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カテゴリー: life

  • 城門の街

    城門の街

    デリーその他同様にアウランガーバードも古い時代の城門が多い。元々は52の門があり現在も残っているのは、その中から13の門とのこと。

    BHADKAL GATE
    BHADKAL GATE 内部

    大通りで門が残された部分がロータリー状になっているものもあれば、門をくぐるところだけ道幅が狭くなっているケースが少なくない。見るからに事故が起きそうではあるものの、文化財である門を取り壊すわけにはいかないので仕方ないのだろう。

     

    MAKAI GATE 外側
    MAKAI GATE内側

    城壁がぐるりと巡らされた中で、昔々は城門から人々は出入りしていたわけだが、市街地の拡大とともに、そして街の近代化とともに城壁の多くは取り壊された。大通りが城門を抜けることは出来ず、城門を取り壊してしまうのもどうかということで、門の両側を上下路線が通る。かつては城市内外を分ける大切な施設であった門や城壁は、現在の往来においては余計な障害物でしかない。

    KAALAA GATE

     

  • 旅先で、このカメラはどうだろう? Xiaomi 14 Ultra

    旅先で、このカメラはどうだろう? Xiaomi 14 Ultra

    indo.toでは、ごくたまに私が個人的に「インドでどうだろう、この一台?」と思う新製品のカメラを取り上げていたが、このところ数年間はそれが途絶えている。

    理由はただひとつ。スマホのカメラ機能の大幅な向上により、コンパクトデジカメのニーズが食われてしまったこと。それにより一部のハイエンドなコンデジが生き残るも、商品サイクルは長いものとなってしまったことがある。

    私が持っているキヤノンのG7X MarkⅡは、2014年発売のG7Xがマイナーチェンジを繰り返しながら販売されているものだ。今年で発売10周年になる。以前はこのようなことはなかったため、コンデジのマーケットはある意味、非常に成熟したとも言えなくもない。

    Xiaomiの14 Ultraは、12 Ultra、13 Ultraと続いてきたこのシリーズとしては、初の日本市場での発売。保証の関係でグローバル版購入をためらっていた層はうれしい知らせだった。

    ライカ監修の35mm換算23mm(F1.63)のメインカメラ、超広角12mm(F1.8)、75mmの望遠(F1.8)、120mm(F2.5)のベリスコープと四つのレンズを備えている。23mmレンズについては、F値1.63~4.0の可変絞りによる無段階調光。いずれも画素数は5,000万画素。イメージセンサーは1インチのものを搭載している。

    フロントカメラは3,200万画素と、これまた良好な画質であるため、自撮りの際にもリアカメラでの撮影と較べて遜色ない。

    ただ惜しいのはe-SIMに対応していないことだ。世界で売り上げ第4位の大メーカーのハイエンド機としては、この部分はかなり残念ではあるが、高級コンデジにスマホが合体したようなものであるのが、この14 Ultraだ。

    日本市場モデルで購入すると付いてくる「Photography Kit」もまた素晴らしい。これを装着すると、まんま「カメラ」に変身するとともに、物理シャッターは付くし、ダイヤルで露出の調整が出来るようにもなるため、使い心地が向上する。さらには同梱されているフィルターアダプターを付けると、67mmのフィルターが利用できるようになる。常々スマホでもPLフィルター、NDフィルターが利用できたらいいと思っていたので、これはとても楽しい。

    ただストラップの部分だが、出来れば両吊りできるようにしてもらいたかったという思いがする。

    そんなことからこの端末について、日常で、旅行先で「どうだろう、この1台」ということで今回取り上げてみることにした。販売価格は現時点の最低で15万円、16万円くらいからということになるため、「それなら高級コンデジを買ったほうが・・・」という声もあるかと思うが、スマホと有能なコンデジが一体となっている部分に特別な価値があると言える。

    なかなかカメラを出しにくいシーンでも気兼ねなく取り出せることもあるし、インドでカメラによる撮影は咎められても、スマホならば許容されているような場所は少なくない。

    たとえば駅などの鉄道施設であったり、博物館等であったりする。博物館といっても場所によりさまざまで、カメラやスマホの持ち込みができず、入場前に預けなくてはならないところもあれば、撮影料を支払って撮ることができる場所もある。はてまたカメラでの撮影は不可であるけれども、スマホやケータイはOKというケースも。

    いずれにしても「カメラ未満」という認識が一般的であるため、撮影にかかるハードルが低いことになる。

    そんなことから、わざわざカメラに見えてしまうPhotography Kit装着でそういうところに出かけるのはどうかとも思うが、ケースを付け替えて変身できるのも、スマホの気楽なところだ。

  • 放屁し放題

    ・・・という意味では、インドは世界でもかなり上位のほうではないかと思う。すごいな、インド人。人のオナラの爆音を複数回耳にせずに午前中は終わらないし日も暮れない。ある意味、たいへん恵まれた環境。そんなわけで、こちらも遠慮なく音を立てて腹圧を下げる。(笑)

  • 建築中のビル

    建築中のビル

    インドに限らず多くの国々で共通する構造。大きな地震で崩壊するシステムがよくわかる気がする。ただし火に対しては滅法強く、完成時に壁に貼るかもしれない壁紙、床に敷くかもしれないカーペットを除けば、基本的に不燃構造。アウランガーバードにて。

  • 「AURANGABAD WITH DAULATABAD, KHULDABAD AND AHMADNAGAR」というガイドブック

    「AURANGABAD WITH DAULATABAD, KHULDABAD AND AHMADNAGAR」というガイドブック

    これがとても役に立った。

    一般的なガイドブックは、ネットを通じた各種メディアの発達により、ほぼ役目を終えたと考えている。少なくともアクセス、宿泊施設、食事等の情報はわざわざガイドブックで入手する必要はなくなっている。

    そのいっぽうで特定の狭い地域を細かく紹介した案内書にはまだまだお世話になる機会は多い。どんな見どころがあるのか、それらの背景も加えて具体的かつ詳細に網羅したガイドブックだ。写真や各遺跡等の見取図等も豊富だ。

    インドの地場の出版社JAICOは出版点数は多くないものの、いくつかテーマを絞り込んだ良書を世に送り出している。できれば電子版をアマゾンで販売してもらいたいのだが、紙媒体でインド国内でしか買うことができない。

    DECCAN HERITAGE FOUNDATIONJAICO PUBLISHING HOUSEから出しているもので、他にもデカン周辺各地のガイドブックが出版されており、いずれも良書である。

  • 消えゆく街道風景

    消えゆく街道風景

    道の両側に大木が等間隔でどこまでも並び、緑のトンネルの中を走っていくような眺めがどこにでも見られた。英領期に強い陽光を避けることが出来るよう各地で道沿いに植林が進められた結果このような形になった。

    しかし1990年代以降は急激にこうした景色が姿を消している。経済発展に伴う交通量の急増から国道等主要道路の複線化が至上命題となったからだ。各地で道路脇の大木が次々に伐採され道路を盛土しての拡張工事が進んでいった。

    こうした眺めは今でも田舎では目にするものの、やがて昔の映像や写真のみに残る「昔のインドの風景」となることだろう。

  • クルダーバード

    クルダーバード

    エローラをあとにして、クルダーバードへ。クルマですぐ近くだ。

    街道の眺め

    聖者廟周辺にはそれにあやかっていろいろな人々の墓が林立していたりするが、第6代ムガル皇帝のアウラングゼーブもそのような具合で埋葬されている。

    サイード・ザイヌッディーン・シラーズィーのダルガー
    アウラングゼーブの墓

    その墓所が立地するのはスーフィーのチシュティー派の聖者サイード・ザイヌッディーン・シラーズィーのダルガー(聖者廟)内。アウラングゼーブ自身が自身の葬儀は簡便に、墓は露天で、敬愛する聖者の墓の傍らにと希望したがゆえとのこと。

    ムガル最盛期の支配者の墓所とは信じ難いほどの簡素さであり、故人の清廉さと質実剛健さを偲ぶことが出来るように思う。

    アウラングゼーブには関係ないが、意外だったのはこの墓所の世話人が盲目の方なのだが、日本語がけっこう堪能であることだ。ここに日本人の訪問者がそれほど多いとは思えないだけにちょっとびっくりした。

    ダルガー・ブルハヌッディーン・ガーリブ

    クルダーバードのアウラングゼーブの墓所のあるダルガーの道路挟んで向かいにある別のダルガー・ブルハヌッディーン・ガーリブ。瀟洒な感じで世話人の人もとても知的な感じだった。

    これまた徒歩ですぐのところにあるのが、バーニー・ベーガム・バーグというペルシャ庭園。ここにはバーニー・ベーガム(アウラングゼーブの孫、ビーダール・バクトの妻)の墓がある。いわゆるチャール・バーグ形式、日本風に言えば「田の字型」の庭園。

    荒れてはいるものの、その佇まいから往時を想像するのは難しくない優美なガーデン。この地に残るムガル式建造物の傑作のひとつだ。庭園内のあずま屋のルーフはバングラー型になっている。せっかくの素敵な場所なので、きちんと整備してくれたらどんなに見事に生まれ変わるか、と思ってしまう。

    少し離れた郊外にあるのは、軍人や宮中の護衛として重用される例が多かったスィッディー(アフロ系インド人)の出世頭のひとり、マーリク・アンバルの墓。

    この町には素敵なペルシャ庭園もあるし、こうした歴史的な建造物がいくつもある点から、クルダーバードは気に入った。だがこの日クルマを頼んだムスリムの運転手によると「ここの男たちはみんなグトカーを噛んで呆けたような人が多い。あまり良い印象はありませんな。」とかなんとか。たしかにあまり暮らし向きのよくなさそうなムスリム地域は、あまり雰囲気の良くないどこかすねたようなやさぐれたムードがあるものだが、クルダーバードもそんな具合だ。何泊かしてみると、他にもいろいろ謂れのある知られざる名所がいくつもありそうだ。町のムードはあまり良くはないのだけれども。

  • お昼はパウバージー

    お昼はパウバージー

    注文したらすぐに出てきて、簡素だがおいしい。

    たぶん栄養バランスも悪くはない。

    そして経済的でお財布に優しい。

    ムンバイをはじめとするマハーラーシュトラ州ではありがたいパウバージー。

  • お上りさん観光客

    お上りさん観光客

    アジャンターの遺跡群の中の石窟寺院には、近代的なアパートのようなものがあり、居住性も良好なように思えるものもいくつかあった。往時は中には絵が施されていたようなので、かなり華やかなものであったことだろう。また壁には漆喰が塗ってあったため今のような暗さでもなかったのかもしれない。

    No.1からNo.34までの窟があるが、No.30以降のものがかなり離れているため、電気エンジンの園内の乗り合いが走っている。

    田舎のお上りさん観光客は相手が見るからに外国人でも平気でものを尋ねてくる人たちがけっこうある。たぶん気持ちが高揚してあまり周囲が見えなくなっているのだろうか。

    お揃いの帽子を被った壮年の団体さんが肩で息をしながら「おーい、あんたぁ。ここから先には何か見るものあるかなぁ?」などと質問してくる。

    こちらはたった今観てきたばかりなので記憶は新鮮。「30番から34番までの石窟があるけど、32番は見応えあるから頑張って行ってみたほうがいいですよ!」と教えてあげる。

    年齢とともに脚が悪くなったり、肥満で歩行がたいへんになった人たちもいる。インド人の年齢はよくわからないけど、私の親の年代よりもはるかに若いはずだ。そして悪くすると、僕とそんなに大きく年齢変わらなかったりするかもしれない

  • アウランガバード石窟

    アウランガバード石窟

    6世紀から7世紀にかけて掘られたこの石窟群は、上のほうの群と下のほうの群に分かれている。エローラーやアジャンター等に比べてたいしたことないとのことであったが、そんなことはない。規模は両者に及ばないものの、充分に魅力的な石窟であった。

    他国にあれば第一級の国宝扱いなのだろうが、遺跡の宝庫インドにあってはちょっと軽い扱いになってしまう。

    もちろん時期も地域も近いため、似ているのは当然のことだ。市街地にごく近いところにあるのもありがたい。

    アウランガーバード石窟から市街地の眺め
  • アジャンタ

    アジャンタ

    訪問予定はなかったのだが、せっかく近くまで来たのでアジャンタを見学。改めて素晴らしいものだと思った。インドにおける世界遺産登録物件では最も早い時期になされたもののひとつ(登録年1983年)だ。

    昔々、学生の頃に訪れたことがあるが、当時はもちろんデジカメなどなく、ISO100のフイルムを使って石窟内を手持ちで撮影するのは無理なので、当時の写真は手元にない。

    また記憶に間違いがなければ、ここに26ある石窟のすべてに窟内の照明などなく、窟ごとの係員がときおり懐中時計を向けたり、誰かが雇ったガイドが持参したそうした照明器具を当てたりしない限り、真っ暗で何も見えなかった。そんなわけで壁画についてはあまり記憶もなかったのだ。

    いずれの石窟も崖の壁面から削り出したものだが、後期のものになると造っていた途中で放棄されているものもある。何かそうせざるを得ない事情があってのことのはずだが、まさに途中であったがゆえに、どのように削り出していったのかを見ることができる。25番目の窟は途中で放棄されたものの中では最大だが、これもまた窟内はライトアップしてあり、往時の工事の痕跡をじっくり眺めることができる。

    ともあれ、昔と違い訪問客に対して見やすい、見学しやすい環境がしつらえてあるのは良い。予定していなかったとはいえ、本日は訪問してみて良かったと思う。

    実は予定していなかったのに来てみることにしたのは、最近目にしたある新聞記事が理由のひとつ。シーズンには大勢の人々が押し寄せる大観光地で、人々の呼吸や肌などから出る湿気等、そして各石窟でしつらえてあるライティングも壁画に悪い影響を与えているのだとか。文化財の保護のために照明をやめるとか、人数制限をする必要性なども暗示されていた。

    貴重な文化財であるとともに、ドル箱の大観光資源でもあり、そのバランスを取っていくのか、あるいは後世に残すことを最優先するのか、とりわけ文化財保護にあまり大きな財源を振り分けることは難しい途上国においては難しい問題だ。

     

  • ヴァンデー・バーラトの寝台車お披露目

    鉄道大臣によりヴァンデー・バーラトの寝台車の発表がなされた。

    全国各地で運行区間が追加されているヴァンデー・バーラト。インドが誇る国産の非常に快適な準高速列車だが、現時点までは全席チェアカーの昼行列車。今後夜行寝台のものも始まるのだからありがたい。

    中距離の昼行列車としても、夜行の長距離列車としても、それぞれ従前からあるシャターブディー、ラージダーニーと存在意義は被るがいずれもヴァンデー・バーラトが上位の位置付けとなる。

    シャターブディー・エクスプレス(Century Express)、ラージダーニー・エクスプレス(Capital Express)と、ニュートラルだがロマンチックな語感のある名前が好きだが、ヴァンデー・バーラトというこれとは毛色の違う翼賛的なネーミングは、いかにも右翼政権らしいなぁとも思う。国策として各地にサービスを展開して好評を得て、さらには寝台列車も導入してインド万歳の福音を届けようということだろうか。

    それはともかく、ラージダーニーは文字通り、首都と各地の州都(国のラージダーニー、州のラージダーニー)を繋ぐ列車として全国各地で展開してきた。シャターブディーと合わせて中長期的には今後ますます増便されて運行区間も広がったヴァンデー・バーラトに置き換わるのだろうか。これらとは別にヴァンデー・メトロというサービスも今後展開していく予定。メガ級の大都市と周辺の街を高速で繋ぐというもの。

    インド国鉄は、モーディー政権2期合計10年で大きく変わった。3期目の現在もその変化は休む間なく進行中だ。

    Vande Bharat Sleeper Exclusive Sneak Peek: Indian Railways Unveils New Train Better Than Rajdhani! Check Top Photos, Features (THE TIMES OF INDIA)