ただいまメンテナンス中です…

カテゴリー: life

  • 求人 ST限定

     Tribal Jobs Indiaというウェブサイトがある。留保対象となっているSTつまり指定部族対象の求人情報を集めたもので、金融、エンジニア、保険、IT、法曹、医療等、様々な分野での募集が掲載されている。 

    年齢制限についての部分で、しばしば『5 years relaxation for SC/ST』などと書かれているものがほとんどだ。こうした人々に対して留保枠そのものだけではなく、年齢上限についても緩和されるのだろう。 

    留保制度のありかたや意義についてはいろいろ議論のあるところだが、こうした留保による求人・就職について、今後機会をもうけて考えてみたい。

  • ダルバンガーのV君

    昨年のことだが、デリーの国際線ターミナルビルで、そろそろ東京行きのチェックインカウンターに並ぼうとしていたときのこと、あるインド人青年が声をかけてきた。   

    『チェックインはどうすればいいんですか?』との質問。ちょうど私と同じフライトなので、一緒に並ぶことにする。日本に来て何をするのかと問えば、『レストランでコックとして働く』とのこと。東京都内のあるインド料理屋での就業が決まっているのだそうだ。   

    現在26歳のV君は、ビハール州北部ダルバンガーの出身。これまで州都パトナーの大手ホテルのレストランの調理の仕事をしていたのだそうだ。   

    彼はこの日の朝早くにデリー到着の鉄道にて、生まれて初めてインドの首都に降り立ったとのこと。そしてもちろん、飛行機に乗るのも初めての体験で、いかにも緊張した表情である。   

    セキュリティチェックの際にスタンプを押されるため、チェックインカウンターに置かれている紙の手荷物タグを付ける必要があること、また出国カードを一枚取って記入しなくてはならないことなどを教えてあげるが、V君は英語について会話はもちろん読み書きもできない。仕方なく全て書いてあげてサインだけさせる。   

    V君には兄が3人、姉が2人で皆結婚している。まだ独身の彼は末っ子で両親から特に可愛がられて育ったらしい。『インドを出る前にオヤジに電話しなくちゃ』という彼は、あたりを見渡すがSTDブースらしきものは見当たらない。   

    私の携帯電話(インドのvodafone)を使わせる。『同じフライトで行く日本の友人が出来た。その人から電話借りてかけているんだ。東京の空港ではレストランの主人が迎えに来ている。東京までは今隣にいる日本の友人と一緒だから安心だ。心配しないでいいよ、オヤジ・・・』   

    しばらく携帯で会話していた彼が『父が話をしたいそうです』と私に携帯電話を差し出す。家族の中から初めて海外出稼ぎを送り出すのだという父親の心配そうな様子が伝わってきた。とりあえず『ええ、息子さんと同じフライトで東京まで行きます。直行便ですから乗り換えなしで東京に到着します。私が一緒ですから、どうかご心配なく』と言っておく。 

    彼自身も電話の向こうの父親も、まだ見ぬ異国日本に行くという不安な中、コトバが通じる日本人が一緒ということが心強いようだ。待合ロビーの売店で雑誌類を物色していると、彼は菓子やジュースなどを買ってきてくれた。   

    そんなわけで飛行機に搭乗するなり、V君は客室乗務員に頼んで私の横に座りたいと頼んでいる。初めての飛行機で離れているのが不安らしい。 

    出発の準備が整い、飛行機は滑走路へと進む。客室乗務員すべてが着席してエンジンが唸りを上げてフル回転し始める。機体はどんどんスピードを上げていき、やがてフワリと宙に浮かんで一気に高度を上げていく。窓際に座ったV君はその間とても無口で強張った表情をしており、まばたきもせず眼も据わっている。相当緊張しているようだ。 

    しばらくしてから出てきた機内食を食べてビールを飲むと眠くなってきた。故郷のこと、家族のこと、パトナーでの仕事のことなどいろいろ話をしてくれるV君には申し訳ないのだが、そのまま寝入ってしまう。目が覚めると成田到着まであと2時間くらい。ちょうど簡単な朝食が出てくるところであった。   

    機内で出入国カード(外国人のみ)と税関申告書が配られる。V君はまたこれがわからないのでこちらが書いて、さきほどと同じようにサインだけさせる。 

    税関申告書には所持金についての部分もあった。人のお金について尋ねるのは気が進まないが仕方ないので質問すると320だという。『320ドルか、外国に行くのには少ないね』と言うと『いや320ルピーです』と言うのでビックリ。昨夜、デリーの待合ロビーで買ってきてくれたジュースや菓子類だけでも所持金の三分の一くらい使ってしまったのではないだろうか。

    成田空港に到着。到着が少し遅れているし、誰も空港に迎えに来ていないと心配なので、今度は日本の携帯を取り出して彼の雇用主の番号にかけてみた。呼び出し音が鳴るとすぐにインド人が出た。すでに出口で待っているとのことなので、電話をV君に代わる。 

    『それじゃ、仕事がんばって』

    「デリーから一緒に来るこができて良かったです。いつかぜひ私のレストランに来てください」

    荷物が出てくるターンテーブルの前でV君と別れた。 

    あれからしばらく経つが、彼は元気で働いているだろうか。

  • 機内預け荷物が出てこない!

    フライトの機内預け荷物が出てこないのは大変困る。どうしても必要なものもあれば、欲しくて購入したものもある。そうした意味ではモノの値段では代えられない場合だってある。以前も同じ便で同様のことがあり、そのときには結局出てこなかった。再びそうなるのでは?と嫌な予感がした。 

    フライトの到着地で荷物が出てこないということはたまにある。私自身、荷物が見つからず諦めなければならなかったときを加えて、これで4回目。他の2回は翌日か翌々日には空港に届いたのだが。 

    まさか同じ航空会社の同じフライトで数年置いて2回も紛失することはなかろうとタカをくくっていたのだが、数日過ぎても10日経っても見つからないとのこと。半月過ぎるあたりでは、もはや諦めの心境であった。成田空港の当該航空会社の担当者から『デリーの空港にあなたの荷物はありません』との正式な回答を得たという話があった。 

    それでも他国の空港に間違って運ばれてしまった場合、フライトのチェックインの際に付けられた航空会社のラベルの番号等で追跡するシステムがあるとのことなので、再度そちらのほうで捜索してくれるように頼んだ。しかしその後さらに1週間が過ぎても荷物が見つかったという連絡はなかった。 

    荷物の行方がわからないなってから、そろそろ20日経とうかというあたりで、たまたまアクセスしたインドのCISF(Central Industrial Security Force)のウェブサイトに、インド各地の空港における『Lost & Found』の検索システムがあることに気が付いた。CISFとは、内務省の管轄の組織で、政府施設や空港など国の重要施設の警備に当たる治安部隊であるが、国際線・国内線を問わずインド全国の空港にて、彼らが確保した身元不明の荷物について調べることができる。 

    フライトに搭乗した日から向こう5日間ほどのデータを閲覧してみた。荷物が『迷子』になってから、当局に遺失物として登録されるまでのタイムラグがあるかもしれないからだ。すると私が飛行機に乗った翌々日の記録に『ひょっとしたら私のものかも?』と思われる記載があった。

    私が航空会社にCISFの件でコンタクトした時間帯と、その日に成田空港入りしたそのフライトのデリー出発時間と考え合わせると、航空会社に連絡してから24時間以内に荷物が発見飛行機に積み込まれたようだ。航空会社の担当の方によると、直接CISFにコンタクトするとデリーのオフィスから問い合わせるようにと言われ、その後現地のスタッフの方々が奔走してくれたようだ。 

    それにしてもチェックイン後に行方がわからなくなり、デリーの空港当局から『こちらには散在しません』と伝えられた荷物が、CISF経由で見つかるとは不可解だが、まあそういうこともあるのだろう。そのウェブサイトで遺失物を検索できることに気が付いた幸運に感謝したい。 

    機内預けの荷物が行方不明で諦めなくてはならなかった・・・ということはそう滅多にあるものではないが、インドの空港発のフライトで運悪くそうした事態に遭遇してしまった場合、念のためCISFの検索システムに当たってみるのもいいかもしれない。

  • スパイスジャーナル

    スパイスジャーナルというスパイス専門のバイリンガル季刊誌がある。A5判で30ページほどの冊子だが、現在出ているのは第3号で、次号は2011年1月下旬に発行予定であるとのことだ。価格は300円。 

    ページをめくってみると、インドでよく使われているスパイス類についての解説、料理レシピ、インドからのレポート等々が並んでいる。 

    『あれ?』と目に留まったのは、豚の角煮の写真である。Kakuni Masala (Okinawa Style)と書かれている。沖縄スタイルと書かれているとおり、ラフテーのことであるようだ。だが材料の項目では調味料として、醤油や泡盛に加えてクミン、カルダモン等々のスパイス類が挙げられている。 いつもマメに手料理を作っている私は、早速ブタのバラ肉を手に入れて調理にとりかかってみることにした。 

    レシピ通りに作ってみたKakuni Masalaは、家族にもなかなか評判。醤油が入っていること、かなり長く煮込むことなどから、スパイスの新鮮な香りはかなり失われてしまうものの、そのいっぽうで味とコクが格段に深まることがわかった。 

    ふと思い出したのが、数年前にメガーラヤ州都のシローンで食べた大きなブツ切りの豚の角煮カレー(のようなもの)だ。地元のカーシー族は豚肉をよく食するようだ。その店は、華人が経営する中華料理屋であった。モンゴロイド系のカーシー族が多い中で目立たないが、華人はけっこう在住している。その店のオリジナル料理なのかどうかはよく知らないが、なかなか美味で、豚肉を使っての中華・インドのハイブリッド料理もなかなかイケルことを知ったのはそのときだ。

    単にスパイスとインド料理の紹介に留まらず、日本の食環境の中での新たな味の提案というのはあまり見かけない気がする。次号で紹介される料理は何かな?と期待しているところである。

    購読申込みは同誌ウェブサイトから。

  • IRCTC (アップデート)

    昨年の今ごろ、インド国鉄の傘下組織であるIRCTC (Indian Railway Catering and Tourism Corporation)のウェブサイトを通じたインド国鉄のチケット予約について、そのコツ(・・・というほどでもないが)を取り上げてみたが、現在はかなり状況が変化しているため、新たに記しておくことにした。 

    インド国外で発行されたクレジットカードを使用する場合、以前はVisa、Masterともにちゃんと手続きできたのだが、残念なことに現在はアメックスのカードを除き、IRCTCの予約サイトで決済できなくなっている。 (近い将来これもまた変わるかもしれない)

    従前より、ウェブ上でインド国鉄チケットを購入できるところはといえば、前述のIRCTC以外にはインドのトーマスクックなど有名だが、やはりIRCTCと決済条件は同じで不可。目下、アメックスを除きインド国外で発行されたクレジットカードでインド国鉄の予約ができるサイトとしてオススメは、www.cleartrip.comである。 

    上記サイトにアクセスして、画面右上のregisterをクリックして会員登録を済ませた後、画面左上にいくつか並んでいるメニューからtrainsを選択して予約作業を始めることができる。 

    利用したい区間、列車の選択、クラスの選択に続き、空席照会してから予約、そして支払という具合だ。データはもちろんIRCTCのサイトと連動しているので、作業内容と手順は同じだ。 料金については、列車チケット料金に加えてIRCTCのサービスフィーがかかるところまでは同じ。加えてCleartripの手数料が20ルピーかかる。 

    日本その他の国々から、年末年始に旅行でインドを訪れる方々は多いことと思うが、渡印前に鉄道を予約される際にこの記事が役立つことがあれば幸いである。

  • 違いを越えて

     以下の動画は、デリーの地下鉄の女性専用車両に乗車している男性たちに対する取り締まりの様子だそうだ。 

    Men beaten off women’s train in India (YouTube)

    車両の中の男性たちが手荒に叩き出されている。なんとも哀れというか、みっともない有様ではある。後半の映像では、おそらく他の車両がひどく込み合っていて、ここにしか乗り込むことが出来なかったりしたのではないかと思うが、ずいぶん沢山の男性たちの姿がある。 

    しかしラッシュ時にこそ女性専用車両の価値があるため、このくらい思い切った手立てが必要なのだろう。ジェンダーの違いによって生じる著しい不都合や不利益がある場合、これを是正する手段は不可欠だと思う。 

    今やどこの国でも男女平等ということが言われているが、たとえばこの女性専用車両のように、ジェンダーによるこうした逆差別もときには必要であることは誰も否定しないだろう。 

    そんなことからふと思ったのが、何をもって平等とするかということだ。雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(通称:男女雇用均等法)が1999年に大幅改正された。これによって従前は努力規定であったものが禁止規定となった。 

    あれから10年以上経つが、求人の際に性別は当然書かれていなくても、業務内容の関係上から実際に採用されるのはほとんど男性ばかり、あるいは女性ばかりというケースはよく耳にするし、待遇や昇進について事実上差があるというケースは少なくないようだ。もちろんそれも職場によりけりではあるが。 

    しかし総体的には、これにより女性の社会参画が促進されたとされるし、反対にそれまで女性の職場とされていた分野への男性の参加も増えたことも間違いないようだ。法の下に働く人々の間のジェンダーの違いによる格差が、少なくとも建前上は否定されたことの意味は大きい。 

    だが人は社会人であるとともに家庭人でもあり、その中での役割の違いというものもある。何も女性が家事の大半を担うべきであるなどと言うわけではない。子供に対して父親だからこそできること、母親でこそ可能なことなどいろいろある。また子供たちから見て父親にしてもらいたいこと、母親に期待することなどもいろいろ違うこともある。私たちの幼い頃を思い起こせば胸に浮かぶことはいろいろあるだろう。 

    そのあたりも考え合わせると、1日24時間という限られた枠の中で、世の中の男女が同じ働き方をすると、しわ寄せが行くのは結局のところ家庭ということになってしまわないだろうか。そもそも結婚することさえ難しくなってしまうことはないのだろうか。 

    不況が続き、雇用や収入に不安があるとはいえ、今のところ日本は平和で衣食住事足りた社会である。それにもかかわらず少子化に歯止めがかからないということは、生物学的には非常に矛盾した状況だろう。 

    そんな中で、私たちから見て二世代くらい前の『人々の暮らし』から学ぶことも少なくないのではないかと思う。社会のありかたや仕事のやりかた等は時代とともに移ろうが、昔の人たちのやりかたが間違っていたわけではなく、今とは違った豊かさや温かみがあったはずだ。文化や伝統と同じく、世代を超えて受け継いでいくべき先人たちの『ワークライフバランス』の豊かな知恵があるのではないだろうか。 

    ジェンダーの違いを越えた本当の『平等』や『均等』とは、必ずしも今の私たちがそうであると受け止めているものとは少し違うものがあるような気がしてならない。

  • 在日ムスリムの人々の墓地問題に思うこと

     日本で暮らすムスリムの人々の間の墓地不足が深刻であることから、栃木県足利市にて新たに用地を取得しようとの試みが難航している。その原因は埋葬方法が土葬であることにある。下記リンク先記事にあるとおり、日本に暮らす彼らの人口は、外国籍の人々が約10万人、日本人が約1万人と推定されるとのこと。 

    日本のイスラム教徒永眠の地は土葬の墓、住民ら反発 (asahi.com)

    『日本人が1万人』の部分ついては、外国人ムスリムの方と結婚した日本人でその多くは女性、その結婚相手で日本国籍を取得した南アジア諸国をはじめとする外国出身の人々で多くは男性、そして夫婦の間に生まれた子供たちといったところがかなりの部分を占めるものと思われる。 

    今日取り上げてみたasahi.comの記事によると、日本国内でイスラーム教徒向けの霊園は山梨県甲州市と北海道余市町の2か所だけであるとのことだ。アメリカによるアフガニスタン攻撃の際に同国の難民支援のための募金その他の運動を活発に行なった『大塚モスク』で知られる日本イスラム文化センターが墓地問題の解決に乗り出したところ、地元住民たちからの反発により、行政からの許可が下りずに足踏み状態が続いているということのようだ。 

    土葬に対する反発は、習慣上の相違と公衆衛生上での懸念によるもののようだが、日本で火葬が普及したのは近世以降のことであったようだ。それでも神道的な価値観からの反発もあったようで、火葬に対する禁止令が出された時期がある。 

    以降、火葬の技術が進歩したこと、人口の拡大と都市化の進展に伴い、衛生にかかわる問題はもとより埋葬地の取得も困難となることから、近代化とともに急速に火葬が一般化していくこととなった。 

    現在でも墓地埋葬法によって土葬が禁じられているわけではなく、各自治体の判断と墓地管理者の裁量に任されているのだが、ほぼ日本全国で火葬が一般的であるのはご存知のとおり。 

    イスラーム教徒やユダヤ教徒と同様に、キリスト教徒の間でも教義上の見地から土葬が行われてきたものの、国や地域にもよるが、日本同様に衛生面、用地取得、加えてコストの面から火葬を合理的な手段であると選択する人は決して少なくないようだ。保守的な価値観にはそぐわないものがあることは否めない。 

    在日ムスリム人口がどのように推移について詳細なデータは持ち合わせていないが、かつて存在がゼロに等しかった彼らが近年急増していることは街中の様子を眺めるだけで実感できる。この世に生きている人々すべてが、やがて人生の終末を迎えることから、墓地の問題は是が非でも解決していかなくてはならない問題であることは誰も否定できないだろう。 

    だが現地の反発にも理解できる部分がある。地元に縁もゆかりもない人たち、イスラームという、土地の人々にとってよくわからない信仰を持つ人たちの埋葬地を自分たちのところで引き受けるということを不条理だと感じる気持ちはごく自然なものであるともいえる。 

    『他者への寛容』を唱えるのは易しいが、何処からともなくやってきたよく知らない相手に『どうかご理解・ご協力を』と求められたところで『ああそうですか』と受け入れるのは残念ながらそう簡単なことではないのだ。 

    人の死に関する問題は墓地だけではない。過日、私の身近なところで、やがては自国に戻るはずであった西アジアのある国出身の若い男性が突然亡くなってしまった。人の死は老いてから訪れるものとは限らない。当然、彼の祖国の家族は遺体を故郷まで空輸することを希望した。それが可能な経済力のある人たちであったがゆえに遺体の運搬について特段問題はなかったのだが、もしそうした財力のない人であったとしたら、関係者たちにはどのような対応ができただろうか? 

    これまで日本では馴染みがあまりに薄かったムスリム人口が一時滞在、定住ないしは永住を問わず増加していくにあたり、今後様々な摩擦が生じてくることは予想に難くない。現在報じられているこの問題は、まさに今後の日本社会に求められる在日ムスリムの人々をめぐる課題のはじまりであると思われる。

  • ニュース、報道、メディア・・・

     活字中毒・・・というわけでもないが、いつも手元に何かしら読み物がないと落ち着かない。小説でもノンフィクションでもいいのだが。加えて日々の出来事に目を通さないと何だかスッキリしない。日常の暮らしの中でも旅行先でも目覚めてから一番にすることといえば、新聞を広げながら朝食を取ること。 

    朝起きてすぐに手に入らなければ、近くのマーケットに散歩がてら出かけて新聞売りを見つける。あるいは早い時間帯から鉄道、バスその他で移動する際には、駅やバススタンドで、まず最初に買うのはスナック類ではなく新聞だ。                                                                                                          

    全国規模のメディアで広大なインドの政治、社会、経済等の様々なニュースを目にするとともに、ローカルな新聞も押さえておきたい。広域紙には出ない地元の出来事がいろいろ掲載されているので、数日間読み続けると今そこで話題になっているらしいことについておおよそ検討がつくようになってくる。 

    往々にして退屈な記事が多いことも事実だが、例えばモンスーン期に激しい雨が降り続いているときにヒマーラヤ地方を旅行する際、あるいは付近で洪水その他の天変地異が起きている場合など、参考になることはとても多い。 

    また政治関係も同様だ。アッサム等の北東州を訪れた際には、ULFA (United Liberation Front of Asom)やNNC(Naga National Council)をはじめとする各地の分離活動を行う組織にかかわる記事をいろいろ目にすることができて興味深いものがあった。北東州関係については、コールカーターあたりであっても、地理的に北東州に近いこともあり、そのあたりに関するニュースはその他の地域よりも格段に豊富だ。 

    南インド、とりわけタミルナードゥやケーララあたりでは、新聞をはじめとするヒンディーによる印刷物はほとんど見当たらないものの、都市圏以外でも英字紙が豊富なのはありがたい。だいぶ前のことになるが、2005年12月のスマトラ沖地震による津波災害の際にちょうど南インドの沿岸部にいたため、いろいろ参考になった。 

    各地でメディアの活動が盛んであることは言うまでもないが、報道の自由度が高く周辺各国とは大きな開きがある。人々の『知る権利』が尊重されているからこそ『読むに値する新聞』が豊富であることはありがたい。 

    もちろん新聞といっても様々なので、報道の質についてはいろいろあり、それは報じる側、読み手側の双方のスタンス、加えてこう言っては大変失礼かと思うが、それらの質の問題もあることは否定できないのだが。もちろんそれこれは読み手自身がメディアを選択すればいい。 

    報道の自由は必ずしも手放しで称賛できるものとは限らず、報道機関とて大きな資本によるいわば『営利事業』であるがゆえに、ニュースの『売り手』の事情が紙面に現れることがあってもおかしくない。また近年の民間放送局による視聴率を意識してのセンセーショナルな報道(興味本位の犯罪特集番組、ヤラセや捏造ニュース)や視聴者からの携帯電話のSMSによる人気投票的なマーケティング手法等、ちょっと良識を疑いたくなる面も否定できない。 

    これを玉石混淆とまで言うつもりはないが、そうした様々なソースから流れるニュースを人々が個々の意志と良識で取捨選択できる状況は健全であると私は思う。 

    ともかく新聞をはじめとするメディアにより、人々は国、地域や社会の動きを知り、自身の頭でそれを理解する。私たち外国人も同様にそれにあずかることができる。これはとても大切なことだ。ミャンマーや中国のようにメディアやネット環境にも大きな制約のある国々と比べるのは極端に過ぎるかもしれないが、インドという世界最大の民主主義システムの根幹にあるのは、活発で自由度がとても高い報道の存在であるといって間違いないだろう。 

    政府により、報道に関する制約が厳格な国々以外に、現地のアンダーワールドな部分からの圧力により、メディア自身が事前に『自己検閲』をしてしまう国もある。たとえばメキシコのように政府と拮抗する勢力である麻薬カルテルによる報復への恐れから、これらの組織に関する分野は報じられないようになっているようだ。既存のメディアでは伝えられない『空白地帯』を一人の匿名の大学生(・・・ということになっている)によるBLOG DEL NARCOというブログが情報を流しているという状況は決して肯定できるものではないだろう。 

    ブログ運営者のもとに、多数の発信者たちから連日大量の情報が写真や動画とともに届けられ、これらを編集したり裏を取ったりすることなく、そのまま掲載しているとのことだ。血なまぐさい内容が大半で、凄惨な画像も含まれている。 

    すべてスペイン語で書かれているが、ブラウザにGoogleツールバーがインストールしてあれば、日本語に自動翻訳したものを読むことができる。いささかぎこちない和文となるものの、おおよその内容を掴むことはできるだろう。 

    もちろんインドを含めた各国のメディアにおいても、報道する側の身の安全という点から世の中に伝えることが難しい事柄は存在するであろうことは否定できないし、もちろん日本もその例外ではないのだが、こうした出所のよくわからないソースによる情報を日々綴ったブログが、本来それらを伝えるべき報道機関に取って代わってしまうという状況はとても危うい。 

    話はインドに戻る。

    報道の本質にかかわる事柄ではないのだが、インドの外にある国々からしてみると、現地の各メディアによる各分野における英語によるニュース配信を大量に入手できることについても大きなメリットがある。とりわけインターネットが普及してからは、その感がさらに強まっている。 

    全国ニュースからかなりローカルなものまで、各地のメディアによる立ち位置の異なるソースから手に入れることができるという点で、とりわけ非英語圏の国々に比べて非常に『オープンソースな国』という印象を与えることだろう。 

    世にいう『グローバル化』とともにインターネットによる情報通信の普及と進化の過程の中で、これまで以上に英語が突出した存在感を示すようになっていることから『英語支配』の趨勢に対して主に非英語圏から危惧する声が上がっているが、インド自身はその英語による豊富な情報発信量から得ているメリットについては計り知れないものがあると思われる。 

    もちろん英語による情報のみでインドという国を理解できるとは思えないし、カバーされる範囲にも限界がある。それでも英語という広く普遍性を持つ言語によるソースが非常に豊富であるという点から、私たち外国人にとっても非常に利するものは大きいといえるだろう。報道の自由度の高さと合わせて、インドのメディアは自国内のみならず国外に対しても、非常に公益性が高いとも言えるのではないだろうか。

  • バングラデシュ祭 2010

    10月9日(土)と10日(日)に東京都北区の飛鳥山公園でバングラデシュ祭2010が開かれる。 

    上記リンク先の同祭のウェブサイトにあるとおり、飛鳥山という土地自体がベンガル地方出身の詩聖タゴールと縁のあるところであるそうだ。 

    在日の他の南アジアの人たちと比較しても、特に日本での定住率が特に高いように思われる。バブルの時期に大挙してやってきてそのまま居ついた人もあれば、留学生としてやってきて、学位取得後に日本国内で就職した人も多い。 

    後者については、とりわけ理系の割合が高く高学歴志向だ。日本の大学で修士号以上を取った人たちも沢山おり、日本のIT系の会社で彼らの姿は珍しくない。また日本での生活が軌道に乗ると、故郷で家族が決めた相手と結婚して日本に呼び寄せるというパターンが典型のようで、日本人との結婚が多い前者と対照的だ。 

    どちらも日本での定住・永住志向が強く、すでに日本国籍を取得した人も珍しくない。そんなわけで、今後みなさんも『ベンガル系日本人』と出会う機会もあるかと思うし、やがてはそういう両親の間に生まれた日本が故郷のベンガル人と知り合うこともあるかもしれない。 

    日本・ベンガル間の人々の縁は今後ますます深まっていきそうな気がする。

  • ドキュメント・スキャナー

    ドキュメント・スキャナー

    衣類を頻繁に購入しているつもりはないのだが、ふと気が付くと収納が一杯になってしまっている。

    その結果、普段よく着るものはすぐ手の届く手前に、そうでないものは次第に収納スペースの後方や下方へと、意識しないうちに押しやられてしまうことになる。するとその存在さえ忘れて新たに似たようなものを買ってきてしまっているのだと思う。 

    たまに『あのズボンはどこに行ったのだ?』とすべてをひっくり返して探し物をすると、『あぁ、こんなのがあったなあ』『この上着は昨年買ってから着ていない』などといったモノがいくつも出てくる。 

    これはいけないと思い、ちょっと勿体ない気はするのだが、昨年1年間着用しなかったものを思い切ってドカッと捨ててしまうことにした。数年前も同じことをやっている。『本当に要らないのか?』と後ろ髪引かれるものはあるが、こういう場合はあまり深く考えないほうがいいようだ。不思議なもので『捨てるべきではなかった』と後で悔やんだ記憶はないからである。 

    衣類もそうだが、書籍や雑誌類もまたいつの間にか溜まってしまう。書棚やマガジンラックに入りきらなくなって床に上に積むようになったら、それこそ加速がついて山となってしまう感がある。衣類と違い、目に見えるスペースを蔦が伸びるような速度で覆ってしまおうとする分、こちらのほうがよりタチが悪い気がする。 

    雑誌等はちょっと気になる記事があったら『いつかスクラップしておこう』と思いつつも、そのまま床の上に積んでしまう。やがてどんなことが書かれた記事があったのか、それはどの雑誌に入っていたのか、といったことさえ忘れてしまう。 

    こちらについてもいろいろ考えずにガサッと処分してしまえば、後から思い出して『保存しておけばよかった』などということもないのかもしれない。 

    だがいくらでも似たようなモノが手に入る衣類と違い、それが書かれた時点でしかあり得ない記事というものはある。同じ印刷物でも雑誌以外の書籍類となると、再び読み返すことはないように思っても、なかなか捨ててしまう踏ん切りがつかない。何かで再び読んでみたくなるとか、参照したくなるかもしれないというという気がしてならない。 

    それでも今後も印刷物は次々に私の部屋にやってくる。それらを収めることのできるスペースは限られているため、何がしかの新陳代謝の方策が必要であることは明白だ。 

    そのためドキュメント・スキャナーである。いろんなメーカーから様々な機種が出ており、さんざん迷った挙句にFUJITSUのScan Snap S1500を購入した。2009年の2月に発売されたモデルで、こうした類の製品としては割と長く販売されていることになる。幅広いユーザーに支持されている一番の売れ筋なので、完成度が高く使い勝手も良いことを期待した。 

    このスキャナーで読み取りできる最大サイズはA4。付属のキャリアシートを使えばA3まで対応可能ということになっているが、大量のページを一気にスキャンするという用途においては、実用となるのは前者まで。スキャン速度はカラーまたはモノクロの600 dpiにて1分あたり両面・片面20枚。まずまずのスピードである。 

    これを使って、手始めに溜まっていた雑誌類を次々にPDF化してみた。続いて文庫本、新書、ペーパーバックや単行本等の背中を片端から裁断して、こちらもどんどん電子化していく。書籍を切断してしまうとページがバラバラになり捨てるしかなくなってしまう。もはや古本としてどこかの店に持っていくことはできないし、人に譲ることもできなくなってしまう。 

    書籍を破壊してしまうことについては、正直なところ気が進まない。本そのものに対して申し訳ない気がするのだ。それでも前述のとおり自宅のスペースに限りがあり処分しなくてはならず、その一方で本の内容自体は手元に保存したいとなると、今のところこの方法しかない。 

    もちろん未読の書籍はそうした『電子化』の対象ではないし、すでに読んでしまっていたも、友人等からいただいた本、内容からしてそのままで取っておきたいものなどは、元々の書籍のままで書棚に置いておくので、自宅の本のすべてをそうやって処理してしまうつもりはない。 

    ところで、肝心の保存先であるパソコンが壊れてしまうと、それまでにPDF化した印刷物全てを失うことになってしまう。今後、さらにスキャンして電子化を進めていくので、なるべく頻繁にバックアップを取ることを忘れないようにしなくてはならない。 

    こうしているうちにキンドルかiPadのような電子書籍リーダーも欲しくなってくるだろう。ただ少々気がかりなのは、PDFというフォーマットが将来長くに渡って利用可能なものであるのかどうかということである。つまりPDFと互換性を持たない新たな電子文書の形式がこれに取って代わってしまい、せっせと『電子化』したものがすべて次代遅れのものとなることがないといいのだが。 

    いや、それよりも前にスキャンして保存した時点で、それらの存在さえも忘れてしまうような気がする。今後、PDF保存した印刷物の量がどんどん増えてくると、きちんと分類しなくては、何がどこにあるのか見当もつかなくなってしまうということのほうが差し迫った心配ごとかもしれない。

  • アレもコレも中国製

    アレもコレも中国製

    デリー市内のおもちゃ屋の店先のショーケースに並ぶミニカー。小学校3年生の息子がジーッと見入っている。

    『アレが欲しい』 

    指差したのはオートリクシャーのプラスチックのミニチュア。

    「同じものをいくつも持ってるじゃないか」と言えば、『色合いも造りも違うんだよ』などと判ったような口を利く。

     

    そんな具合なので息子の部屋のガラクタ箱の中には、アンバサダーやスモウといった乗用車、はてまたターターのトラックなどのプラスチックで出来た安物ミニカーの様々なバージョンがいくつもゴロゴロしている。

    こうした玩具のクルマの多くを製造しているのはCentury Toysという会社だが、今日のオートリクシャーを手に取ってみると、車体の底にMADE IN CHINAの文字を見つけた。

     90年代初頭までの何でもかんでもインド製だった時代と違い、今では様々な分野に外資が進出しているし、それと並行してマーケットに並ぶ品物にも輸入製品が洪水のごとく押し寄せるようになっている今のインドだ。

    日用雑貨類でも中国製品の進出は著しく、今の日本のように『China Free』で生活することは無理とまでは言わなくとも、特に廉価な商品の中に中国からの輸入品が占める割合はとても高くなっている。もちろん玩具類などはその典型だが、いかにもインド的なおもちゃ類の中にも中国製品が混ざっているとは今まで気が付かなかった。

    中国の工場労働者たちは、作業現場で作る『見たこともない二色ボディーのオート三輪』がインドで売られるものであるとは知らないだろうが、よくよく考えてみればバーザールで販売されている安価な神像の類の中に中国製品が占める割合がかなり高くなっている昨今なので、こんなことは驚くに値しないのだろう。

    インド自身も安くて豊富な労働力に恵まれた国であるにもかかわらず、そこに堂々と割って入る中国の工業力には脱帽するしかない。

  • 憎悪の連鎖

    世界を震撼させたアメリカの同時多発テロから9年になる。不幸にも被害に遭われた方々やその遺族の方々は言うまでもなく、『9/11』がその他の私たちに与えたインパクトは大きかった。まさにあの時を境に『世界は変わった』と言えるだろう。 

    被害者といえば、また事件直後のアメリカでは、外見から中東あるいは南アジア系と見られる人々に対する襲撃事件が相次ぎ命を落とした例も少なくないし、事件後アメリカが取り巻きの国々とともに直ちに取った『テロとの闘い』の名の元に展開させた報復行動により、この世から葬り去られたアフガニスタンとイラクというふたつの国(の政権)とそれと命運を共にした当時の体制側の人々やその巻き添えになった無辜の一般市民たちも同様だ。 

    サッダーム・フセイン政権が崩壊直後、それまで厳しく社会を律してきた治安機構そのものが不在となったイラクでは、それまでこの国で長らく弾圧の対象となっていた思想や信条を抱く集団が大挙して周辺国・地域から流入して、強力なリーダーシップで国を率いてきた独裁者のいなくなった『新天地』に地歩を固めることとなり、イラクの社会に混乱と暴力を、人々に怖れと生命への不安をもたらすこととなった。 

    アメリカは『イラクに民主主義をもたらした』と言う。確かに野心と才覚を持ち合わせた個人が策略を弄して上へ上へとのし上がることのできる自由は与えられたかもしれない。だがそれよりもずっと沢山の人々が、上昇しようにも見えない天井があるものの、彼らの社会に課せられた規範を踏み外さない限りは、生命や財産の心配をすることなく日々安心して暮らしていくことのできる社会とどちらが大切だろうか。 

    ご存知のとおり、イラクは確認されている原油埋蔵量は、サウジアラビアに次ぐ世界第2位の1,120億バレル。しかも埋蔵量の9割は未開発であるとされ、本来ならば非常に豊かな国である。人口およそ3,000万人のイラクでは豊富な石油関係の収入を背景に、1990年8月2日に起きたイラクのクウェート侵攻に端を発した湾岸危機とこれに続く国連による経済制裁や湾岸戦争以前には、それなりに豊かで安定した市民生活が営まれていた。市民や外国人が過激派に誘拐されて殺害されるようなことなど想像もつかない、極めて良好な治安が保たれてもいた。 

    『9/11』やその後の一連の動きの中で被害に遭った人々たちの住む地域や社会的な背景は様々であり、思想や信条による色分けはない。たまたま犯人たちが特定の宗教を信仰することになっている人々であった。だがその事件とこれに対する報復劇の最中には、関連地域に生活するキリスト教徒であれ、イスラーム教徒であれ、あるいはユダヤ教徒も大きな被害を受けてきた。事件そのものが政治化されたがゆえの未曾有の『災害』だ。 

    この災害はイラクに先立ち、1978年以来続いてきた内戦の復興からほど遠いアフガニスタンをも呑み込んでしまった。こうした『政治的災害』は、今なおそのエネルギーは衰えることなく、地殻のすぐ下で不気味な響きを立てているその奔流は今後どこへと向かうことになるのか。 

    こうした災害をもたらした『政治屋』たちの謀略をよそに、アメリカで『未知なる人々への憎悪』という市民の間からも火の手が上がりつつあることについては、これまでとはまた違った注意が必要なのではないかと思う。 

    あるキリスト教系の団体が、今年の9月11日をイスラーム教の聖典であるクラーンを集めて、これらの焚書を実行すると宣言している。 

    9月11日にコーラン焼却集会を計画 フロリダの教会 (CNN.co.jp)

    彼らは嫌イスラームの姿勢で広く知られており、同教団のウェブサイトでは、反イスラームのメッセージを伝えるTシャツや書籍の販売も行なっている。 同サイトには、この教団による『クラーンを燃やす10の理由』『クラーンを燃やすあと5つの理由』といった主張も書かれている。 

    他者に対するこれほどの過激な姿勢については、まさに『カルト』と表現するほかなく、彼らの主張がアメリカや他国の大衆や世論をどれほど感化するのかといえば、その影響力はごくわずかなものであると信じたい。それでもイスラーム社会全体を敵とみなすこうした団体の存在は大変センセーショナルであることから、メディアによる取材・報道の格好の材料となる。ゆえに国内外に与える社会的なインパクトは大きい。 

    彼らの行動は、イスラーム原理主義過激派により反米感情を煽る格好の材料として使われる。イスラーム社会に暮らす大衆の間で『反米・反キリスト教』感情をかきたて、彼らの側でも『未知なる人々への憎悪』の炎を燃え上がらせることになる。今後もアメリカ政府機関や多くの罪なきアメリカ国籍の一般人たちがテロや誘拐といった暴力行為の標的となる理由づけに利用されることは想像に難くない。多くは直接出会ったこともないし、声を交わしたこともない未だ見ぬ人々同士の間での憎悪の連鎖を断ち切るにはどうすればよいのだろうか。 

    交通や通信手段の発達により、世界は狭くなったとはよく言われることだが、地域・信条・思想を越えての人々の距離はそう簡単には狭まることないようだ。むしろコミュニケーション手段の進化とともに、疑いや憎悪といったネガテイヴな感情がいとも簡単に国境を越えて人々の間でこれまでにない速度で伝わることが可能となっていることについて、大きな不安を抱かずにはいられない。