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カテゴリー: society

  • 「ディワーリーおめでとう!」とボリス・ジョンソンの目配りと気配

    英国首相ボリス・ジョンソンによるディワーリーのメッセージ。国内に大規模なインド系人口を持つこと、インドとは伝統的な縁と現代においても政治・経済で強い紐帯があることからも、こうしたメッセージの発信は大切だ。もちろんこの動画はインドでも各報道機関使いまわしでたくさん流れたし、SNSでも共有された。

    UK PM Boris Johnson wishes Happy Diwali, Bandi Chhor Divas to everyone around the world (THE ECONOMIC TIMES)

    同様にアメリカのカマラ・ハリス副大統領も、こちらは本人がインド系ということもあるが次のような動画を発信している。

    US VP Kamala Harris extends Diwali greetings to everyone around the world (THE ECONIMIC TIMES)

    アメリカからは前政権時にも当時のトランプ大統領が得意のツイッターで「ディワーリーおめでとう」と発信していたし、大統領時代のオバマ氏もディワーリーのメッセージとして動画を発信していた。

    インドとの繋がりは日が浅い日本とはいえ、私たちにとってインドの経済的な重要度は高くなり、戦略的にも大切なパートナーとなりつつある。もし外務省が入れ知恵して岸田首相がツイッターでもいいから、ディワーリーに関して動画メッセージを配信したら、日本という国に対するかなり良い反響があったことだろう。お金と手間をかけずに得点を稼ぐいいチャンスであったはずだ。

    もちろん在印の大使館、領事館等ではこうした対応や発信はしていることだろうが、自国政権中枢からも相手国に対して「東京からいつも気にかけています」「日本から常に注目してますよ」という意思表示は大切だ。

  • 合掌

    合掌

    ご存知のとおり「ナマステ」のポーズだが、この挨拶の動作は上座部仏教の地域、タイやカンボジアあたりまでは、神々はもとより、世間の人々に対する日常の挨拶に用いられるが、日本においては、寺院参拝以外では、よほど必死に懇願するような場面を除いて、死後の人(葬儀や墓参りなど)に対するものとなる。つまり私たちの観念での「仏さま」に対する専用の挨拶となる。おそらく他の大乗仏教の地域でも同じだろう。この違いは、いったいどこからくるのだろうか。

  • サッスーン家の上海

    上海の外灘のランドマーク、和平飯店北楼(旧サッスーンハウス)、和平飯店南楼(旧パレスホテル)ブロードウェイマンション・・・。

    いずれも租界時代の建物だが、サッスーン商会による建築(現在はサッスーン一族の所有ではない。)もちろん現在の外灘の風景そのものがサッスーン家を筆頭とするバグダードからボンベイに移住して財を成した(当初は東インド会社から払い下げられたアヘン貿易の権利から上がる利益で大きく成長したため「罪を成した」とも言えるが・・・)ユダヤ資本の大量投下あっての大事業。そんなわけで、戦前の上海には「ボンベイの隣街」のような面もあったことになる。

    当時のサッスーン商会は、カルカッタ、ラングーン、香港などでも操業しており、神戸にあるサッスーンハウスもこの一族の所有であったもの。サッスーン家はイギリスでも財閥を成し、現在英国サッスーン家の当主のジェイムス・サッスーンは政界でも活躍し、イギリスの財務大臣まで務めた。

    そんな華やかなサッスーン家の栄光の始まりは、当時の君主との関係悪化によりバグダードを離れることになった商家サッスーン一族の長、デイヴィッド・サッスーンが1830年代初頭にボンベイに上陸したところから始まる。

    デイヴィッド自身が非常に優秀なビジネスマンであったことに加えて、家族からも次々ときら星のように優れた人材を輩出し、家業を拡大させていき、100年も経たないうちにアジアを股にかけるビジネスエンパイアを構築。

    当初は「ユダヤ教を奉じるアラビア人」として、生活スタイルもアラビア半島式であったサッスーン一族は植民地体制下のインドで英国の買弁として頭角をあらわすとともに、迅速に「白人化」していく。このあたりの変り身の早さもさすがだ。

    欧州で代々過ごして歴史を築いてきたユダヤ家系とは異なり、イラク発インド経由の家系というのは、英国のユダヤ系社会の中でもとても異色なものであるはずだが、財の大きさや社会的地位の高さなどから、サッスーン家は英国のユダヤ系家系を代表する存在とさえなっている。

  • ドラゴンフルーツとドリアン

    ドラゴンフルーツとドリアン

    ドラゴンフルーツ。こちらは白玉(中身が真っ赤な「赤玉」もある)だが、安定したあっさり、さっぱり感が心地よい。美味しいかと言えば、味わいはあんまりないように思うが、爽快感があり、食べていて気持ちが良い。濃厚な味わいと陶酔感を呼ぶドリアンの対極にあるように思う。これらが同時に店先に並ぶベトナムは、フルーツ環境としては、ライチーとマンゴーがマーケットにふんだんに供給される雨季入り前の酷暑期のインドに匹敵する幸福感があるに違いない。

    ドリアンといえば、インドでもたしか南西沿岸地域で輸出用作物として栽培が始まるといえ報道を目にしたのはかなり前のこと。その後どうなったのだろう。ゴアでは野生種が自生しているというが、インドでは食べ物と認識されてこなかったのでマーケットに並ぶことはなかった。

    また、スリランカでも山間部にはドリアンが自生だか栽培されているのか知らないが、沿道でイガイガの実を売る姿をチラホラ見かけたことはあるが、町のバーザールでは発見できなかった。南アジアもドリアンが生育できる環境のところがあるが、食文化の中にドリアンが占める位置はない。

    しかしながらタイでもシンガポールでも現地在住のインド系の人たちがドリアンを楽しむ姿があるので、何かきっかけがあれば、定着していく余地はあるかもしれない。

    今はカシミールやヒマーチャルの特産品となっているリンゴにしてみても、地場の固有種ではなく、外来で定着した果物。ドリアンは特有の香りと陶酔感があり、味わいの中に明らかに洋酒が仕込んであると思われる部分、そして卵黄を使っているとしか思えないコクがある。

    これらについて、ヒンドゥーの人たちの中で厳格な人たちが「ピュアル・ヴェジ」と認めるかどうか。そもそも私自身は、この目でドリアン畑を見たことがないので、ドリアンは人工物に違いないという確信めいたものがある。

    熟練のパティシエが卵黄、砂糖、ブランデーなどを使って丹念に創り上げていくのだ。ツナギに何を使っているのかは秘伝で、果実を口にしたときのムラのある繊維感とこれまた微妙な歯触りを出すには長年の経験が必要。だからドリアンは当たり外れが大きいのだ。

    よって、ドリアンは言うまでもなく、「ノン・ヴェジ」だと信じている。

  • インドで再び「改称ラッシュ」か?

    サフラン右翼のBJP政権は地名などの改名が大好きだが、中央政権は「ジム・コルベット国立公園」を「ラームガンガー国立公園」にしようとしているそうだ。

    また同じくBJP政権下のUP州では、来年の州議会選挙での再選を目指す中で、州内のスルターンプルをクシ・バワンプル、アリーガルをハリガル、マインプリーをマヤンナガル、フィローザーバードをチャンドラナガル、アーグラーをアグラーワン、ムザッファルナガルをラクシュミーナガル、ミヤーンガンジをマーヤーガンジへと、怒涛の改名ラッシュを目論んでいるとされる。

    インドにおける地名等の改称が多かったのは独立後しばらくの間であった。これはどの元植民地でも同様だろう。植民地当局により、バローダがワドーダラーに修正されたことに見られるような、本来の呼び名と乖離した「英語名」から「現地名」への回帰、英国支配者たちに因んだストリートの名前がインドの偉人の名前へと付け替えられるなど、主権がイギリスからインドに移行したことを象徴するものであった。

    その後もいろいろな州において、地元の民族主義的傾向が強まった時期に、まるで思い出したかのように、たとえばボンベイがムンバイに改称されたり、ケーララのコーチン、アレッピーなどの英語表記が現地名の綴りと発音へと修正されたりはした。これらもまた、タイミングは大きく外れてはいるものの、植民地時代の残滓の解消と位置づけることはできるだろう。

    だが近年のBJP政権における一連の改称は、こうしたものとは大きく異なり、背景にあるのはマイノリティーの排除のスタンスの「可視化」である。とりわけターゲットとなるのはムスリムのコミュニティーだ。腐敗や世襲などで国民会議派を攻撃するBJPだが、この部分でも彼ら(融和的な姿勢の国民会議派)の違いを明確に出来る。党中央でも地方政治でも、権力が身内で引き継がれることが多い国民会議派に対して、BJPにおいては「その他後進階級」出身のモーディーが頂点に立つことに見られるように、権力は実力のある者が引き継いでいくという公平感もある。

    国民会議派時代には周辺地域と捉えられていた北東辺境地域やラダックなどもその懐に招き入れ、ダリット(かつての不可触階級)なども、その庇護化に招き入れ、広範囲な支持を得たうえでの統合と発展を目指す姿勢があるとはいえ、その連帯・調和志向の裏側には人口の1割を超えるムスリムに対する一貫した不信感と冷淡さがある。また、こうした改称が各地の選挙時期に入る少し前に行われるもいうのも当然、有権者の投票行動を意識してのものだ。

    インドにおけるこうした地名改称は、日本において市町村合併で「南アルプス市」となったり、「大字新田」が新興住宅地開発により「希望が丘」となったりするような、無味無臭のものではなく、明らかにアザーンの呼びかけを寺院の鐘の音に、お供えのバラの花弁をマリーゴールドに(インド起源の仏教の供花がキクであるように、ルーツのインドにおけるヒンドゥー寺院での供花も同じくキク科)置き換えたいという意思を現すものだ。

    こういうことがあるたびに常々思うのだが、将来いつしかデリーが「インドラプラスタ」に改称されるような気がしてならない。言うまでもなく、神話のマハーバーラタに出てくる都、今のデリーのプラーナーキラーあたりを中心に広がっていたとされる伝説の都の名前だ。

    Jim Corbett National Park may be renamed as Ramganga National Park (India Today)

  • メディアと言語圏

    ウッタラーカンドはひどい荒天による洪水や地滑りなどで大変なことになっている。メディア各社がへ報じているところだがAajtakのようなヒンディー語メディアとともにIndia Todayの英語ニュースも24時間オンエアーされているのでご参考願いたい。

    それにしてもヒンディー語メディアではインド北部各地のさまざまなニュース、とりわけ「ヒンディーベルト」は当然としても、その周辺地域のベンガル、グジャラート、そしてマハーラーシュトラ関係の出来事も報じられるいっぽう、南インドに関しては、大物政治家が突然亡くなったとか、大災害が起きたとか、よほど大きなことが起きない限り、ほとんど出てこない。ケーララ、タミルナードゥなどはまるで外国のようだ。

    大きな国なので、言語圏が生活圏であり、興味関心の圏内であることがよくわかる。それがゆえに、各地方語の番組がそれぞれの地域では圧倒的な支持を得るのだろう。Zee TVのベンガル語のエンターテインメント番組は隣国バングラデシュでもよく視聴されているようで、人々の支持も高いようだ。同時にベンガル語によるZee News番組もなんとなく目にしているはずなので、インドの事情についても相当詳しいはずだ。たぶん西ベンガル州の人たちはバングラデシュで起きていることについてはあまり関心はないだろう。

    バングラデシュからは休暇時期にカルカッタやメガーラヤ州などに家族や仲間と出かけたりする人は多いし、カルカッタで先進医療を受けるために定期的に出てきている人も知っている。そういうのもかなり多いらしい。やはりそのあたりでも、国は違っても同じベンガル語世界ということで、ひとつの「地元圏感覚」のようなものがあるようだ。

  • GNT (Good News Today)

    GNT (Good News Today)

    常々、前向きで楽しく、人々が元気になるニュースばかり流す「ハッピーニュース・チャンネル」のようなものがあれば良いのにと思っていた。

    巨大地震のような災害のときにも、新型コロナウイルスの流行が頂点に達してにっちもさっちもいかないときでも、そういう苦境で人々を救うべく奮闘している人たちや回復して元気になった人たちなどの姿もある。もちろんそうした状況とは関係なく、明るい話題というものは常にそのあたりに転がっているはずだ。ただ、何か大きなことが起きると、そうしたポジティヴな話題にスポットライトが当たらなくなってしまう。悪いことが起きると、畳みかけるように様々なチャンネルで繰り返し報じられて、気が滅入ってしまう思いをした人は多いだろう。繰り返し映像で流れるアメリカのツインタワーの崩壊シーンであったり、日本の東北で起きた津波の様子であったりといったものはその典型であった。

    「ハッピーニュース」の需要はインドでも高かったようで、今年9月から、インドのIndia Todayグループのニュースチャンネル「AajTak」に姉妹番組「Good News Today」が加わった。前者はご存じのとおりインドや世界のニュースを人々に伝えるヒンディー語のニュース番組だが、このたび開始された後者は、まさに私が夢想していた「ハッピーニュース・チャンネル」そのものといった構想で開始されたものだ。いずれもインドでオンエアされているものが動画配信されており、もちろん日本での視聴することができる。

    India Today Group launches Good News Today, India’s first and only positive news channel (India Today)

    放送開始時の映像は以下のリンク先から閲覧できるが、コロナ禍の中でパンデミックに関する陰鬱な報道が非常に多い中で、「気分が沈むのでニュース番組を観たくなくなった」という声を背景に、人々が前向きになることができる、元気の出るニュースを届けるチャンネルとして開始されたとのことだ。「ニュースを変えるのではなく、視点を変える」ことをポリシーにしているのだそうだ。

    Good News Today Live TV | GNT TV Live | Watch Live Good News Today Launch (Youtube)

    ライヴ放送は、こちらから観ることができるが、「Good News」とは言っても、能天気に愉快なニュースを垂れ流すというものではなく、政治の動向、公害などの社会問題なども取り上げられているなどバランスの取れたものであるようだし、ニュースとニュースの合間にバジャンの演奏なども入ったりして和める。

    インドのテレビニュースで多い誘拐、殺人などの事件、視聴者などが投稿したリンチ映像の転用などといった、お茶の間ではあまり目にしたくない凄惨な映像とは無縁のチャンネルは家庭の団欒のひとときなどで流れる、ある意味安心なニュース番組としても支持されるのではないかと思う。

  • ヘロイン禍

    ヘロイン禍

    芸能人などの有名人が逮捕されたら、大騒ぎして報道するのは、いずこの国も同じ。

    インドでも同様で、シャールク・カーンの息子、アーリャンの逮捕関係のメディア露出は相当なもので、中には「ムスリムを標的にしたBJPの陰謀説」のような荒唐無稽なヨタ話をもっともらしく吹聴するニュース番組もある。

    そんな中でのインディア・トゥデイの「ヘロイン禍」の特集記事。「インディア・トゥデイ、お前もか?」と思いながらページをめくっていったが、さすが「ちゃんとしたニュース雑誌」は、ゴシップ誌や半ニュース半ゴシップ誌と大きく異なる。

    世界中のケシ関係の麻薬供給元の85%はアフガニスタンが占めているそうだが、近年はインドへの供給量が大幅に増えていることが、水際での押収量の増加で明らかなのだそうだ。先日もアフガニスタン発でイラン経由のコンテナがチェンナイで差し押さえられ、空前押収量を記録したとのこと。

    麻薬を大きな収入源とするターリバーンの「怪進撃」の要因のひとつには、この関係の売上増が果たした役割もあるかもしれない。

    同様に近年はパンジャーブ州で、とりわけ若年層へのドラッグ使用の蔓延が大きな社会問題になってもいるのは、ずいぶん前から聞いており、それを題材にした「UDTA PUNJAB(2016年)」という凄惨な映画が物議を醸したこともあった。

    パンジャーブ州への薬物流入は、国境地帯の農村部で移送がなされる様子が同作品でも描かれており、背後には当然、パキスタン側の組織があり、これには同国の工作筋も関与していると言われている。

    アーリャン・カーンの逮捕というのは、現在の麻薬禍において発生した無数の現象面での「ひとつの例」であり、背後にある動きこそ重要かつ深刻なものだ。

    現象面の末端に過ぎない個人を叩くのではなく、背後の巨悪にメスを入れたインディア・トゥデイ誌の姿勢は、まさに社会の木鐸としての矜持だろう。

    インディア・トゥデイ10月20日号
  • 国境向こうの南インド料理屋

    パキスタンでの南インド料理とのこと。ケーララやタミルナードゥから、ワケあってパキスタンに移住した人たちがいたとのことで、カラーチーにはタミル人ヒンドゥーのコロニーもあるとは興味深い。人の世には、必ずや例外的な人たちもあるわけで、何がしかの理由により、通常のセオリーとは異なる道を進むことになる人たちがいる。このあたりを目的にパキスタンを訪問してみるのも面白そうだ。

    For Tamil cuisine, away in Pakistan (THE HINDU)

  • 特別展「インドサリーの世界」(2005年)

    特別展「インドサリーの世界」(2005年)

    だいぶ前にインドで購入して読んだ本で、Emma Tarlo著の「Clothing India : Dress and Identity in India」という、インドの服飾文化について書かれた本があった。

    インドの伝統的な社会において、身につけるあらゆるモノに意味があり、装いはその人となり、出自や職業、立場や経済力を如実に表現するものであり、コミュニティーの内外をきちんと区別するものであったということが書かれており、マスプロダクション時代におけるマーケティング戦略のもとで、工場で大量生産して、マーケットで販売される現代の服飾においては、もはやサーリーもシャルワール・カミーズも洋服と同じような西洋化グローバル化された産物に過ぎないというようなことが書かれており、かなり衝撃的であるとともに、伝統的なコミュニティごとの服飾の棲み分けの事例などを読むと、なるほどと納得することばかりでもあった。

    さて、こちらの書籍は複数の著者写真によるインドにおけるサーリーの変遷、同国の民族衣装のトレンドなどについて綴られており、これまた興味深い。発行年がすでに16年前のものなので、ファッションに関する内容は古くなっている部分はあるようだが。大阪の国立民族学博物館で2005年に開催された特別展「インドサリーの世界」の展覧会図録。同博物館のオンラインショップで購入することができる。

  • インドが観光ヴィザ発行を再開

    ようやくこの時が来るようだ。10月15日からひと月はチャーター便での入国のみ。商業定期便による入国は11月15日からとのこと。ヴィザの扱いの詳細(申請方法、有効期間、種類その他)に関する情報は今後出てくることだろう。

    Covid-19 cases down, India to issue tourist visas from October 15(INDIAN EXPRESS)

  • 国名・地名の表記

    リンク先記事によると、諮問評議会定数45名のうち30名が直接選挙で選ばれたとのこと。この国の政治のことはよく知らないが、残りの15名はおそらく王族の指定席であったり、国王の指名する者であったりという具合なのだろう。それでもこうした形で民意が反映されることは悪くはない。

    ところで国名は本来は「قطر‎」つまり「カタル」なのに、メディアではよく「カタール」と表記される。なぜ長母音を加えてしまうのかといえば、英語力での綴り「Qatar」の「ar」部分は「アール」であろうという連想から来るのだろう。日本語での外国地名表記のありかたについては、基本的に現地の読み方に準じるというスタンスはあるようだが、独自の文字(アラビア文字など)が用いられる地域では、英語での表記から日本語の読みが書き起こされるという揺れがあるようだ。

    パキスタンの「ペーシャーワル」(پشاور)も同様で、長母音となるのは「ペー」と「シャー」の部分であのだが、日本のメディアではいずれも短母音となり、なぜか「ワル」が「ワール」となる。だが英語での綴りPeshawarを思い浮かべると、「Pe」「sha」のいずれにも長母音を暗示させるものはなく、「war」は日本語における慣用として長母音化される現象が起きるのだな、と推測される。

    いずれも日本にとって馴染みのある土地ではないため、英文情報から起こされたものを記事にする際に、こうした形で定着することになったのだろう。

    インドのIT産業隆盛により、急速に注目を集めるようになった90年代前半、その中心地となったバンガロール(現ベンガルール)については、当時すでに「バンガロール」でほぼ定着していたものの、ニューズウィーク日本版などを中心に「バンガロア」「バンガローア」という表記も散見された。「Bangalore」の語尾を「ロア」ないしは「ローア」と読んだらしい。

    同様にかなり前のことになるが、旅行業界関係者が「Lahore」と「ラホーレ」と表記した例も目にしたことがある。日本語表記については、現地の読み(لاہور=ラーホール)ではなく、定着している英語表記をどう読むか?ということになっている例が少なくないように思われる。

    女性の当選者なし 初の国政選挙―カタール (JIJI.COM)