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カテゴリー: life

  • 特別展「インドサリーの世界」(2005年)

    特別展「インドサリーの世界」(2005年)

    だいぶ前にインドで購入して読んだ本で、Emma Tarlo著の「Clothing India : Dress and Identity in India」という、インドの服飾文化について書かれた本があった。

    インドの伝統的な社会において、身につけるあらゆるモノに意味があり、装いはその人となり、出自や職業、立場や経済力を如実に表現するものであり、コミュニティーの内外をきちんと区別するものであったということが書かれており、マスプロダクション時代におけるマーケティング戦略のもとで、工場で大量生産して、マーケットで販売される現代の服飾においては、もはやサーリーもシャルワール・カミーズも洋服と同じような西洋化グローバル化された産物に過ぎないというようなことが書かれており、かなり衝撃的であるとともに、伝統的なコミュニティごとの服飾の棲み分けの事例などを読むと、なるほどと納得することばかりでもあった。

    さて、こちらの書籍は複数の著者写真によるインドにおけるサーリーの変遷、同国の民族衣装のトレンドなどについて綴られており、これまた興味深い。発行年がすでに16年前のものなので、ファッションに関する内容は古くなっている部分はあるようだが。大阪の国立民族学博物館で2005年に開催された特別展「インドサリーの世界」の展覧会図録。同博物館のオンラインショップで購入することができる。

  • インドが観光ヴィザ発行を再開

    ようやくこの時が来るようだ。10月15日からひと月はチャーター便での入国のみ。商業定期便による入国は11月15日からとのこと。ヴィザの扱いの詳細(申請方法、有効期間、種類その他)に関する情報は今後出てくることだろう。

    Covid-19 cases down, India to issue tourist visas from October 15(INDIAN EXPRESS)

  • 国名・地名の表記

    リンク先記事によると、諮問評議会定数45名のうち30名が直接選挙で選ばれたとのこと。この国の政治のことはよく知らないが、残りの15名はおそらく王族の指定席であったり、国王の指名する者であったりという具合なのだろう。それでもこうした形で民意が反映されることは悪くはない。

    ところで国名は本来は「قطر‎」つまり「カタル」なのに、メディアではよく「カタール」と表記される。なぜ長母音を加えてしまうのかといえば、英語力での綴り「Qatar」の「ar」部分は「アール」であろうという連想から来るのだろう。日本語での外国地名表記のありかたについては、基本的に現地の読み方に準じるというスタンスはあるようだが、独自の文字(アラビア文字など)が用いられる地域では、英語での表記から日本語の読みが書き起こされるという揺れがあるようだ。

    パキスタンの「ペーシャーワル」(پشاور)も同様で、長母音となるのは「ペー」と「シャー」の部分であのだが、日本のメディアではいずれも短母音となり、なぜか「ワル」が「ワール」となる。だが英語での綴りPeshawarを思い浮かべると、「Pe」「sha」のいずれにも長母音を暗示させるものはなく、「war」は日本語における慣用として長母音化される現象が起きるのだな、と推測される。

    いずれも日本にとって馴染みのある土地ではないため、英文情報から起こされたものを記事にする際に、こうした形で定着することになったのだろう。

    インドのIT産業隆盛により、急速に注目を集めるようになった90年代前半、その中心地となったバンガロール(現ベンガルール)については、当時すでに「バンガロール」でほぼ定着していたものの、ニューズウィーク日本版などを中心に「バンガロア」「バンガローア」という表記も散見された。「Bangalore」の語尾を「ロア」ないしは「ローア」と読んだらしい。

    同様にかなり前のことになるが、旅行業界関係者が「Lahore」と「ラホーレ」と表記した例も目にしたことがある。日本語表記については、現地の読み(لاہور=ラーホール)ではなく、定着している英語表記をどう読むか?ということになっている例が少なくないように思われる。

    女性の当選者なし 初の国政選挙―カタール (JIJI.COM)

  • シャールク・カーンの息子、アリアンの逮捕

    ボリウッド俳優シャールクの息子、アリアンといえば、まさに父親シャールクと瓜二つで、ひと世代離れた双子というか、シャールクがそのまんま大きく若返ったような具合。母親ガウリーの面影はどこへやら、ほとんどシャールクの若いコピーとしか思えない

    現在24歳、そんな彼がドラッグ関係で逮捕された。

    テレビのニュース番組Aajtakで見たのだが、出来心によるドラッグ所持ではなく、かなり長い期間に渡り密売組織と繋がりがあったらしいとのことで、かなり深刻な話のようだ。

    何ひとつ不自由ない環境というよりも、手に入らないものは何もない、使い切れないほど無尽蔵の富に囲まれて、国民的な大スターの息子として甘やかされて育ったからだ、などと言う人もいるかもしれないが、そういう境遇でもきちんと育って立派になる人は多いし、普通の庶民の出なのに、手のつけようもないほど悪くなる者もいる。親からしてみると、風貌も気質もどこか自分に似ている子といっても、親とはまったく異なる独立した人格なので、親への依存が薄れていく年代へと成長していくにつれて、親の思ったようにはならなくなっていくのは世の常だ。

    それにしても、ちょっとしたケンカやいざこざを起こしたのとは事情が違うので、父親シャールクも気が気ではないだろうし、逮捕した警察も「さぁて、いくら巻き上げられるだろうか?」などと署内で悪徳幹部たちが額を寄せ合って相談しているかもしれない。

    「バードシャー(皇帝)」と呼ばれるアミターブ・バッチャンに対して、「キング」と称されるシャールク。あれほどのセレブならば、各所に持つ人脈をフルに活用することもできるのだろうけれども、ただでは済まない話。ここしばらくは、ボリウッド界随一のセレブ、カーン家のドラ息子の不祥事のニュースが日々続くことだろう。父親シャールクが気の毒になる。

    Shah Rukh Khan spoke to son Aryan for 2 mins after his arrest in Mumbai cruise drugs case (INDIA TODAY)

  • インドのカレンダーアートから見る女性観

    インドのカレンダーアートから見る女性観

    今から21年前に「インドのカレンダーアート 女神からピンナップへ」福岡アジア美術館でという企画展が開催されたときの展覧会図録。

    80ページほどのコンテンツには、「妻として」「豊穣の花嫁として」「母の愛」「危険な母神、保護する母神」「恋人」「妖婦」等々、インドにおける女性像について、様々な側面からカレンダーアートの絵とともに考察がなされており興味深い。

    内容は図柄も文章もかなり古くなっており、今の50代以上の世代のインド人たちの感覚で著されたものであるが、それは即ちインドの伝統的な女性観を象徴したものであると言える。

    最近、福岡アジア美術館を見学した際に購入したのだが、同美術館を運営する福岡市文化芸術振興財団のウェブサイト上のオンラインショップでも販売されており、ご興味のある方にはお勧めしたい。

  • インドへの扉が開く日

    現在、インドでは1日の新規感染者数が2万数千人といった具合であるため、人口規模が約1/10の日本における2千数百人程度に相当する。日本の初夏あたりには「第2波」でひどい状況にあったため「インドは今も大変」と思っている人もいるかもしれないが、今はインドと日本の感染状況はほぼ同程度である。

    こういう具合であることを受けて、各国がインドからの渡航者受入れに動いていることについて、以下の記事を参照願いたい。

    Canada latest in list of countries to allow Indian travellers; here are all international destinations open now (Firstpost)

    また、インド側も今月末から来月初めあたりに、観光客受け入れ再開のアナウンスを予定しており、具体的にどのような内容のものとなるのか注目されるところだ。

    Foreign tourists to be allowed to visit India soon (Travel Daily Media)

    先進国を中心にワクチンが普及してきている現在、より感染力の強い変異株の登場とワクチンによる抗体維持が続く期間に限りがあることが判ってきたことなどにより、開発時に期待されていた効果がフルに発揮されているとは言えない部分はあるとはいえ、今後は国と国との間の往来も次第に制限が取り払われていくことだろう。

    日本においても、遠からずこうした緩和が予定されているが、帰国時の隔離などが免除されるようになれば、再びインドと日本の行き来が盛んになっていくはず。

    今後の推移を見守りたい。

  • 苦手な和菓子

    苦手な和菓子

    和菓子が苦手である。

    甘いものは大好きなのだが、洋菓子やインド菓子にあるクリーミー感、ジューシー感がないから、という部分もあるが、「アンコ」がダメなのだ。なぜダメかと言えば、食感はやはり豆なので、レンズ豆やチャナ豆をすり潰したものと舌触りやベースにある匂いは似ている。それがおかずとして塩味がついているのではなくて「甘い」というのが、どうもいけない。

    饅頭などに入っているアレが、塩味でバター風味でも利いていれば、それなりに旨そうな気がするが、そういうものは「博多通りもん」のようなごく一部の「和風テイストを取り入れた洋菓子」にしかない。あと、お汁粉、ぜんざいといったものも、これまたいけない。餅まで入るからには、きちんとした食事であるかのような佇まいながらも、おやつであるため、これまた甘い。インド料理のダル(レンズ豆)の汁をスパイスや塩ではなく、砂糖を放り込んで作ったかのようであり、なんというエキセントリックさか!その「合わない感覚」について、上手な例えは思いつかないが、「ワカメと大根の味噌汁が甘い甘いおやつになった」みたいな感じと言えば、気持ちが伝わるだろうか。

    そんなわけで、どうも和菓子、とりわけアンコは苦手ながらも、いつだかもらった和菓子で秀逸なものがあった。東京都内のある和菓子屋のオリジナルとのことだが、「カフェオレ大福」なるものがあり、コーヒーペースト餡と生クリームがフィリングとして詰めてあり、お茶受けにサイコーなのだ。食感は和菓子よりも洋菓子に近い。あまりに素晴らしいため、自分でも幾度か買いに行ったことがある。こちらも和菓子というよりも先述の「博多通りもん」のように、軸足を洋菓子に非常に近いところに置いたコンセプトの菓子と言えるだろう。

    先日、こんな変わり種大福が売られているのを見つけた。イチゴミルク大福、オレンジヨーグルト大福、マスカット大福、メロン大福etc.。もしかすると、「カフェオレ大福」に迫るヒット作ではないか?と買い込んでみたのだが、食してみると、フルーツ風味を付けたアンコの大福であった。

    先に挙げたような稀有な例外はあっても、やはり和菓子、アンコを侮ってはならないことがよくわかった。これは切っても切れない仲のようで、アンコ抜きの大福なぞ、期待してはいけないものだったのである。

  • チャーンドニー・チョウクの美化事業

    あまりの混雑ぶりと騒々しさだったので、こういう風になるのも良いかもしれない。「庶民のマーケット」として知られているが、もともとはあんなワサワサした地域ではなかったのはインド独立前まで。

    ムガル時代には大通りに水路が流れ、ところどころに噴水もある綺麗なエリアだった。ラール・キラーの城下町、王室や貴族御用達の大きな店が建ち並ぶ商業地区と豪壮な屋敷の貴人たちの居住区などから成るエリアだった。1857年のインド大反乱の後、時の皇帝、バハードゥル・シャー・ザファルがラングーンに流刑となりムガル王朝は終焉。北デリーのこのあたりの地域、城塞都市だったシャージャハーナーバードの壁は、現在も残る一部を残して取り壊され、いくつもの門だけが残った。それでもまだこの地域には引き続き富裕層が暮らし、イギリス当局による役所や銀行等の施設、そして駐在する英国人官憲の屋敷などもあった。

    印パ分離の時期に、ここに多く暮らしていたイスラーム教徒の上層部がパキスタンへ脱出していき、空き家となったところに内部を細分化して庶民が入ってきたとされる。おそらく地元のヤクザ連中など腕っぷしの強い連中が占拠してお金と引き換えに部屋を割り当てたり貸し出したり、それを借りた人が需要の高さから「これは儲かりそう」と又貸ししたりしたことなどが始まりだったのだろう。

    そんなわけで、この地域にある建物の多くは荒廃しているが、よく見ると大きな邸宅であったり、元は銀行の大きな支店の建物であったりもするし、街区に残されるゲートなどもたいへん趣のあるものが多い。もともとが庶民の街にはなどではなく、富裕層の地域であったがゆえのことなのだ。

    イスラーム教徒の社会的地位の低下は、こうした上層部の流出と表裏を成すものであり、イスラーム教徒のお金持ち、文化人などといった経済的、社会的に影響力が強い層が数を大きく減らし、貧しい人たちが多く残れば、相対的にインド社会における存在感は低下していく。チャーンドニー・チョウクは、そうした独立後のインド史の転換を象徴する場所でもある。

    Ground Report: Beautification work of Chandni Chowk completed, watch the new look here (ZEE NEWS)

  • 教育の多様化

    東京都江戸川区のインド人学校GIISでは、今や日本人生徒が4割だとか。インドの大学進学前提でインド式のCBSEコースと国際バカロレア取得する欧米式のIBコースがあるとのこと。日本人生徒のほとんどは当然、後者のコースに入っていると考えるのが普通だが、世の中往々にして例外はあるものなので、前者に入っている子もいるかもしれない。

    日本人の両親から生まれながらも、日々の学びの中から、インドへ「母国感」を抱き、インドの親友たちと流暢なインド英語で学習を積み、高等部まで修了して憧れのインドの大学に進学する、これからそんな子が出てくるかもしれないし、すでに何人もいるのかもしれない。教育の多様化はあって良いことだし、いろんな選択肢はあったほうがいい。

    ただし義務教育の段階では、子供たちはそんなことは考えないわけだし、親が決めた「お受験」をするわけではなく、インドの大学に行きたいなどと、そんな幼い頃に思うことはないのだろうけど。

    大学出願に際して、初めてインドに渡航したら、街の様子が想像とずいぶん違って「ガ〜ン、ガガ〜ン」というようなことがないといいのだが。

    (異文化教育に学ぶ:4)ITも理数系も、英語で伸ばす インド式インター校、日本人生徒が4割 (朝日新聞DIGITAL)

  • グジャラート州の新チーフミニスターにブーペンドラ・パテール氏

    来年12月のヴィダーンサバー(州議会)選挙が予定されているグジャラート州。任期満了することなく州のチーフミニスターが降板となるということで、昨日就任した新たなチーフミニスターはブーペンドラ・パテール氏。まず驚いたのは「誰?これ??」ということ。グジャラートの州政界についてよく知っているわけではないのだが、州政府のトップになろうという人であれば、顔と奈名前くらいは覚えがありそうなものだが、聞いたこともない人物だったからだ、

    この人事は当のグジャラート州政界やメディアにとってもサプライズ人事であったようで、「ブーペンドラ・パテール氏とは」というような紹介がなされるとともに、本人の家族にとっても予期すらしない出来事であり、「夕方のテレビニュースで夫がチーフミニスターになると知って驚いた」と彼の夫人による談話も流れていた。

    年齢は59歳と高いが、2017年に同州議会初当選とのことで、モーディー首相とその片腕のアミット・シャーによる強い推薦があってのことなのだとか。州CM候補としては、はなはだ無名の存在であったと言える人物だ。背景には社会活動家から国民会議派に転じた ハルディク・パテール氏の存在があるようだ。この人は、パテールが属する「パーティーダール」というコミュニティ(・・・というカーストと理解してよい)について、OBC(その他後進諸階級)に含めさせて、留保制度の対象にせよ、という運動をグジャラート州で展開し、これがたいへんな広がりを見せて、BJP与党のグジャラート政界をゆるがせた「パテールの乱」があった。

    パテール、ひいてはパーティーダール((農民と地主のカーストだが、商人層も多い)が「後進諸階級」か?ということについては、首を捻らざるを得ないのだが、今の時代、あらゆるカーストの人たちが「後進諸階級」認定を要求するようになっている。インドの留保制度というものはたいへん不公平で、実際の世帯の家計状況ではなく、カースト、少数民族といった生まれで留保の割り当てがなされるものであり、極端に言えば商業的に成功したり、役人と出世したダリット(アウトカーストの子弟が留保で悠々と大学入学、公共部門へ就職するかと思えば、ブラーフマンやラージプートなどのカーストとしては高いとされる人たちの中の貧困層にはこうした手立てはなく、肉体労働や下働きなどをするため田舎から都会に出稼ぎいってドヤ暮らしをしたりすることになる。

    それはともかくとして、パーティーダールの人口規模の大きさ(グジャラート州人口の12%、つまり8人にひとりくらいがパーティーダールのコミュニティの人たちであり、政治意識も高い層であることが明らかになったため、BJP側の「パテールの顔」が欲しいという事情もあったようだ。現在までのところ、BJP支持は都市部等のヒンドゥー市民+ジェインなどビジネスコミュニティ、国民会議派はマイノリティとムスリムという支持層の別が明確であるため、パーティーダールをどちらが取り込むかが、次の選挙の焦点と考えられているのかもしれない。

    実はBJPにはブーペンドラ氏と同じパテールのコミュニティで、前政権では副チーフミニスターの地位にあったニティン・パテール氏という重鎮もいるのだが、彼が選ばれなかった。彼自身の恨み節もニュースで報じられていた。政界に転じる前には勤め人であったニティン氏に対して、ブーペンドラ氏は建設業界でのキャリアが長く、パーティーダールコミュニティに顔が利く実力者であるというようなこともありそうだ。インドの政界にはカーストを基盤とする合従連衡や戦略、政界でのキャリアよりも、場合によっては当該の氏族社会での立場がモノを言うようなシーンもあったりと、たいへん興味深いものがある。

    Engineer, corporator, MLA in 2017 to CM: Swift rise for Patidar leader Bhupendra Patel  (The Indian EXPRESS)

  • 権力闘争

    アフガニスタンで、田舎侍たちが都を落としたものの、大将の座を巡って内輪もめだろうか。パキスタン陸軍が育て、各所に「同陸軍からの出向者たち」もあつたとされ、軍紀に厳しかったと思われるターリバーン1.0のころと異なり、ターリバーン2.0は、指導者も幾度か代わり、反カーブル政権の勢力も合流した部族の人たちの連合体。力と指揮の関係が縦軸で繋がるだけでなく、横軸で張り合い併存する関係もあるはず。

    おそらく地域レベルでもこうした小競り合いがあって、勝ち残ったほうが上層部から暗黙の了解を得る、というような仕組み?のようなものがあるのではないか、と想像される。今後もいろいろなことが起きそうだ。ターリバーン勢力のいろんな層で「薩長連合」的な危なっかしい関係性があるのかもしれない。これはあくまで私の想像に過ぎないのだが。

    タリバンで撃ち合い…ナンバー2のバルダル氏が負傷しパキスタンに移送 (中央日報)

  • パンジシール陥落、獅子は敗走

    アフガニスタンのパンジシール渓谷の戦いは、破竹の勢いのターリバーンを前に、なすすべもなかったようだ。昨夜のインドのニュース番組「Aajtak」によると、故アフマド・シャー・マスード司令官の息子、アフマド・マスードは敗走中で、彼の父方のおじは戦闘中に死亡したとのこと。彼らが所有していたという軍用ヘリコプターもターリバーンに差し押さえられたとのことで映像に写っていた。

    インドメディアによるものなので、バイアスがかかっているかもしれないが、さもありなん・・・という内容の報道もあった。今回のパンジシール攻撃の作戦には、パキスタン軍も関与していたとのことで、ドローンによる上空からの攻撃なども実施されており、マスード派など北部同盟+旧政府軍残党の動きは、空からの偵察によりターリバーン側に筒抜けであったらしい。戦闘開始期限までは、交渉による懐柔を試みたものの、不調に終わったため攻撃に踏み切ったわけだが、逃走している集団には、降伏すれば不利な扱いをしないと呼びかけるなど、対話志向の姿勢を見せているのは幸いだ。

    パンジシール渓谷のマスード派のもとには、旧政権の副大統領も身を寄せているなど、インドとしても新政権の中で、一定のコネを持つ人物が残ることを期待したいところだろう。
    インディア・トゥデイ最新号には、「インドはこれほどアフガニスタンに貢献したのに」と、費やした予算、ダムなどのハコものその他の経済協力の例が挙がっていたが、これまでの親印政権から親パ・親中政権へと180度の転換となる。
    パキスタンにとっての「戦略的深み」の復活に繋がるものでもあり、インドは軍事的にも再考を迫られることになる。

    この戦略的深みとは、簡単に言えば次のようなものだ。
    南北に長いものの、東西には薄く、インド北西部に細長く貼りつく形のパキスタンの国土は、同国にとって地理的に降りなものがある。アフガニスタンの親パ政権のもとで、アフガンの国土を有事の際にインドから攻撃を受けない「安全地帯」として、軍事的拠点として活用できるようにすること。また首都圏を強襲されるなど存亡の危機に陥った場合に指揮系統、行政機能をも移転可能な後背地を国外=アフガニスタンに持つことが可能な関係を構築・維持すること。これがパキスタンにとっての「戦略的深み」となる。

    Ahmad Massoud safe, says NRF; Taliban ask ex-Afghan forces to integrate with govt: 10 points (Hindustan Times)