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カテゴリー: travel

  • マジヌーカーティーラーで夕食

    マジヌーカーティーラーで夕食

    マジヌーカーティーラーでマジヌーカーティーラーのチベット人居住区の食堂にて夕食。シャプタとテントゥクを注文した。
    宿泊施設に事欠かず、食事も楽しいのでデリーでの投宿先としては有力候補なのだが、私自身がなかなか泊まることがないのには理由がある。
    非常に建て込んでいるため、路地がとても細く、ひとりがやって通ることができるような奥まった通路の先に素敵なレストランがあったり、お得なホテルがあったりする。
    ここは他のエリアにも増して野犬がやたらと多い。昼間や宵の口の時間帯は特に問題ないのだが、犬が嫌いな私としては、夜出歩いて、辺りがすっかり寝静まった中、こうした犬たちの群れと対峙するのが嫌なので、それを思ってついつい敬遠してしまうのだ。

    チベット人地区の「メインストリート」はこんな具合
    美味なるシャプタ
    具沢山でうれしいテントゥク
    用事は済んだのでメトロ駅「ヴィダーン・サバー」へサイクルリクシャーで向かう。
  • NORLING GALLERY

    NORLING GALLERY

    北デリーのマジヌーカーティーラーにあるチベット人地区では、美味しいチベット料理の店は多いし、まずまずの料金で快適そうな宿がいくつもある。デリーでの常宿をこちらに移そうかと思うくらいだ。

    このエリアにあるNORLING GALLERYというちょっと洒落て気の利いた店が気に入っているのだが、ここでトートバッグとキーホルダーを買う。前者は開口部にファスナーがあしらわれているのがポイント。後者についてはチベットの石を模したプラスチック製なのだが、そうとは手で触れてみないとわからないくらいほどよくできている。

    トートバッグ

    キーホルダー

    価格は高めだが、なかなかお勧めのショップである。

  • 「単に旅行するだけ」の用途に向いたバックパック

    「単に旅行するだけ」の用途に向いたバックパック

    気に入ったバックパックを長く愛用するため、頻繁に買い替えるわけではないが、購入先はアウトドア用品となることから、私からするとかなりトンチンカンな質問を店員から受けることも少なくなかった。

    もちろんトレッキング目的で旅行することも少なくないのだが、これほど海外旅行人口が多い時代に、バックパックの品揃えの良い店と言えば山用品の店が大半というのはどういうことか?と思うこともある。

    製造する側にしても、山以外の利用目的で製品を手にする人たちの需要を汲んでいるがゆえに、ある程度のサイズまでのバックパックにいては、ファスナーで大きく開口するタイプが主流になったり、内部が小分けされていたりというモデルが増えていたりするのだろう。

    それでも、これまで「旅行に特化したバックパック」というのは目にした記憶はない。旅行に焦点を絞るとなると、以下の事柄に留意したモデルということになるだろう。飛行機で機内持ち込み可能なサイズであることは最低条件であるとしても、以下の1~6までが一応の条件となるだろう。その反面、歩くことが目的ではないため、山歩きの際に重要となる「背負って歩く際のフィット感」はあまり重要ではない。

    1.それ自体がメインの荷となり、すべての旅行荷物を内包できる。
    2.混雑した鉄道やバス車内で、他の乗客たちと揉み合いながら容易に乗車可能。
    3.その混雑した車内で、身動きの取れない中でも、前抱えにしてスリ等から自ら危険を回避可能。
    4.頭上の棚、足元のスペースにもまったく寸分の余裕もないインドの長距離バスに乗車の際に、膝の上に置いても楽チン。
    5.移動ルートの途中、ふと思い立って鉄道やバスを下車して観光しても苦にならない。
    6.「1~5」の条件を満たす中で、可能な限り小型、かつ頑丈である。

    近年、街中で大学生などを中心として、四角くてランドセルを思わせる箱型のバックパックを持ち歩いている姿をよく目にするが、サッカー用品店でも着替え等の荷物を運ぶためのバッグ売り場で、そうしたものが定番品として並んでいるのを見かけるようになっている。

    私自身、週末にサッカーやフットサルを楽しんでおり、その行き帰りには旅行に使っているバックパックにウェア、タオル、シューズや飲み物のボトルなどを放り込んでいたのだが、容量の割にはあまり収納効率が良くないので、箱型のリュックを購入してみた。いくつか同類のモデルが販売されているが、私が選択したのはTHE NORTH FACEのFUSE BOX だ。

    幾度か使用してみると、30リットルというサイズの割には、想像以上に良好な収納性と出し入れ具合の良さがあることに気が付いた。収納性のカギは、「箱型」という形状にあるようだ。これは旅行用としてももってこいだ、と気付くまで時間はかからなかった。

    スペック上は30リットル超でも、円筒形になっていたり曲面になっていたりすると、どこかに余計な隙間が生じてしまうため、想像したよりもモノが入らなかったりするもので、詰めてみるとパンパンになってしまったりする。

    すると、モノの出し入れが大変になるし、ファスナーの開け閉めに無理がかかるため、突然壊れたりすることだってあるのだが、持てる容量すべてをキッチリと使い切ることが出来る形状であるこのモデルならば安心だ。しかも防水機能も高いので、ちょっとした雨ならばレインカバーも必要なさそうだ。

    あまりに巨大で目立つTHE NORTH FACEのロゴはありがたくないので、地味な黒地に黒文字のカラーのものを選んでみた。

    製造元は言わずとしれたアウトドア用品大手だが、タウンユースに特化したバックパックであるがゆえに、山歩きを意識したバックパックよりも、明らかに「単に旅行するだけ」の目的に合致した製品であるようだ。

  • 破れた紙幣

    破れた紙幣

    パーキスターンやバーングラーデーシュで、お札が多少破れていたり、切れ目があったりすると使えないということはないのに、なぜインドではダメなんだろう?と、今ごろになって思う。
    おそらく植民地期から引き続いてそうということではなく、独立後からの習慣なのだろう。
    もっとも一部例外はあり、グジャラート州の主に西側では、流通量の少ない少額紙幣に限って、破れたものが散逸しないように、平たいビニールの小袋に入れて使用されているのを見かけることはある。
    だが、それ以外はインド中どこにいってもNGだ。額の小さな紙幣ならば、複数枚使って支払うときに気付かれないように混ぜてしまったりするが、大きな額面のお札で、うっかり切れているものを受け取ってしまっていることを後になって気が付くと、なかなか処分できなくて困ったりもする。

  • ゴールカー

    ゴールカー

    バンディープルからドゥムレーに出て、ゴールカー行きのバスに乗り換える。所用時間は前者が30分、後者が1時間半程度。ゴールカーまでの最後のバスで乗り会わせた若い男性は、ヒンディーを話す人で、なかなかおしゃべりであった。決して上手ではないし、言い回しの間違い等も私さえ判るくらいだが、インドに暮らしたことがないというのに、これだけ話せるとはたいしたものだ。

    さすがに山のほうに入ってくると、とりわけ女性であまり裕福ではなさそうな層では、ヒンディーを理解する人は多くないようだ。しかしながらインド国内のタミルナードゥやケーララに比べると驚くほど広く通用するといえる。

    こちらが言うことはある程度理解しているようで、返事がネパール語で返ってくることはよくある。すると、こちらは知っている言葉を拾って、推測で理解したような、そうでもないような気分になる。

    部屋に荷物を置いてから、昼食は宿の階下の食堂にて済ませる。ここの主人の娘たちはふたりとも美人だ。

    宿階下の食堂では、一日中、ヒンディーのエンターテインメント番組かニュース番組を流しているようだが、それでヒンディーが普通に通じるかといえば、そうでもない。とはいえ、やはりある程度は理解しているから観ているのであり、返ってくるのがネパール語まじりだったりするが、一応のコミュニケーションはとれる。

    ゴールカー・ダルバールはけっこう離れているとは聞いていたが、長い石段を30分ほど登った先にある。途中の斜面からはゴールカーの町の眺めが素晴らしい。

    ゴールカー・ダルバールへと続く石段

    ゴールカー・ダルバール入口

    ゴールカー・ダルバールは、少しかしいでいたり、壁が湾曲していたりする部分もある。2015年の地震による被害だ。現在は修復作業が進行していて、建物内部を見学することは出来なくなっている。

    ゴールカー・ダルバール

    ひどく崩壊している部分もあった。

    先の大地震の震源地はここからすぐ近いところであったのだが、その割には町の様子からは被害の影響はほとんど見当たらない。

    町中では、小さな寺をいくつか見物。そうこうしているうちに、午後4時を回ると、たいていの商店が扉を閉じる。どうやらこのあたりの「定時」は午後4時らしい。下のほうにあるバスの発着場では、もう少し遅くまで開いているのだろうか。最後のバスで乗り会わせた若い男性が言うには、午後3時までは、カトマンズに直行するバスが出ているとのことだ。

    午後4時を回るとほとんどの商店が閉まってしまう。

    本日、夕食をしているとスペイン人男女ふたりずつのグループが食堂に入ってきて、少し話をしたのだが、スペインからの旅行者たちは感じの良い人たちが多い。彼らはバルセロナから来たとのこと。

    昔は、旅行中のスペイン人といえば、英語がほとんどわからないひとが多かったように思うのだが、現在はそうでもないように感じる。とりわけ若い人たちは流暢な英語を話す人が少なくない。英語、英会話は、かつてよりも更に広く普及していると言えるのかもしれない。

  • バンディープル

    バンディープル

    山の斜面にある小さな町。古い家並みがよく残っており、中世の雰囲気を今に伝えている。陸上交易時代の宿場町で、バクタプルから移住したネワーリーの人々の末裔が暮らしているという。古い町並みは、時代が下ってから建設された国道のルートから外れたがゆえに残ったとのこと。郊外にはノートルダム修道会の学校があり、長年、日本人シスターが教えているそうだ。

    中国の河北省鄭州から来ている馬興という女性としばらく話をした。彼女は、ごく最近までカトマンズで活動している中国系のNGOで仕事をしていたとのことで、来月、中国に戻るとのこと。昨日サファリであった中国人女性もそうであったが、最近の若い世代で個人旅行をしている人は快活で、とても感じの良い人が多い。

    マーケットで夜の眺めを撮影してしたら、ドゥムレーからのバスで一緒だったスペインのマドリードから来た夫妻、アルベルトとマリアを見つけたので一緒に夕食。旅行先では、このようにいろんな国から来た人たちと食事したりするのが楽しい。

    バンディープルでの宿泊先は、伝統的な家屋がそのまま宿になっており、オーナー家族の歴史が感じられるようなたたずまい。煉瓦作りの古い家屋で、外側はちょっとコロニアル風〈これを撮影するのを失念してしまった・・・〉、中は典型的なネワール式。ここに限ったことではないのだが、ある一定の時期に建設されたと思われる建物で、洋館風のファサードを持つもの見かけることが多いが、そういうスタイルが流行した時期があったのだろう。

    レンガ剥き出しの壁で、正直なところ快適ではない。

    町中はきれいに掃き清められており、ゴミひとつない。調和のとれた古い建物の町並みとあいまって、まるでスイスにでも来ているかのような感じだ。

  • チトワン国立公園からバンディープルへ

    チトワン国立公園からバンディープルへ

    サウラハーのバスパークからカトマンズ行きのバスに乗車。座席は2×2で車両も新しく、快適な乗り心地。山地に入りしばらく進んでいき、視覚的にはインドと変わらないタライとはまったく別の国のような様相となる。ネワール建築、それらしき顔立ちの人々と彼らの身なり等々。

    トリシュリー河の合流点近くの道路のジャンクションで、同じバス会社のボカラ行きに乗り換えるはずだったが、そのバスが故障しているとのことで、しばらく待たされる。

    運転手と車掌は、バス会社と携帯電話でやりとりしているが、時間ばかりが過ぎていく。国道上ではどうにもならないようで、さきほど通過した街道沿いの町に戻って修理屋へ。

    クルマ修理の店

    バスに同乗の人たち

    出てきたのはまだ若いメカニックだったが、手際よくエンジンと電気系統をいじって、無事に修理完了。器用なものだ。

    修理完了にて出発!

    車窓の山あいの眺めと見較べながら、グーグルマップを目にするのもなかなか楽しい。次のカーブを曲がった先の景色を想像しながら。町や集落を外れるとネットがオフになるが、地図はちゃんと表示され、バスが移動していく様子がちゃんと表示されるため、どこを通過しているのか手に取るように判る。

    バスを修理した地点から30分強で着くドゥムレーにてバスを下車。ここでバンディープル行きに乗り換える。小さな町ながらも、旅客や物流の中継点なので、人、モノ、そして活気に満ちている。

  • 中国本土からの旅行者

    久々に訪れたネパールでも、中国からやってくる旅行者の多さに驚かされた。
    また、日本で近年喧伝されているイメージとは正反対のこなれた感じの人たちもまた実に多いことにも。
    本日、チトワン国立公園と隣接する町、サウラハーで多くの中国本土の旅行者たちを見かけたり、話をしたりしたが、知的かつ都会的でスマート、人柄も良さそうで、英語もちゃんと話すことができる若者たちが沢山いた。とかく好印象だった。
    おそらく、声が大きくて騒々しい『爆買い』の人たちとは違う層ということになるのだろう。
    まぁ、大きな国なので、旅行者もいろんな人たちがいる。ネパールでもツアーバスを借り切って移動している団体さんなどは、相当うるさいのだろう。

  • チトワン国立公園2

    チトワン国立公園2

    ジャングルウォーク

    早起きしてチトワン国立公園のジャングルウォークに参加。参加、といっても、私以外にカナダから来た若い男性がいるだけなのだが、安全面への考慮からガイドが2人付くことになっている。

    まずはこの船で河を進んで水鳥を観察
    船着場の対岸にアリゲーターの姿
    河で洗濯する人々

    川、草原、深いジャングルと変化に富む国立公園を徒歩で行くのは楽しい。様々な水鳥を含めた鳥類、ワニ、サイ、何種類かの鹿などを観察することが出来た。

    ガイドのひとりは、地元先住民のタールー族で、動物の生態に詳しいだけではなく、彼の民族や村の話も聞くことも出来たのは幸運である。

    トラの足跡
    サイ

    水際では、トラの足跡をいくつか見つけることも出来たが、歩いている最中にトラとばったり遭遇することがあったらそれはそれで困るかもしれない。ガイドたちが手にしている棍棒が威力を発揮することを願うしかない。

    ちなみに英語のjungleは、英語の語彙を構成する三大要素であるローマン系、ノーマンフレンチ系、アングロサクソン系のいずれでもなく、インド亜大陸のजंगल(jangal)からの借用語。他にも、大航海時代から植民地期に至るまで、もともとの英語には無かった概念や事象などを表す語彙が南アジアのボキャブラリーから吸収されているのだが、jungleについても、それまで英語で抱えていた『森林』を意味する語彙では表現出来ない奥深さと、畏れがあったのではないかと想像したりする。

    徒歩で歩くのは愉しいのだが、危険な野獣に遭遇して窮地に陥ることはないのか?ということがときどき頭の中をよぎる。そういうケースは皆無というわけではないようだが、これまでの経験値で危険は少なく、動物たちをそこそこ近くで眺めることが出来るコースが選択されているのだろう。それでもやはりちょっと気になるが。

    ジープサファリ

    宿に戻って昼食を済ませた後、今度はジープサファリに参加した。ひとつのグループ単位が10人ほどのようで、他のところで申し込んだ人たちと合流して1台のジープで回る。

    だが当然、公園内の未舗装ではあるが、道路を走ることとなる。両側はジャングルであったり、深い藪であったりする。そのため動物はあまり見ることができなかった。何種類かの鳥、ハヌマーンラングール、アカゲザル、牛くらいある大きな鹿、クロコダイルくらいだろうか。

    最後のほうで訪れた大きな沼には、ずいぶんたくさんのクロコダイルが日向ぼっこしていた。気持ち良さそうだが、非常に危険なワニ。すぐそばではワイルドボアが水際で草を食んでいたが、こういうのが餌食になるのだろう。

    クロコダイル

    国立公園内のワニのブリーディングセンター外にいたのは、ベンガルタイガー・・・ではなくネコ。人が来ると、とりわけスナック菓子の袋をもっていると、足元にまとわりついてねだる。気品のある顔立ちで美しいネコだった。

    ワニのブリーディングセンター

    午前中のジャングルウォークを100とすれば、午後のジープサファリは30点の赤点レベルであった。森林や灌木など、視界を遮るものが少ないロケーションでの場合と異なり、森林地域でのジープサファリはこれまであまり楽しめたことはない。大型の獣が道のすぐ近くに潜んでいたとしても、往々にして獣自身はこちらの動きをつぶさに観察しているものの、ジープ側からは見つけることが出来ず、というパターンとなる。

    〈完〉

  • チトワン国立公園1

    チトワン国立公園1

    ジャナクプルから早朝のバスで出発。カトマンズ行きの便だが、ナーラーヤンガルを経由する迂回ルート。国境と並行して平原部を走り、いくつかの河を超えるが、いずれもこの時期には水がほとんど流れていない。雨季には、広い川床となっている部分の端いっぱいまで水が来るらしいことは、そうした流れの跡から見て取ることができる。

    午前11時ごろ、少し早めのランチ休憩を取ったダーバーのあたりからは丘陵地となり、その背後に山脈が見える。

    ランチ休憩先

    サウラハーの少し手前にあるラトナナガルでバスを下車してミニバスに乗り換えるが、すでに通路まで満員であるうえに、天井が私の背よりも低いので、大変窮屈な姿勢となる。

    あとひと息でサウラハーの町に着く。

    幸い、最終目的地のサウラハーはここから15分程度。あまり広がりのない町だが、かなり良さそうなホテル、ちょっとアップマーケットなレストラン、両替屋やATMもある。さすが世界的に良く知られた国立公園訪問のベースとなる場所だけのことはある。

    このあたりではハチミツが特産とのことだが、本日の宿泊先では、部屋すぐ隣の建物の窓辺に生きたサンプルが見られるという、これまた幸運なロケーションだ。蜂が『クマのプーさん』に出て来そうな見事な巣を築いており、忙しく働いている様子を眺めることが出来る。

    翌日朝のジャングルウォークと午後のジープサファリを予約すると、食事以外にはすることがない町だが、さすがに国内外から大勢の観光客が訪れるところだけあって、いろいろ美味しいものには事欠かない。昼から夕方近くにかけて、数軒ハシゴして食べ歩いてみた。

    米を潰したカジャのセット
    左上はタースという水牛の焼肉

    水牛のビリヤーニー

    〈続く〉

  • ジャナクプル3 鉄道談義

    ジャナクプル3 鉄道談義

    全面改修中のジャナクプル鉄道は、今も休業中。すでに狭軌の軌道は撤去されており、土埃を立てて、しかしのんびりと、広軌のレールを敷く下準備がなされている。軌道を敷くことになる広い畦道状の部分は、高く盛り土がなされており、しばらく徒歩で進んでみると、橋梁を建設するための作業が進行中。

    山積みされた鉄道建設資材
    盛り土された土手のようになっている。ここにレールが敷かれる予定。
    旧ジャナクプル鉄道時代の機関車が打ち捨てられている。
    こちらは旧ジャナクプル鉄道時代の客車

    旧駅舎は現在も建っており、閉鎖されているのだが、なぜか駅舎入口のキオスクだけは開いており、新聞、雑誌や袋菓子などを販売している。

    旧駅舎。休業中だが左手のキオスクは営業していた。

    「狭軌の軌道を広軌へと交換が終われば、最新型の大型車両(広軌となるので)がこの鉄路を疾走するのさ!路線ももう少し先まで伸びる予定だしね。お客の需要次第だが、インドのジャイナガルへ往復する本数も増える。まさに本格的な鉄路の時代が到来しようとしているのだ!」と熱く語るキオスクの年配男性は、鉄分濃厚。鉄道旅客の往来に彼の稼ぎがかかっているので、当然のことではあるが。

    駅舎の裏側に出てみると、ゆったりとチャーイを飲んでいる3人連れがいた。ひょっとして、路線休業中でヒマな?鉄道マンかと思い声をかけてみると、鉄道建設を請け負っているインドのコンタラクターの人たち。私も席を勧められ、チャーイを頂きながらしばらく話を伺う。

    鉄道建設に関わるコントラクター

    この時点から完成まで18か月の予定で、駅舎はジャナクプルを象徴する美しいお寺、ジャーナキー・マンディルを模したデザインとなるのだとか。

    ジャナクプルは終着駅ではなく、ここから少し先にあるクルターというところとなるのだそうだ。工事のフェーズ2も計画されており、クルターから25kmほど先のバールディーバースまで延伸されること。さらにはフェーズ3にて、バールディーバースからビールガンジへの路線とシリグリーへ抜ける路線を建設するというプランもあるとのこと。

    コントラクターの方によると、「もっとも、フェーズ2の後はいつになるか、どうなるかまだわかりませんけどね・・・。」とのことだが。

    ともあれ、土埃が舞う工事現場で、想像力たくましくすれば、真新しい機関車に牽引される新生ジャナクプル鉄道の真新しい列車が、カラフルに飾り立てられた駅舎に入線してくる姿が瞼に浮かぶようだ。

    さて、こちらは現在までのジャナクプル駅。終着駅の割にはこじんまりしているが、背後に市街地はなく、駅舎手前からStation Rd.が始まり、いきなり賑やかな商業地区となっている。インドとの間を行き来する玄関口として機能してきた歴史を感じさせてくれるものだ。

    ステーションロードは鉄道駅へと至るジャナクプルのメインストリート
    街中からステーションロードを通って行きつく旧ジャナクプル駅
    旧駅舎の脇は野菜市場

    バスよりも運賃が安く、インドから品物を大量に仕入れて運ぶ商売道具の人たちにも使い勝手は良かったらしい。

    以前、グジャラートのジャームナガルで、鉄道駅がしばらく前に郊外へ移転され、市街地の駅が廃止となったエリアを散策したことがある。

    鉄道から乗り降りする人たちを相手にしていたホテルや食堂など、ほとんどが空き家となり、屋根が抜け落ちた旧駅舎同様に、駅前商店街がゴーストタウン化している様を見て、さもありなんと思った。こうした旅客相手の商売人たちはバスターミナル周辺に移動したらしい。

    さて、話はジャナクプルに戻る。鉄道は数年来運行しておらず、開通するのはまだ先であるため、やはりステーションロードは、駅前に近くなるほど、元気がないように見える。
    〈完〉

  • ジャナクプル2 ミティラー画の村

    ジャナクプル2 ミティラー画の村

    毎日、新聞くらい目を通さないと気分が良くないので、いくつかのニューススタンドを回ったが、やはりネパール語紙しかないようだ。地元の英字あるいはヒンディー紙は見当たらない。前者は田舎町なので需要が少ないということに尽きるが、インドから国境を越えて毎日運ばれてくるHindustan紙はあるのだが、ネパールに滞在しているのでネパールのニュースを読みたい。

    カトマンズで発行されているヒンディーによる月刊ニュース雑誌「Himalini」は見かけたが、ネパールのタライ地域で印刷されているLok Matという週刊新聞はあるとのことだが、あいにく品切れであった。その他、ページがやたらと少ないタブロイド版で地元のマイティリー語新聞がある。

    そんな具合で、見た目はインドと変わらない空間とはいえ、ニュース関係の出版活動については、ネパール語以外のものは盛んではないようだ。

    本日は、オートリクシャーをチャーターして近郊を巡る。運転手はヒンディー語映画の俳優、ナスィールッディーン・シャーに似た風貌の初老男性。この町で走るオートの大半は電動になっており、E-RICKSAA(E-リクサー)と呼ばれる。「リクシャー」ではなく、「リクサー」なのだ。

    ナスィールッディーン・シャーみたいな風貌の運転手
    プルガマー村

    手始めに町を出てしばらく進んだところにあるプルガマー村へ。ミティラー画で知られているこの地方、家の壁に描かれた絵を見たかった。村に着いてから、そうした家がないかと何やら仲間たちと話し込んでいる若者に尋ねてみたところ、『あるかなぁ?』ということで、付近で一番物知りだとかいう人物の家へ連れて行ってくれた。

    村一番の物知りだとかいう方のお宅

    その人物は、地域のマイクロファイナンスの仕事をしているのだとか。この方の家の中庭で伺った話によると、『昔はみんなやっていたけどねぇ。ちょうどディーパーワリーあたりの頃に女性たちがそうやって飾り立てていた。今は現金収入の手段として描く人が多くなったね。』とのこと。また、これまでなかったモノや習慣が村に入ってくるのは、いわゆるグローバル化の側面だが、元々他の地域ではやらないことを自分たちもやらなくなってしまうという面もあるね、とも。

    まぁ、世の中そんなもんだろう。

    それでもフラフラ散策してみると、全くないというわけではなかった。見聞きするそれよりもかなりシンプルではあるのだが、アートとしてのミティラー画ではなく、実際に生活の中で描かれる絵を目にすることが出来てよかった。

    壁に絵が描かれた家

    村の親子

    次に訪れたのはクワー村。ここの村もミティラー画が家の壁に描かれているかといえば、事情はプルガマー村と同じような具合であったが、国内外で広く知られているJWDC(Janakpur Women’s Development Centre)というNGOの活動本拠地である。

    クワー村

    クワー村で壁に絵が描かれていた家

    もともとは祝祭の時期に家を飾り立てるためのものであったミティラー画を女性たちの現金収入とそれに伴う社会地位向上を図るために設立された団体。近郊の村から通いでやってくる女性たちがミティラー画の手法で描いたり、刺繍をしたりしている。

    JWDCでは、そうした人たちを作業員ではなく、アーティストと位置づけており、工房にお邪魔してお話を伺い、実に快活な方々が多く、ここで生み出される手工芸品には、彼女たちの積極的な創意工夫が生かされているのだろうなぁ、と想像したりする。

    ミティラー画といえば、国境をまたがってインドのビハール州にも広がるミティラー地方だが、ここのスタッフの方からこんな説明があった。

    「サンプルとして、ここにビハールで作製された絵があるんですけど、私たちのものと見較べて下さい。ビハールのものは線使いが細かくて、色付けも豪華な感じでしょう。こちら側では線が太くて力強く、描き方もシンプルなのです。」

    そう言われて眺めてみると、私のような素人目にも確かにスタイルがかなり異なるのが明らかであった。

    絵の撮影は遠慮してくれとのことで、ここにそれらをアップすることは出来ないのだが、同じミティラー画でも地域にごとの特徴があるらしい。

    インドのビハール州のマドゥバニー界隈では、世界的に有名になったミティラー画のアーティストが多数いるが、とにかく絵を買えとしつこく言い寄ってくる人がいろいろいて閉口した記憶があるのだが、ここジャナクプルあたりでは、そのような商売人に出会うことはなかった。インド側でのほうがずいぶん大々的に産業化されているということなのだろうか。

    〈続く〉