人質を取ってのハイジャック、立てこもりといった事件の質が前世紀とはずいぶん違ってきた21世紀である。従前は、犯行グループが自らの主張を世間に広めたり、政府等への要求を通したり、取り引きしたりする材料として人質を必要とし、そのためにこうした事件を起こすケースが多かった。もちろん以前から爆破テロはあったし、ハイジャック等で人質になることにより、命を落とす人も少なくなかった。
しかし今ではどうだろう。2001年9月11日にアメリカで起きた同時多発テロから始まって、先日のムンバイーの事件にいたるまで、対象となる政府なり機関なりといった当局に対する要求もないままに、破壊行為と人々の生命を奪うことのみが目的であるような事件が増えた。それらの多くは犯行声明なしの、誰が何のために起こしたのかわからない『無言テロ』でありながらも、凄惨な場面がメディアを通じて現在進行形で伝えられるという、姿は見えるが肝心の顔は見えないという特徴を持つ。
先日のムンバイーにおけるテロの際に、『デカン・ムジャヒディーン』を名乗る団体からの声明はあったものの、そういう団体はこれまで把握されておらず、実際にどのグループが事件を起こしたのかよくわからず、目下ラシュカレトイバが最有力視されているのが現状である。
自国内でテロがあってもその実情は国内外になかなか伝わらない、政府当局により今でも相当厳しくコントロールされている中国と違い、様々なソースの情報にアクセスしやすいインドは対照的だ。報道の自由度の高さという点でもメディアに対する管理がきつい国の多いアジア諸国の中では飛び抜けている印象がある。
しかしその自由が放任されていること、主要メディアの多くが大資本の元にあることから、常に公平不偏であることを期待できるものか疑問な部分もあることなどもある。そして特にニュース番組に見られる露骨な商業主義もどうかと思う。言葉を変えていえば、あまりにも良くない意味で『大衆的』に過ぎるのだ。
そうしたニュースチャンネルで『今日のプログラムについて最も興味深かったものを選んでSMSで投票してください』なるアナウンスが流れることがある。どういうニュースが好まれるか、どういうスタイルでの報道が注目されるかという調査なのだろうが、そもそも世の中で起きていることを正確に伝えるのが報道の仕事のはずであり、受け手が喜ぶものばかりを取り上げるのがそのありかたではないはずだ。
人々の身の回りで起きたセンセーショナルな犯罪を取り上げるテレビ番組の中で、ガラの悪い男性アナウンサーやたらと扇情的な声色で感情的なアナウンスをしたり、たいした内容でなくともやたらと『Breaking News』のテロップを多用して視聴者を引きつけようとしたりするのも気にかかる。常日ごろからこういうのはいかがなものかと思っていたが、今回のような大きな事件が起きると、なおさらのことそういう好ましからざるスタンスばかり目に付くようになる。
今回ムンバイーで起きた事件にしても、治安当局による捜査等の進展を飛び越して、各メディアによる出所や事件との関連についての『速報』の類が相次いでいる。それは『テロリスト上陸の際のパーキスターンの海軍によるサポート』であったり、『ラシュカレトイバの戦闘訓練基地でのトレーニングの様子』を撮影した資料映像であったりする。
とかくテロリストたちの行為とパーキスターン政府の密接な関与を示唆する内容が多く見られる。テロリストたちが隣国パーキスターンから来たということはほぼ間違いないようだが、当のパーキスターンではムシャッラフ前大統領自身も幾度となく原理主義過激派による暗殺の危機に見舞われていたことを忘れてはならないし、現在の大統領のザルダーリー氏の妻で、元首相のベーナズィール・ブットー氏も昨年12月に選挙遊説中に暗殺されている。パーキスターン当局がテロリストと一体であるという見方はあまり正当ではない。
もちろん軍所轄の情報機関であるISIに対する政府の統制が行き届かないことから、彼らの関与については常々言われていることであるのだが、現在はまぎれもなく『文民政権』であるパーキスターン政府自身は、本来ならばインドと手を携えてテロ防止にあたるべきパートナーなのだ。 誤報・虚報を恐れず世の中に発信していく姿勢も大切なのかもしれないが、各報道機関は社会の公器として、あまりに先走りすぎて人々の目を惑わすことのない報道をしてもらいたい。
また国境を挟んで東西に広がるそれぞれ『主権国家』としてのインドとパーキスターンだが、これを機会にテロへの対応にかかるこれまでの国境を境にした『縦割り行政』の弊害から脱して、両国が力を合わせてそれぞれの国民の安全を守るために努力してくれないものだろうかとも思うのだ。
カテゴリー: security
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テロ後 インドのメディアに思うこと
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ムンバイーのテロ 『事件後』もさらに怖い
こうして書いている今も『BREAKING NEWS』のテロップとともに『テロリストが手榴弾を投擲』『コマンドーが反撃中』『タージのボール・ルームで掃討作戦中』といった文字が画面に浮かんでは消えていく。
相当中の人質は解放されたが、30名近くの遺体がオベロイ・ホテルの建物の中で確認された模様。まだ事件は進行中である。ニュースで写し出されるタージ・ホテルとナリーマン・ハウス(ユダヤ教施設)の映像から銃声が響く。
すでに多くのメディアに流れているテロリストたちの一味の中の幾人かの姿は、原理主義者然としたヒゲを生やしているわけではなく、恐ろしい面構えの居丈高というわけでもない。口ヒゲさえ蓄えずにきれいに剃られた、ごく普通の都会の若者といった感じであった。
その辺の大学のキャンパスにでもいそうな感じの男の子が、冷たく黒光りする機関銃を握っているという『現実』にとまどうのは私だけではないだろう。
情報もかなり錯綜しているようだ。ついさっき例の『BREAKING NEWS』で、市内の××で、そして××でも銃声だの銃撃戦だのというテロップが流れていたが、そのしばらく後に画面に登場したリポーターは、『テロリストに占拠されている地点以外でも銃声がというデマが流れていますが信用しないように』などとしゃべるなど、かなり分裂気味な報道。
加えて『アメリカのFBIのチームがインドに出発』と報じられた数時間後には、プラナブ・ムカルジー外相が『我々は自前の情報機関に自信を持っており外国からの干渉は不要である』と否定する模様が流れており、何だかよくわからない。
とにかく新しいニュースをと急くあまり、未確認情報も含めて電波に乗せてしまっているらしい。CMから番組に戻る際の導入部に煙を上げるタージ・ホテルの休館の画像の背景には、よく映画で用いられる派手な効果音が響いているのは不適切ではなかろうか。
ホテルの外、少し距離を置いて遠巻きにしているメディアのクルーたちの物々しい数を見ると、どの局も他がまだ取り上げていないニュースを一番に!と過熱するのもわかる気がする。何しろニュース番組を点けてみると、昨日からずっとこのたびのテロの報道ばかりなのだから。
そんな中、『首相がパーキスターンにISI長官の訪印を要求』というニュースが流れる。肯定的に言えば『テロに対して共同して対抗できるよう情報交換をいたしたい』ということであっても、実態は『貴国は関与を否定しているが信用ならん。そちらの情報機関の長から直々に話を聞こうじゃないか』ということになるだろう。
後から後から続くテロに業を煮やし、さらには今回のような大きな事件が起きて面目丸つぶれのインド政府とりわけ与党の立場もわからなくもない。だがこうした高飛車なスタンスは当の相手国に受け入れられるものなのだろうか。
2001年12月のインドの国会襲撃テロ事件の後、まるで急な坂を転げ落ちるように印パ関係は悪化の一途をたどったこと思い出す。半年も経たないうちに開戦の危機が伝えられ、核戦争の可能性さえもささやかれるようになったのは、そのテロ事件がきっかけだった。
当時の報道を見ていて非常に気にかかったのは、隣国を叩けというムードで紙面が一杯で、臨戦態勢に疑問を投げかけようとする論調がほとんど見られなかったことである。各政党も同様で、当時与党にあったBJPの『弱腰』をなじるのは共産党を含めた野党勢力どこも同じであった。ブレーキの壊れた暴走機関車みたいな印象を受けた。
今のコングレスを中心とする連立政権の治世の下、各地で続く大小の規模のテロそして外来勢力ではなく、インド人自身による犯行が増えたため『テロの国産化』が懸念される中、内政面での不手際を批判される機会が増えた。内務大臣のシヴラージ・パーティルもとりわけ今年7月にバンガロール、アーメダーバードと続き、しばらくしてからデリーでテロがあった際にはクビが飛んでもおかしくない立場にあったようだ。
折しも今のインドはまさに政治の季節に突入したばかり。現在進行中のデリー、ラージャスターン、チャッティースガル等六つの州議会の選挙に加えて、来年5月までには国政選挙が行なわれる予定。
本日のメディアに対する当局の発表の中でこういう発言があった。
『すでに警察の手には様々な情報が集まっている。それらについては慎重に分析・調査をしたうえで皆さんにはお伝えする予定である。現在拘束している犯人の国籍はパーキスターンであるが、今はこれ以上の発言は控えさせていただく』
さらに何か具体的な発言を求めて食い下がるメディアに対する当局の担当者の対応はこうだった。
『それではみなさんにこれだけは言いたい』
彼は一呼吸置いて大声で叫ぶ。
『バーラト・マーター・キー』
これに応えて周囲の報道マンたちが声を合わせる。
『ジャーイ!』
まるで映画の中のひとコマみたいだ。
任期切れを前に州民、国民たちの審判を待つ各政党。急速に勢いを失いつつある経済にかわる問題に加えて、治安対策とりわけテロ問題にどう取り組むかという点がひとつの重たい争点になるはず。
短期的には、今回の出来事で直接関与していなくとも、自国領でインドに対する破壊活動の準備を黙認している隣国に対して『どうオトシマエをつけるんだ、コラァ!』と迫ることも当然重要視されるだろう。
選挙のための人気取りに腐心する政党と、インスタントな結果を求めるメディア、功を求めて先走り、民心を必要以上に煽る報道・・・。それらから流れる情報、言い訳、主張その他様々な声を耳にする国民の多くはいったい何を思うのか。
11月26日の夜9時過ぎの事件発生から28日夕方の今まで、今回ムンバイーで起きたテロはすでに足掛け3日も現在進行形でメディアに映像を提供し続けている。『事件が生放送される』という点では、発生後まもなく鎮圧された2001年の国会襲撃事件よりも、はるかにインパクトは強い。国際的な注目度もこちらのほうが上だろう。
事件は明らかに終盤に入った模様だ。だがこうしている今も現場からのレポートは続いている。今回の出来事が終結する前からこんなことを言うのは気が早いかもしれないが、このテロ事件について政治的(内政的にも隣国との間についても)どういう形で清算しようということになるのか、とても気にかかるところである。
パソコンのキーを叩いていると、画面の向こうでマイクを握ったレポーターが大声で叫ぶ。『カメラを持った西洋人女性が肩を撃たれました。フリーランスのジャーナリストと思われます』
テレビ画面の右下には『インドの9/11』というタイトルが入っている。アメリカの9/11は、世界で実に多くのことを変えた。アフガニスタンやイラクにいたっては、これを機にアメリカにとって目の上のタンコブだった政権まで力で壊滅させられた。
インドの『11/26』の後に続くものは何だろう。憂いが杞憂に終わるように祈りたいものだ。まさにこういう危機にこそ、世界最大の民主主義国家を自負するインドの叡智に期待したい。
・・・と、ここまで書いたところでテレビから『ナリーマン・ハウス制圧』を伝えるアナウンサーの声が聞こえてきた。いよいよ事件終結まであと一息といったステージに来たようだが、この事件の終わりが新たな大きな不幸の始まりでないことを切に願うばかりである。 -
ムンバイーのテロ 失うものはあまりに多く、あまりに大きい
ついさきほどアップロードした『退屈は幸せだ』の続きである。
本日、11月27日に元首相のV. P. Singhが亡くなった。それがごく小さなニュースに見えてしまうのは、現在進行中のムンバイーでのテロ事件のインパクトがあまりに大きいがゆえである。
現在までのところ、デカン・ムジャヒディーンという聞きなれない名前の団体が犯行声明を出しているものの、おそらく偽名に違いないとするのが大方の意見のようだ。アルカイダによるものではないかという推測、インディアン・ムジャヒディーンのことではないかと疑う説なども出ている。
だが今の時点ではテレビニュースで真実味をもって語られているのが、カラーチーからやってきてグジャラートに上陸した男たちが昨夕ムンバイーに到着し、深夜前後から犯行を開始したという説だ。
武装した男たちの集団が一気に突入して無差別銃撃を開始、武力でターゲットを占拠してメディアのカメラを目の前にして、時間をかけて人々に最大限の恐怖心を与えたうえであげくに玉砕という、テロ行為の多くの部分が『中継される』というヴィジュアルな効果を計算したうえでの新しいパターンのように思える。
またある種特別な場所でありながらも、宿泊客以外の不特定多数の人々がごく普通に出入りするのが当たり前で、そこを舞台に大きな事件が起きれば世間の注目も大きな高級ホテル、しかも国際的にも有名な五ツ星ホテルを標的にするというのも、今後の『トレンド』になるのではないかという悪い予感をおぼえるのは私だけではないだろう。
21世紀に入ってから最初の9月に起きたアメリカの同時多発テロその他の航空機を狙ったテロが続いた後、乗客に対するセキュリティチェックはかつてないほど厳しくなった。その結果、以前のような大胆な犯行は実行しにくくなっている。そこにくると相変わらず『甘い』のは、常に不特定多数の人々が出入りする都市におけるセキュリティである。
その『危険に満ちた』街中で、バーザールの一角を吹き飛ばすよりも大きな効果が考えられるのは、やはり有力者、セレブな人々、富裕な外国人が出入りする特別な空間ということになるだろう。
昼間、今回の事件に関する報道を読んでいると、犯行グループは現場でアメリカ人とイギリス人を特に重点的なターゲットとしたことを示唆する記事が複数あった。まともな考えを持つ人にしてみると、国籍を理由に狙われるなどということは、あまりに不条理に過ぎるが、彼らにとってはどちらも『象徴的』な意味があるのだ。そのためにも国際的に広く知られた高級ホテルという場所は都合が良いことになる。
国外に与えるネガティブな印象も相当なものだろう。本来ならば『セキュリティがしっかりしている』とされる最高級ホテルを舞台に未曾有の惨劇が展開された。本来ならば街中でヨソ者にとってもっとも安全であるはずの空間が最も危険な空間に早変わりしてしまった。
その結果、普段インドとの関わりがない国外の人々に対してこの事件ひとつで『恐ろしく治安の悪い国』というイメージを植えつけることになる可能性が高いことは容易に想像できる。
現場となったふたつのホテルに至っては、事件後に原状復帰してみたところで、商売にならないのではないだろうか。元々の姿を感じさせないほどの大規模な改修をするか。あるいは建て直しでもしないとこれまでのような形では営業できないのではなかろうか。 -
キリノッチはどうなっているのか?
今年後半に入ったあたりから、インドのニュース雑誌その他のメディアでしばしばスリランカの内戦にかかわる情勢が取り上げられる機会が増えたように思う。それはすなわち戦況に大きな転機が生じているためだ。
昨年春にLTTEがコロンボにある国軍施設に空爆を加えた際、世界でも珍しい反政府軍所有の航空機による政府側に対する攻撃として注目を集めたとき以上のものがある。
2000年以降、政府との間の停戦、2003年の和平交渉においては、それまで堅持してきた分離独立を求める姿勢を改め、連邦制を敷くことに合意するなど、後に紆余曲折はあれども、内戦の終焉へと向かうのではないかという観測もあったが、そうはならなかった。
2004年にはLTTE内での分裂により、それまで9,000名を数えるとされた兵力が半減し、相対的に弱体化の様相を見せる中、2005年に現在のマヒンダ・ラージャパクセ大統領就任直後から連続したテロ攻撃をきっかけに内戦が再燃、しばしば報じられているとおり、今の大統領はLTTE掃討について積極的な姿勢で臨むようになっている。
LTTEは、最盛期にはスリランカの北部および東部のかなりの部分を制圧しており、その地域はスリランカ北西部からぐるりと海岸沿いに、彼らの本拠地である国土の北側沿岸地域を経由して、東部海岸地域にまで至っていたものだ。しかし現在ではかなり縮小しており、ジャフナ半島付け根の南側地域を実効支配するのみだ。
近ごろ政府軍が有利に展開を続けていることを背景に、大統領はLTTEを軍事作戦で壊滅させることに意欲と自信を深めているようだ。
大統領は、LTTEとの戦闘状態について、『内戦ではない。テロリストへの掃討作戦である』という発言をしていることからもわかるとおり、従前の和平交渉での相手方当事者としてではなく、『犯罪者』として相対していることから、そこに妥協や交渉の余地はなく、力でもって叩き潰すぞ、というスタンスだ。
いよいよLTTE支配地域の事実上の首都であるキリノッチへの総攻撃も近いとのことで、インディアトゥデイの11月10日号に関連記事が掲載されていた。
Cornering Prabhakaran (India Today)
ところで、この『首都制圧作戦』は、すでに昨日11月23日に開始された模様だ。
S Lanka attack on rebel ‘capital’ (BBC NEWS South Asia)
その情勢については、Daily Mirror他スリランカのメディアによっても伝えられることだろうが、そうした政府側とは対極にあり、LTTE地域の内側からの情報を伝えるTamilNetに加えて、近隣のメディア大国インドからの関連ニュースについても関心を払っていたいところだ。
正直なところ、スリランカの政府軍についても、LTTEについても個人的にはさほど関心がないのだが、こういう大きな軍事作戦が展開していることについては、とても気にかかっている。
後者について強制的に徴用された少年兵の存在もさることながら、同組織による支配地域に住んでいるからといって、すべての住民たちが心の底からLTTE支持というわけでもないだろう。政府に不満を抱きつつも、LTTEに賛成という訳でもない・・・といっても、自分の居住地が彼らの支配下にあれば、その権力に従うほかにないのだ。
もちろん国情、経済状態その他によってその度合いや政治への参加意識はかなり違ってくるにしても、日本人である私たちも含めて、世の中の大多数の人たちにとって、最大の関心ごとといえば自分自身の将来、家族、友人、恋人、学校、仕事、趣味等々いった、自らの身の回りのことだ。
政治云々についてはそれを仕事にしているのでない限り、自分や家族のことよりも、国や地域の政治が優先、寝ても覚めても政治のことで頭が一杯なんてことは普通ありえないだろう。
そもそも人々がまともに暮らしていくために政府や政治というものがあるはずだ。その『政府』による武装集団、つまり軍隊が自国民の町を襲う、『政治』が人々の平和な暮らしやその命までをも奪うという事態が進行中であることについて、またこの『内政問題』について各国政府が黙認していることを非常に残念に思う。 -
海抜91cmの国土からの移住計画
地球温暖化に関わる様々なニュースを目にする昨今だが、インドのすぐ南の島国から気になる記事を見かけた。タイトルもズバリ『モルジブの新国土構想』である。
Plan for new Maldives homeland (BBC South Asia)
1000以上の島々から成るこの国の『最高地』はわずか海抜2m、国土の標高の『平均』はたったの海抜91cm。すでに20世紀にはこの海域で20cmほど海面が上昇したとされている。今世紀には海面が60?上昇すると言われている。
Wikipedia内にモルジブ首都のマーレを俯瞰する大きな画像が収録されている。水際まで迫る大小の建物や施設、背景のコバルトブルーと近代的なビルのコントラストが映える。だがこれを見てわかるとおり、海面すれすれのごく薄い陸地の上に街が構成されていることがわかる。
国土が海洋に面した極端な低地であるモルジブは、国民の将来を見据えて移住のための代替地を探しはじめたようだ。文化的に近いインドかスリランカで代替地を探しているとか。
現在の人口30万人を数えるモルジブ人たちは、将来『環境難民』となることが危惧されているという。
代替地・・・といってもそう簡単に新たな国土が見つかるものだろうか。候補とされる近隣国にしても、30万人を抱える国家がそっくりそのまま移動して存続していける、人々が居住可能なスペースがどこかに余っているはずはなく、その地域の自国民や産業等を犠牲にしてまでモルジブのために提供してくれることもないだろうから、現実的なアイデアとは思えない。
さりとて今のモルジブに人々が未来永劫暮らしていけるとも考えられないので、モルジブ政府が近隣国を含めた各国政府や国際機関等を通じて外交努力を続けていくしかないのだろう。
同様にツバル、キリバスといった南太平洋の島々から成る国々も同様の問題を抱えており、10年ほど前にツバルは自国が海面上昇により居住不可能となった場合のために近隣のオーストラリアとニュージーランドに自国民移住受け入れを打診した結果、前者は拒否したものの後者は前向きの姿勢を見せた。またキリバスについても国土が海中に没することを前提としたうえで、定住地で自活していくための職業訓練も含めた国外移住支援の要請を先進各国に依頼している。
もちろん温暖化により危機的状況にあるのはここに挙げてみた国々に限ったことではなく、他の多くの島嶼からなる国家はもちろんのこと、海岸に面したデルタ地帯や低地はすべからくそのリスクに直面している。もちろん日本とてその例外ではない。
だが将来国土のほぼすべてが水没し、国家そのものが滅びてしまうほどの極端な状況に置かれている国については、そのほとんどが経済規模が小さなことに加えて、国際的な発言力も大きくない。これらの国々の人々は、今後の自国政府による自助努力の成果について楽観的にはなれないだろう。
これらを遠く離れた南の島国の問題としてではなく、『私たちの問題』として捉えられるかどうか、彼らの未来はこの地球の各地に暮らす私たちみんなの意識のありかたにかかっていると言って間違いないだろう。
冒頭のBBCの記事では読者、主にモルジブの人々からのコメントや意見等を募集している。 -
海賊退治
イエメンとソマリアの間の海峡、アデン湾は、世界で最も危険な海域と言われているのだとか。昨今国際ニュースで目にすることが多い海賊被害が続出しているがゆえのことである。 日本の外務省のウェブサイトにも以下のような記述がある。
ソマリア沖の海賊・武装強盗行為対策に関する国連安保理決議の採択について
アデン湾周辺海域:日本籍船の原油タンカー襲撃事案の発生に伴う注意喚起
『海賊』といっても、子供の物語の挿絵で見かけるようなアイパッチをした首領やカギ型の義手をつけた飲んだくれ男が帆船に乗ってやってくるわけではない。高速船、精度の高いナビゲーションシステム、最新式の重火器類など近代的な装備を手にしたプロ集団であるだけに、各国が協調して警戒に当たっても、なかなかその被害が減ることはないようだ。
海運大国でもあるインドは、10月下旬から自国船舶の保護のため同海域での海軍による警戒活動を始め、早速その成果を挙げたとの勇ましい記事がこちらである。
Indian Navy foiled pirate attacks (Hindustan Times)
記事の続き
巡回中の軍用船から飛び立つ武装ヘリに乗り込んだコマンドーたちが、海賊行為の現場を急襲して撃退・・・と書いてみれば簡単だが、その現場ではもちろん壮絶な銃火のやりとりがあったことだろう。
海軍による早速のお手柄といったところのようだが、そもそもこうした活動が不要な平和な海であってくれれば一番良いのだが。 -
日々の糧は天から届くのか?
コトの背景については詳しく報じられていないのだが、ちょっと気になる・・・というよりも、あんまりなニュースを目にした。『アフガニスタンで物乞い禁止』というのがそれだ。
物乞いをする人たちは犯罪の餌食になったり、いいように搾取されたりしがちであるから保護しましょう、福祉施設に収容しましょうというのが表向きの理由らしいが、そんな余裕のある国情ではないはず。
さりとてこういうお触れを出す政府にしてみても、それが現実的でないことは重々承知のはず。すると真の目的とは何だろうと、あれこれ考えてみたりするが、そんな呑気なことをしていられるのは、遠く離れた国の暖かい部屋の中で、今日明日の糧の心配もなく暮らす赤の他人。
日々路上で物乞いを続けている当人たちにしてみれば、生存を賭けた最後の手段を否定されようと取り締まられようと、おそらく命ある限りそれを続けていくしかない。本格的な冬の訪れはもう目前に迫っている。
Afghanistan bans street begging (BBC South Asia) -
勝ち目はあるのか?
テレビニュースを見ていたら、『ハウラー駅で爆発物』という速報が出ていた。ウェブサイト上でもこの件について以下のような記事が掲載されている。
Box with ‘explosives’ found in train at Howrah station (NDTV.com)
なんだか最近ずいぶん多いなと思う。
そういえば、お隣りパーキスターンの首都のイスラーマーバードでも、ほんの数日前に大きな爆破テロがあった。標的となったマリオットホテルはグローバルに展開するアメリカ資本のホテル。ニュースによると建物は全焼とのことで、ホテルとしての機能は停止している。メディアで報じられていたホテルエントランスのパーキングエリアに大きく空いたクレーター状の穴が爆発のすさまじさを物語っているようだ。
ホームページ上にも事件により無期限で休業する旨記されている。同サイト上に用意されているPhoto Tourで豪華な施設設備等が紹介されているが、首都一等地の特にセキュリティが行き届いているはずのエリアに立地する国際的なホテルがこのような攻撃に遭うこと、そもそもザルダーリー新大統領がテロ対策を交えた演説を行なった直後にこうした事件が起きることについて、こと治安に関する新体制の能力に大きな疑問を抱かざるをえない。
こうした中で、インドにとっては腹の底まで信用はできないものの、国軍の支持を背景に内政面ではそれなりの安定をもたらし、近隣国に対しても一定の筋が通った対応をしてきたムシャッラフ大統領の辞任後対する不安は、後任のザルダーリー氏の選出でますます先行き不透明なものになった。このたびのテロ事件は、同国の今後の迷走ぶりを予見するかのようで実に気味が悪い。
パーキスターンにおける近年の過激派の浸透には、ジア・ウル・ハク大統領時代にさかのぼるこれまで歴代の政権がとってきた政策に要因があるとよく指摘されている。利用するほうも利用される側も互いの利益のために手をたずさえていても、まさに同床異夢で腹の奥で考えていることは違う。風向きが変わればあっという間に縁遠くなってしまうどころか、敵対してくることだってありえる。『傀儡政権』だってスポンサーにいつまでも忠実というわけではないように。また国内において比較的リベラルな傾向のある東部と、より厳格な北西部の文化的差異に基づく地域対立の関係もあるようだ。
また政府自身についても、ISI(パーキスターン統合情報部)に対する文民統制の欠如が長年指摘されているところであるし、北西辺境州の中のFATA (Federally Administered Tribal Areas)のように中央政府の管理がほとんど及ばないエリアがあるというのも、パーキスターン国内的にはそれなりの歴史的経緯と合理性をもって認識されているとしても、外国から眺めれば明らかに治安対策上問題が大きい。
従来、インドではテロが起きるたびにパーキスターンの関与を疑い、これを強く非難してきたが、国内しかも首都の中心でこうした事件が起きることを防ぐことができない政権自体にそもそも当事者能力は期待できるのだろうか。
だが『外国による関与』のみらならず、今年7月にバンガロール、アーメダーバード、そして9月にデリーで起きた連続爆破テロにあたり、犯行の主体がインド国内にある地下組織のインド人メンバー、つまりテロの国産化が進む傾向が大いに懸念されている。
社会の様々な面でいやがおうにもグローバル化が進む中、過激な思想やテロはいとも簡単に国境を越えたネットワークを形成していき、既存の統治機構はいつも後手に回っているようだ。事件に対する対症療法に終始しているようだ。国境という境目ごとの『タテ割行政的テロ対策』ではもはや封じ込めることはできないのではないだろうか。
テロ対策、治安対策は厳格になっていくいっぽうだが、その反面誰もが『叩くだけではダメだ』ということはとっくに気がついている。なぜテロが起きるのか?彼らの行動をどうやって防ぐことができるのか? テロリストたちはどうやって生まれてくるのか? こうした人々が出てこないようにするにはどうすればいいのか? 私たち人類に与えられた試練といえるだろう。
現象面に限って言えば、インドもパーキスターンも国内で頻発するテロに苦慮している。
『敵の敵は味方』というわけではないが、テロという共通の敵に対して地域で『共闘』していく必要があるようだが、それをできない時点でテロリストたちに大きく先んじられている。進化を続ける21世紀の『都市型ゲリラ』であるテロリズムに対して、果たして政府はついていくことができるのだろうか? -
デリーで連続爆破テロ
7月下旬にバンガロールとアーメダーバードで連続爆破テロが起きたことはまだ記憶に新しいところだが、昨日デリーで同様の事件が発生した。カロール・バグ、グレーター・カイリーシュパート1その他で、午後6時10分以降の45分間で合計13回の爆発があり、18名死亡、125名が負傷と伝えられている。
またコンノートプレースのリーガルシネマ、サンサド・マルグ他4ヵ所においては、置かれていた爆弾が当局の処理班により不発処理がなされたとのことだ。事件の詳細ならびに背後関係等については、メディアによる続報を待ちたい。
今回の事件は先述の大きな事件が起きてからふた月も経たないうちに首都で起きたことから、よりインパクトの大きなものとなるのではないだろうか。そして不特定多数の人々が常に出入りする都市というものの脆弱性を再認識させる出来事だ。テロが起きることを誰も止められない。
過激派活動家たちの取り締まり、活動拠点の検挙、散発的に行なわれる検問などといった対症療法的なセキュリティ対策だけではどうにもならないことは、すでに誰もがよくわかっている。だからといって何をすればよいのか。行政・治安関係者の模索と苦悩は続くことだろう。そうした中で特定のコミュニティに対する不信が募る。バンガロールとアーメダーバードでの事件発生後、デオバンディそのものを危険視する記事を大きく掲げたメディアもある。
ちなみに日本でもデオバンディの一派であるタブリーギージャマアトが主に東武伊勢崎線沿線の何箇所の礼拝施設を運営していることはよく知られているが、こちらについてもいわれのない偏見が及ぶことがないことを願うばかりである。
SERIAL BLASTS RIP DELHI; 18 DEAD, OVER 125 INJURED (Zee News.com) -
敵は意外に身近なところにも
先月25日にバンガロールで、26日にアーメダーバードで、それぞれ連続爆破テロが起きた際、テレビなどはこぞって『次はどこが狙われるのか?』と報道していた。今後さらに他の地方都市で同様の事件が起きるのかどうかわからないが、テロリストたちにとって当面の最大のターゲットといえば、やはり独立記念日であり、祝典の開かれる首都であり、ということになる。ゆえに当局としても、これは是が非でも死守しなくてはならないものだ。
そうした背景もあり、特に人の多く集まるところでは、多数の警官たちが動員され、車両の行き来が制限されていたり、徒歩以外の往来を封鎖していたりというところも少なくなく、そのエリアに住んでいたり、仕事等の用事があって出入りしたりするごく普通の良き市民たちにとっては、そうせざるを得ない世相になっているということは、実にハタ迷惑ということになるのだろうが、やはりそういう脅威があるのならば、甘受しなくてはならない必要悪である。
空港、ショッピングモール、ビジネス街の大きなビル、特に重要な名跡といった部分については、それなりにガッチリと保安上の措置が取られているように思うが、不特定多数の人々が、常に流れる水のように大小の道路や路地などから出入りする市街地では、やはり警察その他の治安関係者たちにとってかなり分が悪いことは想像に難くない。 -
ひと続きの世の中
2月にアフガーニスターン・パーキスターン両国国境地帯で失踪した駐カーブルのパーキスターン大使ターリク・アズィーズッディーン氏が、ターレーバーンの人質となっていることが明らかになっている。これまでもNGO、国連、報道その他の関係者が連れ去られ、現政権との交渉のカードとして利用されてきた。ターリク氏はターレーバーンたちが仲間の釈放を求める交渉の材料として誘拐監禁されている。
パーキスターンの支持あってこそ、かつては国土の大半を手中にしたターレーバーンであったが、2001年9月11日にアメリカで発生した同時多発テロ以降、地域の風向きが大きく変わると自分たちを捨てて去っていったかつての親分に刃を突きつけた形になる。この事件は、現在のアフガーニスターン政府にとっても、かつて傀儡ターレーバーンを育んだパーキスターンにとってもまた大きな難題だ。
支配者側への揺さぶりとして、本来の対立する相手ではない第三者を誘拐して、自らに有理な状態を引き出そうという手法、そうした勢力からの報酬目当ての『誘拐産業』にもスポットが当たるようになっている昨今だが、どうも世間で起きているこうしたニュースを目にすると気が滅入る。モラル云々以前の問題ではあるが、いやしくも一度は政府を構えた勢力が行なうべきことではありえない。現政権と対峙するにあたり短期的には何がしかのメリットがあるとしても、これまで以上に対外的な信用を失うとともに、国内的にも人心掌握どころではないだろう。
ただし現在のアフガニスタン政府にしてみても、アメリカによるターレーバーン攻撃という好機に乗じて政権を簒奪した複数の派閥が、西側の支援を得る反ターレーバーン勢力という共通項のみからなる足元の危うい合従連衡のもとで、利益の奪い合いを展開している中、そうそうまっとうなものは見当たらない。勝てば官軍、武力による統治という現状こそがアフガーニスターンの最大の不幸だ。インドと同様に『多様性』に満ちたモザイク国家アフガーニスターンだが、長い内戦を経て、すっかり壊れて散り散りになってしまったカケラを集めて、ふたたびひとつの国にまとめあげるには、どのくらいの時間と犠牲を払わなくてはならないのだろうか。
歴史的につながりが深い近隣国インドのことを思い合わせれば、『民主主義』や『自主独立』といったものの尊さ、ちゃんと機能する『政治』の大切さをひしひしと感じる。そうしたことについて無頓着でいられる境遇とは、実に幸せなことなのである。たとえば今の日本のような政治への関心の低さは、裏を返せばそれほど深刻な問題が生じていないということでもあり、それ自体は決して悪いことではない。
ただしこうしたトラブルを抱える地域への関心は常に持ち続けたい。歴史的な境界あるいは為政者の都合による『国』という区分で細分化されている世界だが、どこに行っても人々の暮らす社会があり世間がある。国境のこちらと向こうでいろいろ事情が違ったりもするが、つまるところ同じ人間が暮らすひと続きの『世の中』なのである。でも距離が遠くなるにしたがい、なかなか見えてこなくなるし、縁が薄い地域の話はあまり聞こえてこないこともある。
ゆえに周囲の無関心の中、非道が大手を振ってまかりとおっていたりするのはとても残念なことだ。状況や内容はまったく異なるが、それはアフガーニスターンしかり、チベットしかりである。
Taliban holds Pakistan’s ambassador (Al-Arabiya News Channel) -
ネパール 革命成就・・・なのか?

ネパールの総選挙結果が、事前には思いもよらなかった方向に展開している。
紆余曲折あったが、なんとか今回の選挙に参加することになったネパール共産党マオイスト派である。長年武装闘争を続け、ネパール政界を左右するひとつの重要なカギを握る勢力である。国民のある部分から一定の支持を得ることができるにしても、あくまでも主流派に対する抵抗勢力として、どこまで票を伸ばすことができるかが云々されていた。さらにはその結果が、彼らにとって満足いくものでなければ、選挙の公正さに対する疑いを理由に、再び武闘路線に戻るのではないかという懸念もあった。そもそも今回の選挙の焦点のひとつには、国内の不安定要因の最たるもののひとつであったマオイスト勢力をいかに平和的かつ継続的に政治参加させるかという問題があった。
ところがどうしたことだろう。現時点ですべての結果が出揃ったわけではないが、すでにマオイストが第一党となることは確実な情勢で、開票後かなり早い段階において勝利宣言も出ている。これはまたマオイストたちによる『革命の成就』と表現することもできるだろうか?
政府と対立して武装闘争を展開してきた過激派が、総選挙で過半数にわずか及ばないまでも、堂々たる第一党に選ばれてことを受け、大政党にしてこの国最古の政党であるネパール会議派がマオイストに連立を打診している。力による弾圧という路線から対話と政治参加を促して、武装したマイノリティ集団のマオイストたちを一政党として自らのシステムに取り込もうとしたのはマジョリティ側であったが、総選挙の予想外の結果により、まさに主客転倒となった。
数の論理で堂々と不条理がまかりとおることもある民主主義体制の中、狭い国土ながらもインドと同じく多様性に富む国土の広範な民意のうち、これまで既存政党が吸収できなかった部分を代表し、道理にかなったやりかたで国政に反映させる、必要とあればマジョリティの独走に歯止めをかけるチェック機能としての存在は、諸手を挙げて歓迎されるべきものである。そもそもマオイストたちの中に占めるマイノリティ民族や女性の占める割合は高く、これまであまり省みられることのなかった層の人々の意思を代表しているともいえる。
マオイストたちにしてみれば、国民の総意を結集した選挙で第一党となることで、『政党』として自らの主義主張の正当性についてのお墨付きを得たことになり、これまでの行いは『造反有理』であり、これが社会が払ってきた犠牲についても『革命無罪』ということになってしまうのだろう。政界のどんでん返して、ネパールは今まさに本格的な変革の時期を迎えたことになる。しかし注意しなくてはならないのは、予想外に大量の票がなぜマオイストに流れたかということだ。票のかなりの部分は既存政党への不信任票といえるだろう。しかしだからといって、そのすべてがマオイストたちの方針に諸手を挙げて賛成というわけではないのではないかということは容易に想像できる。選挙前にはマオイスト支持とは予想されなかったカテゴリーの人々のうち、どういう立場の人たちが彼らに票を投じたのか、詳細な分析が出てくるのを待ちたい。
ところで、マオイストたちに政権担当能力はあるのだろうか。彼ら自身、とりあえずは政局に強い影響力を持つ野党陣営の一角を占めて、議会政治の世界で着実に地歩を固めることができれば良かったのではないかと思う。いきなり第一党に躍り出てしまい、最も当惑しているのは他でもないマオイストの幹部たちなのではないかという気がしないでもない。時期尚早ではないだろうか。
これまで農村部や山間部で人々をオルグあるいは強制的に徴用したり、政府に対する武装闘争を展開したりしてきたマオイストたちが、こんどは公平かつ責任ある統治者として、『反動的』あるいは『反革命的』他陣営をも含めた様々な意見をまとめあげる有能な調整者として、これまでとまったく違う役割を担うことになる。こうした経験のない集団が、あまりに過度な期待を背負っていったい何ができるのかは未知数だが、まずはお手並み拝見といったところか。先に勝利宣言を発したプラチャンダ議長は、彼らが第一党となることに対する周辺国ならびに諸外国の懸念を払拭するため、『我々は民主主義を尊重し、諸外国とりわけインドと中国との友好関係を維持していく』との声明を出したことからもうかがえるように、今のところ自分たちの立場についての自覚はあるように見えるのだが。
今回の選挙が、懸念されていたほどの大過なくほぼ平和裏に投票を終了し、政権交代へのプロセスを円滑に進めているように見えることについて、現象的には国民統合の象徴とも民主主義の勝利ともいえるかもしれない。だがその実新たな混乱のはじまりがやってきたのではないかと懸念するのは私だけではないだろう。今度はマオイストを軸とする新たな合従連衡が展開されていくことになると思う。ネパールの『革命』と『闘争』はこれからもまだまだ続く。マオイストが主導することになりそうな新政府、そして新たな憲法起草による新しい国づくりの中で、あまりに性急な変化を志向すれば、かならずや大きな揺り戻しを呼ぶことになるだろう。
目下、革命いまだ成就せず・・・ということになるが、同様の信条のもとに武装闘争を続けるマオイスト勢力を抱えるインドにとっても、ネパールにおけるマオイストをめぐる様々な動きや事態の展開には、今後いろいろ参考になるものが出てくるのではないかという気もする。今後の進展に注目していきたい。
CA Election 2064 Results (kantipuronline.com)
ELECTION COMISSION, NEPAL

