ちをしていたとき、通りかかるクルマやバイクに唸り声とともに襲いかかろうとする猛犬だか盲犬だか狂犬だかわからない犬がいた。よくもまあ、走行中のクルマやバイクに並走して、噛み付く仕草したりとかできるものだ。ちょっと頭がおかしい犬のようだが。界隈の人たちは狂犬病を発症しているらしき犬がいることに気が付いていても、処分しようとしない。インドのこういうところは困る。

    こんな犬が見えるところにいるのに、1人でバス待ちするのであればとても怖いが、店の軒先で他の人たちとバスを待っているというシチュエーションは幸い。やはりさきほど野犬対策を実施(まだ暗かったので二度寝したこと)しておいてよかった。インドの治安で懸念されるのは、まずは野犬、そして野犬、そしてまた野犬だ。