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  • 邦字メディア

    このところ、タイの政治の動きが気になり、同国の英字メディアに加えて邦字紙バンコク週報のウェブサイトを眺めていたらこんな記事が目に止まった。
    インドの民間航空、バンコク便を延期 (バンコク週報)
    ここにある民間航空とは、キングフィッシャー・エアラインのことで、今年3月からバンガロール・バンコク便を毎日運行させる予定であったのだそうだ。しかし機材繰りの関係でこれを今年10月に延期。また発着地もバンガロールの代わりにムンバイーとコールカーターからそれぞれバンコクに就航させる予定だという。 今のところ、首都デリー便は予定されていないようだが、日本からバンコク経由でインド行きの選択肢が増えるのは喜ばしいことである。
    ところでバンコク週報といえば、ご存知のとおりバンコクをベースとする週刊の邦字紙。昨日は、想像を超える多数のアクセスがあった模様で、日中一杯はまったくつながらなかった。もちろんタークシン元首相支持者たちのデモ活動、政府が鎮圧に乗り出し、軍隊と衝突して死者まで出る騒ぎになっているがゆえのことである。
    1976年の創業当時は週間バンコクと称していたそうだ。他にも海外の邦字紙といえば、シンガポールの星日報、フィリピンのマニラ新聞、インドネシアのじゃかるた新聞等、各地でいろいろ出ている。
    現在これらは紙媒体のみならず、多くがウェブサイトも開設しているため、昔は現地の日本人社会周辺でしか見かけることのなかったこれらのメディアに、いとも簡単にアクセスできるようになっている。たまに覗いてみると、日本で発行されるメディアには取り上げられないトピック、日本のメディアとは違った視点なども感じられ、なかなか興味深いものがある。
    海外の邦字メディアへのリンクをまとめて掲載しているところはないかな?と探してみると、ちょうどいいサイトが見つかった。
    海外の日本語新聞 (岸波通信)
    こうした電子媒体をも含めた邦字メディア、つまり海外発の日本語による報道といえば、おおまかに分けて三つに類型できる。
    ?在留邦人向け
    まず第一に、先に上げた仕事などのために現地に在留している日本人たちのためのメディアだ。往々にして駐在期間が数ヶ月から数年と限られており、往々にしてその国や地域の事情にあまり通じておらず、コトバの問題もあり地元メディアによるニュースをなかなか得にくい人たちが主な購買層となるだろう。現地ニュースを噛みくだいて伝え、これと合わせて在留邦人たちに役立つ生活・娯楽ニュースなどを提供することに意義がある。
    ?日系人ならびに定住者向け
    サンパウロ新聞ニッケイ新聞に代表される、海外に移住した日系人たちを対象に発行されているものだ。在住国のニュースが日本語で書かれている点では前者と似ているとはいえ、読者層の大半にとって『故郷』とは在住国そのものであるため、日本に対するスタンスがずいぶん違う。『父祖の国』の日系人に対する処遇がしばしば記事になったりもする。また『納骨堂詐欺にご注意』などという見出しが目に付いたりするのも、そこに根を張って生きる日系人たちの立ち位置が感じられる。また日系人たち(おそらく年配の方々が中心か?)の間で、日本の出身地を単位とする県人会活動が盛んなことも、そうした記事が多く含まれていることから推測できる。
    ?と?は、かならずしもはっきりと境界を区切ることができるものではないかもしれない。タイやインドネシアなどで生活の糧を得る生業を持ち、長年定住して家庭をもうけ、終の棲家としている日本人は少なくないし、ブラジルをはじめとする日系人社会の中に出入りする非定住型の日本人もある。
    ?日本語版外国メディア
    最後に前者ふたつとは明らかに発行主体と目的が異なる邦字メディアがある。日本から見て外国の報道機関が、自国その他のニュースを日本語により日本人読者を相手に発信するものだ。必ずしも発行主体のある現地在住日本人を対象とするものではなく、日本で暮らす日本人たちに自分たちの国の様子を伝える役目をも担っている。ウェブ版の韓国の朝鮮日報、中国の人民日報などがこのタイプに当たる。もちろんロイター・ジャパンのような外国通信社が発信する日本語ニュースもここに分類できるだろう。
    ?はともかく、?と?については、一時滞在も含めて相当まとまった数の現地在住の日本人ないしは日系人の人口がなくては存在しえない。それがゆえに、アジアを中心とする各地で、新たな邦字メディアが生まれたり、日本語による主に娯楽関連のミニコミ紙が登場したりと活発に推移しているのとは裏腹に、中南米の邦字メディアについては、日系人の世代が下るにつれて、日本語を理解しない人が増えていること、父祖の国への文化的な関心も薄れていくことから、かなり苦戦しているところが多いということも耳にする。
    インドの邦人人口はまだそれほど多くはないとはいえ、今後日印関係がより緊密なものになっていくのだとすれば、いつの日かインドで発行される邦字新聞というのも出てくるのだろうか。『日本語で読むインドニュース』を標榜する有料のウェブサイト、インド新聞や無料のインドチャンネルなどというものがあり、活発にインド関連のニュースを発信しているものの、これらはちょっと違う気がする。内容もさることながら、メディア自身が立つ軸足の関係である。
    今、広く知られている邦字紙によるウェブサイトは、言うまでもなく既存の紙媒体のメディアが時代に合わせてウェブ版でも発信するようになったものだ。今の時代に発刊する邦字メディアは、紙面作成や頒布に人手やコストがかかるうえに、流通するエリアに限りがあり、保存性もよろしくない紙媒体をスッ飛ばして、直接電子媒体で・・・というのがいいのかもしれない。
    ともあれ、メディアは社会の公器とはいうもの、れっきとした商売でもあるので、やはりそこはそれなりの需要があり、採算が見込まれることなしに存在しえないことは言うまでもない。

  • BS1の『内偵員』

    すでに放送が終わってしまった番組で恐縮だが、NHKのBS1で、本日午後8時から9時まで、『BS世界のドキュメンタリー 内偵員〜インド・人身売買との闘い〜』がオンエアーされていた。
    NHKのウェブサイトの番組紹介にもあるように、ムンバイーの歓楽街で売春を強要されている少女たちを救うために取り組んでいるNGO,Rescue Fondationで内偵員としての任務に従事するスタッフの活動を追ったドキュメンタリー。
    定期的に髪型を変え、必要に応じて変装して隠しカメラを持って売春宿に客を装って入る。あらかじめ情報を得ている少女本人と接触するなどして情報を得て、警察と協働して摘発に臨む様子を描いている。
    Rescue FoundationのNewsletterのページをクリックすると表示される内容は、この番組で取り上げられていた。
    この内偵員という仕事、もちろんアンダーグラウンドな世界の仕事に干渉することになるため、探りを入れる相手に身元が割れると命の危険があり、またその社会で面が割れてしまうと仕事にならないため、なかなか成り手が見つからず、慢性的な人手不足の状態にあるようだ。
    この団体の代表者は、創設者であり、最初の代表者であった人物の妻。ご主人は、救出活動を行なった帰りに、乗用車が大破する事故に遭い亡くなっている。その背景にはマフィアの関与も取りざたされていたのだとか。その遺志をついでこの責につくことになったということだ。
    またこの団体では、保護された後のリハビリや社会復帰を助ける施設も運営しており、ウェブサイトでは、そうした活動を紹介するギャラリーも設置されている。
    内偵の様子や警察と協働での摘発・救出活動の映像については、よく日本の民放であるような『摘発 歌舞伎町24時』といった番組でも見かけるような構成であった。
    よくわからないのは、この団体そのものの背景だ。専従のスタッフを抱えて施設もかなりしっかりしたものを持ち、相当な資金力があることを感じさせる。
    売春させられている個々の女性の動向についても、近々他の店に移る予定であることを把握していたり、仕事がムンバイーからデリーに移ったことやそこで働いている店が特定できたりするなど、相当な情報網を持っているようだ。
    しかも警察と合流して現場の摘発に参加しているようなので、単に被害女性の保護と更正のために市井の人が取り組んでいる運動というわけではないように思う。
    たぶん、かなり政治的なコネクション、相当有力なパトロンあってこそのことではないかと思うのだが、そのあたりについて番組が踏み込んで取り上げているわけではない。
    もちろん、それだからといって、彼らの活動の価値が否定されるわけではないし、賞賛されるべき取り組みであることは何ら変わりがないのだが、この活動のアウトラインを知るうえで重要なファクターなので、とても興味をおぼえずにはいられない。
    現在のところNHKのウェブサイト、BS世界のドキュメンタリーには示されていないが、いつかこの番組が再放送される機会があるのではないかと思うので、ご関心のある方はぜひご覧いただきたい。

  • 香港飯店の昼下がり

    以前、香港飯店で取り上げてみたコールカーター華僑の鐘さん兄弟が経営する食堂の話である。昼下がりのヒマそうな時間帯に、『やぁ、どうも!』と店内に入ってみると、なにやら彼ら兄弟が一人の男性と話し込んでいる。
    『古い友人がオーストリアから帰ってきたんだ』とのことである。彼もまた中華系で鐘さんたち同様、この街で生まれ育った客家人とのこと。 一見、ダージリンあたりからやってきた人か?と思ったと思わせるような印中混血の風貌と肌色ではあるが。
    彼の実家はコールカーター市内中心部のチッタランジャン通り界隈にあり、父親は大工をしているそうだ。鐘さんの香港食堂の内装はその人の手によるものだという。
    男性は20歳になる前からオーストリアに出て、いくつかの職場を転々としながら16年間、中華料理のコックとして働いてきたそうだ。『みんな私はもう二度とコールカーターに戻らないと思っていたようだし、自分自身もそう考えていた』と言う。
    インドに戻ってきたのは一時帰国というわけではなく、思うところあり、オーストリアでの生活をたたんでインドに再定着するつもりで帰ってきたとのこと。ちょうど近くを通りかかったので、旧知のこの店に顔を出してみたというわけらしい。
    年の中印紛争後、コールカーター在住の華人人口は急減し、多くは海外に出たとされるが、それ以降もより良い機会を求めての移住はなかなか盛んなようだ。沢山兄弟がいるようだが、アメリカに住んでいる者、台湾に住んでいる者、オーストラリアに住んでいる者といろいろいるらしい。今の時代、世界各地で中華系の人々の移動はますます盛んである。
    もちろんその背景には、インドでの環境の問題があり、ベターな暮らしを得ることを目的に海外に出て行く動機となっているのだが、さしあたって必要となる資金を調達できることや移住先での仕事等のツテといった、移住や出稼ぎにあたって必要な手立てを自らのネットワークを通じてちゃんと持ち合わせているのはたいしたものだ。
    男性の兄弟でオーストラリアや移住した人、台湾に住んでいる人がいるということだし、この店の経営者である鐘さんの姉だか妹だかもカナダに住んでいる。その子供たちが、たまにコールカーターを訪問することがあるそうだ。
    『でもインドでの様子には馴染めないみたいだよ。あの子たちの故郷はこの街なのにね』と鐘さん。
    普段は兄弟家族同士では客家語で会話している鐘さんだが、今日はこのオーストリア帰りの男性を交えてヒンディーで話している。彼自身は中華学校で教育を受けたわけではないし、中華コミュニティにどっぷり浸かって育ったわけではないとのことで、華語よりむしろヒンディー語のほうが話しやすいそうだ。
    『まぁ、中国語も一応できるんだけど・・・』
    それにしても、本来土地の言葉であるベンガル語ではなく、ヒンディー語であるというのは、コスモポリタンのカルカッタ商業地育ちらしいところかもしれない。
    彼は、しばらく両親ところに世話になり、これからインドで何をして生計を立てていくか考えてみるとのこと。
    『焦る気はないけど、まあ何か始めてみる。いつか結婚だってしたいし』
    この香港レストランは、サダルストリートに近いことから、外国人旅行者の姿も少なくないのだが、近隣や周辺地域在住らしき華人たちの姿、インドに仕事でやってきた中国人たちの姿をよく目にする。ときにそうした彼らの話をいろいろ聞く機会を持てるのは楽しい。

  • インドの西隣の核保有国にクーデター近し?

    インドのテレビAaj Takを見ていたら『パーキスターンに再びクーデターの危機迫る』というテロップとともに、危機を伝えるニュースが流れてきた。
    ‘पाकिस्‍तान में फिर हो सकता है तख्‍तापलट’ (Aaj Tak)
    緑豊かでのどかな風景の広がるスワート地方で、仏蹟等の見どころも多く、風光明媚な上部スワートとともに、観光地としても名高いエリアであったが、2007年に始まったタリバーンによる武装闘争のはじまりとともに、物騒な地域として知られるようになってしまっている。
    そのスワートで、今年2月にこの過激派勢力による彼らのイスラーム法による支配を認める政府当局の決定を憂慮する内外のメディアによる報道は記憶に新しいところだ。
    Pakistan agrees Sharia law deal (BBC NEWS South Asia)
    Aaj Takのテレビ報道によれば、当事者能力を欠く政府の元にあるパーキスターンで再びクーデターの動きが予想されるとのこと。続いて先日バーングラーデーシュ首都で発生した国境警備隊の反乱についても、パーキスターンのISIの関与の可能性を示唆するニュースも流れており、ちょっと背筋が寒くなる思いがする。
    もちろんパーキスターンと対立関係にある隣国のメディアによる報道であること、とりわけ昨年11月26日にムンバイーで発生した大規模なテロ以降、同国に対する囲い込みの姿勢を強めているインド発のパーキスターン国内情勢に関するニュースである部分はある程度差し引いてとらえる必要はあるかもしれない。
    しかしながら、インドの隣国の政局の混迷ぶりを目にすれば、誰もが多少なりとも懸念しているところではないだろうか。
    同国内の不穏な動き自体もさることながら、こうした状況を横目に第三国による大掛かりな陰謀が着々と進められているのかもしれないし、こうした報道の裏側にはそれを現実のものとしようという意思が蠢いているのかもしれない。
    これが杞憂であればそれに越したことはないのだが、テレビから流れるニュースを見つめながらいろいろと思うところの多い本日の夕方であった。
    とりあえずは、国はどこであれ、世の中が平安であること、無辜の市民たちに犠牲を強いるようなことが起きないことをを祈るのみである。

  • 偽札はお持ちですか?

    インディア・トゥデイ2009年2月16日号英語版
    インディア・トゥデイ(英語版2月16日号P.20〜P.30、ヒンディー語版2月18日号P.16〜P.24)に、偽造通貨に関する興味深い記事が出ていた。同誌を購読されていなくても多少なりとも興味のある方は、ウェブ上のPDF版をご覧いただければと思う。登録(無料)すれば、これをそのままダウンロードすることもできる。
    以前は同誌ウェブサイトで定期購読者以外に提供される情報はかなり限定されていたものだが、昨年あたりから方針が変わったのか発売中および過去の誌面のPDF版を誰でも閲覧およびダウンロードできるようになっている。
    これが売り上げにどういう影響を与えるのかよくわからないが、インドで今起きていることを伝える社会の公器であるマスメディアとして、模範となる姿勢だと私は感じている。内容はもちろん、広告を含めて市販されているものと同一だ。私は紙媒体は読み終えたらすぐに処分しているが、後で何か参照したいときに便利なので、毎週PDF版を自宅PCに保存している。
    売り上げといえば、取り立てて大きな事件が起きなかった今週号だが、かなり興味をそそる特集だっただけに、かなり販売部数を伸ばしたのではないかと私は推測している。ある意味、テロよりも身近で重大なテーマだけに、続報が待たれるところである。
    さて、前置きが長くなってしまったが本題に入ろう。『FAKE CURRENCY』というタイトルの特集記事は、流通しているインドのお金のうち9千億ルピーあるいは通貨の15%が偽物であるというショッキングなもの。記事冒頭には偽通貨の流通ネットワークがイラストで示されている。
    パーキスターンのカラーチー、ラーホール、クウェーターおよびNWFPで製造されたものが、ネーパール、バーングラーデーシュといった近隣国を通じて流れるルート、UAEのドゥバイからシンガポール、バンコクなどを経由して回流するルートがあるとのこと。また国内でこれらの流布の中心となっている地域としては、カシミール、ラージャスターン州のバールメール、グジャラートのカッチ地方、カルナータカのマンガロール、ケララ北部、チェンナイ、西ベンガルのマールダー、U.P.北部などが挙げられるのだという。
    昔から偽札に関する報道はメディアに出てくることはあったが、ここにきてその規模が格段に大きくなっている(500ルピーおよび1,000ルピーの額面の紙幣において発見さる偽札の数は、最近3年間で何と10倍になっているとか)こと、造りが非常に精巧になっていること、インド経済に与えるインパクトの大きさ、テロ活動の資金源となること、またこれらに対する当局の対応が後手に回っていることなどに対して警鐘を鳴らそうというのがこの記事の趣旨のようだ。
    背後には、インド出身で現在パーキスターンに潜伏しているとされる、もはや神話的存在(かなり若いころの写真しか出回っておらず、今では整形手術等でかなり違った風貌になっているらしい)となっている大マフィアのダーウード・イブラーヒムおよびバーキスターンの三軍統合情報部(ISI)の関与が指摘されるなど、非常に大掛かりなものらしい。
    P.22には、本物と偽物の紙幣の見分け方が図解されている。思わず手持ちのルピー紙幣を取り出して、マジマジと点検してしまう。ただしここに書かれているのは、現行のデザインの紙幣にセキュリティ強化のためのマイナーチェンジが行われた2006年以降に発行されたものに限った話だ。お札を縦に走る銀色の線の部分の具合が他の紙幣と違ったり、裏面に印刷年がなかったりしても、それが即偽札だと早トチリする必要はない。もっとも2005年以前に発行された紙幣のついての見分け方は出ていないので、ここに示されている内容だけで真贋の見分けがつくとはいえず、あくまでも2006年以降発行された紙幣についての話だ。最近、コールカーターの地下鉄車内でも同様の掲示物を目にしたことをふと思い出した。
    ただし今後偽札に対する警戒感が高まってくると、額面の大きなお札については、2005年以前に出た紙幣の受け取りが拒否されるケースが出てこないとも言えないだろう。自国通貨ではないが、外貨両替においてはそういう実例がある。
    1996年に米ドルのデザインが変更され、それ以前に発行された紙幣よりも肖像部分が大きくなっている。それよりも前に出た旧型紙幣も米国ではリーガルな通貨だが、偽札が多数存在するため、米国外では国により使えないことがあることは広く知られているところだ。
    新札でも50ドル、100ドルといった額面の大きなものになると、発行年やシリアルナンバー冒頭のアルファベット記号によっては、受け取りを拒否されることがあり得る。悪名高きCBナンバーなどはその典型だ。これまでに発見された精巧な偽札の存在がその原因だ。
    この紙幣見本のシリアルナンバーが『AK』から始まっているが、もし『CB』だと国によっては受け取ってもらえないことがあるので要注意
    すでに流通している偽札について、現金を扱う金融機関で厳重にチェックされているわけでもないようで、銀行の窓口やATMで普通に受け渡しがなされているようで、私たちがそうとは知らずに、パーキスターン製であるとされる偽インド紙幣を手にする機会は案外多いのかもしれない・・・というよりも、冒頭の偽札の割合が15%という数字が確かなものであるならば、相当頻繁にそれらを手にしていることになる。
    さて、手持ちの高額紙幣をすべからず点検してみて、『コレは怪しいゾ!?』というお札を見つけたらどうしようか?通常、それらは額面の大きなものであることから、記念に保存しておくよりも、むしろ『変だな』と思ったらそそくさと使ってしまうことだろう。金融機関に確認に出向くなんて面倒なことはしないし、警察署に届け出ようものならばかえって無用なトラブルに巻き込まれそうで怖い。
    運悪く所持金に混じっていた偽造通貨を当局に提出したら、相応の報奨金がもらえるような手立てがなされているわけではない。ゆえに『私が偽造したんじゃない。大切なお金を没収されたりしたら元も子もないではないか。アホらしい』『汗水流して稼いだんだ。れっきとした銀行のATMから引き出したお札がたまたまニセものだったとしても、なぜ私が自腹を切る必要があるのか。まったくもって馬鹿らしい』と、まずは自らの懐のことを、私を含めて多くの人々が考えるはず。かくして偽札は大手を振って世間を渡っていくことになる。
    偽札対策には、大衆への啓蒙や当局並びに金融機関でのチェック強化のみならず、不幸にしてそれを手にしてしまった個々(個人ならびに企業)への補償を含めた対応もまた不可欠なのではないかと思う一小市民の私である。偽造の手間は変わらないことに加えて、その旨みからしてニセ札は高額紙幣に集中している。ゆえに財布の中にそれを見つけてしまった場合、とりわけそれが個人の私財であった場合の苦悩を政府は汲み取るべし!! ・・・とはいえ、流通している通貨の15%を補償するというのは無理な相談に違いない。どうするんだろう、この偽札対策?
    ところで、あなたは偽札お持ちですか??
    specimen

  • テロ後 インドのメディアに思うこと

    人質を取ってのハイジャック、立てこもりといった事件の質が前世紀とはずいぶん違ってきた21世紀である。従前は、犯行グループが自らの主張を世間に広めたり、政府等への要求を通したり、取り引きしたりする材料として人質を必要とし、そのためにこうした事件を起こすケースが多かった。もちろん以前から爆破テロはあったし、ハイジャック等で人質になることにより、命を落とす人も少なくなかった。
    しかし今ではどうだろう。2001年9月11日にアメリカで起きた同時多発テロから始まって、先日のムンバイーの事件にいたるまで、対象となる政府なり機関なりといった当局に対する要求もないままに、破壊行為と人々の生命を奪うことのみが目的であるような事件が増えた。それらの多くは犯行声明なしの、誰が何のために起こしたのかわからない『無言テロ』でありながらも、凄惨な場面がメディアを通じて現在進行形で伝えられるという、姿は見えるが肝心の顔は見えないという特徴を持つ。
    先日のムンバイーにおけるテロの際に、『デカン・ムジャヒディーン』を名乗る団体からの声明はあったものの、そういう団体はこれまで把握されておらず、実際にどのグループが事件を起こしたのかよくわからず、目下ラシュカレトイバが最有力視されているのが現状である。
    自国内でテロがあってもその実情は国内外になかなか伝わらない、政府当局により今でも相当厳しくコントロールされている中国と違い、様々なソースの情報にアクセスしやすいインドは対照的だ。報道の自由度の高さという点でもメディアに対する管理がきつい国の多いアジア諸国の中では飛び抜けている印象がある。
    しかしその自由が放任されていること、主要メディアの多くが大資本の元にあることから、常に公平不偏であることを期待できるものか疑問な部分もあることなどもある。そして特にニュース番組に見られる露骨な商業主義もどうかと思う。言葉を変えていえば、あまりにも良くない意味で『大衆的』に過ぎるのだ。
    そうしたニュースチャンネルで『今日のプログラムについて最も興味深かったものを選んでSMSで投票してください』なるアナウンスが流れることがある。どういうニュースが好まれるか、どういうスタイルでの報道が注目されるかという調査なのだろうが、そもそも世の中で起きていることを正確に伝えるのが報道の仕事のはずであり、受け手が喜ぶものばかりを取り上げるのがそのありかたではないはずだ。
    人々の身の回りで起きたセンセーショナルな犯罪を取り上げるテレビ番組の中で、ガラの悪い男性アナウンサーやたらと扇情的な声色で感情的なアナウンスをしたり、たいした内容でなくともやたらと『Breaking News』のテロップを多用して視聴者を引きつけようとしたりするのも気にかかる。常日ごろからこういうのはいかがなものかと思っていたが、今回のような大きな事件が起きると、なおさらのことそういう好ましからざるスタンスばかり目に付くようになる。
    今回ムンバイーで起きた事件にしても、治安当局による捜査等の進展を飛び越して、各メディアによる出所や事件との関連についての『速報』の類が相次いでいる。それは『テロリスト上陸の際のパーキスターンの海軍によるサポート』であったり、『ラシュカレトイバの戦闘訓練基地でのトレーニングの様子』を撮影した資料映像であったりする。
    とかくテロリストたちの行為とパーキスターン政府の密接な関与を示唆する内容が多く見られる。テロリストたちが隣国パーキスターンから来たということはほぼ間違いないようだが、当のパーキスターンではムシャッラフ前大統領自身も幾度となく原理主義過激派による暗殺の危機に見舞われていたことを忘れてはならないし、現在の大統領のザルダーリー氏の妻で、元首相のベーナズィール・ブットー氏も昨年12月に選挙遊説中に暗殺されている。パーキスターン当局がテロリストと一体であるという見方はあまり正当ではない。
    もちろん軍所轄の情報機関であるISIに対する政府の統制が行き届かないことから、彼らの関与については常々言われていることであるのだが、現在はまぎれもなく『文民政権』であるパーキスターン政府自身は、本来ならばインドと手を携えてテロ防止にあたるべきパートナーなのだ。 誤報・虚報を恐れず世の中に発信していく姿勢も大切なのかもしれないが、各報道機関は社会の公器として、あまりに先走りすぎて人々の目を惑わすことのない報道をしてもらいたい。
    また国境を挟んで東西に広がるそれぞれ『主権国家』としてのインドとパーキスターンだが、これを機会にテロへの対応にかかるこれまでの国境を境にした『縦割り行政』の弊害から脱して、両国が力を合わせてそれぞれの国民の安全を守るために努力してくれないものだろうかとも思うのだ。

  • ムンバイーのテロ 『事件後』もさらに怖い

    こうして書いている今も『BREAKING NEWS』のテロップとともに『テロリストが手榴弾を投擲』『コマンドーが反撃中』『タージのボール・ルームで掃討作戦中』といった文字が画面に浮かんでは消えていく。
    相当中の人質は解放されたが、30名近くの遺体がオベロイ・ホテルの建物の中で確認された模様。まだ事件は進行中である。ニュースで写し出されるタージ・ホテルとナリーマン・ハウス(ユダヤ教施設)の映像から銃声が響く。
    すでに多くのメディアに流れているテロリストたちの一味の中の幾人かの姿は、原理主義者然としたヒゲを生やしているわけではなく、恐ろしい面構えの居丈高というわけでもない。口ヒゲさえ蓄えずにきれいに剃られた、ごく普通の都会の若者といった感じであった。
    その辺の大学のキャンパスにでもいそうな感じの男の子が、冷たく黒光りする機関銃を握っているという『現実』にとまどうのは私だけではないだろう。
    情報もかなり錯綜しているようだ。ついさっき例の『BREAKING NEWS』で、市内の××で、そして××でも銃声だの銃撃戦だのというテロップが流れていたが、そのしばらく後に画面に登場したリポーターは、『テロリストに占拠されている地点以外でも銃声がというデマが流れていますが信用しないように』などとしゃべるなど、かなり分裂気味な報道。
    加えて『アメリカのFBIのチームがインドに出発』と報じられた数時間後には、プラナブ・ムカルジー外相が『我々は自前の情報機関に自信を持っており外国からの干渉は不要である』と否定する模様が流れており、何だかよくわからない。
    とにかく新しいニュースをと急くあまり、未確認情報も含めて電波に乗せてしまっているらしい。CMから番組に戻る際の導入部に煙を上げるタージ・ホテルの休館の画像の背景には、よく映画で用いられる派手な効果音が響いているのは不適切ではなかろうか。
    ホテルの外、少し距離を置いて遠巻きにしているメディアのクルーたちの物々しい数を見ると、どの局も他がまだ取り上げていないニュースを一番に!と過熱するのもわかる気がする。何しろニュース番組を点けてみると、昨日からずっとこのたびのテロの報道ばかりなのだから。
    そんな中、『首相がパーキスターンにISI長官の訪印を要求』というニュースが流れる。肯定的に言えば『テロに対して共同して対抗できるよう情報交換をいたしたい』ということであっても、実態は『貴国は関与を否定しているが信用ならん。そちらの情報機関の長から直々に話を聞こうじゃないか』ということになるだろう。
    後から後から続くテロに業を煮やし、さらには今回のような大きな事件が起きて面目丸つぶれのインド政府とりわけ与党の立場もわからなくもない。だがこうした高飛車なスタンスは当の相手国に受け入れられるものなのだろうか。
    2001年12月のインドの国会襲撃テロ事件の後、まるで急な坂を転げ落ちるように印パ関係は悪化の一途をたどったこと思い出す。半年も経たないうちに開戦の危機が伝えられ、核戦争の可能性さえもささやかれるようになったのは、そのテロ事件がきっかけだった。
    当時の報道を見ていて非常に気にかかったのは、隣国を叩けというムードで紙面が一杯で、臨戦態勢に疑問を投げかけようとする論調がほとんど見られなかったことである。各政党も同様で、当時与党にあったBJPの『弱腰』をなじるのは共産党を含めた野党勢力どこも同じであった。ブレーキの壊れた暴走機関車みたいな印象を受けた。
    今のコングレスを中心とする連立政権の治世の下、各地で続く大小の規模のテロそして外来勢力ではなく、インド人自身による犯行が増えたため『テロの国産化』が懸念される中、内政面での不手際を批判される機会が増えた。内務大臣のシヴラージ・パーティルもとりわけ今年7月にバンガロール、アーメダーバードと続き、しばらくしてからデリーでテロがあった際にはクビが飛んでもおかしくない立場にあったようだ。
    折しも今のインドはまさに政治の季節に突入したばかり。現在進行中のデリー、ラージャスターン、チャッティースガル等六つの州議会の選挙に加えて、来年5月までには国政選挙が行なわれる予定。
    本日のメディアに対する当局の発表の中でこういう発言があった。
    『すでに警察の手には様々な情報が集まっている。それらについては慎重に分析・調査をしたうえで皆さんにはお伝えする予定である。現在拘束している犯人の国籍はパーキスターンであるが、今はこれ以上の発言は控えさせていただく』
    さらに何か具体的な発言を求めて食い下がるメディアに対する当局の担当者の対応はこうだった。
    『それではみなさんにこれだけは言いたい』
    彼は一呼吸置いて大声で叫ぶ。
    『バーラト・マーター・キー』
    これに応えて周囲の報道マンたちが声を合わせる。
    『ジャーイ!』
    まるで映画の中のひとコマみたいだ。
    任期切れを前に州民、国民たちの審判を待つ各政党。急速に勢いを失いつつある経済にかわる問題に加えて、治安対策とりわけテロ問題にどう取り組むかという点がひとつの重たい争点になるはず。
    短期的には、今回の出来事で直接関与していなくとも、自国領でインドに対する破壊活動の準備を黙認している隣国に対して『どうオトシマエをつけるんだ、コラァ!』と迫ることも当然重要視されるだろう。
    選挙のための人気取りに腐心する政党と、インスタントな結果を求めるメディア、功を求めて先走り、民心を必要以上に煽る報道・・・。それらから流れる情報、言い訳、主張その他様々な声を耳にする国民の多くはいったい何を思うのか。
    11月26日の夜9時過ぎの事件発生から28日夕方の今まで、今回ムンバイーで起きたテロはすでに足掛け3日も現在進行形でメディアに映像を提供し続けている。『事件が生放送される』という点では、発生後まもなく鎮圧された2001年の国会襲撃事件よりも、はるかにインパクトは強い。国際的な注目度もこちらのほうが上だろう。
    事件は明らかに終盤に入った模様だ。だがこうしている今も現場からのレポートは続いている。今回の出来事が終結する前からこんなことを言うのは気が早いかもしれないが、このテロ事件について政治的(内政的にも隣国との間についても)どういう形で清算しようということになるのか、とても気にかかるところである。
    パソコンのキーを叩いていると、画面の向こうでマイクを握ったレポーターが大声で叫ぶ。『カメラを持った西洋人女性が肩を撃たれました。フリーランスのジャーナリストと思われます』
    テレビ画面の右下には『インドの9/11』というタイトルが入っている。アメリカの9/11は、世界で実に多くのことを変えた。アフガニスタンやイラクにいたっては、これを機にアメリカにとって目の上のタンコブだった政権まで力で壊滅させられた。
    インドの『11/26』の後に続くものは何だろう。憂いが杞憂に終わるように祈りたいものだ。まさにこういう危機にこそ、世界最大の民主主義国家を自負するインドの叡智に期待したい。
    ・・・と、ここまで書いたところでテレビから『ナリーマン・ハウス制圧』を伝えるアナウンサーの声が聞こえてきた。いよいよ事件終結まであと一息といったステージに来たようだが、この事件の終わりが新たな大きな不幸の始まりでないことを切に願うばかりである。

  • ムンバイーのテロ 失うものはあまりに多く、あまりに大きい

    ついさきほどアップロードした『退屈は幸せだ』の続きである。
    本日、11月27日に元首相のV. P. Singhが亡くなった。それがごく小さなニュースに見えてしまうのは、現在進行中のムンバイーでのテロ事件のインパクトがあまりに大きいがゆえである。
    現在までのところ、デカン・ムジャヒディーンという聞きなれない名前の団体が犯行声明を出しているものの、おそらく偽名に違いないとするのが大方の意見のようだ。アルカイダによるものではないかという推測、インディアン・ムジャヒディーンのことではないかと疑う説なども出ている。
    だが今の時点ではテレビニュースで真実味をもって語られているのが、カラーチーからやってきてグジャラートに上陸した男たちが昨夕ムンバイーに到着し、深夜前後から犯行を開始したという説だ。
    武装した男たちの集団が一気に突入して無差別銃撃を開始、武力でターゲットを占拠してメディアのカメラを目の前にして、時間をかけて人々に最大限の恐怖心を与えたうえであげくに玉砕という、テロ行為の多くの部分が『中継される』というヴィジュアルな効果を計算したうえでの新しいパターンのように思える。
    またある種特別な場所でありながらも、宿泊客以外の不特定多数の人々がごく普通に出入りするのが当たり前で、そこを舞台に大きな事件が起きれば世間の注目も大きな高級ホテル、しかも国際的にも有名な五ツ星ホテルを標的にするというのも、今後の『トレンド』になるのではないかという悪い予感をおぼえるのは私だけではないだろう。
    21世紀に入ってから最初の9月に起きたアメリカの同時多発テロその他の航空機を狙ったテロが続いた後、乗客に対するセキュリティチェックはかつてないほど厳しくなった。その結果、以前のような大胆な犯行は実行しにくくなっている。そこにくると相変わらず『甘い』のは、常に不特定多数の人々が出入りする都市におけるセキュリティである。
    その『危険に満ちた』街中で、バーザールの一角を吹き飛ばすよりも大きな効果が考えられるのは、やはり有力者、セレブな人々、富裕な外国人が出入りする特別な空間ということになるだろう。
    昼間、今回の事件に関する報道を読んでいると、犯行グループは現場でアメリカ人とイギリス人を特に重点的なターゲットとしたことを示唆する記事が複数あった。まともな考えを持つ人にしてみると、国籍を理由に狙われるなどということは、あまりに不条理に過ぎるが、彼らにとってはどちらも『象徴的』な意味があるのだ。そのためにも国際的に広く知られた高級ホテルという場所は都合が良いことになる。
    国外に与えるネガティブな印象も相当なものだろう。本来ならば『セキュリティがしっかりしている』とされる最高級ホテルを舞台に未曾有の惨劇が展開された。本来ならば街中でヨソ者にとってもっとも安全であるはずの空間が最も危険な空間に早変わりしてしまった。
    その結果、普段インドとの関わりがない国外の人々に対してこの事件ひとつで『恐ろしく治安の悪い国』というイメージを植えつけることになる可能性が高いことは容易に想像できる。
    現場となったふたつのホテルに至っては、事件後に原状復帰してみたところで、商売にならないのではないだろうか。元々の姿を感じさせないほどの大規模な改修をするか。あるいは建て直しでもしないとこれまでのような形では営業できないのではなかろうか。

    (さらに…)

  • キリノッチはどうなっているのか?

    今年後半に入ったあたりから、インドのニュース雑誌その他のメディアでしばしばスリランカの内戦にかかわる情勢が取り上げられる機会が増えたように思う。それはすなわち戦況に大きな転機が生じているためだ。
    昨年春にLTTEがコロンボにある国軍施設に空爆を加えた際、世界でも珍しい反政府軍所有の航空機による政府側に対する攻撃として注目を集めたとき以上のものがある。
    2000年以降、政府との間の停戦、2003年の和平交渉においては、それまで堅持してきた分離独立を求める姿勢を改め、連邦制を敷くことに合意するなど、後に紆余曲折はあれども、内戦の終焉へと向かうのではないかという観測もあったが、そうはならなかった。
    2004年にはLTTE内での分裂により、それまで9,000名を数えるとされた兵力が半減し、相対的に弱体化の様相を見せる中、2005年に現在のマヒンダ・ラージャパクセ大統領就任直後から連続したテロ攻撃をきっかけに内戦が再燃、しばしば報じられているとおり、今の大統領はLTTE掃討について積極的な姿勢で臨むようになっている。
    LTTEは、最盛期にはスリランカの北部および東部のかなりの部分を制圧しており、その地域はスリランカ北西部からぐるりと海岸沿いに、彼らの本拠地である国土の北側沿岸地域を経由して、東部海岸地域にまで至っていたものだ。しかし現在ではかなり縮小しており、ジャフナ半島付け根の南側地域を実効支配するのみだ。
    近ごろ政府軍が有利に展開を続けていることを背景に、大統領はLTTEを軍事作戦で壊滅させることに意欲と自信を深めているようだ。
    大統領は、LTTEとの戦闘状態について、『内戦ではない。テロリストへの掃討作戦である』という発言をしていることからもわかるとおり、従前の和平交渉での相手方当事者としてではなく、『犯罪者』として相対していることから、そこに妥協や交渉の余地はなく、力でもって叩き潰すぞ、というスタンスだ。
    いよいよLTTE支配地域の事実上の首都であるキリノッチへの総攻撃も近いとのことで、インディアトゥデイの11月10日号に関連記事が掲載されていた。
    Cornering Prabhakaran (India Today)
    ところで、この『首都制圧作戦』は、すでに昨日11月23日に開始された模様だ。
    S Lanka attack on rebel ‘capital’ (BBC NEWS South Asia)
    その情勢については、Daily Mirror他スリランカのメディアによっても伝えられることだろうが、そうした政府側とは対極にあり、LTTE地域の内側からの情報を伝えるTamilNetに加えて、近隣のメディア大国インドからの関連ニュースについても関心を払っていたいところだ。
    正直なところ、スリランカの政府軍についても、LTTEについても個人的にはさほど関心がないのだが、こういう大きな軍事作戦が展開していることについては、とても気にかかっている。
    後者について強制的に徴用された少年兵の存在もさることながら、同組織による支配地域に住んでいるからといって、すべての住民たちが心の底からLTTE支持というわけでもないだろう。政府に不満を抱きつつも、LTTEに賛成という訳でもない・・・といっても、自分の居住地が彼らの支配下にあれば、その権力に従うほかにないのだ。
    もちろん国情、経済状態その他によってその度合いや政治への参加意識はかなり違ってくるにしても、日本人である私たちも含めて、世の中の大多数の人たちにとって、最大の関心ごとといえば自分自身の将来、家族、友人、恋人、学校、仕事、趣味等々いった、自らの身の回りのことだ。
    政治云々についてはそれを仕事にしているのでない限り、自分や家族のことよりも、国や地域の政治が優先、寝ても覚めても政治のことで頭が一杯なんてことは普通ありえないだろう。
    そもそも人々がまともに暮らしていくために政府や政治というものがあるはずだ。その『政府』による武装集団、つまり軍隊が自国民の町を襲う、『政治』が人々の平和な暮らしやその命までをも奪うという事態が進行中であることについて、またこの『内政問題』について各国政府が黙認していることを非常に残念に思う。

  • 海抜91cmの国土からの移住計画

    地球温暖化に関わる様々なニュースを目にする昨今だが、インドのすぐ南の島国から気になる記事を見かけた。タイトルもズバリ『モルジブの新国土構想』である。
    Plan for new Maldives homeland (BBC South Asia)
    1000以上の島々から成るこの国の『最高地』はわずか海抜2m、国土の標高の『平均』はたったの海抜91cm。すでに20世紀にはこの海域で20cmほど海面が上昇したとされている。今世紀には海面が60?上昇すると言われている。
    Wikipedia内にモルジブ首都のマーレを俯瞰する大きな画像が収録されている。水際まで迫る大小の建物や施設、背景のコバルトブルーと近代的なビルのコントラストが映える。だがこれを見てわかるとおり、海面すれすれのごく薄い陸地の上に街が構成されていることがわかる。
    国土が海洋に面した極端な低地であるモルジブは、国民の将来を見据えて移住のための代替地を探しはじめたようだ。文化的に近いインドかスリランカで代替地を探しているとか。
    現在の人口30万人を数えるモルジブ人たちは、将来『環境難民』となることが危惧されているという。
    代替地・・・といってもそう簡単に新たな国土が見つかるものだろうか。候補とされる近隣国にしても、30万人を抱える国家がそっくりそのまま移動して存続していける、人々が居住可能なスペースがどこかに余っているはずはなく、その地域の自国民や産業等を犠牲にしてまでモルジブのために提供してくれることもないだろうから、現実的なアイデアとは思えない。
    さりとて今のモルジブに人々が未来永劫暮らしていけるとも考えられないので、モルジブ政府が近隣国を含めた各国政府や国際機関等を通じて外交努力を続けていくしかないのだろう。
    同様にツバル、キリバスといった南太平洋の島々から成る国々も同様の問題を抱えており、10年ほど前にツバルは自国が海面上昇により居住不可能となった場合のために近隣のオーストラリアとニュージーランドに自国民移住受け入れを打診した結果、前者は拒否したものの後者は前向きの姿勢を見せた。またキリバスについても国土が海中に没することを前提としたうえで、定住地で自活していくための職業訓練も含めた国外移住支援の要請を先進各国に依頼している。
    もちろん温暖化により危機的状況にあるのはここに挙げてみた国々に限ったことではなく、他の多くの島嶼からなる国家はもちろんのこと、海岸に面したデルタ地帯や低地はすべからくそのリスクに直面している。もちろん日本とてその例外ではない。
    だが将来国土のほぼすべてが水没し、国家そのものが滅びてしまうほどの極端な状況に置かれている国については、そのほとんどが経済規模が小さなことに加えて、国際的な発言力も大きくない。これらの国々の人々は、今後の自国政府による自助努力の成果について楽観的にはなれないだろう。
    これらを遠く離れた南の島国の問題としてではなく、『私たちの問題』として捉えられるかどうか、彼らの未来はこの地球の各地に暮らす私たちみんなの意識のありかたにかかっていると言って間違いないだろう。
    冒頭のBBCの記事では読者、主にモルジブの人々からのコメントや意見等を募集している。

  • 海賊退治

    イエメンとソマリアの間の海峡、アデン湾は、世界で最も危険な海域と言われているのだとか。昨今国際ニュースで目にすることが多い海賊被害が続出しているがゆえのことである。 日本の外務省のウェブサイトにも以下のような記述がある。
    ソマリア沖の海賊・武装強盗行為対策に関する国連安保理決議の採択について
    アデン湾周辺海域:日本籍船の原油タンカー襲撃事案の発生に伴う注意喚起
    『海賊』といっても、子供の物語の挿絵で見かけるようなアイパッチをした首領やカギ型の義手をつけた飲んだくれ男が帆船に乗ってやってくるわけではない。高速船、精度の高いナビゲーションシステム、最新式の重火器類など近代的な装備を手にしたプロ集団であるだけに、各国が協調して警戒に当たっても、なかなかその被害が減ることはないようだ。
    海運大国でもあるインドは、10月下旬から自国船舶の保護のため同海域での海軍による警戒活動を始め、早速その成果を挙げたとの勇ましい記事がこちらである。
    Indian Navy foiled pirate attacks (Hindustan Times)
    記事の続き
    巡回中の軍用船から飛び立つ武装ヘリに乗り込んだコマンドーたちが、海賊行為の現場を急襲して撃退・・・と書いてみれば簡単だが、その現場ではもちろん壮絶な銃火のやりとりがあったことだろう。
    海軍による早速のお手柄といったところのようだが、そもそもこうした活動が不要な平和な海であってくれれば一番良いのだが。

  • 日々の糧は天から届くのか?

    コトの背景については詳しく報じられていないのだが、ちょっと気になる・・・というよりも、あんまりなニュースを目にした。『アフガニスタンで物乞い禁止』というのがそれだ。
    物乞いをする人たちは犯罪の餌食になったり、いいように搾取されたりしがちであるから保護しましょう、福祉施設に収容しましょうというのが表向きの理由らしいが、そんな余裕のある国情ではないはず。
    さりとてこういうお触れを出す政府にしてみても、それが現実的でないことは重々承知のはず。すると真の目的とは何だろうと、あれこれ考えてみたりするが、そんな呑気なことをしていられるのは、遠く離れた国の暖かい部屋の中で、今日明日の糧の心配もなく暮らす赤の他人。
    日々路上で物乞いを続けている当人たちにしてみれば、生存を賭けた最後の手段を否定されようと取り締まられようと、おそらく命ある限りそれを続けていくしかない。本格的な冬の訪れはもう目前に迫っている。
    Afghanistan bans street begging (BBC South Asia)