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カテゴリー: environment

  • 原発は不可欠?

    電力供給の3割を原子力発電に依存している日本だが、同時にその輸出は国家戦略のひとつとしても位置付けられている。とりわけ今後は途上国において原子力発電の需要の伸びが大きく期待できるからである。

    このたびの福島第一原子力発電所の事故は、各国で原発建設推進についての見直しの動きを生むこととなり、同時に地震大国において高い技術水準を背景に『震災に強い原発』を運転しているというイメージが崩れてしまった。

    当面は現在進行中の事故に対する対応が最も大切なことであるが、今回の事故は同原発の1号機から5号機まで、営業運転開始日は異なるものの、どれも40年前後と旧い設計のプラントであったとはいえ、中・長期的にも日本の原発事業の海外への展開という面においても不利に作用するのは避けがたいようだ。

    ところでインドにおける電力供給源としては、原子力発電は火力、水力に次ぐ第3位にある。マハーラーシュトラ州のターラープル原発のように、1969年という早い時期に操業開始したものもあるが、総体で見ると原子力への依存度はわずか3%と日本のそれに比べてかなり低いのが現状だ。

    しかしながらインド政府としては、2050年までに総発電量の4分の1を原子力によるものとすることを目標にしており、今もいくつかの原発の建設が急ピッチで進むとともに、新たな発電所の計画も多い。

    そうした中で地震による津波により発生した福島第一原子力発電所の事故について、AERB (The Indian Atomic Energy Regulatory Board) は、当初これが明るみに出た直後には『我が国で同様の事故が発生することはありえない。どんな最悪の災害にも充分耐えることができるようになっている』といった声明を出した。これに対して各メディアからは多くの懐疑的な意見が出ていたが、当のAERBもすぐにインド国内すべての原発の安全性に関する調査に乗り出している。

    AERB to reassess safety measures at Indian N-plants (THE HINDU)

    今回、深刻な規模の原発事故を起こした日本だが、このたびの原発事故により東京電力管轄地域では恒常的な電力不足に見舞われることが明らかとなった。その解決には近い将来新たな原発を設置するしかないということになるのだろう。今は原発そのものに対する不安感と警戒の色を隠せない世界各国も、これまた遠くないうちに原子力発電へと回帰せざるを得ないだろう。またインドを含めた途上国のいくつかは、現時点において原発推進の姿勢に変化はないという強気な態度を明白にしている。

    事故を起こすことさえなければ、火力発電に比べて環境に負荷が少ないこと、また相場の変動が激しく供給に不安定感のある石油に比べて、ウランは安定的に取引されていること、水力発電のようにダム建設を含めた広大な用地取得の手間がなく、発電の効率が優れていることなどが主な理由となる。

    とりわけ重要なのは、経済発展に伴い逼迫している電力需要だろう。たとえ現状ではなんとか事足りていても、年々高率で成長を続けている新興国の場合、5年後、10年後には事情が大きく異なってくる。

    India Todayのウェブサイトでも、福島第一原子力発電所の事故に関するニュースは連日トップで扱われていることは、自国の原子力政策に対する不安の裏返しかもしれない。

    Radiation inside Japan’s Fukushima Daiichi nuclear plant rises sharply, workers evacuated (INDIA TODAY)

    だが結局のところ、脱原発という動きにはならないだろうし、すでに原子力発電を行なっている国々、今後導入しようとしている国々の大半もそうだろう。これまでの安全基準の見直しと、より周到な危機管理の実施云々といったところで、これまで敷かれた規定の路線をそのまま進んでいくことになるはずだ。

    今から半月ほど前に福島第一原子力発電所を襲ったのは『想定外の規模の津波』であったが、国によってはそれ以外のリスクもあることは忘れてはならない。もちろん人為的なミスにより原発事故が起きたケースもこれまであったが、テロあるいは外国からの攻撃という可能性を想像するだけで恐ろしい。

    果たして私たちは、そうしたリスクも背負い込んだうえで『原発は不可欠である』とする覚悟は出来ているのだろうか?覚悟せずとも、原発なしには喫緊ないしは近未来の電力不足に対応できず、結局それを受け入れざるを得ないという現実があるのが悩ましい。

  • 地震・津波そして原発 2

    地震・津波そして原発 2

     現在、東日本の多くの地域が輪番による計画停電の対象となっている。買い占め等により、生活物資やガソリン等の供給に支障が生じている。沖縄県の友人によると、彼が住んでいる石垣島でもスーパーマーケットの棚からインスタントラーメンが姿を消したとのことだ。 

    被災地に立地していた工場からの供給や交通の途絶という部分もあるが、多くは一時的に需要が極端に膨張したことに対して供給が追いつかないことによるものであることから、時間とともに解消していくはずだ。 

    電力不足のため、鉄道も便数を減らして運行している。商店も夕方早く店じまいするところが多くなっており、企業その他も普段よりもかなり早い時間に職員を帰宅させるようになっている。 

    このたびの震災により、身内の安否を心配したり、家にいる時間が長くなったりしたことにより、家族との絆、自分にとって一番大切なものは何であるかに気付かされたという人は少なくないことと思われる。 

    今回の災害に関する一連の報道において『未曾有』『想定外』という表現が頻出しているが、そもそも気象その他に観測史というものは決して長くないし、数十年という短いスパンの生涯を送る人間と違い、地球のそれは比較にならないほど長い。そのため自然界で起きる事象について、私たち人間が知らないことはあまりにも多い。ゆえに『想像を絶する』現象は今後もしばしば起きるはずだ。 

    普段は『あって当たり前』であった電力の供給が不足することにより、被災地でなくとも交通や物流等で大きな混乱を生じることとなっている。被災地の外であっても、東日本地域で暮らしていれば、ここしばらくは今回の地震による影響を忘れることは片時もないだろう。 

    今回の地震にから教訓を得て、新たな天変地異に備える心構えは大切だし、災害により強い街づくりも必要だが、これを機に私たちの暮らしのありかたを見直す必要もあるのではないかと思っている。生活や仕事のインフラがいかに脆弱なものであるかということが明らかになるとともに、これまで『地震に強い』『絶対に安全である』とされてきたものへの信頼感は完全に崩壊してしまった。 

    同時に日本という国への信用という点でも大きく傷ついたことは否定できない。良好な治安状況は変わらないにしても、地震という固有のカントリーリスクが今後さらに重く意識されることになる。 

    ただでさえ危機的状況にある国の財政事情だが、これからは甚大な被害を出した地域への復興支援という重圧がのしかかる。これを機に衰退してしまうということはないにしても、将来へ明るい展望を抱くことができるようになるには、当分時間がかかりそうだ。 

    だがここが私たちの国である。不幸にも被災された方々に手を差し伸べることができなくとも、何か自分のできることを行ないたいし、同様に日本人である自分たちが日々取り組んでいる仕事が、間接的ではあるものの何がしかの形でこの国の復興に貢献していると信じて一日、一日を大切に過ごしていきたいものだ。 

    <完>

    ※サートパダー2は後日掲載します。

  • 地震・津波そして原発 1

    地震・津波そして原発 1

    このたびの地震による災害により亡くなられた方々にお悔やみ申し上げるとともに、被害に遭われた方々の一日も早い回復と被災地の復興を切に願いたい。 

    未曾有の災害を引き起こした巨大地震、震源地は東北地方の沖合であったことから、言うまでもなく地震そのものによる建物の倒壊等の被害はさほどでもなかったようだが、その後この地域の太平洋沿岸を襲った大津波が主たる原因である。もちろんそれを引き起こしたのが、複数の震源地が連動する形で起きた巨大地震だ。 

    地震発生当初は、電話等の通信手段の途絶、交通の遮断等により、被災地の様子がよくわからなかったものの、やがて現地から刻々と伝えられる情報から、地震大国日本であってもこれまで経験したことのない規模の災害であることがわかってくるまで時間はかからなかった。 

    被災前の福島第一原子力発電所

    そのあたりまでは被災地の状況、被害者の現況等々に集中的にスポットが当たっていたのだが、まもなく福島県の原子力発電所が危機的状況であることが明らかになるにつれ、こちらに軸足を移した報道が多くなってきた。 

    やや押さえたトーンで伝えていた日本国内のメディアと違い、とりわけ日本国外のメディアの中でとりわけ影響力の大きなものが率直な意見を述べると、原発事故関係の報道は一気に加熱した。 

    日本語による報道でも『東日本大震災』であったり『東北・関東大震災」であったりと一定していないが、海外への伝わり方は報道や単なる伝聞を含めてさらに混乱している模様。メディアといっても、その質や信頼性は様々であるため、流言蜚語の類も少なからず見られた。インターネットの掲示板等による伝聞ともなるとなおさらのことだ。とりわけ地震発生直後、そして原発の異常が伝えられた直後には、ずいぶん飛躍した噂の類が広く流布したケースもあったようだ。 

    そんなわけで、ある国々では日本の東北地方太平洋沿岸で起きた地震と津波の災害について『東京に大津波来襲、市街地大半壊滅状態』とか、原子力発電所の建屋の中で水素爆発が起きたことについて、日本国外では『自衛隊基地に格納されていた水素爆弾の破裂により大惨事』といった、事実と異なる認識をした人も少なくないことに気がついた。その後、様々なソースから現状が伝えられることにより、そうした明らかに誤りである伝聞を信じている人はほとんどいなくなっているはずだが。 

    確かに地震の規模や津波被害、そして大地震が連鎖するかのように長野県、静岡県で異なる震源による大きな揺れを記録するなど不穏な状況にあるが、それよりもかなり高いレベルの放射能漏出と、立て続けにあまりにも多くの不安材料が表出したことが重く受け止められているようだ。これに対する各国の対応、在日外国人たちの反応も素早かった。

    在京のドイツ大使館が機能の大半を大阪・神戸の領事館に一時的に移転させたように、西日本の都市に大使館業務を『疎開』させた国はすでにいくつもある。また在日の自国民に退去勧告を出したり、帰国のためのチャーター便を用意したりした国も多い。アラブ首長国連邦、サウジアラビア、タイ等から政府派遣留学生として日本に来ている学生たちにも早々に帰国指示が出て、多くはすでに自国に戻っている。 

    外資系企業では、社員を国外や西日本方面に退避させたり、自宅勤務させたりしているところもかなり出てきている。また日本に出稼ぎに来ている外国人たちについても、相当数が急いで出国したり、今後速やかに帰国することを予定したりしているようだ。そうした人々の多くは、チケット代金に糸目を付けず、席が確保できるならば何でもと買い求めるケースも少なくないと伝えられることから、彼らの緊張感がうかがわれる。 

    もちろん放射能漏れに対する認識や考え方による相違はある。だが一昨年の新型インフルエンザ流行初期における日本国内の激しい動揺ぶりを思い起こせば、もし同様の事故が他国で起きたとすれば、日本政府はその土地に在留する邦人たちに対する『速やかな国外退去』へと動くことは間違いない。ただ今回はその事故が日本国内で起きた。それがゆえに逃げようにも行く先がないため、抑制した反応をするしかないというのが正直なところだろう。 

    これまで『安全である』とされてきた日本。国土や周辺地域に多数の活断層を抱える地震の巣のような面があるため、ときおり大きな地震が発生して局地的に相当規模の被害を出すことは珍しくなかった。それでも今回のように外国人住民たちが大挙して国外へ脱出するような『危険な状態』と認識されるようなことが起きるなどとは、想像しがたいものであった。

    現在、様々な国々で日本から輸出される食品について、放射能汚染の検査が実施されるようになっている。

    Radiation checks stepped up on Japanese food imports (asahi.com) 

    同様に日本から到着する旅客についても同様にチェックがなされるようになっているところが多い。そうした中でやはり検出される放射線レベルが高い乗客が見つかっている。 

    Radiation trace found on Japan air passengers to S.Korea (REUTERS) 

    Tokyo passengers trigger off radiation detectors at Chicago airport (YAHOO ! NEWS)

    今のところ公衆衛生に支障を来たすような数値が検出された乗客の存在は認められていないものの、そうしたケースが生じた場合にどういう対応がなされるのかはよくわからない。 

    インドでもすでにデリーならびにチェンナイの国際空港にて、日本からの乗客や荷物に対する放射線のモニターが開始されている。 

    Radiation counter opens at airport but yet to hear a bleep (THE TIMES OF INDIA) 

    そうした中、ムンバイーの国際空港はこれに関する対応が遅れていることを憂慮する記事もあった。

    Is city exposed to radiation? (MID DAY) 

    被爆した人物と接触することにより、どれほどの影響があるのかはよくわからないが、人の行き来はさておき、今後は世界各地で日本製品・産品に対する買い控え等の影響が出ることは想像に難くない。 また日本から帰国したインド人の談話を掲載したメディアもある。

    Nightmare in Tokyo: Indians tell tales of horror (Hindustan Times) 

    またフェイスブック等でも、このたびの一連の騒動の中で帰国あるいは第三国へに出た人たちによるコメント等が書き込まれているのを目にすることができる。

    今回の一連の騒動を受けて、各国で原子力発電事業そのものを見直そうという動きさえ出ている。インドでも同様の懸念の声が一部から上がっている。 

    Japan nuclear meltdown raises concerns in India (ZEE NEWS)

    原子力発電所における地震や津波による被災と同様に懸念されるのは、テロあるいは他国による攻撃といった人為的なファクターだろう。たとえそれにより最悪の事態を引き起こすことがなくても、その国のイメージを著しく損ない、大きな社会不安を引き起こす。 

    2001年にアメリカで起きた同時多発テロでの標的がツインタワーやペンタゴンではなく、原子力発電所であったとすれば、また違った次元の恐怖を引き起こすことになったはずだ。

    <続く>

    ※サートパダー2は後日掲載します。

  • 東日本大震災

    3月11日に発生した東日本大震災は、複数の大きな地震が同時多発するという想定外のものであるとのこと。地震直後に東北の太平洋側沿岸等を大津波が襲った。甚大な被害により、ほぼ消失してしまった町や集落も少なくなく、電気や通信その他にライフラインが寸断されていること、被災により現地の行政機構が機能を失っているところも多々あるようで、被害の全容が明らかになるまで、まだしばらくかかるはずだ。 

    地震発生当日の朝、それまで宮城県周辺で続いていた群発地震は終息の方向にあるとの気象庁による観測がウェブ上で伝えられていただけに信じられない思いがした。地震は現代の技術をもってしても予測し難いものなのだろう。 

    地震発生直後から、内外の様々な友人から心遣いの電話、メール等をいただいて大変ありがたく思っている。同時に日本在住のインド人の方々、とりわけ日本語がよくわからない人たち、あるいは日本語の会話は相当できても、日本語の読み書きのできない人たちは少なくない。すると震災に関する迅速な文字情報の欠如により、日本に住んでいながらも海外から伝えられるニュースに頼る部分が少なくないことに気がついた。もちろんこれは在日のインド人に限ったことではなく、その他すべての国の人たちに共通するものであるのだが。 

    2005年12月のスマトラ沖を震源とする巨大地震により、インドネシアや周辺各国に押し寄せた津波被害を彷彿させる、恐ろしい映像がテレビ等で流れているのを見て「これは大変なことになっている」と背筋が凍る思いをしていると、今度は福島県の原子力発電所の爆発事故のニュースが飛び込んできたのは昨日のこと。地震・津波被害に加えて、スリーマイル島、チェルノブイリに続く重篤な原発事故発生か?と日本国内外のメディアが注視しているところだ。まるで近未来の大災害を描いたSF映画のシーンかと思うような映像や出来事が次々と伝えられている。 

    私たちのライフスタイルがいかに進化しようとも、突如降りかかってくる天災の前では無力である。ほぼ定期的に繰り返される大地震のメカニズム、それに伴い発生する津波等から自らを守る手段はない。ひとたびそうした災害が発生すれば、普段はごく当たり前に享受している幸福、安心、平和が一瞬のうちに吹き飛んでしまう。 

    観測史上初とされる未曾有の大災害で亡くなられた方々のご冥福をお祈りする。被災地では今も避難されている方々、救助を待っておられる方々も多い。これらの土地ではまだ気温が低く、雪が舞っていたりもする。被災された方々の心痛、また救援活動に従事される方々の苦労は測り知れないが、どうか一日でも早い復興をと願わずにはいられない。

  • キングコブラの生態

    キングコブラの生態

    先日、インドで放送されているナショナル・ジオグラフィック・チャンネルにて、キングコブラを取り上げた番組を見た。

    体長最大5.5mにもなる大型種であるとともに、象をも倒すといわれる最強の毒蛇であり、30年も生きる長寿のヘビでもある。南アジア、東南アジアそして中国南部あたりにまで広く棲息しているが、最も棲息数が集中していると言われるのがインド南西部の西ガーツ山脈。風光明媚で降雨や多様な植生に恵まれた土地だが、同時にヘビの仲間たちにとっても好ましい環境であるらしい。

    番組の前半部で、そうした地域のある民家にキングコブラが侵入し、一家が大慌てで逃げ出すところからストーリーが展開していく。家の人はキングコブラの保護と生態の研究をしているARRS (アグンベー・レインフォレスト・リサーチ・ステーション)に電話で連絡して、これを捕獲しに来てもらう。

    この組織については、この団体のウェブサイトがあるのでご参照願いたい。

    ARRS (Agumbe Rainforest Reserch Station)
    上記のウェブサイト上で、ARRS NEWSKing Cobra ArticlesKing Cobra diariesといった項目にて、彼らの活動やその日常等を世間に広く発信している。またQuestion & Answersでは、キングコブラ飼育者(主に動物園か?)その他からの質問に対して回答している。

    この番組では、ARRSが世界で初めてキングコブラに電波発信器を取り付けて追跡することに成功したことを取り上げている。捕獲したオスとメスにそれぞれ麻酔をかけて電波を発信する装置を埋め込む手術を施した後にこれを再び野山に放す。これらの動きを追うことにより、これまであまりよくわかっていなかったキングコブラの生態を調査しようという試みである。

    加えて人里近いところに棲み着いていたコブラを人間の生活圏から離れた場所に放した場合、果たして新しい環境に居つくのか、それとも元々居た場所に戻ってしまうかについて知るという目的もあるとのことだ。つまり捕獲してから、住民に害を及ぼさない場所に移すというリロケーション行為自体が意味のないこととなる可能性もあるらしい。

    そう懸念されるにはもっともな理由があるようだ。人口の増加に伴って人々の生活圏が広がるに従い、水田等の耕作地も増える。するとその地域では人々が生産する穀物を求めて集まり繁殖するネズミが増える。ネズミを主な獲物とするラットスネークという無毒のヘビもそのエリアで数を増やすことにつながる。だが体長が最大2.5mにもなるラットスネークの天敵はキングコブラであるとのこと。前者は後者の好物であるのだ。

    キングコブラの体内に埋め込んだ発信器は2年間に渡って、その個体がいる場所を発信するとともに体温の情報も伝える機能を持っているが、電波は自体微小なものであるようだ。そのためアンテナを持ったボランティアたちがジャングル内を徒歩で分け入り、ヘビから発信されるシグナルを拾い続ける様子も取り上げられている。ひとたびシグナルが途切れて追跡を継続できなくなってしまうと、その時点でプロジェクトが失敗となってしまうのだ。

    映像で眺めても、キングコブラの存在感には圧倒的なものがある。サイズはもとより、鎌首を持ち上げたときのおどろおどろしい姿、他のヘビも捕獲して食べてしまう獰猛さ、加えて水場での泳ぎの巧みさにも驚かされる。水上をしなやかに滑るようにして高速で進んでいく。

    この猛毒ヘビの移動範囲は非常に広く、それはまさに懸念されたとおりであったそうだ。とりわけオスのほうは7か月で75キロも移動していたというから驚きだ。つまり捕獲したキングコブラのリロケーションにはあまり意味がなかったということになる。

    繁殖期のキングコブラの求愛行為、交尾等も取り上げられている。そしてオスが他のオスに縄張りを奪われて追放されるという出来事が続くのだが、すでに体内に卵を宿しており、新たにやってきたオスにとって思い通りにならないメスがこれに噛まれて死ぬという凄惨な映像もあった。

    一般的にコブラは他のヘビや同種のコブラの毒に対する耐性があると考えられているようだが、オスは相手を執拗に噛んで大量の毒を注入(キングコブラは相手に与える毒の量を自身で調節できる)させていた。死んだメスはARRSで解剖され、17個の卵を持っていたことが確認されたという。

    他のキングコブラのメスによる巣作りの様子も取り上げられていた。表面がクシャッとした感じの卵が孵化して出てくる小さなヘビたちの姿が映し出される。赤ちゃんということもあってか、生まれたての顔はなかなか可愛かったりする。だがすでにこの時点で非常に強い毒を持っているのだという。

    それでも身体が小さいうちは、肉食の鳥類や他のヘビ類の餌食となってしまうか餌をうまく捕食できずに死んでしまうため、無事に成長して大人になることができる個体はごく一部だそうだ。

    とても興味深い番組であったのでindo.toで取り上げてみたいと思ったが、その番組をフルに見られる動画がネット上に存在しないと話にならない。そこでYoutubeで探してみると、まさにその動画がアップロードされていた。

    Secrets of the king cobra National geographic Channel India Part 1

    Secrets of the king cobra National geographic Channel India Part 2

    Secrets of the king cobra National geographic Channel India Part 3

    Secrets of the king cobra National geographic Channel India Part 4

    この番組はすでにインドの他のチャンネルでも放送されているようで、News 9 TVによる同じ映像もあった。こちらは英語版である。

    THE KING OF KARNATAKA 1

    THE KING OF KARNATAKA 2

    THE KING OF KARNATAKA 3

    上記のリンク先に限ったことではないが、ウェブ上に出回るこうしたテレビ番組からの動画は往々にして著作権上の問題をはらんでいるものだが、同時にそれを目にする機会を逃してしまった人たちや放送される地域外の人々に貴重な『知る機会』を与えるものである。エンターテインメントを除いたこうした『堅い』内容のプログラムについては、二次利用できるようにより社会に還元される部分も大きいのではないかと思う。

    蛇足ながらコブラ関係でこんな動画もあった。

    Leopard Cub Vs King Cobra

    やんちゃな幼い豹がキングコブラをからかう様子だが、このヘビの怖さを知らないので無邪気なものだが、画面で見ているこちらはハラハラさせられてしまう。

    ※プリー 4は後日掲載します。

  • プリー 3 悲しい浜辺

    プリー 3 悲しい浜辺

     浜辺を散策する。海の広々とした眺めが気持ちいい。だが水平線ばかり眺めて歩くわけにもいかない。すぐ裏手が漁村になっており、このあたりの住民たちのトイレも兼ねているからである。 

    そんな海岸だが、ある思いもかけない生き物の姿を見つけたときには嬉しくて飛び上がりそうになった。 

    「おぉ、海亀じゃないか!」

    ドキドキしながら近寄って眺めていると、通りがかりの観光客とおぼしきインド人グループも立ち止まってそれを見ている。

    3、4人が立ち止まっていると、さらに4、5人、さらに数人・・・と人が増えてくる。

     

    「動かないね・・・」

    その中のひとりが恐る恐る近づいて、つま先で軽く突いてみるが反応なし。

    「死んでるのかな?」と他の者が近づいて覗き込む。寿命の尽きたカメが波に打ち上げられたのであろうか。特に大きな外傷なども見当たらない。

    だが浜辺を北に向かって進んでいくと、さらに幾つかの海亀たちの遺骸を見つけた。ひとつ、ふたつ、みっつ・・・全部で10匹は見かけただろうか。それらを仔細に調べてみるまでもなく、なぜ彼らが死んでいるかがわかった。多くは漁師の網が絡みついていたからだ。ちょうど産卵期に当たることもあり、海亀たちは沿岸を回遊している。そのためこうして仕掛けにかかってしまうのだ。

    私にとっては水族館以外で初めて目にする野生の海亀であったのだが、こういう形で対面することになったのは残念だ。もちろんこのあたりでも保護動物に指定されている生き物であるとはいえ、海で生計を立てる人々が生業のために活動するエリアと重なるがゆえの悲劇である。

    死んでしまった亀たちはどうなるのかといえば、どこかの国なら食肉として売りに出されそうなものだが、ここでは砂地に埋められてしまう。浜辺を歩いていると、そうした亀の身体の一部が砂地から露出している様子もいくつか目にした。

    波打ち際にそのまま放置される個体もある。それらはどこからともなく集まってくるカラスその他についばまれることになる。

    オリッサ沿岸ではオリーヴ・リドレー(日本語ではヒメウミガメと呼ばれる)という種類の海亀が多く棲息していることで知られているが、同時にこうした漁業関係による事故、港湾建設や内陸の都市化からくる環境の変化や汚染等により、今後が懸念されているということだ。

    Endangered Olive Ridley Turtles (The Wild Foundation) 

    ちょっと歩いてみただけでずいぶん多くの海亀たちの死を目にしてかなり気になったが、その反面この地域の自然がまだまだ豊かであることの裏返しかもしれない。

    また、こうした状況は放置されているわけでもないようだ。NGO等の努力により、オリッサ州総体としては亀たちの死亡数はかなり減っているともいう。 

    Huge drop in sea turtle mortality at Orissa rookery (express india)

    もちろん行政としても、海亀をはじめとする野生動物の保護活動に取り組んでいることはよく知られている。

     Sea Turtle Conservation (Forest & Environment Department, Govt. of Orissa)

    環境保護といえば何でもそうだが、人々の活動と環境をいかにうまく両立させるか、私たち人間が環境に与えるネガティヴな影響をいかにミニマイズするかという試みである。

    プリーの海岸に限ってみても、これは漁師たちだけの問題ではなく、彼らの獲った魚を食べている私たちはもちろんのこと、地域全体で漁民たちの生活や魚という食材の供給と海亀の棲息をいかに両立させることができるかという観点も大切だ。

    漁村近くのあちこちに海亀の遺骸が散在しているほど、この海に棲む大型爬虫類の棲息数に恵まれている今のうちに、私たちが取り組まなくてはならないことであろう。

    <続く>

  • 番外 Googleで眺める景色 チリカー湖

    番外 Googleで眺める景色 チリカー湖

     オリッサ州のチリカー湖といえば、世界で2番目に大きな汽水湖として知られている。太古には湾であったものが、潮流の関係でサンドバーが形成された結果、奥行きのあまりない低地に遮られた湖が出来上がることになったとされる。 

    例によってGoogleで眺めてみても、非常に面白い地形であることがよくわかる。長く続く浜のすぐ背後に湖がある。

     ここが海とつながっている部分で、潮の状態により湖と海の水が行き来するのだろう。

     広大な低湿地帯とおぼしき地域も多く、湖内もエリアによって水深が大きく異なるはずだ。

    貴重な自然環境であるとともに、イラワディ・ドルフィンが棲息していること、渡り鳥その他の多様な野鳥の宝庫であり、それらが餌とする魚類や甲殻類も種類が豊富であることがよく知られている。 

    モンスーン期には非常に沢山の雨が降る地域であることから、雨季と乾季とではずいぶん異なる景観が広がることだろう。 パソコンの画面で眺めていても、大地の姿というものはとても興味深い。 

    さて次の休みにはどこに出かけてみようか・・・?

  • Googleで眺める景色 4  ガンジス上流と水源地

     やがて流れはハリドワールからリシケーシュへとたどると山間部にと入ってくる。

     デーワ・プラヤーグコーテーシュワル・ダムと遡上していくと、すでに山間の深い谷間を流れている。地形からしてかなり急流であろう。大規模な崖崩れの痕らしきものも見える。川沿いにいくつか集落も見える。特に橋もないようなので、両岸はすぐそこに見えても、互いに『ヨソの世界』みたいな感じではないだろうか。 このあたりで景色が開けているところといえば、テヘリー・ダムとその先でちょっとした扇状地が広がる集落。 

    さらに進むとウッタルカーシーの町がある。少しでもまとまった平坦な土地があれば、居住地あるいは農地として有効に活用されている印象を受ける。だがそこから先に行くと町らしきものは見当たらなくなってくるし、規模の小さな集落も少なくなってくる。 しばらく進むと、ローハリーナグパラー・ハイドロ・プロジェクトと表示されているものが目に入ってくるが、このあたりにダムを造る計画でもあるのだろう。 

    さらに上流へとたどると急峻な山岳の合間を縫うように進むことになるのだが、突然広い川床が見えてきた。周囲の景色に雪らしきものが見えるため、川床が白くなっているのは砂ではなく、降雪のためなのかもしれない。気候も厳しく、何かにつけて不便な土地に違いないと思うが、それでも川沿いの斜面には集落があり、人々が暮らしている。 やがてガンゴートリーの集落が見えてくるあたりになると、周囲を4000~5000メートル級の峰々が囲んでいる。 

    ガンゴートリー氷河の端であり、ガンジス河の始まりでもあるゴームクはこのあたりだ。そこからさらに上の氷河の張り付いた山の姿はこんな風になっている。 

    ガンジス河の本流に限らず、下っていくに従い合流してくる支流も同様に、こうした氷河なり、山間の積雪や湧水なりを水源としている。沢山の細い流れが次第に合わさり、やがて大きなひとつの河となる。最後には海へと注ぎ込まれるわけだが、今度は大海から蒸発した水分が雲となり、雨となって大地に降り注ぐことにより、それがまた河の水となって流れていく。 

    私たちの身体には常に血液が流れているが如く、絶え間なく水が循環している大地もまたひとつの大きな生命体であることが感じられ、人間もその大きな命の中の一部(限りなくちっぽけな存在だが)であることを思い起こさずにはいられない。大地は生きている。 

    <完>

  • Googleで眺める景色 3 ガンジス下流

    特定のスポットをズームアップしてみたり、外国の友人の住む街を表示して『ああ、こういうところなのか』などと眺めていたりしても、やがて飽きてしまうのだが、広域を俯瞰したり特定エリアをズームアップしたりと繰り返していると、地表がシームレスに繋がっていることをつくづく実感できる。従来の紙に印刷された地図等ではあり得なかったことだ。 

    緑の分布からその地域の気候等も把握できるし、海面の色合いからそれぞれの海域の深度もある程度想像できるだろう。私たちの命の源である水を運ぶ河川をたどっていくのもなかなか興味深い。 

    エジプトのように、湧水のあるオアシスが点在しているのを除けば、ナイル河沿いの細い帯状に耕作地や街などが集中している状況からは、まさに『エジプトはナイルの賜物』であることが納得できるし、水なしでは人々が生活できないことがよくわかる。 

    エジプトほど極端ではないが、インドもやはり大河沿いに人口の多い地域が広がっている。先日、スンダルバンのあるバーングラーデーシュのガンジス河口地域に目を移してみよう。 

    拡大してみるとよくわかるが、低地帯なので河は幾筋にも分かれて蛇行している。さらにズームアッブしてみると、さらに細い流れも確認できたりして、実に水量豊かな大地であることが一見してわかる。 

    少し上流に向かうと、首都ダーカー南東でアッサム州南西部から流れてくるカールニー河と合流する。少し遡るとラージバーリーあたりで同じくアッサム州の東部から流れてくるブラフマプトラ河と合流する。このあたりから水量・河幅ともに一気に拡大する。 

    ナワーブガンジ(ノワーブゴンジ)の少し先からバーングラーデーシュを出て、インドの西ベンガル州に入る。そこから隣のビハール州へと越えたあたり、ちょうどバガルプルの北側はガンジス河がコースィー河と合流しているが、このあたりでは一番の低地となっているため、その他中小の河川も流れ込んでいることもあり、非常に複雑な地形となっている。雨季に河川の氾濫や洪水に悩まされがちな地域であるのは頷けるところだ。 

    ビハール州都パトナー東側でガンダク河、西側でカルナーリー河、ソーン河との合流点から遡ると、かなり川幅は狭まる。そしてU.P.州のバナーラスを経て、イラーハーバードのヤムナー・ガンジス両河の合流点に至る手前には中洲がある。

     河床にある島であるため、市街地らしきものは見当たらないが、全体が耕作地になっているようだ。雨季の増水で洗い流されることさえなければ、河による沖積で出来た土地であることから水と地味に恵まれた良質な農地であるはずだ。 

    カーンプルを経て、ウッタラーンチャルに入るあたりまでは単調な風景が続く。さきほど眺めたバーングラーデーシュあたりの景色も含めて、ここまで遡上するまでの間に通過する大きな街や工業地は多い。生活排水や工場等から流出する排水等々、相当大量の汚水が日々流されているのだろう。 

    <続く>

  • Googleで眺める景色2 壊されていく船舶、造られる船

     スンダルバンから東に視点を移すと、バーングラーデーシュで『船の墓場』として知られるチッタゴン近郊の浜辺の様子が目に入る。浅瀬に座礁させた大型船舶が解体を待つ様子が見て取れる。 

    同様の景色は同じく船の解体場として有名なインドのグジャラート州のアランのほうでもあり、少なくともこの画像の撮影時点では、こちらのほうが処理される船舶の数は多いように見える。 

    さらに西のパーキスターンのバローチスターンにあるガッダーニーも同様の作業が行われていることが知られており、無数の船舶が海岸線に打ち捨てられた状態になっていることがわかる。 

    こうした現場の作業員たちが非常に劣悪な条件下で働いていること、また環境保全の面からも有害物質等の流出への対策が何ら取られていないことから、様々な問題提起がなされているところだ。 

    それとは反対に、今まさに建造作業真只中のダウ船が並ぶ景色も見ることができる。グジャラート州のマンドヴィーは、かつてアラビア海を越えての交易に活躍していたダウと呼ばれる帆船の建造が盛んであったが、現在も同様にこうした船が造られている。もちろん現代のダウはエンジン付きだ。作業は露天で進んでいくため、こうした風景を上空から撮影することができるわけである。 

    外部の人間の立ち入りに制限のある船の解体場は訪れたことがないが、こちらは幾度から訪ねてみたことがある。誰でも作業の様子を船の外から見学できるし、関係者らしき人も気さくに質問等に答えてくれる。 

    18世紀から19世紀にかけて、現在はパーキスターンとなっているスィンド地方はもちろんのこと、ペルシャやアラビア、さらに遠くは東アフリカとの交易の拠点であり、この地からそれらの地域へと足を延ばした商人たちも多かったようだ。 

    その後、印パ分離前、そして船から飛行機の時代に移るまでは、それなりの賑わいを見せており、カッチ地方随一の商都として栄えたマンドヴィーも、今ではすっかりひなびた田舎町になっている。 

    そんな歴史に思いをはせながら、今なお建造されているダウ船を眺めているのもなかなか楽しいものだ。 

    <続く>

  • Googleで眺める景色1 マングローブの大森林

     Google EarthでもGoogleマップでもいいのだが、ベンガル地方のスンダルバンの様子を見てみよう。 

    茶色がかった薄緑になっているエリアと濃い緑色になっている地域とが鮮明に分かれている。これは植生の違いによるもので、前者は地元の人々の開墾地、後者は国立公園として保護されている土地だ。 

    ガンジス河下流のデルタ地帯の南端に位置し、土地の高さがほとんどないことから、入り組んで流れる大河の河口に点在する無数の島のようになっている。 

    とりわけモンスーン期には、地形がかなり変わるはずだし、水の流れに削り取られる土地があるいっぽう、新たに土砂が堆積して出来上がる土地もあるはず。拡大して仔細に眺めてみると、開墾地の中にも無数の水の流れがあり、多くは人の手によって水路として調整されているようだ。地味豊かで水量豊富で温暖なこのデルタ地帯は、世界有数の米どころでもある。 

    だが大自然は人の手で管理しきれるものではない。とりわけこのような大河の最下流地域では。地表の画像はときどき更新されているが、少なくとも今日現在公開されているものでは、明らかに水没していると見られる広大な開墾地もある。 

    深い緑に包まれた保護地域の側は、世界最大のマングローブの密林。その中を流れが幅や方向を複雑に変えながら進む無数の流れが見て取れる。 

    スンダルバンのマングローブのジャングルは、国境をまたいでインド側はSundarban National Parkとして、バーングラーデーシュ側はSundarbansとして、ともにユネスコの世界遺産に登録されている。 

    以前、『スンダルバンへ』と題して、インド側の国立公園を訪れたときのことを書いたが、いつか機会があれば東側のバーングラーデーシュの側にも行ってみたいと考えている。

    しかしながら、同じひと続きの広大なマングローブの大森林を分け合っている両国が、その保全を共同で担うとともに、貴重な自然遺産であるとともに大きな観光資源でもあるこの地域を相互に行き来できるような時代が将来訪れないものだろうか、とも思う。 

    開発が厳しく制限されている地域であり、大河の河口地域の湿地帯という地理条件もさることながら、トラやワニなどといった危険な肉食動物が徘徊するエリアでもあることから、観光客が自前の足で自由に見物できるよう具合ではない。少なくともインド側では基本的にツアーボートでのみ訪れることができるようになっており、上陸できる地点も限られている。 

    そうした意味で観光客の出入りを管理しやすいということもあり、インド・バーングラーデーシュ双方が合意のうえで、共同で観光業の振興を図ることはあながち不可能ではないように思われる。文化遺産においても両国にまたがって関連する遺跡が散在している。またガウルのように、遺跡群そのものが国境を境に分かれているものもある。 

    東南アジアに目を移せば、タイ・カンボジア国境のカンボジア側にあるカオ・プラ・ヴィハーン遺跡(タイ側が領有を主張しているがカンボジアが実効支配している)のように、訪れる人々のほとんどがタイからやってくるような場所もある。自国領であると主張するタイ側のチェックポストの類はないが、カンボジアの側ではイミグレーションらしき簡素な施設があり、パスポートのチェックがなされるものの、ヴィザは不要で入国印が押されることもない。ちなみにGoogleで表示されたロケーションはこちらである。 

    両国の係争地となっているにもかかわらず、どちらも観光に力を入れている国であるがゆえに、地域振興や外貨収入等を目的に観光客に広く公開されているようだ。『カンボジア側』にある同遺跡を訪れるために、バンコクから直接乗り入れるツアーバスもあれば、比較的近いところにある大きな街のウボン・ラチャタニーからタクシーをチャーターする人も多い。タイ東北部には他にも大きなクメール遺跡は多いが、その中でもハイライト的な存在である。 

    遺跡の入場料の収入は、カンボジア側に落ちることになるが、タイ側でも遺跡の手前にある事実上の国境にたどり着く前にチェックポストがあり、観光客は『国立公園入場料』名目にて一定の料金を支払わされる。この国立公園内にいくつかクメール遺跡が散在しているものの、カンボジア側にあるカオ・プラ・ヴィハーン見物以外の目的でここを訪れる人はほとんどいないため、タイ側で徴収する同遺跡の入場料ということになる。 

    カンボジア側にしてみても、このあたりは反政府勢力の軍閥クメール・ルージュが拠点としていたエリア界隈で政府側が確保していた飛び地のような存在であった。内戦終結後もしばらく1990年代末あたりまでに多くの有力幹部が投降するまでの間、不安定な状況が続いていた。今でもカンボジアで最も多くの地雷が残されている地域のひとつとして知られている。 

    そんなわけで、カンボジアとしても『自国領内』にありながらも、アンコール遺跡を訪問する観光客をそのままこちらに誘導するには困難なものがあったため、『国境の向こうのタイ』側からお客を誘致する必要があった。 

    そうした具合に、要は観光業による収益の確保という極めて実利的な目的のもとに両国の思惑が一致しているがゆえに、実際に幾度か銃火を交えての紛争の舞台ともなった係争地でありながらも、カジュアルないでたちの観光客たちが日々押し寄せるという平和な光景が実現されている。 

    タイから見れば観光客たちは自国内の遺跡を観光するのだから出入国管理のようなものはない。カンボジアにしてみると、タイ側から人々が入ってくるので、一応イミグレーションのようなものはある。だが手続きは省略されているため、この遺跡を見物するのにヴィザは要求されず、出入国印が押されることもない。 

    話は大きく逸れてしまったが冒頭のスンダルバンの関係に戻る。 

    もちろんインド・バーングラーデーシュ間には、タイ・カンボジア間とは異なる事情がいろいろあり、スンダルバンは単一のスポットではなく極めて広大なマングローブの大森林であるなど、地理的な条件もまったく違う。もちろん両国の係争地などでもなく、デルタ地帯の末端にあるため地形が変化しやすいとはいえ、インドとバーングラーデーシュの間の境は決まっている。 

    だが仮に将来、両国間にまたがっての壮大な『スンダルバン観光』が可能となったならば、東西ベンガルの観光の魅力が今よりもよりインパクトの大きなものとなることであろう。スンダルバン以外にも、潜在的な観光資源は豊富に国であるものの、知名度においてインドに対して甚だしく劣るバーングラーデーシュにとっては利するものがとても多いように思われる。

     もちろんスンダルバンに限らず、狭い国土のバーングラーデーシュは、それを取り囲むインド東部の各地からのアクセスは入国可能な地点は限られているものの、かなり良いといえる。また西ベンガル州都コールカーターからインド北東州のアッサム、メガーラヤ、トリプラー等を陸路で訪れようという場合、バーングラーデーシュを通過すると近道であるうえに、同国の見物もできるという一石二鳥の観があった。 

    『あった』と過去形で書く理由は、ご存知のとおり今から一年近く前に導入されたインドのヴィザの『2カ月ルール』がそのゆえんである。隣国と合わせて訪問する場合、ヴィザ申請時点で、余所への一時出国で出入りする地点や時期などの詳細が決まっていれば融通は利くようだが、たまたま近くまで来たからこちらも訪れてみよう!というのは難しくなった。 

    インドと合わせてこの国を訪問する人は相当あるはずだ。この2カ月ルールの導入により、インドを経由して訪れる人が減っているのかどうか調べたことはないが、もしそうであるとすれば非常に残念なことである。

     <続く>

  • 海抜最も高いところで開かれた閣議

    12月4日に、ネパールの閣議がエヴェレストのベースキャンプ近くのカーラーパッタルで開かれた。海抜5,242mとのことで、これまでネパールはもとより世界中の国々を見渡しても、こんな高地で開かれた閣議はひとつもない。

    閣議は午前11時に開始され10分後に終了。この目的は、地球温暖化によるヒマラヤ地方への深刻やインパクトを世界に知らしめるためのもので、12月7日に始まるCOP15(気候変動枠組条約第15回締約国会議)への強いアピールである。
    Nepali cabinet meets at Everest base camp (Hindustan Times)
    閣議の『会場』となった場所は具体的にどこか?ということについては、以下の地図をご参照願いたい。記号『A』で示されているのがカーラーパッタルである。

    大きな地図で見る
    10月17日にモルディヴの海中で開かれた閣議と好対照を成しているといえる。

    ヒマラヤの高地とモルディヴの海中、場所は違うがどちらも地球温暖化に対するアピールだ。後者は将来国土の大半が失われるという国家の存亡がかかっており、前者にとっても氷河の後退その他の温暖化による影響からくる現象が示すものは、単に景観の変化ではない。ともに切実な訴えである。
    氷河湖の決壊による惨事の可能性はよく言われているが、国際的な河川、複数の大河の源であるこの地の異変は、この国の自然や生態系のありかたを大きく変える危険があるだけではなく、インド亜大陸全域におよぶ環境問題でもある。
    どちらの国にしてみても、普段閣議が行なわれている場所ではなく、わざわざ手間隙かけてこういうところで『閣議』を開くというのは、パフォーマンスではあるが、こういうパフォーマンスならばいくらでも実行して欲しいものだ。
    なかなか外に広く呼びかけようとしても声が届きにくい小国の主張、問題提起がヴィジュアルな画像や映像となって、世界中の人々の元に届く。
    まずはより多くの人々がそれを知り、問題意識を共有することが大切なはじめの一歩だ。メディアを通じて彼らの積極的な呼びかけを耳にしたり目にしたりした私たちも、地球温暖化に対して、何かできることから取り組んでみよう。