ただいまメンテナンス中です…

投稿者: ogata

  • アーメダバード旧市街

    アーメダバード旧市街

    ユネスコ世界遺産の登録されているアーメダーバード旧市街では、古いハヴェリー(屋敷、邸宅)が多く残っており見応えがあるが、宿に転用してあるものがいくつかある。このハヴェリーはそんな中のひとつ。グジャラート州は今後も来たいし、アーメダバードに滞在することもあるだろうからいくつかチェックしておいた。こちらは「FRENCH HAVELI」という名前で宿泊施設として運営されている。オーナー家族はヒンドゥーの商業コミュニティの人たちだが、米国に移住しており、ホテル運営会社が借り受けて運営しているとのこと。部屋ごとにサイズや雰囲気は異なり、実際に泊まる場合には部屋を見て決めたい。

    近ごろ思うのは、ガイドブックなるものをほとんど使わなくなったことだ。スマホには一応キン版のロンプラのガイドブック「INDIA」は入っているものの、ほとんど開いてすらいない。スマホ+グーグルの時代になってからは様々な面からも実に旅行しやすくなった。

    良くできたガイドブック、便利なガイドブックは多いのだが、今は観光地情報、宿情報、移動手段情報は書籍からは要らなくなったため、ネットからは入手しにくい何か特別なことに特化あるいは深化した部分がないと、なかなか購入する動機がない、という具合になっているのが昨今のガイドブック事情ではないかと思う。

    こちらも宿に転用されている「MANGALDAS NI HAVELI」。先程のFRENCH HAVELIよりも少しアップマーケットになるが見ておきたい・・・のだが、訪れたときには誰もいなかった。外から南京錠が下りていたので、おそらく宿泊者も本日はいないのだろう。外から見る限りでは、とてもきれいに修復してあるようだった。

    宿ではないのだが、本日見かけたハヴェリーの中では、これが最も重厚感があった。20年前、30年前であれば、こういうのがけっこう健在だったのかもしれない。こうした柱といい、持ち送りといい、なんかシビレる。家屋の中もさぞかし素晴らしいことだろう。

    このハヴェリーにグジャラート語で書かれた碑文みたいなのがあったので、近くにいたおじさんにヒンディー語に口訳してもらった。それを聞いて「ほう、そうなのか」と思ったが、歩いていると次から次へと興味深い建物があり、ちょっと「公式外」の変わったジャイナ教寺院と図書館が一体となった木造建築の中を見学したりと興奮したためか、先ほどの口訳してもらった内容をすっかり失念してしまった。やはりその場でメモするか、おじさんの喋りを録音しておかないとダメだと痛感。

    往時を偲ばせるハヴェリー等が散在するアーメダバード。こうした伝統的な建物の集合具合の密度がもっと高いとなお良かった。そういう意味ではカトマンズの旧市街はもちろんのこと、ネパールのバクタプルのような伝統家屋がほぼまるごと残っている街並みというのが、いかに価値のあるものかということをひしひし感じる。一度失われると二度と取り戻すことができないだけに。

    旧市街は、それぞれ固有の名前のついた「ポール(POL)」が構成されており、それぞれにこうした門が付いている。「ポール」とは、宗教、カースト、氏族、職業などの共通項を持つ家族たちで構成させている街区のようなものだが、これについても説明してくれるであろう旧市街ツアーに申し込んでいたのだが、私が訪れた時期には申込みが少ないとのことで、開催されなかったのは残念。またグジャラートは来るし、必然的にアーメダバードにも泊まるので、次回の楽しみとしよう。

     

  • ディレーンドラ・シャストリーという「バーバー」

    ディレーンドラ・シャストリーという「バーバー」

    INDIA TVの人気プログラム「アープ・キー・アダーラト(あなたの法廷)」。そのときどきの注目されている人たち、俳優、政治家、財界人その他をスタジオに呼び、裁判の尋問と答弁の形で、様々な質問から本人の回答を引き出すというもの。

    このところ話題のバゲーシュワル・ダームのディレーンドラ・シャストリーが出演することが予告されていたが、うっかり見逃した。しかしYouTubeで見ることができた。今という時代に感謝である。

    Dhirendra Shastri In Aap Ki Adalat: बागेश्वर धाम सरकार ने कटघरे में किए बड़े खुलासे | Rajat Sharma (INDIA TV)

    まだ26歳の「バーバー」。装いもチェック柄の衣装であったり、このところ気に入っているらしい帽子をよく被って現れるなど、世俗的で、とてもヒンドゥーの「聖者」には見えない。相手を手玉に取るセリフ回し(インド人はこういうのが好きだ)や話もうまい。まだ自分を「大人に見せよう」と苦心している様子もうかがえるが、年齢を重ねるにつれて、それらしくなっていくことだろう。

    これまでは田舎で周辺地域から信者を集める新興の「バーバー」だったが、このところメディアで日々取り上げられるようになったため、全国の田舎の人たちから注目する存在になるかもしれない。彼は教えが素晴らしいとか、人格が高潔であるなどといったものではなく、まったく反対に「怪しげな奇跡を演出する」「資金の出処や流れが不明」他、インチキくさいバーバーとして耳目を集めている。

    マッディヤ・プラデーシュでとても貧しいブラーフマンの家に生まれ、学校はドロップアウト。リクシャーを引いていた時期もあったとされる。そんな若者が数年間で父母や祖父母世代をも含めた信者層を集める存在となり、一気に有名になったため、彼のアーシュラムにはBJPの代議士たちも信者に顔を売るために表敬訪問するようにさえなってきた。頭のキレは良くて話も上手い彼をプロデュースした黒幕がいるのかどうかは知らないが、少なくともどこかから資金やノウハウの援助は受けてきたはず。

    スタートアップ企業の将来性を見込んで投資する人たちがいるように「将来のバーバー」に対して先行投資をする人たちがいるはずなのだ。日本でもそうだが、こうした宗教関係団体というものは、会社組織と同じ。販売しているモノが「信仰」という目に見えないものであることを除けば。

    この若い「バーバー」の組織は、田舎からそのまま展開して全国を商圏とするテレビショッピングの「ジャパネットたかた」みたいな感じで将来インド全国へと展開していくことになるのだろうか。若年層人口が分厚いインドでは、彼の若さもプラスに作用し得る。若い人たちにとって同世代で勢いがあり、見た目も悪くない「バーバー」が人気を集めることになっても不思議ではないように思われる。

  • アウランガーバード改名、チャトラパティ・サンバージーナガルに

    アウランガーバード改名、チャトラパティ・サンバージーナガルに

    シヴセーナー(エークナート・シンデー派)+BJP政権下のマハーラーシュトラ州で、「アウランガーバード」を「チャトラパティ・サンバージーナガル」に、「ウスマーナーバード」を「ダラーシヴ」に変更するようだ。

    ムガルの皇帝アウラングゼーブが愛した街、晩年を過ごしたアウランガーバードの街の名からマラーターの英雄のひとり、サンバージーにちなんだ名前に変えようというわけである。「チャトラパティ」はサンバージーへの尊称で、改名後は街なかでおそらく「サンバージーナガル」と呼ぶのだろう。サフラン右翼による近年の改名の流れは、ムスリム支配を英国支配と同じ外来勢力による祖国の侵略と捉える思想が背景にある。

    そうした認識により、ムスリムのコミュニティーは侵略者の末裔という認識、排除へのさらなる機運醸成へと向かうことは当然の帰結となるのが恐ろしい。もちろんそれが右翼勢力の狙いでもある。

    New names for Aurangabad city, dist & taluka (THE TIMES OF INDIA)

  • ラダックの願い

    ラダックの願い

    社会/環境活動家、教育者として有名なラダックのソーナム・ワンチュク氏。彼がモーディー首相が国民に語るプログラム「MANN KI BAAT」にかけて、ソーナム・ワンチュク氏自身がモーディー首相に語りかける「MANN KI BAAT FROM REMOTE LADAKH」を公開したのは今から3年前のこと。

    2019年10月に突然、ラダック地域を含むJ&K州がUT(Union Territory=連邦直轄地)化されるとともに、カシミール地域から分割された。ラダックにおいては長年の悲願であったカシミールとの分離は好評であったものの、その後の行方は大いに不透明なものがあった。州としての自治、その中でのラダック自治山岳開発評議会としての自治権で保護されてきたラダックのステイタスは、中央政府による直轄統治によりどのようになっていくのかはまったく示されていなかったためだ。

    この部分についての不安の声は分離当初からあったのだが、こうした思いを代弁する形で分離から3カ月後に発表したのが、前述のワンチュク氏による「MANN KI BAAT FROM REMOTE LADAKH」であった。

    モーディー首相への支持の表明、カシミールからの分離についての感謝の意を示すとともに、ラダック地域の人々はインド平地に出ると差別的な扱いを受けることが少なくないながら熱烈な愛国者であることなどを語るとともに、ラダックが部族地域であり保護されるべき対象地域であることを説いている。

    また環境的にも繊細な地域あること、文化的にも大きな岐路にあることを挙げた上で、ラダックの保護のために新たな法律の制定を求めているわけではなく、インド国憲法付則第6の対象地域にラダックも含めてくれるようにと求めているだけなのだと訴えている。そして「インド政府は私たちに翼を与えてくれた。私たちに飛翔する自由を与えて欲しい」と詩を引用してその想いを説くワンチュク氏。

    ラダックが現在置かれている状況について、「人々のインドへの愛情が失われる前に・・・」「(インドからの)分離要求が持ち上がる前に・・・」という思いは、果たしてモーディー首相に、そして中央政府にしっかりと届いているのか、それともこのまま黙殺してしまうつもりなのか、と気になっているところだ。

    「インド憲法付則第6」にいても少々説明しておこう。

    インド憲法における12の付則(Schedule)の中にある付則第6とは、以下のリンク先のある内容である。

    Sixth Schedule(BYJU’S EXAM PREP)

    この対象地域にラダックも含めてもらいたいというのが、ソーナム・ワンチュク氏を始めとするラダックのおおかたの人々の願いである。インドの他の地域と同じように人々の移住や投資が自由なものとなり、地域外から大勢の「インド人たち」が押し寄せてくるようになると、たちまち土地は彼らに買い上げられてしまい、長年ここで暮らしてきたラダック人たちがインド人の大海の中のマイノリティーになってしまう。また大規模な投資を背景に大きな産業が興ったり、資源開発など乗り出すことになってしまうと、自然環境も大きくバランスを崩し、これまで大切に育まれてきたラダックの大自然の上に成り立ってきたラダックの人々の生活も成り立たなくなってしまうであろうからだ。

    What’s driving the protests against the Centre in Ladakh? (Scroll.in)

  • 炎の壁(TRIAL BY FIRE)

    NETFLIXオリジナル作品として、ごく最近制作されたもので、テーマは1997年6月に起きたウパハール・シネマの火災事件とその後の遺族たちの闘争。実話に基づいたシリアスな内容。

    炎の壁(TRIAL BY FIRE) NETFLIX

    南デリーのグリーンパーク地区にある昔ながらの単館映画館(事件当時はシネプレックスなど存在しなかった)で、ミドルクラスの商圏にあるシネマホールであったため、上映作品も悪くなかった。

    火災事故は、映画館内で保管していたジェネレーターの燃料に電気のスパークが飛び引火というもので、あまりに杜撰な危険物の管理体制が問われるとともに、上映開始後にホールの外側から鍵をかけて出入りできないようにしてあったとのことでもあった。火災発生当時には誰も施設内を監視していなかったため、観客たちが炎に包まれるまでになってから映画館側は火災発生を認識といった信じられない状況について当時のメデイアで報じられていた。

    この映画館のオーナーはスシール・アンサルとゴーパール・アンサル(兄弟)が運営する「アンサル・グループ」の所有であることも伝えられていた。不動産業等を始めとするビジネスを展開している資金力に富む企業体であり、政界にも顔が利くアンサル兄弟である。

    やはり当初のおおかたの予想どおり、事件の調査とその後の遺族たちの起訴による裁判は難航。そのいっぽうでこのアンサル・グループはちょうどそのあたり(1999年)に南デリーに「アンサル・プラザ」というインドにおけるモダンなショッピングモールのハシリといえる施設をオープンして大変な人気を博すところでもあった。その後、同グループはデリー首都圏を中心にいくつもの「アンサル・プラザ」をオープンしていく。

    そんな財力も政治力もあるアンサル・グループを相手に遺族たちが闘う様子をドラマ化したもので、インドでもかなり話題になっている作品らしい。

    Trial by Fire: Series on 1997 Uphaar Cinema fire to arrive on Netflix in January (The Indian EXPRESS)

    Delhi HC refuses stay on Trial By Fire, web show on Uphaar tragedy releases on Netflix (Hindustan Times)

  • 米国メディアの取り扱いも増えてきた米国の購読プラットフォーム「Magzter」

    米国メディアの取り扱いも増えてきた米国の購読プラットフォーム「Magzter」

    雑誌や新聞の電子版購読プラットフォーム「Magzter」は米国の企業だが、在米インド人が起業したインドのメディア購読を主目的とするものであるため、米国のメディアの扱いはあまりないという捻じれがあった。

    しかしながらこのところNewsweekその他のアメリカの雑誌が次々エントリーされている。

    しかしそれでもようやく「今度はTIMEも!」と宣伝しているくらいなので、やはりアメリカのメディアには弱い「アメリカの電子版メディア購読プラットフォーム」。

    それにしても「インドメディアほぼ専門」でありながらも米国で操業というのは、おそらく法的その他の環境から、インドでこういうビジネスの操業は容易でなく、米国でのほうがやりやすいというようなことがあるのだろう。

    「Magzter」はいろいろなニュース週刊誌に加えて、大手各紙の様々な地方版を読むことができるという点でも素晴らしく、とりわけ読み放題の「GOLD」に加入すると、その真価を発揮する。

  • アダーニー財閥

    インドのアダーニー財閥関係の騒動が大変なことになっている。株式の時価総額がわずか1週間で半分になるとともに、総負債がGDPの1%超なのだとか。先日、同財閥の不正疑惑のニュースが出た直後から日々急展開が続いている。

    同時にアダーニー氏がモーディー首相を始めとするBJPのグジャラート人脈と非常に親しい関係にあることから、癒着や国営銀行による不正融資の疑いなども以前から言われていたが、この関係でBJPは野党から突き上げを食らうなどしており、さらに大きな問題へとエスカレートしていく可能性もある。

    このアダーニー財閥だが、ゴータム・アダーニー氏が一代で築いたエネルギーやインフラ関係企業を中心とするグループで、「アダーニーグループ」と称している。本拠地はアーメダバード。

    アダーニーは、その名が示すとおりのジャイナ教徒だが、父親は衣類取引に従事する普通のバーザール商人だったようだが、ゴータム自身は大学をドロップアウトして、もともと繋がりのなかったムンバイのダイヤモンド業界に飛び込んで身を起こしたという、まさに徒手空拳のスタート。1990年代を目前にして独立を果たすが、その後はインドの経済改革開放の波に乗ることができたようだ。

    2002年にグジャラート州でモーディー政権発足。その後さらに事業は拡大を続け、2000年代には海外進出(インドネシア等)を果たしている。アダーニーグループの成長ぶりは、とりわけモーディーがインド首相に就任してからの勢いが凄まじく、世界的な財閥へと台頭したのもこの時期なので、ごく最近のことだが、現在のインドでは港湾、空港、道路その他、「アダーニーが手掛けた案件」は星の数ほどある。

    不正疑惑、癒着疑惑が言われるいっぽうで、インドの民放によるゴータム・アダーニー擁護とみられる取り扱いも少なくない。

    インドにおいてメディアに対する政府の規制や圧力は効きにくいいっぽうで、財閥と近い関係にある大手メディアが多いため、その部分からのバイアスがかかることは珍しくないのだ。

    先日、民放連ニュースチャンネルIndia TVの中の人気プログラム「Aap Ki Adalat(あなたの法廷)」というコーナーで、ゴータム・アダーニー本人が出演していることに驚いた。法廷に仕立てたスタジオで、司会者が検察側の立場で、被告役の出演者を糾弾したり、鋭い質問を投げかけたりして回答させるプログラムなのだが、「世界的な金持ちになる手法は?」「あなたをここまで注目の的として、この法廷に召喚される原因を作った会議派のラーフルをどう思うか?」といった質問をしつつ、アダーニーをインドが誇る世界的な実業家と持ちあげるなど、世間の騒ぎ何のそのといった具合で呆れ果てるほどだった。

    このアダーニー財閥問題、今後の行方に注目したい。

    アダニ、総負債がインドGDPの1%超 増資撤回が痛手に(日本経済新聞)

  • 地名変更と国名変更

    来年5月に総選挙を迎えるインドでは、BJPが再び地名変更の動きを見せている。UP州のLUCKNOW(ラクナウ)をLAKHANPUR(ラカンプル)またはLAKSHMANPUR(ラクシュマンプル)にという案が浮上。いずれにしても取って付けたような名称ではなく、それなりにきちんとその土地に由緒あるものであるとはいえ、長らく「LUCKNOW」として知られてきた州都、旧アワド王国の都の名前をそのような形に変更してしまうというのは、ヒンドゥー至上主義右派によるイスラーム文化やイスラーム支配の歴史のあからさまな否定でもある。

    Rename Lucknow as Lakshmanpur or Lakhanpur’: BJP MP urges Amit Shah(INDIA TV)

    独立以来、インド各地で地名等の変更が行われてきたが、その目的は主に以下のようなものであった。

    1. 植民地時代式の綴りを現地の発音に即したものに改める。 (CAWNPORE→KANPUR、JEYPORE→JAIPUR、JUBBULPORE→JABALPUR等)2.
    2. 英語名称を現地語名称に揃える。  (BOMBAY→MUMBAI、CALCUTTA→KOLKATA、MADRAS→CHENNAI等)

    同様に、各地のストリート名などが、植民地時代の行政官等に因んだ名前からインドの偉人や独立の志士などの名前に変更されている。インドに限らず植民地支配から脱した国々の多くでこのような名称変更は実施されていることはご存知のとおり。

    しかしBJPが政権を握るようになってからは、それ以前は見られなかった新たな形での名称変更が続いている。

    3.ムスリムの支配や影響を色濃く残す地名を「ヒンドゥー化」する。(ALLAHABAD→PRAYAGRAJ、OSMANABAD→DARASHIV、HOSHANGABAD→NARMADAPURAM等)

    この③のタイプの改名については、コミュナルな背景の意思が働いているため①及び②とは異なり、注意が必要となる。

    先述のとおり、2024年5月に総選挙が実施されることに先立ち、今後もこのような地名変更の提案が続くものと予想される。州都ラクナウのような伝統ある地名が③の形で改名されてしまうようなことが本当に起きるとは信じ難いものがあるが、グジャラートのAHMEDABAD(アーメダバード)についても、KARNAWATI(カルナワティ)に変更しようという動きもある。ひょっとすると首都DELHI(デリー)についても、INDRAPRASTHA(インドラプラスタ)に改称される未来が来るのではないかと冗談半分に言われているが、数年後にそういう日がやってきたとしても、あまり驚くに値しないのかもしれない。

    頻繁に地名変更を提案したり、それを実施したりしているBJP政権だが、報道を注意深く見ていると、そのような方向に本格的に動き出したことが大きく報じられる前に、国会議員なり地方議会議員なりの「個人的な意見」という形で、しばしば観測気球のようなものが上がっていることに気が付く。

    以下の記事は昨年末の報道だが、BJPの議員により「インドの国名を改めよう」という意見。

    BJP MP who wants to rename India: ‘PM Modi trying to restore nation’s pride … I thought my question in Parliament will expedite his work’ (The Indian EXPRESS)

    「INDIA」を「BHARAT(バーラト=ヒンドゥーの地)」あるいは「BHARATVARSH(バーラトワルシュ=バーラトの大地)」に変更しよういうものだ。

    これについては、例えば英語で「JAPAN」と呼ばれてきたのを「NIHON」あるいは「NIPPON」に変えようというようなもの。外からの呼称を内での呼び方に揃えようというもの違和感は薄い。(インド国外でBHARATという名称をご存知ない方も少なくないかと思うので、もしかすると耳慣れない奇妙な呼称に感じるかもしれないが・・・。)

    いっぽうでインド、INDIAの別称として「HINDUSTAN(ヒンドゥスターン)」もある。企業名でも「HINDUSTAN MOTORS」「HINDUSTAN PETROLEUM」等々、「HINDUSTAN」を冠したものは多く、日常会話でも自国のことを「ヒンドゥスターン」と普通に呼ぶので、なぜ「HINDUSTAN」にしないのか?と思う方もあるかもしれないが、BJPのようなサフラン右翼(サフラン色はヒンドゥーの神聖な色)にとって、やはり「BHARAT」あるいは「BHARATVARSH」こそが、あるべき母国の名称ということになる。

    なぜならば「HINDUSTAN」という名前は、元々はペルシャ(及びペルシャ語圏)の人々から見たインドに対する呼称であって、インドの人々が自国をそう呼ぶようになったのは、ペルシャ語圏から入ってきたその名称が定着したからに他ならないからということが背景にある。

  • KANGRA VALLEY RAILWAY

    昨年7月、モンスーンの大雨により起点のパンジャーブ州パターンコート駅からしばらく進んだ先の橋梁が落ちて以来、運行が休止されていたカーングラー渓谷鉄道だが、「そろそろ復旧」との報道。

    パターンコート駅から終点のヒマーチャルプラデーシュ州のジョーギンダルナガル駅までを1日2往復、ジョーギンダルナガル駅のひとつ手前のバイジナート・パプローラー駅までを4往復する山岳鉄道だ。山岳といっても緩やかな丘陵地が多いのがこの地域だ。

    インド国内の他のトイトレインと異なり、沿線に大きな観光地は存在しない(それでも文化の宝庫インドなのでマイナーな名所旧跡はある)こともあり、地元民たちの生活の足として機能しているため本数は比較的多いため利用しやすい。それがゆえに地元の人々からは運休が続いていることについて苦情が多いというのは、無理もない話だ。

    Train service to be resumed on Kangra valley line soon: MP Krishan Kapoor (The Tribune)

  • 人工マーラー

    人工マーラー

    アムダーバード旧市街にはマーラーを売る店沢山あるのだが、これらは人工のマーラーであった。これはこれで美しいもので、眺めているとハッピーな気分にさせてもらえる。

  • RRR鑑賞

    RRR鑑賞

    ヒンディー語映画好きな私ではあるが、そのいっぽうで南インド映画もオーバーアクションな作品もほとんど観ないのだが、ヒューマントラスト渋谷で鑑賞したテルグ語作品「RRR」の重厚感ある造りとともに、作品中で幾度も展開されるどんでん返しにすっかり圧倒された。

    息つく暇もないパワフルなストーリーがどんどん進んでいき、派手なアクションシーンとともに体力も消耗した気がする。面白い作品であった。

    しかし不思議に思われるのは、なぜ今の時代になって反英ストーリーなのか?

    かつても植民地時代を描いた作品はいくつもあったが、民族自立への大義、志士への共感であったり、独立指導者たちと英国当局トップとの駆け引きであったりというものが多かったように思う。

    植民地時代を経験した世代には、英国統治への畏敬の念の記憶とともに、分離独立後前後の混乱、独立後長く続いた低成長時代への不満等もあったためか、インドを統治した英国人たちを、とんでもない人でなしと描写するものはあまりなかったように記憶している。

    北米内のように英国をはじめとする欧州から入植者たちがどんどん押し寄せて開墾しながら現地の人々を外へ外へと追い出していくような具合ではなく、数少ない英国人たちが多くの現地の人々を雇用したり登用したりして築いていったのが英領インド。この映画で描写されるように現地の人たちをすぐに殴ったり足げにしたり、上層部はすべて英国人でインド人たちはみんな下働きという社会でもなかった。

    反対に、舞台として設定されている1920年代には、それまでに英国がインドでの人材育成に力を入れてきた甲斐もあって、多くのインド人たちが高級官僚、裁判官、文化人、起業家などとして社会に台頭していた。

    これとは逆に鉄道技師、クルマのエンジニアといった現業部門に従事していた英国人たちが、インド人上司の指示のもとでせっせと働くという場面はごく当たり前のものであったし、英国が間接統治していた藩王国で雇用されていた英国人等の欧州系の人々もあった。安定した生活を送ることが出来るとも限らず、両親がともに病や事故で倒れて孤児となる英国人、欧州人の子供たちも少なくなかった時代でもある。

    つまり英国人の圧政に汲々とするインド人というような単純な構図ではなかったのである。英国人だからということだけで社会上層部にいられるはずもなく、インド人であるからといって下働きに甘んじなければならない社会でもなかった。世の中というのはそういうものだ。

    あくまでもフィクションの娯楽映画ではあるものの、このような調子で英領時代を描く作品が続くと、総体的に人口構成が若いインド人たちの間で、自分たちの知らない往時のことが、ずいぶん捻じ曲げて解釈・理解されてしまうような気がする。たぶんこのような形でも「歴史の書き換え」がなされてしまうのだと思う。

    映画『RRR』本予告 10/21(金)公開(Youtube)

  • 地名あれこれ

    長年、アーメダバードのことを「エヘムダーバード」と読むものと思っていた。ヒンディーでの綴りと読みはそうなっていて、それはそれで正しいはずなのだが、通常地元では「アムダーバード」と呼ばれているようだ。

    「Ahmedabad/ エヘムダーバード」は、グジャラートのスルターン王朝の「Ahmed Shah/エヘマド・シャーハ」に因んで名付けられたもの。BJP支配下の州で相次ぐ地名浄化の中、イスラーム教浸透以前の「カルナーワティー」に改名しようという動きもあったが、幸いまだ実現していない。

    「エヘムダーバード」か「アムダーバード」かは、デリーのことをウルドゥーで「デーヘリー」と呼ぶか、ヒンディーで「ディッリー」と呼ぶかの違いのようなものなのだろう。

    やはり太古の名前「カルナーワティー」や「インドラプラスタ」がサフラン右派にとっては超復古主義的でインパクトの強い魅力的なオプションとなるのはわかるような気がする。